私、“三楢(みなら) 茉白(ましろ)”は御歳十七歳。


 午後の神学論の授業中のことだった。手の甲にまるで手塚治虫のブラックジャックの顔みたいな酷いヤツが突然バックリ現れたのだ。
 鮮やかな朱色に染まった自分の手に私の目の前は真っ白(注略:これは駄洒落ではない)。
 そのまま貧血を起こし、自分でもビックリするぐらい女の子らしく長机へと卒倒してしまった(その後、ゴン、と落ちて来たラテン語辞書の角で頭にタンコブができたことには減点だけどね)。

 皆、黙して語らないが、コレがあの(いにしえ)から定められたかの有名な聖痕(スティグマ)……らしい。

 でも、突然現れたこの巨大なサンマキズが『実は出刃包丁でうっかり切っちゃった』とか『怒った猫に引っかかれた』とか私の身の丈にあったものにしておかないと、

“まさか……ありえないだろ?きっと、コイツは大麻やっているんだ!いや、統合失調症かもしれない……ッ!”

 凶悪で残忍で無慈悲で口穢(くちぎたな)い無責任で(故意)の噂。
 その発信源。恐ろしきスー・シルベスター学院長が行う旧約の神様のごとく情け容赦ない異端審問が私に炸裂する。

 ────行き着く先は得体の知れぬ岩窟。右手も左手も石の壁。私の()いた両眼には鉄格子の銀色がピカリ。
 ────と、ガッシャーン。

『って、コラ~~ッ!私は捕虜か!?!?』

 懲罰! 懲罰! 懲罰! 懲罰! 懲罰!

 ここでの私は監獄の囚人?それとも贄の羊?
 もしかしてこのまま燃やされちゃう私!?
 何だかな、異端信仰どころかもはや邪神崇拝レベルだよ。このクオリティ。

 懲罰! 懲罰! 懲罰! 懲罰! 懲罰!

 厳めしい錠と鍵────剥き出しの便器────謹慎生活。

『ここから出してー!』

 これは学校とは思えない催物(イベント)だ。

 懲罰! 懲罰! 懲罰! 懲罰! 懲罰!

 檻の中からの情景────不気味な蛍光灯────六畳もない反省室(ブタバコ)

 懲罰! 懲罰! 懲罰! 懲罰! 懲罰!

 監視カメラ────作業台(ワーク・ベンチ)────更生プログラム。

 懲罰! 懲罰! 懲罰! 懲罰! 懲罰!

 まっくのうち!まっくのうち!と、重たいボディブローをお見舞いされたみたいに胃のあたりが痛い。うぷっ……なんか胃液昇がってきた。吐きそう。

『もうこんなのイヤァァアァァァ~~~~ッ!!』

 このままオマケで魔女狩りが大好きなマスメディアとこの国の国民にかかれば、私なんてまな板の上の鯉だ。
 それとも大炎上?燃やされる?やっぱりこのまま燃やされちゃうの!?


『え~んえん。ここから出して~!開けてヨ~!』


 とうとう、両手で顔を押さえて、私は啜り泣いた。












 ────と思いきや、
 なんと教皇庁(バチカン)から奇蹟調査官たちがやって来て、事態はまさかの垂直降下のジェットコースター。

『ハ────?』

 私はあーりゃりゃこりゃりゃと、精密検査のため入院&精神鑑定云々(あと処女検査。何故?滅茶苦茶あせるんだけど)。
 聞いた話、案外聖痕(スティグマ)自体、そんなに(めずら)らしい事例ではないらしい。今年度は私で全世界二百八例目だそうだ。
 因みに、その九割九分が『本人による自傷行為』らしい……(これが内申に響かないと良いけど)。

 異様な密室心理劇から脱出にちょっとした躁鬱状態だったけど、結果は全て異常なし。当然。じゃないと困る。




 ────で、ここからが本題。




 ────ひとつだけ。


 ひとつだけ誰にも話せさなかったことがある。
 って、いうかこんな莫迦な発言はできない。
 また根掘り葉掘り訊かれ、折檻されてしまう。
 下手しなくても魔女事案(たぶんね)。この女学院での自殺行為である。それは。


 ────ある『夢』を見たことだ。


 内容は意味不明。
 しかし、明晰夢というと他ないほど鮮明(クリアー)
 でも、異状。かなり奇抜で特殊な内容だった。


“ フ フ フ フ フ フ ”

 一点投射のまばゆい光。
 あの妖しく響鳴する不思議なフの多い声は今も頭に残って、私を悪酔いさせてくる。

『あのー、どこのどなた様ですかぁ~?』

 目の前に現れたのは真っ白な三つ揃いを纏い、脇の下にステッキを手挟んでいるスッゲー弱そうな覆面レスラーだった(トーナメント出場前に脱落するキン肉マンの噛ませ超人みたい)。
 不敵に微笑む(ような?)その姿はお世辞にも格好のいいものではなかった。
 その覆面レスラー(仮)がいうには、
 私はタロットカードを20枚も集めるんだそうだ。
 そのタロットカード20枚全て集めた者はなんでも望みを叶えれるという。
 そんでもって、タロットカードを手にいれるその方法とはなんと相手を殺すんだそうだ、うん。



      (ヾノ・∀・`)(無理無理そんなの)



『おもいっきり穢れてる』そう答えた。
 夢はそこでぷっつり終わって、病院のベッドで眼を覚まし、その時の私はすぐに二度寝した。
 ちゃんちゃん。

『~~~~~~っ!!』

 絶っ対疲れてるよ!あの時の私……っ!
 最近の七時限授業に疲れて私はきっと変な夢見たに違いない(実際に前の日は三時間しか寝てないし)。
 今、学院生徒は私含め誰も彼もが疲れている。
 実際、休んでいる生徒はたくさん居るし……(主にストレスから来る急性胃腸炎とか例の肺炎ウイルス関係とかあと妊娠とか)。
 ……ああ、生臭い話ばっかり。
 世の中こんな御時世だし、これも、あれも、たぶん、きっと、最悪の未来予想図。
 お手上げのバンザイである。
 こんな審問はちゃっちゃっと終わらせて、裁判を終結させなければならない。内申にも不利になる!(ってか、もうなってるかもしれないし!)

『……疲れた。くたびれた』

 私、さっさと学院に帰って勉強しなきゃ……。
 でないとこの後の期末テストの修羅場がががが……、





 それなのに、ああもう。なにもかも、メチャクチャ。



 いま、胸の中は別のなにか解らない凶々しい予感が満ちていた。



 天に坐す我等が父よ 願わくば御名の尊まれんことを

 御国の来たらんことを

 御旨の天に行わるる如く 地に行われんことを

 我等の日用の糧を今日我等に与え給え

 我等を試みにひき給わざれ 我等を悪より救い給え────アーメン。




『お願いします。教えてください、意地悪な神様……』




『……この私に一体何をしたのですか?』



 今、私は独り言ちて理性(ネジ)を一本残らす落っことしてガムシャラに走っている。
最終更新:2020年09月28日 00:23