track.1 『乙女のepitaph』
空の上をひとり歩いた。
いくつもの荷を担いだ。
重みに耐えて歩き続けた。
そして、ある日気付けた。
この雲の下にあるもの。
己が踏みしめ立つもの。
浮き足立っても培ったものは、決して自分を裏切らない。
その日の星占いは下から二番目で、どうにも憂鬱な気分だった。
そんなものを気にするのかと問われれば否と答えるけれど、朝からケチをつけられた気分なのだから仕方ない。
例えば、起床して鏡を見た時に見える髪のうねり。
例えば、トーストの端に生まれた些細な焦げ。
あるいは、ズボンを上げる時に感じる引っかかり。
どれも小さなことだが、気持ちの起こりの出鼻をくじく。
今日の小山内姫の朝はそんな出来栄えで、そうなると朝ごはんに作ったオムレツだってなんだかイマイチに思える。
(ま、写真に撮ったら出来栄えなんてどうにでもなるんだけどー)
ぱしゃり。
隠し撮り防止なのかなんなのか、間抜けな音が部屋に響く。
明るさも彩りも全てはこの薄い画面の中でこねくり回され歪んでいく。
美しく、見える。
小山内にとってこの端末は動画を見るだけの機械では無い。
それだけのために高い金を払いはしない。
商売道具、武器、言い方はなんでもいい。
薄くて軽いこの塊の中の世界だけが唯一神からの手を逃れ、小山内の手で踊らせられる。
綺麗は汚い、汚いは綺麗。
そんな言葉を現実に落とし込む。
「じゃあ、いただきます」
その言葉を聞き届ける人はいない。
「小山内姫さんですか?」
「……ん?」
声をかけられた。
その言葉に振り返って、そこにいる少女を見て思考を巡らせる。
(その顔、現場で見た事ねぇな〜!)
チェキやら握手会やらで多くの人間と出会う。
重要なのはそこにいる人間を覚える事だ。
少なくとも、小山内姫は会場の最後列にいる人間の顔だって把握するようにしている。
自分のファンでも、そうでなくても。
どれだけ不完全な存在でも板の上に立ち、あるいは客を前にすればアイドルに頭は切り替わる。
(やべぇやべぇ! こんな歳の子そんな簡単に忘れるはずないのに……!)
「……小山内さん?」
「おう、小山内姫だよ〜。つーか、プライベートだぞ?」
「これは失礼しました」
礼儀正しく頭を下げられてヒラヒラと手を振る。
好感度高めだ。
「……それ、箒?」
「はい、箒です」
「……聞いたのこっちだけど、それが傘とか言われても困るわ」
いかにも魔女の箒でございという感じの手荷物に視線を向けている。
今日の小山内はスポーツバッグを持っていた。
「……すみません、急に声をかけて」
「いや、構わねーけど。まぁ、他の子とかにはすんなよ? 不公平になるから外じゃファンサしないってこともあるんだから」
少女の名前は路田久揺というらしい。
彼女の言う言葉に嘘はないように思えた(自分に嘘をつく必要性を感じないという心理的な部分もあったが)
どうやら、彼女は自分のことや自分の所属する『shalldone』のことをよく知らないらしい。
彼女の友人……彼女が呼ぶところのマリ姉が自分たちのファンらしい。
CDを貸され、自分たちの曲を聴いたこともあるとのことだった。
「お、マジで? これ『SpikeyDiveCity』……って新譜、せっかくだから渡しとくわ」
「……いいんですか?」
「おう。前のライブで出したばっかだから、マリ姉持ってないかもな。自慢してやりな……あ、私が渡したって内緒な?」
「いえ……マリ姉は、その……」
「喧嘩か?」
首が横に振られる。
彼女が話すマリ姉の話は本当に楽しそうで、だから喧嘩かと聞いた小山内自身、喧嘩の最中とは思えなかった。
「マリ姉は……」
その先の言葉を聞くと、小山内は憂鬱になった。
誰が悪いわけじゃない。
アイドルをしているとそういう場面にも出くわす。
良くも悪くも人間の人生に関わる仕事だ。
「それで私は……」
「……あー、待て」
「?」
「皆まで言うな。なんとなく、読めた」
アルカナカード、拾ったろ?
