浅葱和泉は人間ではない。
浅葱和泉は人間ではない。
ではこの肉袋の中身はなにか。
魂のない感情を持ったなにか。
「浅葱さん」
「なに、キョウスケちゃん」
休日、ひとりで図書館にいる。
山乃端一人とどこかに遊びに行こうと思ったが別の用事あるらしい。
一緒に来るかどうか聞かれたものの、諏訪梨絵と遊びに行くとのことだから断った。
彼女のことが嫌いなわけではない。
だが、前回の一件もあったので自分は遠慮しておこうと気を遣ったのだ。
そういうこともできる。
それは人間らしい行動だと自分でも思う……のだが、浅葱和泉は人間ではない。
コンプレックスではない。
もとよりそういう存在であるというのは薄々知っていたのだから、改めてそれを示されたところで自分がどうこう思う必要はない。
そのはずだ。
そうでないといけないのだ。
山乃端一人は生者で、自分は死者。
あるいは死者未満の何か。
それで以外の何物でもなく、それ以上のカテゴライズは不要だ。
そう言い聞かせた。
「転校生のことなんですが……」
「また? 前にあんなことあったばかりだよ?」
そう言って、左手を上げてみせる。
鈍いような鋭いような、そんな細やかな表現ができないくらいの痛みが訪れた。
左腕は完治していない。
一応、治療そのものは受けているが骨も肉もズタズタらしい。
影で覆って無理やり動かしているから、きっと治りも遅いだろう。
「そんなに何人も相手にしてたら、ワタシの体がもたないよ。みんな元気が過ぎる」
そう言って、目を細めた。
山乃端一人が恨みを買っているとは思わないが、それにしても数が多すぎる。
この東京にどれだけの転校生がいて彼女を狙っているのか。
別に正確な数字やそれぞれの思惑などに興味はないが、それだけ狙われている山乃端一人への興味は募るばかりだ。
本当に、不思議な少女である。
「……」
鏡助がこちらを見つめる。
なんとも言えない顔だ。
彼自身、山乃端一人を助けるために動いている人間だ。
山乃端一人のためとはいえ、協力者が傷つくことに思うところがあるのかもしれない。
「浅葱さんは、なぜ手を貸して下さるんですか」
「不思議かな?」
「……正直、少し」
「素直でよろしい」
くすくすと口元に手を当てて笑う浅葱。
対する鏡助は困り顔だ。
まだ誰も、浅葱和泉という存在を掴み切れていないのかもしれない。
「ワタシはね、あの子に生きていて欲しいと思ってるだけだよ」
「……」
「単純な話さ。別に、それが使命だとかは思わないけれど……」
「けれど?」
「ヒトリちゃんには、笑っててほしいでしょ」
なぜそう思っているのかは知らない。
意に介さない。
そう思っているから、そう思っている。
それだけでいい。
「で、転校生がなに?」
「また複数、山乃端さんを狙う転校生がいるのですが……その……」
「?」
「影が……」
「影?」
「はい。殺尽輝の影と呼ばれているんですが……」
「シャドウ・オブ・キラーキラーってすごい名前だね」
外国のお菓子みたいだ、と笑う。
が、お互いに内心穏やかではない。
見えざる力の代行者、と鏡助は浅葱にその敵のことを伝えた。
本当に厄介だ。
「……分かった。対処す────」
そう言いかけて、止まる。
そこにヒトガタがいた。
『……』
『闇色の武器庫』
敵の能力が展開される。
「……早すぎるよ」
浅葱の影がうごめく。
いくつもの触手が敵に向かって殺到するが、その攻撃を敵が手にしたナイフが切り刻んでいく。
触手から伝わる痛み。
熱にも似たそれが体の中を駆け巡っていく。
「キミ、影なんだってね」
『……』
「奇遇だね、ワタシもだよ」
敵がこちらに肉薄する。
影の包丁で応戦するものの、こちらは左腕が機能しない。
喉に向かって伸びる切っ先をかわし、自身の武器を相手の武器に合わせる。
「没収だよ」
武器に影で出来た包丁がナイフを包み込む。
影の中に敵の獲物を取り込み、浅葱は敵の腹に向かって蹴りを放つ。
命中、だが人間を蹴った時のような感覚は訪れない。
人間に似ているが、違う。
まるで材木にゴムを巻いたかのような感覚。
ぐにぐにとしたものの中に確かな硬さがある。
