都内某所。
 ここには特殊能力を持った異能者、通称"魔人"による犯罪者を専門に収監する魔人刑務所が存在する。魔人の持つ能力は千差万別であり周囲の人間に害を及ぼすケースも少なくない。そういった魔人を安全に収監するためには、それぞれの能力に対応した収容環境を整える必要がある。
 ここ魔人第一刑務所は、数ある魔人刑務所の中でも最初に誕生した施設であり、それ故に対魔人セキュリティは他のどの施設よりも優れている……はずだった。

『緊急事態発生。緊急事態発生。コード四◯四四。繰り返す。コードはヨンマルヨンヨンだ。』

 赤い回転灯の光とともに、けたたましいサイレンが刑務所内に鳴り響いていた。刑務官たちが慌ただしく走り回る様子を、鉄格子の中に収められた魔人犯罪者たちが、ある者は囃し立て、ある者は困惑した様子で見つめ、またある者は静観している。

 魔人第一刑務所は今、未曾有の事態に陥っていた。

「い、一体何があった!!」

 時刻は深夜。自宅で寝ていたところを叩き起こされた刑務部長が、寝間着姿に帽子だけ被った姿で刑務所にやってきた。まだ少し寝ぼけているのか目は半開きでフラフラとしている。
 そこに慌ただしい様子で新米刑務官が走ってきた。

「部長! コード四◯四四が発生しました。」
「なんだぁ、そのコードってのは!」
「……は?」
「ワシはコードなんてもんは覚えてない! ちゃんと説明しろ!」

 なんだこのオヤジは、と新米刑務官は心の中で思った。
 コードとは刑務所内で発生した事象を内部の者にのみ伝えるための暗号である。刑務官になる際に例外なく暗記させられているものだ。
 この刑務部長は普段から仕事をサボりがちで、部下からの信頼など無いに等しい体たらくであるが、まさか緊急事態のコードすら覚えていないとは思わなかった。これには新米刑務官も甚だ呆れ返るばかりである。
 だが実際に『この給料泥棒め』などと口に出したら、減給どころか首にされかねない。仕方なく新米刑務官は説明を始めた。

「コード四◯四四とは、特級魔人犯罪者収容所における、施設破損または収監者に何らかの影響が発生した場合における発令コードです!」
「つまりどういうことだ!」
「……は! つまり、特級魔人犯罪者収容所に何か問題が起きたということです。」

 そこまで報告を聞くと、刑務部長は大声を出して笑い始めた。

「馬鹿め! あそこは特に凶悪な魔人犯罪者を封じ込めるため、特に万全の設備を整えてあるんだ! 問題が起きるわけなど無い! そんなもん誤報だ誤報!」

 特級魔人収容所とは、二十年前にタマ太郎という魔人能力者によって生成された魔人雑居房である。魔人第一刑務所の地下約七百メートルの場所に位置し、特に凶悪な魔人能力を保有する魔人を収監できるよう、その魔人に合わせて自在に姿かたちを変えるという特徴を持っていた。
 無論、この特級魔人収容所はタマ太郎の今なお続く愛国心とたゆまぬ労力によって維持されている施設である。そのため、この魔人には格別の待遇として毎日ねこちゅーるを一つ提供することが約束されているのだった。

 過去二十年。特級魔人収容所に問題があったことなど一度も無い。そう言って余裕の表情を浮かべる刑務部長であったが、そこにまた別の男が何やら焦燥しきった様子で走ってきた。

「あ、刑務部長……あの……問題があった収容所を見てきたのですが……」
「おお、何も問題なかっただろ?」
「いえ、その……」
「なんだ、はっきり言え。」
「口では……その、なんとも……実際に見てもらえないでしょうか……」

 そう言って男はふらふらとした足取りで特級魔人収容所へと向かって歩き出した。刑務部長もブツブツと文句を言いながら男の後ろをついていく。
 しかし、職員専用のエレベーターを使い、件の魔人収容所に降り立った刑務部長は顔面を蒼白にしながら叫び声をあげた。

