○ 多田野精子 星死(セイシ)

 導きが消えた。
 予期せぬ事態に「目の前が真っ暗になる」と言うものだが、それは人に限らず、直径約10mの怪異、多田野精子にとっても同じだった。
 彼はまっしろな楕円形に円柱状の尾を持つ、いたって一般的な精子ではあるものの、ひとつ、ほかと違うところがある。
 並ならぬリビドーによって発射された彼は、山之端一人への絶対受精を自らに義務付けている。なにがあっても。
 なにがあっても。
 たとえ別世界に逃げたとて、多田野精子は追うことができる。事実、そうしてきた。
 しかし。
 しかし今回は違う。

 導きが消えたのだ。

 いかに遠く、届かない星であっても、導きがあった。向かうべき道筋があった。光り輝く善なる存在への道程(ドウテイ)があった。
 それが、消えた。
 多田野精子は一目散に飛ぶ。消えた導きのあった方向へ。

 精子は焦燥、そして絶望する。

 街の明かりを残らず消すように、かすかな希望さえ摘むように、巨大な波が、一切を破壊していたのだから。

 物理法則の狂った海は、東京を蹂躙している。東京のビル街や中華街、スカイツリー、公園、飲食店、図書館……。あらゆるランドマークを飲みこむ。
 モノは形を失い、とうぜん、人々は死ぬ。
 人ならぬ魔人の中には、生き延びたものもいただろうが、その幸運は悲運と呼ぶべきだろう。彼らの大切な人は、海の藻屑と消えたのだから。



柳煎餅
すーぱーブルマニアンさん十七歳
瑞浪星羅
端間一画
望月餅子
宵空あかね
空渡丈太郎
山乃端万魔
ジョン・ドゥ
ウスッペラード
ハッピーさん
浅葱和泉
徳田愛莉
鍵掛錠
ファイ
アヴァ・シャルラッハロート(きんとと)
有間真陽
山居ジャック
キーラ・カラス
諏訪梨絵
鬼姫殺人
クリープ
月光・S・ピエロ

 彼らがどうなってしまったかは、差し控えさせていただく。(レギュレーション的にね。ククク……)



○ 逢合死星 聖痕(stigma)

 荒れ模様の海の中、逢合死星はリラックスしている。

 波に襲われたとき、もっとも恐ろしいのは、パニックで引き起こされる咳嗽反射。次に、もがいて心停止。
 この二つは、海に生きる死星にとって、もっとも縁遠いものである。

 死星は元々無呼吸で40日を過ごせるが、だからといって、水中で呼吸ができないとは言っていない。死と生の間に「日」を見出した死星の特別な呼吸は、日の呼吸と呼ばれ、海中でさえも呼吸できる。(地上にも伝わっており、一部のエクソシストがこれを真似ている)
 魚と海底の神に仕えるものとして、奉仕の妨げになるような人体的不具のすべてを解消している。それが彼女の信仰である。

 海があまねくを飲み込むなか、彼女が何をするかというと、救済である。
 魚と海底の神に捧ぐ贄、つまり山乃端一人の収集だ。ルルハリルの宿主だった山乃端一人のほか、波に飲まれた他の山乃端一人の心臓を銀剣にて貫き、くし刺したまま海中神殿の祭壇に、彼女らの体を積んでいる。

 積み重なる贄の数は充分に思えたが、神は答えない。

 自らの祈りの不足を思い、死星は自らをかきむしる。ぼろの修道服は、海中にあってはだけ、死星の胸元をあらわにする。
 彼女の胸は穴が開き、心臓のあるべき場所にはなにもない。
 肩代わりした無数の銀剣に貫かれているのだ、傷つかぬはずがない。

 しかし死星は、傷ついた身体こそを誇りに思う。

 ゴルゴダの丘で磔られ、全ての人のために血を流した御方と、同じになれた気がして。


○ ルルハリル Augur of Armageddon

 守るべき山乃端一人が魚と海底の神の手に落ち、もはや目的のなくなったルルハリルは、別の世界へと転移、正確に言えば「比重を変えよう」とした。が、それは叶わなかった。

 世界と世界の間に、歪で巨大な壁がある。
 絶対になにも通さない、そのような意志というか執念というか、怨念がこびりついている。

 もちろんルルハリルにとっては紙細工にすぎず、容易くぶち壊してやることもできる。しかしこの世界には、もう終わりかけているとはいえ、山乃端一人がいる。この壁を壊すことで、本当の終わりを迎えてしまっては、立つ瀬がない。

