魔人能力は、その魔人の認識そのものを反映しています。
ですから、その魔人能力で『何ができるか』、そして『何ができないか』を知れば、
その人物像を詳細に知ることができるわけです。
もちろん、魔人能力に限った話ではないですけれどね。
――風呂府アイラ「魔人プロファイラーの手記」(民明書房)より抜粋。
◇
次アキバでライブだって
見てね!
#shalldone #SDC #SD住民票
小山内 姫がおこなったSNSの投稿。
そこにはもちろん自撮り写真(加工済み)も掲載されていた。
そして、上目遣いの小山内の背景に映る可愛らしい自室のベッドの上に、
隠者のタロットカードはばっちりと映り込んでいる。
当然、意図的である。
ルールによれば、タロットの所有者同士は惹かれあうらしい。
ならば、電子の海の上でもすれ違いが起こってもおかしくはないし、
それを見て秋葉原に来るヤツがいるなら、
暗い夜道で襲われるよりはマシだろう。
もちろん、変な奴を呼び寄せる可能性もあるけれど。
小山内 姫は、リスクよりも自らの素直な心情を選ぶ人間だ。
それは送迎を断った帰り道に襲われようと、
怪しげなタロットを手にしようと、
変わることはない。
その枷を感じさせずに歩を進める姿こそ、
彼女が(コアな)ファンを引きつける要因だろう。
本人はあまり自覚していないだろうけれど。
ところで。
よくある誤解だが、
タロットにおける『愚者』は、本来は文字通りの「愚か」さを示すわけではない。
意味するのは「自由」であり「未知の可能性」だ。
目の前に崖があろうとも臆せず歩む旅人の姿こそ、『愚者』のイデアに他ならない。
小山内 姫の在り方は『愚者』そのものといえるだろう。
このタロットをめぐる戦いが、一番の『愚者』を選ぶ戦いだというのなら、
彼女は間違いなくそこに近い位置にいる。
◇
本日のライブも佳境に入る。
(おいおい、素直かよ)
他のメンバーがMCをしている間、
小山内はライブ会場の後方にふたりの愚者の姿を認めた。
ひとりは、なんだか締まりのない表情の箒を持った女子高生。
もうひとりは、おどおどしたオタク風の大学生ぐらいの青年。
律儀にふたりともサイリウムを握りしめている。
タロットの所有者同士は近くにいるときにそのことを"なんとなく"分かる。
間違いなく、この二人は所有者だった。
(罠かもとか思わなかったのかね? まあ、私が言えた義理じゃねーけどさ)
地下アイドルのライブでは、歌唱だけでなく様々な企画も行われる。
今は、ファンたちにサイン入りのタオルを投げわたす企画がはじまった。
小山内はタオルを愚者二人に投げ渡す。
グ
ニ
ニ
ィ
│
「ヒメすごーーい、後ろまで届くなんて肩ツヨすぎじゃん!?」
他メンバーの絡みが入るが、
小山内はその能力『S.N.O.W』を用いてきちんとタオルを誘導していた。
自他ともに認める自撮りアイドルである小山内は、舞台の上でも自然とスマホを操ることが許されている。
もしも、ライブ中に強引に戦闘を始める『愚者』がいたのなら、即対応をしていただろう。
だが、あくまで観客として訪れてくれたのであれば。
(愛すべきファンには、サービスしないとね。ホントはこういうの一番ダメなんだけど)
箒を持った女子高生とオタク風の青年は、サイン入りのタオルに、"行き先"が書かれているのを見つける。
意図を察したふたりは、舞台の上のアイドルに首を縦に振った。
こうして、秋葉原での戦いは、3人の平和な邂逅からはじまることになる。
だが、忘れてはならない。
この四つ巴の戦いには、抜け忍が潜んでいることを。
◇
「昔はここでバイトしてたんだよねー」
小山内が示した行先は、メイド喫茶だった。少し場末感が漂っている。
箒を持った女子高生は2杯目のアイスコーヒーを口にする。
オタク風の青年は、飲食物には手を付けず所在なげに周囲を見渡している。
「わざわざサイリウム持ってライブ見てくれたってことは、
即ドンパチする連中ってわけじゃないだろ?」
「あ、はい。そうですね。
地下アイドルのライブ、初めて見ました。よかったです」
「ん。サンキューな」
殺しあうルールだと理解していながら、
世間話をはじめだすふたりの女を、何とも言えない表情で青年は見つめる。
「せっかくだし、自己紹介しようぜ!
私は小山内 姫。ま、地下アイドルってヤツだ」
自分の名前が書かれたオムライスを写メりながら小山内は語りだす。
「願いは、『世界で一番美しく』…だ。
アイドルらしいだろ?
と言っても、どっちかっていうと、道中の経験の方が目当てだけどね」
言い終わると、オムライスにスプーンを入れて頬張る。
「…経験のため、ですか?