手ごたえは……あまりない。
『……』
敵が自動小銃を構える。
判断が早い。
さすがに、弾丸はかわせない。
「『影の形に従うが如し』!」
影の壁。
弾丸の雨が飲み込まれていく。
あの武器が敵の魔人能力で出現しているのを考えると、弾切れになる可能性は薄いだろう。
どこかで切り返さないとやられっぱなしになる。
「っ!」
射撃の音が止む。
攻撃手段を切り替えるか、ならば。
浅葱は強く床を蹴り、前に突っ込もうとした。
影を抜けて最短距離で詰める。
つもりだった。
「……なっ」
『……』
接近していたのは、敵の方だった。
射撃をやめたのはこちらが反撃しようとする動きを誘うためだ。
前に進んだ浅葱、しかしそれより先に距離を詰めた敵。
その手にはナックルダスター。
「ッ!」
ごり、と鈍い音がする。
肝臓のあたりを強く打たれる、続いて胃を打ち抜かれた。
強烈な痛み、そして生理的な反応。
思わず息が止まり、動きすら止められてしまう。
『……!』
顔面を思い切り蹴り飛ばされる。
その衝撃で浅葱の体は後方に転がり……
「が……ぁ、は……」
鼻からは血、口からは嘔吐。
きっと今日は浅葱にとって最悪の日になる。
そんな予感がした。
▼▼▼
一方、山乃端一人と諏訪梨絵もまた、敵と対峙していた。
「いま、なんと?」
「私、山乃端さんとお友達になりたいの」
安池有紗、彼女に誘われてやってきたのは墓地。
そしてそこで告げられた彼女の内心。
それだけで終わればただの変わった友情の形だが
「だから、殺さないと」
それで終わらないから転校生である。
「友達になるのに、一人を殺す必要があると?」
「だって……仕方ないじゃあない」
「……意味が分かりません」
「私にとっての友達は」
風が吹いた。
それは、とても嫌なにおいを伴っている。
死。
人間のみならず、生物に宿る死を予感させる匂いだ。
骸が、墓石の影から現れてくる。
諏訪が箒を構える。
一振りで骸たちが蹴散らされていくが、まだ始まったばかりだ。
ここで終わらない、お互いの持つ使命のためにも。
▼▼▼
「あれが転校生っていうのも、どうなのとは思うけど」
「……」
宵空あかね。
幽霊である彼女が対峙したのはクラゲだった。
名を暗黒巨大化クラゲちゃんという。
立派な齢十六のクラゲである。
東京のシンボル、スカイツリーの前でぷかぷかと浮いている。
「……まぁ、クラゲなら水分を飛ばせば……」
強く、鉄棒を握る。
まず、一撃。
そのために距離を詰める。
「ふええ……」
しかし、それに気づかないクラゲでもなかった。
「えいっ!」
毒性の触手が宵空へと向かう。
その一撃を鉄棒で弾きつつ、クラゲの前に遮光を解除したランタンを押し付ける。
「あ、あつい! あついよう!」
鬼火。
『午後四時の校舎に差し込む夕日』による温度の上昇。
それはクラゲにとっては干からびる原因になる。
ぷかぷかと浮いてそれから逃れようとするクラゲを宵空を逃しはしない。
「しっかり、倒させてもらうわ」
▼▼▼
「げほ……っ」
図書館二階、個人スペースのPC室。
本来は映像資料を確認するための場所だが、いったんここに隠れている。
敵と致命的な一撃を喰らわないようにしていたが、山乃端が狙われている以上ずっとここに隠れるわけにもいかない。
状況は劣悪で、こちらが押されている。
何とか殺されていないだけマシであると、考えるしかないのだが。
何度も攻撃を喰らったせいで息は上がり、体中から出血している。
「参ったな……」
敵は、疲労の色を見せていない。
というよりも疲労という概念にとらわれていないようにすら思える。
目に見えない力。
生物でないということがここまで厄介だとは思わなかった。
「流石に、今回は危ないかな」
規模感がどうのこうの、ということは問題ではない。
敵は強すぎる。
恐らく、勝てないだろう。
「……死か」
死ぬということはきっと初めてではない。
しかしそれはこの肉体はという意味であって、浅葱和泉という存在としては初めてのことかもしれない。
基本的には不可逆の事象。
死ねば、生命は終わる。
だが人間でない自分は?
