Track1/8:NeonSignも灯らぬ底で

東京、押上。
名前だけ言ってもピンとこない奴の方が多いだろうが、あのクソ高い『スカイツリー』の建っている辺りの地名だ。
スカイツリー(あれ)が出来てからこの辺りはガンガン整備され、でかい商業施設が幾つもできた。
世間的に見れば、まあまあいい目を見ている地域だろう。

が、じゃあそこに住む全員が美味しい思いを出来てるかっていうと、もちろんんなこたない。
恩恵から零れ落ちる連中は幾らでもいるし、その中でもさらに『マシなやつ』と『マジでヤバい奴』の階層構造は歴然と存在する。

……これは、その階層の下の下、ガチのどん底にいる奴の話だ。
つまり、『俺』の話だ。
クソみたいな読み心地を保証できる、圧倒的バッドエンドストーリー。
気の向いたやつだけ、付き合ってくれ。

ここは押上の底の底、未開発の路地のさらに裏側。
スカイツリーの遠慮のない輝きも、このどん底には届かない。
そのどん底の中の、さらにどん底の男。つまり俺。
俺の名は、グラフィティ・カズマ。

†  †  †

しゅー、と、気の抜ける音が暗がりに響いている。
俺の手の中のスプレー缶が塗料を吐き出す音だ。
それはそのまま俺の創造力の発露で、同時に俺の創作意欲を掻き立てるSEでもある。
が、それを聞いている俺は、いまいちノリきれていなかった。

「……あー、ヤメヤメ。休憩だ休憩」

吐き捨てると同時にスプレーの音がやむ。どうやら中身が尽きたらしい。最近はスプレーも空気を読むのか。
俺はため息をついて、空き缶を背中のリュックに放り込んだ。
そして、スプレーを吹き付けていた場所……雑居ビルのコンクリ壁から数歩後ずさり、そのまま路上に座り込んで、壁を眺めた。
壁には、俺がスプレーで描き出した、作りかけの芸術が描かれている。

「ま、悪くないんじゃねえの?」

嘘だ。
自画自賛は俺の好きな言葉の一つだが、今回の作品(コイツ)が賛辞に値するかは限りなく無しよりグレーだと思う。
思うが、こんな奴でも量産しない事には立ち行かないのだ。
あの勝負に乗っちまったからには、そうするしかないのだ。

ジジ、と電気が通るような音がする。
そちらを見上げると、ネオンサインの看板が点灯したところだった。
もうそんな時間なのだ。

ネオンサインが描き出す文字は、『NeonSign』。

「……いや、ちょっとは捻れよ」

しかも2文字サボってやがるし。故障だろうか、Neonは最後のnが、Signはgが、それぞれ消えている。
つまり、新たな罪(NeoSin)。妙に意味深に見える。
見えるが、賭けてもいいが絶対偶然だろう。
俺はそういうフラグとか伏線とかいうの信じねータイプだ。悪いな。

「わー、カッコイイ!」
「……どれがだ?」
「色々! カズマもだし、カズマの絵も。それから、あのネオン、イカシてるよね」
「そうかい、そいつはどーも」

前触れなくかけられる声に、俺は驚かなかった。だから、声の方を見もしなかった。
こいつは5年前からずっとそうなのだ。
いきなりどこからか湧いて、またどこかに消えていく。
最初に会った10年前にもそういう所はあったが、5年前からは完全にそういう生き物になっていた。
俺はもう、理解をあきらめ、ただ受け入れていた。
こいつは……カムパネルラは、こういう生き物なのだと。

「なあ、カムパネルラ」
「ん?」
「何しに来たんだ、お前」
「んー……敵情視察?」

ずきり、と、痛みのような感覚が脳裏を走る。
ああ、やっぱりそうか。違ったらいいと思ってはいたのだが。
考えてみれば、思うだけで叶う願いなんて何一つないのだ。
願いは、それに手を延ばさなければ、掴みとれない。

