『山乃端一人が死ぬことでハルマゲドンが起こる』
それは“確実”なことではない。
だが、一人が生きている限り、その噂によって、ハルマゲドンを起こそうとする者が一人を狙ってやってくる。ハルマゲドンを阻止しようとする者もいる。そうやって“魔人が集まる”。
だから仙道ソウスケは一人を見逃している。一人を殺した結果ハルマゲドンが起きなかったとしても蘇らせることはできないが、散々魔人を集めた後で一人を殺すことはできるのだ。
そう、この状況は一時しのぎにすぎない。
オセロで言えば、中央あたりで相手の石を大量にひっくり返したようなもの。もう一度返される可能性は大いにある。
解決するには、ひっくり返されない“角”を押さえないといけない。
つまりこういうことだ。
『山乃端一人が死んでもハルマゲドンは起こらない』
それを“確実”にしないといけない。
はたしてそれは、本当に可能なのだろうか?
ジャックの体調を懸念して隠れ家は地下から移されることになった。
リスクが増えるとジャックは渋ったが、周りが押し切った。
奥多摩の人里離れた山中にある温泉旅館だ。どうせなら湯治でもどうかと冗談交じりに万魔から提案された。
実はこの旅館にも万魔の父親であるクリスプ博士の息が掛かっている。従業員室を経由しないと入れない秘密の客室に、ジャック、一人、直助の3人は案内された。
そこには、ひとりの若い男がいた。
「護衛を務めさせていただく日賀です。よろしくお願いします!」
直助は彼を見て驚く。
「おお! 日賀君、君がなぜ?」
「オトーサン、彼とはお知り合いデスか?」
「昔山居先生の下で働いていたんですよ」
ジャックは納得した。
「というコトハお医者サンデスネ。ヨロシクお願いしマス」
針方天童は困り果てていた。
とある“組織”から、山乃端一人という女を殺せば娘の病の治療費と臓器移植のドナーを用意するという持ちかけがあった。一人の現在の居場所も、この旅館だと教わった。
だが、客として入れる範囲に一人の姿は無かった。
天童は魔人ではあるが荒事とは無縁のただの会社員である。
一人が匿われていることまでは想像はつくが、ではその防衛線を突破できるかというと答えはNOである。
ならば、自らの魔人能力に頼る他無いであろう。
彼の能力『想像上のダン(イマジナリーダン)』は、自身が考えた想像上のディルド型バイブレータを1本手元に出現させる。
それは彼が想像できる限りどんなものでも可能だ。
つまり、山乃端一人を自動的に追尾し、暗殺してくれるブツを作ればいい。
理屈の上ではそうなる。
だが問題がある。それを天童がディルド型バイブレータと認識できなければ作ることができない。
そこで彼は考えた。
バイブレータはその名の通り振動する。振動を複雑に組み合わせれば、動き回れるのではないか。
ディルド型というのは男性器を模しているということ。であれば女性器に向かうという本能や、勃起の機能を模していてもいいのではないか。
つまり、振動によって移動し、本能で一人を追跡、性器に潜り込んで、膨張により彼女を内側から破裂させる。
あとはそのブツを天童が想像できるかだ。
「やるしかない、桜のために……!」
新調したスマホが鳴った。ジャックが取ると、若い男の声がする。
「こちらコモドショップ池袋店です。ご新規のお客様に、とってもお得な「ソウスケサン」
電話の相手は声のトーンを変えた。
「つれないねえ。まあいいや、とある情報を伝えたくてね」
「情報?」
「うん、万魔ちゃんはしばらくそっちに行けそうにないみたいなんだ。それに、僕自身も動けそうにない」
「……何カ、あったンデスか?」
