これは偽りの物語、
そして、少しだけズレたボタンたちの掛け違いの物語。
そして希望を言えば――読者の皆さんに、是非、最後まで眼を通して頂きたいかな。
◆Androids Dream of Electric Sheep?
――また、あの時の夢か
今更といえば今更な話だ。けれども、オレはあの瞬間を未だ夢に見る。
羅漢高校のグランド。
月夜の下、そこは地獄絵図さながらの有様だった。
八つ裂きにされ血肉まき散らし、散らばるおびただしい屍。
次元の違いを思い知ったころには、そのほとんどが息をしていなかった。
その中でオレは四指を失った左手を、天へ掲げる。
4本の欠損は攻撃を受けたゆえではない
奴に攻撃を「払われた」、その余波のみで吹き飛んだものだった。
魔人能力『崖っぷちの漢気』
吹き飛んだ指を再召喚すると傷口に無理やり繋ぎとめる。
そして
”動け””動くはずだ”と認識をフル稼働させ、指たちに呼び出した鉄鎖を握りしめさせた。
何故それができると思ったのか、今でも不思議だった
ただ筋肉は紐状で出来ており神経もまた同じだ。だから出来るはずだと。その猛進に突き動かされた。
そんな俺を見て『奴』は言った。
「気になっていたんだが―――君は、邪賢王さん所縁の人なのかい?」
知ったことか‼
左手に現れた鉄鎖は奴に巻き付けさせ、動きを止める。
そして反対の手に呼び出したロープの先にある「錨」を奴の頭上に落とし、後頭部へと直撃させた。
「ただ呼び出すだけでなく『鎖』は縛るモノ『錨』は留めるモノという性質を
強化して付与してあるわけだね。実によい能力だね。」
ただそれだけだった。
「千切れた四指を『ひも状のモノ』と見立てて『手元に戻した』事で復元したのにも驚いたよ。
どうやら君は追い詰められれば追い詰められるほど力を発揮するタイプの人間のようだね。」
両手で顔を挟み込まれるとまじまじと覗き込まれる
ヤツの「眼」を見たとき、その戦場にあまりに似つかわしくない澄みきった目をみたとき、
初めて、得体のしれないモノと戦っているという恐怖が実感として襲い掛かってきた。
――戦いにすらなっていないのか
そう、自分たちは何一つ分かっていなかった『転校生』と戦うということがどういうことかを。
「可能性に――かけてみるとするか――」
そしてソイツは『魔法の言葉』を唱える。
「 」と
こうしてオレの無様な物語が始まる
…空渡丈太郎はひとり生き残った。
勝手に憧れ、その憧れの人の姿形と言動を真似ていた…そんなどうしようもない理由で
…たったそれだけの理由で
……オレは生き残ったのだ。
◆◆◆
――姫野学園学園寮-研究ラボ―
―――
―――――
―――――
―――――
―――――
夢から醒めた空渡丈太郎が目を空けると、見知らぬ天井が映っていた。
(ここは、どこだ…)
ベットの上に寝かされている自身をあらため知覚する。
山乃端一人を守ろうとアルバと名乗った淫魔人と一戦を交え、撃退した
ところまでは覚えている。
確かその後、アイツに抱き着かれて…そこで記憶はぷつり途絶えていた。
頭を振りながら上体を起こすと、
「うん…」
自分の上にかかった白いシーツにもたれかかるように山之端一人が
寝息を立てて眠っていた。
どうやら、彼女は無事だったようだ。その『はじこ』の様子にほっと安堵の息をつくと、
軽く、その黒髪を撫でた。
一室の広さは畳十畳ほどか。
向かいのデスクに大きなディスプレイに3Dプリンターが設置され、大型の椅子が設置されている。
他には複数のコードに繋がれた測定器やよくわからない工具が所狭しと並んでいた。
医務室や病室というよりも何かの実験ラボという感じだ。
そのデスクの大型椅子から声がかかった。椅子がくるりと回転し、こちらを向く。
「おやお目覚めかい?『じょーちゃん』さん」
「お主が助けてくれたんか?」
そこにはちょこんと白衣を着たブロンド髪のツインテール幼女が、座っていた
白衣の隙間からのぞく制服を見るに一人と同じ、姫野学園の生徒のようだ。
「まあYESかな。ようこそ、あたしの研究室に―――
あたしの名前の徳田愛莉。そこで、眠る山乃端一人の友人だ。」
椅子を器用にくるくる回転させながらベットに近くと丈太郎の手前で止まった。
「厳密には助けたのは『ヒトリ』だけどね。あたしは寝床の提供や着替えを手伝ったくらいだよ
いやー本当にびっくりした。『ヒトリ』の奴、君を背負っていきなり押しかけてくるんだもの。」
『能力酔い』の影響が見受けられたとはいえ、あそこまで取り乱すのは初めて見た。
実に興味深い事例だった。その時の様子を思い出しているのか、彼女はにゅふふと笑った。
「君の服はまとめて洗濯中。勝手ながら二人がかりで着替えさせてもらった。
何があったかは大まか推測できるため、詳細に関する言及は避けるが、いろいろと、
なんとも凄い状態だったんでね。特に下着とか」
着替えを手伝ったという言葉で今更ではあるが、自分の着ている服が
イチゴ模様のパジャマであることに気が付く丈太郎。
「・・・・」
「私のはサイズ合わなくて、ひとりの奴の借りたんでよろぴく」
反射的にばっと胸元を開ける。ブラはつけていない。良し。だが…しかし…
思わず頭を抱えた。
「???・・・君変なところ気にするな。そんな遠慮するような仲じゃないと感じたが」
可愛い下着提供者のお姫様が目を覚ました。
眼をこすると、ひどく間ののびた幼い口調でこう呟いた
「んんん、もうあさー? おかーさん。あ、あいちゃんにじょーちゃんだ。」
寝ぼけ眼を差し引いてもあまりに彼女に似つかわしくない口調に二人は顔を見合わせた。
「どうしたの?」
ひとりだけが、不思議そうに首を傾げてみせた。
◆◆◆巡るピングドラム警邏24時
―東京都八王子市 喫茶『シャーロキアン』
喫茶『シャーロキアン』は、その名の示す通り、変わり者の集まりだ。
朱に交わって赤くなるとヒトは言うが、それは確かに一面の真実。
このカフェは変わり者が変わり者を呼び、今では普段の生活ではなかなか
お目にかかれないような奇特な職種、業種の人間たちのたまり場となっていた。
それこそ小説家から警察官まで幅広く、
どんな昼下がりでも、そこには人がいて、活きた情報が今日も行き来している。
♪カランコロン♪
そんな喫茶店の入り口に備え付けられた鈴の音が鳴り、新しい来客を告げる。
「先輩、先輩こっちこっち」
待ち合わせをしていたのだろう、一人の女性がその客の姿を確認すると手招きを行なった。
「お前なーぁ」
先輩と呼ばれた大柄な男性がしかめっ面をしつつ、招かれたテーブルに座る。
黒革のジャケットにドクロシャツ、鬣のように金髪を振るわせる野獣のような壮年男性だった。
そんな大男にニコニコ顔で対するのは
いい歳こいて体操服とブルマ姿という格好の妙齢の女性(?)。
「お忙しいところお呼びたてして、すいません!実は先輩に見て頂きたいものがありまして!」
そういって、どん、とテーブルの上に「ブツ」を置く
それは出前で使われる『岡持』だった。店の名前だろうか「白蘭」と名前が入っている。
「先輩の『出前刑事』としての知見をお借りしたいと思いまして!これ、どう思われます?」
男はオーダーに来たウェイトレスに珈琲とおススメHAPPYセットを注文すると
大きく息を吐いた。
「でまえでっか?そうでっか?――じゃねえよ。どうみても出前の道具じゃねぇか。
あと、なんだ、その妙な呼称。俺はそんなの名乗った記憶ないぞ」
「~声のボリューム~さげて~。
ええ、これ、魔人同士の小競り合いがあると通報受けて急行した際、現場に残されてた
遺留品なんですけどね。物は試し開けてみてください」
アホ毛をぴょこぴょこさせながら、邪気のない笑みでずずっと岡持を押し出してくる
後輩にいわれ、手に取る先輩、開けようとしたが、ピクリとも動かない。
ハコを揺らし、耳立ててみても音もなし。くんくんと鼻で匂いを嗅いでみる。
「『怪異』の匂いはしないな…。魔人能力にしても、普通とは毛色が違う。なんだこれ」
「うちの課の人間が、総出でもぴくりともせず、最後はバナーで焼き切ろうとしたんでしたが、
焼き痕一つ残せませんでした。
で、業を煮やした上司からお前ちょっと持ち主探して来いという話になりまして」
話が見えず、強面の先輩が首を傾げた。
「んな面倒なことしなくても、お前んとこの課長が『飛燕脚便』使って「持ち主」指定で
GPS付で蹴とばせば一発だろ。」
「へっへへ、それが『送り先不明』で返ってきちゃったんです。火葬場にだって押し入るアレがです。」
野獣先輩の顔が真顔になった。それに至る可能性を、幾つか頭に巡らせる。
ブルマ美女がソーダ―をずずーっとストローで啜った。
「で、なんかピンときちゃいましてね。
『岡持』ってほら、中を開けるとステンルスで四方が『鏡面』になっていること多いじゃないですか?