「な、なんじゃあこれは!!」

 異様な光景であった。
 チカチカと明滅する白熱灯の下、視界に映るものの全てが真っ赤に染まっていた。どこを見ても肉片、骨片、脳漿、内蔵、手足、眼球……およそ思い至る人間のあらゆる臓器が撒き散らされていた。その匂いたるや並大抵ではなく、ついてきた新米刑務官は耐えることができずに胃の中のものを全て吐き戻してしまった。
 さらに魔人達が収容されていたはずの檻もことごとく破壊されており、そこにも同じように肉片が撒き散らされていた。

「お、おい! ここに収容されていた魔人達は? ま、まさか逃げたんじゃ……」
「いえ、ほぼ全員。死亡していることが確認できました。」
「……ほぼ、だと? 生き残っているのは誰だ!」
「アレを、アレをご覧ください……」

 男が指差した先には、周辺に散らばっているのと同じような肉が積み重なり、巨大な山が作られていた。その山の真上にあったはずの天井は崩れ落ち、はるか上空までポッカリと大きな穴が続いている。

「まさか……」
「はい。検査の結果、この大量の肉片、その全てが同一人物のものであると断定されました。」
「……マユミか。」
「………………はい。」

 死んだ魔人収監者以外(・・)の肉片総量、約二トン。
 その全ては、たった一人の少女のものであると断定された。
 その名はマユミ。
 鳥越(とりこし)マユミ。

 収監者の一人、鳥越(とりこし)(きゅう)の、七年前に死んだ一人娘であった。

「おい、鳥越はどこだ! やつも死んだのか!?」
「いえ、恐らく、この山を登って外へ……」
「クソッ! 全職員と警察連中に通達しろ! 急げ!!」

 三年前、日本中で殺戮を繰り返した最凶最悪の魔人。"白衣の巨人"鳥越九の脱走。
 その報はわずか三十分で日本中の警察へと通達されることとなった。

 *****

 夜。満月に照らされた公園の中を、一人の男が歩いていた。
 甚だ奇妙な男であった。身長はゆうに二メートルを超え、その体躯ははちきれんばかりの筋肉に覆われている。その巨体から放たれる威圧感たるや、まるでヒグマが歩いているのではないかと見紛うほどである。
 しかもそれだけではない。男の顔には全面を覆うようにガスマスクが着けてあった。呼吸をするたびにシュコー、シュコーという不気味な呼吸音を響かせる。
 そして体にはどこから見つけてきたのかその体型に見合う大きさの巨大な防弾チョッキを身につけ、更にその上には白衣を着込んでいた。

「相変わらずガスや銃撃を警戒してるのか。心配性なところは変わっとらんのう。鳥越よ。」

 ガスマスクの男──鳥越(とりこし)(きゅう)の視線の先、わずか十メートルほどの所に一人の老人が立っていた。
 ずいぶんと小柄な老人であった。身長は百五十センチほどで鳥越に比べるとより一層小さく見える。しかし臙脂(えんじ)色の和服に身を包んだその背筋はピンと伸びており、凛とした得も言われぬ迫力を感じさせる老人であった。

 老人の姿を見て、鳥越はシュコーと大きく息を吐いた。

「やあ、桜島(さくらじま)さんじゃないですか。お久しぶりです。お元気そうですね。」
「ああ元気じゃったとも。お前さんが逃げたことでまた胃に穴があきそうだがな。」
「あー、それは大変申し訳ない……」

 老人の名は桜島(さくらじま)宗近(むねちか)。かつては魔人警察として活躍しており、現役時代には"鬼"と呼ばれていたほどの猛者である。
 そして三年前。鳥越九の逮捕に"成功"したのが、この桜島という老人であった。

「よく僕がここに居るとわかりましたね。」
「お前さんが来る場所なんてここしか思いつかんわ。昔、嬢ちゃんとよく遊んでた場所なんだろう?」
「そういえば桜島さんには話したことがありましたね。ああ、懐かしいなぁ。」

 鳥越は娘と共に遊んでいた記憶を思い出し、微笑んだ。

「桜島さん、僕を捕まえに来たんでしょう。でも捕まるわけにはいきません。今からでも思い直してくれないでしょうか。」
「それに応えると思うか? お前さんを捕まえられるのはワシだけ、などと自惚れるつもりはないがのう。現役を退いた身ではあるが、それでもやはりワシがやらにゃならんのよ。」

