私は普段学校で過ごしている。別に地縛霊というわけではないのだが、なんかこう離れる気にはなれなかったのだ。
教科書やら、各種資料やらは廃校となった後も回収されずじまいのものも多い。おそらく回収に行って燃やされるのが怖かったからだろう。特に燃やす気はないのだけど。
そんなわけで、暇なとき(たいてい暇だが)は独学で勉強に励み、たまに校内を見回っては気まぐれに用務員室に置いてある布団に潜って横になる。
もちろん透けるので何枚か重ね合わせたものに物理的……? うーん、霊体的に潜ることになるのだけれど。気分の問題。
あの日からランタンに仕込んである反射鏡を表に向けることにしている。何かあったら鏡を通じて鏡助さんが呼ぶ手はずになっている。
ランタンを置いていくわけには行かないので移動には別の鏡を使うけど。
山乃端一人さんに憑いていくという考えはなかった。幽霊が四六時中ついてたら怪しまれるだろうし、何よりも私が会う心の準備が出来ていない。
せめて助けて、そのついでに……。
「もしもし、あかねさん?」
ぼんやり夢想にふけっていた私を現実に引き戻す声。
「次の魔人が来ます。すぐに準備を」
机に置いたランタンからの連絡。鉄棒を手に取りランタンの底に接続。準備完了。鏡に触れると鏡助さんに引っ張られ……。
……またも路上に放り出された。いっそのことアスファルトをすり抜けてやろうかとも思ったけど上がるのが大変になるだけなのでやめといた。
私が排出されたと思しきカーブミラーに向かって問いかける。
「えっと……どこにいけばいいのかしら?」
「あのトンネルの中に山乃端さんがいます。今回は協力者も一緒なのでうまいこと協力して撃退してください」
彼の指差す方を向くとそこそこ長そうなトンネルが。一面に橙色の光が灯っているのが見える。
あの中に……? 疑問は有るものの他に指針もないのでとりあえず従うことにする。
先に見ゆるは二人分の人影。並んで歩いて争う様子がない。片方が山乃端さんで、もうひとりがおそらくは協力者なのだろう。
私も合流して襲い来る魔人に備えたいところ……。歩くふりももどかしく、飛んで移動し始めたところでトンネルの奥、出口側から聞こえてくる不快な音。
高速で近づいてくる光。ドップラー効果のかかったエンジン音。まさかあれが今回の魔人……!?
私も負けじと全力で近づく。いざとなれば押し倒してても……って向こうのほうが明らかに速い!
目を瞑り、ポルターガイストの要領で二人を突き飛ばすように腕を前に出す。多少擦りむくかもしれないけど高速で動く大質量がぶつかるよりはマシなはず……!
と同時に、私の横を何かが高速ですり抜けていく感触。ともかく、間に合え……っ!!
CRAAAAAAAAAAAAAASH!!
目を見開くと謎の乱入者が二人、増えていた。
片方は、最近の暴走族だってここまではしないでしょといった感じのデコデコ特盛殺戮バイクに乗ったライダースーツの、体つき的に推定少女。
もう片方は、「うひぃ~」と奇声をあげながら段ボール箱から出てきた金髪の背丈高めのブルマを履いたお姉さん……?
ちょっと頭が混乱する。どっちが敵? 味方? もしかして両方敵だったりする?
『邪魔が入ったかぁ。つまり、てめーらが【参加者】ってことだな? いいだろう、まとめて轢き潰して明日の朝飯代わりにしてやらァ!!』
前言撤回。どう見てもあのバイクのほうが悪です。しかし、少女のものとは思えぬ声。ヘルメット外したらヤクやってそうな男の顔でも出てくるのかしら。
それに立ちはだかるはブルマのお姉さん。
「さあ、貴方の罪を数えるわ! 一つ、あなたは免許を持っているの? 有るならば提示しなさい」
『免許なんてあるわけねぇだろが。まぁお前らまとめてここで死ぬから関係ないがなぁ!!」
「無免許運転に、脅迫と」
一つ、二つとブルマのお姉さんの頭の上でアホ毛が跳ね上がる。
そこに先程私が突き飛ばした女性が起き上がりながら付け加える。
「さっきアイツに轢かれかけたのだけど」
「意図的……なら殺人未遂も追加。ところでこのバイクを造ったのは?」
『当然俺だぁ、この轢殺特化仕様のV12エンジン世紀末バイクは0-100km/h加速2.462秒、てめーら相手なら最高速を出す前にミンチになっちまうだろうなぁ!?』
「ということは不正改造の実施、およびその使用、更に速度違反も明らか。三犯追加」
彼女が罪を数えるたびにアホ毛が増える。一体何が起こっているのか。
『何うだうだ言ってんだ死ね!』
「遅いッ!!」
急加速するバイク。それをブルマのお姉さんは正面から受け止めた……!