これは、殺し合いの戦い…ですよね?」
青年が、おそるおそる疑問を口にする。
真っ当な疑問だ。
「ま、そうなんだけどさ。
どんな道だろうと、道中楽しまなきゃ損だろ?
もし、死んだらそれまでってだけさ。
もちろん、死ぬ気はないけどね」
地下アイドルはこともなげに言い放つ。
「ヒメさん、自信あるんですね。
私、人殺したことなんてないし、あんまり戦術とか分からなくて。
あ。路田 久揺と言います。女子高生です」
「ははっ、よかった。
そのおとぼけな顔して、殺人経験があったらどうしようかと思ってたよ。
大丈夫、私も人殺したことはないよ。まだね」
およそ、メイド喫茶で話されるものとしても、殺し合い参加者同士のものとしても違和感のある会話は続けられる。
「で?
ザ・女子高生って感じの久揺チャンは何が願いなの?」
小山内は、戦術にもかかわる核心を、好奇心で聞き出す。
もしも、それが簡単に叶えられる願いなら、相手を殺す手段の一つだということは理解しながら。
「世界滅亡、です」
「…は?」「…え?」
小山内は初めて虚を突かれた表情をする。青年は、警戒心をまとう。
「あ、急に言われると、ビックリですよね?
うーん。
私のなかでは納得してるんですけど、説明むずかしいなあ。
あ、でも世界に恨みとかは無いので安心してください。ポジティブなので。
それにまあ…、私が優勝する可能性は低めだと思いますし。
ダメだったときは、それはそれで」
「…プッ、あははは!
自分も適当な参加者だと思ってたけど、久揺チャンは相当だねぇ。
青年は、快く思ってはないみたいだけど」
小山内の言葉通り、青年はおどおどしながらも、
女二人に対して線を引いている様子が見られた。
「あんたたち、別に知り合いってわけでもなさそうじゃん。
どういう関係なの?」
「…ただ、索敵された者とした者の関係ですよ。
上空を飛んでいた路田さんに気づかれて声をかけられて、
あなたのSNSの投稿の話を聞いて流れでついてきてしまった…。
それだけです」
ゆっくりと、それでも青年は言葉を紡ぐ。
「そいつは災難だったね。
といっても、アンタも人を殺したことなんてないって面じゃん。
よかったら教えてよ。名前と願い」
青年はゆっくりとものを取り出しながらこたえる。
「僕は、愚かな人間です。
常に選択を誤りつづけてきた」
彼は、ゆっくりと眼鏡をかけ、己を入れ替える。
「私は、福院・メトディオス。
願いは過去に戻り、正しい選択をすること」
そう告げながら、必殺の左手を振るう。
小山内の首を正確に狙ったその刃は、軌道をずらされ路田の左腕を両断した。
◇
福院・メトディオスは苛ついていた。
ふざけた女ふたりにも、自らにも。
自分は選択を誤りつづけた。その自覚はある。
それでも、思考を繰り返してきた結果だ。
だが、この女たちはどうだ?
彼にはそこに、何か価値ある思考を見出すことができなかった。
福院が路田にいいように連れられ小山内と合流した理由は単純だ。
あまりに隙の多い路田は能力は分からぬとも殺しやすい相手だ。
その上でSNSに自らの情報を流すような小山内にも接触できれば、
容易にふたりの敵を倒すことができると目論んだのだった。
その戦術自体は誤っていなかったと言える。
事実、福院がふたりの隙を狙い背後から仕掛けていれば、
結果は異なっていただろう。
だが、福院には理解できぬふたりの愚かさが、
福院に正直な自己紹介をさせた。
「あっ…うう…」
「おいおい、さっきと全然雰囲気違くねーか!?」
起こったことをとっさに理解できずにうずくまる路田と、スマホを構えながら相対する小山内。
福院には分かっていたことではあるが、小山内は食事中も常に気を張ってはいた。
まさか忍の速度についてこれるとは思わなかったが、対応されたことは認めなければならない。
しかも、避けられたのではなく、ずらされた、という事実が福院に間合いを取らせている。
