第1話より遡る事6か月 6月某日 東京都八王子市
針方天童は八王子市にある大病院に来ていた。
いきなり娘の桜の呼吸が荒くなり、強烈なだるさを感じたと訴えた時、針方はどうしていいか分からなかった。
そこでいつもお世話になっている地元、東大和の診療所、山居医院に行き、診てもらったが、医師は深刻な顔をして、重い心臓の病気かもしれないと言った。設備の関係上、山居医院では検査ができないと、大病院の紹介状を書いてくれた。
そして大病院での診察を受けると、その病院の医師から即入院を勧められ、検査に2週間程かかると言われた。
今日は、その検査の結果が告知される日だ。
「それで、娘の容態はどうなのでしょうか!」
針方が心配そうに聞く。横に座っている桜の顔も不安そうだ。
「針方さん、桜さん、落ち着いてこれからの話を聞いて下さい」
そう医師が前置きすると、山居医院の医師が言った通り、桜が重い心臓の病気を患っていることを説明した。かつ薬や手術でも治す事は難しい病気のため、余命もあと1年持つかどうか分からず、来年の3月まで生きていればいい方だとも言った。
あまりに急な余命宣告に、ショックで泣き出す桜。
針方は医師に強い口調で言った。
「どうにかならないのでしょうか!」
「落ち着いて下さい針方さん。一つだけ治す訳ではありませんが、生きる期間を長くする方法があります」
「その方法は?」
「心臓移植です」
心臓移植……時々子供を救う会を立ち上げ、移植費用を賄う取り組みをしているのを針方は見た事があった。となると、相当な費用がかかるのではと針方は思った。
「心臓移植ですか!?私にはそんなお金ありませんよ!」
「針方さん、よく聞いて下さい。確かに心臓移植には多額の費用がかかりますが、日本は医療保険や医療費助成制度が充実しているため、日本で行う分には針方さんが払う金額はそこまでではありません」
そう医師が言うと、具体的な医療費助成制度や、実際に針方がどれくらい支払うかの説明をした。確かに一介のサラリーマンの針方にも支払える金額だった。
「では、心臓移植を行えば、桜は助かるのですね!」
「問題はドナーが見つかるかどうかですね。日本でも臓器移植への理解が深まりつつあるとは言え、まだまだドナーの件数は少ない状態です。桜さんの場合だと大体ドナーが見つかるまで3年程かかりますね」
「3年ですか……」
針方は強く落ち込んだ。3年も掛かるとなると、やはり桜の命は持たないのではないか。
「それでは海外で行うという事はできないのでしょうか。必要ならば救う会も立ち上げる覚悟もあります」
「針方さん、気持ちは分かりますが、それは避けた方がいいでしょうね。イスタンブール宣言をご存じでしょうか」
「イスタンブール宣言……?」
聞き慣れない単語が出てきて戸惑う針方。医師の説明によると、イスタンブール宣言とは、臓器移植に関する世界的な宣言の事で、臓器売買・移植ツーリズムの禁止、自国での臓器移植の推進などを提言したものだという。
「仮に桜さんを海外渡航させて心臓移植した場合、その国で心臓移植を待っている子供よりも優先させる事になるのです。これは良くないという事で採択されたのがイスタンブール宣言です。以前、何処かの有名な社長さんが、心臓移植の為に海外渡航を目指す少年に対し支援を行ったところ、批判を浴びた事例もありますよ」
「そうですか……」
海外の臓器移植には費用以外にも問題がある事を知り、更に落ち込む針方。
「また、イスタンブール宣言では、臓器売買といった不正な手段で入手した臓器による移植についても禁止しています。もし怪しい業者や法人から仲介を受けたとしても、病院ではその後のフォローを拒否することができる判例がありますので、絶対にしないで下さいね」
「それでは私はどうすればいいのですか!!」
針方は半分叫びながら医師に問い詰めた。
「まずは日本臓器移植ネットワークに登録する事をお薦めします。その後、もし移植候補者に選ばれた場合、速やかに電話が来るので、いつでも受け取れる態勢を取っていて下さい」
「しかしそれでは3年かかるのですよね!それでは桜は生きていられないのでは!?」
「何度も言いますが落ち着いて下さい。1年と言ったのはあくまで医師の見立てです。それ以上生きる可能性だってありますし、早くにドナーが見つかる可能性だってあります。粘り強く待ちましょう……針方さん」
「はい……」
医師にそこまで言われ、これ以上反論ができなくなった針方。頭を垂らしつつ、診察室を出ていった。
医師の言う通り、針方は桜をその大病院に入院させつつ、ドナーを待つことに決めた。
救う会も、針方の業務の忙しさと、イスタンブール宣言の話が頭に引っかかったため、立ち上げる事は無かった。
だが、針方は時間があるとすぐ八王子の病院まで行き、桜の見舞いに行った。
桜が心臓移植できる日を信じて。
針方は車を持っていたものの、病院に駐車場が少なかったため、お見舞いには電車とバスで来ていた。
ある夏の日、針方はバスと電車を乗り継ぐ八王子駅周辺をぶらりとしていた。
その日の針方は、桜を見舞いに行った後、帰る前にコーヒーが飲めてゆっくりできる場所を探していたのである。
ふと、ユーロードから少し路地に入ったところに、「シャーロキアン」という名前のカフェがあった。
何となくであるが、針方はそこに入る事にした。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、店主らしき一人のいかつい老人が針方を迎えた。
針方はカウンター席に座り、コーヒーとナポリタンを注文し、店主の様子を観察しつつ待つ事にした。
針方が見る限り、どうやら店は店主一人で切り盛りしているようだ。忙しそうにコーヒーを淹れつつ料理を作っている。
しばらくすると、注文したものが出てきた。特別奇をてらった味では無いにしても、普通に美味しい一品だ。
今度桜のお見舞いに行った時はまた来よう。針方はそう思った。
その後、針方は八王子駅に寄るたびに、シャーロキアンに通うようになった。
それから1~2か月程経過した秋も近づいてくるある日、いつものようにシャーロキアンに行った針方は、店主に話しかけられた。
「最近うちによく来られていますね」
いきなり店主に話しかけられて、一瞬びっくりしたものの、針方は答えを返した。
「ええ、娘が入院中でして、そのお見舞いの帰り道によく寄らせて頂いております」
「そうですか。いつもありがとうございます」
いかつい顔をしながらも、優しく針方に話しかける店主に、好印象を持っていた。
「実は娘には心臓移植が必要で、ドナーを待っているのですよ。しかし現状、ドナーが見つかるには3年は必要と医師に言われております。一方で娘は来年の春まで持つかどうか分からないと言われておりまして……」
優しそうな店主に、思わず身の上を話す針方。
「海外渡航による移植も、その国の子供の命を助ける機会を減らすからやめた方が良いと医師に言われまして……そもそもそんなお金も無いのですけれどもね」
「そうですか…‥それは大変な事で……」
「あっ、すみません、注文ですね。今日はアイスカフェラテを下さい」
「かしこまりました」
針方は、店主に暗い話をしてしまい、ちょっと申し訳なくなった。
しばらく待つと、店主がアイスカフェラテを持って針方の前まで歩いてきた。
「ご注文の品です」
「ありがとうございます」
針方がアイスカフェラテを飲んでいる間、他に客が居なかった事もあってか、再び店主が針方に話しかけてきた。
「そうですねぇ……私としては免許証やマイナンバーカードの意思表示欄に書く事位しか協力できそうもないのですが」
「それで十分協力の意志は伝わっています。ありがとうございます」
「ただ、仕事にお見舞いに大変そうなので、本当に無理だけはしないで下さいね。お父さんが倒れたら娘さんもきっと悲しみますよ」
「そこは自分が一番分かっていると思います」
ふと、シャーロキアンの扉が開き、中に若い男女が入ってきた。
「おお、衛、星羅か。今日も来てくれたんだな」
「小松川さん、今日はお客さんと話している様子でしたが」
店主の小松川が親しげに衛、星羅と呼んだ若い男女に話しかけた。この2人はよく店の中で見かけているので、かなりの常連なのだろうかと針方は漠然と思っていた。
「あっ、すみませんお客様」
「いえ、私の話は大丈夫です。ちょっと店主に悩みを聞いてもらっていたのですが、その話も一段落したので……」
そう針方が言うと、少し残ったアイスカフェラテを飲んでから、その後、衛と星羅に話しかけた。
「そう言えば、お二人ともよく店の中でお見掛けしますね」
「ええ、実は店主の小松川さんとは家族ぐるみの付き合いがあるので、開店当初からここに通っているんですよ」
「へぇ、そうなんですか!」
星羅からの答えに針方は驚いた。だからこんなに店主との距離が近かったのかと納得した。
「私は娘が八王子市内の病院に入院していまして、そのついでに通うようになったのですが」
「娘さんがですか?」
「ええ、娘は心臓移植を控えているので、長く入院しているのですよ」
「そうですか……、早くドナーが見つかるといいですね」
「私も本当にそれを願っています。そうですね。そろそろアイスカフェラテを飲み終わりましたので、今日はこれで失礼します」
針方は会計を済ませ、シャーロキアンを退店した。
「私は針方天童と言います。またこちらに来た時に話し相手になってください!」
更に時は過ぎ去り、11月になった。
相変わらず桜のドナーは見つからず、幸いにも調子が急激に悪くなるという事も無かったが、余談を許さない事態は続いていた。
一方で、カフェ「シャーロキアン」では店主の小松川や常連と話をする機会が増え、針方にとって、お見舞い帰りの楽しみになっていた。何人かの常連とは、連絡先を交換するまでになっていた。
だが、ここで針方にはある欲求が湧きだした。
『シャーロキアンの常連、瑞浪星羅と、最近常連になった山乃端一人にディルド型バイブレータを使いたい』
瑞浪星羅と山乃端一人は、シャーロキアンの常連の中では比較的若い2人だ。その2人にディルド型バイブレータを使えるならどんなに気持ちいい事か!