 ほんのわずかな間、ルルハリルは逡巡した。
 あと一秒もあればきっと「まあ平行世界の山乃端一人だし」と結論づけて、人類を守る砦を壊してしまっていただろう。しかしルルハリルにどこからともなく声がかかる。

「おうい、そこな人」

 ルルハリルは人の形を取ってはいなかった。どこを見るでもなく、声の主を見やる。
 声の主は壁の内側から、空間超越者特有のひずみを伴って、姿を現した。

 きらりと光る爽やかな笑顔。

「俺はモウスグ=シ。転校生、この世界を守る『楽園』の転校生だ」


○ 聖地(イェルサレム)

 精子をかけた。
 いや、精子は駆けた。空を。しかし空には何の導きも感じられない。すべての星は夜の雲に隠れている。

 であれば、海。

 多田野精子は瞬時に45箇所の自己改造を行い、水陸両用となって荒海にダイブする。
 そして溺れる。
 海中は、荒れている、というだけでは説明のつかない異様な力に満たされている。
 精子に分かるはずもないが、この海は「物理法則を無視する」性質が、ルルハリルによって付与されているため、単純な身体強化では二秒も耐えられないのだ。
 しかし二秒の間に、多田野精子は4545回の自己改造を試し、自他内外を完全に分けるコンドーム装甲を手に入れていた。

 赤、青、緑。
 精子の白は、全ての色を含む無限の可能性の白。

 海をすいすい泳ぐ精子。泳ぎは得意だ。おたまじゃくしだから。
 しかしいかに早く立派に泳ごうとも、目的地がなければ疲弊するのみ。

 かすかでも、遠くとも、確かに光る導きをーー。

 精子の祈りは届いたのか。
 あるいは偽の導きに眩まされたのか。

 勃起建立する十九本の石塔に囲まれ、
 胸を刺され積まれる山乃端一人たち。
 それらを守護する奉仕者、逢合死星。

 海底に突如現れた建造物と祭壇と贄に、精子は飛びつこうとする欲求を必死で抑える。

 射精()るな!

 精子の理性が、身体をとどめる。
 この存在に近づいてはならない。
 しかし、我慢すればするほど、その反動は大きく、抗えなくなる。

 射精()るな、射精()るな……。

 海中にふわふわと漂う修道女の思惑は、精子によく分からない。眼はうつろ、されど手に銀剣を握り、間合いに入ればどうなることか。
 どうなるの?
 どうなるのかな。
 ……ちょっとくらいなら。
 先。先っぽ。先っちょだけ。

 射精()るな、射精()るな、射精()るな!

 セイシむなしく、精子らしい単細胞さで決断する。

 ガマンしたぶん盛大に、射精()る!

 多田野精子は射出、瞬間、1500のカケラに切り分けられてしまった。


聖霊(Holy Spirit)

 精子にとって逢合死星が未知の存在であるように、
 死星にとっても同様だった。

 最初はイルカかなにかかと思った。丸いし。ちょっとかわいいフォルムかも。シロイルカなんてのもいるし。ただ、どうも腑に落ちない。デカすぎるし。よくみるとあんまりかわいくない。
 近づいてきたので、斬ってみたら、するする斬れた。ああ、やっぱり違う。神ではない。
 神や天使に、人の武器が通るはずがない。

 益体なく殺生をした罪として、自らの体に神罰がくだるのを待っていた。が、こなかった。
 『死星が対象を殺害したとき、対象を殺すのではなく、死星を害する。』
 死星は特別な呼吸を使い、初見の相手だろうが確実に絶命させる必殺剣を放った。

 しかし、多田野精子は生き延びた。

 斬られる前に分裂するよう自己改造し、確かに削られはしたが、生き延びることはできた。

 これにより死星は認識を改める。

 神や天使ではない、しかしそれらに連なるものではないかと。

 であれば、
 ……聖霊か。

 聖霊は愛により人を作る。
 聖霊は神とそのムスコ(ペニス=キリスト)から射精(いず)る。
 三位一体……。

 導きを失った精子は、
 死星にとって聖霊となった。

 逢合死星は十字を切り、その空虚な胸で祈りの形を作る。

「父と子と聖霊の御名によって……ザーメン」



○ Who is ?

