1.
 考えてみれば、ウスッペラードさんのことをあまりわかっていない。
 そう思ったのは、兄と居間でテレビを眺めていたときだ。

 兄は「山乃端家」の長男で厳格な性格だけど、意外にも特撮番組が好きだ。
 特撮を見る時間は、私にとって兄といる唯一の時間になっていた。

 その日の放送で、テレビ画面の怪人がヒーローとともに人助けをした。
 もちろん脚本ありきのフィクションで、本当の出来事ではない。でも、その映像を見ながら、ふと兄が「これはもうすぐ退場かな」と呟いた。
 私は、どうして兄がそんなことを言ったのか気になった。

「兄さんはどうしてそう思ったの?」
「だって、悪役が良いことをしたら、それはもう悪役としての役目は使い果たしたってことだろ」

 兄は理路整然とした自説を主張した。昔からそういう人間だ。
 気まずかったのは、そのとき私の上着のポケットに、当のウスッペラードさんが隠れていたことだ。

 家族に内緒で怪人と仲良くなった。などと言ったら、生真面目な兄は卒倒するだろうか。
 ウスッペラードさんとは、よくゲームをしたり、キャッチボールをしたり、散歩をしたり部屋の掃除をしたりする仲だ。そして一緒に悪だくみをする。
 どんなものでも紙のようにしてしまうウスッペラードさんは、自分自身を紙のように折りたたんで鞄や上着のポケットに紛れ込む。
 このときも兄に隠れて、ウスッペラードさんは居間にいたのだ。

「……」

 しかし、それ以外の時間に何をしているか、殆ど何も知らないに等しい。

 おそらく本業は俳優だろう。でも、本人の口からそうだと聞いたことはない。いつ働いてるのか、どこに住んでるのかよく知らない。
 あとこのまえ、公園のベンチでカラスと喧嘩しているのも見かけた。もしかしたら縄張り争いをしてたのかもしれない。

「零人兄さん。優しい兄さんは、もし怪人を飼いたいって言ったら聞いてくれる?」
「それは面白い冗談だ。考えないといけないな」

 兄は至極真面目そうに眼鏡をクイと上げた。

「ひーちゃん。今度の日曜日空いてるか」
「どうしたの兄さん、いきなり何の話」

 兄がこのように切り出したとき、畏まって何なのだろうかと考えた。 

「実は今度会ってほしい人がいるんだ」
「えっ誰、どんな人?」
 もしかして恋人か。兄も年頃なのか。すわ婚約者かもしれないと思った。
 このいきなりのニュースにポケットの中のウスッペラードさんも気になったのか、思わず口を出した。

「マジかよ。気になるから詳細を教えてくれ」

 ウスッペラードさんは上着のポケットから顔だけ出した。私は慌ててウスッペラードさんをポケットに押し込んだ。幸い、兄は気づかなかったようだ。

「なんというかまあ……ひーちゃんの期待してる話では無いかもしれない。会ってみればわかるさ」

 そう聞いて少しだけ落胆した。

「え~なんだつまんねえの。なんかコミ言った事情の話か?」
「ああ、そうだ」

「山乃端家」は作られた家族だ。
 家族構成は現在、兄の山乃端零人と、「山乃端一人」である私、妹の山乃端二人の三人だ。それぞれに血の繋がりはない。

 おそらく、兄が紹介したい人というのは「山乃端家」案件だろう。決して楽しい話ではなさそうだ。

「うん。ちょっとだけ期待しとく」
「ああ。ちょっとだけ期待しておいてくれ」

 少なくとも俺はそれが正しいことだと信じている、と、兄はそう付け加えた。
 私は、夜の散歩のことを考えながら、兄の真っ直ぐな眼を見ていた。

「ところでひーちゃん、さっきから上着のポケットからはみ出してるペストマスクの怪人は誰かな?」
「私散歩行ってくるね」
「あっちょっと待ちなさい。外は危ないから」

 この日の散歩が、まさか下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカ砲を搭載した恐怖のメカソウスケとの戦いの始まりになるとは、この時は露ほども知らなかったんです。




◆ ◆ ◆
 電話が鳴る。
 だが、一度目の電話には出ない。
 コール音が鳴り止むと、男は携帯電話の履歴を確認し、今度は自分の方から電話をかけ始めた。
 相手はすぐに電話に出る。

『もしもし。折り返しありがとう。もし繋がらなかったらどうしようかと思ったよ』

 電話相手の軽薄な物言いに、男の方も、はは、という調子で笑う。
 暗闇の中で、男が一人で笑っている。

「やあ僕。調子はどうだい」

 男は携帯電話に向かって話しかける。

『驚いたね。そちらの番号を分かっているのに、それに対する言及はなしかい、僕』
「いまさらそんなことでは驚かないよ、僕」
『それもそうだね。どうやら”こちらの世界”の仙道ソウスケは随分と落ち着いた性格のようだね』

 電話相手の発言を理解しているのかいないのか、男は、はは、と笑って会話をする。

「お互い様だね。それで要件は?」
『同じ仙道ソウスケとして共同戦線を張らないか?』

 男は考える。
 これは、自分が複数張り巡らせたいくつもの策のうちの一つに過ぎない。
 上手くいけば「山乃端一人」を殺害出来る。上手くいかなければ代替案を実行に移すまでだ。
 だが、もし「山乃端一人」殺害案を優先させるとしても、同時にその後の「あらゆる願いをかなえるための大会」を開催させる策を進める必要がある。

「知っているだろう?「山乃端一人」の殺害と「あらゆる願いを叶える大会」の開催はイコールではない。むしろ彼女の死によって周辺が破滅的な戦闘状態に陥る可能性の方が高いんだ」
『もちろん知っているよ。だからこそ、点と点を結ぶ役割が必要不可欠だと思わないかい』

 つまり、「山乃端一人」の死と「願いを叶える大会」の開催は、同時になされるのが最も望ましい。

「ところで、鷹岡集一郎は見つかったかい?」
『あいにくと、まだこちらの世界に来たばかりでね』
「じゃあ僕は好きに動かせてもらうよ。ところでさっきから随分と立て込んでいるようだね?」

 鷹岡集一郎は「願いを叶える大会」に不可欠の人物だ。彼はエンタメ業界に深いパイプを有する。かつて東京都内で「願いを叶える大会」を開催した実績を持つ。この男なくして、今回の策は成り立たないといってもいい。
 現在彼の足取りはつかめていない。これまでそんな兆候はなかったが、いきなり行方が分からなくなった。

『わかるかい?実はちょうど戦闘が始まってしまったみたいでね。厄介な追手に追われてるんだ。後で掛けなおしてくれると助かる』
「じゃあそうしよう。それにしても、お互いに”僕”じゃあ、どちらがどちらかわからないな」

 鷹岡集一郎の確保。そして「山乃端一人」の殺害。
 それらを同時に為すには不確定の要素が多すぎる。
 ならば、方向性を定めてしまえばいい。
 男はそう考えた。

『君の言うとおりだ。なにせ僕は別の世界の仙道ソウスケだからね』
「お互い呼び名を分けようか」
『君はこれまで通り「仙道ソウスケ」で良いよ。僕はそうだな……』

 電話相手はしばし沈黙した後、再び応えた。

『「信頼」のソウスケ。エーデルワイス三人衆の中ではそう呼ばれてる。メカソウスケでも良いよ』




◇ ◇ ◇
「山乃端一人」にとって、ウスッペラードと共に夜の散歩に出掛けることは日課になっていた。

 その夜は「オリオン座がキレイだから」という理由で隅田川を目指すことにした。
 歩いて川までたどり着くと、怪人と少女はミニバンで川沿いを下った。
 夜の闇の中、周囲がやけに騒がしい。

