Abyss Walker……彼は誰にもその名を知られることがなく、戦場を飛び交っていた。
その戦闘力を何よりも人外足らしめている零距離戦闘術は、音もなく誰の目に映ることもなく接敵する独自の歩術と肩甲骨の柔軟性を活かした身体操法によって構成されている。
朝の朝礼、全校生徒が体育館に集まった中で彼は誰に気づかれることもなくナイフを振り下ろした。
――タロットカード所持者は他の所持者をなんとなく認識できる。
例の感染症でソーシャルディスタンスが布かれた後にあっても、姫代学園では全校生徒が一斉に集まって体育館で集会を開くことが出来た。
それは何故か。
――体育館が広いからだ。
人の波、人の波、人の波。
これだけ集められた生徒が2mの距離を置いて並べるとか設計者は何を考えていたのだろう。
その答えは少子化にある。
Abyss Walkerが振り下ろした刃がある教師の身体へと抵抗なく吸い込まれ、彼を物言わぬ死体へと変えた直後、体育館中にバスケットボールやバレーボールの時によく聞くダンダンキュッキュッ!という音が鳴り響く。
その正体に気が付くことが出来るのは教師を殺害したAbyss Walkerのみだった。
ダンダンキュッキュッ!
ダンダンキュッキュッ!
ダンダンキュッキュッ!
しかし全校集会はつつがなく進行していく。
それは何故か。
――全校生徒がハカを踊っているからだ。
姫代学園は今年から校歌の斉唱を廃止し、全校でのハカを取り入れた。
歌は口パクする生徒が多く出るし、声を出す方がカッコ悪いという変な価値観が出るが踊りならサボった方が目立つという画期的な理由である。
ダンダンキュッキュッ!
ダンダンキュッキュッ!
ダンダンキュッキュッ!
そして持病故に特別に着席を許されていた逢合教員の異変に気づく余裕など誰にも無かったのだ。
足跡が、殺害者を追跡した。
それを察知したAbyss Walkerは体育館内を逃げ回る、がやけに広い上に生徒が多すぎて方向が分からない。
出口ウェアイズ。
しかし足跡はある瞬間全て消え失せた。
それは、体育館に侵入したハトがッ口にくわえた桜の花びらを教員の死体へと落としたことが理由だ。
『殺して』
彼の願いは達成された。
今までならば無かったことにされていた殺人という事象をあらかじめ蘇生することで無事に残した。
ハトは殺人者の元へも赴く。
殺人者、Abyss Walkerは口に入れられた甘味の正体がわからなかった。
彼は人間以外に警戒を振り払っていなかったから。
そして彼は野生のカブト虫に変わり、飽くなき制への闘争を胸に期待したまま冬眠保存された。
最終更新:2020年10月19日 00:06