ブラック会社による従業員の酷使だとか。
睡眠不足の末の不幸な事故だとか。
死んだ運転手もある意味被害者だとか。
そんな言葉は何も意味がない。
ただひたすらに空虚に耳を通り過ぎる。
あるのはただ一つの事実。俺の妻は死んだ。
雨の中、トラックの居眠り運転に巻き込まれて即死した。
最愛の人を失って以来俺はただただ酒に溺れた。
ただ飲んで、ただ泣いて、ただ立ちすくむ。どうしようもない灰色の日々。
もしも。もしもあの日にもう少し早く帰っていれば。
駅まで傘を持ってきてくれなんて言わなければ。
いくつもの【こうしていれば】が浮かんでは消えてゆく。
困ったように笑う妻はもうこの世にはいない。それがどうしようもなく悲しかった。
あとはゆっくり死んでいくだけの人生。そんな俺の前に突然カードが現れた。
酒を飲み過ぎて、遂には幻覚まで見え始めたかと自嘲しながら、なんとなくカードに手を伸ばしてみた。
その瞬間。
『タロットカードを20枚集めるバトルロイヤル』
『“強い望み”のある者にしかこのカードは現れない』
『20枚全て集めた者はなんでも望みを叶えられる』
『相手を殺すまたは相手の望みを叶えて殺すのみでしかカードを奪えない』
情報の濁流が脳髄に叩きこまれた。
常識的に考えれば眉唾物の話であったが、感覚で“本物”と理解できた。
(殺せば…)
確かに俺には魔人能力がある。しかしそれで他人を傷つけようなどとは一度も思ったことがなかった。
(妻は蘇る…?)
これは悪魔の誘い。受け入れてはいけない。
それでも。俺は。
気が付けば自分の中にカードは吸い込まれていた。
―――こうして、俺の旅は始まった。
◆◆◆
カードから与えられた情報をもとに、練り歩く。
舞台は東京。対戦相手は感覚で理解できるそうだ。
三日ほどだろうか。雑踏をうろついていたら、猛烈に肌がざわついた。
“分かる”
確かに理解できる。俺と同じく戦いの螺旋に組み込まれたものが近くにいる。
周囲を見渡す。
すぐに分かった。人ごみから一つ飛び出た長身。いや、巨体と言った方が正確だろうか。
静かで落ち着いた街並みの中で、彼女の周りだけ戦場のような空気が漂っていた。
向こうもこちらを敵だと認識したようだ。
「よう!ここでやるのはよそうぜ!闘争したくない奴らを巻き込むのは違うだろ?」
デカい。あまりにもデカい声。そしてよく響く声。
街ゆく人々が何事かと振り返るが彼女は一切気にする様子がない。
ついてきな、と目で合図をし彼女はずんずんと進んでいく。
こちらとしてもその提案はありがたかった。願いの為に他人の命を踏みにじると決めた人でなしの身とはいえ、願いと一切かかわりのない人々を巻き込む気はなかった。
彼女に近づきすぎて不意打ちを喰らったらたまらないので、10m以上距離を置き後ろをついていく。
幸い彼女は酷く目立ったので雑踏の中でも見失うことはなかった。
5~6分ほど歩いた彼女は、再開発中の商業施設の工事現場に入っていった。
立ち入り禁止の看板を無視し、悠々と進んでいく。
一瞬ついていくのを躊躇ったが、これから殺し合いをしようというのに下らぬ良心だと自分に言い聞かせて後に続く。時刻は17時過ぎ。今日の工程は大体済んだのか作業員はまばらだった。
突然の闖入者に怪訝な視線が集まるが彼女は一切気にせず、からっとした爽やかな声を工事現場に響き渡らせた。
「悪い!今からここで闘争を始める!巻き込まれたくなかったら、ちょいと出てってくれ!!」
ガテン系の作業員たちが、何を馬鹿なことを言っているんだと飛び出る。
しかし、彼女を見た瞬間に顔を青くし、持ち場を放り出して逃げ出した。
作業員たちの気持ちはよく分かった。
彼女は長身にハッキリした目鼻立ち、日本人離れしたスタイルの美女と言ってよかったがまとう空気があまりに剣呑に過ぎた。暴力とか、破壊衝動だとか、そう言ったものを無理やり人間の形に押し込んだもの。