 ルルハリルは、楽園の転校生から、彼らの活動について聞く。

 転校生の無限の力を用いて壁を作り、山之端一人を孕ませんとする異世界からの精子群を止める。

 ルルハリルは嘆息する。

「バカげてる。やり方もやってることも結果も全部間違ってる」

 楽園の転校生モウスグ=シは、手厳しい言葉にくったくなく笑った。

「ははっ、これが僕達のできる精一杯さ。きみは転校生ではないようだけど、とてつもない力を持ってるみたいだ。よかったら力を貸してくれないか?」

「その前にひとつ質問」

 ルルハリルは一本指を立てる。

「山之端一人は本当に助けて貰いたがってるの?」

 思いがけない質問にモウスグ=シは面食らってしまったが、ルルハリルの質問がピュアに感じ、真摯に答えた。

「ああ。そうだ。僕たちには聞こえたんだ、『たすけて』って」

「そう。そうなんだろうね。でも」

 ルルハリルはつま先から消えて行く。楽園の転校生の返答など気にも止めず、淡々と告げた。

「僕の(なまえ)▆▇▅▇▇▇▆▇▅(ヤマノハヒトリ) 。誰かに助けを求めたことなんて、ない」

 そう言い残して山之端一人(ルルハリル)は楽園から消えた。

 精子の導きが消えたのは、このときだ。
 山之端一人が全ての決着をつけると決めたとき、もはや導きはいらない。

 ルルハリルが消え去って、モウスグ=シは、強がりの笑みを浮かべる。強力な助っ人の協力は得られなかったが、彼は彼のやるべきことがあり、それを知っている。

 どん。

 世界を守る大壁の外側から、なにか、ぶつかる音がした。


☆ ヤマノハヒトリ

 山端一人と
 山端一人。

 世界を超える能力と、転校生じみた(あるいは上回る)異次元の力を持つルルハリル。それは多田野精子が追い続けていた山之端一人像と一致する。
 しかしルルハリルと山之端一人が結び付けられることはなかった。

 その銘には認識阻害が掛けられていたから。

 だれが掛けたものでもない。強いていうなら神、そしてあなただ。
 この世界で守るべきは山乃端一人であって、それと似た名前の存在は、間違いだと見過ごし、目を逸らし、セイシを避けた。
 あるいは残酷にも、気付きもしなかったかもしれない。

 その瞳を見なかったのは、あなただ。

 だからルルハリルの真実は隠されていた。
 だから多田野精子が求める存在の、取り替えに気づかなかった。

 これぞ大厄災を引き起こす原罪であり、
 贖いだけが救いとなる。

 その救いが、世界を滅ぼすことになっても。


○ 星の終わり(ディザスター)

 海底都市の一角で、多田野精子が逢合死星の股ぐらに頭をつっこみ、そのにおいに打ち震えているところへ、ルルハリルは現れた。
 彼女の姿は、逢合死星には見えない。並行世界を知る転校生や、山之端一人を追うことにすべてをかけた精子であって、ようやく違和感に気付けるか、と言ったところだ。
 しかし見えぬものを見、声なきを聞くは、聖職者の基本技能である。

 大なる存在のあらわれに、死星は、約束の刻が迫っていることを確信した。

 ルルハリルは多田野精子に注意を向ける。彼はペニスから射出されたうぶな気持ちでもって、ルルハリルに突進する。が受精はおろか触れることもできない。
 観測者不在ゆえに。