おそらくは魔人能力。そして、構えからしてスマホが能力の鍵だろう。
一方の小山内も、簡単には動けない。
一目には刃物を持っていない福院が、路田の左腕を斬ったのだ。
おそらくは魔人。であれば、小山内の能力で直接攻撃することはできない。
小山内はこれまで暴漢に襲われるようなことはあっても、
プロの戦闘経験者と相対したことはない。
騒然とするメイド喫茶店内だが、
誰も3人に近寄ろうとはしない。
明らかに魔人同士のいざこざだ。
危険に近寄る愚か者はそうはいない。
小山内と福院がにらみ合っていると、路田が動き出す。
常に手にしていた箒に跨る。
すでに彼女の能力を見ていた福院も、先ほど聞いた小山内も、
路田の目論見に見当はついたが、それを邪魔することはしなかった。
小山内も福院も、今は害とならない路田に気を裂くことはしなかった。
結果として、路田は飛行能力を用いて"離陸"し、メイド喫茶の窓をぶち破り離脱することに成功する。
「ったく、気弱なオタク君かと思ったら、
あんなかわいい子の腕をこともなげに落とせる野郎とはね」
小山内が軽口をたたく。
「私が狙ったのはあなたです。彼女へとずらしたのはあなたでしょう」
「おいおい、別に私はあの子を狙った訳じゃねーよ!」
事実であった。
福院がこちらを狙ってくると気づいた瞬間に、グニッと空間を歪めた結果が、
隣に座る路田の身代わりに繋がってしまっただけだ。
「…いずれにしろ。どちらも殺します」
忍であれば、不要な感情、不要な宣言。
だが、ここにいるのは忍を辞めた歪んだ信仰者だ。
誤った選択肢を選び続けた先に、正しい選択肢を選び直す機会があるのなら、
福院はいくらでも愚かになることができる。
少なくとも、本人はそう信じている。
◇
この四つ巴の最後の参加者、橿原 純一郎も、すでに秋葉原の地にいた。
『萌えてわかるタロット入門(もえたろ)』を探しにアニメイトを訪れようとしていたのだ。
彼は何かを学ぶときに何かと萌えて何とかしようとする癖があった。
もうすぐアニメイトにたどり着くときに、不意に頭上に"存在"を感じる。
(この戦いの参加者…!?)
驚いて見上げると、女子高生が箒に跨り空を駆けている。
そして、その左腕は失われており、血がパタパタと街に降り注いでいた。
そこら中から悲鳴が上がる。
「だ、大丈夫ですか!」
思わず橿原は声を張り上げる。
ふだん日常会話もろくにしない彼の叫び声は裏滑りする。
これまでの橿原なら、この状況でも何も行動をしていなかったかもしれない。
それでも、声が出た。
まるで彼が大好きな作品の主人公、"榛原純平"のように。
路田はその声で、彼も"参加者"と気づき、彼の目前に降り立った。
彼に敵意がある可能性を考慮する余裕は、すでに彼女にはなかった。
「き…、君も、参加者だよね?」
「え、ああ、はい!だ、大丈夫ですかっ!?」
「ダメかも…。し、止血を…」
右手で左腕を押さえつけながらうずくまる路田。
橿原は、目の前の少女が殺すべき敵だということなど忘れて、
止血のために出来ることを考える。
「…!『三森は俺の嫁!』」
その叫び声とともに、彼は赤いポニーテールで釣り目の少女に変身する。画風も萌え系だ。
「悪いけど、手荒にやるわよ」
口調も変わったその少女は、手に火を纏い、路田の左腕の切断面にあてがった。
「あ…、ぐうっ…!」
ジュウ、と肉の焦げるにおいがする。
乱暴ではあるが、止血はなされた。
これは、「魔法学校の二回生ジュン」第3巻「遥かなるメリカポリテン」の終盤のシーン、
"三森"が"純平"を助けるシーンの再現であった。
(もっとも、そのシーンで純平が失っていたのは右脚だったが)
「…ふう、ありがとうです。
私も敵なのに、助けてくれるなんて」
「ふん、見知らぬ大怪我した女の子を殺すなんてできないわよ」
橿原は、完全に彼の意識を保ちながら、完全に"三森"の口調になっていた。
バ美肉などでもよく見られる現象である。
「それで、どうしたのよ?
