※前回のあらすじ!!

 おっす!あたし愛莉! あたしの親友のヒトリがある日突然、生命を狙われる立場になっちまった! どうやらヒトリが死ぬと、願いを叶える銀時計を巡った魔人同士の抗争が始まるらしい! そんな嘘くせー都市伝説でヒトリが殺されてたまっかよ!
 あたし達は変態象(全裸属性)や操られてた友達(怪物属性)と戦いながら、謎の勢力と「転校生」の存在を知る。「転校生」の思惑を叩き潰し、平和な日常を取り戻すんだ! ヒトリ! あたしの天災的頭脳で、必ず守り抜いてやっからな!


◆  ◆  ◆  ◆


 冬休み前半、ヒトリは「アイリ・ラボ」内で傷の回復に専念した。愛莉の魔人能力で形作られたこの研究所は、時間の進み方が外と異なり、ごく短時間で何日分もの時間を過ごすことが出来るのだ! 一分で一時間、一日が24分で回る「アイリ・ラボ」で、全治三か月の傷が完治するには、えーと……、大体一日半ちょいくらい! 程なくして傷は癒え、そこから真陽先生が、引き続き「アイリ・ラボ」内で本格的な戦闘訓練を、ヒトリに課することとなったのだ!
 真陽の狙いは、全自動死地に赴きマシーンのヒトリを修正し、なるべく危険度の高い相手との戦闘を避けること。その為に相手の戦力をある程度推測できるくらいの強さを身に着けることであった! 護身の基本であり神髄だね!

「まずはランニング! 10キロからかなぁ!」
「ちょっと待って!こんな狭い場所で、どうやって10キロ走なんか……って、えぇ!?」

 そこは天災科学者、徳田愛莉。既にランニングマシーンを完成させている! VR背景はゴールドコーストで景観もバッチリだ!

「どんなノルマをこなすにも、最低限の筋力は必要! 力こそパワーっす!!」
「ちょっと待って待って!! 全然最低限じゃないからこのバーベルの重さ!!」

 ハードな基礎トレーニングの後には、実戦形式の訓練が続く! 組み手の相手は可憐なフェアリー少女となった、谷中皆だ!

「ヒトリちゃん! 私、ヒトリちゃんの為なら、心を鬼にします!」チュイン!!
「ちょっと待って皆ちゃん、心じゃなくて攻撃の破壊力と殺意が鬼なんよそれ。ってかその姿でも口からレーザー撃てるのね」

 まあ訓練の激しさはそんな感じなので、初日は半日で動けなくなった(付き合いで参加した愛莉は最初のランニング200メートル付近でダウンした)ヒトリだったが、人間恐ろしいもので、その環境にも徐々に慣れていく。

「うおー!! ワン・ツー! ワン・ツー! ワンツースリー!!」
「お〜、スタミナついてきたっすね。流れるようなコンビネーション」
「一体何なの愛莉! このどぎつい虹色のプロテインは!! って……あ、美味しい」
「わはははは! フィジカルスペックの向上が著しいぜヒトリ!! もっとデータ取らせろ~!!」
「くっ、皆ちゃん……。もう一回手合わせを……今度こそその蟷螂拳、見切ってみせる……!」
(凄い! 凄いよヒトリちゃん......! この前まで戦いの素人だったとは思えない! ますます惚れ直しちゃよっ!)

 ヒトリは次第にこの訓練を楽しむようになっていた。訓練に没頭しているうちは、自分が命を狙われている事実を忘れることが出来たし、本人の才能、頼れる師匠、身近な対戦相手、そして科学の力を借りた効率的なトレーニングが、彼女を飛躍的に強くしていく。その自身の成長に、当の本人が一番驚いていた。

(私、確実に強くなってる。これなら、ある程度自分の身は自分で守れるはず)

 訓練を始めて72時間(半年)近くたった頃、真陽が初めて組み手の相手をしてくれた。魔人能力を駆使した瞬間移動の初動の捉え方は鎌何とかさんに教わっている。今の私ならば、及ばずとも彼女に本気を出させることならば何とか......。ヒトリはそう息巻いていたが、自分の目論見の甘さを思い知ることとなる。

 結果から言えば、全く通用しなかった。身体能力そのものは、徹底的に鍛えた甲斐あって彼女に比肩しうるレベルまで上がっていた。しかし、世界の認識すら歪める魔人能力と、今まで踏んで来た場数の差は、とても短期間の訓練で埋められるものでは無い。
 倒れ伏すヒトリに、真陽は淡々と告げる。

「残念だけど、上には上がいるっていう事実は知っておいて欲しいっす。でないと、この先の戦い、ワンミスで命を落とす羽目になるっす」

 印度ペニ蔵、谷中皆、どちらも恐ろしい脅威であったが、一度腹を決めれば、どんな相手にも物怖じしない、そんな強さをヒトリは持っていた。しかし逆にそれが、彼女の最も危うい部分でもあった。

「魔人の中には、初見殺しの能力を持った能力者も数多く存在するっす。相手の能力を見極めるまでは、決して一人で能力者と戦ってはいけないっす」
「はい、肝に銘じておきます......」
「じゃあ、明日からの学校、気を付けて通うっすよ」
「へ?」

 いつの間にか、冬休みの期間が終わっていたらしい。実質半年も学校から離れていたせいか、時間の感覚は完全に失われていた。


◆  ◆  ◆  ◆


「じゃあ正不亭光巡査部長。姫代学園の潜入捜査(あんけん)は君に任せるから」
「待ってください課長!? コレごりっごりの魔人犯罪対策課(マジタイ)案件ですよね?」

 すーぱーブルマニアンさん十七歳こと正不亭光巡査部長は、課長からの無茶振りに狼狽した表情を隠せないでいた!