――――――――だとしたら今の先輩の仕事の領分かなと」
「鏡助(KK)案件か。」
KKは最近、首都圏で暗躍している『転校生』の通称だ。
鏡の中を自由に行き来することができる存在で東京各地で暗躍をしているようなのだが、
その能力もあり、実体や足取りを追うのは困難を極めていた。
「転校生が関わっているという根拠は何だ。」
「完全に勘です。」
ブルマ美女は言ってから、言い方があまり正しくないと気づいたか言葉を変えた。
「正確には、先輩と組む以外のルートでは「正解」にたどり着けない気がしたので、頼りました。
多分私一人だとどうにもならない案件です。」
「勘だけで物事進めるなよ―――と本来なら言うところだが、お前の勘は当たるからなぁ」
おし、男は腹を決めると呼び鈴を鳴らした。
「判った。とりあえずここはお前の驕りな。縁起担いでカツサンドと限定恵方巻追加すっぞ。」
「ぐわー地味に財布にYOUはショック。
じゃ、久しぶりにコンビ復活といきましょう。
私達、二人が組めば警視庁『最強』にだって引けを取りませんよ!レッツタイタニック!」
縁起でもないこと言うんじゃね。『アイツら』が出張らないようにするのが俺たちの仕事じゃねぇか、
男はその言葉を珈琲と共に飲み込んだ。
◆◆◆東京タワーへようこそ~山乃端が二人~
――東京都 港区 芝公園
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今年、開業60周年を迎える東京タワーは28日、改修作業を終えた地上250mの特別展望台を報道関係者に公開した。
幾何学模様にデザインされた「鏡」が内部を彩り、地上150mの大展望台から向かう
エレベーターは大型ガラス壁の採用により、浮遊感を体験できる。
大展望台には、東京タワーの歴史を紹介するエリアや飲食を振る舞うコーナーなども設置!
サービス開始は3月3日。
これに合わせ、特別展望台は「トップデッキ」、大展望台は「メインデッキ」に名称を変更する。
料金は大人2800円、子ども1800円。初年度は46万人の来場を目指すという。
(2020年「TokyoTWIN」の記事より抜粋)
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東京タワーは『施設』としてみると大きく3層からに分けられる。
一つは最上階の特別展望台「トップデッキ」、
二つ目は大展望台「メインデッキ」、
最期はタワーの足元に設置された多目的ビルディング、通称「フットタウン」。
カンカンカン♪
その「フットタウン」から「メインデッキ」に至る階段、およそ600段を楽し気な音を
立てて駆け上る二人の少女いた。
踊り場まで駆け上がると振り返り笑顔で後続組に手を振る。
「「”じょーちゃん”、”きんととー”、早く~」」
呼びかけを受けた学ラン服を着こんだ少女が、眩しそうに目を細めて、その姿を見つめ、
学ランの胸ポケットに収まりふんぞり返っている身の丈三寸の美丈夫がカンラカラと豪快に笑った。
ポケットに収まった者の名は超越者アヴァ・シャルラッハロート。
背丈はわずか10cmにも満たないが、悠久の時を生き、列強を押しのけ一代にて一大帝国を築く
異次元世界の覇王であった。何が愉快なのか、いや愉快だからか、楽し気に笑った。
「丈太郎! お主との再会が余程インパクトを与えたが、今回のヒトリの『能力酔い」は酷いぞ!
精神年齢を相当に遡った!これではまるで妹のアインスと同世代ではないか!
まあ童心に戻ってテンション高めのほうが「彼奴」と遊ぶ分には気疲れしなくてすむであろうから丁度いいがな。
うむ、善しとしよう!」
見事なまでのポジティブ思考に閉口する丈太郎。彼らが、出会ってまだ3時間あまりだが、
この超越者は既に丈太郎の口を完全に完封していた。
【能力酔い】
『能力休み』ともいう。魔人能力が発動した後のインターバルのことを一般的にさすが
その際、なにかしら副作用が発生する場合も多いため、そのことを指して『酔い』と表現している。
彼女の「信用のできない語り手」は、この世界法則に対して干渉をおこなわないことから、
最低ランクの魔人能力と位置付けられ、危険性はないとされている。
実際に影響がでるのは、彼女の精神のみ。若干の変調をきたす程度である。
一般人は魔人能力というと殊更に警戒してしまう向きがあるが、世の魔人が持つ魔人能力は
大抵はその程度のささやかなものなのだ。
例であげれば、カレーの辛さを変えることができる能力とか、車両に乗る女子高生の乗車率を
操る能力であるとか、女子小学生の尿を操る能力であるとか、そこのどこに危険性があるというのだろう。、
”超越者”アヴァは言葉を続ける。
「本タワー見学の目玉『世界巡る童話展』視察はつつがなく終了。前後全般に渡り異常はなかった。
特別展望台いくぞーという『彼奴』のルート選択も同封でチケット送られてきた時点で想定の範囲内。
この紅白タワーの内部構造、危険因子の有無、既に我が配下がチェック済。
そして空は雲一つない晴天。
故に今は気を緩めるタイミングだ。姿勢を楽にとれ。始終眉間にしわを寄せているつもりか?んん?」
かんらからからのレディ・パーフェクトリー、盤上は完璧に我が把握しておる。
その言葉に丈太郎は余計に皴を深くする。流石にその言は何かの完全なフラグにしか聞こえなかった。
◆◆◆
山乃端一人には血の繋がらない妹が一人いる。
名前は、山乃端唯一という
赤ん坊の頃より、ただひとりも身寄りのない不遇な境遇であったが、
一人の両親が引き取り、山乃端家の新しい家族として迎えた。
その時、彼女を守護するように一家に加わったのが妖精”きんとと”ことアヴァ・シャルラッハロートである。
彼女の「唯一」という名に対し、アインスという呼び名は彼が与えたものだ。
