十二月某日。
クリスマスの足音が迫る中でありながら、東京は静まり返っていた。
二日前、東京スカイツリーに現れた“災厄”によって
スカイツリーを中心とした周囲一帯が、廃墟へと姿を変えたからである。
“絶黒龍”ルージュナ――万物を死へと誘う邪眼を持つ、恐るべき龍。
その名をこの世界の者が知るには、もう少しの時を要することになる。
かの龍が顕現した瞬間、龍の視線の先にいた生命体は次々に絶命し、
建造物は軋み、裂け、崩れ、風化さえ始まっていた。
龍は世界一の電波塔、東京スカイツリーを巣と定め、展望台に陣取った。
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絶黒龍は、スカイツリーの展望台の上から東京の街を見下ろす。
この地での棲み処と定めたこの場所で、絶黒龍は静かに身体を横たえていた。
周りを小さな羽虫が一匹飛び回っているのを尻目に、ただ悠々と憩う。
一々目に入るものすべてを吹き飛ばすほど浅慮ではない。
己の瞳に備わった力の前では、障害たりうるものは無いに等しい。
矮小な生き物たちの悲鳴や怒号、奇妙な鳥や虫の行軍。
一瞥するだけで、いつでもすべてを殺せるのだから。
と、突如として絶黒龍の視界が黒煙に覆われる。
先程から気にも留めていなかった羽虫が、いきなり煙を吹き出し始めたのだ。
煩わしい。
絶黒龍が煙を凝視する。刹那、煙は即座に消え去り、羽虫も力尽きて落ちていく。
絶黒龍の視界に入ったものは、死から逃れることはできない。
命なき煙であろうとも、奇怪な羽根を持つ羽虫であろうとも。
己を煩わせるものがいなくなったことに、絶黒龍は満足げに一鳴きしたのだった。
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スカイツリー最寄りの地下鉄共同駅、押上。
普段であればスカイツリー利用者で賑わう駅も、今やほぼ無人であった。
幸いにも、地下まではかの邪龍の力は及ばぬと見えて駅の機構は生きてはいるが
生存者たちの避難が完了後、全線運休となり駅に人気はほとんどない。
ほとんど、ということは。
完全な無人ではない、ということだ。
「……まあ、スモーク如きじゃ無理か」
鍵掛 錠―― 玩具会社『ガングニル』のバイトの少年が、暗転したモニターを見てつぶやく。
自身の能力『TrapTripTrick』で生成した煙幕噴射装置と、会社支給の特製大型ドローンを組み合わせた
煙幕噴射ドローンによる視界塞ぎは、あえなく失敗に終わった。
多種多様な機器を、無人となった駅の構内に構えて即席の前線作戦室にしたのはいいものの――そこからの手が、打てずにいた。
なにしろ、『見られたら死ぬ』のだから――情報収集自体が進まない。
会社支給のドローンを何十台も飛ばして、そのたびに龍の気まぐれで撃墜されながら
わかったことはごくわずか。
龍の視界に入ったものがことごとく死亡、あるいは破壊、崩壊すること。
ただし『龍を見たら死ぬ』わけではないこと。
根城に選んだスカイツリーは破壊していないことから、自動発動ではなさそうなこと。
「とにかくあの眼をとっとと潰さないといけねー……んだけどなあ」
モニタ群の前でマッシュルームヘアの頭をがしがしと掻きながら呟く。
罠を龍の眼球表面に無数に配置して視界を塞ぐ手も考えたが、おそらく即座に罠が崩壊するだけだろう。
絶黒龍のいる展望台に地雷を仕掛けて吹き飛ばす案は、社長に止められた。
光学迷彩を張るにしても、龍の眼がどこまで、何まで見透かすかがわからない。
(少なくとも透視はなさそうかな……あったら今頃俺も死んでるだろうし)
何より、眼を潰したところで終わりではない。
再生能力がある可能性。巨大で頑強な肉体。龍としての生物的特性。
それらをかいくぐり、倒す手段があるのかというところまで考えなければならない。
(それでいて動ける駒は俺一人、ときた。なんちゅう無理ソロクエだ)
むろん、未曽有の大災厄に対し誰も手を打たなかったわけではない。
魔人自衛隊が即座に出動し、鎮圧に出向いて……一人残らず、鏖にされた。
それ以来、国も他の勢力も次の手をどうするか手をこまねいている状態である。
遠方からの狙撃や爆撃はさらなる龍の怒りを誘発し、被害範囲を広げかねない。
かといって近接することすらできない。
だが、鍵掛のバイト先――『ガングニル』はこの事態を重く見て、鍵掛に討伐を命じた。
玩具会社たるガングニルにとって、クリスマス商戦は書き入れ時である。
自粛ムードが世間を覆いつくす前に、クリスマスを取り戻す必要がある。
『いやいやいやいやいや!なんで俺なんスか!
