満員の観客席。熱気に包まれたアリーナ。
開幕前から会場のボルテージは最高潮だ。
老若男女、その場にいる誰もが本日の主役の登場を今か今かと待ち望んでいた。
突如、音楽シーンに彗星のごとく現れて、人々を魅了したカリスマ的アイドル。
新曲を発表すればヒットチャートを賑わせ、TVに出ればその一挙手一投足に皆が注目する。
日本国内ではだれも知らない人はいないだろうといわれるほどの人気を誇り、誰もが彼女に憧れるスーパースター。
最早、この世界は、彼女を中心に回っているといっても過言ではない。
そんな彼女のライブがここで開かれようとしているのだ。
開幕時間が迫って
スポットライトがステージの一点を照らした。
「「「ウオオオオオオオオオオ!!!!!」」」
ラナンの姿が照らしだされると同時に地響きのように盛大な歓声が会場にこだまし、彼女を迎えた。
「客席にみんな、今日は私のライブに来てくれて、本当にありがとう!!」
「「「ウオオオオオオオオオオ!!!!!」」」
ラナンがにこやかに手を振ると、また観客席から歓声が上がる。
「そして会場に来れなかった皆煮もとても感謝している。君たちのおかげで私はこんなライブをすることができた。みんなに支えてもらって、私はとても幸せものだと思う。」
「ラナンちゃーーーーん!!!」「愛してるーーーーー!!!」
「じゃあ、まずは最初の曲行ってみようか。『Stardust girl』」
彼女が指を弾くと同時に会場内に音楽が流れ始める。
曲はもちろん彼女のデビュー曲であり、彼女の代表曲でもある『Stardust girl』。
だが、この音楽はバックバンドやスピーカーから流れているわけではない。これは彼女の能力『スターライト』によるものだ。
BGMはラナンを中心に会場全体に聞こえるよう広がっている。
「ラナンちゃん最高!!」「げんそうじゃないよな……」
観客席にはすでに感涙に咽ぶ観客の姿も見える。
最早、成功は約束されたも同然だ。
事実、この日のライブはかつてないほどの盛り上がりをみせ、終幕を迎えた。
◆◆◆◆
「はぁ」
アリーナからの帰り道。
事務所が用意した自動車の中で、ため息をつくラナン。
その姿を見て運転席のプロデューサーの武羽根健輔が声をかけた。
「溜息なんてついて、どうしたんだ。お前最近ずっとそんな調子だぞ。アイドルの活動に何か不満でもあるのか?」
最近、様子がおかしい気がする。
人前ではあまり見せないが、誰もいない控室などでは何やら呟いていたり、ため息をついていることが増えた。
武羽根としては自分が担当するアイドルが悩み事を抱えているなら、解決してやりたい。
まして、トップアイドルであるラナンなら猶更の話だ。
「そんなわけないだろ。ファンが喜んでくれることが私の最高の幸せさ。そのためにずっと努力していきたい。君はそのための環境をちゃんと与えてくれている。不満なんてあるわけがないさ」
ファンのみんなに常に最高のパフォーマンスを見せたい。ファンの喜ぶ姿を見るために努力していきたい。彼女は常にそう思っている。
事務所はそのために投資をしてくれている。最高の環境だ。
だから、そこに何か不満があると思われたのならラナンとしては不本意だ。
「じゃあ、次のスタジアムでのライブの件か?それとも、誰かに脅迫でもされてるのか?だったら、俺ならいつでも相談に乗るぞ」
犯罪に巻き込まれているならそれこそ問題だ。
最悪、警察に相談する必要がある。
「いや……犯罪に巻き込まれているわけでは……」
少し歯切れが悪い。やはり何かに巻き込まれているのか。
「うーん……君に相談しても仕方がないからな」
「なんだよ。プロデューサーの俺を信頼できないっていうのか?俺は悲しいぜ」
「そういう訳じゃないさ。君のことはよく信頼してる。信頼はしているが、君にどうにかできる問題じゃないし、そもそも信じてもらえないだろうからね」
「話してみなきゃわからないだろ」