「人手不足で適当な人員が君しかいないんだよ。君なら女子高に潜入しても違和感……いや、あるな?」
「全くありませんとも!」
「言ったね。じゃ決定だ!」
「孔明の罠!!」

 姫代学園の生徒、爆竹薬もろみが冬休み前に行方不明になった事件。その事件を巡って、一人の犯罪者の名前が捜査線上に浮かびあがる。長谷川頑馬、通称【歩く劇薬】。
 元魔人犯罪対策課(マジタイ)の魔人警察官だった長谷川は、司法、行政では対応できない凶悪な魔人犯罪者を秘密裏に始末する「裏の顔」を持っていた。だがある時、女性を犯しながら殺すという残虐非道な手口が発覚し、そのまま失踪する。そして現在、顔と名前を変え、姫代学園に教師として潜伏しているらしいという未確認情報をつかんだのだ。

「あの学校は希望崎と同じく、学園自治法との絡みもあって外部からの捜査はかなり制限が掛かるんだよね。だから、君のような潜入捜査員が適任なのよ」
「理屈としては分かりますが、長谷川って確か、(クラス)持ちでしたよね。有事の際、私だけでは対処不可能な気が~……」

 魔人犯罪者の中でも特に危険度の高い【殺人鬼】。警察では特別指名手配を掛けている108人をA~D(クラス)の【殺人鬼】に指定し、その行方を追っている。

A級:警察が逮捕、勾留、殺害などの対処を諦めた自然災害級能力者。過去をさかのぼっても数人クラス
B級:警察がその威信をかけて逮捕、勾留、殺害などの対処を行うべき、最上位の魔人犯罪者。現在7人指定。
C級:放置すれば民間人に著しい被害が出かねない危険性を孕んだ凶悪な魔人犯罪者。攻撃性の高い者が優先的にカテゴライズされる。
D級:魔人能力の効果範囲が広くない殺人鬼、または本人の攻撃性がそこまで高くない殺人鬼。しかし単独で対処するのは厳禁。

 長谷川はカテゴライズこそC級だが、そもそも(クラス)持ちというだけで、並の魔人犯罪者とは一線を画す存在。ブルマニアンが露骨にビビるのも無理もない話なのだ!

「ヘイヘ~イ!正不亭ちゃんビビってる~! 君、正義の味方の矜持はどこに置いてきたのかな~?」
「そういう問題じゃないですって! 単純に! 戦力が! 足りないんですってば~!」
「いやいや、私も正面から戦って死んで来いって言ってるわけじゃないよ。長谷川を特定してさえくれれば、こちらにも大義名分が出来る。応援も呼べるって寸法だよ」
「ほ、本当ですか?」
「それにもう一人、外部アドバイザーが既に姫代学園に潜入している。君はそのアドバイザーと合流して、捜査を開始するんだ」
「外部アドバイザーって……民間人を潜入させるの、まずく無いですか?」
「本当はまずいんだけど、彼女すこぶる優秀なんだよね〜。君の20倍くらい」
「何気にひどい! ってか彼女って……」
「端間一画女史。君も名前くらいなら聞いたことあるでしょ?」

 その名前は警察界隈では有名だった。相談屋「セメルデピンゲス」の若き主で、魔人能力を駆使した情報収集のプロフェッショナル、警察内でもその辣腕が高く評価されている。

「現着したら、まず彼女と合流し、指示を仰ぐんだ。さあさあ、とっとと姫代行きの準備をしたまえ。カモ〜ン! ビリー君!」
「ガッテンデース、ボス。ヘイ! ブルマニアン、無駄な抵抗はやめるデース。額に穴が開くぞコラ」

 課長の呼びかけに呼応して、ガチムチ黒人魔人警官のビリー君がブルマニアンを強引に掴み上げた。抵抗しようにも、頭とふぐり(・・・)をしっかりとホールドされて、身動きが取れない!

「止めて〜!! セクハラとパワハラの挟み撃ち!! カウパー滲んで来ちゃうから!!」

 ビリー君は段ボール箱にブルマニアン(若干感じてる)を無理矢理押し込み、目的地まで身動きが取れないようしっかりと梱包した。たとえチンポジがズレようとも、お構いなしだ! こうして準備が整った正義入りの段ボール箱に気合一閃!!

「食らえぃ!! 黄金の左脚!! 飛燕脚便!!」
――バゴォッ!!

 課長の黄金の左脚が、段ボール箱の真芯をとらえる! 警察署から勢いよく射出された段ボール箱は、グラウンダーの軌道を描き、宛先である姫代学園へと飛び去っていく!