ガングニルにゃ私設の腕っこきどもがまだたくさんいるでしょうが!』
『魔人自衛隊どものザマを見たろ?数で制圧はキツいだろうし、
安全圏から罠にハメ殺せるテメーのほうが向いてるだろうさ』
『十歩譲ってそうだとして、俺が頼まれたのは山乃端一人の護衛じゃあ……』
『あの龍が山乃端一人のほうを向いたらエンドだな、その前にシバけ』
『拡大解釈にも程がある!けど否定できない……!
や、待ってくださいよ。社長、アンタの能力なら衛星レーザー砲とか作って
大気圏あたりから狙撃できませんか?』
『アタシにスカイツリー消し飛ばさせる気か? 龍が暴れて壊すなら不可抗力だが
龍殺しのためについでに壊したりしようもんなら世間が黙ってねえだろ』
……と、社長からの直々の指示のもと、鍵掛一人で龍退治に挑むハメになったのだった。
(せめてもう一人陽動作戦役とか、仕留め役がいりゃあ作戦の練りようもあるんだけど……
取っ掛かりを見つけないことには増援の要請もできないしなあ)
次のドローンを操作し、押上駅出口からスカイツリー上空へと飛び立たせる。
積載されたカメラで龍を撮影し、監視する。
「――《Au clair de la lune,Mon ami Pierrot 》」
「っ!?」
モニターを見つめていた鍵掛の背後から、歌声が聞こえた。
思わず振り返るとそこには、サングラスをかけた青年が同じようにモニターに視線を落としていた。
青年は歌を続けながら、モニターを見ろ、と言わんばかりに指し示す。
混乱しながらも、モニターを眺めると、さらに信じがたい光景が広がる。
龍の背中に、何かの人影が映った。
どうやって気づかれずに、あそこまで接近できたのか?あるいはテレポートか?
鍵掛が悩む間に、奇妙な人影は大きな金属のボンベを掲げる。
そこで、龍が気付いた。
首をもたげて背に乗る人影を一睨みした瞬間、人影が消え去った。
残されたボンベが巻き込まれるように、急速で劣化しヒビが走る。
その瞬間、ボンベが急激にはじけ、中の液体が白煙を吹き上げながら龍の背に降りかかる。
液体がかかった部位が急速に白くなり、すぐもとの漆黒の皮膚に戻る――
だが、龍に何らかのダメージを与えたか、龍がドローンのマイク音量限界を超える咆哮をあげた。
龍の眼が、ひときわ深い緋色に輝く。
警戒心をむき出しにした、怒りの眼で周囲をねめつける。
見えざる破壊の波が、虚空と地表を走る。
ドローンの信号断絶。
一瞬最後に映ったのは、原形を保っていたビルが一瞬で粉砕される場面だった。
「……な、何だったんだ今の」
「ふむ。惜しいな、少しばかり量が足りなかったか」
「な――」
人影の独断専行ともいうべき攻撃に驚愕していた鍵掛が、さらに色を失う。
この口ぶり――つまり、攻撃の主は、このグラサン男だということに。
「ああ、自己紹介が遅れたね。
私の名は月光・S・ピエロ――気さくに月ピと呼びたまえ」
「……あー、“棺極ロック”です」
不審極まる青年こと月ピに対し、とっさに鍵掛が名乗る――
Vtuberとしての仮の名であり、ガングニルの生きた警備システムとしての名を。
「んで、月ピさんとやら。
勝手に人のモニター覗き見して、何してくれてんです?」
鍵掛が、ふてぶてしく月ピの行為を咎める。
“お前が余計なことしたせいで被害が拡大しただろうが”と言外に皮肉を込めた口調で。
だが月ピは意に介さず、質問によどみなく答える。