そう表現しても過言ではないような、あまりに暴力的な存在であった。
ごついライターに火をつけ、煙草を悠々と吸う。
幸せそうに煙を吹き出すが、それは猛烈な速度で突き進む蒸気機関車の煙を彷彿とさせた。
「良いねえ~!やり合う相手が分かるこの感覚!ぶちのめし合う緊張感!たまんねえな!」
子供のように目をキラキラさせて屈託なく笑う。
名乗り、だろうか。どこまでもクラシックな戦闘狂。正直恐れはある。それでも、妻を取り戻すために俺は立ち向かわなくてはならない。
「さあ!闘争しようぜ!!」
両手を広げて、あまりにも雄大な宣戦布告。少し愉快になってしまったのは不謹慎だったろうか。
◆◆◆
互いの距離は約20m。
さてどうするかと一瞬考える間に相手は動き出していた。
ズン、という音が聞こえてくるような一歩を踏み出し、猛然と迫りくる。
巨体=鈍いなどと考えていた自身の認識を切り替える。
確かヒグマは時速60㎞で地上を駆け抜けるんだったか。
そんな豆知識を思い出させるほどの圧倒的速度で我道は彼我の距離を詰めてきた。
――上等!こちらも迎撃のために能力を展開する。
『泡沫の夢』
俺の能力は攻防一体の泡を生み出す能力だ。弾力性のある泡は単純な物理攻撃であれば大抵のものを弾き飛ばす。
周囲に泡を生み出し、用意しておいたパチンコ玉を力任せに叩き込む。猛烈な反発力により、パチンコ玉はショットガンの銃弾のごとく我道に襲い掛かる。
真っすぐに突っ込んでくる我道に弾は突き刺さるはずだった。
ところが。ぬるりと我道の巨体が横にそれた。
ガキの頃ふざけてやった、足を浮かさずに足首の回転だけで横に移動する動き。
それを極端にハイレベルにしたかのような。なんだ?足首が猛烈な速度、ありえない角度に回っている。
ホバージェットのごとく、通常の人間の動きを無視して平行移動をしてやがる。
パチンコ玉を躱し、勢い衰えず向かってくる。どうやら近接戦をお好みのようだ。
鼻歌でも歌いそうな、爛漫たる笑顔と共に直進してくる。
「…ッ!付き合ってられるかよ!泡沫の夢!!」
足元に泡を展開し、反発力で飛び跳ねて距離を取る。
入り組んだ構造をしている工事現場は俺に有利に働く。あちこちの壁に泡を設置し、ピンボールのごとく跳ねまわり加速していく事が出来る。
利はこちらにある。それは間違いないのだが、我道は真っすぐ突き進んでくる。トタンの仮壁をぶち破り、パチンコ玉をいくつか受けても意に介さず、最短距離を最大加速で進んでくる。
馬力が違う。本体のスペックが違う。それでも後れを取るわけにはいかない。
能力を振り絞り距離を取りながらパチンコ玉を撃ち込んでいく。少しでも油断すれば距離を詰められて殴り飛ばされるだろう。脳髄をフル回転させ、最善手を選び続ける。
「ハッ!やるねえ!ならコレならどうよ!?」
言うが早いか、我道は現場に置かれていたドラム缶を鷲摑みにし、無造作にぶん投げてきた。
確かに強烈な一撃だが、モーションが丸見えだ。余裕をもって躱す。
「じゃあ次はコイツだ!!」
相変わらずの大音声。いつの間に拾ったやら、鉄パイプを握っている。
それを投擲するつもりだろうか?ドラム缶よりはコンパクトに扱えるだろうが、それでもモーションは分かる。
確かにこの我道という女は、規格外のパワーを持っている。近付かれたらひとたまりもない。
しかし泡沫の夢なら何とか距離を取り続けられる。
しかも遠距離攻撃は大振り極まる投擲しかないようだ。モーションを見てから、躱すのは十分可能だ。持久戦になるが、勝機がないわけではない。
そう思っていたところに、ヒュッと乾いた音が耳に飛び込んできた。
一拍遅れて鋭い痛みが腹部に走る。鉄パイプが脇腹に突き刺さっていた。
(!?何が起きた!?振りかぶるとか、そう言ったモーションは!まったくなかった!)