もう戦闘が始まってるの?」
路田はこれまでのあらましを橿原に話す。
「…大変な目にあったね。しかも不意打ちなんて」
「ううん。
それは仕方ないと思う。
私たち、敵同士だし」
路田にはまだ激痛が走っているはずだ。
だが、その表情は、いつもの穏やかさを取り戻しつつあった。
「…でも、福院さんの願いは、私は許せない」
それは、路田とは思えないほど、強い口調だった。
「過去に戻るなんて、これまでを生きてきた人への、
そしてこれからを生きる人への冒涜だもん」
世界を滅ぼそうとしている少女の発言とは思えないが、
それでも、路田 久揺の中で、その想いは矛盾していない。らしい。
「…いいわ」
"三森"の姿をした橿原が言う。
「その福院ってヤツを倒すまで、同盟を結びましょう」
過去を目指す敵たちとの戦いは、「魔法学校の二回生ジュン」でも第7巻から10巻にかけて描かれていた。
"純平"も"三森"も、常に未来を追いつづける人たちだった。
どんな後悔を抱えても、前に進もうとする意志が彼らにはあった。
橿原はそんな彼らに心から共感できないことが悲しかったけれど、
今目の前にいる路田という少女は、そんな彼らと同じようなことを言っている。
ならば、"三森"の姿である自分もともに戦うべきだろう。
「ありがとう。
えっと…、名前、まだ聞いてなかったね」
「"三森"。"観音寺未森"よ。」
「ありがと、ミモリちゃん。
じゃあ、ちょっと協力してもらえるかな…?」
◇
『ヤコブの御手』、福院・メトディオスの能力。
使用者の肉体が触れたことで発生したエネルギーが対象に作用する「面積」を制御する。
その力は、福院の世界との関わり方の齟齬を如実に反映している。
彼は、選択を誤ったあの日から、ずっと違和感を抱えていた。
世界を両手で押してみても、まさに"暖簾に腕押し"がごとく押し返されない。
世界に鋭く切り込んでみても、世界には傷一つつかない。
彼は常に、世界の在り方をどう変えようと望もうと、それがうまく世界に反映されることがなかった。
だから、福院・メトディオスは、
自らと世界の接地面を操る能力に目覚めたのである。
世界に対する憎しみすらある彼が、世界そのものを変えるのではなく、
あくまでその境界に作用する能力を身に着けたのは、
彼が復讐者ではなく、真に敬虔な信者であることを示している。
『S.N.O.W(Scorn No-good Of World)』、小山内 姫の能力。
本体がスマホやカメラで撮影した写真や映像を加工して歪め、現実に反映させる。
その力は、小山内の世界に対する苛立ちを如実に反映している。
彼女は善良な人間であるとともに、他者よりも優位に立つことに貪欲な人間だ。
そのふたつが両立する人格が彼女の魅力であるとともに、
世界の改変を厭わない魔人らしい攻撃性は、危うさも孕んでいる。
この能力は魔人には効かないが、逆に言えば一般人には問答無用で効く。
ほとんどのファンやアイドルを含めて、彼女はその気になれば簡単に縊り殺すことができる。
それを自覚しながら、それを行わないと自信をもって断言できることが、彼女のアイドル性を示している。
福院と小山内の戦闘は、福院が優勢を保ったまま推移していた。
小山内のスマホには、このメイド喫茶の写真が大量に保存されている。
彼女は店内のあらゆるものを変形させながら、福院を追い詰めようとするが、
その物体たちは容易く福院に両断される。
小山内は、相手の間合い付近にいることは危険だと考え、
店内の物陰に隠れながら能力を使おうとするが、逆効果であった。
辻一務流、波の業。
己が呼吸の波を僅かずつにずらしながら聴覚を研ぎすまし、周囲の生物の呼吸脈動歩法音を聞き分ける対隠術業である。
視界から外れることは、福院の標的から外れることを意味しない。
そして。
辻一務流、止水の業。
己が呼吸の波を極限まで抑え、気配を遮断する隠術業。
小山内は、すぐそこにいるはずの福院の居場所を亡失する。
(消えた…!?いや、そんな訳ねぇ!)
スマホのカメラで福院がいたあたりを映そうと、物陰の上にカメラをせり出そうとし、
そのスマホが鎖分銅により粉砕される。
「ちっ!」
そう小山内が舌打ちした時には、小山内の上方に福院は存在していた。
彼の右腕の手刀が今度こそ小山内の首を獲ろうと振られ、
突如巨大化した2本のアメピンが福院の胴体を穿たんとする!
結果として両者の目論見は失敗し、
福院はふわりと天井まで到達し、斜め下に降り立つ。
「…………」
福院は、スマホを破壊しても小山内が能力を使用したことに対する解をすぐに認める。
「悪いな、アイドルなもんで、仕事とプライベート用にスマホは2台もちなんだわ」
2台目を掲げながらそう言う小山内に、福院はとくに反応しない。
3台目以上の存在も想定できるが、ならばその回数だけこの応酬を繰り返すのみだ。
「それにしても、なんでアンタ串刺しになってないんだよ!今のはぶっ刺さったはずだろ!?」
そう叫びながら、小山内も福院の能力をほぼ正確に把握しつつあった。
身体を鋭利にする能力かと考えていたが、"逆"もできるということだろう。
福院は、アメピンの突き刺しを、広い面積で受けたのだ。
(ちくしょー、相性最悪じゃねーか。
身体能力で負けてるなら、カウンターを狙いたいのに、そのカウンターも入らねぇ!)
真っ当に戦うなら、小山内は福院に勝つことは難しい。
ならば、勝つためには、揺らぎが必要だ。
(おまけに、あの左手、鎖分銅出てきたじゃねーか。あいつは忍者ロボットだったのか?