姉の一人が姫野学園の寮生となって4年がたつがその間も、ずっと共に暮らしている。
その唯一が、漫画雑誌の漫画賞入選を果たしたと両親から連絡を受けたのは昨日のこと。
そのお祝いに編集部から東京タワーフットタウンの特設会場で行われている『世界童話巡り』
のチケットが贈られてきたこと、そしてそこに妹を連れて、遊びに行って欲しい
そう両親に頼まれた。
入選の表彰式を報告がてら、寮生活で数年離れて暮らす、姉との久々のお出かけであった。
「ひとりお姉ちゃーーーーーん」
「あいんちゃーーーん」
物凄い勢いてかけてきた唯一が、姉に抱き着く。
待ち合わせの駅の広場、人前も気にせず手に取る二人、くるくると回る。
そんな姿を少し、離れ眺めていた丈太郎に後ろから、声がかかった。
「お主が『協力者』か」
声に振り返るが誰もいない。
「こちらだ。」
耳をひっぱられる横をみると。親指くらいの大きさの美形が肩の上にのっていた。
しらず全身の毛が総毛だった。
警戒を怠っているつもりはなかったのだが、触られるまで、まるで気配を感じなかった。
「未熟。それもまた愛いことよ。もう一度、問おう。
お主は転校生キョウスケの言っておった協力者の一人か?」
転校生「キョウスケ」は、理由は不明ながら、山乃端一人を守ってくれるであろう存在に
彼女に危険が迫っていると警告し、その身を守るよう要請を繰り返し行っていた。
その声に応じるかどうかは、その人次第であるが、応えるのなら自然、彼らは合流する流れとなる。
「アインスの姉に当たるヒトリの生命、そこに危機が迫るなどという事態は看過出来ぬ、
故に我は、あの転校生の協力要請にはこたえようと考える。汝は同盟を望むか?」
だが、アヴァの問いに丈太郎は首を横に振った。
「俺は…『協力者』などと口にできる立場じゃなき。ワシはアイツを巻き込んでしまった側の人間じゃ。
ほん、使い捨ての盾ぐらいに考えといてもらえると助かる。頑丈さには自信があるき」
超越者は顔から感情の消すと、彼女の顔をそのまま数秒、覗き込んだ。
そして、そこに浮かぶ苦悩と決意をどう受け取ったか、ぱーんとほっぺに張り手をかました。ぱーん。
「下らん戯言だ。自らの命の使いどころも分からぬと見える。ならば、我が軍門に下れ。
では、お前の使いどころは我が決める。よいな。」
そういい指をパチリと鳴らす。
次の瞬間、建物の屋根、路地の隙間、街路樹の茂み、排水路、至る所から無数の気配があがった、
いつのまに囲まれていたのかと、驚く丈太郎。
「今度はきちんと感じ取れたか。光栄に思え、我自ら、お前を鍛え直してやろう
いかに我らが相手とはいえ、こう容易く背後を取られている用では話にならんからな。」
余計な語りは不要。詮索無用。一の言で拾を識る。それが超越者アヴァ・シャルラッハロートの流儀である。
その度量と在り方に学ランの少女は帽子を下げ、静かに敬意を示した。
◆◆◆
「到着つつつつ☆」
4人が階段を登りきり、大展望台「メインデッキ」につく頃にはランチタイムを既に回っていた。
唯一は遅めの食事をとろうとポーチから、郵便に同封されてきた「専用のお食事券」と
案内地図を取り出す。
「えっと、予約のお寿司屋さんは~~」
「あ、これじゃない。」
案内図を覗き込んであれこれいいあう二人。
その間にアヴィは丈太郎の肩から降り、唯一の肩に乗り移ていた。
配した部下が出す信号を聞き取り、ジェスチャーで丈太郎に異常なしと伝える。
人の目に見えない裏側にもおかしな仕掛けや異常はないとのことだ。
丈太郎はさりげなく歩をずらし、周囲の警戒に入る。
デッキには観光客が合わせ20人程度、他に案内ガイド、警備の人間が何名。
鋭い目で周囲を見渡す。確かに怪しげな存在はいない。
そうこうするうち、山乃端御一行は、目的の寿司屋台へと到達。
丈嬢より一足先、「未来寿司スズハラ」と描いてある暖簾を二人と一妖精さんがくぐる。
「RASSAI!!予約の山乃端さまですね。」
出迎えたのは、巨大なマグロの寿司に手足が生えた店員だった。
ネタ部分に顔が浮かんでおり、そこから威勢のいい発生音が発せられていた。
また薄い胸に顔がついているにも関わらず、頭部には無貌の顔がついており、そこからも
更に2本の腕が生え、愛想よくもみ手を繰り返していた。――普通に怖い。
「はい予約していた山乃端です!4名でお願いします!」
気にせず元気よく唯一が答える。
アヴァ・シャルラッハロートは大きく息をはくと口に手をやり、指笛を鳴らした。
「スシシシ、当寿司は最新技術をもとにお客様の健康状態などの情報を考慮した食事を提供しております。
事前にお伝えしましたようにDNAサンプルの提供をお願いいたします。」
「はい、とってきました!どうぞ!」
唯一が、答えると同時に
笛の音に応じるように一匹の白鳩が、暖簾をくぐり屋台へと飛び込んできた。その足に捕まると…
「!!お前のような寿司職人がいるか!!!!」
小学生の尿を受け取ろうと嬉しそうに手を伸ばした怪人にカウンターを入れる形で
愛鳩と一体化したアヴァが、フライングバードキックを炸裂させた。
「タ、タコス!?」
謎の悲鳴を上げ、ぶっとぶ、寿司怪人。
「あー、きんとと!店員さんに乱暴しちゃだめだよ。」
「馬鹿者!どうみても敵だ。朝、妙にバタバタしとるとおもったら何ちゅーもん持ってきているのだ。
いいから、姉を『守れ』。アインス。」
この言葉に意外にも唯一は素早い反応を見せた。一人の手を引き、屋台をするりと抜け出す。
それを追おうとした寿司怪人の体が、再びぐらりと傾く。
今度は屋台そのものが傾いたのだ。丈太郎の魔人能力だ。
彼女たちが飛びだすと呼び出した釣り竿で屋台に針を引っかけ、文字通り、屋台骨から釣り上げたのだ。
ぱわっち!!!