勿論、そんな事は絶対にいけない事だという事は針方にも分かっている。しかし、針方の欲求は抑えきれるものでは無かった。
針方は一人、星羅と山乃端にディルド型バイブレータを使う事を妄想しつつ、事あるごとに自慰行為を行った。
そのような状況の中、いつものように桜のお見舞いに行った針方は、病室に桜がいない事に気が付いた。
看護師に聞くと、桜は中庭に散歩に行っているらしい。
針方も中庭に行くと、そこには女性に付き添われた一人の男性が桜と話しているのを見かけた。
「あっ、パパだ!ごめん、今日がお見舞いの日だっていう事を忘れていた!」
「大丈夫だよ桜。ところでこの方はどちら様で?」
「この方ガ、サクラサンのオトーサンですカ?」
男性は、ややたどたどしいながらも、意味の通った日本語を話していた。外国人であると思われるが、とても日本語がお上手だと針方は思った。
「この人は山居ジャックさん。普段は山居医院に入院しているんだけれども、山居医院の設備の関係で月に1回、この病院に受診しに来ているんだって」
「山居ジャックと言イマス。ヨロシクおねがいシマス」
山居医院……針方も家の近所にある事からお世話になっているが、まさか外国人の入院患者がいるとは思っていなかった。
桜は話を続けた。
「ジャックさんが中庭にいた時に話しかけたら意気投合して、以来ジャックさんが受診の度にここに来て私と話すようになったんだ」
「どうも、父の針方天童です。娘がお世話になっております」
「こちらコソ、お世話ニなってオリマス」
そう言うと、ジャックに付き添っている女性が針方に話しかけた。
「私は山乃端一人と言います。山居医院で働いている看護師です。よく、ジャックの付き添いで病院に来ています」
「山乃端一人……?」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもありません」
針方は山乃端一人という名前に引っ掛かった。シャーロキアンの常連にも山乃端一人という人がいるからだ。だが、針方はたまたま同姓同名なのだろうとそれ以上は気にしなかった。
「そう言えば桜さんからお聞きしたのですが、山居医院に行っているという事は、もしかして東大和の方だったりしますか?それとも遠方から予約して訪れている方ですか?」
「東大和市在住です」
「へー東大和の方でしたか。南街の方に美味しい南米料理の店があるのをご存じだったりしますか」
「あーあの店ですか。私も知っていますが行った事は無いですね」
「ジャック、生まれの事を話しても大丈夫?」
「ボクは構いマセンよ」
ジャックに確認を取る看護師の山乃端。
「実はジャックは元々南米の出身で、両親を病で失い、今は先生……山居医院の山居直助に引き取られているんですよ」
「そうですか……」
「そんなジャックの為に、時々南街の南米料理店まで行って料理を持ち帰るのですが、ジャックはいつもそれを美味しく食べてくれるんですよ」
「祖国ノ味とはチョット違いマスが、あの店ノ味は間違いナク美味しいデスね」
地元に南米出身の人も認める美味しい南米料理の店があると聞き、いつか食べたいと針方は思った。
「そうだ、桜、心臓移植が終わって元気になったらその南米料理店に行こうか!」
「いいね!」
「それでは私は失礼します。ジャックさん、山乃端さん、ありがとうございました」
娘に新たな友達が出来た事に安心し、針方は病院を後にした。
そして、12月になった。
桜が生きられるとされている来年の春まで残り3か月程……針方は焦っていた。
ドナーが早く見つかればいい。しかし1年以内にはまず見つからないと医師は言っていた。
一体どうすれば、桜の命が助かるんだ……!?
ある日、針方にあるメールが届いた。送り主は木下興産。針方の知らない会社だ。
メールを開けて中身を確認した。
針方天童へ
娘、桜の命を助けたいか。
助けたければ山乃端一人を殺せ。
そうすれば、ドナーをいち早く用意してやる。
治療費も心配しなくていい。
このような文面と共に、話を受ける場合、1月5日、新宿駅近くの某所に集合するように、また、集合した時点で前金10万円を払うと書いてあった。
針方の頭には2人の山乃端一人が浮かんでいた。シャーロキアンの常連の山乃端と、看護師の山乃端だ。この文面ではどちらを殺すのかは分からない。だが、どちらの山乃端一人だったとしても、殺すなどとんでもない事である。
また、送り先の木下興産も明らかに怪しい会社である。本当に殺したところで、ちゃんと娘の心臓移植をしてくれるのだろうか。
針方は医師の言葉を思い出していた。
『もし怪しい業者や法人から仲介を受けたとしても、病院ではその後のフォローを拒否することができる判例がありますので、絶対にしないで下さいね』
おそらく病院は、そう言って桜のフォローを拒否するであろう。桜が正しく治療をうけるためには、今後も木下興産の怪しい依頼を受けなければならないかもしれない。いや、治療を受けられればいい方かもしれない。
針方にも、そういう考えは頭の中に浮かんでいた。
だが、針方は、桜の心臓移植をこれ以上待っている事はできなかった。
1月5日 夜 東京都新宿区 新宿駅周辺某所
針方が案内された場所に行くと、そこには一人の壮年の男性がいた。
身体は包帯だらけで見るからに痛そうだが、目はきりっとした厳しそうな人だった。
針方はその男性に話しかけた。
「こんばんは」
「こんばんは」
「木下興産の集まりはここでしょうか」
「そうだと思いますよ。私も集められましたので」
「あー良かった。集まったのが一人だけでなくて」
仲間がいると思った針方は、少し安堵した。
「ところで、お名前は」
「事が事だけにニックネームで申し訳ないですが、カーネルと言います」
相手がニックネームで名乗ってきたため、少し焦る針方。咄嗟にニックネームを考えた。
「私は……ええと……こけしです」
「こけしさんですね。宜しくお願いします」
「さて、何人くらい集ま……うっ……また赤い服の女性が!」
カーネルはいきなり苦しんだ。
「大丈夫ですか?」
「……申し訳ありません。大丈夫です」
その後、針方とカーネルがしばらく待っていると、他に男性が3人来た。それぞれ、ユンボ、キムチ、リョウマを名乗った。
更に待つと、マイクロバスが目の前に止まり、運転手が「木下興産の方はこちらです」と案内してきた。針方達はバスに乗った。
バスの窓には全面カーテンが掛けられてあった。針方がカーテンを寄せようとしても、下の方からくっついており、外の景色を見る事はできなかった。
そのような状況の中、皆、不安そうな気持ちでバスに乗った。30分程走ると、バスが止まり、一人の男性がバスに乗ってきた。
「我々の計画に乗ったその勇気に感謝を示す。私は木下興産のエージェントのキョウヘイだ。これから我々の会社の会議室に案内するが、それまで目隠しをしてもらう」
そうキョウヘイが言うと、5人に目隠しを付け、順番にバスを出るよう指示した。しばらく歩くと、目隠しを取っても良いという指示があり、5人は目隠しを外した。そこはまさしく会議室と言っていいくらいの広さと椅子の配置だった。
「さぁ、好きな場所に座ると良い」
キョウヘイに指示され、5人は各々近くの椅子に座った。
落ち着いたところで、キョウヘイが説明を始めた。
「さて、山乃端一人を殺せと言われてもそもそも山乃端一人が何者かという事が分からない人の為に説明する。山乃端一人は、八王子に住むカフェ巡りが趣味の女子大生で、今はカフェ『シャーロキアン』によく通っている」
キョウヘイはホワイトボードに八王子の山乃端一人の顔写真を張った。針方には見覚えがあるあの山乃端一人だ。
しかし、針方はもう一人の山乃端一人を知っていた。
「キョウヘイさん」
「どうしたこけし」
「私はこの山乃端一人を知っているのですが、もう一人、東大和市にある山居医院に働いている同姓同名の山乃端一人を知っています」
針方がそう言うと、カーネルも同じ疑問を思っていたらしく、キョウヘイに質問した。
「キョウヘイさん。私は赤い服の女性を従える山乃端一人を知っています」
2人の疑問に、キョウヘイは答えた。
「こけし、カーネル。まぁ落ち着け。確かに山乃端一人の同姓同名が何人もいる事は我々も知っているし、彼女らもいずれは我々が命を狙う存在である事は確かだ。だが、我々は君達にはそこまで望んでいない。カフェ巡りが趣味の山乃端一人さえ殺すことができれば、用意した報酬を払う用意がある」
とりあえず、他の山乃端一人を気にする必要は無いようだ。針方は少し安心した。
キョウヘイは話を続けた。
「ただ、山乃端一人を殺すにあたって、注文がある。そのキーがこの女性だ」
そう言うと、キョウヘイはホワイトボードにもう一人の女性の顔写真を張った。彼女も針方が知っている人だ。
「瑞浪星羅……ッ!」
カーネルが険しい顔をする。彼も知っているのだろうか。
「こけしとカーネルは知っているようだな。彼女は瑞浪星羅。山乃端一人の友人だ。君達には瑞浪星羅に対し、絶望を抱かせつつ、山乃端一人を殺して欲しい。ただ、瑞浪星羅は殺さないでほしい」
「絶望を抱かせつつ……?殺さない程度に……?」
「これについては理由を言うことができない。とにかく、瑞浪星羅に立ち上がれない位、心にダメージを与えて欲しいと思っている」
疑問しか無かったが、針方はやるしかないと思った。
周囲を見渡すと、特にカーネルがやる気になっているように針方は思った。
「やり方は君達に任せる。分からない事があれば私に連絡するといい」
そう言うと、あらかじめ教えた携帯の連絡先にキョウヘイの連絡先らしきものが送られてきた。
また、ここに集まった5人とも連絡先を交換した。
「ここなら情報が洩れる事は無いだろう。今のうちに殺しの計画を立てておけ」
そう言うと、5人は集まり、時にはキョウヘイの助言を聞きつつ、山乃端一人を殺す計画を立てた。キョウヘイが言うには、山乃端一人と瑞浪星羅は2人共魔人らしい。
「それでは、皆の健闘を祈る」
5人は再びマイクロバスに乗り、新宿駅に戻った。
その途中、針方はカーネルに質問した。
「カーネルさん。相談の時、この中で最もやる気になって動いていますが、何かあったのですか」
「そうですね、俺は瑞浪星羅に弟を惨殺されました。そして、山乃端一人を殺せば、願いが叶う大会が開かれると言われています。正直、キョウヘイから与えられる報酬など、どうでもいいと思っています」
「……ッ!」