「あの龍を『凍殺』しようとしたのだが、何か?」
「と、凍殺? ……ってコトはあのボンベは、液体窒素か」
「うむ。本来ならばもっと十分に仕込みをしておくのだが、
何分あの龍が見たものは即座に破壊されてしまうのでね。
やむなく、我が友に突撃してもらった次第だ――
《{Mon ami Pierrot
Prête-moi ta lume}》」
月ピが歌うと共に、傍らに道化服の人影が降り立ち、歌い終わるとともに姿を消した。
『月に唄えばピエロは踊る(月光with.P)』――月ピが有する、自在にピエロを召喚する能力である。
「……なるほどね。だが『凍殺』ってのはなんとも効率が悪いっつーか……
さっきの奇襲がうまくいってりゃ殺しようはいくらでもあったんだけど」
「あいにく、あの龍にカードをあらかた消し飛ばされたものでね。
残ったのが『凍殺』ならば私はあの龍を凍らせ殺すまでだ」
(あっ、この人すげーめんどくせえな)
言葉の意味はすべて汲み取れたわけではない。だが、口ぶりや気配から察するに。
月ピはどうやら殺し屋らしい。それも、殺し方にこだわりがあるタイプの。
サングラスの奥の瞳に宿る、理解しがたい熱意に鍵掛は頭を抱える。
「……ちなみに、もし俺があの龍を先に殺したら?」
「邪魔をするなら、君から殺す」
「ですよねー。……じゃあ、俺があんたに力を貸すのは」
「却下だ。私の殺しは私のものだ、他人の指図は受けるつもりはない」
「さっき俺の飛ばしたドローンの映像を見て、お友達を転送したのは
俺の助力に含まれてる気がするんですけど」
「あれはたまたま君が映像を撮影していたから、見せてもらったに過ぎない」
(へ、屁理屈だ……!)
鍵掛にとってはありがたい、アタッカー役となりうる月ピの能力。
だが、どうやって月ピを協力させるか。それが難題だ。
放っておけば、月ピは何度も何度も液体窒素を浴びせてあの龍を凍らせようとするだろう。
だが、極低温に驚きキレた龍が暴れるほうが先になるのは火を見るよりも明らかだ。
月ピとて、それがわからないほど愚かではないはずだが――
己のルールを曲げることは、彼にとって死に値する屈辱なのだろう。
故に、鍵掛の助力も助言も拒む。
(……しゃあない。屁理屈には屁理屈だ)
「月ピ。俺の力を使え。
俺なら、奴を凍死させられる」
「話にならんな。言っているだろう、あれは私の獲物だ。
やむを得ないが、まずは君から」
不満の色を隠さない月ピの言葉を、鍵掛が遮る。
「勘違いすんなって、俺ができるのは凍死――俺が殺すんじゃない。
俺という道具、俺という罠を使ってアンタが殺すんだ。
俺の能力は、罠ならなんでも、無制限に作れる。
当然、凍結ガス噴射なんてのも、な。
だから俺のことはちょっと生意気な口を利く、しゃべる罠生成装置だと思ってくれ」
「…………」
鍵掛の言葉に、月ピが沈思黙考し――数分後、ようやく口を開く。
「いいだろう。
どんな罠でも作れる、と言ったな。なら――」
月ピが、絶黒龍凍殺のプランを鍵掛に告げる。
月ピは依頼人の口出しを許さない男だが――鍵掛は依頼人ではない。道具だ。
そう本人が言い切った以上は、使わない手はない。
「……オーケイ。そんじゃ行きますか、リアルモンハン」
~~~
夕日が西の地平線に姿を隠す頃。
絶黒龍の怒りも収まり、皮膚の疼きも消えた頃――またしても羽虫が現れる。