奇怪な叫び声と共に翼を広げ、宙に躍り出る寿司怪人。
そしてそれに続くように横転した屋台から、次々に大小の異形の寿司たちが溢れ出し、
観光客たちを襲い始めた。
「きゃあああぁぁ」
「ぐわぁぁぁ、スシ?スシがナンデ!?」
それは寿司というにはあまりに異形の者たちであった。
幾学的なシャリの上にコンバットナイフを乗せた『ケンサキイカの寿司』
小型拳銃を内部に収納し、弾を放つ鉄火巻。
散弾型の礫を放つ、ハニカム蛸寿司、等々。
3Dプリンターで作成され、寿司怪人に握られたそれらは「ネタ」であり「武器」という
二つの異なる特性を併せ持っているのだ。恐るべきスズハラ機関の無駄に洗礼された無駄な科学技術力。
ともかくこの状況下での突然の発砲は人々をパニックに陥らせるに十分であった。
逃げ先をもとめ、エレベレーターや階段に殺到する一般観光客たち。
当所発生した無秩序な人の流れに、寿司怪人に対して追撃を放とうとしていた丈太郎の手が止まる。
「ちぃ」
巻き添え被害を考え、攻撃動作に移れない。
やむえず得物を放すと襲い掛かってきたナイフ寿司を手刀で叩き落とす。
混乱は続く。
下りのエレベーターに駆け込んだ群衆が耳にしたのは重量オーバーのブザー音。
迫りくる寿司の重圧に耐え切れず壮年の男性が後から来た親子連れを外に突き飛ばし、重量をクリアーする。
ようやく下り始めた箱の中、安堵の息を吐いた彼らは呆けたように上を見上げた。
天井にびっちり寿司たちが張り付いていたのだ。
文字通り、身動きもできず寿司詰め状態となった人々の口に寿司たちが踊り込んでいった。
階段からの脱出を試みた者たちに待っていたのは寿司ライフルの射撃の的になるという運命だった。
転げ落ち、踊り場で悶えるモノを踏みつけ、我先に逃げようと人間達は、
喉にめがけ飛び込んできた寿司達の手により、翼を与えられ舞い戻ってきた。
スシシシシっと
展望台の窓を突き破り、空中へと躍り出ていた寿司怪人は、地表150m、それを愉快そうに眺めていた。
この混乱した状況下において、的確な動きを見せたのは
”超越者”アヴァ・シャルラッハロートを筆頭とする異形の戦士たちであった。
混乱し押し合いへし合いし合う大きな人間達に比して、彼等の軍は小回りが利く。
白鳩『ぶりゅーんひるど』に乗ったアヴァの号令に合わせ、潜んでいた第二伏魔殿の野伏たちが、
一斉に現れ、倒れていた屋台と一人と唯一の周りに集結すると陣形を組み立てる。
たちまち、寿司たちとの間で激しい交戦が繰り広げられていった。
突貫する寿司を迎え撃つ、筋骨隆々のネズミの牙やしなやかな猫の爪、
届かぬ相手には屋台にあった割り箸が手裏剣のように飛び、寿司たちを撃ち落としていく。
がぶり噛みついてきたキラートマト寿司(友情出演)を髑髏剣で両断しながら、アウィが叫ぶ。
「きりがない、丈太郎!『投網』だ。地に落とせ!」
「すまん」
出遅れた学ランの少女が屋台の台に駆け上がり、能力を発動させる。
その手に現れたのは、漁に使われる投網。
投擲と共にふさっと大きく広がった網は、直径10mにおよび、絡みとられた寿司達が次々、地に落ちた。
二投目を準備したところで形勢不利を悟ったのか寿司達は距離を取り、彼らの主人を追い、空中へと飛び去って行った。
攻めるか守るか。どうする?
飛び去る彼らを見ながら、アヴァと丈太郎は同じことを考えていた。
―――――――――――――――――――
「すーーーーししししししっしし」
寿司たちに咽喉を詰まらされ、空中でもがき苦しむ人間たちの姿を堪能していた未来寿司コウカツ、
山乃端一人の確保に手下の寿司たちが失敗したことを悟ると、ふわりと上空の特別展望台を目指す。
かの怪人にとって、山乃端一人はあくまで目的達成の手段であり、目的ではなかった。
これより寿司怪人のテロ計画は第二段階へと移行する。
◆◆◆
東京タワーには一般に公開されていない「立ち入り禁止」地区が幾つか存在する。
主に安全上の機密保持ゆえ、管理レベルは厳しく、一般人では情報入手は難しい。
アヴァ・シャルラッハロートはこれを補うため『実地調査』を行う先遣隊を派遣していた。
東京タワーの構造を調べるため、配下たちを派遣し、
徹底的な事前調査を行った上で伝達・諜報用の部下を各所に忍ばせていた。
その動員数、200あまり。彼らの調べ上げた情報は全て、アヴァの頭の中にあった。
その彼が下した結論は、立入禁止区域「管理室」への立てこもりであった。
職員は逃げようとしたところをフライング寿司の犠牲になっていたが、
寿司たちの移動経路となる通気口を封鎖し、衛兵を立てることで万全の守りとした。
展望台の生き残りはそこに固まっている。
丈太郎とアヴァは、情報収集と脱出経路確認のため、彼らを残し、再びフロワーへと出る。
そして今、緊急停止で止まったエレベーター内部の様子を部下から報告受けていた。
「エレベーターの中に生存者はなしか…解せん。」
テロを行う怪人の人質になることを避けるため、生き残りを集め籠城策を取ったのだが、
寿司怪人はそもそも人質など眼中にないようで、フロワーにいた人間を片っ端から吊るし、
殺害していっていたのだ。
アヴィは髑髏剣で転がる死体の喉を切り裂くと、中の状態を見分し、同じ言葉を繰り返す。
「解せんな。」
「何がじゃ」
繰り返したところで物資集めにフロワーをまわっていた丈太郎が戻ってきた。
アヴァは先ほど切り裂いた死体ののどに詰まった寿司を指し示した。
「民の死因はほぼ窒息死だ。だが本来、殺害は頭から羽根を生やせば一瞬でこと足りる。何故、こんな回りくどい殺し方をする。『理』に合わぬ。」
「・・・・・・・・いや、この場合は極めて『理にかなっとる』いうべきじゃろう。
おそらく『いかに長う苦しめるか』がこんつの能力原理の肝なんじゃろう。」
仮に頭から羽根を生やして浮遊した場合、首から下の過重は全て首へとかかる。
それにより頚椎が折れれば、腦への酸素供給が停止し1、0秒ほどで『効率よく』対象は絶命する。
これがアヴィの唱える合理の『理』だ。
だが、喉つまりを原因とする窒息死となると話は全く別となる。
喉につまった段階で『肺への』空気提供が止まるわけだが、人体の各器官は正常に動いており、
そこから絶命に至るまでの道筋はひどく長く苦しいものになる。
1分ほどで『肺の中』の酸素がなくなり、人体は空気を求め、激しくのたうち回る。、
そして脳と身体の機能が停止するまでにかかる時間は個体差はあれど、それから更に4分ほど。
痙攣、脱力、また痙攣。そして死。
背中の羽が生えるは、この経緯に先立つタイミングなのだ、つまり浮遊の意味は―――
「『確実に苦しめながら』『窒息で絶命させる』。そういう原理で動いている能力ちゅーことじゃ。
暴れた拍子で喉の異物が運よく飛び出すようなことがあれば、助かる可能性はあるからのう。
ただ空中で固定し『安定した状態』を作り出されたら、アウトじゃ。万が一にも助からん。」
「『人への怨恨』が原動力か。なるほど、我が配下への凸撃がないわけ得心いった」
丈太郎は犠牲者に手を合わせると、フロワーを回りかき集めたアイテムをアヴァに見せる。