「……はい」
あぁ、なんということか。
普段の小山内なら空を見上げてため息をついていただろう。
だが今日はそんなことを言ってられない。
小山内姫は愚者である。
今更言うまでもなく、愚かだ。
「月のアルカナ、路田久揺と申します」
「隠者のアルカナ、小山内姫……じゃあ、やるしかないか」
悪いなと、呟く。
今日この日は誰かの夢が終わる。
自分かもしれない、彼女かもしれない。
あるいは他の誰かの夢がこの街で終わる。
すらり、と箒から何かが抜ける。
「げ……」
思わず、一歩下がる。
仕込み刀。
「JKが持ってていいもんじゃねー!」
「お覚悟を……!」
「無理!」
スマホを構え、写真撮影。
地震と彼女の間の空間を無理やり広げる。
「S.N.O.W」
グ
ニ
イ
イ
「あばよ」
体が後方に弾ける。
距離を離せば刀は届かない。
S.N.O.Wは強力な能力だが魔人が相手となると直接的な攻撃はできない。
魔人でないなら背骨を二つに折り曲げるが。
だが、今回その選択肢は悪手だ。
『魔女の影は月に映る』
路田久揺は距離を詰める。
「もう、すでに」
近い。
刀を抜いた箒に跨りこちらに迫る少女。
S.N.O.Wの弱点。
カメラを介する能力であるがゆえ、発動までに少しばかり時間がかかる。
跨るというワンアクションに対し、撮影と操作のツーアクション、どうしても一手遅れる。
「っぶね!」
すれ違いざまの一撃。
とっさに身をかわす。
伊達にステージで踊っていない。
刀を鞘に収め、路田は上空に向かう。
空からの攻撃は対処が難しい。
(……どうすっかな)
スポーツバッグの紐を強く握り、相手をにらみつける。
……その時。
「あー!?」
小山内の背後で爆発が起きた。
track.2 『磔刑・魔女狩り・ご用心』
やれやれ……と、言っておこう。
僕は橿原純一郎。
ごく一般的……な人間だった。
全てはアルカナカードによって変化し、歪んでしまった。
いや、しまったという表現は正しくないのかもしれない。
僕はこれに出会わなければ今頃死んでいたし、自分の望みを知らないままだっただろうから。
今日ここにいたのは『魔法学校の二回生ジュン』の新刊を買いに来たからだ。
現状、僕にとってかけがえのないもの。
現状、僕を支える強さの根源。
観音寺未森、赤いツインテールと勝ち気なつり目の女の子。
「……?」
不思議な感じがした。
スピリチュアルな言い方をしてしまったけれど、それは僕が知ってるどの感覚とも違っていたからだ。
例えばイベントに行って声優を見た時のような、そんな時に生まれる感情に近い。
オーラ……多分、そんな言葉で表せるもの。
でも、僕が今までに会った誰とも合致しない。
焦げ茶色の髪……それから、眼鏡。
僕の方を見ている……のかな?
いや、そんなはずは。
「!」
消えた。
消えた?
人が消えるなんてことがあるんだろうか。
いや、僕は知っているはずだ。
自分が置かれている状況を。
僕か今するべきことを。
「……女?」
「ふ……ふー……ふー……!」
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い!
その場にしゃがみ込むと僕の首を狙っていたらしい攻撃が空を切る。
でも、背には当たっていたみたいだ。
背中がすごく痛い。
中学生の頃に味わったシャープペンシルで背を突かれた時の痛みが筋になってるみたいだ。
「お前……魔人だな!? ぼ、僕のアルカナカードを狙って……!」
振り返りながら手から炎を出す。
そのまま拳を突き出したけれど、簡単に避けられてしまった。
嘘だろ、未森のパンチだぞ?
まぁ、僕だからな……
いやいや、今の僕は観音寺未森なんだ。
未森はそんな風には考えない。
僕の知ってる未森ならこんな時なんて言う。
「かかってきなさいよ! このメガネ!」
「……」
大丈夫だ。
観音寺未森は強い。
だから、僕だって強い。
「緋色の榴弾(ボンバレッド)!」
手から放たれる炎が空中で何度も爆発する。
一度でも当たれば次の爆発に巻き込まれる未森の技のひとつだ。
これは第三巻に収録されている第三十二話『運命の風下 3』で未森が黒風に勝つために生み出した技であることは言うまでもない。
メガネの彼は未森の爆撃をかわしていく。
そうだ、あの時の黒風もそうだった。
肉弾戦を得意とする未森は爆発を経由して自分の火を継ぎ足さないと広範囲に爆撃を届けられない。
不慣れな遠距離攻撃。
爆風と爆発と爆発の間に生まれる隙。
それを黒風は突いた。
「……」
でも、勝ったのは未森だ。
「そこね!」
隠れ、死角からの攻撃を行う黒風。
その動きを見事に読み、その拳を……
「素手だけが戦いとは思わないことですよ」