「これで、公務執行妨害も付きますね。これで七犯。ここまで凶悪な犯罪者はついぞ見ませんね……ふんっ!」
バイクを……投げた! ぐるぐる宙を舞い……着地。
『てめぇ、あの突進を受け止めるとはナニモンだぁ!?』
「光あるところに影がある、悪が動けば正義も動く、誰が呼んだかブルマニアン、私が来たからには今日も現場はセーフティー!」
ちょっと変な格好してるけどどう考えてもめちゃくちゃ強い。彼女が名乗っている間に私は最初にいた二人の女性に近づく。
「こんにちは、宵空あかねです。ある人から山乃端一人さんを護るよう依頼されまして……」
「なるほど、私はキーラ・カラス。こっちが言うまでもなく私の友人の――」
「山乃端一人です」
前回はちら、としか見えなかったけど記憶にあるよりは大人びてるなぁ、という印象を受けた。まぁあれから三年も経てば当然か。
「へぇ、奇遇ですね。私も上司から一人さんの護衛役に任じられたんですよ」
ブルマニアンと名乗る女性がサラリと言う。私は――キーラさんと山乃端さんも――胡乱なものを見る目つきで彼女を見た。
「こう見えても魔人警察官ですから! 公務ですよ公務……っと!」
会話中に空気を読まず突進してくるバイクを蹴り一発で退ける。とんでもない強さだ。
ブルマニアンさんに攻撃が通らないと見るや、今度はこっちにハンドルを向けた。丁度いい。
壁を背に、震え怯えるフリをする。生前よくやっていた、というかそうすることしか出来なかったのだけれど。
『そこの薄そうなのはどんなハラワタをぶち撒けてくれるのかなぁ!?』
急加速。同時にランタンつき鉄棒を放り投げ、壁をすり抜ける。100km/hオーバーで壁にぶつかればただじゃすまない、はず。
「がっ、ぐぇっ!?」
壁に潜り込んだにもかかわらず、私に衝撃が走る。
幽霊である私にダメージを与えるということはつまりあのバイクは……。
痛みをこらえ、壁から抜け出し、わかったことを叫ぶ。
「そのバイクは魔人能力によるものよ! 乗り手を引っ剥がせばなんとかなるかも!」
愛用の棒を拾いながら皆に合流する。ブルマニアンさんが機敏に動き、バイクの突撃をブロックしている。
「どうやってよ」
「それはこれから考えましょ!」
とは言え、キーラさんのツッコミはもっともだ。
バイクは相変わらず走り回り、私やキーラさんの火は相手が高速で動くがゆえに炙れない。
ブルマニアンさんはそのパワーを警戒してか近寄ってこない。
派手派手しい電飾を背に、ブルマニアンさんの隙をついて周りの者を轢こうと走り回りながらこちらを窺っている。
……電飾? へぇ? 電飾?