「おお、「一人」さん。川沿いで喧嘩ですよ。今時珍しい」
「喋りながら運転すると事故しますよ」

 ミニバンを運転していたのは戦闘員Aだ。ウスッペラードは免許を持っていないため、戦闘員Aが運転することになった。「山乃端一人」は釈然としなかった。

「ペラードさんって自分で運転しないんですか?」
「うん、するよ?攻撃するときにな」

 怪人からの返答を聞いて、「山乃端一人」は、ウスッペラードさんは怪人なのだな、と少しだけ納得した。怪人は戦闘目的でしかミニバンを運転しないのだろう。

「おお、ペラード呼ばわりとは、天下のウスッペラードさんも「一人」さんには型無しですな。しかし、運転に関してはこの戦闘員Aが一番上手いですぞ」
「はいよ。ちゃんと前見て運転してねえ」

 戦闘員Aの冗談にウスッペラードは少し愉快そうに冗談めかして注意を促す。
 とはいえ、戦闘員Aの運転もまた決して安全とは言い難かったが。ちょうどその時、ミニバンの前に下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載したメカソウスケが飛び出した。

「ああっ!?」
「はは、僕は仙道ソウスゥ」

 仙道ソウスケはミニバンにぶつかり、口から血を吐きながら回転しながら勢いよく隅田川に落ちていった。なんかソースとか名乗ってた気がする。

 戦闘員Aは口をあんぐりと開け、ただその光景を見ていた。
 ミニバンは100mほど進んで停止した。戦闘員Aが泣きながら車をバックさせ始めた。

「ああこれはダメな奴だ。早く引き返して助けを呼ばないと」

「山乃端一人」もまた同乗者として救急車を呼ぼうと鞄の携帯を出そうとしたが、ウスッペラードに止められた。

「ちょっと待つんだ。ここは冷静にトドメを刺すべきだと思う」
「ウスッペラードさんっ!?」

 ウスッペラードは薄っぺらい。そのため、目撃者がいないのならここで確実に息の根を止めておいた方が悪人らしいのではないかと思い付いたのであろう。「山乃端一人」はそう想像した。
 とはいえ、流石にそれは倫理に悖る。

 倫理に悖るといえば、例えば人肉で拵えたケーキで対戦相手の精神に揺さぶりをかけるような行いだ。わざわざそんなことをする奴はこの世に居ないだろうが、よもやそんな奴がいるとしたら、そのような不埒な輩はおよそ倫理と呼べるものを持ち合わせないのだから、下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載していたとしても何らおかしくはない。

「アイツは川の方向から急に飛び出してきた。アレは……敵からの刺客か、もしくは当たり屋だ」
「そんなこと言ったって、ぺラードさん。一般人だったら救助しないと」
「下半身がキャタピラの一般人とか絶対に敵だろ」

 ウスッペラードの的確な指摘に「山乃端一人」は頷くしかなかった。確かに、下半身がキャタピラの一般人など見たことがない。それに両肩にバズーカ砲も乗ってた気がする。考えれば考えるほど人肉でデコったケーキを拵えて対戦相手を精神的に揺さぶりそうだ。もしくは当たり屋か。

 それにしても仙道ソウスケは仙道ソウスケなのだから「仙道ソウスケ」と文中でもそのようにはっきりと呼称せざるを得ないが、まさか、仙道ソウスケが下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した当たり屋だったとは。仙道……ソウスケ。

「でもあの眼……とても哀しい眼をしていた……」
「ああ……」

 罠かもしれないが、とりあえず「山乃端一人」たちは衝突地点まで引き返すことにした。彼らは人肉でケーキを拵えたりなどしないからだ。
 衝突地点では血まみれの仙道ソウスケが川に浮かんでいた。

 その周りには白いフードを纏った二人の不審者がいた。さらに白いフードの二人組は、三人の男女と向かい合っている。
 つまり数でいうと計5人の集団だった。彼らは額からビームを打ち合って喧嘩していた。

「見てください、ペラードさん。あの人たち、全然知らない人たちだけど喧嘩してる」
「本当だ。全く知らない人たちだけど喧嘩してるな。とりあえず怪人らしく首突っ込こもう」
「罠だったら倒すんですか、怪人らしく」
「逃げるに決まってるだろ。怪人らしくな」

 ウスッペラードと「山乃端一人」は血まみれで川に浮かぶ仙道ソウスケを無視して全然知らない5人の喧嘩を止めることにした。
 怪人と少女は車から降りて喧嘩をしている集団に近寄った。喧嘩をしている集団も気が付いたようだ。

「ああっ!?そこの一般人タチ!!ここに近寄ってはイケませン!非常に危ないデスヨ!」
「でもあの人たち、一般人って見た目じゃないね」
「確かにその通りですね。まさに「最強」ですね」

 みんなキャラが濃そうだった。

「ウスッペラードさん、ここにいる全員、キャラが妙に濃そうです」
「プップー!!」

 ウスッペラードが「山乃端一人」を抱えてサッとその場から離脱した。
 そのとき、戦闘員Aの運転するミニバンが川に突っ込んだ。

「ぎゃあああーーーーッ」

 仙道ソウスケだ。仙道ソウスケが下敷きになった。

「ウスッペラードさん!命令通りトドメを刺しました!!」
「うん……今度から周りに人がいるときはそれやっちゃダメよ」

 ウスッペラードは嘴をガパッと開くと、顔面がタコの触手のように展開した。

「とりあえず回収しとくか」
「『転校生ビーム』!」

 ウスッペラードが車ごと仙道ソウスケを捕食して証拠隠滅しようとしたとき、白いフードを被った不審者が額からビームを放出した。

「うわっ」

 転校生ビームはウスッペラードの肩を掠めた。

「ウスッペラードさんっ」
「大丈夫かすり傷だ」

 状況は混沌としていた。
「山乃端一人」は、見た目の怪しさから白いフードの二人と下半身がキャタピラになっていて両肩にバズーカ砲を搭載しながら川に沈んでいく男が、主に混沌の原因だと直感した。
 もしかしたら「山乃端一人」の命を狙う敵かもしれない。

 白いフードを被った不審者は抜刀した。

「女!名をなのれ!!もし我々の求める者であれば行幸というもの」
「あっ……敵っぽい」
「むっ……」

 この微妙な反応で、お互いがお互いに探し求める敵同士だと、確信的に直感することになった。
 微妙な反応のせいでその場の全員が「あっ……これ、山乃端一人がやって来た感じの流れだわ」と察するに至った。いわゆる非言語コミュニケーションというやつだ。

「さては貴様が山乃端一人だな。違っていたら御免」
「危ないっ」

 白いフードの不審者が刀を構えた。
 次の瞬間、白いフードの不審者が握る刀身に鎖が巻き付いた。

 鎖は三人の男女のうちの一人が投擲したもののようだ。白いフードの二人と対立しているようである。
 それは褐色肌で白い髪の少女だった。

「そこの貴方!状況が理解できるならさっさと逃げる!」

 どうやらこの三人の男女は「山乃端一人」の味方のようだ。
 この隙を突いて、ウスッペラードは川に沈んでいくミニバンを捕食することができた。
 顔面の触手が、ウネウネと金属製の車を取り込んでいく。

 この光景に、その場にいた一同は呆気に取られてしまった。

「嘘だろ……」
「ミニバンを……食ってる」
「ひいいいいいいい」

 あまりの情報量に全員が動けなくなっている間、「山乃端一人」は白いフードの二人と川に沈んでゆくメカソウスケの写真をバーストで撮りまくった。

「あっしまった」
「これで指名手配にしてやる」

 まずは敵をおびき出し、その正体を探る。
 ウスッペラードが提案した「夜の散歩作戦」は意外にも功を奏した結果になった。
 あとは写真をSNSで呼びかけて、この白いフードの集団のTwitterアカウントを停止してもらうだけだ。