ピアノ線に工具、包帯やカーテルなどの医療用のキッド。警備員の使用していた警棒、食料品、トランシーバー、
あとは釣り糸にぐるぐる巻きにされ、屈辱でプリプルと震えるタマゴ寿司。たまたま逃げ遅れていたところを発見し釣り糸で捕獲した。
『きゅきゅい(特別意訳:…くっ殺せ)』
彼女の名はタマゴ寿司のたまごちゃんといい、フライング寿司たちのアイドル的存在だった。
戦闘力は所有しないが、映画「キラー寿司」の主題歌「Kill the vergin」を熱唱する能力を有し、
レアリティでいえばSRに相当する寿司であったが、現戦局とはあまり関係がなかった。
「上層へのエレベーターは2つともこの階にあったが、他と同じ緊急停止処置が作動しとる。動かん。」
「お前の能力で動かすことは?」
アヴァの質問に丈太郎は無理じゃと首を振る。
「ワシが動かせれるのは『手元にあるもの』か『身に付けているもん』のみ。
それ抜きにしてもこの手のは動力がなければテコ動かん。機械類は基本、電力が必要だしのう」
「ふむ。」
脱出を図るなら下り階段の踏破となるが、フライング寿司の射撃やナイフを掻い潜ってとなると
流石に厳しい。一人と唯一を含めると一般人が10人近くいるのだ。
「持久戦か。まあ、この国の兵は少数であるが優秀だ。もう小一時間程度あれば突入準備整うだろう」
それに関しては丈太郎も同感だった。よりにもよって東京タワー占拠など、政府が放っておくわけがない。
国の威信をかけて、選りすぐりの魔人部隊を送り込んでくるはずだ。
キキキ。
だが、その見立ては部下からの緊急報告により、崩れ去る。
報告を受けたアヴァは、展望台の窓より眼下をのぞきこむ。
「黒い何か」が渦を巻いて塔と総合施設の周りを取り囲んでいるのが見て取れた。
数千、いや万を超えるかもしれないそれら全てが、寿司であった。
何故、エレベータの人間を人質に取ろうとしなかったのか。その答えは明白であった。
既に人質にとっているのだ。東京タワーにいる全員を。
この塔、既にダンゲロス。その渦中にあって生命の保証なし。
◆◆◆
それは本来、人々の幸福を願うものであった。
先ず祷りがあった。
次に舎利があり、最後に倶材をのせ。方を示す気まぐれ女神に吉を願う宗教儀式。
その毎年くり返される儀に吉報が届いた。
なんと大ヒットを飛ばした「とある映像作品」とのコラボ企画が持ち上がり、
今年は大手コンビニと販促を行うのだと。
職人はこれを喜び、渾身の祈りと技を込め、彩と型を造った
寿司職人が送り出した自信作。
その名も『進撃の恵方巻』。
だが、
その想いは裏切られる。
全国より洪水のような抗議が押し寄せてきたのだ。
曰く、なんでヒト型かぶりつかせんだよ。あまりにもリアルすぎて食欲が失せる。
曰く、実物一目見て子供がギャンなきしだした。どうしてくれる。
曰く、あの実写版、原作者しかとくしてねーじゃねぇ。どうしてあーなった。
心なき誹謗中傷の数々。回収騒ぎこそならなかったが、彼ら恵方巻たちは売り場より立ち去るしかなかった。
だが、傷心の彼らに更なる石を投げる者たちがいた。
あろうことか、今のご時世に食べ物を廃棄するなんてなんて勿体ないことするんだと、酷いと
また火の手が上がった。
廃棄する段階になった途端に思いついたように道徳ぶる、なんという欺瞞、想像力の欠如。
要するに叩ければなんでもいいのである。
だが、だが、
そこまでなら、そこまでなら、彼等もまだ堪えることができた。涙をのみ込むことができた。
けれども、この世界には幸せの青い鳥はなく、ただ煽る火の鳥がいるだけだった。
なんと、前の炎上のその舌も乾かぬうち、そのコンビニでは新たなキャンペーンが打ち出され、
それを人々が、今度は歓喜して迎えたのだ。
\パクパクですわー/ \こんなの勝ちですわー/ \永久機関の完成ですわー/
先週までの彼らのルサンチマンはどこに消えたのか、企画を称賛し、讃える声が、
彼らのいるバックヤードまで届いた。なんという。鳥頭。
彼らをあれほど叩き踏みつけ虐げていた、手の平返しの手すら、しゅっと音を立て消滅したのだ。
恵方巻き達は激怒した。
恵方巻き達には政治は解らぬ。あにばーさりとかキャンペーン特典とかもよく解らぬ。
けれど、確信をもって言える、これは『悪』の行いだ。我らは『犠牲の羊』となったのだと
そして、その日。
日付が切れ、廃棄されうるを待つだけになった彼らの身にその声が届いた。
愚昧なるヒト類に目にもの見せよ、その咽喉を詰まらせよと
あの塔を目指そう。彼らを喉を詰まらせ、目をひん剥かせるのだ。
SOU 祈ったところで何も変わらない。―― そして、
その日、人類は思いだした。翼を生やした懲罰の天使たちにより地に打ち捨てられる者の痛みを
―――
―――
―――
それは「約束された勝利」の影に埋もれ、不条理を架せられた廃棄物。
それは無貌の職人・未来寿司の呼び声にこたえ『家族市場』より飛び立つ、幾万もの黒き棺の群れ、
止めどなき殺意に其の身を侵されながら、常世夜に『紫』を運ぶ冥府の嚆矢。
海苔巻き。復讐者。
進撃の「恵方巻き寿司」。
◆◆◆
スズハラ博士の手により作りだされた人工魔人「未来探偵紅蠍寿司」は自我という観点から
いうと極めてあやふやな存在だ。
3Dプリンタで作られた「虐殺」と描かれた赤きマグロの切り身が、主なのか。
JKとレズに異常なまでの執着をもつルポライター各務恭介が、主なのか
あるいは名もなき寿司職人として存在、そのどれが、己の主体なのか、答えを持たない。
ただ、内より沸き起こるのは寿司を握ることへの渇望。
そして外より感じる、寿司たちの激しい憤り、無念の波動。それに突き動かされ寿司を繰り出す、それが彼だった。
「ピン・ゲタ・メノジ・セイナン・アサ ソッキリ・ソクセイ・ソッキワ
ノゲタ・ノキワ・ゲタピン。ゲタセイ・ダリピン・ダリゲタ・ダリセイ
メゲタ・メキワ。ロンピン・・・・」
そして彼は今、東京タワーの特別展望台の屋根上に座し、一人祝詞を唱え続ける。
山乃端一人を儀式に捧げ「寿司ハルマゲドン」を引き起こせたならば、
一気に本州全域の寿司たちに『蜂起を促す電波』を届けることも可能であったかもしれない。
今の彼の祈ではこの東京の象徴たる塔の力を借りてすら、ようやく周辺区に声を届かせる程度
『 が、』
寿司怪人は薄目を開け、遠き空を、有明の海の更に先、遠き冬の湯河原海岸を見る。
けれど、端からそこまでの広大な距離はいらなかったのだ。少し、もう少しで手が届く。呼び声が届く。
あの海に、我らが幸、全ての原資たる海に揺蕩うものがそこにいる。それを呼び寄せれば、
更なる次元の寿司が扉が開くであろう。嗚呼、
――――津波です。逃げてください。津波です。逃げてください。津波です。逃げてください。津波です。逃げてください。津波です。逃げてください。私を呼ぶのは誰だ。津波です。逃げてください。
津波です。逃げてください。津波です。逃げてください。津波です。逃げてください。津波です。---
津波です。津波です。津波です。-津波です。-津波です。--
嗚呼、讃えよ海産物。嗚呼、赦サレム、赦サレム巡礼。至れ、聖者よ。巡礼者よ!