「ちょっと考えがあるんだけど――」
ブルマニアンさんが防衛してる間にキーラさんに私のチカラのあらましとやりたいことを説明する。
「……いいわ、やってみましょう」
先ほどと同じようにキーラさんが煙を燻らせる。ただ一つ違うのは煙の中に私の鬼火を仕込んでいること。
「つまり、煙が電飾に触れる直前あたりで着火すれば、あなたの鬼火が燃え移って電飾に宿る、と」
「そうそう。電飾に私の火が灯れば……」
「じわじわ炙られる、と。何分ぐらいかかりそう?」
「10分はかからないと思うけど……ブルマニアンさんがいつまで保つか……」
「ちょっと恐ろしいけど、善良な市民を護るためならまだまだいけるわ!」
言いながらドリフトをかけながら接近してくるバイクを掌底で阻む。
「一番いいのは乗り手を捕まえて引き剥がすことだけど」
「さすがにそれは向こうも警戒してるわ」
「仕方ないわね。キーラさん、頼んだわよ」
「任せなさい」
バイクの突進に合わせて煙が炎に変わる。赤い炎はすぐさま夕日の色に染まり、その一部が掠った電飾に吸い込まれる。
「かかった!」
ひとたび電飾に宿った鬼火は温度をあげながら乗り手を照らし続ける。いくら走ろうとも相対的な位置は変わらない。
あいつが走り回る限りはこちらが浴びる火の光は最低限。
あとはその瞬間を待つだけ。まもなく、そのときは訪れた。
『――――あ゙っ゙づぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙~~~~!!』
たまらず飛び出しバイクから転げ落ちる少女。全身をスーツで覆っていようが時間さえかければ熱は浸透する。
バイクは慣性に任せてすっ飛び、壁面に衝突した。武器となるバイクがなくなれば、もうこれ以上のことは出来ないだろう。
「ちょっと失礼するわね……よいしょっ!」
少女の頭からヘルメットを脱がす。中は至って普通の少女の顔。可愛らしいといった顔つき。
ついでに熱のこもったライダースーツを脱がせるためにジッパーを下げる。こちらも普通の洋服を着た、年頃14、5ぐらいの少女の身体。
他のみんなとも協力してなんとか引きずり出す。幸い火傷には至ってないみたいだった。
「少なくともこれで事件解決かしら? 正義執行!」
「いや、話の流れ的にもうひと悶着あってもおかしくはないわ。あの敵対的な声と似つかわしくない乗り手。魔人能力であろうはずなのに消えないバイク」
言いながらバイクの方を見据えパイプを燻らせるキーラさん。
ガゴン、と騒々しい音を立ててバイクがひとりでに立ち上がる。
「ふっ、こっちが真の黒幕ってところね……あっ」
「どうしたんですか、ブルマニアンさん」
「モノには普通、刑法とか適用されないわよね」
「まぁ刺す人が悪いのであって包丁に罪はない、とはよく言いますけど」
「つまりバイクに一切の法が適用されない以上……日本国憲法拳法は無力!」
「ちょっとぉ!?」
ヴォン、ヴォン、と耳障りなエンジンのかかる音。
『ヒャハ! ちょっと傷が入ったがここまで具現化すりゃぁもう乗り手も要らんな! そこのブルマ野郎も力を失ったようだしまとめて轢き殺してやるよ!』
まずい、と思った矢先に身体が勝手に動く。先程引っ張り出した少女を抱くように道路の端へ転がる。他の三人も紙一重で回避したらしい。
『ちょこまかちょこまかウザってぇ。おとなしく轢かれるがいい!』
「それは勘弁願いたいし、そもそも詰みだ」
燃料タンクからガソリンを流しながら横滑りでギャギャギャギャッと反転するバイクに、キーラさんは宣言する。
フッ、と息を吹きかけると煙は火となり、火はガソリンに落ち、ガソリンは燃えながらバイクに近づいて行き……。
「! 身をかがめて耳をふさいで口を開けて!!」
ブルマニアンさんの指示。どんだけ効果があるかはわからないが少女の耳を畳むように塞ぐ。幸い口は開いている。
一拍置いて轟音。見事に引火したらしい。
他の皆と違って衝撃を受けなかった私がバイクの様子を見に行くことにした。
そこには燃えながらも悪態をついているバイクの残骸があった。
『がぁっ、てめぇ、クソっ……! まだ一人も轢けてないというのに……!』
「あの子がお前の何なのかは知らないけど、あの子を利用して悪事をなそうとした、ってことでいいのよね?」
『それがどうした?』
「私はね、他人を虐めるようなヤツは嫌いだし、無辜の人の命を狙うようなヤツも嫌い。でもね、何より嫌いなのは……」
『……なんだ?』