 怪人が先ほど取り込んだミニバンを、紙にして口から吐き出す。
 それは触手の器用な手つきで、瞬く間に組み立てられ、妙にカクカクしたミニバンとなった。

「お前たち、今のうちに早くこのミニバンに乗れ」
「貴方たちも早く」

「山乃端一人」が三人の男女に咄嗟に手を差し伸べる。
 その手をつかんだのは、妙にもち肌の少女だ。ストリート系のファッションをしており、一瞬少年かとも思ったが、顔つきや表情から察するに女性である、と「山乃端一人」は判断した。

「ありがとう!信じてくれて!」
「逃がすと思うか」

 まずもち肌の少女がミニバンの中に入り込む。それを追うように、白いフードの不審者がミニバンの中に乱入した。


「一応名乗っておこう。おれはエーデルワイス三人衆の一人、名はゥ」
「戦闘員パンチ!!」

 白いフードの一人は戦闘員Aの全力パンチで肋骨を5回くらい殴られて悶絶する結果になった。

「第二話の敵キャラみたいな見た目しやがって。このままコイツも拉致してしまおう」
「早く!!発進します」

(そこのタコみたいな人。説明は後にしまっス。その触手を私に伸ばしてくだサイ)

 ふと、声が聞こえた。
 少女の頭の中に声が聞こえた。
 声が聞こえた方を振り向くと、日系外国人みたいな男性が、発進するミニバンに取り残されてしまっている。
 怪人にも声は聞こえたようだ。

 ミニバンはすでに動き出しており、日系男性からどんどん距離が離れて行く。

 日系外国人みたいな男性だけではない。先ほど「山乃端一人」を助けてくれた、褐色肌の白髪の少女もまた、白いフードの不審者一人と交戦中だ。

「早く!」

 日系男性が叫ぶ。
 怪人は反射的に手を差し出す。その手袋がはらりと落ちると、触手が伸びた。日系男性の手をつかみ取る。

 同時に、白いフードの不審者が、褐色肌の少女を袈裟切りにした。褐色肌の少女は手に持っていた鎖ごと切られて崩れ落ちる。

「ああっ」

 しかし、褐色肌の少女が最期の力でカッと目を見開くと、白フードを鎖で巻き取ってしまう。

「あっしまった」
「ジャックさん、これを」

 褐色肌の鎖使いの少女が日系男性に向けて何かを投げつける。
「山乃端一人」は確かに見た。それは銀時計だ。
「山乃端一人」が所持するものと同じ、銀時計である。

 鎖使いの褐色肌の少女はニヤリと笑うと、BAKUHATSUした。
 怪人は意に介さず、日系男性の回収を優先する。

「よくわからんけどこれでいいんだよなあ」
「ありがとうございまス」

 投げられた銀時計を、日系男性が確かに掴む。
 しかし、目の前で人がBAKUHATSUしたことに「山乃端一人」はショックを受けていた。

「え」
「大丈夫ですよ。いや、断じて大丈夫ではないですけど、あの人は大丈夫です」

 もち肌の少女が「山乃端一人」の肩を叩く。
 日系男性は怪人の触手に絡めとられながら、窓から上手くミニバンの中に入ることができた。日系男性は空中で褐色の少女から受け取った銀時計を差し出す。

 次の瞬間、日系男性が掴んだ銀時計が光り輝く。先ほどBAKUHATSUしたはずの褐色肌の少女がミニバンの中に再出現した。

「まあつまり、俺のはこういう能力だ」

 褐色肌の少女がややバツが悪そうに言った。
 日系男性と褐色肌の少女はウスッペラードに捕食された。

「モグモグ」
「わああああああああああ」




◆ ◆ ◆
 隅田川沿いで喧嘩していると通報を受けた警察官二人組がかけつけると、その場には朦々と煙が立ち込めていた。

「HEYHEYなんだYOこの有様は。隅田川花火TAIKAIにはまだ早すぎやしねぇKANA!?」

 警察官のBABAは立ち込める煙の原因がBA・KU・HA・TSU・BU・TSUのBAKUHATSUがGENN・INNであると即座に見抜いたYO。

 BABAは後輩にUNAGASU(促す)と、後輩警官のグリーン・フィンガーくんはパトカーの無線機でTSUSHINをはじめた。

「えー、こちらグリーン・フィンガー。隅田川のほとりにてBAKUHATSUを確認。隅田川花火大会には早すぎる模様。本部の応答願う。どうぞ」

 煙の中心地点には、白いフードの不審者が無傷で立っていた。

「あー……生存者1名を確認。本部」
「おいグリCHAN、まずは心配してあげるのが先だ。そこの白いフードの不審者さん。大丈夫DESUKA?」
「何をしている……信頼」

 無線機から雑音が流れる。

「なんだ。無線機から……」
『こちら信頼……無線機と携帯電話の違いを知っているかな?論理(ロゴス)、応答願う、どうぞ』

 川の方で何かが打ち上げられる音がした。BABAが振り向くと、そこには下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケが上陸していた。
 暗闇の中で、光るAGAINパジャマが光っている。最近のストリートファッションでは光るパジャマが流行っているのだ。

「ひいいいいいい」
「こいつサイボーグじゃねえか」
「無線機の場合、無線機同士で音声情報を電波に乗せるのに対して、携帯電話は基地局を介して通信する。無線機は電波さえ受け取れば複数人と連絡できるのに対して、携帯電話は基本的に一対一だ」

 白いフードの不審者は億劫そうに無線機からの通信に応えた。
 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケと、パトカーの無線機から同時に音声が流れる。

「概ね合ってるよ。ただね、無線機も携帯電話も、音声情報を電波でやり取りする点では変わりないんだ」
『だからやろうと思えば、こうして無線機の通信をジャックすることも可能というわけさ』

 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケは嬉しそうに笑う。その口元からは異様に尖った犬歯が覗いていた。

「怯えることはないよ」
「えっ」
「これから君も僕たちの仲間になるんだからね」

 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケはいきなりBABAの首筋に噛み付いた。
 そう、実は仙道ソウスケはヴァンパイアだったのだ。

 よくよく考えてみれば、人肉で拵えたウェディングケーキで他人の精神的動揺を誘うなどという行為は、いかにも下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のヴァンパイアがいかにもやりそうな行動だ。

「IYAAAAAAAA」
「はは、僕はね、実はただのサイボーグじゃない。ヴァンパイアサイボーグなんだ」
「AA……SONNNA……IYA……TA・SU・KE・TE……」

 BABAが助けを乞うと、下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケは噛み付くのを止めた。

「EE?」

 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケは、BABAの首筋に嬉しそうに軟膏を塗り始めた。
 だが、決してこれは助けようと思ってやったわけではない。

「はは、これはね。噛んだ跡が痒くなる薬を塗り込んでいるんだ」
「IYAAAAAAAAA!!!!」

 ヴァンパイアに痒くなる薬を塗られたBABAは首が痒くなってその場に倒れてしまった。
 空気を読んだグリーン・フィンガーが心配そうな感じを装ってBABAに駆け寄る。

「ちょっと先輩、大丈夫ですか。救急車呼びましょうか」
「GAAAAAAA!」

 BABAが起き上がると、彼の犬歯はヴァンパイアのように尖っていたYO。
 ヴァンパイアになったBABAはグリーン・フィンガーの首に痒くなる薬を塗り始めた。

「嫌ああああああ」

 首が痒くなったグリーン・フィンガーもまた暫くしてヴァンパイアとなって起き上がる。そのあまりにも凄惨な光景を見た、下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケは嬉しそうに首を掻き始めた。