「死ぬ死ぬ! マジで死んじゃう!!2回戦まではPC殺しはご法度でしょうがあああああああああああああ!!」

 課長とビリー君は姿が見えなくなった段ボールの方向に敬礼する。

「オウゴンノヒダリアシ。ビューティフォー、ボス」
「さて、彼がちゃんと瑞間女史の役に立ってくれるといいが……」

 課長は憂いの表情で、独り言のように呟いた。


◆  ◆  ◆  ◆


 姫代学園、高等部。冬休み期間中をほとんど研究所という名のトレーニングジムで過ごしていた愛莉とヒトリは、学生感覚を取り戻すのに大きく苦労していた。

「あんなに長い間、研究所内にいたことは無かったからなー。花のJKだってこと、忘れちまってたぜ」
「そういえば愛莉、あの研究所展開してる間、ずっと力を使いっぱなしじゃなかったの?」
「いや、この能力は研究所を出す瞬間にエネルギーをごっそり削られるだけで、展開中のエネルギー消費はねーのよ。じゃなきゃ、あの中の寝泊りの設備、いらないでしょ」
「そう考えると、割とチートなんですねー。あの能力」
「転入初日でアッサリと馴染んでる皆も割とチートだと思うけど。あたしは」

 皆は今井商事が身元引受人となることで、晴れて姫代学園に転入することとなった。蝶の翅と触覚をもった美少女ということで、自己紹介時には少しざわついたが、そこは魔人を広く受け入れている姫代学園。ビジュアル的な特徴のある魔人学生は珍しくなく、すぐに受け入れられた。

「私はヒトリちゃんがいるところなら、どこでも暮らしていけるから♪」ポッ////
「あはは、皆ちゃん今日も積極的だねぇ、愛いやつめ」
(ヒトリのバカ、半年間あんだけアピールされてんのに気付いてねーのか?どんだけ鈍感なんだよ……)

 ふと、周りの女生徒から、不穏な話が耳に入る。

「もろみ、やっぱり行方不明なんだって……」
「あの子、消える前は結構生活が荒れてたからねえ……。クズ彼氏に捨てられでもしたんじゃない?」
「この学校じゃ、たまにあることだけど、やっぱ怖いよね……」

 爆竹薬もろみ。同じクラスの中でも愛莉たちとはグループが違い、あまり積極的に話す間柄ではなかったが、どうやら冬休みの間に、行方が分からなくなってしまっていたらしい。バスケ部所属の、余り素行の宜しくない女子。愛莉やヒトリからはそんな印象だった。

「何だか物騒な話だな。やっぱこの学校の治安、クソだわ」
「ヒトリちゃん、本当に気を付けようね。愛莉ちゃんも、極力単独行動はしないように心がけましょう」
「うん。私たちの敵も、いつどこから襲ってくるか分からない。お互い緊張感をもって過ごさないと……」

 クラスメイトの失踪も怖いが、ヒトリにとっては今直面している危機の方が、当事者である分数段怖い。愛莉や皆ちゃんが居なければ、とっくにメンタルをやられている状況だ。今やこの二人の存在は、彼女にとって大きな支えとなっていた。

(愛莉、皆ちゃん、いつもありがとうね)

 何だか照れ臭いので、ヒトリは心の中で感謝の言葉を紡いだ。

「3時間目の授業、化学基礎だっけ?」
「うん、あたしは寝て過ごす! あんなの授業のうちに入んねーし」
「あんたレベルじゃ、幼稚園の問題解いてるようなもんだろうけど、一応授業聞いてるふりはしときなよ」
「やだよ。あたし榎波先生(エナセン)嫌いだし。サボってもいいんだけど、ヒトリから離れちゃまずいだろ」
「全く、吊るしあげられても知らないからね」

ヒトリがジト目で、呆れたように愛莉を見る。しかし愛莉にとってはいつものことなので、半ば諦めてはいる。愛莉は続けて軽口をたたく。

「そーだな、いざとなったら皆の鱗粉で全員眠らせよう。みんな平等にな」
「私の鱗粉、そんな便利な機能無いんですけど……」
「今度どんな機能があるか調べさせてくれよ! な!」
「丁重にお断りさせていただきますね」

 そんなことを言っているうちに予鈴が鳴る。三人はそそくさと化学室へ歩いて行った。


◆  ◆  ◆  ◆


 午前の授業が終わり、昼休みの時間。
 姫代学園の臨時教諭である榎波春朗は、理事長室にて幾つかの質問を受けていた。内容は、爆竹薬もろみの失踪についてだ。もろみは榎波が顧問を務めるバスケット部に所属していたため、担任教師にに続いて呼ばれたのである。

「そうですか、まだ彼女の行方は分からないのですね……。私もとても心配しています」
「榎波君、気を悪くしないでくれよ。何も君を疑っているわけではないんだ。失踪したもろみ君は、君との関係も良好だったと聞いている。失踪前に、何か彼女に異変は無かったかね?」
「ええ、彼女は進路のことで少し悩んでいました。けれど、そこまで思い詰めていた様子は無かったと感じていました。今思えばこれは私の落ち度かも知れません」
「あまり自分を責めるのはよした方がいい。実の家族ですら、彼女の失踪の理由が理解できずにいるんだ」

 もろみが自発的に行方を眩ました可能性は低い。各所の証言から理事長はそう睨んでいた。

「何か物騒な事件に巻き込まれていなければいいのですが……」
「問題はそこなんだ。ただでさえ、世間の風当たりが強い魔人を数多く受け入れているわが校は、今まで幾度も存続の危機に立たされてきた。今回の件が大々的に知れ渡れば、再びその危機が訪れることになるだろう」
「全く、おっしゃる通りです」
「わが校という、魔人学生の受け皿の一つが無くなれば、行き場を失った彼女らはどうなる? 公共の福祉という観点からも、わが校は何としても存続していかねばならないのだ。世間(せかい)の認識を歪めてでもな」