クソ、奥の手だし、有効じゃないやつも多いからあんまり使いたくなかったけど、
んなこと言ってらんないな)
再び、福院の左腕が小山内を襲う。
しかし、今度は手刀ではない。
鎖分銅が、小山内の頭をかち割ろうと迫ってくる。
距離を取ろうと空間を歪めるならさらに鎖を伸ばせばよし、左右に軌道をずらすなら本人が接近し二撃目を繰り出せばよし、
最適に近い攻撃が繰り出された瞬間、小山内はまたその能力を使う。
「S.N.O.W……!」
シュン、と範囲内に福院を収め、彼女は彼を"削除"した。
最近の画像編集ソフトは進んでおり、
変形だけでなく、不要な物を消し去ることも簡単にできる。
これで、顔の腫物とか、過去の男とかを簡単に消すことができるのだ。
小山内がこの機能で空間を歪めれば、簡単にそのものを消し去るという暴力的な効果となる。
だが、『S.N.O.W』は、魔人には効果がない、
結果として、福院自身は消えず、彼ではないもののみが消え去ることになる。
つまり、福院は今、裸で、裸眼で、さらに仕込み義手も失うこととなった。
「…………」
福院は動じない。少なくとも、それを顔には出さない。
「よかったぜ、あんたが自己の認識を義手にまで及ばせてなくてよ」
何が使用者の肉体であるかは、魔人能力の例に漏れず使用者の認識に左右される。
そして、小山内の能力は、魔人の定義を相手に委ねていた。
ふと、福院がそれより先を失った左肘を見やる。
「努力しました。でも、私は義手を私自身とすることができなかった」
福院の能力であれば、義手も自己と定義していれば、より応用の効く使い方ができていただろう。
だが。
福院は妹を殺したあの日を想う。
「この左腕の喪失は、私の、僕の、アイデンティティに他なりませんでした」
眼鏡も失った福院は、もう仕事人としての人格ではない。
それでも、戦う意思は失われることはない。
「この状況でも、僕が優位です」
福院がそう言った瞬間、メイド喫茶の壁がぶち破られる。
亜音速の赤のポニーテールの少女が、アンパンチの構えで福院に突っ込んだ!
◇
「な、なにが起こりやがった!?」
困惑しながらも、小山内はスマホで録画していた映像をスロウ再生する。
しかし、結局は謎のポニーテールの少女が福院に突っ込むという衝撃映像が流れただけだった。
「誰だよこいつ!」
とにかく、福院が吹き飛んだ先を目視するために移動する。
そこには果たして、全裸の青年と可愛らしい少女が組み合っていた。
「あのアニメっぽい女、路田じゃないけど"参加者"か…!」
路田が"三森"(橿原)に協力を求めた作戦は、単純明快である。
路田が"三森"に乗り、空中で速度をつけてから福院めがけて突っ込んで倒す、だ。
ちなみに、路田は"三森"を"射出"したあと、愛用の仕込み箒に乗り換えることで無事に離脱を果たしている。
(福院を叩いてくれたのはありがたいけど、これは私にとって有利な状況なのか…?
距離を取れたのはありがたいが…)
福院は怪我や火傷は負っているものの、あの破壊的な衝突の後とは思えないほど機敏な動きをしていた。
おそらくはその能力で衝撃をほとんど和らげることに成功したのだろう。
一方で、謎の乱入者の少女はアニメのような動きで高い身体能力を見せている。
その格闘能力は、福院すら超えていた。
そしてさらに路田は、先ほどの衝突で大量に発生した瓦礫を上空から福院に向けてぶつけるている。
福院は容易くそれを避けるが、少女と戦いながらでは無視できない嫌がらせである。
「いつの間にか、路田とあの女の子が手を組んでるのか…」
小山内にとっては難しい選択であった。
このまま福院を倒すのを手伝ってもよいが、もしあのふたりの同盟がその後も続くなら、
次に殺されるのは自分だろう。
それに、福院と少女は削りあっているものの、片方が死ねばタロットの移譲により片方は全快するはずだ。
だとすれば…、
「いや、そういうの考えるのめんどいな。私らしくもないし!」
小山内は、直感で福院の手助けをすることに決める。
だって、3対1はなんかいじめっぽいし、別に福院が嫌いなわけでもないし。
それに、いずれにしろこの位置関係は、すごくいい。
周囲を見渡す。
秋葉原の民たちは、遠巻きながら、この戦いを眺め、あるものは録画している。
おそらく、自分たちの戦いは、つぎはぎでもほぼ全容がネットにアップされるだろう。
それは、今後の戦いにも影響があることを意味している。
だからこそ、小山内も"削除"など奥の手をできるだけ引っ張ろうとしていたが、
先ほどの店内の戦いですでに晒してしまったと考えるべきだ。
「だから、もう出し惜しみはしねーぜ」
福院に全裸デバフをかけてしまった以上、そこに相対する謎の少女にも同じことをするべきだろう。
いや、男と女じゃさすがに違うのでは?と少し脳裏によぎったが、
同時にある確信もあったので小山内は謎の少女の"削除"を決行した。
結果は不変。何も起こらない。
「…やっぱりな、画風が違うと思ったんだよ」
この結果は、あの少女がまるごと"魔人能力"の範疇であることを示している。
◇
『未森は俺の嫁』、橿原 純一郎の能力。
この能力は、そもそもが矛盾している。
橿原 純一郎の願いは、二次元の世界に転生すること。
もし、彼が「魔法学校の二回生ジュン」の世界に転生するのであれば、
もちろんそれは彼が自己投影していた主人公"榛原純平"になるべきなのだ。
だが、タロットを受け取るとともに能力に目覚めた彼は、
自身が"三森"になってしまったのである。
俺自身が俺の嫁になってしまった件である。
そして、致命的なことに、橿原はその矛盾に気づいていない。
(勝てる、勝てるぞ…!)