 桜島の顔がみるみるうちに赤くなっていく。着ていた服が燃えはじめ、大気がゆらゆらと揺れて陽炎と成る。
 桜島宗近の魔人能力は『炎神(エンジン)』。体内を流れるガソリンを燃焼させることで体を赤熱化させ、その攻撃力と身体能力を爆発的に高めるというものだ。能力を使うその姿は、まさに鬼の如き赤色に染まる。

「なぁ鳥越。なぜ今になって逃げたりしたんだ。マユミちゃんのために罪を償うと言っていたじゃろう。」
「確かに、死んだマユミには申し訳ないことをしていると思います。それは今も変わりません。でも、ちょっとだけ事情が変わったんですよ。」
「事情じゃと?」
「はい。実は、死んだマユミを生き返らせることができるかもしれないんです。」

 鳥越が空を見上げる。彼の目には天国へ旅立った愛娘の姿が見えていた。

「何を……死んだ人間が生き返るはずがないじゃろう。」
「願いを叶えてくれるタロットカードって、ご存知ないですか? なんでも全てのアルカナを集めると、一つだけ願いが叶うそうです。」
「聞いたことはあるがのう。噂は噂じゃろう。まさかそんな世迷い言を信じてるわけじゃあるまい。」

 桜島の言葉を聞いた鳥越は、白衣のポケットから一枚のカードを取り出した。

「先日、これが突然目の前に現れました。手にとった瞬間わかったんです。これは、本物だって。」
「……死神の絵。確か、破滅の暗示じゃったかのう。今の貴様にはお似合いじゃないか。」
「さすが桜島さん。博識だ。僕なんか全然知らなかったもので、出てきてから調べましたよ。」
「お前みたいなやつばかり相手にしてたらな、たまには占いに逃げたくなる時だってあるさ。」
「はは。ほんと、ご迷惑をおかけしました。」

 鳥越はタロットカードを再びポケットにしまうと、頭をかきながら心底申し訳無さそうにペコリと頭を下げた。

「でもタロットには逆の意味もあるみたいなんですよ。死神の逆位置は再スタート。刑務所から出た僕の新しい旅立ち。死んだマユミの復活。なんか、ぴったりじゃないですか?」
「聞くに堪えんな。」
「この死神……この場に居る僕と桜島さんの、果たしてどちらに示されているんでしょうね?」

 轟、という音と共に桜島の体が膨れ上がった。真っ赤な体は筋肉が盛り上がり、まるで破裂する間際の爆弾といった様相と化していた。小柄だった体は見る影もなく、今では巨漢の鳥越と並ぶほどの大きさになっている。

「ようやく準備できましたか。」
「ああ、全開じゃ。『炎神(エンジン)』は暖まるまでに時間がかかるのが欠点だが……わざわざ待っててくれるとは優しいのう。」
「桜島さんと会うのも今日で最後でしょうからね。寂しくなりますよ。」
「奇遇だのう。ワシもじゃよ。」

 その瞬間、桜島の姿が闇夜に溶け込んだ。
 そのことに鳥越が気がついた時、すでに桜島は眼前まで迫ってきていた。十メートルの距離を一瞬で詰める移動術。桜島流瞬歩である。
 桜島の渾身の正拳突きが炸裂し、鳥越の巨体は数メートルほど後方まで吹き飛ばされた。

「っつー……相変わらず強力ですね……」
「そっちこそ、なんで平然としておるんじゃ。象くらいなら一撃で昏倒するんじゃぞ、このフィジカル馬鹿め!」

 軽口を叩きながらも油断はせず、桜島はすぐさま追い打ちをするために更に間合いを詰めていく。かつて相対した者であるからこそ、桜島は鳥越という化け物じみた男がこの程度の攻撃では沈まないことを理解していた。

 だが直後に桜島は大きくその場から飛び退いた。間髪入れずにその場所には大きな音を上げて何かが着弾。
 マユミである。
 わずか五歳の少女の肉体が桜島めがけて落下してきたのだった。