針方は驚いた。瑞浪星羅はシャーロキアンで知り合いになったが、殺しをするようにはとても見えなかった。そして、カーネルがそこまでの覚悟を持って山乃端一人を殺す事に対し、針方は強く衝撃を受けた。
桜の為、そして、カーネルの為にもやるしかない。針方はそう思いつつ、山乃端一人の殺害を決意した。
1月7日 東京都八王子市
私、瑞浪星羅は年末の事件以来、ずっと病院に入院していた。
そのときの傷がまだ残っているからだ。医師が言うには、退院まであと2週間はかかるらしい。
あひる侍の悪夢はまだ晴れていない。そのせいか、私はかなり疲れていた。
気分転換をしようと病院の中庭に出たものの、その程度で気分が晴れる事は無く、私はベンチで俯いていた。
もう嫌だ……こんな人生……。
「お姉ちゃん!大丈夫ですか?」
「凄ク落ち込んでイルように思イますガ……」
私が目線を上げると、私の事を心配してか、3人の男女が私の前にいた。
1人は小学生くらいの少女、1人は私と年齢が同じ位の青年で、アジア系であるが何処か外国人のような雰囲気がした。もう1人が外国人の青年に付き添っているような女性だった。
「私、そんなに気分が悪そうに見えましたか…‥?」
「そう見えますよ!ぐっ……!」
そう言うと、小学生位の少女が苦しんだ。
「大丈夫!?」
「大丈夫です……。それよりお姉ちゃん、まるでこの世の終わりのような表情をしていましたが」
病院にいるという事は、何かしらの病気を持っているのだろう。そんな少女に心配されるなんて。私もどうかしていたのかもしれない。けれども、そうなった理由を少女にいう訳には行かない。
「うん……ちょっとショッキングな事があってね……」
「ショッキングな事ですか……」
「まぁ、個人的な事だから、詳細は言えないんだけれどもね」
「そうですか……」
少女にそう言うと、少女は何か考えるような素振りをしてから答えた。
「実は私、今年の春まで生きられるかどうか分からないんですよ」
「えっ……」
私は驚いた。この歳で重い病気を持ち、今年の春……すなわち、後2か月しか生きられないかもしれない人に出会うなんて……。
「パパは私に心臓移植をさせたくて躍起になっていますが、私は例え心臓移植を受けられず、この歳で亡くなったとしても後悔はありません。だって、そんなパパの元に生まれてきた事が、私にとっての幸せなのですから」
「えっ……もっと生きたくはないの?」
「そう思う気持ちもあるのですが、生きられないものは仕方が無いですからね」
私は強い衝撃を受けた。この歳になって、人生を達観するような発言をするなんて……。
「だから、ええとお姉ちゃんの名前は?」
「瑞浪星羅、星羅って呼んで」
「星羅さんに何かあったかは分かりませんが、あまり気を落としていると、周囲の人を心配させますよ。私だって、病気を告げられた時は絶望しました。けど、私が悲しむ姿を見せて、パパを苦しめたくは無かったのです。だから、いつしかこう思うようになりました。死ぬ時まで笑顔でいようと」
「ありがとう……名前は?」
「針方桜と言います」
「桜ちゃん。そこまで言われると、悔いている場合じゃないね」
「良かった……!」
「サクラサン、良カッタですネ。僕もセイラサンの表情ヲ見テ心配しまシタヨ」
横にいた青年も安心した表情をしていた。
「あの、そちらの方は」
「ボクは山居ジャックと言いマス。東大和ノ山居医院のオ世話になってイマスが、検査ノ為に月一でココに来てイマス」
ジャックさん。彼も東大和からわざわざ八王子まで検査に出掛けるという事は、かなり重い病気に掛かっているのであろう。
「そシテ、こちらノ付キ添っテイル人ガ看護師ノヒットリサンです」
「山乃端一人です。ジャックの付き添いで病院に来ています」
「えっ……山乃端一人……?」
ジャックの発音が若干「ヒットリ」になっているものの、間違いない。名前が山乃端一人だ。
「山乃端さん、初対面でこんな事を質問するのはよくないかもしれませんが、聞かせて下さい。誰かから命を狙われるという事はありませんでしたか」
「セイラサン、どうシテそれヲ……」
ジャックさんがそう言うという事は間違いない。山居医院の山乃端さんも命を狙われているんだ。
「実は私の知り合いにも山乃端一人という方がいまして、その方も命を狙われているからです。どうやら東京には山乃端一人という方が何人もいて、命を狙う計画の中には別の山乃端一人を混同している計画もあるみたいで心配になり、この事を質問しました」
「間違イないデス。ヒットリサンは命ヲ狙われテいまス。山居医院モ襲撃ヲ受ケ、今ハとある場所デ潜伏生活ヲ行っテいまス」
私とジャックさんが事件に関して話していると、桜ちゃんが口を挟んだ。
「ジャックさん、何を喋っているの……?山乃端さんが命を狙われているって?」
「あっ、ごめんね!桜ちゃん!」
桜ちゃんは何の事か分からないような表情をしていた。これ以上この話をここでするのはやめよう。
「ジャックさん、山乃端さん。私の知り合いの小松川さんと従兄の衛が山乃端一人について調べています。続きはその2人のところでしてもらっても構いませんか?」
「カシコまりマシタ」
私は小松川さんの連絡先と、カフェ『シャーロキアン』の住所を2人に教えた。その事については私がどうこうするより小松川さんが対処した方がいいだろう。
私が病室に戻ろうとすると、中庭に1人の男性がやってくるのを見かけた。
「おーい桜。またこっちにいたのか」
「あっ、パパだ!」
「あれ?針方さん?あっ、そうか、桜ちゃんは針方さんの娘だったから針方って苗字だったんだ」
桜ちゃんは針方って苗字だったから、もしかしたらと思ったらやっぱりね。
「針方さん、最近シャーロキアンに来店されていませんでしたがお元気でしたか?」
「あっ……ええ、僕は元気ですよ。星羅さんも入院しているとは知らなくてびっくりしましたよ」
針方さんの様子が何処かおかしいような気がするが、きっと気のせいだろう。
「それでは、私はそろそろ私は病室に戻らなければならないので先に離れますね」
「そろそろ私達もここを離れなければならないかな。帰りがけにシャーロキアンに寄るよ。ジャック」
「ソウですネ」
私が病室に戻るのと同じタイミングで、ジャック達も病院を出るらしい。私は全員に挨拶をし、中庭を出た。
2人になった中庭で、針方は桜に呟いた。
「桜、もうすぐドナーが見つかる」
「パパ、本当!?」
「ああ、もう少しの辛抱だ」
同日 東京都八王子市 カフェ『シャーロキアン』
星羅と別れた後、ジャックと山居医院の山乃端はカフェ『シャーロキアン』を訪れていた。既に星羅の連絡があったため、小松川と衛、八王子の山乃端がシャーロキアンに集まっていた。
他の客が入らないようにするため、小松川は一旦シャーロキアンの看板を『営業中』から『準備中』にし、2人を迎えた。
「貴方が山居さんのところのジャックさんか」
「オトーサンをご存ジですカ?コマツガワサン」
「ああ、前職の探偵でお世話になってね。南米で病気の子供を引き取ったという話を聞いたが、まさかその子供と出会う事になるとはな……」
感慨深い表情を浮かべる小松川。
「と、そんな場合では無かった。星羅から聞いたが、何でも山居医院で働いている山乃端一人さんも命を狙われたらしいな」
「ハイ、話スと長くナルのですガ」
そう言い、ジャックは山居医院の山乃端と共にこれまでに起こったいきさつを話した。
「……なるほど。あの有名人のビッグ馬場に診療所を襲われ、更に仙道ソウスケによって襲われたって言う事だな」
「そう言ウ事デス」
「ビッグ馬場が命を狙ったというのも衝撃だが、俺としてはあの仙道ソウスケが命を狙ったという事の方が衝撃だな」
「俺も父も、奴には何回も苦汁を嘗めさせられましたからね……」
仙道ソウスケの事を思い出し、嫌な顔をする小松川と衛。
「それで、今は山居さんと山乃端さんと共に、クリスプ博士の娘を名乗る山乃端万魔の隠れ家で過ごしているという事だな」
「そうデスね」
「また厄介な名前が出てきたな……クリスプ博士か……」
しかめっ面をする小松川。
「知っテイルのですカ?」
「クリスマス・スプラウト、バイオテクノロジーの研究者だが、探偵業界では裏のある人で有名でね。違法な研究を行ったとして逮捕されたと聞いたが、まさか娘を使って山乃端一人を守らせているとは思ってもいなかったな……」
「しかし小松川さん、山乃端さんを守るにあたっては力になってくれる可能性がありますね」
「あまり協力依頼をしたい人ではないけれどな……。まぁ、敵ではなさそうな以上、クリスプ博士については警戒しなくてもいいだろう」
小松川がクリスプ博士について話し終わると、山居医院の山乃端が話をした。
「本当は私が隠れ家から出るのはよくない状況ではありますが、ジャックは月一回、検査のため、八王子市の病院に通わなければなりません。仙道ソウスケとの戦いで病院に通えない日が続いたので、今回の通院もだいぶ遅れてしまったのですが……。ジャック一人では病院に通えませんし、かといって山居先生が付き添って、隠れ家に私一人でというのも危険という判断で、私が付き添ってジャックを病院に通わせました」
「なるほど……。そこで星羅と会ったって訳だな」
「ソウですネ」
納得する小松川。
「山居医院の山乃端さんが命を狙われた話をしたという事は、こちらの山乃端さんが命を狙われた話をした方がいいだろうな……。衛、説明を頼む」
「かしこまりました」
そう言うと、衛は、これまでに八王子の山乃端に起こった事件のいきさつを話した。とは言え、星羅の別人格の事を話す訳にはいかなかったので、一部表現をぼかしていた。
「ソウですカ……」
衛の話が一段落すると、小松川がまた話し始めた。
「ここまで、池袋の仙道ソウスケの話と、多磨霊園のあひる侍の話をしてきたが、実は山乃端一人を狙う事件は他にも起こっている可能性は高い。信頼のおけない情報源からもたらされた情報も多いから、全てが真実という訳ではないが……」
そう言うと、小松川はここ最近発生した山乃端一人関連の事件について語り始めた。
秋葉原で、とある姫代学園の生徒が正義を語った事件。
スカイツリーで、とてつもない大きさの龍が出現した事件。
東京タワーで、人間大の寿司が暴れた事件。
御徒町で、カマキリのようなトカゲのような怪人が出現した事件。
小田急線で、アフリカ人男性が怪異に襲われたとされる事件。
千駄ヶ谷トンネルで、違法改造かと思われるバイクが走った事件。
代々木公園で、山乃端一人の生前葬が行われた事件。
品川で、巨大ロボットが出現した事件。