鵜呑みにするのは危険だと思いつつも、気になる情報ではあった。
「とある組織とのいざこざがあってね。まさかその組織が山乃端一人殺害派とは思わなかったからさ」
「トアル組織?」
「気を付けなよ、そっちにも既に刺客を送り込んでるだろうからね。その組織の名前は――」
「すごい吹雪だったね」
「危なかったな。もう少し遅かったら立ち往生するところだった」
旅館に新たな客がやってきた。
中年夫婦と成人した息子、大学生の娘の4人連れ。瑞浪一家である。
「これだと露天風呂は無理かもしれないね」
「うーん、楽しみにしてたんだけどな」
両親が受付を進める間、息子の衛と娘の星羅は温泉の話に花を咲かせる。
「まあ、露天だけが温泉じゃないさ。屋内にも岩風呂とかサウナとかもあるみたいだし」
「ジャグジーもあったよね」
そのときだった。
「きゃあああああああああああ!」
突然、遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。
「これは……事件、か?」
父・瑞浪俊介は探偵である。探偵とは事件を呼び込みやすいものでもあるのだろうか。
『あなたは今、何ヲシテいましたカ?』
悲鳴の次に、“声”が飛んできた。
天童は多少戸惑ったが、聞かされている情報によって知っていた。これは山乃端一人を守っている山居ジャックの能力である。
「私は、何もしていない」
心の中で「まだ」と天童は付け加えた。
想像は失敗していた。
振動の調整ははただその場で飛び上がるまでしかできなかったし、一人の写真を見せても何も反応しなかった。
もっと詳細に想像を張り巡らせることが必要だろう。
だが、彼らはしばらくこの旅館に身を預けるはずだ。
見積もりとしては数日あれば暗殺用のブツは完成するだろうと見ていた。
その間、泊まっているこの部屋で誰にも見られることなくいくらでも試せる。
そう思っていた。
だが数分後、状況は一変した。
ジャック、一人、直助の3人が表に姿を現し、女将と何かを話しだした。
受付を中断され、横で聞いていた俊介が口を挟む。
「つまり、犯人の分からない殺人事件ということですか?」
「エエ、ボクたちと同室シテイタ人が殺されタのデス」
「ご愁傷様です。僕は都内で探偵をしている瑞浪俊介と申します。差し出がましいとは存じますが、この事件の調査をさせてはもらえないでしょうか」
ジャック少し考えたが、彼らが今到着したばかりの様子を見て、事件には関係ないだろうと踏んだ。
「エエ、お願いシマス」
「女将さん、従業員と宿泊客を全員集めることはできますか?」
「はい、宴会場に集まるよう放送します」
そこに衛が割って入る。
「お父さん、警察に連絡したけど、吹雪でしばらく近付けないらしいよ」
「対応が早いな、分かった。では僕と衛で現場を確認させていただきたいのですが、そちらの、ええー……」
「山居ジャックデス」
「山居さん、案内お願いできますか?」
「エエ」
ジャックたちの泊まっていた部屋は2階建ての2階にあり、部屋の中に浴室がついていた。
日賀の遺体はその浴室の中で、後ろから刺された形で倒れていた。
天井から侵入した形跡があるが、凶器は現場に残されたままだ。
「犯人を目撃しましたか?」
「イイエ、大きな物音ガしたノデ開けて見タンデスが、日賀サン――この方が倒れてイタダケで……」
俊介は考える。
犯人は天井に戻ったか、あるいはジャックたちの誰かが犯人だということだ。だが、ジャックたちが犯人なら、わざわざ事件のことを伝えにくるだろうか。
事情は知らないがこの部屋は従業員室を経由しないと入れない。隠し通した方が有利なはずだ。