 ルルハリルは、自分を追ってきた精子とケリをつけるつもりでいたが、その方法まではおもいつかなかった。

 終いにしたいルルハリル。
 大なる存在の奉仕者となりたい逢合死星。
 とかく山之端一人を妊娠させたい多田野精子。

 この緊張を打ち破ったのは、まったく別勢力だった。

 楽園の転校生、モウスグ=シ。
 爽やかな笑顔の彼の、生首が三人の間に落ち、直後、幾条の光が海底までを射した。

 落ちてきたものは、首や光のみではない。
 世界を囲っていた壁の瓦礫や、うがたれ動くことない巨大精子、そしてルルハリルの死体。未成熟の臓物、幼形の瞳。
 それらが無数に降り注ぐ。

 自らの死を見て、海底に形作っていたルルハリルは、遍在する自身が次々に孕み、そして殺されていることを自覚した。
 ルルハリルと死星は見上げる。海底からも一目で分かる。

 見上げる水面は、一面に白く輝いていた。

 楽園は壊れ、終わりつつある。


☆ 災厄(ディザスター)

 世界が白ずむ。

 それは、精子襲来を意味する。

 山之端一人を孕ませんとする精子は、その繁殖相手をわずかでも感知すると、彼ら自身の世界を滅ぼし、導きのもと集い、躍動するうねりとなる。
 精子たちは躍動するうねりの中で交感しあい、自己改造によって逸脱を調整・補正・共有する。全体をより高度な精子へと進化させる。
 その導きの強さ・確かさに比例するように、躍動するうねりは大きな波となる。

 きっかけは、時間にして一分ほど前。
 ルルハリルは、モウスグ=シの築いた楽園を見て、彼の徒労を嘲笑った。具体的な方策は思いつかなかったがぼんやりと、彼の徒労を終わらせようと考えた。
 その思考を、テレパス・精子が拾い上げた。

 ルルハリルは精子群の活動を止めようとした。
 精子は山之端一人を孕ませるまで止まらない。
 つまり、

 実質的な性交合意だ。

 性交合意の導きを受けた精子たちは、かつてない規模で集っている。
 並行世界のルルハリルを孕ませたのちその世界を破壊してこの世界へ集う。そして楽園を破壊し、いまだ孕まぬルルハリルを探す。

 ルルハリルは遍在し、別世界の物理法則を伴うため触れることはできない。その問題を、精子特有の性質つまり数にて解決する。
 精子たちは地表を白一面に埋め尽くす。埋め尽くすとは文字通りのこと。隙間なく。
 遍在するのなら、精子も遍在すればいい。
 完全に密となったとき、全ての空間でルルハリルと精子は重なった。形はなくとも、重なっているのなら、それはである。

 海底に形作るルルハリルと、
 導きを失った型落ちの多田野精子を残し、
 遍在する山之端一人は残らず妊娠した。

 それを契機に、地球の表面で発生した白い災厄は、次なるフェーズに移る。

 崩壊した楽園の向こうから、
 光輪を輝かせた聖なる存在が訪れる。

 産めよ、増やせよ、地に満ちよ。
 それが神の御言葉だ。

 しかし神は、増えた人類を御心のままに消し去ることがある。
 あるときは飢饉によって。
 あるときは大洪水によって。
 あるときは最終戦争によって。
 どのような形であれ、神の御業には天使が伴う。

 天使の形にはひとつの特徴がある。
 それは、下位の天使ほど人型に近い、という点だ。

 山之端一人と精子たちの繁殖が行われる世界の端から、後光さす天使たちが現れる。
 彼らはみな一様に、つるつるの陶器肌を持つ、肉肉しい色合いの楕円だった。
 その姿は、どことなく緊急避妊薬(アフターピル)に似ている。

 天使たちは輝かしき後光を、強める。
 その光は地に満ち結びつく肉たちを、その肉のまま、止めてしまう。
 精子たちの自己改造も、受肉した山之端一人も、二人の結びつく引力により生じた赤子をも、すっかり止めてしまう。ただ地に帰るための肉となり、死の証として、赤く流れるものを海に混ぜ込むのみである。

 地上では、受精と着床阻害の攻防が行われ、海はますます濁っていく。


目ざめよ(Awake)

 楽園の転校生が殺され彼の首が海底に落ちるまでの間に、このようなことが起きていた。
 ルルハリルは遍在していたが、それはもう過去のことで、自身が地表で肉を宿し、その端から消えていくことを、たしかに感じていた。