「ハハ、ハハハハハ!良いぞ、君たちは街中の人間を痒くしてしまえ!」
「あまり巫山戯るなよ信頼。お前がやられたフリをしているせいで情勢(パトス)がさらわれたぞ」

 白フードは不愉快そうに下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケに近寄る。

「大丈夫。こんなこともあろうかと情熱(パトス)くんには発信機を付けておいたから」
「そんなことだろうと思っていたがな。だが忘れるなよ。英コトミは俺の手中にあることをな」

 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケが白フードを見る。その感情は読み取ることができない。

「大丈夫。分かっているよ。僕は信頼のソウスケだよ」
「ならば行け!!エーデルワイス三人衆が一人、信頼のソウスケよ!あの女が山乃端一人だ。お前のKOTOMIバズーカでSATSUGAIしてしまうのだ!」




2.
 山乃端零人は混迷とした状況に呆れていた。
 一行は現在、池袋の病院にいる。
 一行というと、これが混迷の原因だった。

 帰宅した妹は見知らぬ人物たちを数人連れていた。
 それが例のペストマスクの怪人だけならまだ良かった。しかし、「山乃端一人」が連れてきたのは、さらに三人の男女だ。

 日系南米人然としたいでたちの男性。
 褐色肌の鎖使いの少女。
 一見男性のようなストリート系ファッションに身を包んだ少女。

 彼ら彼女らは戦闘で負傷をしていた。
 さらには、捕虜が一人。
 いかにも第2話で敵キャラになりそうな見た目だ。

 自分が目を離したすきに何が起きたのか、想像に難くない。
 本来、「山乃端一人」を「山乃端家」の人物たちと引き合わせるのは日曜日のはずだったが、予定を早め、すぐさま池袋の病院に向かった。

 自宅にいた次女の山乃端二人も含め、一行は今、池袋にいる。

 これがどういう状況なのか、「山乃端一人」や怪人たちは完全には理解していないだろう。全てを把握しているのは、おそらく自分だけだ、と山乃端零人は考える。
 非は「山乃端一人」に勝手を許した自分にある。だが、それでも長男として妹に何か言葉をかけてやらないと気が済まなかった。
 たとえ血の繋がらぬ、偽りの家族だとしても。

 それがどんな言葉か、考えあぐねていた。

「とても心配したんだぞ」
「兄さん、ごめんなさい」

 そうではない。妹に謝ってほしかったわけではない。

「あの……」

 事態の行く末を見守っていた、日系男性が手を挙げた。確か名前は山居ジャックだったか。
 山居という姓に、山乃端零人は反応した。

「この人タチは悪くアリマセン。ワタシたちを助けてくれサイましタ」
「山居くん、だったか」
「あまり他人の家の事情に口を挟むものじゃないと思うけれど」

 山居ジャックの言葉を、褐色肌の少女、山乃端万魔が咎める。
 全身にジャラジャラした鎖を纏っているが、むしろ気になるのはその名前だ。

「とはいえ、ジャックさんの言う通りだ。俺たち……私たちは山乃端一人とその仲間たちに助けられた。相手は転校生だった。逃げられただけでも奇跡だ」
「最強ですね」

 無意味な合いの手を入れたのはストリート系ファッションに身を包んだ、妙にもち肌の少女だ。確か望月餅子とかいう名前だったと思う。

「最強の敵に出くわしたというのなら、なおさら私は許せない。この事態を招いた自分自身をだ」

 長男の山乃端零人は怒りのあまり半裸になり、腕を組んだ。
 三人には悪いが、今、彼らに口を挟まれると説明の順序が逆転する。
 ことは一刻を争う。話をややこしくさせないために、ここは自分自身が注目を集めることで話の主導権を握る必要があった。

「同じ「山乃端家」として、妹の私も同じ気持ち。正直、姉の気持ちが分からないわけじゃない。「山乃端一人」に課された役目の重さも理解してる」

 次女の山乃端二人は長男からやや距離を取りつつ、兄と同じ意見を口にする。
 山乃端零人はその場で腕立て伏せを始めた。鍛え上げられた筋肉が躍動し、一行の視線が自然と集まる。

「けどよ、言いたいのはそういう言葉じゃねえんだろ?」
「ウスッペラードさん」

 思わずさん付けで呼んでしまったが、コイツが一番よくわからない、と山乃端零人は思った。
 なんでテレビに出演してる怪人がこの場にいるのか。

「俺には家族ってのはよくわからねえ。それでもな、仲間と一緒に何かするときの気持ちはわかる。「山乃端一人」がお前たちをどう思っているのかも理解してるつもりだ」
「具体的に何をどう理解してるんだよ」

 山乃端零人はややキレ気味に食ってかかったが、ウスッペラードは嘴をニヤリと歪めて笑った。

「たとえ家にいても、敵は襲撃してくるんだろ?だったら「山乃端一人」を自宅に縛り付けたままにするのは得策じゃねえ。例え「山乃端一人」に課せられた制約があったとしても、だ。そうだろ?」
「!!」

 この怪人……思ったよりも状況を理解している。
 山乃端零人は弁当バースローイングをしながら嬉しそうに笑った。
 しかも、話の流れを修正しつつ、周りにもわかりやすく説明できるようさりげなく助け舟を出してくれている。……出来る!

「お前……意外といいやつなんだな」
「それは言うな!!」

 ウスッペラードが急にキレたので、山乃端零人は舌打ちした。
 そこで「山乃端一人」が口をはさむ。

「兄さん、そして二人。私はもう自分の置かれた状況を悲観していない。何が正しいかはわからないけど、自分のために自分の出来ることをやっていくつもり。それがたとえ約束に背くことだとしても」

 彼女の表情に、兄である山乃端零人はもも上げを始めた。
 この光景に山乃端二人も笑う。

「問題は、誰が味方で誰が敵か、でしょ?」

 ウスッペラードは頷いた。

「オレは悪いやつの味方、つまり「山乃端一人」の味方だ」
「私もそのつもり」

 山乃端二人も頷く。
 釣られるように、三人の男女、山居ジャック、山乃端万魔、望月餅子も頷いた。

(みんな味方ですヨ)
「俺も味方だ」
「私も最強の味方です」

 なんで山居ジャックがわざわざテレパシーで伝えたのかは全く分からなかったが、彼らの応えに山乃端零人も頷いた。

「兄として礼を言う。ありがとう」

 山乃端零人はさっきからめちゃくちゃ居心地が悪そうにしている白いフードの捕虜(いかにも第2話で敵キャラになりそうなやつ)を睨んだ。

「コイツは敵だな」
「えっ」
「じゃあオレが食っとくわ」

 白いフードの捕虜はウスッペラードに捕食された。
 山乃端零人は「山乃端一人」に向き直った。

「さて、順番が逆になってしまったな。だが結果としては問題ないか。実はな、「一人」。本来ならお前を守ってくれる、新しい”味方”を紹介する手筈だったんだ」
「えっそれって」

 山乃端零人は頷くと、三人の男女を指さした。
 山居ジャック、山乃端万魔、望月餅子の三人だ。

「お前と会ったのは全くの偶然だったのだがな。彼らが、「山乃端一人」を守るために別の世界から呼び寄せた助っ人なんだ」
「ヨロシクナオネガイシマス」
「よろしくお願いします」
「よろしくです。最強」

 その時、室内に車いすの老人が入ってきた。

「きみが……「山乃端一人」かい」

 老人は60から70代くらいの見た目だろうか。どこを見ているのかわからない目つきは、しかし、はっきりと目の前にいる少女に向けられていた。

「誰?このじいさん」
「重要人物だよ。彼の存在が無ければ、三人の助っ人を別世界から呼び寄せることは出来なかった。「鏡助」とコネを持つのは、「山乃端家」では彼ただ一人だからね」