なので、ジャックたちの犯行である可能性は低そうだ。
「モウひとつ……ボクは魔人デス。ボクの能力『ハナサナイカラハナサナイカ』は10m以内の人ト、状況に関係無く話せマス」
「さっき入口で聞いた“声”ですね」
「ハイ、ソレを応用シテ10m以内に人がいるかドウカ確認デキマス」
犯人が犯行直後に天井に逃げ込んだなら、十分通じる距離だと考えられるのだが、
「犯人に該当スル人物は見つかりマセンでした。他ニモこの部屋カラ届く範囲に片っ端カラ声を掛ケテみましたガ……」
ジャックの声は震えていた。
「ボクが……ボクが目をハナサナければ……」
ジャックは現状一人を守ることを最優先に動いている。
そして日賀はその護衛という役割だった。
だが、そんなことは関係ない。
この、目の前で行われる暴力こそを、防ぎたかったのに。
ジャックのその目に演技は無いと、俊介は判断した。
結局の所、宴会所に集まったのは山居一家、瑞浪一家、針方天童と、従業員である支配人、女将、料理長、掃除係のみだった。従業員が最低限も最低限なのは裏の顔を隠すため。部屋数が少ないとは言え、この人数で業務を回せる有能な人材ばかりだった。
だが、フェアのため言っておくと、今後、彼ら従業員達に対する言及は特に無いのでよろしくお願いします。
当然、天童は焦っていた。
(山乃端一人の護衛を殺した……だと!? どこの馬鹿野郎だ! くそ、そしてこの状況……)
「今後も誰かが狙われるかもしれません。強制はできませんが、犯人が見つかるまで一緒に行動しませんか?」
(これを断ったら、間違いなく私が疑われる!)
しかも天童はこの後“実際に”一人の命を狙わないといけないのだ。
解決を待つことはできない。吹雪が止めば警察が来てしまう。
その前に実行に移す必要がある。全ては、娘の桜のために。
テレビでは記録的な豪雪が数日続くと天気予報士が解説している。
時間はある、焦りは禁物だ。天童は自分に言い聞かせる。
本音は一刻も早く依頼を達成し、娘の笑顔を見たい。
だが、中途半端な完成度で暗殺を仕掛け、露見することもまた避けなければならないことだ。
天童はなるべく不自然でない頻度でトイレに籠った。
最初、録画、録音装置を警戒したが特に取り付けられていることはなかった。また、日賀殺しの犯人、天井からの襲撃者にも注意を払ったがそちらも現れることはなかった。
イメージをできるだけ詳細に練る。ふるふると蠢き、移動する様を。それが山乃端一人の女性器に潜り込む様を。そして肥大化し、一人を文字通り壊す様を。
内部構造を考える必要は無い。ただただそれが起こす結果を強く想像するのだ。
想像すると自然と、天童自身の下半身に血が集まるのを感じる。だが、気にしている場合ではない。これは亡き妻に対する裏切りでは決してない。桜を救うためなのだ!
「……ふぅ」
脳裏に閃光が走った後、てのひらにはひとつのブツが乗っていた。
天童は直感で理解した。完成したのだと。
下した便座の蓋の上に乗せると、それはぴょんぴょんと振動を駆使して器用に蓋の上を一周し、天童が差し出したてのひらの上にもう一度飛び乗った。
そしてブツは全体を膨らませ始めた。
その膨張速度は一般的な男性器の大きさまではすぐに成ったが、それ以上は非常にゆっくりした速度であった。
しかしまあ、一度完全に入ってしまえば取り出すのは至難の業だろうから問題ない。
天童は一人の写真を取り出した。ブツは頷くようなしぐさを見せた。
「今すぐ行くと怪しまれる。少し経ってから、できるだけ無防備な時を狙え」
ブツはもう一度頷いて、姿を隠した。
水を流して外に出ると、山居ジャックが洗面台の前で苦しそうにしていた。
