「やぁ、いらっしゃい。

 その分だと首尾よく『七不思議の一人目』を捕まえてきたみたいだね?



 あたしは嬉しい。

 だってさ、夕焼け空はもう飽きたんだ。

 それに今日は『七月七日』、七時前の教室は星をみるにはまだ早い。あたしの願いは叶わない。



 ね、時計を見なよ、ケータイを見なよ。あたしを見なよ!

 黒板にラクガキされた相合傘はあたしの宝物だし、誰も来ないのに教卓に隠れるひとり遊びだって、きっと世界チャンピオンだ。

 ほかの教室に行けないから、そこの廊下だって走りたい放題、先生だって飛んで来やしないよ、だってほかに誰もいないからね。



 あはははははははは! いつ見たって変わんないだろ、だって『七番目の七不思議』は、はじまってもいないんだからさ、誰も終わらせ方を知らないんだからさ……。



 それじゃあ、話をしてくれるかな。山乃端一人(・・・・・)さん。

 だって、六人目までが語ってくれないとあたしの出番はないんだから。だってあたしは『七番目の七不思議の七人目』なんだから。

 きっとね、あたしが語り終えるまでこの世界は終わらないんだ」








 「はじめまして。七人目さんにご紹介いただいた通り、私の名前は山乃端一人(やまのは・ひとり)といいます、まぁ、今年の春に死んじゃったんですけどね。

 うふふふ、それじゃあ今日は私が死んじゃった時の話でもしちゃいましょうか? ちょうど合わせ鏡の儀式の話だから『一人目』にはちょうどいいですよね。



 と、言ってもなにから話していいものやら。

 あ、私。別に魔人さんとかじゃないですよ、ヘンな超能力とか持ってませんから。

 普通の女子高に通う普通の人間だったんです。たぶんそこにいる『七人目』さんも同じなんだと私は思いますよ。ああそうですか、ありがとうございます。



 変わったことと言えば、おじいちゃんからもらったタロットカードをいつも持ち歩いてるくらいで……、ああ、あった。

 でもカードの枚数が足りませんね。別に私、占いとかできるわけじゃないですし、ちょっとしたお守り代わりだったんですけどね。なんだかちょっと残念だなあ。

 あはは、まんがとかゲームでよくあるじゃないですか。ふしぎなカードを使って攻撃するとか持っているだけで経験値が増えるとか。



 でも、私の場合はそこまで劇的なことが起きなくたっていいんです。

 テストでいい点が取れたり、目玉焼きについたベーコンが美味しかったり、いいことが起こったらこのカードのおかげと思えばいい。

 すべてがカードのおかげでなくてもちょっとした後押しがあったと思えば、このカードをぐっと胸に抱けて気持ちよくその日は眠れた。

 私は自分が特別な人間だなんて思っていませんでした。だけど、ふしぎなアイテムを持ってると錯覚することはできる、思い込むことは比較的かんたんでした。



 笑っちゃいますよね。

 だって、私は死んじゃったんですから。

 生きてるうちは悪いことなんてそうそうなかったわけですけど、もう少し厄除けをお願いしてギュッとしとくべきだったのかなあ。

 だったら、いいことなんて何もない代わりにこの年で死ぬこともなかったのかも。



 あ、そうそう。知ってますか? 今東京じゃふしぎなタロットカードを巡ってたくさんの人たちが戦っていて大変なんですって。

 もしかしたら、それって……私がなくしたタロットカードなんじゃ……なーんて、うふふ。私のカードにそんなふしぎな力があるなんて、ありえないって言ったばかりですもん。



 だけどね、私は思うんですよ。

 私は確かに死にました。だけど、世の中には死ぬよりもっとひどいことがあるんじゃないかなって、そう思うんですよ。

 だったら、今のうちに死ねてよかった……なーんて、きっと飛躍しすぎですね、うふふ。



 あ、そうだ。お近づきのしるしにタロットカードなんてどうです? 七人目さんは『塔』のカードを選んだんですけど、あなたは、えっ、もう持ってる?