小松川によると、余りにも事件が連発したため、情報源により若干の違いがあり、例えば小田急線ではなく大江戸線で起こったのではないか、代々木公園ではなく水元公園で起こったのではないか。ショッピングモールと水族館が隣接している場所という情報で、該当する施設がある品川と推測したが、本当に品川で起こったかは分からない。と付け足した。
但し、共通しているのは、どの事件にも山乃端一人の名前が出てくる事だと言った。
「実は池袋の事件も概要はこちらで把握していたが、まさか当事者から話を聞く事になるとは思わなかった。ご協力、感謝する」
「コチラこそ、情報アリガトウゴザいマス」
「しかし、山乃端一人を狙う事件だけでこんなにも多く出てくるとは……。これは、同姓同名の山乃端一人違いで襲ったと言うよりは、山乃端一人という存在自体に襲うだけの理由があるように思えるな」
衛はあひる侍の事を思い出した。
「あひる侍はダンゲロスの開催を願い、山乃端一人を狙いました」
「ソウスケサンも、ハルマゲドンの開催ヲ願ッテいまシタ」
「衛もジャックさんもそう言っているか……。おそらく山乃端一人が殺されると、何かしらの願いが叶う騒乱が発生するのだろう。それが本当かどうか分からないが。だが、その噂だけで十分、山乃端一人を殺す動機になるな……」
「そうですね」
「そしてそれぞれの事件に最低1人の山乃端一人が関わっているとなると、ここにいる2人の山乃端一人を含め、少なくとも東京には10人以上の山乃端一人がいる事になるな……」
10人の山乃端一人。1人でも殺されれば騒乱が発生するかもしれない。場の空気は重くなった。
小松川は低い声で言った。
「……正直、俺のコネを最大限使っても、山乃端一人を全員守る事は不可能と言わざるを得ない」
そこに衛が推論を立てた。
「小松川さん、東京中で事件が多発している以上、既に誰かしらの山乃端一人は殺されたと考えるのが妥当かもしれません」
「そうかもしれないな……」
「それはまず無いでしょう」
そう言うと、店に飾られている鏡の中から1人の男性が声を掛けた。鏡助だ。
「鏡助か……」
鏡助が出現し、会った事のある小松川、衛、ジャックは落ち着いていたが、初めて見る2人の山乃端は驚いていた。
「お初にお目にかかります。2人の山乃端一人さん。私は鏡助と言います。以後、お見知り置きを」
「よ……宜しくお願いします……」
鏡助は軽く挨拶を済ませ、本題に移る。
「さて、山乃端一人が殺されると発生する騒乱……私達は『ダンゲロス・ハルマゲドン』と呼んでいますが、その予兆は必ず発生します。私が観測する限り、まだその予兆は発生していませんので、全ての山乃端一人はまだ生きています」
衛が鏡助に質問する。
「その予兆とは一体何の事なんだ!」
「正直、説明する事は難しいです。ここでは、全ての山乃端一人は生きている事だけを信じて頂ければと思います」
「そうだとしても、今のこの状況は何なんだ!これを騒乱と言わず何という!?」
「詳しい事は言えませんが、実は私達の界隈にも山乃端一人は生かしておくべきだという勢力、山乃端一人生存派と、山乃端一人は殺すべきだという勢力、山乃端一人始末派が居ます。そして、私の所属している生存派は、始末派に比べると勢力が小さいです。そして、山乃端一人を殺せばダンゲロス・ハルマゲドンを開催するという噂を流したのは、始末派です」
「始末派の仕業だったのか……どうにかならないのか!」
「正直、生存派は私を派遣しているのが精一杯だという状況です。噂を止める事はまず無理でしょう」
「そうか……」
鏡助に言われ、落ち込む衛。
「しかし、希望はあります。先程、小松川さんが山乃端一人関連の事件をいくつも挙げましたが、その事件により、山乃端一人は1人たりとも殺されておりません」
「という事は、それぞれの事件で山乃端一人を守る人がいたという事か?」
「その通りです。これ以上の接触は難しいので、私はこれで失礼します」
そう言うと、鏡助は去っていった。
「……山乃端一人を守る者……」
「万魔サン、モチコサン、ウスッペラードサンの事デショウカ?」
「おそらくそうでしょうね。俺達の言うところでは柳さん、クリープさんがそれに当たると思います。そういう立場の人が他にいて、情報を交換できるのなら、心強いのですが……」
そう衛が言うと、小松川が口を挟んだ。
「それについてだが、何人か思い当たるところがある」
「小松川さん!本当ですか?」
「ああ。遠藤ハピィと正不亭光はここに来た事がある上に、警官の鳴海も知っているみたいなので、連絡は取りやすい方だろう。今井商事と端間一画も連絡先は知っている。大体何でも屋レムナントのファイも知ってはいるが……あまり相手はしたくないな……」
「レムナントと何かあったのですか?」
「ああ、俺より20歳位年上で、かつ業種も似たようなところがあるにも関わらず、たったの1万円で依頼を受けるから困っている。正直口も聞きたくないババァだよ」
「ああ……」
珍しく悪態を付く小松川に同情する衛。
「そう言えばジャックさん、連絡先を交換したいのですが宜しいでしょうか」
「ハイ、マモルサン。万魔サンに言ワレ、新しく用意しまシタ」
そうジャックが言うと、まだ新品の携帯電話を衛達に見せつけた。
その場にいる全員と連絡先を交換したジャックが帰ろうとすると、何かを思い出したかのように衛に話した。
「ソウ言えばデスが、ハリカタサンをご存ジでしょうカ」
「針方さん?針方天童さんの事でしょうか?」
「ソウですネ」
衛も針方天童の事は同じシャーロキアンの常連として知っていた。
「ハリカタサン、今日病院デお会イしたのデスガ、何か様子ガおかしいヨウニ思うノデス」
「針方さんの様子が?」
「気のセイでアレバいいのデスガ……」
「……分かりました。その忠告、受け取っておきます」
「アリガトウございマス」
そう言うと、ジャックはシャーロキアンを出ていった。
1月10日 東京都八王子市 カフェ『シャーロキアン』
私は怪我の経過が良好であることから、病院から外出許可を取り、シャーロキアンに来ていた。
入院中にも関わらず、何故こういう事をしたのかと言うと、今日は一人さんの成人式だからである。
一人さんもこの日のために晴れ着を用意し参加するって言っていたし、その衣装のまま友達を連れてシャーロキアンに来るみたいだから、私も絶対にこの日はシャーロキアンに来たいと思っていた。
一人さんの状況がとても心配だけど、その点はお兄ちゃんが会場近くで待機しているようだから、安心とまでは言えないけど、大丈夫だと信じたい。
そう思いつつ待っていると、お兄ちゃんがシャーロキアンに帰ってきた。
「成人式の最中、山乃端を襲ってくる様子は無かった。成人式が終わった後もしばらく見守っていたが、特に無かったな。これから山乃端達がシャーロキアンに来るから、たっぷり成人祝いをするぞ!」
「うん!」
しばらくすると、一人さんとその友達2人が、シャーロキアンを訪れた。
「一人さん!」
「星羅さん!」
一人さんの晴れ着はとても良く似合っていた。
「いい晴れ着だね!」
「うん、有名シンガーの実家の呉服店で仕立ててもらったの」
「へー、噂には聞いていたけど、あそこで仕立ててもらったんだ」
「多分こういう服を着る機会はそんなに無いだろうからね」
一人さんと話をしていると、横にいた一人さんの友達が私に話しかけてきた。
「あれ?星羅がどうしてここに?」
「えっ、どちら様……って浦上先輩!?」
私の大学の1つ上の先輩、浦上千草先輩だった。
「そう言えば星羅は八王子に住んでいるって言っていたっけ。ごめん、言っていなかったけど、私も八王子出身なんだ」
「えっ!?どこの中学校ですか?」
そう聞くと、浦上先輩は私とは全然違うエリアの中学校を言った。確かにここだと小さい頃、交流は無かったかもしれない。
「へー、星羅さんと千草が知り合いだったなんてねぇ」
「2人で盛り上がっているところ悪いけど、一体星羅さんってどういう人なの?」
「それはねー」
と、一人さんと浦上先輩が私の事について話す。ちょっと恥ずかしい。
「で、こちらが私の友達の大崎杏里さん」
「大崎と言います。星羅さん、宜しくね」
「宜しくお願いします」
こうして、私と一人さん、浦上先輩、大崎さんと4人でしばらく話をした。小松川さんも「成人祝いのサービスだ」と言い、3人に高級な茶葉から淹れたお茶を出してくれた。
話が終わると、浦上先輩と大崎さんは「別に用事があるから」と言って、シャーロキアンを出た。それと入れ替わり位に、針方さんがシャーロキアンに来た。
「あれ、山乃端さんが晴れ着……?あっ、そうか、今日は成人の日か!」
「そうなんですよ」
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます!針方さん」
針方さんも祝っていた。
「そう言えば山乃端さん、ご両親は来ていないですか?」
「今日は両親共忙しいみたいで、一人で行ってこいって言われていまして……」
「今日は車で来ているので、もし良ければ家まで送りますよ。僕も今日は余裕があるのでいつでも構いませんよ」
「いえいえ、そんな事をしてもらう訳には」
「折角の成人式の日なので、その位はさせて下さいよ」
一人さんは申し訳なさそうだ。
「それではこういうのはどうでしょうか。着付けをしてもらった呉服店まで私を車で送り迎えしてもらえませんでしょうか。元々タクシーを使って来ているので、それだけでも助かります」
「呉服店までですね。分かりました」
針方さんも一人さんに協力できて嬉しそうな顔をしていた。
「それでは星羅さん。私は着替えてくるから」
「一人さん。着替えたらまた話をしましょうね」
「そうだね」
「山乃端さん、準備はできたかな?」
「針方さん、宜しくお願いします」
そう言うと、針方さんと共にシャーロキアンを出ていった。
山乃端は針方の車で呉服店まで行った。
呉服店で晴れ着から着替えると、針方が店の前で待機していた。
「それじゃあ山乃端さん、シャーロキアンまで戻ろうか」
「お願いします」
そう言うと、針方は車を出した。
だが、針方の向かった先はシャーロキアンではなかった。
「あれ?針方さん!?シャーロキアンはこっちじゃないですよ!」
「……」
針方はとある路地裏で車を止めた。すると、二人の男が針方の車に乗ってきて、山乃端を押さえつけた。
「!!!」
山乃端は咄嗟にデミゴットを呼ぼうとする。しかし、銀時計は既に奪われており、呼ぶ事ができなかった。
手と足を縛りつけられ、立川でカフェに行った時にように誘拐される山乃端。
(……衛さん、星羅さん、助けて!!)