 地上に顕現するものと、対峙してはならない。そう感じるのだった。

 ならば、どうする。
 いまはまだ、多くの水が、地と海とを隔てているが、それも一時のことだろうと予感する。

 動いたのは、逢合死星だった。
 彼女は、聖霊である精子が、見えぬもの・ルルハリルに対し、なんらかの働きかけを求めていると察していた。
 それがどのような意味を持つのか、奉仕者である死星には理解の及ばぬところではあるが、御心を試すような真似はしない。

 ただ彼女は、正しいときに正しい場所で正しきを、為すのみだ。

 海底にうず高く積まれた、死に損ね続けるものたち。
 彼女らの持つ銀時計のひとつを手に取り、掲げ、祝詞を唱える。

 受肉現界(あらわれ)のことほぎを。

 その言葉は泡となり、ゆっくりと浮かび上がる。ゆらめく水泡を死星はぼんやりと見つめる。
 言葉を込めた泡は、浮かび上がり、水面までのぼると、割れた。

 その音は「い」。
 また割れ「あ」。

 死星の唱えた言葉のひとつひとつが、海を泳ぎ、音となって、世界を語りかける。
 水泡は死星の唇の動きより早く溢れ、彼女の体より大きな泡を作る。次々に語るべき言葉が生まれ、死星は恍惚し言葉をつなぐ。

 死に損ね続けるものたちの体が、くすみ、歪み、折れ、崩れ、泥のように濁り、溶け、死星が生み出した言葉の中のひとつとなり、意味を持って地へと放たれる。
 死星の胸の傷がどんどんと小さくなる。
 全ての山乃端一人が言葉となり、死星が肩代わりすべき死はなくなった。
 必要な贄は正しく受け取られ、もはや死ぬことはなくなった。

 満ち足りたのだ。

 ハルマゲドンの器・山乃端一人と合一し、
 外なる神・魚と海底の神Cが、めざめる。



☆ 欲(ディザイアー)

 父と子と聖霊。
 この三位一体は、いったいなぜ、天地を創造し、また人を作ったのだろう。
 それは誰にも分からない。

 神、その長子ペニス=キリスト、その精子。
 これは全て男のものである。

 だから、

 まず初めに肛門があり、
 その何もない空間にセルフファックすることで宇宙を創造された。ビッグバンだ。
 狭量をケツの穴が小さいというものだが、神はその御心と同じく肛門も果てなく広く、つまり締まりが悪い。虚しく感じられたことだろう。
 そのため肛門に天と地、つまり括約筋を作り出した。
 第1こすり目である。

「締まりあれ」

 すると締まった。神はその締まりを見てよしとされた。
 それから創造を続け、昼を作り夜を作り、草を作り家畜を作り、そして人を作ったところで射精した。

 なぜ神は最後の創造物を、人にしたのだろう。

 大事なことだ。みんなも考えてみよう。

 なぜ創造物たる人が、神を射精に至らしめたのだろう。

 みんなも考えてみよう。


 よく考えてよう。





 神を射精させたのは人だ。最後の創造物なのだから、それは間違いない。



 考えたかな?





 もうちょっと考えてみよう。


 神はそれまで、神の創造物によっては射精に至らなかった。




 分かったかな?





 答えは出たかな?









 それとも精子が出ちゃったカナ?笑

 神は自らの創造物で、刺激を受けることはない。神は全知全能であり、神から生み出されたものが、それを上回ることはない。
 ならば人は。
 現在まで繁殖を続けてきた人というものは神の創造物ではないと考えるのが妥当だ。

 神の創造物たる人の、生まれついての超越性。
 それこそがC。外から来たるもの。

 Cは忌避され、しかし神聖の象徴でもあり、原始からそれは変わらない。太陽も海も地も、あらゆる偉大なものにCの影が映る。あなたの心理の深層にもひそみ、集団無意識に根付く。

 逃げることはできないし、すべきではない。

 そこから生まれ、そこへ帰るのだから。

 水没した日本は地割れ、
 縦に裂ける。

 東京は形を失い、
 地は抉れ、底は抜け、
 かつて東京であった場所には何もない。
 超巨大な深淵が現れ、穴の中へ、海水がなだれ込む。

 星の中心までを貫く穴。

 C。
 東京、その上位存在。
 つまりーー関東(CUNT)

 なるほど。
 たしかに、小松左京の言うように、日本列島のカタチは&ruby(CUNT){女性器}に似ている。



○ Just a Sister, She's a Star.