「いや、わかるさ。でも引き下がる気はないようだね」
「ああ」
「なら、まず、君に伝えていなかった私の正体を語らねばならないな」
「正体って何の話だ?」
武羽根が怪訝な表情で尋ねる。
「実は私は普通の人間ではなくてだね」
犯罪者かヤクザか何かの娘なのか?それならスキャンダルになりそうではあるが。
「私は遠い星から来た宇宙人なんだ」
「はぁ?宇宙人?お前が?」
予想外の言葉に武羽根は目を丸くする。
もう少しでハンドル操作を誤るところだ。
「君、信じてないね?」
「だって、お前宇宙人って」
ラナンは普通の地球人と変わらないように見える。
突然宇宙人だと告白されても、どうにも現実感がわかない。
「最初から信じてもらえると思ってないけどさ」
「いや、信じるよ。だとしえも、それの何が問題だ。仮に告白したとして、お前のファンだってそんなこと問題にしないだろ。どうでもいいだろ、そんなこと」
そもそも、アイドルなんてその手の突飛な設定を持ち出す色物は珍しくないのだし、多くのファンを掴んでいるラナンにとって大して重要な問題だと思えない。
何が問題なのか。武羽根の疑問はまだ解決していなかった。
「うん、私がただの宇宙人だったらどうでもよかっただろうね。でもなぜなら、私が地球に来た目的は地球を侵略するためだからね」
「はあ?地球侵略?」
こいつは何を言ってるんだと武羽根は思った。
宇宙人だけでもとんでもない話なのに、地球侵略?
「そう、地球侵略だよ」
「じゃあ、お前、俺たちを騙してたのか?アイドル活動も地球侵略のために?」
「それは違う!結果的に君を騙してしまったことになるのは謝るけど、アイドルになったのは私の意思だよ」
武羽根の言葉を強く否定するラナン。
あの時はアイドルになんて興味がなかった。
そんなことより彼女を地球に送り込んだ惑星間連合国家のために役に立つことの方が大事だったし、武羽根のスカウトもけんもほろろ、取り付く島もないといった様子で拒絶していた。
アイドルになったのも武羽根のスカウトがあまりにもしつこかったからだ。
当時の彼女が今の彼女を見れば信じられないものを見たと思う事だろう。
「私はアイドルがとても楽しいし、何より私を応援してくれるファンの皆が好きなんだ。地球侵略なんてしたくないし、させたくもない」
「お前、それで悩んでたのか」
「そうだよ」
ラナンが武羽根の言葉を肯定する。
「このままいけば、一年以内に惑星間連合国家は100万を超える宇宙戦艦を地球に送り込んでくるだろう。何らかの対抗手段が必要だ」
「いや、無理だろ」
現在の地球の科学力でそんなものをどうにかできるとは思えない。
彼女自身もそれをわかって言っている。
「うん、そうだね」
ラナンがあっさりと肯定する。
「いっそ、防衛省にでも相談するか?」
自衛隊ならある程度対応策が考えれらるのではないか。
「信じてもらえると思うかい?」
「いや……」
武羽根自身いまだに半信半疑のところがある。まして第三者が効いて信じられるような話ではないだろう。
「それに、仮に信じてもらえたとしてだ、ろくなことにならないことが目に見えている。ほら、解剖とかされても困るだろ」
「じゃあマジでどうするんだ」
「どうしたらいいだろうね」
そのまま、沈黙が続き、会話のないまま、車は事務所の寮に到着した。
地球に身寄りのなかった彼女は、人気絶頂の今もここに住んでいるのだ。
ラナンが助手席の扉を開き、自動車から降りる。
「じゃあ、また明日」
「いや、お前……」
武羽根がラナンを引き留めようとする。
「なに、君のことぐらい守って見せるさ。こう見えて戦闘の訓練もしているんだ。だからさっきの話は気にするな」
風車に立ち向かうドン・キホーテのようなものだけどねと自嘲しながら、そのまま寮の自室へと歩いていくラナン。
その日の夜、眠りに就こうとしたラナンの手元に届いたのが、星の絵柄が書かれた一枚のタロットカードだった。
最終更新:2020年09月27日 23:52