 ああ、すみません。気分が変わったら教えてください、もう残ってないですけど。



 じゃあ気分を切り替えて、じゃなかった話を戻してっと、私が知った『七番目の七不思議』のうちひとつの話をしますね。



 えっとですね、合わせ鏡って知ってますか?

 文字通り、鏡と鏡をものを映す面通しで向き合わせると、延々と同じ光景が続くって現象です。ええ、手鏡と洗面台の鏡の組み合わせくらいなら、おうちで再現する分にも問題なし! ですよね。

 遊園地とか、ちょっとした学習施設とか、ミラーハウスとか……私は家族や学校の行き先で合わせ鏡に遭遇したらいつも家でやってみることにしてるんです。



 なぜかって? だってね、ちょっと悔しいじゃないですか。

 考えてみてもくださいよ、ずらーっと並ぶ私の姿。手を振ったら振り返し、にこっと笑ったらにこっと笑い返す。

 鏡と私、一対一で向き合う分には問題ないんですよ。鏡の向こうの私が何を考えてるにしても、単に光の都合の物理現象にしても、彼女は私の意のままに動くってことに納得できる。



 ちょっと本音を言いますね、気持ち悪いと思いませんか?

 だってね、私と同じ顔と同じ姿をたくさんの人間が全く同じ動きをするんですよ。私はもし自分の体が自分の意のままにならなかったら困ると思うんです。

 たとえとしてはちょっと違うかもしれません、でもきっとほかの人に伝えようと思ったらこうなるんですよ。ええっと、ごめんなさい。



 で、私は悔しいんだか気持ち悪いんだか怖いんだか、そういう気持ちを抱えながら、私はあなたたちと違うんだぞ、いや私たちかな、あはは……なんて思いながら合わせ鏡をするんです。

 その際には胸元に抱いたタロットカードを体に押し付けることも忘れません。

 もちろん合わせ鏡の私たちも同じポーズを取るんですが、あなたたちが抱いてるのは本当にタロットカード? って不敵な顔をしながらギュッと目をつぶればいいんです。

 その日だって気持ちよく眠れました。



 幸いにも鏡の向こうの私たちが包丁やナイフを向けてくるなんてこともありませんでした。うーん、私のことを変わった子だと思いますか?

 でもね、鏡の向こう側、特に合わせ鏡の先が違う世界だったり、ひょっとしたら悪魔が混じってたりなんて発想は誰に教わらなくても自然と女の子の中にはやって来ると思うんですよ。

 納得がいきません?



 あ、そうそう。私って死んでるんですよね、死んだ人って鏡に映るんでしょうか? そして、死んでる私と言葉を交わしてるあなただって……試してみます?








 なーんて、冗談ですよ冗談。

 この手鏡はね、もっと別のことに使おうと思って取り出したんです、ここに置いてと。

 私が合わせ鏡に対抗心を持ってるって話はしましたよね、そういえば『姫代学園』にも鏡の七不思議はありました。いいえ、『七番目の七不思議』じゃありません、今じゃ私もその一部ですからって、あははっ、何を対抗心を燃やしてるんだってやつですね、もう。