「例のタロット騒ぎか。バレてるたぁね」
「何かよく分からないけど、カードを持ってる人は持ってる人の事が分かるんだって。カズマは知らなかったの?」
「オカルトは信じない方でね。……ま、実際に見せられたら是非もなかったが」

ため息一つ。俺はカムパネルラの方を見た。
嫌味なぐらい綺麗な金髪が、ネオンと街灯に照らされてキラキラ輝いている。
ナイフはまだ抜いてないみてーだが、その気なら一瞬だろう。
顔には、嫌味なぐらい嫌味の無い笑顔が浮かんでいる。

ふと、どうでもいい事が気になった。

「お前、何のカードだった?」
「あ、気になる? えーとね、ぼく達は『星』なんだって」
「……ああ、お前らは『お前ら』で一まとめなんだったな」

それは、5年前に確認したことだ。
カムパネルラは相方とワンセット。
死んだはずのこいつがあっさり現れたあの日に、あの女(・・・)に確認したことだ。
知ってたことだが、聞かされると妙に堪える。

「カズマは?」
「俺は別に面白くもねえ奴だ。『悪魔』だとか今更過ぎだろ」
「まあね」

結構な自虐発言だが、カムパネルラは否定しなかった。
俺もこいつも、殺した数をダースで勘定できるぐらいには()っている。
だからそう、今更なのだ。

カムパネルラが、こちらに向けていた視線をふと逸らす。
視線の先には、俺の芸術。

「今日はこの蛇がメインイベント?」
「ノーコメント……と言いたい所だが、敢えて一つだけ答えてやる」

リュックからスプレーを1つ取り出し、壁に向ける。
色々と雑な作品だが、こいつを埋めれば一先ず完成だ。

「……龍だバカやろう!」

スプレーを一吹き。芸術に欠けていた目のパーツが埋まった。
同時に、俺の能力を発動させる。

ラクガキ殺人事件(イーヴル・グラフィティ)。俺の芸術に魂を宿し、現実に具現化する能力。

壁に描かれた足の無い爬虫類状の化け物……龍が壁から飛び出し、金髪の少年に圧し掛かる。
何しろ路地裏、空間は狭い。逃げ場はほとんどないだろう。
もちろん、下手したら巻き込まれる俺も他人事ではないが、俺は咄嗟に壁を蹴り空中へと逃れている。

カムパネルラがどうなったか、確認はできない。
だが、おそらく無事だろう、と言う直感があった。

「ジョバンニ!」

俺は叫ぶ。カムパネルラに、ではなく、あいつの相方であるクソ女に。

「どーせどっかで見てんだろ! 俺からの要求(オーダー)は一つだ!
お前ら、俺とやれ! お前らも俺もカード持ち、()って損にはならねえよ!」

俺は軽い気持ちで、彼らに言葉を投げかけた。
妙な連中と殺し合うより、気心知れた連中と殺りあう方が、ある程度気は楽になる。だから、ウォームアップは身内とやりたい。
少なくともその時は、その程度の考えだったように、思う。

結論から言おう。
この選択は、完璧だった。
完璧な正解で、完璧な不正解だった。

†  †  †

彼を彩るアルカナは『悪魔』。
その暗示は、不服、不満足、策謀。
あるいは、力の誤用。

彼の名は、グラフィティ・カズマ。

Track2/8:フリークアート・ショウダウン

(データが破損しています)

†  †  †

彼女を彩るアルカナは『審判』。
その暗示は、目覚め、脅威、母性愛。
あるいは、不滅の精神力や信仰。

彼女の名は、断捨離のマリ(マリ・ザ・ダンシャリ)

Track3/8:イーヴルグラフィティ・オン・セール

(データが破損しています)

△  △  △

彼女を彩るアルカナは『正義』。
その暗示は、正義、裁き、高潔。
あるいは、均衡をとって生きていく者。

彼女の名は、鬼姫殺人(オニヒメ アヤト)