山居ジャック、山乃端一人の同居人で、未知の病で両親を亡くし、本人もまたその病に苦しめられている。
自分と、娘と似た境遇の人間。山乃端一人の関係者でなければ同情しただろう。
だが、心を鬼にしなくてはならない。
「大丈夫かい?」
だから天童は、ハンカチを差し出した。
「天童サン……」
「私の娘も難病でね。だから君には親近感を抱いているんだ。迷惑かもしれないけど、心配なんだよ」
「迷惑なんてトンデモナイ、ありがとうゴザイマス」
天童が選ばれた理由はここにある。
ジャックの武器は“言葉”だ。それは、敵の立場をひっくり返し、一人に力を向けさせないという方向でふるわれてきた。
では、敵が“自分と同じ立場”だったなら。
天童を差し向けた者たちはそう考えたのだ。
だから天童は、積極的に情報を差し出す。もし“その時”が来たら、ジャックを躊躇わせるために。
「娘は10歳で、桜という名前なんだ」
「桜……良イ、名前デスね」
ジャックは、結局花を咲かせることのなかった山居医院の樹を思い出した。
天童も、この依頼を達成しなければ娘に見せてあげられない樹を想う。
「8歳のときにね、絵のコンテストで――」
娘が倒れてから、彼女の話を他人にすることは中々なかった。
一度話し出すと、天童の話は止まることはなかった。
もうもうとした湯気と独特の匂いが立ち込める、ここは温泉。
ほんのりと肌を赤くした女性たち。
「はぁー、生き返りますね、一人さん」
「ふふっ、そうね」
星羅と一人は数日ですっかり意気投合していた。
ただ、1日のほとんどを全員が集まれる大部屋で過ごしていたため、星羅は一人とゆっくり話ができるこのバスタイムを何よりの楽しみにしていたのだ。
「一人さんは看護師なんですね、凄いです」
「ありがとう。星羅ちゃんは大学生って聞いたけど、何かなりたい職業とかあるの?」
「それはまだ考え中というか……えへへっ」
邪魔しないよう遠くにいた星羅の母親が、この話題ばかりはと口を挟む。
「早く考えておいたほうがいいのよ」
「うん、そうだね……」
一人は彼女たちの会話にちょっとした疑問を覚える。
「やけに素直じゃない。普通なら反発しない?」
それとも、自分が看護学校行きを猛反発された経験があるからそう思うだけだろうか。
「うん、ちょっとね」
実のところ、星羅は彼女たちの本当の娘ではない。血縁としては俊介の姪、衛のいとこに当たる存在である。
星羅の本当の両親はとある事件で亡くなった。
星羅が素直な反応を見せたのは、本来の性分もあるが、親戚とは言え自分を引き取った今の両親が、どれだけ自分のことを想っているかをちゃんと知っているからだ。
さすがに本人の目の前でそれを説明するのは恥ずかしくてできなかったが。しかも母親とはまさしく血がつながっていないのだ。
一人も別にそこまで特殊なやりとりとまでは感じなかったので、深く追及することはなかった。
星羅は話題を変えた。
「露天風呂も行きたかったですね……」
そう言ってガラス張りの外の方を見る。
「……?」
視界にソレは映った。
のぼせて目がおかしくなったのだろうか?
いや、たしかに“いる”。
外ではない。内側の、タイルの上に。
「お……お……おち……」
その名称を叫びそうになって恥ずかしさで中断した。代わりに指示代名詞で小さく声に出す。
「男の人の、アレが!」
「え? 何て?」
星羅の声をはっきり聞き取れずに聞き返しながら、一人も同じ方向を向いた。
「ひっ!」
ソレは、意思を持ったようにピチピチ跳ねて動き回る。
“本物”ではないようでちょっと硬そうな感じはするが、そんなことはどうでも良かった。
来ないでほしい!