よく見てみれば先程の煙虫と似た姿である。
煙を吐かれる前に追い払おうか――
絶黒龍がそう思った矢先、放たれたのは煙ではなかった。
特製閃光地雷の起爆による、闇夜を昼間に塗り替えるほどの光である。
小賢しい。我が視界をこの程度で遮れると思ったのか。
絶黒龍はすぐさま光を睨みつけ、殺す。
本来ならば十秒以上続くはずだった強烈な閃光は、瞬き一つの間に再び闇へと消えた。
それが、絶黒龍の慢心だった。
閃光で目を焼かれることこそなかったが、光を殺すということは。
可視光線も一時的に全て消し去ってしまうことになる。
すなわち。閃光で目がくらんだのと、さして変わらない結果を生んでしまった。
そのことに絶黒龍が気づいたのは――
己の眼球が裂かれる感触を味わった後だった。
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「――《Ma chandelle est morte,Je n'ai plus de feu 》」
閃光と同時に月ピが道化を呼び出し、ハレーション効果で隠れた道化が
両手に携えたナイフで両目を裂いた。
深紅の瞳から、赤黒い液体がごぼごぼと溢れ出す。
龍は悶えると、根城の展望台から転げ落ち――地表へとたたきつけられた。
己が平らにした、不毛の荒野へと。
「さぁて、そんじゃ行きますか!
『トラップルーム・冷凍庫』ォ!」
龍が地上に降り立ったタイミングで、龍の身体が強固な建築物に閉じ込められた。
東京ドームの数倍はあろうかという、巨大な冷凍庫が一瞬にして構築される。
気温マイナス数十度、バナナで釘が打てるほどの極寒の空間が顕現する――!
~~~
何も、見えない。
取るに足らぬ鉄の羽虫と、矮小なる者が、絶黒龍から光を永久に奪っていった。
見下していた小物に、完膚なきまでに嵌められたのだと、認めざるを得なかった。
故に、もう見下さない。認めよう。
この世界の矮小なる者の牙は己に届きうるのだ、と。
ならば、己も『龍種』としての誇りにかけて――全力で、目の前の障害を排除するまで。
ちくり。
冷気とは異なる痛みが、前足に走る。
奇妙な冷や水を浴びせた、あの矮小なる者の気配。
おそらくは、刃物の類を鱗の隙間をぬって突き刺したか。
鬱陶しい。
瞳は失えど、爪がある。牙がある。尾がある。鱗がある。
龍種の誇りを取り戻すべく、絶黒龍は咆哮をあげた――
~~~
龍が道化を右腕で横薙ぎに切り裂く。
道化は身体を四つに寸断される間際に掻き消え、再び龍の足元に現れる。
龍が尾を振り回して道化に叩きつけた瞬間、不快な極冷気が再び襲い来る。
尾の着弾点に仕掛けられた、液体窒素噴出トラップが作動したのだ。
龍が動き回るたびに、トラップが連鎖的に発動する。
前足、後ろ足、尻尾、前足、前足、後ろ足。
消えては現れる道化を振り払うたびに、絶黒龍の身体の節々に霜が降りる――!
~~~
寒い。だが、身体の感覚は研ぎ澄まされている。
先程からちょろちょろと這いよる人影からは気配はあれど、妙に生気を感じない。
おそらくは使い魔の類か。
それを操る者と、冷気をバラ巻く奇怪な仕掛けを施している者。
生者の気配が、離れたところに二つ。
絶黒龍は、凍えた身体とは思えぬほどの速度で気配のもとへと駆け出す。
いかに絡繰を駆使しようと、もう止まることはない――
全身全霊の突撃で、蹂躙するのみ!