鎖……分胴……
僕の突き出した拳の上を通り、顔を狙う。
未森の顔に……
「ふんっ!」
手から起きた爆発が伸びた鎖をはね上げ、分胴は顔には届かない。
なんてものを向けるんだ。
それに、鎖分胴なんて原作にないぞ。
「武器なんて捨ててかかってきなさい!」
未森は強気に笑う。
僕もそれに倣った。
track.3 『after burner』
(度し難い)
福院・メトディオスの抱いた印象はそれだ。
相対した男……橿原は現在女の姿をしている。
それ自体に驚きはない。
魔人である以上、肉体の性質のみならず性別そのものが変わってしまってもおかしくない。
ただ、その様子が予想外だったのだ。
「まだ逃げるの? この意気地無し!」
口調から何から初見の時と違う。
襲いにかかろうとした時とはモノが違う。
こういった人物に心当たりがないわけではない。
実際、福院自身が眼鏡によるスイッチングを行なう。
しかしあれはそういう類いでは無い。
普段は心の奥底にしまった攻撃性が出ているのではない。
どこかぎこちないのだ。
何かをなぞるように、思い出すように、あるいは確認するようでもある。
……橿原は未森になる。
だが、全てが変じる訳では無い。
彼の行動はあくまで知識による未森のロールプレイだ。
そこに残るぎこちなさはシミュレーションの甘さから来るものである。
未森との関係を想像できても、未森のそのものを想像してきた訳では無い。
その僅かな違和感はノイズとなって福院の頭にこびりつく。
「緋色の……榴弾!」
技は各種取り揃え。
しかし、距離を詰められないように爆発での攻撃が多い。
接近するのはそう難しくないのだが、妙に察しがいい。
これは相手自身の能力の高さなのか、それとも運がいいのか。
……福院・メトディオスは知らない。
橿原純一郎はいじめの経験者だ。
小・中・高。
年数にして十二年。
どこから来るかも分からない攻撃に怯える日々。
その中で体に染み付いた危機探知能力。
それが武道の達人たる未森の能力と噛み合い、超人的な探知能力へと生まれ変わる。
死角からの攻撃は『ありがち』な『定番』なのだ。
相対しての攻撃よりも経験は多い。
福院はまだそれに気付けていない。
いや、気付けたとしてどう対処すれば良いのか。
手から生まれる爆風が鎖分胴を弾く。
一撃で仕留められなければ警戒を招き、二撃目が遠くなる。
一方の橿原も攻撃のイメージは出来ても成功のイメージは不完全。
福院・メトディオス、その経験による深読みと思考法により王手への遠回り。
もしも、もしも相手が慣れていたり、あるいはただ前に向かう意思があればこうはならかっただろう。
未森のロールプレイというスタイル。
それが歪みとズレとなって福院を惑わせる。
(度し難い)
手から炎を発する忍『黒夢』を殺した。
爆発を操る忍『由良砲魔』を殺した。
身体変化を扱う忍『転身の波瑠』を殺した。
なのに、この玄人もどきの素人に時間をかけている。
気が付けば相手は勢い付いている。
落ち着け。
何も問題は無い。
一手ずつ確実に指していけば詰めには持って行ける。
焦れる気持ちなどとうの昔に捨てたのだから。
「動くと当たらないでしょ!」
(……やはり、度し難い)
そう思っているうちに視界の端に映る影。
空飛ぶ……箒?
(まさか……)
アルカナカードは、この秋葉原にいま現在存在するカードは。
自分と相手の二枚だけでは無い。
ぱっと視線がかち合う。
バレた。
敵がこちらに来ればまた状況を構成しなければならない。
(様子見にも限界が来ます、か……)
福院が一対多を想定していないはずはない。
だが、空からとなると話は別だ。
攻め手を変えねばならない。
それに、これで片方から距離を離してももう片方が迫ってくる可能性がある。
逃げる人混みに紛れることも出来るがそれでも追跡を振り切ったとして、自分の知らない魔人がまだいるかもしれない。
……逃げるのは得策ではない。
(中々、骨が折れそうだ)
track.4 『Touch The sky』
声をかけたのは偶然だ。
たまたまあの人が『shalldone』を好きだっただけ。
たまたまその人が『shalldone』のメンバーだっただけ。
たまたま話してみたいと思っただけ。
何となく分かってる、直感している。
この人を殺さないと願いは叶わない。
自分でも叶えるべきではないことを知っている。
それでも一歩を踏み出した分、進まないといけない。
『カッコイイんだ、shalldone』
『ほう』
『地下アイドルってなんか変なイメージあったけど、悪くないよね』
小山内姫と向き合って、思うこともある。
倒す、殺すの罪悪感や緊張感。