「やめて!」
虚空から、星羅の手に大鎌が握られる。彼女の魔人能力『ノックスの十戒』である。この大鎌で斬りつけると、相手は魔人能力を使用できなくなる。
アレはおそらく魔人の仕業に違いない。
ただし、彼女の能力はあくまで“魔人自身”を傷つけた場合のみだ。
魔人能力の産物のほうを斬りつけても、それが無くなるわけではない。
それでも一応直接手を触れずに壊せる武器としての役割は果たせる。
「えいっ!」
ソレに向かって星羅は大鎌で斬りつけるが、いかんせん的が小さい。
ソレは器用にボディソープのノズルを押し、飛び出た中身を自らに絡める。
そのぬるぬるになった状態はさらに跳ね方を不規則にさせた。
「このっ! やっ! ……ふあっ!」
「星羅ちゃん!」
ソレを追いかけるのに夢中になるうち、星羅は転んでしまった。
幸い怪我には至らなかったが、まずいことに、見失ってしまう。
「え? どこ?」
「一人さん!」
今度は星羅が叫ぶ。
一人の入った浴槽、水中を、一人めがけてそれが突っ込む。
「い、いやっ!」
一人は腰が抜けたように立てなかった。
それがとどめとなり、一人はソレが女性器に侵入することを、許した。
「んっ……あっ……やあっ……!」
一人は初めての感覚に身を捩らせる。
過去、彼女に言い寄ってくる男はいたが、彼女の気の強さを知ると離れていってしまった。
就職後は特に出会いも少なく、彼女はこれまで処女であった。
いや、そんなことは関係無かった。緊急事態だった。
「と、とにかく、上がらないと!」
星羅も星羅でどうしたらいいのか分からず、母親と協力し、一人を連れて風呂を上がることにした。
「うぐっ……っはあぁっ……!」
喘ぎ声に対して、痛みの声が徐々に勝ってきた。
一人が部屋に寝かされると、星羅と、医者の直助以外は一度別室に移動した。
しかし、直助は外科でも産婦人科でもない。ブツは完全に埋まり込んでいて、処置のしようがないと分かると、メンバー分断のリスクの方が大きいと判断して、また同じ部屋に集まった。
「んっ……!」
徐々に、目に見えるくらいに、一人の腹が大きくなってくる。
「ヒットリサン、何かできるコトはアリマせんか?」
ジャックが能力で話し掛ける。一人は飲み物を要求し、ジャックと衛が自販機に買いに出る。
帰ってきたとき、一人の腹は、さらに妊婦のようになっていた。
「ううーー! ううーーー!」
天童が、耐えられず、目を背けた。
だが、声は聞こえて来る。
耳をふさいでも聞こえるくらいの苦しみの声。
天童は、普通のサラリーマンだ。
殺しなんか、したことも見たことも無い。
それを、他ならぬ自分がやっているのだ。
能力を解けばこの声はすぐ止まるのにだ。
自分はそれをしない。なぜなら桜がいるから。
「うあああああああああああ!」
別の部屋に居ててくれれば、見ることも聞くこともなかったのに!
これが、お前が選んだことだ。しっかり見ろ、と、世界は突き付けて来る。
「天童サン?」
ジャックが、天童に声を掛けた。
「アナタが、ヤッタのデスか?」
「あ、ああ……」
天童の良心は耐えきれなかった。
さあ、思い切り、この哀れな男を責めたまえ!
「仕方なかったんだ! 山乃端一人を殺せば、娘の治療費を用意すると!」
さあ、卑怯な言い訳も言った!
ジャックは……ジャックは固まっていた。
なぜ? 今、山乃端一人が、まさに死に瀕しているのに!
「……とで娘サンが喜ブとデモ……チガう……」
ジャックは、天童の当初の思惑通り躊躇ってしまっていた。
しかしそれは、ジャックが桜と同じ立場だから、ではない。
天童を“論理的に”説得する方法が思い浮かばなかったのだ。
今までの強敵たちと違い、天童の状況は、心の持ちようではどうにもならない。
“治療費”という重い現実を何とかする方法が、“言葉”だけで浮かんでこないのだ。
「あっ……あがああああああああああああ!!」
天童は今すでに後悔しているというのに!
ジャックはそれに気付かず、何も言わない!