 山乃端零人はプランクをしながら老人に挨拶をする。
 この老人は零人の直系の祖父にあたる。だが、「山乃端一人」との面識はない。

「よくわからんな」
「正確にはもう「山乃端家」の人間ではないんだ。「山乃端家」は東京のいくつかの名家が人員を出し合って構成される。彼はその中のひとつである山居家の現当主だ」

 山居家は「山乃端家」を構成する東京名家のうちの一つだ。
 山居ジャック自身は別世界の人間なので、関係はないだろうが、いわゆるパラレルの存在といえる。

「山居集一郎という」




◆ ◆ ◆
 鷹岡集一郎はまだ見つからない。
 もしかしたら名前を変えているのかもしれない、と仙道ソウスケは考える。

 そもそも鷹岡集一郎という名前自体が偽名の可能性もある。本当の名前は別にあるかもしれない。

 とはいえ、見つからないなら見つからないで打つ手はある。
 目的は「願いを叶える大会」の開催であり、鷹岡集一郎の身柄の確保それ自体ではない。
 作戦の実行は自分のコピーがやってくれるだろう。

 仙道ソウスケは慌てていない。
 役者は揃いきった。すでに「山乃端一人」がどこにいるのかも把握している。
 やろうと思えば、いつでも殺せるだろう。
 厄介な護衛が何人かいるが、纏めて殺してしまえばいいだけだ。

 だが、今ではない。

「じゃあ、プランAを続行しようか」

 今すべきことは「鏡助」を動かすことだ。




◇ ◇ ◇
「山乃端一人」たちは病院を出て、池袋の街を歩いていた。
 彼女は昔から池袋が好きだった。

 池袋の街は三つの地域に分かれている。富裕層の住む地区、池袋モンパルナスを起源に持つ芸術・文化地区、そして戦後闇市から発展した地下商業地区だ。

 彼らが今いるのは比較的富裕層の多い池袋の中心地区だ。
 かつてここに大型商業施設を建設する計画があったそうだが、今現在においてもそれは実行に移されていない。

 件の老人は、やたらと嬉しそうに「山乃端一人」の手を握っている。
 だが、この老人のことを、「山乃端一人」は知らなかった。

「やあ「一人」。とても会いたかったよ。久しぶりだね」
「えっと、山居さんですか?すみません、会ったことありましたっけ」
「君としたことが、忘れたかい?」

 老人は一瞬停止すると、ごまかすように笑った。

「僕は集一郎だよ」

 山乃端零人は周囲の人間に山居集一郎を紹介する。

「まあ……見ての通りだ。かなり年のせいか、かなり曖昧になっていてね。だけど、この人が唯一「鏡助」とパイプを持ち、別の世界から味方を募ることができる人物なんだ」
「その鏡助ってのは?」

 怪人が尋ねると、山居ジャックが答えた。

「鏡助さんはワタシタチをこの世界に連れてきた人デス」
「そうなのか」

 ウスッペラードは至極興味なさそうに返事をした。
「山乃端一人」は目の前の老人をもう一度見る。
 すでに物事の判別がつかないようだが、それでも物腰や態度に気品のようなものがある。
 老人は相変わらず笑っていた。

「この人はな、以前に「山乃端家」を勤めていたんだ。何代に前になるかは俺も知らないけどね」

 山乃端零人がアームカールをしながら説明する。
「山乃端一人」は理解した。この山居老は、自分のことを何代か前の「山乃端一人」だと勘違いしているのだと。

「要するにボケてんのか、その爺さん」
「大丈夫だよ、君を害しようとするものは誰も近づかせないから」

 山居老はまた笑った。

「通常のアルツハイマーとは違うらしいけどね。記憶にあたる部分が機能しなくなって、ずっと過去の記憶をみているような状態らしい」
「こんな爺さんに頼らないといけないなんて、アンタらも大変だな」

「山乃端一人」はふと、ビルのテレビに映し出された映像を見た。
 そこには仙道ソウスケの姿が映し出されていた。

「ええ……」
『やあ麗しき日本国民のお歴々。元気にしてるかな?僕は仙道ソウスケ。今日は東京中のテレビをジャックして挨拶をしているよ』

 その発言に一瞬、みんなは山居ジャックさんを見ようと思ったが、空気を読んで街灯のテレビ画面を見続けることにした。
 街中の全員がヤバいやつを見る目でテレビを見ていた。テレビの中の仙道ソウスケはニュースキャスターの格好をしていた。

『こうしてみんなに伝えたかったのはね、他でもない。C3バトル大会の開催を宣言したかったんだよね。鷹岡集一郎に代わって、ねえ?』

 この発言に、街中の人々が騒ついた。
「C3バトルだって!?」「それは本当か?」「鷹岡秀一郎って誰!?」などと、さまざまな声が聞こえて来る。

『C3バトルというのは、遠隔通信を介して行われる、「願いを叶えるための大会」さ。C3ステーションが用意した仮想世界で戦って、一番強い奴を決める。優勝者は叶えたい願いをなんでも叶えられる。簡単だろ?』

 このとき、街中をヴァンパイアが襲い始めた。下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケが、人々の首筋に順調に痒くなる薬を塗っていっていたのだ。

「何考えてるんだこの馬鹿」
『僕の目的はただ一つ。「英コトミ」の復活だ。もちろん、これは、この場でこの事実を明らかにするリスクを踏まえた上での発言と思ってくれて良い』

「ああああ痒いよお」
「首がああああ」
「嫌ああああああ」

『賢明な鷹岡氏なら、きっとすばらしい判断をしてくれると思う。じゃあね』

 テレビ画面から仙道ソウスケが消え、代わりに山下翔太アナウンサーがニュースで謝罪をし始めた。

「そんなことより、このままだと街中が痒くされてしまう」
「クソっ!ヴァンパイアなんて一体どうすれば良いんだ」

 このとき、ヴァンパイアの群れを掻き分けて、下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケが牙を剥き出しにして現れた。

「はは、この僕から逃げられるとでも思ったのかな」
「厄介な奴がきやがったな」
「ちょっと待ってくだサイ!」

 日系男性の山居ジャックが叫ぶ。
 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケは興味深そうに山居ジャックを見つめた。

「君は確か、僕たちエーデルワイス三人衆と同じように、別世界から来た人間だね。どうしたのかな。君も光るAGAINパジャマが欲しいのかな」
「貴方の目的はたった今聞きました!キット私タチは協力ができる筈ナデス!」
「良い返事だね。じゃあ君は具体的に何ができるのかな」

 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケ。

「山乃端一人さんの命を奪うことはKOTOMIさんも望むことではないはずです」
「ああ、感情による説得は意味をなさないよ。なぜなら今は「君たちが僕の目的に対してどう協力できるか」論理的な回答を求めているんからね」

 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケ。下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケ。
 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケ。

 そのとき、前に出たのは山乃端万魔だ。

「要するにお前はバズーカに改造されてしまったKOTOMIを鷹岡集一郎とかいうバズーカ専門家に元に戻してもらいたいんだろ」
「違いますけど」

 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケ。

「はは、中々面白い話をしているね。僕も混ぜてくれるかな」

「山乃端一人」は声の聞こえた方を振り向いた。
 そこには下半身をキャタピラに改造していない仙道ソウスケがナイフを持って立っていた。
 下半身をキャタピラに改造してない仙道ソウスケの握るナイフは、集一郎おじいさんに突きつけられていた。

「やあ、僕の名前は仙道ソウスケ。だけど君たちは知っているよね?」
「そんな馬鹿な、仙道ソウスケが下半身をキャタピラに改造していないなんて」
「はは、そういうタイプのソウスケもいるということさ。言っておくけどレアキャラだよ」