自分のよりも手馴れたその雰囲気。
路田久揺は重力に縛られない。
宇宙に浮かぶ月のように小山内を中心に円を描くように飛ぶ。
その最中に自分たち以外に二人の魔人を確認した。
小山内もそれをわかっているかは分からない。
ただ、赤い髪の女が爆発を起こしているので確実にひとりいることを理解しているのは間違いない。
戦闘経験の浅い路田は思考する。
自分が生き残る方法を。
空を飛べるのはアドバンテージだ。
街中ならば他にも跨がれるものはあるし、離脱も接近もある程度は自由にできる。
目下の問題はあの二人だ。
小山内姫はスマホを構えているし、既に見ている。
(おそらく、距離を弄る能力……でも、発動が写真に限定されるなら)
反応を超える速度での攻撃が吉。
虚をつくのはそう難しいことではない。
脳裏に浮かんだのは小学生の頃のドッヂボールだ。
複数人が一堂に会して戦う場合、人間の意識は狭くなりやすい。
ボールを持っているもの、攻撃の意志を持っている相手。
すなわち、自分にとって一番の脅威になるものに意識が集中する。
ならば、その明確な隙を狙えれば賞賛はある。
問題は残る二名。
片方は手から炎を出す能力なのだろうが、もう片方が分からない。
鎖分胴を使っているがそれを利用した能力なのだろうか。
(マリ姉……)
今の自分を見れば彼女はなんというだろうか。
笑うだろうか、怒るだろうか、泣くだろうか、それとも褒めたり責めたりするだろうが。
胸ポケットにしまった香坂マリナの形見、制服のリボンを握りしめる。
(……やります)
ブレーキも後戻りもきかない。
ただ飛ぶ。
空に触れられるほどの高度まで。
その果てまで行かないと。
きっと、香坂マリナへ手しにしたものを捧げられないだろうから。
送るナンバーはレクイエム。
題名は『世界滅亡』だ。
……心が変わらなければ。
頭を振る。
心変わりなどあっていいものか。
路田久揺は狙いを定める。
猛禽類が地上のネズミを捉えるように。
刀を抜き、急降下。
切り上げる勢いそのままに上昇して攻める。
慣れぬ乙女が片手で人の首を切り、殺すにはそういう手段を取るしかない。
震える手を誤魔化すようにしっかりと握る。
抜く。
狙いは赤髪。
爆発が鎖分胴を弾いた。
今だ。
「……!」
「おっとぉ!」
髪を切るに留まる。
未森……否、橿原の第六感は健在。
気配を察知するのが異常に上手い。
ダークホース、台風の目。
魔術師のアルカナ。
才能・技術・自信、正位置の姿。
戦闘という非日常の中に放り込まれ、彼の頭の中のネジは外れている。
トランス状態、あるいはゾーン。
未森になるという欲望が限りなく高い純度で実現している。
満ち溢れる自信は想像以上の爆発によって力を与えてくれた。
考えながらのロールプレイはぎこちないものの、上昇した身体能力がイメージと現実の狭間を埋めていく。
何度となく読み返した、何度となく考えた、何度となく向き合った、何度となく、何度となく、何度となく、何度となく。
一方の路田。
彼女も正位置、だがその意味は魔術師とは違う。
不安・現実逃避・幻惑。
言葉と意思と裏腹の本能。
鞘に収めようとして何度かその入口を切っ先が突っつく。
それでも、進むと決めた以上は。
(次こそは……!)
track.5 『クソったれな夢』
「やべぇ……」
小山内姫は思わずそう零す。
魔人との戦いは面倒だ。
だって自分を含めて魔人というのは現実を歪めるし、本人もどこか歪んでいたりもする。
そういう手合いとやり合うのだ。
命のかけひきをするのだ。
他人を蹴落として上に向かうのは別に構わない。
だがそこに命というものが介在すれば気後れもする。
(は。何言ってる)
黙って手を動かせ、やるべき事をしろ。
その覚悟をしたからここに来た。
実際それを意識して感じるものもあったが問題ない。
たった一度、深呼吸をするだけでいい。
ルーティンはいらない。
それに囚われてしまうことは不味い。
ステージに立つ人間としての必要最低限の能力。
焦らない。
トチってもリカバリーせよ。
己に課した課題。
仕事が始まればいつだってアイドル。
幕が開く、ライトが着く、それより前、板の上に立つより前、控え室から出れば、小山内姫は小山内姫になる。
(とか、あんまり考えてる時間ねー)
いま現在、秋葉原には四人の魔人。
二人のところに路田がちょっかいをかける形で戦場が広がっている。
小山内は意識が向こうに集中してるのを利用して距離をとった。
一人、路田久揺……相変わらずの空中における高機動。
二人、福院・メトディオス……小山内はまだその手札を分かっていない。
鎖分胴を使っているということはあれを介して能力を発動させるタイプか?