これが、何を捨ててでも娘を優先しようとした罰だというのか。
だが、止める訳にはいかない。
天童は結局、何を捨ててでも娘を優先するのだから!
「……るすわけ……ないでしょ!」
その状況を、一振りの大鎌が、切り裂いた。
「! ……ふぅ……ふぅ……」
一人の腹がもとに戻り、呼吸を整え始めた。
天童の魔人能力が、消えた。
「どんな理由を並べたって……目の前の一人さんを殺していいわけないじゃない!」
その言葉が、ジャックの胸に響いた。
「やっぱり魔人は許されない存在よ、消えて!」
目の前の暴力を防ぎたい。つい先日、そう思ったばっかりじゃないか。
だから、暴力を振るうのが、難病の娘がいる人間だとか、暴力を受けるのが、一人でなくても、
たとえ“敵”であっても、それは変わらない!
「駄目デス!」
刃は飛び出したジャックの肩に深く刺さった。
「邪魔しないで、私の本当のお父さんとお母さんは魔人に殺されたの。魔人は殺すべき存在よ」
「違ウ、魔人ダカラ悪、デハ……」
「そういえば、あなたも魔人だったよね。じゃあ、死んで」
はっきり言って、今の星羅の言葉はむちゃくちゃだ。
自分が魔人だということを棚に置いてるし、両親の仇とは無関係の人を殺そうとしている。
だが、真に迫るものはあった。
ジャックは、今知った。
理屈だけが言葉ではない。
言葉の可能性を、知らないうちに狭めていた。
そしてジャックはもう一つ思い出した。
ジャックはとても我がままなのだ。
だって、世界に暴力をしたい人はたくさんいるのに、ジャックはそれを潰そうとしているのだから。
でも、魔人って、そういうものだろう?
ジャックは一つの言葉を紡いだ。傷が痛む。能力は使えない。自力で声を出すのはとても苦しかったけども。
「今、ボクの、目ノ前で、誰モ、死なせ、マセン!」
鎌を振り下ろす星羅に、ジャックは向かっていった。
途中、スライディングで滑り、星羅の横を通過、そこから後ろに回る。
「あっ!」
その途中、鎌が星羅自身を傷つけた。
星羅の能力対象は、本人も例外ではない。
これで、天童もジャックも星羅も、能力を失った。
「デハ、話し合いマショウ」
衛は、いつでも対応できるよう密かに準備していた自身の武器、ギターの弦を、再度仕舞った。
翌朝、雪は晴れ、天童はいなくなっていた。
桜のいる病院を聞きだした直助は、本当に投薬治療での改善が見込めないのか、確認したいと言い出した。
それには皆、賛成した。
日賀殺しの犯人は結局、見つからなかった。だが、ジャックには見当がついていた。好き勝手させるわけにはいかないが、今は手が届かない。
「『魔人が接触してくれる』って案を出したのは君たちだよ。引きこもってちゃ駄目じゃないか。約束通り『山乃端一人には』手を出さなかったしね」
暗い部屋で金髪の男がひとりごちる。
「『僕自身』動けないってのも本当だし、僕ってなんて親切なんだろうね」
そこに、彼の“分身”から通話が入った。
『私を攫って、一体どうしようと言うんだ!?』
「ああ、針方君、君、あのままだときっと消されてただろうからね。君に山乃端一人殺害を依頼した“警察”に。僕が望んでいるのは、もっと平和的な交渉なんだ」
警察が敵なら、来る前に逃げるしかない。ジャックたちは瑞浪一家に事情を説明し、逃げる準備を始めた。
警察との知り合いも多い俊介は正負両面の思うところがあるようで、最終的には納得してくれた。
準備の途中、部屋にある姿見から鏡助が姿を現した。
何やら焦っているようで、呼吸が荒かった。
「ついに、来てしまいます! 転校生と……精子が!」
最終話へ続く