 榎波は平静を装いつつも、心の内でほくそ笑む。

(お決まりの隠蔽工作パターンか。だからこの学校は居心地がいいんだ……)


 理事長室を後にし、校舎裏で榎波は煙草に火をつける。

(理事長はこの件を揉み消すつもりだからまだいいとして、問題はコイツの処理か……)

 榎波はポケットから一個の生徒手帳を取り出す。内ポケットの身分証欄には、黒髪の女生徒の写真と、「山乃端一人」の名前が記されていた。

(もろみを始末した日、あの空き教室の外で拾ったこの生徒手帳。この女がどこまで行為を見ていたかは知らねえが、生かしておくには危険すぎる……)

 女性を切り刻み、犯しながら殺す悪癖。姫代に通い始めてから、しばらく抑えてはいたが、三ヶ月もすればその衝動は押さえられなくなっていた。榎波は自分が顧問を引き受けたバスケット部の女生徒数人を、合成麻薬「アナベル」で篭絡し、性奴隷に堕とした。そして先日、榎波の衝動を埋めることとなったイケニエ第一号があのもろみであったが、まさかその行為をいきなり見られるとは思わなかった。
 まだ大きな騒ぎになっていないので、そこかしこに言いふらすようなトリ頭ではなかったらしい。よしよしいい子だ。殺すけどな。

(しかし、山乃端一人と常に行動を共にする取り巻きが面倒くさそうだ……)

 自称天災のジャリガキ。あと、山乃端の幼馴染らしい転入してきた蝶女。こいつらには話が漏れていると思って対処したほうがいい。だが、更に三人、立て続けに行方不明ともなれば、流石にこの学校に居続けることは出来なくなる。

(まずは、バスケット部の連中と同様に、「アナベル(クスリ)」で俺の奴隷となってもらう。自由意志さえ剥奪すれば、あとは思いのままだ)

 榎波は大きく煙を吐き出すと、下卑た笑みを浮かべる。彼にとっての教え子は、自らの欲望の捌け口でしかなかった。そんな榎波の様子を見た通りすがりの黒猫が、彼を激しく威嚇する。彼の滲み出るどす黒い感情は、野生動物にとって鋭利に突き刺さるものだったらしい。
 榎波は内ポケットからサプレッサー付きの拳銃を取り出し、無表情で黒猫に向かって発砲した。

「ミギャッ!!!」

 こめかみに9ミリの風穴を開けられ、黒猫は脳漿を蒔き散らしながら吹き飛ぶ。ボロ雑巾のように体を横たえ、しばし痙攣していたが、すぐに動かなくなった。

「ったく、せっかく人が気分良くしている時によ……。俺は吐き気がするほど黒猫が嫌いなんだよ、ボケが」


◆  ◆  ◆  ◆


「山乃端さん、徳田さん。榎波先生が探していたわよ」
「は?榎波(エナセン)が?」

 放課後、帰宅直前に声をかけてきたのは、隣のクラスの涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)さんだ。

「やっぱ堂々と爆睡はまずかったわね。愛莉」
「うるせー。でも、ヒトリも探してたってどーゆーことだ?」
「あなた達、いっつもつるんでるから、監督責任とかなんじゃない?」
「あのギャル男、ふざけやがって……」
「とにかく、伝えといたわよ。榎波先生は化学準備室にいるって」
「あ、ありがとうございます」

 涅槃寂静さんが立ち去ると、愛莉は悪態をつく。

榎波(エナセン)の野郎、あたし単独だと絶対にシカトするからって、ヒトリを巻き込みやがって……」
「はいはい。私もフォローしてあげるから、化学準備室へ行きましょ」

 そう言って席を立つと、皆がそれに続いた。

「ヒトリちゃん、私も一緒に行っていいかな?一応真陽さんからもヒトリちゃんのこと、頼まれてるし」
「いいよー。でも説教会だから多分退屈だよ」
「何か嫌な予感がするの。万が一……」
榎波(エナセン)が敵の一味かもって?そいつぁいい。堂々とぶっ飛ばせるからな」
「こら、愛莉」

 榎波先生が、私たちの敵とつながっている可能性は限りなく低いが、用心に越したことはない。ヒトリは皆が付いていくことを快諾し、三人で化学準備室へ向かった。

 2階の化学室へとつながる渡り廊下は、既に薄暗くなっていた。残っている生徒もそう多くはない。ふと、三人は僅かな違和感に気付く。

「何だ?この匂い、何だかブランド物の香水みたいな……?」
「薬品……ぽくはねーけど、何だろこれ?」
「どこから漂ってきてるんだろう?化学室からかなあ?」

 さらに進むと、香水のような匂いは強くなっていく。何だか頭がくらくらするような、蠱惑的なフレーバー。甘く、煽情的な香りに包まれていると、何だか目の前のヒトリの横顔が、瑞々しい果実のように見えてくる。皆の呼吸が、僅かずつだが浅くなっていく。

 皆は湧き上がる衝動を必死に否定する。きっと気のせいだ。まずは落ち着こう。頭がぼーっとするのは、この不気味な香りのせいだ。

「どうしたの? 皆ちゃん大丈夫?」
「!!?」

 不意打ちのように顔を見つめて来たヒトリに、皆の心臓が跳ね上がる。いくら何でも無防備に顔を近づけるのは反則だ。きっと今私、耳まで赤くなってる。

「だ、大丈夫……何でもないよ、ヒトリちゃん」

 言えるわけがない。ヒトリちゃんを見ていたら、体が疼いてきたなんて。まるで理性をかなぐり捨てた痴女そのものだ。

(どうしよう……私、ヒトリちゃんをえっちな目で見ているの……?)