針方の車は八王子インターへと向かった。
同日 東京都八王子市 カフェ『シャーロキアン』
針方さんが一人さんを呉服屋に連れて行ってからもう2時間になる。
「いくら何でも山乃端、遅くないか?」
「確かに晴れ着を返しに行くにしては遅すぎるね」
「ちょっと山乃端に連絡をしてみる」
そう言うと、お兄ちゃんは一人さんに電話をかける。しかし、全く繋がらなかった。
「出ないか……」
まぁ、電話に出ない事はよくある事だと思うけど、それにしても心配だ。
「一人さんが事件に巻き込まれていなければいいんだけど……そうだ!針方さんに連絡してみたら?」
「針方さんは車を運転しているから繋がらない可能性は高いが、それでも連絡しよう」
今度は針方さんに電話をかけるお兄ちゃん。やはり、繋がらなかったようだ。
「仕方が無い……これを立ち上げるか」
「何かあるの?お兄ちゃん?」
「山乃端の位置情報を知ることができるアプリだ。多磨霊園での事件以来、何かあった時の為に山乃端の了承を得て入れさせてもらった」
一人さんの位置情報が筒抜けになるアプリ。常時だったら「何やっているのお兄ちゃん!」って言っているところだったが、この状況ではとてもありがたい。
「ええと山乃端は今どこに……ッ!」
「どうしたの?」
「……山乃端は目黒区の高級ホテルにいる……」
えっ!何で一人さんが目黒にいるの……!?
ふと、一件のメールが私の携帯に届いた。針方さんからだ。
本文には謎のリンクが張りつけられてあった。
怪しいが、一人さんの情報が分かるかもしれない。私はリンクを開いた。
そこには動画が表示されていた。再生ボタンを押す。
動画にはホテルらしき部屋で、針方さんと、テーブルに縛り付けられ、裸になっている一人さんの姿があった。
「やぁ星羅さん。僕だよ。針方だよ。悪いけど、山乃端さんは預かったよ。僕はね、前から山乃端さんにこのディルド型バイブレータを使いたくてたまらなかったんだ。ローションの準備もほら、この通り。言っておくけど、僕は山乃端さんを孕ませるつもりは一切無いよ。ディルド型バイブレータを使えれば満足なんだ。星羅さんは山乃端さんをこんな目に遭わせるのは嫌だよね。けどね、僕、我慢できないんだ。それじゃあやろうか、山乃端さん」
「ひっ……」
「大丈夫、出来るだけ痛くしないようにするから」
「嫌だ……嫌だ!!」
その後は、針方さんのディルド型バイブレータによって犯される一人さんの様子がずっと流れていた。
「な、何なの!これ!」
「どうした星羅!」
なんで……針方さんがこんな事を……。
失意の中、私の心の中にどす黒い感情が流れてきた。
『絶対に許さない……絶対に許さない……針方も魔人も絶対に許さない……』
…………
「しっかりしろ星羅!」
「はっ!私は一体何を……」
お兄ちゃんが私に対し叫んでくれたおかげで、私は何とか持ちこたえた。
「針方……何故こんな動画をわざわざ星羅に見せつけたのか……」
余りにもひどい動画だが、しばらく再生すると、針方さんが一人さんを犯すのをやめ、再びカメラの前で語った。
「ふーっスッキリした。欲求が開放できてとても気持ち良かったよ。あ、そうそう、僕はとある組織から依頼されて、山乃端一人を殺さなければならないんだ。それが嫌なら今日の20時までに星羅さん一人で目黒区の高級ホテルに来てくれないかな。宴会場を木下興産の名前で取っているから、分かりやすいと思う。そうだなぁ、星羅さんにもディルド型バイブレータを使わせてくれるって言うのなら、考えてあげてもいいかな」
動画の再生が終わった。
「……ごめんお兄ちゃん……私一人でホテルに行ってくる」
「星羅!この話には乗るな!あまりにも危険すぎる!俺が行く!」
「でも、一人さんがこのままだと殺されてしまうよ!!」
「俺はそれ以上に、星羅が針方さんに犯されるのを見過ごす事はできない!」
「じゃあ一人さんを見捨てるって事!?お兄ちゃんの分からずや!」
私は一人さんを助けるため、シャーロキアンを出た。
残された衛は、その場にいた小松川にこれからの事を相談した。
「……そうだな。星羅を呼び出すにしても、この動画の行為はあまりにも行き過ぎている。もしかしたら星羅の別人格を目覚めさせる為に行ったのかもしれない」
「という事は、針方は星羅の別人格の事を知っている可能性があるという事ですか?」
「そういう事だな」
「確かに星羅を別人格にすれば、俺や小松川さんを同士討ちさせる事は可能でしょう」
「しかし、俺はそれだけでは無いような気がするな……そこから先の推測は難しいが……」
小松川は考えるものの、いい考えは浮かんでこない
「だが、今は急いで星羅の後を追った方がいいだろう。衛、頼めるか」
「勿論です」
衛がシャーロキアンを出ようとした時に、携帯電話が鳴った。
「もしもし、瑞浪衛です」
「マモルサンですカ?ジャックデス」
衛は焦る気持ちの一方、ジャックに針方には気を付けろと忠告を受けた事を思い出した。
「トテモ焦ってイルようニ思われマスガ、どうかシマシタカ?」
「針方によってこっちの山乃端が誘拐されました。星羅は山乃端を助けるために相手の誘いに乗り、目黒の高級ホテルに行きました。俺も後を追おうと思っています」
「本当デスか!?」
「そちらの山乃端さんの状況は?」
「コチラでは特ニ何モ起こっテいまセン」
「それは良かったです。急いでいるのでまた後で連絡します」
「チョット待ってクダサイマモルサン。ソノホテルにボクモ連れテ行っテ下サイ」
「ジャックさん。そこに行くのはあまりにも危険です」
「ボクハ娘のサクラサンと仲良クシテもらっテいまス。ハリカタサンの説得のタメに、ボクヲ連れテ行っテ下さい」
「しかし……」
衛が迷っていると、小松川が「連れていけ」とアドバイスをした。
「分かりました。大体18時頃に目黒駅に付くので、そこで合流しましょう」
「了解デス」
電話は切れた。
そこまで言うジャックに何か秘策があるのだろうか。衛は思いつつ、シャーロキアンを後にした。
同日 東京都内某所 ジャックの隠れ家
ジャックは直助と山居医院の山乃端に、出かける事を伝えた。
「ボクハハリカタサンを止めニ行っテきまス」
すると、山乃端がジャックに言った。
「針方さんとは桜さんの父親の針方さんの事?」
「そうデスネ」
「決めた。そこに私も行こうと思う、ジャック一人でそこに行かせる訳にはいかないしね」
「ソンナ、ヒットリサンは隠レ家で待ってイテ下サイ」
「言っておくけど私だって、針方さんがこんな事をするなら説教したい位だからね。心配しないで。私だって覚悟はできているし、同じ名前の人がひどい目に遭っているのを見捨てる訳にはいかないんだ」
「……分かりマシタ。気を付ケテ行きマショウ」
2人が出ようとすると、直助が2人に話しかけた。
「ちょっと待ってくれ。臓器移植を待っている人が凶行に及んだという事は、その事で強請られている可能性がある。説得するならイスタンブール宣言に関する知識を持っていた方がいいだろう」
「イスタンブール宣言デスか。大丈夫デス。僕モヨク知ってイマス」
「私もイスタンブール宣言については知っています」
「なら大丈夫だ。2人共気を付けて行くんだぞ」
ジャックと山乃端は、隠れ家を出て、目黒のホテルを目指した。
同日 東京都目黒区
私は目黒駅近くの高級ホテルに来ていた。
中には凄く立派な中庭があり、ホテルの所々に美術品が飾られていた。一体泊まるのにいくらかかるのだろうか。
だが、そんな事を考えている場合ではない。会場の貸切状況を見ていると、4階の宴会場が木下興産の貸切になっていた。私は急いで4階に向かう。
そこには針方さんと、多磨霊園で一緒に戦った柳生優一郎さん、更に3人の男性が武器を持ちつつ、テーブルに縛り付けた上で寝かしつけてある一人さんを囲むようにして立っていた。
「どうやら来てくれたんだね。星羅さん」
「馬鹿な事はやめて!針方さん!」
「馬鹿な事?嫌だなぁ。山乃端さんを殺せば娘は助かるんだよ」
「だったとしても、一人さんを犯す事は無かったじゃない!」
「弟を惨殺した貴様がそれを言うのか」
「あ……あの時の……」
「どうやら覚えていたようだな。瑞浪星羅。いかにも俺は、カーネルことあひる侍の兄、柳生優一郎だ」
優一郎さんの顔が怒りで震えていた。
「山乃端一人を殺す前に犯し、その動画を貴様に送り付けたのは、貴様に少しでも弟の絶望感を感じさせるためだ」
「まぁ、僕が前から山乃端さんにディルド型バイブレータを使いたかったっていうのはあるけどね」
「安心しろ、貴様も山乃端一人のように犯したのち、惨殺してやる」
「ふふふふふふ……」
一人さんはこんなやつらに犯されたの!?