「お前のような、いたいけな少女を人質に暴力を振りかざすようなヤツだッッ!! ネジクギ一本残さず溶け落ちろッ!!!」
我慢の限界だった。燃え盛る火の中に鬼火を放り込む。時間さえかければ金属も溶融することだろう。
その前にアスファルトも溶けて地面に穴が開くかもしれないけど……。
これ以上見ている必要もない。溶けゆく車体を背に立ち去る。
後ろから「第2、第3の俺が~~」みたいな声も聞こえるが、一ミリたりとて聞くに値しない。
ともあれ、事件は解決した。
事情聴取のため、私たちはブルマニアンさんが手配したパトカーに乗ることになった。本当に警察関係者だったんだ……。
私はバイクに載せられてた少女、本崎鈴葉さんと一緒に乗ることになった。
「本当に、ありがとうございました。あのままだったら、わたし、わたし……」
「他のみんなの協力あってのことだから……」
私の手をギュッと握りながら涙ぐむ本崎さん。
「でも、おばけって触れるんですね……」
「あー、それは私がこう擬似的に触れてるから感触が有るだけだから、普通にすり抜けるわよ。ほらほら」
「あはは、おもしろーい」
こう、たわいもない話をしたのは何年ぶりだろうか。泣きたくなるけど涙は出ない。
「? どこか苦しいの?」
「ううん、何でも無いよ」
事情聴取は割とつつがなく終わった。事情聴取の担当の正不亭光さんにこんな事があったねと聞かれてそれにはいと答えるだけの簡単なおしごとだったのだ。
まるで現場を見てきたかのような質問ばかりだった。ブルマニアンさんから聞いたのかな。
聴取が終わり、ふと窓の外を見ると、先に聴取を済ませていたキーラさんと山乃端さんの姿があった。署内はタバコ禁止だから外で吸っているのだろう。
丁度いい機会である。ふわりと壁をすり抜け地上に降り、心臓が存在しないはずなのにバクバクする感触の有る胸をおさえ、息を整え、勇気を出して山乃端一人さんに話しかける。
「あのっ、山乃端一人さんですよね。三年前に私をいじめから手をとって助けてくださった……」
「……? 人違いじゃない?」
えっ。
「そもそも三年前東京にいたっけ?」
「いなかったと思うけど……」
えっ、えっ。
パイプを吸い煙を吐くキーラさんと山乃端さんの会話が私の記憶と食い違っていることを示す。
じゃあ、私が会った山乃端一人さんは一体……?
「同姓同名の別人じゃない?」
ショック。つまりこの山乃端さんは護るべき対象ではなかった……?
いやでも鏡助さんはトンネルに送ってきたってことは護る対象だった……?
私の頭がぐるぐるしてきた。
「うぅ、伝えたいことがあったのに、別人だなんて……」
そうこうしているうちに解散の流れとなったので、私はしょんぼりしながらランタンの鏡で鏡助さんに連絡をとった。
「あかねさん、お疲れさまでした」
「……ちょっと質問、いいかしら?」
「私が答えられることなら何なりと」
「山乃端一人は、複数居る……?」
「はい。そしてあなたの知る山乃端一人を含め、彼女たち全てが護衛対象でもあります」
嘘でしょ……そんなことってありうるの?
驚きは口をついて出てたらしい。
「はい、今の東京には多数の山乃端一人さんが多元的に存在しています」
無慈悲な宣告。山乃端一人さんが……多数? 何度頭の中で反芻してもわけがわからない。
「何せ過去に例を見ないほど目的を一にする魔人が集まってまして。目的はもちろん、山乃端一人の抹殺」
その後長々と解説されたが、要するに近くの平行世界と交わって多重に「山乃端一人」がこの東京に存在する状況になっているらしい。もうわけがわからない。
「じゃあ私の知る山乃端さんには会えないってコト……?」
「この事象が終われば、平行世界同士の繋がりが解けて、それぞれの世界の山乃端一人だけが存在するようになるでしょう。そうすれば会えるはずです。もしかしたら偶然会えるかもしれませんが」
付け加えると事象が終わる前に山乃端一人が誰か一人でも死ねば関わった全平行世界を巻き込んだ、とてつもない大戦争が起きるであろう、とも。
絶望的だ。だが希望はある。全ての魔人を追い散らし、今回の問題を解決する。
そうすれば、山乃端さんにも安心して会えるし、委員長にも会いに行ける。
これで自らの罪を雪げるとは思わないが、やるべきことをやってから伝えたい。
学校に戻った私は、これからのことを思いながら布団に潜り込んだ……。
とあるゴシップ紙のある日の紙面
異常現象続く■■高校付近で起こった強姦殺人―――被害者名は夢宮かな――――コンクリ―――ドラム缶―――