(ダメだな……ずっと、そんなことばかり考える)
自分はどこから来てどこに消える。
敵を倒さなければならないのに、余計なことを考えるな。
『浅葱さんは、なぜ手を貸して下さるんですか』
鏡助の言葉が響く。
(それは、ワタシの覚悟を)
やめろ。
(ワタシはなんで命をかけてヒトリちゃんを)
考えるな。
(ワタシは)
興味を持つな。
「……?」
周囲が騒がしい。
図書館の客は戦闘が始まった時に散っていき、すでに館内は無人のはずだ。
その騒がしさが思考を切り裂いていく。
助かった、とは思えなかった。
こういう時、たいてい物事は悪いことに向かって進んでいる。
「……」
ガシャン、とガラスが割れた音がする。
一階からだ。
「一人! こちらに!」
(リエちゃん……?)
現れたるはメイドと少女。
敵の能力について考えれば、墓地から離れるのは必要な事だった。
故に、敵の戦力を分散させるために狭い建物を選んだのだろう。
不運だったのはその中に敵がいるということだ。
弾けるようにPC室から飛び出し、敵を探す。
敵は銃を扱う事も出来る。
射線が空いているのならどこからだって狙ってくる。
(……リエちゃんなら)
信じて、賭けろ。
タタタタタタ
銃弾の音。
能力によって引き上げられた身体能力でそれに反応する諏訪。
銃弾はお盆によって防がれ、その音を頼りに走る浅葱。
「いた……!」
見つけた、一階だ。
刀を手に持ち山乃端に迫ろうとしている。
させるわけが無い。
「ワタシから目を離すなんて……」
影が二階から一階へと素早く伸びていく。
「妬けるじゃあないか」
敵の四肢を触手で拘束。
そのまま離さず天井に叩きつけた。
「……もう一回」
今度は、二階の床。
普通の人間なら、これで倒れてくれるが……
『………………』
「……本当にタフだね」
影は立ち上がる。
「和泉か!」
「リエちゃん。この子、山ほど武器を出すみたいだ」
「こっちのは死体を動かしてくる!」
「分かった」
だが、敵はこれだけではない。
「くそっ、待ちなさい!」
「うええ……」
また、別の声。
一階の様子を窺えば宵空と彼女に追われるクラゲが入ってきている。
そして、諏訪たちを追ってきていたらしい安池の姿も。
「どうして逃げるんですか」
「お前を一人に近づけるわけにはいかない」
「そう、ですか……なら、力づくでも」
箒と園芸用ナイフが交差する。
「ここまで来られたのは正直誤算だけど……決着はここでつけさせてもらうわ!」
「うう……」
触手と鉄棒がぶつかり合う。
だが、浅葱はそれを確認することはない。
「……やっぱり、ここで止めないと行けないね」
『……』
影と向かい合う。
今日何度目のことだろうか。
敵の力は強大で、何度も苦痛と能力的な劣等を教え込まれてきた。
それでも浅葱和泉は立っている。
立たねば、山乃端一人は死ぬ。
それを防ぐためなら、己の命だって。
(……うん、そうだ)
自分の命など、彼女に比べたら軽いものだと思えてしまう。
それが何の矛盾もなく、当然のことのように思えてしまう。
死とは終着だ。
そこに至れば全てが終わってしまう。
浅葱和泉はそれを捻じ曲げて肉体を動かしている。
だから、いいじゃあないか。
山乃端一人の死という終着。
どの世界でもそうなってしまうという現実を捻じ曲げてしまったって。
「『影の形に従うが如し』」
『闇色の武器庫』
その時、初めてヒトガタの声を聴いた気がした。
遠距離戦になるとこちらは守りを固めるしかないが、接近戦はかなり分が悪い。
ならば。
(中距離で削りつつ、影の中に落とす)
敵の動きは俊敏だ。
そのうえ、人間とは違って骨を折って動きを阻害することもできなさそうだ。
目を細める。
また、触手が殺到する。