 仙道ソウスケが二人いることについては、「山乃端一人」はそこまで驚かなかったが、仙道ソウスケが下半身をキャタピラに改造してないことについては強いショックを受けた。
 下半身をキャタピラに改造してない仙道ソウスケは、見せびらかすように、ナイフを集一郎に突き付けた。

「チェックメイトかな。爺さん、殺されたくなかったら、鏡助の身柄を差し出してくれ」
「プップー!」

 ウスッペラードが咄嗟に「山乃端一人」を抱えてその場から離脱した。
 次の瞬間、ミニバンが突っ込んできた。

「ぎゃああああああああ」

 下半身だ。下半身をキャタピラに改造してない方の仙道メカソウスケがミニバンに跳ねられた。
 下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケは口から血を吐きながら道路に転がった。

「ウスッペラードさん!トドメを刺せてなくてすみません!」

 ミニバンから出てきたのは戦闘員Aだ。

「人がいるときにそれやったらダメだって言ったでしょ」
「へっすみませんね」

 戦闘員Aはウスッペラードと無言でハイタッチをした。




◆ ◆ ◆
 コピーは失敗したようだ。
 まさかこんなところで奴の介入があるとは思っていなかった。

 だが、まだ手が残っていないわけではない。
 むしろ、全て順調だ。

 鷹岡集一郎の所在は把握した。こちらは彼から鏡助なる転校生を引き出せばいい。

 それに、まだこちらには山居という切り札がいる。
 万魔や望月は把握していない事実だが、山居家はこちらの手札だ。
 無論、山居直助の養子であるジャックもまたこちらの身内だ。

 先ほどもテレパスを通じてジャックと会話をした。
 彼は優秀だ。裏でことを運んでくれている。

 なんでもしてやろう。




◇ ◇ ◇
 室内に逃げ込んだのは得策ではなかったかもしれない。

 下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケはいつの間にか居なくなっていた。
 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケは半狂乱になって街中に火を放ち始めた。

「ねえ「一人」……安心していいよ」

 山居集一郎が「山乃端一人」に声をかける。
 その猫なで声は、山乃端万魔の神経を逆撫でした。

 山乃端万魔は異世界から鏡助に連れてこられた彼の協力者だ。
 しかし、この世界の「山乃端一人」のことはよく知らない。むしろ他人だといってもいい。望月餅子や山居ジャックにしても同じ立場だろう。
 彼女は、自分たちのいた世界の山乃端一人とは別人だ。

 それでも鏡助の呼びかけに応じたのは、「山乃端一人を守りたい」という考えに多少なりとも共感したからだ。
 だから、この場にいる全員が同じ思いだと強く信じていた。

(ジャック、そっちは無事か)
(大丈夫でス。望月さんと一緒にいまス)
(最強です)

 テレパシーを通じて山居ジャックから連絡がある。万魔は少しホッとした。
 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケが街中に火を放ったせいで、一部の仲間とはぐれてしまったのだ。

(どうにかして、あの下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケを止められナイでしょうか)
(説得手段はないと思うけどね)
(最強です。でも、下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケは、鏡助の存在を求めてましたよね)

 最強の人がテレパシーに介入してくる。だが、その指摘はもっともだった。

(つまり、鏡助をあの下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケの前に差し出せば、この放火は止まるってこと?)
(あたしたち自身は鏡助さんと会う手段を知らされていません。だけど、可能性は十分ありますよね)

 それは危険な賭けだ。
 万魔は山居集一郎を見た。

 山居集一郎は相変わらず曖昧で、ずっと「山乃端一人」に話しかけている。
 その「山乃端一人」の横で、ウスッペラードとかいう怪人が火を怖がって震えていた。

「ちくしょおこんな状況、何一つ安心できねえぜ」
「ちょっと、ウスッペラードさん、ちょっといいか」

 万魔は怯える怪人に話しかける。
 こんな奴でも、意外と使える奴だ。いなくては困る。

「なんだよ。ここから逃げる算段か?」
「そうじゃない。この山居集一郎とかいう老人を説得して、なんとか鏡助さんをあの下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケの前に差し出したい」

 この怪人もまた、「山乃端一人を守る」という意志があるから彼女と一緒にいるはずだ。
 ならばこの老人は?きっと同じはずだ。

「奴がテレビで言ってたナントカいう大会のことか?そんなもん実現可能なのか?」
「俺がいた世界では奴が言うC3バトルというのと全く同じ大会が不定期に開催されていた。人と技術さえあれば可能なのだろう」

 万魔が言ったことは事実だ。
 彼女が元居た世界では、確かに鷹岡集一郎という人物がいて、彼は多次元にわたるトーナメントを開催していた。
 問題は、「願いをかなえるための大会」なるものがあったかどうかだが。そればかりは自信がない。

 怪人は「山乃端一人」に向き直った。

「なあ、同じ「山乃端一人」として、このおじいちゃんのこと説得できる?」
「今日あったばかりの人ですよ。やってみますけど」

「山乃端一人」は山居集一郎に呼びかけてみた。
 やはり、山居集一郎は反応自体はする。が、目の前の「山乃端一人」のことは、過去の「一人」のことだと勘違いしている。

「えっと、山居さん?鏡助さんのこと出していただけませんか?」
「うん。君は大丈夫だから」

 やはり、駄目なようだ。
 目の前の老人は、ただ笑っているだけだ。
 怪人は老人に触手を伸ばした。

「爺さんさ、アンタ、そうやって前の「山乃端一人」にも同じこと言ってたのか?」
「ウスッペラードさん」
「都合の悪いこと誤魔化してさ、悪い奴だよなアンタも」

 老人はただ笑う。
 そこに感情は篭っていない。
 怪人は老人に食って掛かる。

「ああそうさ。悪事ってのは他人と楽しむもんなんだよ。オレはそこがわかってなかったんだ。だから失敗した。ただ自分だけが楽しんでただけだ」
「……」
「そんなもんで、アンタは楽しいのか?」

 万魔は考える。
 この状況は何かがおかしい。仙道ソウスケの行動が少しずれている。
 本当に「願いを叶える大会」の開催が目的なら、街中に火を放つ行動はむしろマイナスに働くはずだ。ただのテロ。それは仮に大会が開催されたとしても、参加資格を剥奪されかねない行為だ。

(下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケの目的は、「願いを叶える大会」の開催ではない?)

「この状況を楽しんでるかって?」

 火の中から、男が現れた。
 仙道ソウスケだ。
 下半身をキャタピラに改造してない。その体は重度の火傷を負っていた。

「案外楽しんでいるよ。こんなでもね」
「お前、生きていたのか」
「あいにくと、体中のあちこちを元々補強していてね。だけど、もう戦えないかな。これは本当だよ」

 下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケは倒れるように壁にもたれかかった。

「楽しいんだよ。KOTOMIが生き返った後のことを考えるとすごく楽しい。何だってしてやるさ。そして何度でもやってやるんだ。過去も現在も、そしてこれからも何度でもね」
「この放火は下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケの暴走か?」

 万魔が尋ねると、下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケはSOUSUKEと頷いたYO。

 YEAR。

「後悔はないのか?」
「後悔だって?なんで?みんなが願いをかなえようとしているのに、僕だけ願いが叶えられないことの方が、むしろ後悔と言えるんじゃないかな?」

 下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケ。

「なあ!?そういうのは不平等なんじゃないか?」
「だけど……後悔はきっとあるよ」

 口を挟んだのは、老人だった。
 山居集一郎だ。

「爺さん」
「何でもしてきた。「山乃端一人」を守るためにね。元々褒められるような人間じゃなかったけど、「山乃端一人」の家族になってからはもっとひどいことをしたよ。それ自体に後悔はない。断言できるよ」
「爺さん、急に出しゃばりだしたな」
「彼女をまもること以外のすべてがどうでもよかった。だけど、彼女は僕に守られたかったわけじゃない」