三人、橿原純一郎……いや、今は未森だが、明らかに炎を操る魔人。
ただその火力は驚異的。
考える。
周囲はよく見える。
目の前のことだけを見てこなせるステージはない。
(広範囲能力はむしろエサだな)
ニニニニ
ニ ニ
グ ニ
空間が歪む、未森の放った炎が曲がり、あらぬ方向へ。
それに面食らったのは路田だ。
切りつけようと向かった先に急に炎が来る。
急旋回、すんでのところでかわしたものの、その額にはじっとりと汗がにじむ。
炎そのものは弄らない。
弄れないのではない、空間を歪めて軌道を優先してやった方が話が早い。
この異常が小山内によるものだと気づいたのは路田だ。
上空からの観察、小山内姫は逃げない。
むしろ、高々と拳を突き上げて見せた。
「あいつが……!」
(そうだ、来いよ。突っ込んでこいバカタレ)
初めに飛び出したのは未森。
それを見てほくそ笑む。
能力の効果を詳細に理解していなければS.N.O.Wは強い。
「……」
(今動くのは……)
一方で、路田と福院は冷静だ。
路田は実感から、福院は経験から。
迂闊な行動は取れない。
隙を見せればあの相手だけでなく、他の相手からも狙われる。
だが、その思考すら小山内は拒否する。
グ グ
ニ ニ
ニ ニ
ニ ニ
ィ
二人が引き寄せられる。
先に動いた未森よりも早く、小山内に接近。
二人はサンドイッチされるような形に。
その光景を目の当たりした未森の手には炎。
返すは路田、抜かれた刃は再び未森の首を狙う。
福院の反応も素早い。
最速の動きで分胴を小山内へ。
「フィルター・オン」
空間を歪め、見えない壁でそれを弾く。
未森も、自信に到達する前に刀を防いだ。
「よう、ちょろちょろやってたらラチ開かねぇだろ」
ニヤリと笑ってみせる。
「せっかくだし、願いでも言ってったらどうだ?」
遺言代わりに聞いてやるよ。
そんな風にほくそ笑んだ。
見た所、全員年下だろう。
人生の先輩風は温帯低気圧にならず百ノットを維持する。
三人全員が感じている。
身動きが制限されていることを。
小山内姫はすでに、自分以外の魔人たちの周りの空間を歪め、閉鎖的空間に押し込んでいる。
「……改めて路田久揺。世界滅亡が願いです」
改めて口にする。
己の意志を確固たるものにするため。
「……」
「おい、お前は?」
「福院・メトディオス……私は過去の選択をやり直します」
ここは合わせておいた方がいい。
それもまた、正解。
「く、くく……」
歪んだ口元から音が漏れる。
小山内姫が笑っている。
「なんだそりゃ。過ぎたこと引きずってんな若者」
瞬間、三人の周りの空間の歪みが解ける。
小山内がカメラロールで画像を呼び出すのとほぼ同時だった。
服の袖、そこに隠していたアメピンが伸びる。
グ ニ ニ ニ ニ ニニ ニイイイイイイ
「がっ……!」
服を突き破りながら飛び出したそれは未森の首に命中、その体を強制的に弾き飛ばす。
「……今ッ!」
「っぶね!」
福院が小山内を狙う。
分銅ではない、素手だ。
ただ言葉を聞いていたわけじゃない、小山内の能力を観察していた。
なぜ自分たちに能力を使わないのか、なぜスマホを構えているのか。
今までの経験、観察眼、脳が弾き出した答えは手刀による一撃であった。
それは至極正しい。
伝統・正当な評価・威厳と内容の一致、彼もまた正位置。
小山内はたたらを踏みながら後ろに下がる。
すでに、敵は間合い内。
「フィルター……」
(後退か……芸のない)
ニ
ニ
ニ
グ
「!」
強襲する膝蹴り。
空間操作の勢いを利用した一撃だった。
この能力は攻撃性に欠けるが、小山内の凶暴さにはよく噛み合う。
カウンター気味に入った攻撃だったが、福院はその意識を手放さなかった。
攻撃を返すことではなく、受けることに意識を向けたのは冷静な判断である。
そしてその攻撃の性質上、宙を舞えば間合いに入る。
「小山内さん、いただきます!」
空中戦においておそらく秋葉原一番の女、路田久揺。
すでに発進は済んでおり小山内に切っ先は向いている。
(空中ならカメラも……)
それもまた、正しい判断。
しかし相手は小山内姫だ。
陰湿・誤解の特性を持つ隠者の逆位置、それがいま転じる。
慎重の特性を持つ隠者は己をよく見ている。
だから弱点だって熟知している。
知っているからこそ、準備は万全。
「プロデューサーですら食い物に出来ねぇのに、お前が私いただくなんて無理だろ?」
最高速度に到達する前にこちらから動く。
上に、向かう。
それを追いかける路田。
小山内姫は知っている。
空は向こうの領域だが、裏返せば誰も空には到達できない。
未森も福院も射程圏外だから路田を処理すれば安全。
とはいえ、逃げるだけのつもりもないが。
肩にかけたスポーツバッグの肩紐が伸びた。
フィルターによる操作、だがそれが狙いではない。