 化学準備室につく頃には、いよいよその香りははっきりとしたものとなった。間違いない。甘い香りは、この部屋から漂ってきているものだ。

「どうする、中に入る……?」
榎波(エナセン)に文句言ってやろーぜ。変な香水まき散らすなって」
「そうだね。私からも抗議しないと気が済まない……かも……!」

 三人は意を決して、化学準備室の中に入る。しかし、室内に人の気配は無かった。

「何だ?榎波(エナセン)いねーじゃん」
「それより、この香りの出どころを突き止めなきゃ」

 奥の薬品棚に注目する。勝手に触ると明らかにまずそうな薬品やら、実験器具やらが陳列されている。愛莉はお構いなしにガラスケースを開け、中を調べるが、取り立てて不自然な箇所は見当たらない。
 ヒトリは専門書の本棚の方に近付いて、引き出しを開けようとした。すると次の瞬間、背後で準備室の扉が閉められた!

「なっ!?」

 愛莉が駆け寄るも、ガチャリという音と共に扉の鍵が閉められた。扉を開けようにも、外側から何らかの細工をされているらしく、扉はびくともしない。扉の外では、鍵をかけた一人の少女がぼそりと呟いた。

「あは、せんせぇ♡ これでいいんですねぇ~♪」

 少女の名前は、涅槃寂静 穣(ねはんじゃくじょうじょう)。榎波によって合成麻薬の依存症となり、性奴隷となった女子生徒の一人であった。涅槃寂静は踵を返し、榎波の元へと戻って行く。

「どういう事だ!?」
「閉じ込められた!?」

 単独行動はまずいと、一緒に行動したのが裏目に出た。三人同時に閉じ込められてしまうとは……。
 するとすぐに、放送用スピーカーから、声が聞こえてきた。

『気分はどうかな?問題児の皆さん』

 声の主は勿論、榎波である。

「てめぇどーゆーつもりだ!? この香水は何なんだよ!!」
「榎波先生、これは一体何の真似ですか?」

『いい香りだろ。君たちがもっと仲良くなれるようにとの、お膳立てさ』
「は?」

『何せそこは、【レズセックスをしないと、出られない部屋】だからね』
「な……何を言って」
『今から君たちには、乱れに乱れてもらいましょう。香水のおかげでいい感じに仕上がってるだろ、君たちのカ・ラ・ダ』
「!!!」

 榎波はスピーカー越しにくすくすと笑っている。設置したカメラ越しに、この状況を眺めているのだろう。
 快楽中枢に作用し、最終的に自我を崩壊させる合成麻薬「アナベル」。香水に混ぜて薄めれば、強力な催淫作用を持つ媚薬に変わる。理性のタガを外し、段々と麻薬成分を強めて行けば、程なく薬物依存症となり自分の意のままに動く性奴隷が完成する。

「は……早くここから出なきゃ……!」
「くっそ、体に力が入らねぇ……」

 愛莉とヒトリは、腰砕けになりながらも必死で脱出を試みる。

『おいおい、もう一人が寂しがってるぜ。ちゃんと慰めてあげなよ』
「えっ?」

 突然ヒトリは、何者かに押し倒される。驚いて目の前を見ると、息を切らせた皆がヒトリの身体に重なり、今にも蕩けそうな顔でこちらを見つめている。

「ヒトリちゃん……私、もう駄目かも……」
「皆ちゃん! 皆ちゃん!?」

 皆の表情を見ると、明らかに目の焦点が合っていない。浅い吐息と共に、激しく興奮していた。ヒトリは一瞬、ああ、今の皆ちゃんエロいなあ。と理性を飛ばしかける。まずい、気を張っていないと、すぐに持っていかれそう(・・・・・・・・)だ。

「私、体が疼いて仕方がないの……ヒトリちゃんのことが、欲しくてしょうがないよう……」
「バッカ……皆ちゃん、そんなの……あいつの思うつぼじゃん……」

 皆はゆっくりと、ヒトリのYシャツのボタンに手をかける。細い指でそれを一つずつ丁寧に外し、襟元を開いてゆく。ヒトリは抵抗しなきゃという理性と、このまま滅茶苦茶になりたいという本能のせめぎ合いで、体が動かない。

「バッカ野郎……。いい加減にしろ、皆……」
「愛莉、助けて。皆ちゃんがおかしいの……っ」
「ずるいぞ皆ぁ……。あたしも混ぜてくれよ……って、あたし、何を言って……?」
「愛莉!?」