 老人の目は「山乃端一人」を見ていた。
 さっきからずっと彼女を見ている。

「前よりももっと、彼女のことを考えるようになったよ。なんでそんな簡単なことがわからなかったんだろうね。いつのまにか自分よりも彼女の人生を優先するようになった」
「……はは、何を言ってるんだ」
「いつの間にか、自分のためには動けなくなったんだ」
「だからこそ、じゃないか。そんな疑問、抱く必要すらないよ。KOTOMIに会うためなら、何度でも」
「そうだね……「一人」に会えるなら、何度でも」

 万魔はよくわからなかったが、狂人と老人の間でしか成立しない会話もあるようだ。
 いつの間にか老人は泣いていた。今の会話に泣く要素とかあったんだろうか。

「ねえ……下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケさんさ。あんた会話が成立するみたいだから、とりあえずこの爺さんのこと説得してくれない?」
「私からもお願いします」

 ウスッペラードと「山乃端一人」は頭を下げた。
 下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケは頷いた。

「なあ、聞こえるだろ。「山居集一郎」さん。さっきの続きだ。鏡助との連絡先を知ってるのはアンタしかいないんだ。頼むよ」
「聞こえていたよ。仕方がないね」

 老人は懐から携帯電話を取り出した。
 非常に古びた携帯電話だ。

 下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケは携帯電話から電話をかけた。

「もしもし、仙道ソウスケです」
『もしもし、鏡助です。君か』

 電話主は簡潔に話す。

「単刀直入に言おう。C3バトルを開催してくれ。変則的な1回だけでいい」
『俺が君の要求を聞き入れるメリットは?』
「今後一切「山乃端一人」には手を出さないと誓おう」

 ソウスケ。ソウスケソウスケソウスケ。下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケ。
 改造してない方の仙道ソウスケ。ソウスケ。

 改造してない方の仙道ソウスケ。下半身。

「承知した。鏡の中に別世界を作り、そこで君たちを戦わせる。それだけなら鷹岡集一郎なしでも戦闘状況を成立させられる。いいな?』
「いや、戦うのは下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケだ。」
『なんて?』

 下半身無改造ソウスケは鏡助の疑問を無視して発言を続けた。
 そういうところがダメなんだと万魔は思った。

「あと、どうしても聞き入れてほしいルールがあるんだ」




3.
 もうすぐ願いが叶う。
「山乃端一人」を守る護衛たちは、こちらの本当の狙いに気が付いていない。
 彼らが今まで会話していたのは、仙道ソウスケのコピーに過ぎない。

 携帯電話と人間の合いの子である自分は、その能力で携帯電話を作り出せる。
 つまり、自分のコピーも作成可能なのだ。

 時が来れば、
「山乃端一人」を殺害する。




◇ ◇ ◇
 望月餅子は燃え盛る火焔の中、山居ジャックとともに下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケの猛追から逃げていた。

(万魔さん、みなさん、聞こえますか?)

 ジャックのテレパシーが届かなくなっている。ジャックの能力の射程距離は10メートル。10メートル内に近付かなければテレパシーによる会話ができない。

「どこだ、ニンゲン共、かゆくなる薬を塗ってやるううううう」

 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケは完全にキャラが壊れていた。望月餅子はもう「最強」とか言ってる場合ではなかった。

「さすが、ひーちゃんの敵。最強ですね」
「そこか!」

 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケは餅子に噛みつこうとした。その行いに同じストリート系ファッションを好む元特有の共感が完全になかったと断言できるか。
 だが、下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケの牙は、餅子の構えるスコップに阻まれる結果となった。

「説得パンチ!」

 平和主義者の山居ジャックの熱い説得を受けた、下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケは口から血を吐いて床に倒れた。

「KOTOMIIIIII」
「こいつ、これほどまでにKOTOMIバズーカさんのことを」

 餅子は思う。この世界のひーちゃんはひーちゃんではない。
 それはこの世界にきて、彼女に会って、実感として理解した。
 だけど、彼女のことを「ひーちゃん」とそう呼ぶ人たちは存在する。

 だからこそ、ひーちゃんを害そうとする、目の前の下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケを止めないといけないと思う。

「はっはー!!だからどうしたって言うんですか!!あなたは、この『最強』のあたしと『最強』の仲間が絶対に足止めします!!それはもうべったりと!」
「餅子さん!」
「お前みたいな奴は、ひーちゃんに指一本も近づけさせやしません!!」

「聞こえるか!?山居ジャック!!聞こえたら返事をしろ!!」

 そのとき、遠くから声が聞こえた。

(聞こえマス!)

 ジャックはすぐさま返事をする。
 彼のテレパシー能力は割合に応用が利き、携帯や無線などと違い、話をするグループや対象を自由に絞ることができる。ただし、そのためにはジャック自身から話しかけないと発動しない。

「貴様らあ誰と話をしている」

 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケはその能力で携帯電話を作成すると勢いよく投げつけ始めた。

(俺はヴォルデモドア!伝説のまほうつかいだ!!)
(マジで誰!?)
(安心しろ、ヴォルデモドアはみんなの心の味方だぜ。信じてくれ)

 一切信用できなかったが、下半身をキャタピラに改造してる奴よりは信用できそうなので、とりあえずまあ信用することにした。

(いいか、今は時間が惜しい。奴を完全に止める策がある。今から合図をするから、ある物を受け取ってくれ)
(それハ、信じても大丈夫デスか?)

 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケの携帯投擲攻撃は意外にも厄介で、頭に当たるとわりと痛かった。

(少なくとも、俺は「山乃端一人」を守りたい。信じてくれ!)
(アッ……ハイ。わかりました)

 次の瞬間、下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケが昔のショルダーサイズの携帯を生成した。

「あんなものぶつけられたらタンコブが出来ちゃいますよ」
「まだデス。必ず合図がある筈デスよ!」

 そのとき、下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケのちょうど目の前で、燃え盛る壁を突き破って半裸のプロレスラーが突っ込んできた。プロレスラーは蛇のマスクを被っていた。