バッグの本体、巨大なソレが空中で固定される。
空中に出来た小さな壁たちは追いすがる路田を邪魔する。
最高速度は亜音速、その勢いでぶつかれば路田自身がひとたまりもない。
だから彼女が踏んだ隙間を縫うために速度を落とさないといけない。
となれば別の詰め方を考えるのが必然。
(肩紐を切れば宙に落ちるはず……この高さなら、即死)
もし能力を使って助かっても下には二人。
これはチーム戦ではないが一対一がいくつも同時に存在している状態。
なら、十分にこの手段は現実的。
(一旦カメラの射程から抜けて大回りにいけば……)
一旦軌道を変える。
小山内も自分の一手を打つ。
「うらっしゃああああ!」
次から次へと足元の空間を歪めて固め、それを蹴っていく。
右、左、右、左、右、右、ステップを踏んで進め。
さらに一気に蹴って踏み切れば、バッグの本体を軸に紐が振り子となる。
「フィルター・解除!」
固定が解かれ、空中に身体は投げ出されて小山内は近くの施設の屋根の上へ。
肩紐も元の長さに戻っていく。
「遅ぇ」
大回りした分、路田は出遅れる。
「届かねぇよ! その手はな!」
「届か……くっ……次は、届く……!」
路田久揺は手を伸ばす。
あの日届かずに落ちていった人を知っているから。
skit 『鎮魂歌の行く先』
『世の中には三人似てる人がいるんだって』
そんなことを言った妹の顔を覚えている。
忍は姿を変える人物もそれなりにいるから本当は三人以上いるかもしれない。
そんな冗談は口にしなかった。
福院はあの目を見ると何も言えなくなる。
刺したり、斬ったり、殺したり、そういう世界に身を置いているのに彼女と話すと忘れてしまう。
家族、両親がいない彼にとって唯一の。
妹と共に生きていく、彼女が一人で立てるようになるまで。
あるいは大切な人を見つけるまで。
母が自分にしてくれるはずだったことを彼女にする。
父が自分にしてくれるはずだったことを彼女にする。
頭を撫でる、激励する、認める、生かす。
失った左腕から苛む幻肢痛。
自分は彼女の手を引くはずだったのに。
『……改めて路田久揺。世界滅亡が願いです』
君のその目は妹に似ている。
君に似た人の事知っている。
誤魔化し視線を切っていく。
揺らぐ目が自分を見ている。
(エヴァ……)
それを振り切って進むしかない。
track.6 『Still Steal Show』
混沌。
目が二つでは足りない。
敵しかいないはずなのに、ある種突発的な連携が発生していく。
かと思えばすぐに隣の人物が自分に敵意を向ける。
どこも同じだが現在この時この場、人もはけきった秋葉原の魔人の認識。
『小山内姫を殺す』
いつの間にか地上に降りてきている彼女。
あれは殺しておかないといけない。
場を荒らし、支配しようとしている。
距離をいじり、狂わせるが故に脅威。
福院の体術を未森の魔法を路田の高速を生かしたり殺したりする。
単純な距離の操作すら戦場では重要な意味を持つ。
だから彼女を倒すことの優先順位は高い。
特に自分の能力そのものに影響を与えられる未森、加えて亜音速による自滅の可能性をはらむ路田は彼女を消しておきたいだろう。
……路田は少しばかり、彼女に良くない感情を抱いている。
過ぎたこと、彼女は自分の願いをそう笑っている。
まだ、自分はこのことをそんな風には思えない。
叶えるべきでない望みでも、願うべきでない望みでも、それが彼女にとって大切な人の祈りなのだから。
そう簡単に否定されてなるものか。
意地になっているのは分かっている。
けれども路田は受け流せるほど大人でもない。
腹が立つ、気にくわない、言い方は何でもいい。
この知った顔をする大人を打ちのめしたい。
正直、自分の持つ願いの大きさはイメージが出来ない。
だがこれならどうだ。
この感情はよくよく分かる。
アルカナは反転する。
求めるものが奪うものになる。
路田久揺は極度の集中状態の中にいる。
確実に彼女を狙う。
一方、福院は冷静だ。
武器に頼らないという絶対の攻略法を持つが故の余裕と今までの経験からの余裕。
小山内姫の空間を操作する能力は厄介だが、スマートフォンを介するのならばそれを狙えばいい。
これはチェスの駒を進める様に、確実な手を打ち続ければ問題はない。
むしろ絡め手に頼ってくれている分御しやすい。
その手が無くなれば無力なのだから。
未森が他の魔人の対処に意識を向けている分、随分やりやすくなった。
だから――――――
「げ……」
がちゃり、と硬い音。
正確無比な動きが離れた場所から狙っていた小山内のスマートフォンのカメラに鎖分銅を打つ。
明確な隙。
S.N.O.W、機能停止。
「ばっか……」
スポーツバッグの中に手を突っ込む。
(二台目……ですが、構えるまでの時間は確実に無防備)
狙うなら今。