 たしか一番目か二番目の七不思議で『踊り場の鏡』だったか、『旧校舎の合わせ鏡』で『まどか様』が出てきて願いをかなえてくれるとかですって。

 話はうろ覚えですけど『姫代学園』の七不思議は有名ですから。近隣の学校にもその噂は伝わっているんですね。



 だからその話を聞きつけた私は『合わせ鏡』をやって、鏡の中から『なにか』を手に入れてやろうと思ったんですよ。

 さっきも言った通り、私は悔しいんだかなんだかの気持ちを合わせ鏡に持ってましたから、なにかを奪い取ってやろう、そんな勢いに駆られたんですね。

 現実の私はいつだってタロットカードという宝を隠し持っている、だったら鏡の向こうの私たちは……? なんて子供めいた思いが脳裏をよぎるともう止まりませんでした。



 私は両親がいない日を見計らうと、放課後、人気がなくなるまで待ちました。

 そうです。七番目の七不思議、そのひとつめ『校舎の踊り場で合わせ鏡をすると妖精が手に入る』を実行しようと機を伺ったんですよ。

 え、姫代学園に忍び込まないのかって? だいじょうぶです、この七不思議は、どこの校舎のどこの踊り場かなんて指定していませんから。



 ひょっとしたら踊り場にたまたま鏡がある学校ならどこでもできる儀式なのかもしれませんね。今更試すつもりにはなれませんけど。

 私にわかるのは、私の学校ではこんな恐ろしいことができる。

 きっと知ってさえいれば誰にでもできる……、それだけのことなんです。

 まぁ、私はこんな噂すら知らなくて、あてずっぽうで出来ちゃったんですけどね、あはははは!



 そうですね、前置きはこの辺でいいでしょうか。

 黄金色の落陽が過ぎ去って、薄紫の夜の気配が濃くなりました。邪魔するものがいないように十分に人気がなくなった頃を見計らって、私は踊り場の鏡の前に立ちました。

 毎日通っているのに、こうして立ち止まる機会なんてなかなかないものですね。

 それに、私たちは鏡に映る私たちを見るのであって、鏡そのものはなかなか見ないんだと今更ながらに思い知りました。



 なるほど、大きな鏡です。水族館のアクリルほどの厚さはありません。だけど、十分に年季の入って厚みのあるガラスです。金属製の枠組みには蔓草の紋様が施されています。

 なにかが宿ってもおかしくない、それくらいには趣のある鏡だと思いました。

 そうこうしているうちに、刻一刻と闇は濃くなっていくようです。今にも、私の輪郭を残して何も見えなくなってしまいそう。



 だから、私はぱっと手鏡を上げました。

 合わせ鏡が出来上がり、何がやってきたのか?

 天使でしょうか、悪魔でしょうか? いいえ、それは妖精でした。



 まぁ、七人目さんに妖精って言われたから妖精って言っているだけで、私は最初それを単なる光だと思ったんですけどね。

 ふよふよとやってくるそれは、なるほどお伽話の妖精が発する光と言われればそうなのでしょう。だけどね、違うんです。

 それは泣いているんです。鳴き声じゃないです、それはね……赤ん坊の泣き声だったんですよね。



 思わず合わせ鏡をしたまま後ずさりましたよ、だってね、その光はもう私の目の前にまで来てるんですから。

 もうすぐ夜になろうという学校に、全く似つかわしくない、そんな得体のしれないものがやってこようとして、私はそこから逃れようとして、一歩、二歩……、間を置かずして私の上履きは階段の縁にぶつかって止まりました。



 ……あの得体のしれない光はもう目の前にいました。

 闇に慣れた私の目にとって、光は眩しすぎて、それがなんであるかははっきりとはわかりませんでした。

 だけどね、睨むんですよね、私のことを。

 ええ、誓って言います。あれは明確な意志を持つ人間の眼でした。親しみなんて欠片もまじっていない、敵意しかない眼でした。



 で、私がその光相手に取った行動はどんなものだったと思いますか?



 ええ、そうです。

 私は何を思ったのかその光のことを飲み込んでしまったんですよ。

 だっね、それって小さいんですよ。家で飼ってる文鳥のクモちゃんと同じくらいには。

 小さいモノって不意に口の前に出されると食べたくなっちゃいません? それが食べ物じゃないとわかれば慌てて口を閉じますけど。



 よくわからないなにかです。

 私の目の前に飛び込んできて、光もまた止まる気配もありませんでした。

 だからね、私も光も、飲み込んでやろう、飲み込まれてやろうなんて気はなかったと思います。



 誰かが悲鳴を上げました。ええ、そうですよ。まだね、私は手鏡を踊り場の鏡と向き合わせてたんですよね。こんな怪現象が起こったのに、なぜでしょうか?