橿原は、"三森"の姿で戦いながら、勝利へのイメージを描いていた。
(路田さんの作戦を聞いた時にはビックリしたし、なんか思ったよりこの人にダメージ入ってなかったけど、
というか今もずっと打撃じゃダメージは入ってないけど、"火"はこの人にも効く!
そして、格闘能力なら僕のほうが上だ!)
橿原の認識は間違ってはいない。
打撃に関しては能力でさばききっている福院だったが、"火"には対処ができない。
(僕だって、誰かのために戦えるんだ。
路田ちゃんを救って見せるぞ!)
路田が落とす瓦礫を福院が払った隙を縫って、
少しバックステップをして、全身の火を燃え上がらせる。
"三森"の必殺技、『ぜんぶ燃えちゃえー!』の予備動作である。
「行くわよ!『ぜんぶ燃えちゃえー!』」
福院に突進する"三森"/橿原は、突如せりあがる壁をそのまま殴りつける。
『S.N.O.W』、小山内によって、地面が歪められ壁が生まれたのだ。
小山内の最良の間合いは遠距離である。
(!?)
"三森"/橿原の右腕はそのままきれいに壁を穿ち、隙を晒したその腕は福院によって両断された
「うわああああああああ」
"三森"/橿原が叫ぶ。
さらに、壁ごと叩ききる福院の右腕の手刀が、"三森"/橿原を袈裟斬りにする。
「ミモリちゃん!」
路田が叫び、上空から"三森"/橿原のもとへと向かった瞬間、
小山内が『S.N.O.W』で路田を"削除"する。
路田はその仕込みを見せる暇もなく、上空で跨っていた箒を失い、あと全裸となった。
『魔女の影は月に映る』、路田 久揺の能力。
自分が跨ったものを『魔女の箒』にして操る能力。跨いでいるものを自由に操って飛行することができる。
ただ、空を飛んでみたいという願いがそのまま発現した能力。
この能力で特筆すべきことがあるとすれば、
"箒"という"他者"を必要とすることだろう。
小山内は、先の路田のメイド喫茶から離脱するときの挙動から、
飛行には箒が必要であると想像していた。
ゆえに、上空から下方向に加速度をつけるときに"削除"を行えば、そのまま地面に叩きつけられると踏んだのだ。
実際には、跨る"箒"は実際の箒でなくてもよいのだが、
生まれたままの姿となった路田には跨るものが存在しない。
とっさに、路田は自らの右腕を股に挟み、それを"箒"として飛行を試みる。
それは、彼女自身の予想通り失敗に終わる。
路田 久揺という少女は。
他者の存在の重要性を理解してしまっているからだ。
彼女は自分自身を"箒"にすることができない。
ぐちゃり、という音をたてて、路田は橿原のすぐそばに墜落した。
◇
福院・メトディオスは、波の業により壁の向こう側の路田と橿原が、
致命傷を負いながらも存命していることを把握していた。
このままどちらかが先に死ねば、
位置関係的に生き残ったほうにタロットが移譲し全回復することだろう。
同時にとどめを刺すべきである。
…だが、それ以上に優先順位が高い相手がいる。
小山内 姫である。
福院は、小山内の能力を把握した時点で、
その危険性を看破していた。
小山内の能力は、重量に制限を受けない。
遠くの物体であろうと、写真や映像にうつっていれば、簡単に歪めることができてしまう。
だからこそ、距離を離さないようにとメイド喫茶店内で片を付けようとしていたのに、思わぬ横槍が入った。
福院は瞬時に付近の建物に入り、小山内の画角から逃れる。
「ひぃ」と叫び声をあげる一般人がいたが、睨みつけて追い払う。
罪のない者であることは分かっているが、
水月の業による感知に入ってくるギャラリーは、少なからず福院を苛つかせていた。
落ち着かなければならない。
小山内は、おそらく福院がどう距離を詰めてくるかと思考しているはずだ。
ならば、こちらは遠距離の奥義を繰り出そう。
◇
「路田さん、生きて、いますか?」
「ミモリ…ちゃん…じゃない?」
地面に叩きつけられた路田は、死の淵にいた。橿原よりもさらに。
「すみません。"三森"は、能力での、仮の姿で。
僕は、橿原です。橿原 純一郎です」
「…うん、橿原くん。
ごめん…、もうダメそうかも。
ダメな作戦で…、巻き込んじゃった。
でも…、私が死んだら、橿原くんは、回復できるはずだから…」