再び鎖分銅での一撃を加えれば終わりだ。
福院・メトディオスの能力はそれが可能。
一気にチェックメイトの位置まで。
「熱加速(アフター・バーナー)!」
飛び出す未森。
機会をうかがっていたのは全員同じ。
小山内に向かって突き出される両手。
燃える炎が衝撃と同時に弾ける。
思いだす、何十とめくったページの描写。
白と黒の鮮やかな世界の技。
「紅蓮開花(スピット・バーン)」
小山内の体を叩く一撃。
内臓が押し込まれ、熱が服を焼き肌を焼き、そのまま吹っ飛んで本屋の中に体が跳び込む。
平積みの本を倒しながら思いきり棚に叩きつけられる。
みしみしと頭と背中の中で音が響いていた。
頭部から血、内臓がせり上がる衝撃から嘔吐まじりの吐血。
スポーツバッグの肩紐は千切れたものの、二台目のスマートフォンはしっかりと握っていた。
「これなら……!」
近づこうとした一歩目。
確かに踏み出したはずなのに未森の膝が折れる。
鋭い痛み。
高速かつ隠密に近付き、すれ違いざまの一撃。
まるで忍のような攻撃だが福院のものではない。
「あなたの仕事ではありません」
路田久揺。
その目はまっすぐに小山内へ。
彼女を福院は追わない。
小山内は死に体だ、殺すのは自分でも構わない。
(なら、こちらを)
体勢が崩れた未森に向かって鎖分銅を放った。
(小山内さん、撤回してもらう必要はありません)
だがその代わり、この勝利はもらっていこう。
殺すのは怖い、出来ることならやりたくない。
たとえ世界が滅亡した時に多くの人が消えると知っていても。
何かが自分の背を押している。
力強い前に進むという意思を伴った手が背を押すのだ。
進むしかない。
不退転の思いが路田を。
悲痛な叫び声と共に彼女は刀を構える。
「S.N……」
「あああああああ!」
ずん。
「あ、え……」
動きが止まる。
と言うよりもコントロールを失っている。
急速な減速と共に小山内と体が衝突した。
「悪いな、どーも」
路田の背から胸にかけてを貫くもの。
……福院・メトディオスの鎖分銅である。
「こうでもしないと勝てねぇからな」
track.7 『go go go back to』
何が、起きたのか。
福院が狙ったのは未森だったはずで、狙われていた未森自身も目を丸くしている。
自身に向かって飛んだ物があらぬ方向に伸びていき、その長さはもはや元の鎖の長さでもなく。
となれば、仕掛けた相手の検討も。
「路田ちゃん、悪いな。勝っちゃってな」
ケッケッケと悪ぶって笑う。
最後の最後、後悔ではなく自分の怒りで終われるように。
安らかに死ねなくても己を責めることは無いように。
とん、と彼女の体を押して鎖分銅のフィルターを解除する。
引っぱられるように路田ごと鎖が戻る。
思わず、福院の手が彼女の体を捕まえた。
その目に映る、死に顔はいつかの誰かによく似ていて。
(切り替えろ)
敵は一人減り、残り二名。
(問題はない)
未森は足を負傷、小山内だって万全とは言い難い。
(即座に切り返す)
「あ、あ……」
脳内、流れ込む。
フラッシュバック。
「エヴァ……」
「っしゃあ!」
その声に冷静さを取り戻す。
が、一拍の遅れ。
腹に痛み。
路田の体ごと貫きながら仕込み刀が自分の体に。
視覚はもちろん、小山内姫。
頭から血を流しながら距離を詰めて来た。
「ふ……くっ!」
まだ致命傷ではない。
素手での一撃にて刀をへし折り、腹に刀身が刺さったままで敵を見すえる。
左、未森が立ち上がる。
右の拳をかわし、分銅を後頭部に当たるように……
「!」
振った義手がへし折れる。
「待ってたかんな、このタイミング」
義手が紙のように薄くなっている。
強度の低下、いつもの様な使い方に耐えられなかったのか小山内の仕業なのか。
はっきりとしないが、呆けている時間はない。
未森の手刀が自分の体を袈裟切りにしようとしている。
一歩下がって攻撃をかわして即座に距離を詰める。
相手の腹へ掌底。
『ヤコブの御手』発動。
衝撃は狭く、鋭いものへ。
「!」
まだ、倒れない。
次の一手で詰める。
相手も同様の感情なのは即座に理解できた。
未森、福院、一瞬の思考。
そこから生み出されるお互いの選択。
割り込む。
地面を滑るように近付いた小山内姫。
手が伸びる。
目指すは福院の腹に刺さった刀身。
自分の手が切れるのも厭わずにそれを掴み、ひねる。
「……!」
傷口が広がる、空気が入り込む。
握られた刃が体内で動いている。
「が……はっ……!」
小山内の体に鉄槌打ち。
確かに命中した。
だが、その威力は弱弱しく。
『ヤコブの御手』それに弱点があるとするならば起点となる力の強弱。
あくまで面積の操作が基本である。
百の力を一点に集中させればそれが千や一万に変わることもあるだろう。
だが、十の力ではどうだろうか。
福院の攻撃は無意味ではなかった。