◆◆◆『最高の戦友』(シュテルクスト・カメラート)
空を覆う黒い寿司たちはその色合いを強め、
加速度的に数をふやし、東京タワーを中心にその円周を広めていった
「タワー周辺を恵方巻たちは何群を形成し巡回し、そとに脱出しようとするものを襲っている。
逆に内部に関して『フット』『メインデッキ』からは敵はほぼ撤収。
『トップデッキ』に敵の主力が終結しているわけだが…。
寿司怪人はそのトップデッキの屋根上に鎮座し何事か儀式をしている。守りが薄い。好機だ。」
管理室に戻った丈太郎とアヴァは、物資の整理をすると準備を整える。
「作戦はシンプル。よじ登って蓋を開けて、気づかれない距離まで近づきぶん殴る。
我の能力『シュテルクスト・カメラート』になれておけ」
リュックを背負い、軍手を嵌めた丈太郎が頷く。
アヴァは、アインスに警棒を渡した。
「”割り箸”よりはマシであろう。専守は主の十八番。後は頼んだぞ。」
「きんととちゃん、そんな怖いこといわないでーー」
いい返したのは姉の一人のほうだった。
山乃端唯一は争いごととは無縁の魔人能力ももたない唯の小学生だ。
だが、唯一はおずおずとだが警棒に手を伸ばす。それを見届けたアヴァは一言だけ、告げた。
「『民を守れ』」と。
「—―言われるまでもない。まかせておけ。これより先、指一本触れさせない。」
それは勇者の声であった。
声を聞いた民が、もう安心だと心底安堵するほどの力の籠った戦士の声だった。
「…?」
一人は不思議そうに顔をあげた。
その凛としたけれど聞き覚えのある声がどこから聞こえてくるのか分からなかったのだ。
思わず周囲を見回したが、見当たらなかった。
何かが間違っている…そんな漠然とした不安を胸に、ただぎゅっと大切な妹を抱きしめた。
◆◆◆
「ピン・ゲタ・メノジ・セイナン・アサ ソッキリ・ソクセイ・ソッキワ
ノゲタ・ノキワ・ゲタピン。ゲタセイ・ダリピン・ダリゲタ・ダリセイ
メゲタ・メキワ。ロンピン・ロンセイ・セイピン・セイゲタ・セイキワ・バンゲタ
キワピン・キワセイーーーーーーーーーーーーーーmmmmmm~オアイソ」
裂ぱくの気合とともに祝詞えていた赤マグロの寿司怪人は、僅かな違和感を感じ、
再び目をあける。
警戒のため、巡回させた周囲の寿司たちの気配がいつのまにか消えている。
下方、トップデッキにすし詰め配備した寿司達からはこれといった異常は感じ取れない。
(ネズミが入り込んだか?)
新たに、探索系寿司のサーチサーモン寿司を両手で生み出し、無貌の両耳部分に押し当てる。
サモ---ン
その反響音の返りのあまりの近さにたじろく、学ラン服の少女が祭壇へと走りこんできていたのだ。
(一体どこから)
音での特定より目視が早いほどの距離。振り上げたこぶしすら、はっきりと見えていた。。
丈太郎たちが用いたのは、メインデッキにある「業務用エレベーター」のルートだ。
ただしエレベーター本体は使用していない。
緊急停止のエレベーターの屋根に上り、支えている鋼鉄製のワイヤーロープを
アヴァの魔人能力で強化した丈太郎の腕っぷしにまかせ登攀したのだ。
そのまま「トップデッキ」の扉を通過し、上層にあるエレベーター動力部に到達。
設置されてある蓋のロックを外して東京タワーデッキ外装にでた。
寿司怪人も業務用エレベーターの存在は把握していたし、復旧時に制圧部隊にそこを使われる
可能性を考え、迎撃用に主力戦力をトップデッキに集中させていた。
生まれて間もない人造怪人である彼はインプットされた簡易的なデーターを元に行動している。
監視を掻い潜っての行動は不可能。「トップデッキ」さえを押さえればよいと油断した。
リュックに仲間たちを積み込み『最高の戦友』(シュテルクスト・カメラート)の効果を受けた
丈太郎が、100m超のロープ登攀を行い上層の扉をねじ切り開け、祭壇に辿る突くまでの時間はわずか3分。
その不可視の速攻が、怪人の対応力を完全に凌駕し、この急襲へと繋がった。
隠密部隊のフォローを受け、接近した彼らに寿司怪人が気づいたとき両者の距離は3mを切っていた。
実際のところアヴァの采配に瑕疵はなかった
ただ。一つだけ誤算があった、それは―――寿司怪人の『祷り』の『質の変化』
恵方巻への呼びかけではなく、海に潜む■■■■とのチャンネリングを優先して行ったことにより、
その握りは更なる高みに上っていたのだ。
寿司怪人の両手がありえざる角度を描きながら、交差する。
そしてまるで拝むように手を合わせた。
次の瞬間、ふわり、不意に丈太郎の体が浮かび上がり、体軸を中心に回転した
ぐるり。
突進の勢い、ベクトルが完全に殺され、その場で回転する
ぐるい。ぐるり。
さながら、聖母マリュアの手の中のあるかのように何かがやさしく丈太郎を包み込んでいた。
――勢いが完全に殺されちょる。不味い。
何が起こっているか把握し、焦る丈太郎。
寿司を握る際の手順は、通常は七手。最短で三手と言われる
一手、手を縮めるために職人は数年、ときに数十年を費やす。
では、至高の握りとは3手のことか、いや一手でもできるのではないか?
否、彼の到達した解は、『零』である
それは 祈りの所業。
寿司領域「 赦サレ無 ・ 零の型 」
ベクトル操作による回転で触れずに寿司を握る神域、優しき神の手の御業は
ネタとシャリをその空間の内部で巡回させることで、握りとする。
跳躍した丈太郎の体は、その握りに包まれ、その回転により、無重力のように
宙に浮き、回転し続けるループ構造に巻き込まれていた。完結したベクトル運動から逃れられない。
寿司怪人が、宙に留まり回転し続ける丈太郎たちに顔を向ける。
そして、ぐわりと大蛇のような大口を開いた。
そこより迸れでるは、酢飯の咆哮。
とっさに丈太郎は背にかけていたリュックを空に向かい放り投げ、アヴェたちを逃し、
そのまま一人、酢飯の濁流に飲まれ、塔より外へと押し出される丈太郎。
そこは地上250m。生命の保証なし
荷から鳩たちが飛び出し、足に結びつけられた糸でリュックを支え、濁流に巻き込まれぬよう離脱する。
「丈太郎!! おのれ! やってくれる!」
残された者たちは離脱者を追うことは許されない。第二伏魔殿のメンバーに翼を広げた天使、寿司怪人が迫っていた。
第二伏魔殿と寿司怪人の第二幕。激しい空中戦が繰り広げられ始めた。
◆◆◆タイトロープ・ダンディ
――東京タワー地上240m。
空渡丈太郎は片腕一本、命綱を握った状態でぶら下がっていた。
雪崩のような酢飯に飲み込まれた際、とっさに放ったランヤード(フック付ロープ)が
奇跡的に鉄骨にひっかかり、戦線離脱からぎりぎり、彼女を救った。
だが、滑る。
そして体が重い。
酢飯の酢がローションのように握る手とロープを濡らしていた。そして体には大量の付着物。
彼女の着込んでいる学ランが災いした。だぶだぶで余地のおおかったその服装に
噴出時、全身の袖口や胸元から大量に酢飯が入り込み、その身を重くしていたのだ。
どうにか反対の手でロープの先を掴むと、登り始める。
そのとき異変が起こった。
にょる
「!?」
なんと体の入り込んだ酢飯たちが一斉にうごめき始めたのである。
全身を虫たちに這いまわれるようなゾクゾクとした不快感が駆け巡った。
これは寿司職人の能力というよりも「未来探偵紅蠍寿司」の中に取り込まれた
各務恭介の各務恭介性が発生されたがゆえだった。
各務恭介は女子高生とレズ行為に異常なまでの執着をもつ存在である。
その各務恭介性の発露により、学ランを海苔、女子高生(丈嬢)を具に見立てあげ、
JK手巻寿司をつくりあげようと彼女が帯びるシャリと世界線に働きかけたのだ。なんという妄執
彼の望む最上の寿司が今ここにあった。
流石、原作者。
俺たちにできないことを平然とやってのける。そこにしびれるが、積極的には見習いたくはない。
「ふご」
だが女子高生巻きにされただけでは済まなかった。今度は下方から恵方巻の一群が上がってき、
その一本が口へと突きささる。
ささった恵方巻を根性でかみ砕き、無理やり嚥下するが、彼女を取り囲む黒い筒たちは数十本にも及ぶ。
それが一斉に顔面をなめまわさんかの勢いで殺到した。
前門の恵方巻き、後門の酢飯。
丈嬢、絶体絶命の危機
やがて命綱から、その手が離れた。
◆◆◆「泥」と「星」
ーその浮遊属性は
対象が喉を詰まらせると同時に発動し、翼を与え、高所に犠牲者を掲げる。―