 魚と海底の神が目覚め、東京はひとつの穴となる。
 日本列島という巨大な女陰に生じた、東京という膣口に、多田野精子とルルハリルは飛び込む。

 山乃端一人を贄としたCの内部であるなら、ルルハリルも実体化でき、多田野精子との決着(ケリ)着床()く。
 ご存知の通り、受精は、C(SEX)によって起きるものだ。

 その瞬間を見届けるため、逢合死星も地球内(ちつない)に至る穴の中へと、

 入らない。

 彼女は、底ではなく、上へと泳いだ。
 上層に行くにつれ、無数の血肉で穢れた海は、赤い。海面には、なり損ないの肉が吹き溜まり、一個の浮島を形成している。

 死星はその肉の島にあがり、天を仰ぐ。
 一方で血の雨が降り、一方で肉が落ち、
 球体の天使が光を放ち、四方から最終戦争を告げるラッパの音が響く。
 海がひとときも同じ形をしないように、この世ならざるものたちの攻防も、次々に移り変わる。

 夜空が割れ、星々の全てが精子となって降り注ぐ。
 精子に食いつかれ光を失った天使を、別の天使が、つるつるの表面に指紋のような表情を浮立たせることで、七色(ゲーミング)の炎を放ち浄火する。
 物理法則が壊れた海は、その波紋が小さくならぬよう重唱(うた)っている。

 もはや人に出る幕はないように思え、
 死星は、膝を折ろうとした。
 そのとき、
 巨大イカ・精子が彼女の真横を横切る。
 次世代に繁栄するこの精子は、高度な知性を持つ。この未来ある精子は、あきらか、多田野精子とルルハリルが入っていた穴、地球の中心へと向かっているようだった。
 これを見て、死星は全霊を持ってその精子に接近、そして斬り捨てる。45分割。この程度では自己改造を繰り返してきた彼らを殺すには至らない。しかし、大きく力を削いだ。

 思うより早く体が動いた。
 逢合死星は、息を吐き、息を吸う。
 呼吸を整え、為すべきことをなす。
 星の定め、天命は常に輝いている。
 ただ稀に、見えにくくなるだけで。

 逢合死星は、祈る。

 神よ。
 人の善行も悪行も、等しく小さく、等しく身勝手だ。
 私の祈りも同様に無力で無為に終わるだろう。けれど祈らずにはいられない。

 切に乞う。
「たすけて」と叫べないものこそ、どうかお救いください。
 自らの名をすり替えられ、それでも強大な力を持つがゆえ、
 何者とも馴染めず、
 誰にも触れられず、
 誰からも愛されず、
 どこにでもいるがゆえに消えることもできないものこそ、真に尊ぶべきものです。
 鳥の血に悲しめどの血に悲しまず。聲あるものは幸福なり。
 魚と海底の神よ!

 逢合死星は祈る。祈り続ける。

 多田野精子とルルハリルが星の中心で何事かを為す、そのわずかな力添えのために、全ての災厄をとどめる盾となる。
 楽園の転校生たちがそうしたように。

 世界を蹂躙するものたちの、侵攻の手は緩まない。

 精子群は死星という異物を見るや、自己改造を行い、効果的な打開策を見出す。そのたび、躍動するうねりとなって死星の排除を行った。

 天使たちはピル型の天使のみならず、より上位の、搔把棒や吸引器に似た天使が現れ出した。そして星のことごとくを破壊しつくすように天地を攪拌した。

 逢合死星は死に、また消え、また辱められ、彼らに対して無力のように思われたが、信仰のみを頼りとして戦い抜いた。

 ——守り抜いた。

 突如、精子と天使は動きを止め、
 荒れ狂う海にあっても分かるほど強い揺れが生じた。
 揺れは止まることを知らず、
 足下では関東の巨大空洞が裂け目を北南に広げていた。