もとより、世界滅亡は、見てみたいけれど、叶わなくてもいい願いだった。
だから、路田 久揺は自分の死を受け入れた。
ぼんやりした彼女なりのケジメだったのかもしれない。
「…いえ、死ぬのは僕の方です」
「…え?」
「もう僕は、"三森"になれないから。なっちゃいけないから」
橿原は自らの矛盾に気づいてしまった。
"純平"の立ち位置にあこがれながら、"三森"の皮をかぶってしまった自分を。
ゆえに、もうその能力を使うことはできない。
"純平"と"三森"は、素直な言動はしなくても、いつも信頼しあって協力しあっていた。
それを、調子にのった自分は、"純平"でも"三森"でも、そして橿原のままでもいようとしてしまった。
そのことに、自ら大きな傷を負い、よくも知らない少女が隣に墜落して気づいてしまった。
自分はまだ二次元の世界ではなく現実にいて、そして、自分に"三森"になる資格はない。
だから、
「せめて、橿原として死にたいんです。
もともとそのつもりだったし、
君みたいな子を助けられるなら、悪くないなって…」
「…………」
路田には、橿原の言っていることはよく理解できなかった。
でも、その覚悟に、自分の大好きだった先輩の死に際に近いものを感じた。
「わかりました。ありがとうです。
では、せめて、私に殺させてくれますか?」
「へ?」
「けじめです。私なりの」
「あ、ああ。うん、じゃあそれで」
橿原は、なぜか笑ってしまった。
どうも、自分が流されてヒロインとして扱ってしまった少女は、
思っていたよりもズレていたのかもしれない。
死にかけの状態で、路田は無理やり体を持ち上げ、橿原に跨る。
そばに落ちた瓦礫を、死に体で持ち上げる。
「え、ちょっと待って路田さん、結構これエグいっていうか…」
「ごめんなさい、これ以上待つと、私死にます」
「…………うん。分かった。じゃあやってくれますか?」
倒錯的な光景だった。
「ねえ、路田さん。女々しいんだけど。
僕のこと、忘れないでくれますか」
「当たり前です。橿原さん。
どこまでやれるか分からないですけど、
できるなら、世界を滅ぼすまで忘れません」
「……
橿原は、もう一言何か言おうとしたが、
その顔面に、ほぼ力尽きかけた路田が瓦礫を叩きつける。
地面に血が広がり、橿原 純一郎の胸部から『魔術師』のタロットが浮かび上がり、路田 久揺の中へと吸収されていく。
ゆっくりと橿原の遺体は光に包まれ、路田はその傷を癒した。
ィ ニ ニ グ
そして、その瞬間、目の前の空間が大きくズレて吹き飛ばされた。
◇
「路田ちゃんの方が生き残ったのは、悪くないかな。
私の『S.N.O.W.』で対処しやすい相手だ」
小山内のスマホには、パノラマ撮影で路田とグニるための空間が遠景で長く映っていた。
これを歪ませれば、その吹き飛ばしの威力は並ではない。
全裸の路田なら、うまくいけばこのままどこかに激突して死んでくれるかもしれない。
だが、より大事なのは、福院と路田の距離を福院と自分の距離よりも遠ざけることだ。
福院を殺したら、そのタロットは自分が入手したい。
メイド喫茶での攻防で受けた傷は浅くはない。
「さて、福院は何やら集中していやがるな?」
小山内はスマホ越しに福院の姿を認める。
今、小山内と福院は建物5棟分は離れた位置にいる。
だが、小山内には福院を"撮影"できていた。
そう、彼女は秋葉原中に彼女のスマホを設置し、zoomでその映像を共有していたのだ。
以前ストーカーしてきた過激なファン(ぶつかり合って仲良くなった)に協力を仰ぎ、
秋葉原は彼女の撮影下に置かれていたのだ。
だが、魔人に対して能力を使えない彼女にとっては、
とっておきであると同時に能力発動するタイミングの難しい遠隔撮影だと言える。
「だけど、福院が私の視界に入ってないから安全だと思ってる状況なら、
"こっち"の奥の手の出番だ。さあ、たの
ゴフ、と小山内が口から血を吹き出す。
起こったことが理解できずに、膝から崩れおちると、
自らの胸から血が流れているのに気づいた。
◇
辻一務流、鏡花水月の業。
水月の業が、皮膚を拡張し、大気までも身の内として感じるほどの集中、統一であるならば、
鏡花水月は、その大気を自らの肉体の一部と認識し、揺らがせる奥義である。