予想外の一撃に意識を持っていかれた隙をつき、我道は一気に距離を詰めてきた。
迫りくる我道の指が回転しているのを目にし、ノーモーションで鉄パイプを飛ばす方法を理解した。
我道は鉄パイプを握った後、指の関節を猛烈に回転させ、ホイール式のピッチングマシンの要領で射出したのだ。
(ドラム缶を大振りで投げたりしたのも…モーションを意識付けするため…!!)
まんまと策略にはまったことを悔いるが、そこに思考を割いている暇はない。すでに我道は目と鼻の距離にいる。
「ウオラアアアアア!!!」
体重の乗った強烈な右フックが襲い掛かる。泡沫の夢を展開し、盾とする。
ギリギリではあるが能力発動が間に合った。なんとか逸らす事が出来そうだ。
通常の打撃であれば逸らす事が出来ただろう。だが我道の拳は手首から先が、猛烈に回転をしていた。
貫通力を跳ね上げた回転拳。自信をもって展開した泡の盾をあっさりと削り、貫通した。
多少威力を殺すことは出来たが、それでも鉄骨をスイングされたかのような、重過ぎる一撃が横っ面に叩きつけられる。意識が飛びそうになるが何とか堪える。しかし体勢を整える間もなく我道は刺さったままの鉄パイプを掴み、横薙ぎに脇腹を引き裂いた。そして勢いそのままにヤクザキックを真正面からぶちかました。
無慈悲な三連撃をまともに喰らい、俺は派手に吹き飛ばされた。
◆◆◆
この三連撃が致命傷であることは自分でも理解できた。
泡で減速したにもかかわらず、回転拳は左の頬骨を粉砕した。
ヤクザキックでへし折れた骨は何本も内臓に食い込んでいる。
裂かれた脇腹から、ドクドクと赤黒い血が溢れ出る。命が抜けていくのがよく分かった。
それでも、諦めるわけにはいかなかった。
妻の困ったような笑顔が浮かぶ。あの笑顔を取り戻すためならば、立ち止まるわけにはいかなかった。
「…まだ、だ。まだ…俺は負けられない…」
口からもドボドボと血の泡が零れる。喋るのも困難になってきた。
「辛い戦いでも…あいつの…あいつのためならば…俺は…!あいつがいれば…!」
意識が朦朧としながらも言葉を紡ぎ、打破すべき相手を睨みつける。
越えなくてはならない巨大な壁を見つめる。
しかし―――巨大な壁であったはずの彼女からは気迫が消えていた。
あれだけの巨体が一回り小さくなっているように見えた。
彼女は心底から悲しそうに呟いた。
「あんたも…あんたもなのか?」
沈み始めた真っ赤な夕日に照らされる彼女の顔は、まるで置いてけぼりにされた子供のようだった。
「私はさ、全力を注いであんたを倒そうとしている。あんたのことしか考えていなくて…」
大きかったはずの声がどんどんと小さくなっていく。
「なのに、あんたは私を見ていないのか…?闘争なんて本当はやりたくなくて、嫌々やっているのか…?」
戦いの場にもかかわらず彼女はうつむいた。
当然その程度のことで隙を晒すような甘い使い手ではないが、覇気はまた一回り小さくなった。
「それは、悲しいなぁ、悲しい」
最後の言葉は掠れて殆ど聞こえなかった。
馬鹿げた、本当に馬鹿げた理屈だった。
彼女は心の底から闘争を楽しんでいる。それは立ち会えばすぐ分かった。
そして彼女は相手にも、闘争を楽しんでほしいようだ。自分だけの一方通行の想いは嫌なようだ。
馬鹿馬鹿しい。子供じみている。
私本当はお砂遊びじゃなくておままごとがしたかったの!と言われた幼児のようだ。
闘争を楽しみたければ勝手に楽しめばいい。わざわざこちらが付き合う義理なんてどこにもない。
ただ単純に闘争に集中する?己と相手のみの世界に没頭する?