娘さんを助けるためとは言え、こんな事が許されていいの!?
「そうだ、これが貴様が弟に対しやった事だ。貴様には、俺達の行為を咎める資格は無い」
そう。私はあひる侍を惨殺した。
きっと一人さんが犯されたのは、その報いなんだ。
いや、だとしても!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は大鎌を持ち、5人に向けて走った。
「ユンボさん!キムチさん!リョウマさん!」
「おうっ!」
だが、私はさすまたを持った3人によっていとも簡単に取り押さえられてしまった。
「くらえ!」
「ああああああああっ!」
さすまたから流れる電流に、私の意識が飛びそうになる。
「くっ……くっ……!」
私が弱っていると、優一郎さんが叫んだ。
「見ていろ星羅!山乃端一人が弱りつつ死んでいく様子を!」
そう言うと、優一郎さんは刀を抜き、一人さんの身体を傷つけていく。
まるで、マグロを解体するかのように。
こんなの、余りにもひどすぎる!
八王子の山乃端に傷を付けると、一旦星羅が気を失ったように倒れた。
優一郎は身構え、仲間に言った。
「気を付けて下さい。キョウヘイさんによると、星羅の残忍な性格が出ます」
すぐに星羅は目を覚ました。
「……こうなったのも魔人のせいだ……絶対に許さない……」
「本当に魔人のせいか。星羅」
恨み言を吐く星羅に対しても、毅然とした態度を取る優一郎。
「確かにこの中でこけしさん……貴様は針方と呼んでいたが、彼だけは魔人だ。しかし、他の4人は魔人ではない」
「ぐっ……」
それは事実だ。キョウヘイとの会合の時も5人中4人が非魔人だということを確認した。そして針方も、ディルド型バイブレータを出現させるという戦闘向きとは言い難い能力だ。それでも魔人の山乃端を殺し、星羅に絶望を与えるため、知恵を振り絞り、戦った。
「放せ……!」
星羅は暴れようとするものの、再びさすまたから電流が流れる。
「ああああああああっ!」
優一郎は更に話す。
「貴様が魔人を恨んでいる理由は知らないが、貴様自身が、その恨んでいる魔人だろうが!魔人を殺す位恨むなら、まず自分が死ぬべきだろう!」
「私自身が……魔人……」
「そうだ!」
「……と言う事は、私は死ぬべきなんだ……」
星羅は深く絶望し、身体から力が抜け、意識を失った。
星羅を押さえつけていた3人は、もう1回電流を星羅に浴びさせた上、さすまたを星羅から放した。そのうち1人、ユンボが針方に向けて質問した。
「これで大丈夫でしょうかねぇ……」
「おそらくですが、星羅さんの従兄、衛さんはここを突き止めているでしょうね。奴も魔人です。気を付けた方がいいでしょう」
そう言うと、宴会場の扉が勢いよく開いた。
「!!誰だ!」
「星羅は無事か!!星羅!星羅!」
「セイラサン!ヤマノハサン!」
そこには3人の姿があった。
針方は3人の名前を言う。
「衛さん、ジャックさん、山乃端さん……」
「針方さん……貴方は何てことをしたのですか……」
針方を責める衛。
「仕方がないじゃないか……。娘の命を助ける為にはこれしか無かったのだよ……」
「それデサクラサンが浮かばレルとデモ思ってイルのデショウカ」
今度はジャックが針方を説得する。
「娘だって生きたいと思っている!その為には心臓移植しか無い!」
「……サクラサンは自分ノ状態ヲとてもヨク分かっテイマス。余命マデに心臓移植ヲ受けラレナイかもシレナイ事ヲ。それデモ、サクラサンは現状ヲ受け入レ、オトーサンの前デハ亡くナル直前マデ笑顔でイヨウと思っテイマス」
そこに山居医院の山乃端も付け足す。
「娘さんがこういう思いをしているというのに、仮に親が殺しをして、その見返りとして心臓移植をしたところで娘さんが喜ぶとでも思っているの!?……そういう事をするなら、私は心から軽蔑する」
「うっ……うるさい!お前たちに娘の何が分かるというのか!」
そう言うと、針方は手元にまるで刀のような長さのディルド型バイブレータを出現させ、そのままさすまたを持った3人と共にジャックに向けて近づいた。
「させるか!」
衛は針方のディルド型バイブレータをギター弦で縛りつけ、奪おうとした。しかし、針方は新しいディルド型バイブレータを出現させ、衛の股間に押し付け、振動させた。
「うぐっ!」
「すまない衛さん、股間の事については詳しいんだ」
股間からの何とも言えない衝撃により、その場に蹲る衛。その間にもさすまたを持った3人はジャックを取り押さえ、電流を流した。ジャックはその場に気絶する。
「ジャック!」
『ボクは大丈夫デス』
能力で山居医院の山乃端と話すジャック。だが、山乃端の顔は心配そうだ。
「ははははは……僕には山乃端さんを殺すしかないんだよ……」
『ソレがイスタンブール宣言デ許さレナイ事でアッテモですカ?』
「な……何なんだよ!こいつ!気絶させたのに喋るのかよ!」
不気味がる針方。
『ハリカタサンはご存ジかもシレマセンガ、イスタンブール宣言ハ不正ナ手段にヨリ手に入れダ臓器にヨル臓器移植ヲ禁止してイマス』
「知っているとも!」
『ソシテ、臓器移植をオコナッタ場合、患者ハ一生免疫抑制剤ヲ飲まなケレバなりまセン。シカシ、イスタンブール宣言デ認められてイナイ臓器移植を行ッタ場合、病院は治療ヲ拒否スル事が出来マス』
「それも知っているとも!」
『そうナッタ時、ハリカタサンはどうシマスカ?マサカ、木下興産にズットお世話にナルつもりデスカ?』
「それも覚悟している!!」
『木下興産はサクラサンの面倒を一生ミルと信用デキる所デショウカ?』
「……」
針方の手が止まる。やはり、木下興産は信用のできる組織ではないようだ。
山居医院の山乃端がそれに続ける。
「もう……こんな事やめましょうよ。この行為は全く娘さんの為にはなりませんよ。針方さん」
針方の様子がおかしくなり、優一郎は焦る。
「な、何やっているんだ!ユンボさん!キムチさん!リョウマさん!早く取り押さえろ!」
だが、3人共取り押さえようとはしない。それどころか、涙が出ている。
「……そうか……これは湊の為にならない事か……」
「結奈……すまない!パパは愚かな事をした!」
「伊織……伊織ッ……!」
「おい、どうした3人共!」
どうやら3人共、針方と一緒で子供の臓器移植を約束された父親のようだった。彼らも説得するために、敢えてジャックは針方との会話の内容を全員に聞かせていたのである。
「くっ、だが、瀕死の山乃端はこっちの手のものだ!殺してしまえばこっちのもの!」
「させるか!」
優一郎は山乃端の首を斬ろうと刀を振り下ろすが、回復した衛がギター弦で優一郎の腕を縛り付ける。
「なっ……!」
ひるんだ優一郎に衛が近づき、山乃端から離れるように突き飛ばした。
「うぐっ!」
「さて、これでもう手立ては無くなったな……」
衛は更に優一郎の足もギター弦によって縛り付け、動きを完全に封じた。
「大丈夫か!山乃端!星羅!」
『セイラサン、大丈夫でデショウカ』
『何……ジャックさん?』
いきなりジャックに話しかけられ、驚く星羅。
これはジャックの能力による会話なのだが、星羅はお互い気絶している状況での会話にまだ慣れていない。
『詳シイ説明は省キマスが、今、ボクとセイラサンは話ス事が出来マス。セイラサン、マモルサンが心配シテココに来てイマス。マモルサンの為ニ、立ち上ガル事は出来ナイでショウカ?』
『立ち上がるって言ったって……私は自分自身が憎むべき、残虐行為を行った魔人だよ……。もう、私は生きる意味を失ったよ……』
優一郎の言葉により、星羅の表人格と別人格の記憶がごちゃ混ぜになっていた。
『ソンナ悲シイ事言わナイデ下サイ。少なくトモ、マモルサンはセイラサンが元気デイテくれた方がイイと願っテイルでショウ』
『そんな事を言われても……』
『ナラ考えを変えまショウ。セイラサンは親しいヤマノハサンの命ヲ助けタイですヨネ』
『勿論それは思っているよ……』
『マモルサンにヨルト、ヤマノハサンはマダ生きてイマス。今からデモ助ける事ハ出来マス。ヤマノハサンの為ニ、立ち上ガル事は出来ナイでしょうか』
『……こんな私でも……?』
『勿論デス。一緒にヤマノハサンを助けマショウ』
「星羅!星羅!」
「……お兄ちゃん……」
「星羅!……良かった。無事か……」
気絶していた星羅が立ち上がり、安堵する衛。
「立てるか、星羅」
「……大丈夫じゃないけど……立ち上がれる……」
同じタイミングで、ジャックも意識を取り戻す。
「マモルサンも大丈夫デスカ?」
「俺は大丈夫だ。山乃端も……辛うじて生きている」
横では針方と、さすまたを持っていた3人が泣いていた。
「桜……桜……僕は……!」
針方に衛が近づく。
「針方さん。貴方の行った行為は許されるものではありません。しかし、娘さんを思う気持ちは強いでしょう。娘さんの為に、罪を償う事はできますか」