大気を水面のように感知し捉える辻一務流において、
鏡花水月は自らの呼吸と肉体の動きにより遠隔で"動作"を行う奥義であり、
かつての忍び頭には鏡花水月により三千里離れた対象を暗殺せしめたという伝説もある。
福院にはそこまでの力はなく、本来なら遠くに風を起こすほどの力だが、
その大気を肉体として認識している以上、その作用点の面積は『ヤコブの御手』により変えられる。
そよ風のような暗刃が小山内を貫いたのだ。
(もっとも…、相手が動かないことが前提ですし…、そして…何より、甚大な隙を晒すことが…弱点でしたが…)
奥義を成功させた福院は、黒い物体に拘束されていた。
黒い物体の正体は、髪の毛である。
そう、ふたりの奥の手が発動したのは、奇しくも同時だったのである。
福院がはなったのが、個人の到達しうる極地の奥義であったのなら、
小山内の奥の手は、アイドルらしい他者を巻きこんだものだった。
かつで小山内を襲い、今では熱烈なファンとなった、髪の毛を操作する女性が、
連戦により満身創痍の福院を完全にとらえ、その首を締めあげていた。
(よりによって…、なんて相性の悪い…。
だけど…、僕はあきらめ…)
福院・メトディオスは、最初の誤りの日を思い出す。
「お前の両親の場所を教えてくれ。
教えてくれれば、お前と妹の命は助けると約束する」
仇であり、師であった女の声がリフレインする。
あの日、両親を裏切って生き延びた。
許せなかった。
自分を加害者にした師も。
加害者になった自分自身も。
そんな自分を許そうとした妹も。
あらゆるものに縛られて生きてきた福院・メトディオスの生きざまは、
タロットの愚者が示す自由さとは程遠い。
だからこそ、彼にとってこの旅は、世界に至って、その先の愚者へとたどり着く旅のはずだった。
だが。
(よりによって…、縛られて死ぬのか…)
彼は、その体に絡み付いていたものを解かなければならなかったのだ。
そして、それは世界との接触面を変えるだけではできないことだった。
福院・メトディオスは死んだ。
◇
(よし…!福院が先にくたばった!
なら、あいつのタロットが私の元まで届けば、私は完全復活だ!)
小山内が死に体で地面に横たわりながら見ているスマホには、
福院が包まれた髪の毛を縫って現出した『法王』のタロットカードの姿を映していた。
(ヤバい…、私も意識が飛んじまう…!早く来てくれ!)
ヒュン、と移動を始めるタロットカード。
小山内は安堵し、そして見上げた空に、路田 久揺の姿を見つけてしまう。
(クソ、あの子、でかい瓦礫を何かをを"箒"にしてるのか)
路田が滑空する。この動きは、『法王』のタロットを奪おうとする動きだ。
("削除"だ!また地面に叩きつけられろ!)
力を振り絞り路田を瓦礫ごと削除する。
彼女の乗っている瓦礫が消え去り、彼女は一瞬姿勢を崩す。
だが、すぐに立て直し、亜音速のスピードで、彼女は『法王』のカードを横取りした。
そしてそのまま向きを変え、『法王』が向かっていた方角へ、つまり小山内の元へと飛翔してくる。
(くそ、なんでだ!アイツは何もなくても飛べたのか!?)
そんな思考を終える前に、路田は小山内の元へとたどり着き、そのスマートフォンを勢いのまま弾き飛ばした。
「…万事、…休すだね」
「はい。
私、ほとんど活躍してないのにすみません」
深々とお辞儀をする路田を、小山内は笑いたかったが、その余力ももはや残っていない。
(なるほど…、タロット…か)
全裸の路田の股には、『月』のタロットカードがひしゃげて挟まっていた。
これを"箒"にしていたのなら、『S.N.O.W』で消せないのは道理であった。
魔人と同じく、いやそれ以上にタロットも世界を歪めさせるものだ。
だからこそ、この戦いに手を出したのだし。
「ま…、仕方ないね…。
私は…先に地獄に行って…、
久揺チャンを…、待ちながら…アイドルで天下とってるよ…」
「私は、死後の世界があると思っていないんですが。」
空気読めよと思いながら、小山内は目をつむる。
「でもそうですね。
もしも地獄があるのなら、私ももうすぐ行きます。
きっと、人類みんなと」
いや、みんなじゃなくて半分かな?
そう自分で突っ込みながら、路田 久揺は小山内 姫の顔面に瓦礫を叩きこんだ。