「スシ? スーシシシシツシ!!」
アヴァ・シャルラッハロートと切り結んでいた寿司怪人が、突如大きく嘲笑の声を上げた。
羽をはやしトップデッキ上層に浮かび上がってきた「新たな犠牲者」の姿を、発見したからだ。
黒い筒を口につき込まれた学ラン姿の少女は既に意識を失っているのか、ぐったりと脱力しており、
ズボンから酢飯がぽたぽたと零れ落ちていた。やがて怪人の目線一辺りで上昇を止める。
怪人は目の前の小人たちの動揺を誘おうかのようにことさら声を立てて笑った。
「何がおかしい。」
顔から全ての感情を消したアヴァが、寿司怪人に問いを投げかける。
怪人はニタニタ下品な顔がマグロの赤身の上に浮かべただけで、答えなかった。
アヴァは騎乗した白鳩で寿司怪人とすれ違うと、合図を出す。
怪人の足ががくんと引っ張られ地面へと引き落とされる。
丈太郎が残したピアノ線を怪人の足にアヴァが絡ませたのだ。
これのもう片方を床に控えていたマッスルネズミたちが一斉に引く。
手を繋がずとも糸で間接的につながっていれば、彼らは実に通常の何十倍もの力を発揮できる。
だが、彼らが囲むより先、コンバットナイフを装備したフライング寿司が、
繋げていたピアノ線をあっさり断ち切る。敵の増援だ。
怪人は再び、赤身マグロの上に嘲笑の顔を浮かべた。
「だから・・・・何がおかしい。言ってみろ。」
激情を押し殺しているだろうアヴァが、寿司寿司を見上げ、再び言葉を発する。
怪人は彼の正面に体を向きなすと、
背後に浮かんでいるだろう「彼の仲間」をバックに挑発の返しを。投げかけ―――
ドス。
――れなかった。
次の瞬間、背から胸にかけて自身を襲った衝撃と、眼前に現れたものに愕然とする。
自身の平たい胸から…『腕』が、生えていた
「うぐごご(特別意訳:笑っとる場合か、おんしのまけじゃ」
無貌の頭部をゆっくりと後ろにまわすと、そこには黒いブツを咽喉につまらせたまま、
『翼』と学ランをはためかせる丈嬢の姿があった。
日本はノド詰まり大国である。
新年早々、お正月に餅が詰まり、ご老人たちが天に昇っていく数は寿司の比ではない。
自然、救急車にのった救急隊員たちは、素早い対応を迫られる。
まず、詰まった異物を吐き出させないか確認を取り、無理とみるとのどぼとけの下にある
部位(輪状甲状間膜)を2cm程切断し、開いた気道に空気を送りつける管を刺す
そして空気送り込み用の器具を装着することで呼吸を確保する別ルートを気道につくるのだ。
丈太郎は咽喉が詰まった瞬間、あえて脱力し、手探りでナイフを探り当てると
輪状甲状間膜に穴をあけ、ついで魔人能力『崖っぷちの漢気』で呼吸用のカテーテルの
差し込みと性質強化で気道内の空気の確保を行った。
混乱した戦闘下でそこまでの処置を施すことは本来、不可能な芸当だが、
恵方巻たちは喉を詰まらせ、翼が生やした丈太郎を確認した後はその役目を終えたとばかり
丈太郎から離れていった。
翼が生えて宙に浮かぶ状態では、長く苦しませるため、余計なことをしなかったのだ。
そして翼の制御が可能かどうかに関しては
展望室で捕獲した『たまごちゃん』をワザと喉を詰まらせ検証を行うことで確認済だった。
正確には、喉に詰まった寿司を釣り針で取り出せるか、自分の身で実験した際の副産物なのだが
立ち会ったアヴァでさえ、マジかよコイツ、鉄砲玉かよと引いてたレベルの荒業だ。
寿司怪人が、その対処法に最後まで思い至らないのも無理はなかった。
「お前の敗因は『認識』と『覚悟』の差といったところかな。
年長者のアドバイスは聞くものだぞ。折角、親切で「おかしいことがある」と教えてやっている
のに無視するから、そうなる。」
one sees the mud,and one the stars.
喉のつまりは死を意味しない。翼が失せ、墜落し初めて「死亡」が確定するのだ。
原理を理解し、意識の間隙を突いた。『覚悟』の差の勝利だった。
ダンディ&デストロイ。東京タワー決死線・勝負あり
◆◆◆無題
堕ちていく、朽ちていく
そこは何もなく、ただ広がる暗闇。
意識は拡散し、手から零れおちていく。もはや何もわからなかった。自分が何者かも、何をしたかったかも。
そんな中、突如『光』が舞い降りる。人の形をとったそれは、こちらに語りかけてきた。
「最後に何か言い残しておくことはないか」と。
「何もないです。」
そう答えた。本当のことだった。ただ、ふと疑問が湧いたので聞いてみることにした。
「貴方は何故ここへ」
美しい人は豪快に笑った。
「お主の最後に披露した『握り』があまりに見事なワザマエだったのでな。賞賛しようと思った。
まさか我の能力が無効化されるとは思わなかったぞ。」
邪気なきその笑顔を見て、少しだけ大切にしていたことを思い出した。
「…私は…たぶん『幸』を握りたかったんだと思います。海の幸であれ、山の幸であれ、
人々のために握り、幸せと笑顔を届けたい…それが私の…握りだった…はず…」
それが、だがなぜこんなことになってしまったのだろうか。取り返しのつかないことを
「運命の女神は気まぐれよ。吉方の知らせを凶と取り違えたり、ほんの些細なボタンの
掛け違いで道を大きく踏ずすこともある。すべての負け分を一人で背負おうとは人の身に余ることよ」
けれども、美しい人は言葉を続けた。
それでも少しでも足掻いて見せようというのなら、力を貸そう。
―――――――
展望台上にて倒された寿司怪人。
その身は既に半身すら崩れ去り、あとは死すだけの身となっていた。
アヴァは触れていた無貌の額からそっと手を放した。
丈太郎のほうを見やると丁度、釣り針でのどに詰まっていた恵方巻を引きずり出したところだった。
どうやら、取り出した恵方巻の処理を考えあぐねているようだった。声をかける。
「丈太郎よ。今、貴重な情報が入ったのだが?」
「なんじゃ」
「今年の方角は北北西らしい。そいうわけで食べ物は残さず感謝して、食べろよ。」
「・・・・。」
どうやら捨てるかどうか迷っているところを見透かされていたらしい。
丈太郎は言われた通り北北西の向くと海苔巻を再度口にくわえることにした。
寿司職人の死亡とともに、人々を襲っていたフライング寿司はいずこかへと飛び去って行った。
この際、喉に詰まらされていた寿司も自主的に飛び出していったため、
窒息死寸前で命拾いをしたものも何人か発生した。
それは全体の被害の割合を考えれば誤差と呼べる小さなもので、
特段そのことを気にかけるものはいなかった。けれど、その際少しだけ不思議なことがあった。
寿司が飛び立った後も背中の羽根はしばらく消えずに、ゆっくりと人々を地上におろしたのだ。
そのおかげで、その何人かは墜落死することなく生きながらえることができた。
誰も知らず、また気にしない小さなことであった。
ただ、それでもたった一人だけ、その頑張りを彼の流儀に沿い、最後に見届けたものがいる。
それが超越者アヴァ・シャルラッハロート。
彼の能力『シュテルクスト・カメラート』は
もし、自分と話すことができる者がいれば当然、その者は知能があるはずと断じ、
もし、自分と触れ合う栄誉があれば、その者はどこまでも頑張れるはずだと、叱咤激励する。
そんな彼の傲慢さから、産まれた能力である。
◆◆◆回収屋
―東京都某所―謎の研究ラボ―
「やすし!やすし!安いものだよ。これくらい。人類の進歩への経費と思えば」
徳田愛莉の数倍の規模を誇るその部屋で奇声を上げる白衣の老人がいた。
彼の名はスズハラ博士、狂気のマッドサイエンティストであり、
スズハラ機関の持つ『ペルソナシステム』を(不正)利用し、寿司怪人を作成
東京タワーテロを引き起こした首謀者だ。
最終的には紅蠍の遺伝子情報をプリント合成した人造魔人は、見事爆散して
終わったわけなのだが、そこのあたり、全く懲りる様子がなかった。
「構想は無限。実現は容易っぃぃぃい。スズハラ機関の科学力はせかぃぃいぃぃ―――」
パスっとそっけない音が響き、天才科学者の背中に吹き矢が突き刺さった。
彼は狂気の笑顔を浮かべたまま、ばたりと倒れこむ。
背後にスーツ姿の女性が立っていた。
彼女は醒めた目で今回のターゲットを見下ろすと携帯端末を取り出し、上司に連絡をとる。
「――はい、標的の確保に成功しました。
ええ、オーダーの”脳には絶対に傷をつけるな”はきちんと守っています。
はい? 回収は別の者がやる。なにも触るな――――、そのまま直帰もOK?