 マユミの幼い体は地面に落ちた瞬間に衝撃によってバラバラに砕けちり、肉塊となって辺りへ散乱した。
 これが鳥越九の魔人能力『マユミちゃん天国』である。

「相変わらず趣味の悪い能力だのう。貴様、父親として辛くないのか。」
「もちろん辛いです。辛くないわけないじゃないですか。だからこそ、一度は罪を償うため貴方に捕まったんです。」

 だけど、と鳥越が続ける。

「天国に旅立ったマユミが、空から落ちてくる。いつも地面に激突しては、再び空へ旅立ってしまう……でもこの前、落ちる直前にふと目が合ったんです。マユミはニッコリと笑いかけてくれました。それを見て、マユミはまだ僕のことを父と思っていてくれるんだなと、そう感じたんですよ。」

 鳥越のガスマスク越しの呼吸音が次第に大きく荒くなり、興奮した様子で話し続ける。
 桜島はそれをただ黙って聞いていた。

「だから僕はマユミを生き返らせなければいけないんです! 今まで地面に激突して死んだ二千五百二十四人のマユミを! それが僕にできる、愛する娘への贖罪なんです!」
「……人間とは、かくも愚かになりうるのか……」

 桜島は小さな声でそう呟いた。

 桜島宗近の知っている、かつて相対した鳥越九という男は、娘を失った辛さから暴走した悲しき男であった。
 鳥越九は医師であった。それも、この国では右に出る者がいないほどの優れた名医である。
 人々の幸福を誰よりも願っていた鳥越は、愛する妻と娘と共に幸せな生活を送っていた。
 しかし一瞬の事故によってその全てが崩れさった。自宅のある高層マンションのベランダから娘が落下死したのである。
 鳥越はその事故のトラウマと紐づくように魔人能力に覚醒したのだった。

 どんなに警戒していようが、一つの『不測の事態』により全てが失われる。鳥越はそれ以来、過剰なまでに"不測"を恐れるようになった。身につけているガスマスクと防弾チョッキもその表れである。
 だがそれでも鳥越は人を救おうとした。
 自分にしか治せない患者がいると、助けを求める人の声を鳥越は無視しなかった。

 そして、その度に鳥越の魔人能力は暴発した。
 鳥越にとってのマユミの死は最悪の出来事である。何らかの不測の事態に陥った時、自らの不安と恐怖を解消するようにマユミは空から落ちてきた。マユミの死によって上書きすることで精神の安定を図るためだった。
 結果として一人を救う度に空から大量のマユミが降り注ぎ、何百人という人間を巻き添えにしたのである。

「鳥越よぉ。昔のお前なら自分の意思で人を殺すことなんてしなかったはずだぜ。だからワシは……ワシはよぉ……」
「すみません。ですが僕はマユミのために──」
「もういい! 十分だ……お前がそのまま進むというなら、ワシがお前に引導を渡してやろう。例え……」

……例え、妻の命を救ってくれた男だとしても。

 桜島はその言葉を胸の中に秘め、再び鳥越の元へ向かって駆け出した。
 すかさず鳥越が空からマユミを降らせるが、炎神によって強化された桜島の動体視力は、その全てを難なく避けることを可能にしていた。全てのマユミは地面へと落下し、スイカの割れるような音を響かせながらバラバラに砕け散る。

 桜島には勝算があった。

(鳥越の懐へ飛び込み、貫手で心の臓を貫く……奴の肉体は頑強なれど、一点に力を込めれば必ず通る……!)

 しかし桜島が懐に確実に飛び込み攻撃を成功させるためには、最高速を維持したまま直線軌道で突っ込む必要があった。。だがそれは鳥越にも軌道が"予測"できるということ。"不測"を嫌う鳥越にとっては難なくこなせるはずである。そうなれば、桜島の頭上には確実にマユミが降ってくる。

 だがそれでも問題はなかった。
 桜島は先程から地面に墜落するマユミを観察し、ある結論を導き出していた。その質量と落下速度から推察される威力であれば、例えマユミの直撃を食らったとしても今の桜島の肉体であれば致命傷とはなりえない。
 それであれば必ずや貫手を通し、鳥越の命を奪うことができるのである。