「今だお前たち!!」
「あっ……貴方がヴォルデモドアさんネー!」

 ヴォルデモドアが下半身キャタピスケにタックルすると、下半身キャタピスケはヴォルデモドアにチョップを仕掛け始めた。

「くらえジェントルマンチョップ!!」
「違うぞ!ソウスケ!お前のはウィンガーディアム・レビオサーだ!」

 ヴォルデモドアはジェントルマンチョップをものともせず、下半身キャスケにアタックを仕掛ける。

「うおおおおお」
「私のはレビオーサーパンチ!」

 ヴォルデモドアの熱いテレフォンパンチが下半身キャスケのジェントルマンチョップを破壊した。

「ぐあああああ」
「これが……最強……」

 餅子はヴォルデモドアの熱い思いに感銘を受けた。
 よくみれば彼の全身には鎖が巻かれている。その鎖には見覚えがあった。
 それは山乃端万魔の鎖だ。

「まさか、ヴォルデモドアの正体は万魔ちゃんなの!?」
「いいえ、全然ちがう。彼は伝説の魔法使いだ」

 壁の向こうから山乃端万魔が現れた。




◇ ◇ ◇
 山乃端零人は全てを目撃した。
 全員が、「山乃端一人」を守るという意志で結束した全員が、その場の信頼だけで全てをなす瞬間を。

 まず、ヴォルデモドアが全力で下半身スケを足止めする。
 当然、無能力者であるヴォルデモドアには下半身スケは止められない。だが、時間稼ぎにはなる。

 そして、山乃端万魔が鎖を辿り、現場まで現れる。
 紙の体のウスッペラードには出来ないことだ。

「貴様らぁああああああ」

 スケは叫ぶ(コイツは仙道ソウスケなのか?)。
 スケが叫びながら万魔に襲い掛かる。

 だが、万魔はポケットから髪を取り出した。
 それは紙飛行機のように折り畳まれている。

 山乃端万魔が紙飛行機を投げた。

 紙飛行機は望月餅子の元へ届く。
 彼女は即座に理解したようだ。あるいは既に山居ジャックを通して、何をすべきかを理解していたのかもしれない。

 兎に角、紙は餅子の元へ。餅子のもち肌は1秒間のみ全てを吸着する。
 そう、吸着する。なんでもだ。

 例え元が大量の水であろうと、紙にして餅子の肌で吸着してしまえば、あたかも立てかけられた鏡のように、その場に現れ出る。

 考えてみれば、紙であるウスッペラードが火事の時に備えて、水を持っていないはずはないのだ。

 今、それは1秒間だけの鏡として機能した。
 1秒間だけで十分だ。

 鏡には、男が映し出されていた。

『【虚堂懸鏡(きょどうけんきょう)】』

 鏡介の魔人能力発動。
 その場にいた全員が、鏡の世界へ送り込まれた。




◆ ◆ ◆
 もうまもなくだ。
 確実に作戦は進んでいる。




◇ ◇ ◇
 下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケが、C3バトルを行うにあたって鏡介に提示した条件。それは、「戦闘終了時に全ての肉体ダメージを回復する」というものだった。

「おそらくこれでメカソウスケは止まる筈だよ」

 ウスッペラードさんは、未だに怪しそうに下半身をキャタピラに改造してない方の仙道ソウスケを見ている。
 私、「山乃端一人」は、その行く末を見守っていた。

「C3バトルってのがよくわかんねえけどさあ、鏡の中での戦闘は必須なんだろ?そこは大丈夫かよ?」
「大丈夫だよ。彼は必ず棄権する。」

 ソウスケは、はは、と笑った。

「信じて欲しい。僕はあの仙道ソウスケだよ?」
「どの仙道ソウスケだよ」


◆ ◆ ◆
 成った。
 計画は成った。

 仙道ソウスケは鏡の世界で、軽薄に笑う。

 目の前には、山乃端零人、山居ジャック、望月餅子、山乃端万魔。
 ウスッペラードと「山乃端一人」がいないことは計算外だが、まあいい。

 どうやらこちらの世界の自分は上手く事を運んでくれたようだ。

「はは!ははははは!」
「こいつ、何を笑ってやがる」

 仙道ソウスケは、対戦相手を無視して、両肩に搭載したKOTOMIバズーカを発射する。

「うおおおおおKOTOMIバズーカ」

 KOTOMIバズーカはメカコトミに変形した。

「ちょっとソウスケ、これはどういう状況なの」

 メカコトミは死亡した英コトミの脳をサイボーグの体に移植したメカだ。
 コトミの死亡後、ありとあらゆる手段でその復活を試みたうちの一つの成果である。
 もちろん、バズーカ砲でうち殺されるのが嫌なので、今まで起動しなかったが、C3バトルにおける「戦闘終了後肉体ダメージ修復」の制約があるなら話は別だ。

 今まで、あらゆる手段を試し、最終的に下半身をキャタピラに改造したヴァンパイアにまでなってしまったが、おかげで少しは楽しめた。

「いろんな言葉を想像したけどさ、初めに言うことがそれ?」

 はは、コトミは面白いなあ、とソウスケは笑った。
 コトミは状況を理解できてないようだ。

「ねえ、聞いてコトミ。僕は今まで、ずっとコトミが復活した時のことを考えた」
「はあ……?」
「だけどね、違ったんだ。コトミが何を言うかじゃあない。僕がコトミになんて言葉をかけるかが、ずっと大事なんだって思ったんだ」

 この戦いで負った肉体ダメージは修復される。
 それは、戦闘前に負っていた傷も同じだ。
 過去のC3バトルにおいても、元々片腕の無かった選手が、戦闘終了後に五体満足となるケースも確認済みだ。

「だから、これはどういうこと」
「おかえり、コトミ」
「??ただいま、ソウスケ」

 鏡助が近づく。

「それは棄権の意思表示と見なしていいな、AGAINよ」
「うん。コトミは戦闘後に元に戻してくれるんだよね?」
「無論だ。出口は別に用意してある」

 鏡助が指さした方には、光り輝く扉が待ち構えていた。
 十中八九、自分たちが元居た世界に強制送還するためのゲートだろう。

「いいのか?例の「転校生」が黙ってないだろ?」
「彼のことは君たちに任せるよ。あと、お願いがあるんだけどいいかな?」




◆ ◆ ◆
 成った。
 計画は成ったはずだ。
 なのに、どうして。

「山乃端一人」を殺害した。その護衛も全員殺した。

 C3バトルも開催され、優勝し、願いをかなえた。
 だけど、終わっていない。

 そもそも、コトミが第三者にねらわれた状況がおかしい。
 情報は完全に制御されていたはずだ。仙道ソウスケを利用するにあたって、英コトミがその重要なカギとなることは、この世界のだれ一人として知りえなかったはずだ。

 考えられるとしたら、それを知っている者は、この世界の人間ではない。

「なあ、どうしてかな、鷹岡集一郎」

 答えはない。

「そうか、「転校生」が……全部、僕を利用するために」

 答えはない。

「つまり、このままコトミをただ生き返らせても、いずれまたコトミは「転校生」に狙われる」

 考えろ。
「転校生」の目的は、英コトミの社会的人質を餌に、仙道ソウスケを意のままに操ることだった。
 ならば、「転校生」にとって、この世界の仙道ソウスケの利用価値を失くしてしまえばいい。

「そういうことかよ」

 目の前のペストマスクの怪人が呟く。

「ずっと疑問だったんだ。メカソウスケが来る前は誰が「山乃端一人」を狙ってたのかってな」
「鷹岡集一郎、願いを変更してほしい」
「つまり、全て逆だったわけだ。「山乃端家」が狙われていたわけじゃねえ」
「英コトミを10歳の年齢に、「山乃端一人」として蘇生させてくれ」

 鷹岡は頷いた。

「お前は「山乃端家」から、ずっと守ってきたわけだ。」

 山居ジャックは死んだ。
 山乃端万魔も。
 望月餅子も。
 少なくとも、この世界にはもういない。
 パラレルワールドでは生きているかもしれないが。

 これからは、この仙道ソウスケが「山乃端家」として、真の「山乃端家」である東京名家から、英コトミ……いや、「山乃端一人」を守り抜く。
 山居家にはまだ利用価値がある。

「英コトミが「山乃端一人」の呪いから解放された後も、ずっとか?」
「ウスッペラードさん、どういうことですか」
「おお、餅子ちゃんとやら。帰ったか。」

 望月餅子が生きていた?

「餅子ちゃん、携帯電話の発明っていつかわかるか?」
「えっ?1970年代くらいじゃないですかね?」

 不正解だ。
 携帯電話の発明は、1950年代だ。
 少なくとも、この世界では。



◇ ◇ ◇
「要するにさ」

 ウスッペラードはなるべく軽快に見えるように笑った。

「このカッコつけた爺さんは、山居集一郎なんて名前じゃねえ。ボケちまってて、昔の記憶をずっと繰り返してはいるが……今でも英コトミを守っている、ただの仙道ソウスケだよ」

 この世界のな、とウスッペラードは付け加えた。
最終更新:2022年02月27日 00:01