 でも、人は本当に切羽詰まったらいつもと同じ行動しかとれなくなる。だから人は避難訓練をするのかもしれませんね、話が逸れました、ええ、ごめんなさい。



 誰かとは、誰かとしか言いようがないんですが、それは女性の金切り声に似ていました。

 それはまるで我が子を奪われた母親のような、とても悲痛なものでした、この魂に焼き付くほどに、ね。



 だけど。驚いた拍子に私が手鏡を下ろすと、途端に悲鳴が途切れたものですから驚きました。余韻も残響も何もなしです。ぷつん、と。

 だから、その光も、声の持ち主もきっとこの世のものではないのでしょう。おかしいことに、私はその時異様に落ち着いてました。

 放課後を過ぎても間もない頃ですからさして先生にとがめられることはないにしても、ここにいてはまずいな。こういう時はタロットカードをお守りに……。

 そう思ってきびすを返した、その時でした。



 ドンッと背中を押された感覚を覚えています。

 あんなことがあったわけですし、そうこうしている内に真っ暗闇に近くなった不安定な階段です。私は受け身も取れずに階段を転がり落ちました。

 最後に覚えているのは、私の周囲に散らばったタロットカード……、血だまりが月明かりを反射してかろうじてその一枚が読み取れました。



 『愚者』――なるほど、それは私を暗示するカードなのでしょう。



 で、こうして私は死んだわけなのですね。

 夜の学校で合わせ鏡をして、得体のしれない光を飲み込んで、ぐしゃっと死ぬ、なるほど愚か者の仕業だと私でも思いますよ。あははは……、笑うしかないですね。



 でも、謎はたくさん残りましたね。

 妖精さんこと謎の光の正体、悲鳴の声の主、それから誰が私を階段から突き落としたのとか……?

 まぁ、実を言えばどうでもいいんですけどね。

 今の私にとって大事なことは『七番目の七不思議』を終わらせること、ただそれだけです。それを言えばタロットカードだって本当にどうでもいいんです。

 だって、私もこの場に囚われてしまいましたから。霊界でも天国でも地獄でもない、ただこの世で無いことだけはわかる呪われた校舎の中に。



 かろうじてあの世に留まってはいますが、嫌ですね。こんな何にもないところ。

 早く消え去ってしまいたいところです。

 ああそうそう、『あなた』、『七人目』さんの持っている『塔のカード』が欲しいんですよね? だったら彼女の願いをかなえてあげてください。

 だって、私たちは『七番目の七不思議』。全部知ってしまった人が現れるまで消えることが出来ないんですよ。

 殺したって祓ったって無駄です。それじゃ一時しのぎにはなっても結局は何度だってよみがえってきます。



 よって。

 残る六人目まで、つまりは残る五人のいけにえを連れてくることができれば――。

 もしくは、本当に『七番目の七不思議の七人目』さんのことを別の手段で消し去ることができるのなら、『塔のカード』は喜んであなたに差し上げるそうです。



 ですね……?

 ……はい、言質は得ました。



 ・

 ・

 ・



 あ

 あ

 そ

 れ

 と

 さっきのみっつの疑問なんですけど、最後のだけはきちんと答えられそうです。 

 『七人目さん』は確かに言いました。『あなた』が『私』をここに捕まえてきたんだと。

 つまりはそういうことですね。

 私の顔はあれから鏡になってしまいましたから、あなたの顔を見ることが出来ないのは残念ですが、きっと素敵なお顔をあなただけは見ることが出来るのだと思います。

 あははは、嫌ですね、そんな上擦った声を出されても、私は怒ってませんから。



 ね?



 それじゃあ二人目を連れてきてください、待ってますから……」
最終更新:2020年09月27日 12:49