ヒトガタはそれを切り刻む、何度だってそれを繰り返す。
敵の動きを目に焼き付けろ。
何度も繰り返し、繰り返し、繰り返し、そうし続けてやることで。
『!』
やっと、一撃が通る。
物量による攻撃の中に仕込まれた、死角から首へと至る一撃。
好機は逃さない。
「キミがどのくらい耐えられるのか……」
そのまま、相手の首に触手を這わせる。
それを破壊しようとするのを制するように四肢に触手が這っていく。
首を、手を、足を、いくつもの触手が縛り上げた。
そして相手の体を引きちぎらんばかりに締め上げ、拘束した。
「試してみようか」
無防備な肉体へ、触手が迫る。
それは荒れる海のようであり、崩れる山のようであった。
幾万の打撃が殺到し、敵の体を打ち続ける。
「……これで……!」
脂汗が額に滲む。
汗で張り付く黒髪をかきあげながらも、浅葱は集中を切らさない。
敵を戦闘不能にするチャンスは今しかない。
この打撃の嵐すら本命ではない。
敵を触手で包み込む、さらなる拘束に見せかけた取り込むための行動。
敵を影の中に落とせ。
そうして、二度と出られないようにしてやれば……
「!」
床が揺れる。
地震ではない。
床が、建物そのものが崩れているのだ。
「なにが……」
▼▼▼
安池有紗にとって不運だったのは、山乃端一人が一人ではなかったことだ。
そして、山乃端と一緒にいた相手が諏訪梨絵だったということ。
操作する骸たちを相手にしても動じない精神性。
そして鍛え上げられた戦闘技術、シンプルながら強力な魔人能力に裏付けられた身体能力。
墓地から離れられ、追加で骸を動かすことができない。
すでに起きていたらしい図書館での戦闘で破壊された本をも骸して操作したもののジリ貧であることは否めない。
そのうえ、宵空あかねと彼女が共同戦線を組んでいる。
それは安池にとって数少ない自分が操作できない亡骸。
幽霊である彼女は肉体を持たない。
それゆえに、操れず。
「うあああ」
クラゲの触手が彼女の箒に阻まれ、割り込むように宵空の一撃がクラゲを打ち据える。
ランタンを押し付けられ、悲鳴を上げるクラゲを横目に、安池は山乃端を殺すために距離を詰める……が。
「行かせない」
それを許す諏訪ではない。
ターンするように動きつつ体を割り込ませ、その回転の勢いを乗せた蹴りが安池の体を飛ばしてしまう。
近いようで遠いこの距離がいつまでも埋まらない。
「なんで……」
「私は、一人を守る」
「なんで……いつも……」
「そう思ってるからじゃないの」
宵空の言葉に顔を上げる。
どこか見透かしたかのような顔がこちらを見ていて、それがとてつもなく悲しかった。
「自分で足を止める理由ばかり」
人間が嫌いだから。
彼女に嫌われたらいやだから。
そんな理由が胸にあって、それが足を止めたのだとしたら。
そうなのだとしたら。
「……あ、ああ……」
そうだとしても。
「私……」
もう。
「私は……」
戻れない。
「あああああ!」
安池がナイフを握り、迫る。
酷く痛々しくも命の輝きを示すような、彼女にとっては数少ない衝動的な感情に身を任せた行動。
友達になりたいと願いながらも命を奪う矛盾。
それを成立させる精神の捻じれが、言葉と涙となって吐き出される。
「……これ、もう戻れないと思っていいわけ?」
「そう思うほかない」
ならば、ならば。
ここで止める。
山乃端一人を守るために。
山乃端一人に感謝を伝えるために。
「私は! 私はあああ!」
鉄棒が体を打ち据える。
箒が骨を砕いていく。
生命が散っていく。
嗚呼、終着が来る。
執着の終わりがやって来る。
薄れる意識の中、安池が見たのは。
視界いっぱいのクラゲだった。
「ぐす……ぐす……」
「なにを……」