「……もちろんです」
「ちっ!余計な事を吹き込みやがって」
宴会場に一人の男が入ってきた。
「……!キョウヘイさん!」
針方が叫ぶ。木下興産のエージェント、キョウヘイだ。
「分かっているだろうな。会社の人間を病院に送り、子供をすぐ殺す事だって我々にはできる事を!」
「!!」
「さぁ、山乃端一人は虫の息だ。殺せ!」
キョウヘイに言われ、再び山乃端を殺そうと4人は動き出した。
「山乃端さん!」
「させるか!」
星羅と衛が動く。衛はさすまたを持った3人に向けてピアノ線を操り、縛り上げた。星羅は針方に向けて突進し、大鎌を突き立てた。針方の手からディルド型バイブレータが消える。
だが、その間にもキョウヘイは山乃端の元へ動き、山乃端の喉元にナイフを突きつけた。
「くっ……」
「星羅、山乃端も魔人だ。星羅にとっては惨殺すべき存在じゃないのか?」
「うぐっ……」
星羅が苦しみ始めた。再び、表人格と別人格の記憶が混濁する。
「魔人は惨殺すべき……魔人は惨殺すべき……しかし一人さんも魔人……一人さんも惨殺すべき……?」
「落ち着け星羅!言葉に惑わされるな!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
衛の静止を聞かず、星羅はキョウヘイに向けて走り出した。
キョウヘイに向けて大鎌を振りかぶる星羅。
「ふふふ……」
キョウヘイは山乃端を持ち上げ、盾にするように星羅に向けた。
星羅の大鎌が山乃端の胸に突き刺さる。
「!!!!!!」
キョウヘイは更に言葉を続ける。
「そうだ、お前は山乃端一人を手に掛けた!その憎むべき魔人能力によって!だが、そんな魔人能力から解放されるかもしれない方法が一つだけある。自分の鎌を自分に突きつけろ!お前の能力は魔人能力の否定だろう!」
星羅の心は完全に折れた。
「あああああああああああ!」
「星羅!!やめろ!」
星羅は、大鎌を自分の胸に突きつけた。
星羅の大鎌は、消えなかった。
「……何で……何で自分の能力は否定できないの……」
キョウヘイは静かに星羅に近づく。
「星羅、それはお前の能力が神に選ばれた能力だからだ。自分の能力は自分では打ち消せない。それだけ強力な能力だからだ。この力があれば……お前は新しい世界を作れる!それこそ、魔人のいない世界だって!」
「魔人のいない世界……?」
「教えてやるよ。新しい世界の作り方を」
キョウヘイは、星羅の手を取った。星羅はそれに応える。
「くそっ!遅かったか!」
宴会場の鏡に、鏡助が現れる。
「キョウヘイ!星羅を転校生にする事がどれだけ恐ろしい事なのか分かっているのか!?」
「分かっているさ兄貴。だが、星羅の能力はそれを考えても非常に強力だ!」
「キョウヘイは何も分かっていない!」
「分かっていないのは兄貴の方だろう。この世界には26人の山乃端一人がいる。この世界の山乃端一人を全員殺せば、26人の転校生が救われるのだ」
「だからと言って1つの世界を滅ぼしていい道理は無い!」
鏡助とキョウヘイが言い争いを始める。
「星羅さん、こんな事を言う奴について行ってはいけません。衛さんや小松川さんも心配しています。戻りましょう」
「星羅、お前は友人の山乃端一人を殺してしまった。そして、この世界はお前の憎むべき魔人がいる世界だ。こんな世界は滅ぼし、新しい世界を作った方が建設的だと思うが」
星羅の答えは決まっていた。
「……キョウヘイさん……私はこの世界を滅ぼし……新たな世界を作ります」
「そうだ。それがいい」
星羅はキョウヘイに付いて行くように宴会場を出ようとした。
「セイラサン!」
「星羅!キョウヘイに付いていくな!!」
衛は立ち上がり、星羅をギター弦で縛ろうとした。だが、星羅の大鎌によって切り裂かれた。
「……お兄ちゃん。新しい世界でも一緒にいてね……さよなら……」
2人は宴会場を去った。
「クソっ!私としたことが!」
鏡助は苛立ちを隠せなかった。
ジャックが鏡助に聞く。
「キョウスケサン、セイラサンに何ガあったノでショウカ」
「星羅さんは転校生になったのです」
「転校生トハ?」
「詳しい事は後で説明します。それよりも……山乃端さんの遺体を……回収しましょう」
鏡助は悔しそうな顔をしていた。
「この世界でも……山乃端一人を守るというのは不可能な事だったのか!!」
「俺も……ただただ、悲しい……」
衛も悔しがっていた。
衛、ジャック、山居医院の山乃端は、八王子の山乃端の元へと向かった。
「一応……生死の確認をしますね」
山居医院の山乃端が脈を取ると、驚いていた。
「……!」
「どうかしましたか?」
「衛さん、山乃端さんはまだ生きています!」
「本当ですか!」
「一刻も早く病院に連れて行けば、まだ助かるかもしれません」
鏡助も驚いていた。
「とにかく、山乃端さんが生きているという事はまだ救いがあります!彼女を……絶対に死なせてはなりません!」
その時、星羅の攻撃により横たわっていた針方が起き上がった。
「……衛さん……」
「……どうかしましたか?」
警戒する衛。その間にも山居医院の山乃端は救急車を呼んでいる。
「……僕はとても愚かな事をしました。娘を救いたいが余り、怪しい組織の計画に乗り、償いきれない程の罪を犯しました。キョウヘイさんの言う通り、怪しい組織により、娘を殺されたとしても、それはおそらく僕への報いなのでしょうね……」
「……正直、山乃端や星羅に対し、針方さんの行った事は、俺は許す事ができません。しかし、もし、自分の行った事が罪だと思うのなら、今後の人生は人のために役立つ事を行ってください」
「分かりました。そういう生き方をしたいと思います」
その時、針方の携帯に電話が入った。
「すみません、電話に出ます。……はい……はい……そうですか……分かりました」
針方の電話が終わると、涙を流していた。
「病院から連絡がありました……今日の夕方、娘の桜の容態が急変し、亡くなったということです……。ただ、病院の人は言っていました。最期の時まで、娘は笑顔でいたと……」
「そうですか……」
「……こんな事になるのだったら、馬鹿な事はせずに、娘と触れ合う時間をもっと増やしていれば良かった……」
泣き崩れる針方。そこに、ユンボ、キムチ、リョウマと呼ばれた3人の男が針方に向けて声を掛ける。
「こけしさん……ご愁傷様です……」
「僕も……木下興産の件については一生を費やしてでも償います」
「俺もこの件については、息子に謝らなければならないと思っています」
3人共涙を流していた。
もう山乃端を襲う心配は無いだろうと判断した衛は、3人をピアノ線から解放した。3人は針方と合流し、泣きながら宴会場を出て行った。
それからしばらく待つと、救急隊が宴会場に来た。
「すみません。俺はもう一人の男をそのままにしておく訳にはいきませんので、ジャックさんの山居医院の山乃端さんは救急車に付き添って下さい」
「カシコまりマシタ。マモルサン、ヤマノハサンの事ハ任せて下サイ」
「お願いします」
救急隊は八王子の山乃端を担架に乗せると、宴会場を出て行った。
残される衛と優一郎。
「さて、貴方は多磨霊園の時に、倒れているのを見かけましたね」
「あの時通報したのはあんたか。俺はあひる侍の兄、柳生優一郎だ。他の4人とは違い、病気の子供はいない」
「何故、山乃端と星羅を狙ったのですか……」
「弟が星羅に惨殺されたからだ!そして、俺は弟を生き返らすため、山乃端を殺す事に決めた!」
「そうですか……貴方は星羅の被害者なのですね……」
衛は悲しい顔をした。
「正直、貴方も許す事はできません」
「そうだろうな」
優一郎は毅然とした態度で答えた。
「しかし、俺は一刻も早く、山乃端の元に駆け付けなければなりません」
そう言うと、優一郎を縛っていたギター弦を解いた。
「これからどうするかは貴方に任せます」
「……もう一度、山乃端一人を襲うかもしれないぞ」
「その時は……全力で止めます」
衛は宴会場を出た。
一人残された優一郎。正直、目の前で起こった事に対して、分からない事だらけだった。
「一体俺は、何をしたというのだ……?」
優一郎はその場で呆然としていた。
同日 東京都港区
八王子の山乃端が運ばれた病院で、ジャック、山居医院の山乃端と衛は合流した。
緊急手術中、3人は病院内の一室で待機していた。すると、ジャックが何かを思い出したかのように手鏡を出した。
「ソウデシタ、マモルサン、今なら鏡助ニ転校生ノ事ヲ聞けるカモしれまセン」
「そうですね」
それを待っていたかのように、鏡助が鏡の中に現れた。
「皆さん、やっと余裕ができたみたいですね」
「キョウスケサン、転校生とは一体何者デスカ?」
「そうですね。転校生はですね……」