彼が打った小山内の肩の骨は粉砕されている。
しかしそこで止まっている。
「緋色の榴弾(ボンバレッド)!」
最後の最後、福院・メトディオスが見たのは鮮やかな赤。
あの時見た戦火のような強く、赤い炎。
どんどんと時が遡る。
そこにある、もしもの選択を選べる一コマ。
(これが……走馬……)
……下半身のみを残し、福院・メトディオスは四散した。
skit 『me boring』
やった。
殺した。
やってしまった。
手が震える、血管が開く。
僕は……何を……
も、もう後戻りは出来ない。
やるしかない、僕がやらないといけない。
残りは一人なのだから。
僕は構える、未森がそうしたように。
何度も見たんだ、それが間違いなくここにいるんだ。
何かがお腹の中からこみ上げてくる。
吐きだそうなものを飲み込むと酸っぱい味がした。
逃げたい。
いや、進まないといけない。
馬鹿なことをしていると知っていても。
あぁ、あぁ。
やるんだ。
僕はやる、僕はやる、僕はやる、僕は、僕は、僕は。
未森は、やるんだ。
track.8 『SpikyDiveCity』
「お前の望み……聞いてなったな」
「聞く意味、ある?」
「あるよ。やりあえば死ぬ。だがそいつが自分をベッドして何を得ようとしたかくらい聞くよ」
奪った側の責任だろ。
その言葉に未森は喉を鳴らす。
生唾を飲み込み、入れ替わるようにせり上がるものをこらえる。
「わ、私は……」
「ん」
「僕は……二次元に行くんだ……」
「……そうか。いいじゃん」
目を丸くした橿原。
あの時のように彼女は笑うと思ってた。
「笑わねぇよ。いや、二人のも笑うつもりなかったけど」
がりがりと頭をかいて息を吐く。
随分と乱暴な雰囲気だ。
「自分の願い叶えるために他人蹴落とすんだ。馬鹿みたいな願いでもいいだろ。過ぎたこと、死んだやつのこと。それもいいけど、今を生きてる以上は、今の事を考えたい」
人生がドン詰まりでないなら、それくらいの荷物でいいと言う。
小山内姫は自分の持つ願いを矮小化しない、笑わない。
自分が必要だと手を伸ばした。
いつだってそうだ。
比べるものでもないところで比べられて判定される。
ナンバーワンよりオンリーワンなんて表向き。
全てが数字になって結果に出てくる。
フォロワーの数も、握手会に来る人間の数も、全て自分を値踏みしているように思えた。
だからそれらをねじ伏せる。
小山内の望む美というのはそういうものだ。
見た目や内面だけの話ではない。
生き方やしなやかさの話だ。
「来いよ、休憩は終わりだ」
地面に落ちた一台目のスマホを拾い上げ、二台目のスマホの画面に視線を落としながら呟く。
橿原は踏み出す、拳を突き出す。
みしり、骨が鳴る。
拳が前に進まない。
(壁……)
橿原の視線の先にいる小山内。
スマホのカメラは地面に向いていた。
(カメラ越しの能力じゃ)
「ほら」
「!」
一台目のスマホが投げられる。
空中で回転しながらそれは徐々に大きくなる。
橿原を押しつぶさんと飛んでくる。
「この……程度でぇ!」
上から下。
拳を振り下ろしてそれを打ち落とす。
小山内が指をこちらに向けている……ピストルのサイン。
きらりと手の中で何かが光った。
「フィルター・オン」
衝撃。
似たような衝撃を今日のうちに既に味わっている。
アメピンだ。
頭をかいた時に仕込んでいた。
一台目のスマホを握り込んでいたせいで完全に隠れていた。
「喉、破るぞ」
アメピンの先端が肉に食い込む。
「あ……」
皮を破り、赤い血が流れる。
「い、やだ……」
未森の姿から橿原本人の姿に変わる。
「しにたく……な……」
「私もだよ」
肉が千切れる。
橿原が倒れる。
俯き気味に小山内は各人の死体からアルカナカードを抜き取っていく。
「思ったより呆気なかったな」
空を見上げる。
「スマホ含めてお前高かったぞ」
福院の分銅の操作や義手の破壊。
あれは魔人が装備しているものだからS.N.O.Wは作用する。
空の上に存在しているそれは、ドローンだ。
小山内が天井に着いてから展開。
空間を歪め、光を曲げ、見えないように隠ぺいした。
地面に降りて来たらフィルターを解除する。
二台目のスマホに映像を送信させ、戦場を支配する。
それが、小山内の唯一の作戦だ。
「……世界で一番美しく、ねぇ」
上を見続けた。
下を見れば涙がこぼれそうだから。
「こんなに、手汚しちまったのに」
隠者は俗世との関りを避け、一人の世界で試行する。
ある種それは愚者の持つ無計画に進む性質の逆だ。
一方で隠者はかつて愚者のような存在だったとする説もある。
……少なくとも小山内姫は無計画に歩く隠者だ。
己を鑑みる事もなく、俗世の中で哲学する。
「……ま、お前らの分も頑張るよ。じゃないと、顔向けできねぇわ」
悲しそうに笑って、アイドルは小山内姫に戻った。