―――『全て忘れろ』。はい、了解しました」
報告と新たな指示を受け、通信を切る。黒に染まった画面に自身の顔が映った。
時にこの手の『極秘のうちに全て終わらせる依頼』が回ってくる場合がある。
ほとんどの回収業務において、彼女の独自裁量が与えられていることを思えば、極めて異例な仕事ということになる。
そういう時の鉄則は「知らぬが仏」だった。
この後現れる「何某」と鉢合わせする事態は万が一にも避けたかったので、速やかに立ち去ることにした。
(・・・あの子はたしか花屋で見た。)
ちらりスクリーンを見上げ、出口へと身をひるがえした。
指示通り全てを忘れるよう。ただそのスクリーンの少女の記憶だけは己が中にひとり思い留めることにした。
◆◆◆たった一つの冴えたやり方 ・エピローグ
~ interview with suzuhara ~
―(別世界)東京八王子市『喫茶シャーロキアン』
喫茶『シャーロキアン』は、その名の示す通り、変わり者の集まりだ。
普段の生活の中ではなかなかお目にかかれないような職種、業種の人間が、
ふとした際に利用する場所でもある。
どんな昼下がりでも、そこには人がいて、活きた情報が今日も行き来していた。
そんな客に紛れ、午後のティタイムを一人楽しむ女性がいた。
赤いコートにチェック帽。そして平坦な胸、
スタイリッシュないでたちの彼女は携帯端末で何事か話しをしていた。
「ああ、荷物、届いた? そう、お疲れ様。とりあえずお仕置き部屋に放り込んでもらっていいかな。
今の仕事が終わったら、僕、手ずから『わからせ』するから」
そういって通話を切ると『先ほど最新ニュースが更新された古びた新聞』を広げた。
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東京タワーを占拠し、テロを企てた寿司怪人は、
その場に居合わせた『正義』の味方達に打倒される。
そしてスズハラの仮面13システムを不正利用し、幹部の人造魔人を培養していた事件の首謀者、
スズハラ博士は捕縛され、いずこかに連れ去れていった。
やはり『協力者』たちが連携すれば大きな力を発揮できる。彼らならきっと…
(『献身的な新聞社(アズ・ユー・ライク・イット)』より抜粋。)
======================================
「ふむ、完全解決とまではいかないが、いい終わり方ではないかな。
できれば寿司怪人くんには『自分は未来探偵紅蠍』ではないとキッチリ否定してから
成仏して欲しかったけど、致し方ない。」
新聞をとじた拍子に綺麗に結い上げられたスコーピオンテイルが揺れた。
「『設定』を一番に優先するというのが、我らが「スズハラ機関」の基本方針なので、
設定欄にそういう設定ですと書かれてしまうと立場的に否定できないんだよね。」
ちらりとこちらを見て、呟く。
なので、まあ、せいぜい『御本人』登場を匂わして、君たちの『認識』に働きかけるくらいしかないんだな。
『設定』の上書きするのに読者の皆様の『認識』を利用するなんてスズハラ的にも本末転倒なんだけどね。
そういって、今度は先ほど使用していたスマートフォンを、振って見せた。
「このスマートホンに見覚えないかな。
具体的に言うと、キラキラダンゲロス殺人鬼の夜において『ポークカレー』という殺人鬼の
ポケットの中に入っていたもの――と同じ機種だったりする。匂わせ行為その2だ。」
僕はどちらかというと、そういう迂遠な手段を取るタイプなんだ。そういって微笑んだ。
「ああ、そうだ。協力をお願いする代わりといってはなんだけど、
少し『転校生』に関する「情報提供」でもしようか。
もちろん正誤の保証はしない。信じるか信じないかは君たちの勝手だ。ヒントは3つ。」
一つ目。
転校生は『報酬』を持ち返る際「『報酬』を死体にしなければいけない」というルールは別にない。
転校生は報酬を自分の世界に持ち帰る時に殺しているのではないか疑惑。
この真相はものすごく単純で
単に『報酬』が移動時の負荷に耐えられないから、死んでいるだけ
次元の狭間を超えるには相応の負荷がかかる。無限の防御力を備えている転校生なら
全く問題ないんだけど、普通の人間や並の魔人あたりでは耐え切れないんだ。」
「2つ目。転校生システムを利用している転校生が『報酬外の人間』を自身の世界に
連れ出すことはご法度だ。これは直感的に判ると思う。
『報酬』を餌に仕事をこなさせているのに自由に移動を許可してしまったらシステムが根底から崩れるからね。
これから現れる転校生たちはそのルールを守っている存在なのか、そこは注目してもいいかもしれない――――。」
「3つ目。上記の二つには特例が存在する。
例えば次元移動を可能とする能力者の存在。その手の能力保有者あれば今の世界から別の世界へと連れ出すことは可能だ。
鏡を触媒に異なる次元を行き来する『鏡介くん』とかが好例だね。
以上、3つ。この情報を使うか使わないか、どのように活用するかどうかは、君たちの自由だ。
君たちの中には僕の能力を過度に警戒する人たちもいるかもしれないが、安心したまえ
今回に限り、僕は君たちのサポーターだ。君たちの活躍を切に願い、応援しているよ。
そういい、女は席を立つ。
そして、鈴の音が鳴り、その赤き影は街の喧騒へと紛れていった。
その行方を追う者はいない。
―――――――――――――――――――――――――
それでは最後に仕切り直して今回の物語を終えることとしよう。
それは古今東西、常に見受けられる現象のリピート。
それは極めて単純な能力である。
『名探偵』がいるだけで『人が死ぬ』。
それは一輪の赤い薔薇がもたらす虐殺と凋落のドミノ。
スズハラ機関”十三仮面”上級戦士 にして
”虐殺”を司るスズハラ最強戦力。彼女の名は
”蠍座の名探偵”
未来探偵 紅蠍。
――――――――――――――――――――――――