「わたしのこと、わすれないでね!」
クラゲは、ただのクラゲではない。
暗黒巨大化クラゲちゃん、だ。
その能力は『暗黒巨大化ビーム』
とはいえ、ビームが出るわけでもなく死骸に同化していく。
「こいつ……大きくなってる!?」
「っ! 一人!」
諏訪が山乃端一人に向かって走り、その体を抱える。
巨大化していく安池の体が図書館を破壊せんと伸びていっている。
すぐにでも図書館から脱出しなければ生き埋めになるのは確実だ。
「ちょっと! 待ちなさい!」
「言ってる場合か!」
▼▼▼
床が崩れる、天地が混ざる。
床を、天井を抜かんと巨大化する人物によって壊されていく。
「うそだろう……」
突然のことに拘束が緩んだ。
下にいる山乃端のこと、この状況がなぜ起こったのか、この敵にどう対処するべきか。
考えるべきでないことが頭をよぎってしまった。
それが、命取りになると分かっていたはずなのに。
「がっ……!」
『……』
拘束を振りほどいたヒトガタが突進の勢いそのままに浅葱の胸を刺す。
そして、顔らしい場所を動かしている。
山乃端一人を探しているのだ。
「させ……ない……」
浅葱が優先したのは攻撃ではなく捜索。
山乃端一人はどこだ。
「……!」
見つけた、諏訪に抱えられている。
一緒に宵空もいるようだ。
全員無事らしい。
(なら、いいか)
自分が死んだって、いいんだ。
『……』
落ちながらも山乃端に向けて銃を構えるヒトガタ。
その動きが一瞬止まる。
触れる浅葱の左腕、そこから飛び出る何かがある。
「キミにはいいおもちゃをあげるよ……なに……お礼はいいよ……」
真っ黒な棒状のそれ。
護身用具、スタンバトン。
その電流が流れている。
人間ではないヒトガタには有効ではない。
だが、刻み込まれた何かが起動する。
それは何かを取り出す黒鬼の異能だったか、謎で覆い隠す『謎掛』の異能だったか、それとも特性を二倍に、体から樹木を生やす、鉄粒子を操作する、そんなの異能だったか。
本来のスタンバトンよりも強い電流が流されていく。
浅葱自身にもそれが流れることをいとわずに。
そうだ、これはもっと違う味わいだったはずだ。
この電流は、痛みは愛人形の……
思考にも似た記憶の復活、それが動きを鈍らせた。
そして次に来た衝撃は刃物によるもの、ヒトガタと浅葱が行った最初の交差。
その時に取り込んだナイフが敵の体と浅葱の左腕を貫いている。
磔にするように、動きを縛っていた。
「……ワタシと……遊んでくれるんだろう?」
瓦礫に押されて地面へと落ちながらも、浅葱は笑っていた。
くすくすと笑い声を上げながら、瓦礫の下に沈んでいくのである。
▼▼▼
「そっちに来てるぞ!」
「光源がないところじゃあ……!」
巨大化した安池の能力によって呼び出された骸たちを諏訪と宵空が撃退していく。
安池が操るよりも操作の練度は落ちているようで、諏訪や宵空からすれば数が多いだけの存在だ。
復活した安池自身も、以前のような動きは見せていない。
力の限り暴れているだけだ。
しかし、その動きもじきに止まる。
時間にしておよそ五分経ったことである。
「これ……は……」
骸たちを複数操作するという煩雑さが裏目に出た。
同士討ちを始めるものや安池を攻撃するものすら表れ始める始末である。
「……狙うなら」
「今ッ!」
ランタンを掲げる。
最大出力の能力起動、その熱が安池の中のクラゲの精神を刺激する。
「鬼さんこちらー」
意識の誘導。
安池の行動を誘導し、その隙をつくのは諏訪梨絵。
「これで……」
「終わり!」
一気に跳躍し、箒によって安池の後頭部を叩く。
打ち損じられた野球ボールのように強かに安池の顔面が大地に叩きつけられ、沈黙する。