それは確かに美しい闘争の在り方かもしれないが、そんなのは理想論だ。
戦いたくなくても、戦場に飛び込まざるを得ない者だっていくらでもいるのだ。
そうだ。だからこそ、俺は間違っちゃいない。妻を想い、妻の為に戦う。
相手のことを斟酌する必要なんてどこにもない。
正しい。正しいのだ。そのはずなのに―――
申し訳ないな、と思ってしまった。
あまりにも悲しそうな、見捨てられたような、雨に濡れた子犬のような。
その姿に、罪悪感を覚えてしまった。
この気持ちは血を大量に失ったことによる錯乱かもしれない。
元から自分に合った素養かもしれない。
もしかしたら心のどこかで、こんな殺し合いを妻は望んでいないと感じてしまっていたのかもしれない。
真偽は誰にも分からない。だからこそ、死に際に後悔なんてしたくなかった。
もう二度と【こうしていれば】なんて思いたくはなかった。
申し訳ないという罪悪感を抱いたまま妻のところに逝きたくはなかった。
「…泡盛司」
ボソリと名乗る。多分俺は勝てない。十中八九ここで死ぬ。
「…闘争、しようぜ」
なんとか言葉を絞り出す。瞬間、我道の顔が歓喜に染まる。結局俺も馬鹿だったってことだ。
死に際に見る顔が泣きっ面は嫌だ、なんて。
どうしようもないお人よしの発想。
泡沫の夢を全開にする。
右の拳に泡を多重展開。密度と強度を高める。
足元にも泡を生み出し、反発力で真っすぐ彼女に特攻を仕掛ける。
十中八九ここで死ぬのは分かっている。それでも残りのワンツーに全てを注ぐ。
泡沫の夢を直接顔面に叩きこめば、いかな女傑とはいえ窒息死は免れないだろう。
先ほど受けた回転拳の威力は確かにすさまじかった。しかし守備を一切考えず泡沫の夢を攻撃に集中すればなんとか渡り合えるはずだ。
能力を限界まで絞り上げる。薄れていく意識に鞭打って前へ向かう。
妻と出会ったキャンバス。
プロポーズをした海辺のレストラン。
誕生日に手作りしてくれたケーキ。
美しい思い出たちを後ろに置きざりにしていく。
ただ自分と相手のみを考え、闘争に集中する。
これは浮気ではない。妻も分かってくれると信じる。
超密度、多重構造の泡をまとい、弾丸であろうと弾く強度を持った右拳をぶつける。
先ほどの交差で回転拳の貫通力は把握した。際どいところであるが、全開の泡沫の夢であれば耐え切れると信じて進む。
しかし、自分に向かってくるのは拳ではなく貫手であった。
槍の穂先と化した彼女の右手。指の関節が全て猛烈な回転をしており、空気がうねっていた。
自分が能力を右手に集中したのに合わせて、面の攻撃ではなく点の攻撃に切り替えたというわけか。
かなわねえな、としみじみ思う。
それが彼女に対してなのか、自身の願いに対してなのかはもうよく分からなかった。
「ッッ大!・見ッ!・解!!!」
一切の躊躇なしに笑顔と共に繰りだされた回転する貫手は、泡沫の夢をあっさりと貫通し、右腕を粉砕。肩の根元から綺麗に吹き飛ばした。
◆◆◆
腕を吹き飛ばされた衝撃で気を失っていたようだ。
気が付けば俺は大の字で横たわり空を見上げていた。
血があっという間に失せていく。今意識を取り戻せていること、それ自体が奇跡だったかもしれない。
ぼんやりとしてきた視界を、夕日で赤く染まった雲がゆったりと横切っていく。
それは大海原を進む鯨を思わせた。終幕にはふさわしい景色だった。
その景色にもう一つ雲が加わる。
いや、それは雲ではなく煙だった。
俺を打ち破った彼女―――我道蘭が気持ちよさそうに煙草をふかしている。
一刻前の悲しそうな顔が嘘のように、幸せそうに口から紫煙を吐き出している。