「ゆくぞ、鳥越!!」

 桜島が駆け出した。全力を込めて、まっすぐ、相手の生命を奪うために。
 ところが、鳥越は突如として桜島の予想外の行動を取り始めた。

「……もう七年が経ちました。生きていたならば、マユミもずいぶん大きくなったことでしょう。」

 空を見上げ、まるで歌うかのように朗々と語りだしたのだった。

「天国では歳をとらないようですが、この前空を見上げて、神様にお願いしてみたんですよ──」
「ッ!! 鳥越ィィィ!!!」

 桜島が雄叫びをあげて走る。あと数メートル。あと数秒で桜島の手が鳥越を絶命たらしめることができる。

「──成長したマユミも見てみたい、って。」

 空から一筋の光が降り注いだ。
 それは、成長し、十二歳になったマユミが落下する光。

MAYUMI~十二歳の春~(マユミ・フォーエバー)

 桜島は見落としていた。
 最初に桜島を襲ったマユミでは、どれだけ数を重ねようとも地下深くにある魔人収容施設まで地面を貫通させるほどの威力など無いということを。

 それならば一体どのように。
 その答えは、鳥越の"予測"通りに桜島へと激突した。


 *****

 公園に空いた巨大なクレーター。
 その中心で、十二歳のマユミにより半身を潰された桜島宗近が横たわっていた。その体はすでに元の小柄な老人に戻っている。辺りには桜島とマユミの肉片が合挽肉のように混ざり合って散乱し、衝撃によって焼け焦げたのか焼き肉のいい香りが漂っていた。

「っ……ぐ……」
「いやぁ、やっぱり凄いです桜島さん。まさかあのタイミングで避けるなんて。」

 鳥越のガスマスクでくぐもった賞賛の声が桜島へと向けられる。

「不覚だった……やっぱり歳はとりたくねぇな……」
「何言ってるんですか。生きてなきゃ歳を重ねられません。それってすごく幸せなことですよ。」
「ケッ、うるせぇよ……あぁクソぉ、いてぇ!」

 桜島の口から大量の血が吐き出される。

「おら、さっさと殺せぇ。どうせこんなんじゃ十分と持ちゃしねぇ。こんないたいけな老人をいたぶる趣味なんざねぇだろ?」
「……桜島さん。もしも僕のことを黙っててくれるなら──」
「断る。どんな方法だろうと、ワシが生き残ったらお前の情報は洗いざらい警察に伝える。」
「口約束でも構いませんよ。」
「何度も言わせるな……げほっ……ワシは腐っても元刑事だ。」
「そうですか……残念です。」

 鳥越が少し離れた場所へ移動する。

「……なぁ、鳥越……」
「なんでしょうか。桜島さん。」
「ワシは今まで……お前も含めてたくさんの犯罪者を捕まえてきたんだ。だからぁ、最後にこれくらい言ってもバチは当たらねぇと思うんだがよぉ。」

 桜島はそこで少し言葉を止め、そして再び口を開いた。

「ワシの妻を助けてくれてありがとうな。それだけは感謝してるぜ。」

 桜島宗近の妻は、かつて末期のガンを患っていた。余命三ヶ月と宣告され、もはや打つ手もなしと言われた彼女を助けたのが、鳥越であった。それはまさに神業という他なく、絶望の縁に立たされていた桜島は鳥越によって救い出されたのだった。
 結局の所、鳥越はその医療行為にあっても能力が暴発し、無関係の多くの人間を犠牲にした。だがそれでも、桜島はずっと鳥越に感謝し続けていた。

「犠牲になった他のヤツには恨まれるだろうが、それでもやっぱワシは嬉しかったよぉ。」「奥様はその後お元気ですか?」
「去年逝っちまったよ。だが大往生ってやつだ。眠るように……ってな。」
「……そうですか。それは良かった……本当に。」

 鳥越はマユミを空から落とそうとして……そして止めた。

「さようなら、桜島さん。もしも向こうでマユミに会うことがあれば、仲良くしてやってください。」

 鳥越はそのまま公園を立ち去っていった。
 残されたクレーターの中心には、安らかな顔で息を引き取った一人の老人が横たわっていた。
最終更新:2020年09月23日 12:21