 東京を中心とする地割れは途切れることなく、
 地球の反対側まで続き、
 すべなく、ふたつに割れた。

 一度壊れてしまえばい早い。
 次の割れ目、次の分断が、次々に。

 これが大厄災

『最終戦争×地球破壊の大厄災』

 しかり。
 しかし、
 あるいは——


○ エピローグ大祝福

 地球は、その球体をふたつに割った。
 そしてよっつ。そしてやっつに。
 無数の裂け目は、分たれてなお引かれあい、形を保ち続ける。
 宇宙に瞳あれば、壊れゆく地球を見て、ひとつの奇跡を想うだろう。

 完全だった1に、外なる存在が入り込むことで、差異が生まれ、断絶していく。
 その訣別は数と深みを増して行き、けして元には戻らない。

 しかしそれは、
 厄災の絶望ではなく、
 祝福される希望だと、
 あなたも知っているだろう。

 この細胞分裂の末に誕生したあなたなら。

 この世界は三つのものでできている。
 男と女、あとなにか。

 この星の中心で受セイした山之端一人と多田野精子。
 その営みに、逢合死星がどれほどの貢献をしたか。分からない。なにかの意義もなかったのかもしれない。
 世界の、奇跡の、誕生の、なにかの礎になれたのか。奉仕者たる死星には分からない。

 神はきっと答えない。

 しかし死星はそこにいた。
 そして死星は満足している。
 自らの信仰によって行動できたのだから。

 いくつにも分かれて壊れかけた地球は胎動し、新たなる星、新たなる世界に生まれようとしている。そこに死星のような旧種の席はないだろうし、彼女自身その必要も感じていない。

 星の導きは、その果てに、創造の奇跡を孕んだ。そこにある無限の可能性は、人の手にない。

 終わりだ。
 終わりなのだから、もう終わりだ。
 これ以上はない。

 ……。

 もし……。
 もし仮に、神が、
 もし仮に、神がこれ以上を望むなら。
 もし仮に、神が運命に手をかけるなら。

 もし仮に、神が「ダイスを振る」なら。

 ……。
 もはや、なにが起こるか分からない。
 星は今に生まれ。赤子はみな、なにものでもなく、なにものにもなりうる。
 運命は、星だけのものだ。

 終


 山乃端一人は、
 地球の女性器である外神Cの礎として、いまも確かに、生きている。
 生きてイッてる。
 イキまくって叫んでる。
 『たすけて』
 本当に、みな、分かっているのだろうか。
 死によって終わりを引き起こすものが、すでに終わった世界において、その死をまっとうできるはずもないと。
 山乃端一人が死に損ねるとは、そういうことである。


 多田野精子は、
 遙かなる受精への旅が終わる。人類の罪過を償うために、自ら磔刑に処されたペニス=キリストの遺した聖なる意志(セイイシ)は、ついに成就した。
 恋ではなく愛。(アイ)(アイ)
 人類愛の勝利だ。
 人はみな、赦されたのだ。

 ——また、あなたがたに言うが、富んでいる者が神の国に入るよりは、ペニスが針の穴に入る方が、もっと気持ちいい。
 マタイによる福音書19章24節


 逢合死星は、
 彼女なりに星を守り、そして全ての処女膜と同じような逡巡をめぐらせる。
 つまり、
 自らの存在が、大いなるものの苦痛になったのではないか、と。
 不幸を招かなかったか、と。

 もちろん、彼女にはなんの慰めもない。あなたも、処女膜をねぎらう言葉は持たないだろう。

 神は沈黙する。

 しかし信仰とは常に一方的で、かつ常に成立している。
 逢合死星は奉仕者として、神への義を持ち続ける。血を流し身が裂けようとも、その苦しみは、神の苦悩と比べれば些細なものだと自らを励ましながら。



 ルルハリルは、
 いくつもの世界を超え、行き着いた先が、創造のわざであることに満足していた。
 大海を羊水とし、地球を子宮とした、この創造物がどのような道を辿るのか、ルルハリルは知らない。

 興味が湧いた。

 この世界に。この行く末に。
 きっと、人類に対して、神がそう思ったように。
最終更新:2022年03月26日 18:58