(お気楽そうな顔しやがって)
それでも不思議と怒りは沸いてこなかった。
全てを出し切った充足感、疲労感が全身を襲う。もう何もかもが気にならなかった。
弱かった。だから負けた。ただそれだけだ。俺の願いが否定されたわけじゃない。
「なあ…あんた…最期に…いいかい…?」
血反吐が口からあふれ喋りにくいが、なんとか言葉を吐き出す。
「あんたの…願いはなんだい…?」
もうなんとなく予想はついていたが、それでも一応聞いておきたかった。俺をぶちのめした化け物の、進む旅路を知りたかった。
「私の願い?それはアレよ。最っ高の闘争を味わう事!!コレに参戦したら、もう最高の闘争が出来ると思ってさァ」
予想的中。あんなに愉快そうな顔で戦ってるんだ、分からないはずがない。
でもさ、と小さく呟き我道は続ける。
「こんなのに飛び込むヤツは私みたいのばっかと思ってたけど…ちょっと考えなしだったかなあ。ま!闘争の場に立っている以上やるかやられるか!願いが何とか関係なくてぶつけ合いよね!」
二本目の煙草を深く深く吸う。
「闘争をしたくない人は本当に悲惨だと思うけど…どうせなら、私とやり合う以上は楽しく、全力で、命のやり取りを満喫してほしいな~」
我儘 傲慢 身勝手。
しかしまあ、そんな奴がいてもいいのかなとは思ってしまった。
どっちの願いが上だとか、人の命を踏みにじるのにふさわしい願いとはなんだとか。
そんなものは明後日に放り投げて純粋に力比べを楽しむ。
こいつは、勝っても負けても気持ちよく煙をふかすのだろう。笑顔で殺し、笑顔で死ぬのだろう。
その純粋な在り方が少し羨ましかった。
「あとまあ、もう一つあってさ」
我道は延長線上の願いを静かに語り始める。
「あんたみたいなのはさ、願いなんて餌さえなけりゃ、いつか傷を癒してさ、穏やかな日々を送っていたはずなんだよね」
そうなのだろうか。十年二十年と経てば、自身の半身とすら思えていた妻を失った傷も癒えていたのだろうか。
穏やかな日々の中で「そういえば」と時折思い出す程度に胸の傷は小さくなってしまったのだろうか。
今の俺にそれは分からない。傷が癒えることは良いことのようにも思えたし、どうしようもなく悲しいことのようにも思えた。
「…そういう人をさア…甘い願いで釣って、望まない闘争を強いるってのはさァ…気に食わねぇ。ど~~うにもこうにも!気に食わねえ!!」
この、我道蘭という女は、感情を隠すという事を知らないようだ。
怒りを、燃え滾るような憤怒をむき出しにしている。
「世界だか何だか知らないけどさぁ~…」
ギリリと音がするほどに拳を握る。
「願いを叶えてくれる強大なモノがいるってんなら!」
赤く染まる空を見上げ、獰猛な笑顔を浮かべる。
「是非一手!闘争お付き合い願いたいねえ!!」
天に唾をするどころか、世界に中指を突き立てる蛮行。
空前絶後の大馬鹿者。
だけれども、不思議と気持ちがよかった。世間が聞けば指をさし笑うような話であったが、死に逝く自分にはその馬鹿馬鹿しさがありがたかった。
「ああ…そりゃぁ…痛快だ…世界とやらに、ワンパンくれてやってくれや…あんたの…旅路に…幸あらんことを…」
俺の旅はここで終わるが、彼女なら真っすぐに突き進んでくれるだろう。
意識が消える間際、浮かんだ妻の顔はいつもの困ったような笑顔だった。
◆◆◆
【勝利】
【征服】
【突進力】
【開拓精神】
【無尽蔵の体力】
世界に喧嘩を売る大愚者
【Chariot】 戦車
我道 蘭
彼女の旅はまだまだ続く。
最終更新:2020年09月27日 12:48