まず鏡助は、転校生は別の世界からやってくる魔人を超越した者だという事、魔人から転校生になる方法はいくつかある事、無限の攻撃力と防御力を持っている事、嘘を付けないという事といった基本的な事を説明した。
衛が鏡助に質問する。
「それでは何故、星羅は転校生になったんだ?」
「先ほど、魔人から転校生なる方法はいくつかあると言いましたが、その一つに認識の衝突があります」
「認識の衝突?」
「この世界に魔人が数多くいるというのはご存じですね。そして、魔人能力も多種多様だという事もご存じですね」
「ああ」
「しかし、魔人能力によっては、互いの魔人能力が矛盾するという現象が起こる事があります。例えば、ジャックさんはどんな状況であれ会話できる能力を持っていますよね」
「ハイ」
「そんなジャックさんに、周囲の人に対し一切の意思疎通を禁ずる能力者が出てきた時、どうなりますか?」
「ドウナルノでしょうネ?ボクにも分かりマセン」
「これが認識の衝突です。そして、能力が優先されたと認識した場合、転校生になります」
「それが星羅が転校生になる事と何の関係があるんだ?」
衛は鏡助に聞いた。
「星羅さんは能力で出現させた大鎌で傷を付けられると、魔人能力が使えなくなる能力を持っています。しかし、星羅さんの大鎌で自らを傷つけた時、どうなりますか?」
「さっきは傷ついていたが、星羅の大鎌が消える可能性だって……?あっ!」
「そう、星羅さんは自分の能力と自分が魔人である事が矛盾しているのです。実は転校生界隈では、いつ星羅さんが転校生になってもおかしくない可能性があると思われていたのです。その上、星羅さんの能力は魔人能力が使えなくなる能力です。確かに強力ですが、それは転校生の力すら否定するものです。私を含めた生存派は星羅さんを転校生にしないという方針で一致していたのですが、始末派の一部……キョウヘイは星羅さんを転校生にする事を望んでいたのでしょうね……」
「キョウヘイとは一体何者なんだ?」
「キョウヘイはこの世界における始末派のエージェント、そして、私の弟です」
3人は驚いた。言われてみれば、どことなく鏡助に顔が似ていたように思った。
「漢字では、鏡の『鏡』に平均の『平』と書いて『鏡平』です。勿論彼も転校生です。木下興産は、彼がこの世界での協力者によって立ち上げた組織だという事も分かっています」
「何故そこまでの力を持っていながら、自らの手で山乃端一人の命を奪わなかったんだ?」
「生存派と始末派の間で、この世界の事件に、転校生が自ら介入し、能力を使い、この世界の住人を襲わないという取り決めがあったからです。鏡平が自ら宴会場に現れ、星羅に対し呼びかけたのも、能力を使っていないとは言え、正直かなりグレーな部分があったでしょうね。おそらく思った通りにいかない山乃端一人の始末に、かなり焦っているかと思われます」
「という事は、今後は始末派の転校生が直接この世界を襲うという可能性があるという事か?」
「そうですね。そうなると生存派の転校生もこの世界で山乃端一人を守る為に動く事はできますが、生存派は少数派です。正直、厳しいでしょうね……」
「……」
「しかも星羅さんは元々この世界の住人です。始末派は星羅さんについてはこの世界で山乃端一人を襲っても良いと主張するかもしれません」
「……」
今の状況に黙る全員。
静寂に衛が口を開く。
「もう一つ聞きたい事がある。26人の山乃端一人というのは一体何なんだ?」
「ええ、それについてもようやく分かりました」
鏡助は山乃端一人について説明を始めた。
本来、山乃端一人という存在は、世界に1人しかいない。
しかし、この世界では、”プレイヤー”を名乗る上位存在により、その魂が26に分割された。
26の魂が行きついた先は、東京、多摩。
奇しくも多摩にある市の数も26。それぞれの魂はそれぞれの市に縁のある山乃端一人を生み出した。
八王子市の山乃端一人は、瑞浪星羅と友達になった。
立川市の山乃端一人は、望月餅子と再会した。
武蔵野市の山乃端一人は、有間真陽に取り立てられた。
三鷹市の山乃端一人は、月光・S・ピエロのターゲットとなった。
青梅市の山乃端一人は、ウスッペラードのファンになった。
府中市の山乃端一人は、山乃端万魔と友達になった。
昭島市の山乃端一人は、徳田愛莉と親友になった。
調布市の山乃端一人は、浅葱和泉のご近所さんになった。
町田市の山乃端一人は、柳煎餅と出会った。
小金井市の山乃端一人は、鬼姫殺人と出会った。
小平市の山乃端一人は、諏訪梨絵の主人になった。
日野市の山乃端一人は、空渡丈太郎とプラトニックな関係になった。
東村山市の山乃端一人は、すーぱーブルマニアンさん十七歳に助けられた。
国分寺市の山乃端一人は、ファイに依頼をした。
国立市の山乃端一人は、キーラ・カラスと友人になった。
福生市の山乃端一人は、宵空あかねを助けた。
狛江市の山乃端一人は、ルルハリルを呼び出した。
東大和市の山乃端一人は、山居ジャックを看護した。
清瀬市の山乃端一人は、逢合死星と共にいた。
東久留米市の山乃端一人には、ジョン・ドゥが憑いた。
武蔵村山市の山乃端一人を求め、多田野精子が押し寄せた。
多摩市の山乃端一人は、端間一画と出会った。
稲城市の山乃端一人の一族は、クリープを封印した。
羽村市の山乃端一人は、鍵掛錠とクラスメイトになった。
あきる野市の山乃端一人は、ハッピーさんに保護された。
西東京市の山乃端一人は、アヴァ・シャルラッハロートにきんととと名付けた。
分割された山乃端一人が死んだときに起こるハルマゲドンは、その市と周辺を巻き込む程度の規模しかない。
しかし、それにより他の山乃端一人が連鎖的に死ぬと、更なるハルマゲドンを呼び起こすだろう。
山乃端一人の説明について話し終えた鏡助は、最後にこの言葉を付け加えた。
「実は転校生の中には、元の世界の山乃端一人が亡くなり、新しい世界を作る上で、その世界に山乃端一人を存在させる為に、別の世界の山乃端一人の亡骸が必要になっている人達がいます。その人達にとって、26人も山乃端一人がいるこの世界は、恰好の的です」
「……よく分からない部分もあるが、要するにこの世界は狙われているって事だな」
「そう思ってもらって結構です」
非常に厳しい状況。だが、衛は諦めなかった。
「俺にとって、転校生の山乃端一人事情は知らないし、他の山乃端一人を全員守れるかと言うと、それは無理かもしれない。しかし、俺と親しい山乃端は絶対守るし、他の山乃端一人を守る事も、できる範囲で協力したい。……そして、星羅を絶対にこの世界に連れ戻す」
ジャックも意思を固めていた。
「ボクも、その命ヲ賭シテも全テのヒットリサンを守りマス!」
「ジャック……ありがたいけど、私は大丈夫。ジャックはゆっくりしていてね」
「イエ、ヒットリサンが死んダラ、ボクは泣きマス。ソレはゼッタイに嫌デス」
鏡助は感謝していた。
「皆さん……ありがとうございます。今までは魔人が相手でしたが、今後は転校生が襲い掛かる可能性があります。それだけは、お気をつけて……」
そう言うと、鏡助は鏡の中から消えた。
日時不明 場所不明
私、瑞浪星羅は鏡平により、何処かの部屋に案内された。
「さて、星羅には色々転校生の事について教えなければならない。大体1か月程掛かるが、それでいいか?」
「構いません……」
突然、鏡平の携帯に電話が掛かってきた。
「ああ、すまんな。ちょっと席を外すよ」
そう言うと、鏡平は電話を取り、しばらく誰かと話した。その後、電話を切り、私の所に戻ってきた。
「どうやらあの山乃端一人は生きていたらしい。まぁいい。現段階では星羅が転校生になってくれた方が大きかったからな」
「一人さんが……生きている」
私はそう答えた。一人さんが生きているのは嬉しい事だ。けれども……。
「嬉しいか、星羅。だが、今の山乃端一人は魔人だ。星羅と一緒にいる以上、殺してしまうかもしれない。そんな世界から、山乃端一人を救いたいとは思わないか」
「一人さんを……救う」
「その為には、彼女を殺さなければならない。できるか」
「……うまくできるか分からないけど……頑張ります」
「今はそんな感情で良い。徐々に慣れていけ」
私は一人さんへの思いを強めていた。
「そして、できればでいい。他にも25人の山乃端一人がいる。彼女らを一人でも多く殺せれば、星羅のように、新しい世界で山乃端一人を存在させ、それによって救うことができる転校生がいる。協力できるか?」
「分かりました……」
私はそう答えた。
「さて、俺は他にも山乃端一人を殺す協力者がいないかどうか探してくる。俺のいない間、ここで好きにしているといい」
「……分かりました」
鏡平は部屋を出て行った。
私は瑞浪星羅、転校生。
これから、私の世界の山乃端一人を全員殺す。