『ハハハ、クソガキが一丁前に発情してやがる! コレは傑作だ!』

「うるせーぞ榎波。あたしらの邪魔をすんな。見たいんなら黙ってろ変態……ッ!」
『これは失礼』

 あいつの思惑通りなのが癪に障るが、もうそんなことは大した問題じゃない。今はもう、あの二つの熟れた果実に手を伸ばしたい。他のことは何も考えられない。
 腰砕けの愛莉は、這いずりながら、ゆっくりと二人の方へと近づいていく。皆は既にヒトリのシャツのボタンを、残らず外していた。ハードなトレーニングで引き締まった腰回りと、レースをあしらった薄桃色のブラジャーが白日の下にさらされる。その均整の取れた綺麗な体は、同性であってもどきりとさせられる。

「ヒトリ、もっと抵抗しなよ……。みんな正気に戻るかもよ……」
「分かってるってば……でも、頭の中がぐちゃぐちゃなの……。このまま二人に襲われても、いいかなって思っちゃってる……っ」
「ヒトリちゃん、愛莉ちゃん。一緒に……気持ちよく……なろ♡」

――自らもシャツを脱ぎ捨て、素肌を晒した皆の、背筋が凍るほどの白い肌。

―—ブラジャー越しにでも分かる、ヒトリの小振りながらも形の良い乳房。

―—普段の勝気な姿からは想像もできない、あどけなさの残る愛莉の恍惚とした表情。

 これから始まるであろう、艶めかしい本能の宴に、ギャラリーも思わず唾をのむ。
 最初に手を伸ばしたのは皆。彼女は、ヒトリの長い黒髪を優しく撫でながら、ゆっくりとその顔を近づける。緊張のせいか、小さな吐息を漏らすヒトリ。その姿を見て、皆を繋ぎ止めていた最後の理性の糸が切れる。そして―—(省略されました。全てを読むにはワッフルワッフルと書き込んでください)




ドガシャアアァァァァン!!!!!




 空気の読めない段ボール箱の飛来によって、化学準備室の扉が盛大に吹き飛ばされた!


◆  ◆  ◆  ◆


「古今東西あらゆる少女の救世主! ブルマニアンSun&Joe(サンジョー)!! 私が来たからには、今日も現場はセーフティー!」

 段ボール箱を破り、勢いよく飛び出してきたのは、完璧(・・)な女子高生に変装した潜入捜査官!! すーぱーブルマニアンさん十七歳!!

「さてと、早いところ端間さんに合流しなければ、って、ええっ!!!??」

 辺りを見ると、妙な匂いのする小さな部屋。そして、目の前には着衣が乱れ、半裸で横たわる女子高生が三人。えーと、どこをどう見ても完璧な事案です。本当にありがとうございました。

「ふ……風紀の乱れぇぇぇ!!!! あんたたち、何してるのよぉぉぉ!!!」
「何って、決まってるだろぉ……。三人で仲良く……うわぁ!!」

 突然の闖入者の出現により、冷静さを取り戻す三人。慌ててシャツを掴み、胸元を隠す。

「だ……誰だか知らねーけど助かった。ここにいるのはヤバいんだ。早く外に……っ!」
「ちょっと、いったいどういう事……?」
「説明は後だ……。悪いけどあたしたちをここから連れ出してくれ……。まだ思うように立ち上がれないんだ」
「わ、分かったわ」

 すると、外の廊下から、新たにもう一人が駆け寄ってきた。野次馬に来た女生徒だろうか?

「もの凄い勢いで段ボール箱が校舎内に入って行ったから、慌ててきてみたけど……」
「あ、貴方は?」
「私はマイ。この状況、ちょっと普通じゃないわね。とりあえず手伝うわ」

 そう言うと、ブルマニアンにそっと耳打ちをする。

(あなたがブルマニアンね。そちらの課長さんから話は聞いてるわ)
(じゃあ、貴方が……?)
(話は後で。今はここから出ましょう)

「あなた達、名前は?」
「あたしは愛莉。こっちの二人は、ヒトリと皆だ……」

―—一人。こちらの世界(・・・・・・)山乃端一人(イチ)だ。

「体操着の貴方はそっちの愛莉さんを頼みます。私は一人さんと皆さんを連れ出します」
「わ……私は何とか立てるから、皆ちゃんをお願いします」

 三人は一画(マイ)とブルマニアンの肩を借りながら、化学準備室から脱出した。その様子を、空き教室を改造したモニタールームで見ていた榎波は、思考を張り巡らせる。

「突然飛来してきた段ボール箱……、間違いなく魔人能力。しかも俺が知ってる能力者の仕業だ……」

 警察官時代、現場の状況が目まぐるしく変化する中、追加物資や人員を最速で届ける能力者がいた。飛燕脚便とかいう能力だったっけか。仮に今のがあいつの能力ならば、既にこの姫代学園は、警察にマークされているということだ。

(下らねぇ教師ごっこも、潮時か……?)