Track4/8:デーモンプリンセス・マスト・ゴー・オン

(データが破損しています)

〇  〇  〇

彼らを彩るアルカナは『星』。
その暗示は、希望、洞察力、順調な愛情。
あるいは、恵みの雨。

彼らの名は、カムパネルラとジョバンニ。

Track5/8:ハルレヤ・ハルレヤ・ピーナッツバター

(データが破損しています)

△  △  △
彼女を彩るアルカナは『塔』。
その暗示は、地震、落雷、大火、災難。
あるいは、古い概念をくつがえす事。

彼女の名は、黒埼茜(クロサキ アカネ)

Track6/8:カラミティ

(データが破損しています)

Track7/8:フリーティング・ドリーム

「……なあ、カムパネルラ」
「なーに?」
「皆死んだな」
「そだね」
「黒埼のババアも、鬼姫とかいうガキも、あのよく分からん女も、死んだな」
「うん」
「……カズマの野郎も死んだな。ていうか、お前と俺が殺したな」
「うん」
「アイツ、何考えてあんなことしたんだろうな。アイツは俺の事嫌いだと思ってたんだが」
「さあ、ぼくには分からない。ただ……そうだね、想像は出来る」
「ふうん?」
「黒埼のお婆さん、願いをかなえさせないのが仕事だって言ってたよね。そういう依頼を受けたって」
「ああ、そういや言ってたな」
「多分、彼はそれが気に入らなかったんじゃないかな。それが、きみへの嫌いさを上回った、とか」
「そんなもんかね。……だからって、自分を殺させてカードを渡す、とか、よくやるよ」
「うん。ぼくにはたぶんできない。……だからほこらしい」
「ん?」
「カズマは……ぼくの友達は、あんなに凄い奴だったんだって、皆に言えるもの」
「そっか……そうだな」
「そうだよ」
「……なあ、カムパネルラ」
「なんだい、ジョバンニ」
「ムカつくぐらい綺麗だよな、スカイツリー」
「そうだねえ」


Track8/8:NeonSignも灯らぬ其処で

ジジ、と電気の通るような音がする。
そちらを見上げると、ネオンサインの看板が点灯するところだった。
……前にもこんな事があった気がする。

ネオンサインが描き出す文字は、『NeonSign』。
相変わらず、幾つか文字が消えている。Neonのeと、Signのg。

「……」

露骨だった。あんまりにも露骨な、令和式の蜘蛛の糸だった。
あの明かりの所にたどり着けば、NonSin(罪無し)になれる、とでもいうのだろうか。

「……はーあ」

適当な空きスプレー缶を見繕う。掴む、投げる。
それはネオンサインの大きなNにぶつかり、N諸共消えた。

onSin(これ)でよし」。

人は罪なくして生きるに非ず。
誰か他所で言ってる奴がいるかもしれないが、少なくとも今は俺発案の俺の言葉だ。
死人に罪無し。お題目としては楽しいだろうが、実際にそうされる死人にはたまったもんじゃない。
俺の罪を奪うな。

……なんていうのは、まあ、建前だ。
俺は、天国に行くよりも、地獄にいるだろうアイツの所に行きたかった。ただそれだけなのだ。
アイツ。つまり……『5年前に死にやがった方のカムパネルラ』。
ジョバンニ作の偽物じゃないアイツと、俺は会いたいし、話したい。

うっかり本人が聞いたら馬鹿にされるから、この話はこの辺にしておく。
……誰だよ、その通りお前はバカだ、なんて言うやつは。
ま、否定はできない。だが……。

「お前らだって愚者(バカ)だろ?」

誰とも知れない誰かにこう呟いて、俺は路地裏を後にした。
行く手には、暗闇だけが広がっている。

†  †  †


彼を彩るアルカナは『愚者』。
その暗示は、未熟、愚行、間違った道を行く事。
あるいは、旅。

彼の名は、光枝和馬(ミツエダ カズマ)
最終更新:2020年10月18日 23:44