かくして、一人と一匹の転校生を撃退することに成功した。
「これで……終わりか……」
「なんだか、どっと疲れた感じね……」
「一人、無事ですか?」
怪我はない。
諏訪の仕事は完璧で、山乃端の元へとクラゲがたどり着いてしまったアクシデントはあったものの、宵空も彼女を守り切った。
「……浅葱さんは?」
「和泉? そういえば、姿を見ていないような」
「図書館の下敷きになったんじゃ……」
瓦礫の山へと、山乃端は駆けていく。
諏訪も宵空もそれを追いかける。
諏訪は瓦礫をどけ、宵空は瓦礫を透過して中へと入っていく。
「浅葱さん! 浅葱さん!」
▼▼▼
嗚呼、懐かしい感覚だ。
影の中には上下左右などなく、まるで水の中に沈められたかのような感覚がある。
あらゆるものがこの真っ暗闇の中に閉じ込められている。
「賭けは……ワタシの勝ちかな?」
『……』
影の中、ヒトガタと共に沈んでいく。
だがそれももうじき終わる。
生物でもないヒトガタは汚染されて死ぬことはない。
しかしここから出ることもできない。
『……! ……!』
浅葱を殺そうと武器を振るう。
体を刺し、切るがそのたびに影の中に現れた触手に体を絡め取られていく。
理解している、これは詰めだと。
浅葱和泉はあくまで現実に身を置くための存在。
浅葱和泉は人間ではない。
いくら殺しに長けようとこの状況は分が悪いという言葉すら通用しない。
胃の中にいるのと同じだ。
「疲れたね……」
左腕は動かない。
自分で刺したのもあるが、完全にダメになってしまったのだろう。
山乃端に何と言って誤魔化そうか。
「ふふ……」
また山乃端だ。
いつも、彼女のことを考えている。
守るためでもなんでもなく、彼女と心配をかけないようにあれやこれやと考え始めたのは何時からだろうか。
からかうのが楽しいと思えたのはいつからだろうか。
そんなもの、興味はないけれど。
そうなってしまったことにくらい、目を向けてもいいのかもしれない。
「ヒトリちゃん」
その名を呼ぶ。
どこか、心の中に染みわたっていくものがある。
「……さぁ、帰ろうか」
どこかから、自分を呼ぶ声が聞こえるから。
▼▼▼
「浅葱さん!」
「やぁ、ヒトリちゃん。元気かな? リエちゃんとのデートは中断?」
「そ、そんなこと……!」
「……大丈夫だよ、ワタシはちゃんと生きてる。ちょっと体重は軽くなったかもしれないけど」
瓦礫の山の中、山乃端と言葉を交わす。
諏訪がどんどんと瓦礫をのけているから、もうじき太陽の光を拝めるだろう。
魔人能力で瓦礫をのけてもいいのだが、それをする気になれないほどには消耗していた。
「ヒトリちゃん」
「な、なんですか……?」
「全部終わったら、遊びに行こうか」
「遊びにですか?」
「うん。なんだか、そうしたくてたまらなくてね」
体中が痛む。
それでも、言葉を止めないのは。
それでも、貴方と話したいのは。
他でもない山乃端一人と繋がっていたいからだ。
「その日を君のための日にしたいんだ」
「?」
「ヒトリちゃんの見たいものを見て、したいことをして、食べたいものを食べる。そんな日だよ」
柄にもないことを言っている。
こんなこと、普段は言わない。
それなのに、言えてしまった。
この衝動、感情は手離さない。
「だから、この瓦礫がなくなってワタシと出会う時の顔は」
愛というのならばそうだろう。
恋というのならばそうだろう。
「笑っていて欲しいんだ」
これこそが、人間ならざる浅葱和泉の持つ人らしさのひとかけら。
▼▼▼
「ねぇリエちゃん」
「なんだ、和泉」
「ワタシにもしも何かあったら、ヒトリちゃんにうまく伝えておいてよ」
「……断る。嫌なら、生きて帰れ」
「……釣れないなぁ二回も一緒に戦ったのにさ」