推定重量数トンの巨体が、暴走車並みの速度で冷凍庫の壁に迫り――激突する。
その瞬間、絶黒龍の頭蓋に据え付けられた最後の冷凍装置が起動し、
絶黒龍の命の灯が、氷点下の世界へと沈んでいった。
~~~
「――《Mais je sais que la porte Sur eux se ferma.》」
月ピが歌い終えるとともに、龍が完全に凍結し、突き出した頭から鱗が剥がれ落ちた。
凍殺、完了。
「……やった、のか」
「ああ。殺し屋の私が保証する、もうこの龍は死んでいる」
月ピの宣言を聞いて、鍵掛がへたり込むように、大の字で寝転がる。
「はー…… まったく、規模が無茶苦茶だぜ……」
「被害を拡大させないためには閉じ込める必要があったからな。
……しかし君の方こそ、部屋が罠というのは拡大解釈じゃないのか?」
「あー。ばーさまから『部屋が丸ごと罠』って仕掛けもちょいちょいハズレルートに仕込んでる、って話聞かされてたんでね」
「殺し屋の私が言うべきことではないが、君の祖母は何者なのだね」
「気にすんなって。ただのVtuberの祖母だよ、今はもう」
人が『龍種』を打ち破る、伝記にすら記されるであろう偉業を前にしても。
今どきの男子高校生は軽口を叩き、凄腕の殺し屋は無感動に目的に思いを馳せるのだった。
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「……ふ、あ」
東京につかの間の平穏が戻って数日後、希望崎学園。
「おはよー、相変わらずの寝不足だねえ鍵掛くん」
「おはよう、山乃端さん……ちょーっとモンハン配信やってたからね」
「あたしも見たよー、冒頭トークだけ。
凝ってたよねー、『リアル逆鱗』のCG」
「まあ、実物からモデル起こしたからね……むにゃ」
「あーもう、まだ一時間目も始まってないんだからね?
そういや、なんかものすごいスパチャ貰ってた気がするけど」
「……あー、なんというか。戦友?みたいな……そんな人だよ、うん」
「んー、なんか怪しいなー。昼休みにでもたっぷり話を聞かせてもらおうかな?」
山乃端一人は、いつものように鍵掛の頭をわしわしと撫でながら明るくふるまうのだった。
――目も眩む高額スパチャの主が、彼女の命を狙う殺し屋であることを知る由もなく。
~~~
“絶黒龍”ルージュナは死んだ。
だが、なぜ絶黒龍がこの地に降り立ったのか。それを知っているものは、もはやいない。
そのはず、だった。
「社長、例の遺骸ですが『レーギャルン』への搬入完了しました」
「ご苦労様です、田峰」
紆余曲折あって、絶黒龍の遺骸はガングニルのものとなった。
復興支援を申し出る中、死体の後始末も引き受けた……というのは表の話。
裏の目的は、異界の生物を分析し、そこから新たな『玩具』を作るための研究材料の確保である。
「ところで、分析班から気になる報告が上がっています。
腹部が大きく破損した形跡がある、と」
「引き取り承認に時間がかかりましたから……内臓が腐敗してガスが発生してしまったのでしょうか」
「いえ。極低温で凍結していたのでそれは考えにくいかと。
何か……こう、内部から食い破られたような損壊だそうです」
「……ああ?何だそりゃ……っ!」
田峰の報告に、社長・貞光つるぎは思わず素の反応を返してしまう。
あまりにも恐ろしい推測が、瞬時に浮かんでしまったから――
~~~
「…………」
『それ』は、東京の下水網の中にいた。
絶黒龍が東京に現れた理由を知る、唯一の人物。
否、人物と呼ぶべきかは定かではない。
なにしろ、それは――『龍種』なのだから。
しかし、その姿は――どこからどう見ても、ヒトの姿に相違なかった。
『龍種』。
それは、常に生物の頂点に君臨すべく、進化と変異を続ける生命体の総称である。
そして、進化のために子を残す。親が望む、最強の形を体現するべく。
ルージュナが『ドラゴン』の姿であったのは、それこそがかの世界で最も強い生命体に相応しい特徴を兼ね備えた生物だったからだ。
だが、ルージュナは――ヒトに敗れた。矮小なる者に。
だから、ルージュナは最期に――己の胎内に宿した子供に、ヒトの姿を与えた。
『それ』が、如何なる進化を遂げるのか。
人に再び牙を向くのか、あるいは人に寄り添うのか。
それはまだ、誰にもわからない。