 ジャリガキ、蝶女、体操服の最低三人は魔人能力者。結託されれば反撃も逃走も困難となる。ならば、こちらの手は、敵の戦力を分散させること。榎波は席を立ち、後ろに控えていた女子生徒を一瞥する。

「涅槃寂静君。次のお仕事だ」
「はいっ、せんせぇ♡」

 榎波は、メモ書きに筆を走らせ、涅槃寂静にそれを手渡す。そして、棚の奥から果実酒用の大きなガラス瓶を複数個取り出し、そのうちの一つを涅槃寂静に託した。

「彼女らの目の前で、このガラス瓶を叩き割るんだ。きちんと役目を終えたら、今夜たっぷり可愛がってあげるよ」

 涅槃寂静の顔がだらしなくほころぶ。既に合成麻薬の依存症となり果て、正気は失われていた。

「ありがとうございます。せんせぇ~♡」

 榎波の手駒は、涅槃寂静だけではない。彼女と同じように、性奴隷となった女生徒二人にも指示を出す。

悪路(あろ)君、肉汁(にくじる)君。君たちもこのガラス瓶を持って、なるべく人の多いところで叩き割るんだ。先生のご褒美、欲しいだろ?」
「ふぁい……。せんせいの、ごほうびほしいですぅ♡」
「やだやだ、あたしだってほしいよぉ~♡」

 それぞれにガラス瓶を持たせ、校舎内の任意の場所へと差し向ける。3人を見送った榎波は自身もまた、モニタールームを後にする。

「屋上にでも出るか。『無差別テロ』の巻き添えはごめんだしな」


◆  ◆  ◆  ◆


 校舎の外に出た五人は、お互いの素性と状況を明かす。情報を共有すると、ここで起きた様々な事象が、線でつながり始めてきた。

榎波(エナセン)の野郎……、いけ好かねぇ奴だと思ってはいたが、指名手配犯だったとはな……」
「媚薬を使っていかがわしいことを強要するなんて……。本当に間に合って良かった」
「いや、それに関しては良かったとも言い難いわ……。ブルマニアン」

 C級殺人鬼でもある長谷川(えなみ)をいたずらに刺激しないよう、元々は潜入捜査として派遣された二人だったが、あの騒ぎで警察の介入が露呈してしまった。校舎内に段ボール箱が、直接入り込んできてしまったのは、明らかに誤算だった。

「それに関しては、課長に文句言って下さいな。あの人、カッコつけて利き足じゃないほう(・・・・・・・・・)でキックしたのよ」

 そう、課長の利き脚は右。威力はともかく、精度に限っては、右足に大きく劣るのだ!

「全く、余計な真似を……」
「まあまあ、そのおかげで私たちも助かって、長谷川=榎波だってことが判明したから、結果オーライですよ、マイさん」

 すかさずヒトリのフォローが入る。そう、犯人を特定できれば警察介入の大義名分が出来る。半治外法権状態の姫代学園だが、指名手配犯の潜伏とあっては流石に協力せざるをえない。

「そうね、前向きにとらえましょう。あとは、榎波に次の手を打たれる前に……」

 すると、校舎の中から、大きなガラス瓶を持った女生徒が姿を現した。

「あれ……?涅槃寂静さん、だっけ?」

 皆が訝しげに尋ねる。ガラス瓶を抱える彼女は、少しふわふわとした雰囲気で不気味だ。

「榎波先生から言伝を預かってきました。お受け取り下さい」

 涅槃寂静はそう言うと、抱えたガラス瓶を力いっぱい地面にたたきつけた。

「!?」

 ガラス瓶は勢いよく割れ、中に詰まっていた気体が広がる。微かに漂う干し草の匂い。それが極めて危険なものであることに最初に気付いたのは、一画だった。

「みんな離れなさい! 毒ガスよ!!」

 二塩化カルボニル。通称「ホスゲン」
 呼吸器系に作用して、喉や気管支を刺激し、肺に障害を起こして死に至らしめる窒息剤。旧日本軍では「あお剤」と呼ばれていた毒ガスだ。一同は蜘蛛の子を散らすように割れたガラス瓶から離れる。涅槃寂静は苦しそうにその場で咳き込み、膝をついて倒れる。

「いけない! 私に任せて!」

 声を上げたのは皆だった。皆は背中の翅を激しく羽ばたかせ、滞留する毒ガスを吹き飛ばす。念のため息を止めつつ、ヒトリとブルマニアンが倒れた涅槃寂静を救出した。 

「何てことしやがるんだ、コイツ……」
「ううん、多分この子もあの香水で榎波に操られていたんだと思う。そして何も知らされないまま毒ガスの瓶を渡されて……」
「なんてひどい……! 私のアホ毛もビキビキ来て……あれ? いない?」
「ここは学園自治法が効いている区域だから、貴方の能力はほぼ無効化されるのかも」
「ええ!! 困る困る!? 相手は(クラス)持ちよ!! 素手で戦車に立ち向かうようなものじゃない!! お家帰りた~い!!」
「ちょっと、これって何だろう?」

 ヒトリが涅槃寂静の胸ポケットに挟まったメモに気付く。一画がそれを取り出して読むと、その顔色が変わる。

「先手を打たれたわ。同じガラス瓶を持った生徒がまだいるみたい。しかも外へ応援を読んだら、すぐにその子たちを殺すって……」
「実質あたしらだけで榎波(エナセン)を止めなきゃなんねーわけか。上等じゃねーか」
「でもどうするの? 榎波もそうだけど、ガラス瓶を持った生徒も止めないと……」
「彼らの居場所は、私の能力で洗い出してみるわ……」

 そう言うと一画は、魔人能力『一画方』を発動し、下調べのメモ書きを開く。学園の間取り、構造。そして現在の人の流れや、風向きを勘案し、生徒の行方を推理していく。

「毒ガスが滞留しやすいのは技術室。だけど今の時間はほぼ無人。職員室はまずいわね、高確率で毒ガスの餌食になりそう。あとは……」
「あたしは今のうちにガスマスクを作る。設計図は昔の奴があるから、五分もあればなんとかなる数は作れそうだ」

 愛莉も魔人能力を発動し、研究所でガスマスクの制作を始める。

『一画方』が危険度の高い場所を特定する。そして一画は全員に個別の指示を出す。

「まずは皆ちゃん、機動力を生かして校舎の窓を片っ端から開けて欲しい。ついでに体育館の扉もお願い。愛莉ちゃんと私で女生徒は抑える。恐らく職員室と音楽室が危ない。ブルマニアンとヒトリちゃんは屋上へ急行して。恐らくあいつが待ち伏せているだろうから」

「涅槃寂静さんはどうする……?」
「命に別状はないし、今は放っておくしかないわね。あちらの木の陰に寝かせておいてあげて」
「分かりました。それじゃ愛莉のマスクが完成したら、動き出しましょう」

 そして五分後、愛莉が研究所から大量のガスマスクを担いできた。しんどそうだが、まだ休ませるわけにはいかない。

「はぁ、はぁ、作戦開始だ! 行くぞっ!」


◆  ◆  ◆  ◆


 皆は体育館の鉄扉を速攻で開け放ち、校舎へ戻る。蝶の翅は高速飛行に向くものではなかったが、それでも精いっぱい翼をはためかせる。

「窓は内側から鍵が掛かっている。ならば!」

 皆は校舎の窓に向かって口を開く。口腔内にエネルギーが集中し、射出された光の粒子がガラス窓を射抜く。そこから隣、また隣と、片っ端からレーザーで叩き割る。この方法ならば、校舎全体の風通しを良くするのに、さして時間はかからないはずだ。


 一画と愛莉は、まず職員室の方へ急行する。すると今まさに、一人の女生徒がガラス瓶を抱えて、中に入って行く。間髪入れず、二人もそれに続く。
 突然入ってきた女生徒に教師たちが注目する中、あとから来たガスマスクの二人組がそれを取り押さえる。

「一体何事だね! 君たちは」
「先生! 今すぐ校舎から出るんだ! この瓶は毒ガスだ!」
「その声は……徳田さん? また問題を起こしたのかね?」
「すみません。彼女の言ってることは本当です。校舎内にいる人たちは、直ちに退避をお願いします」

 一画はそう言うと、ポケットから警察手帳を取り出す。教師陣は慌てふためき、全校生徒に退避の放送を入れる。二人が女生徒、肉汁を縛り上げる頃には、教師陣も職員室から退避を完了していた。

「マイさん、あんた警察じゃないんじゃ……」
「まあこの手の偽物は沢山持っていますから。ブルマニアンさんには内緒ですよ」

 緊急避難的な措置とは言え、堂々と偽手帳を掲げる一画の胆力に愛莉は舌を巻く。

「音楽室では吹奏楽部が練習している。放送が聞こえなかった可能性もあるから、急ぎましょう」
「りょーかいだクソッ! 自分の体力のなさを呪うぜ……」

 二人は重い腰を上げて、音楽室へと駆け出した。


 ブルマニアンとヒトリは、屋上に向かって階段を駆け上がる。ブルマニアンは道中、一画から借りた生徒手帳をじっと読み込んでいる。

「よそ見しながら階段を昇っちゃ危ないですよ、ブルマニアンさん」
「分かってるわ、けれどこれが私の生命線なのよ!」

 生命線? 何だかよく分からないが恐らく彼の魔人能力に関係している物なのだろう。

「ブルマニアンさん、最上階です」

 屋上に通じる扉の前で、二人は立ち止まる。ここから先は、何が起こるか分からない。ブルマニアンは意を決して、ドアノブに手をかけ扉を開いた。

 ゆっくりと屋上に出るブルマニアン。視界に榎波の姿は見えない。ひとまず息を吐き、ヒトリの方を向く。その瞬間―—

「危ない!!!」

 扉の裏側に隠れていた榎波が素早く飛び出し、バールのようなものをブルマニアンの頭頂部に向けて一気に振り下ろした。良くて頭蓋骨陥没、悪ければ大脳破壊の致命打を、ブルマニアンはまともに受ける。芯に響くような重い衝突音と共に、ブルマニアンは一瞬よろめいた。

―—だが、そこまでだった。

「ふう、急いで生徒手帳を読んでおいてよかったわ」
「なっ!?」
「学園自治法準拠による姫代学園校則、第4条3項。魔人能力または凶器を用いて、みだりに人を傷付けてはならない。第7条12項、精神に作用する魔人能力の校内使用を、固く禁ずる。たとえこの学校に日本の法律が適用されなくとも、学園自治法という第二の秩序がある! それを理解すれば、私の能力も使えるわ!」

 いつの間にかブルマニアンの頭のアホ毛が、二本増えている。計三本のアホ毛が、ブルマニアンの耐久力を飛躍的に伸ばしたのだ!

「て、てめぇ……!」

 狼狽する榎波は、苦し紛れに鉄の棒を振り回す。しかしブルマニアンはブルマの中から警棒を取り出し、容易く受け止める。

「えくすぺりあーむす!!!(物理)」
「ぐえっ!!」

 ブルマニアンの警棒がバールのようなものを弾き飛ばし、返す刀で榎波の側頭部を打ち据えた。たまらず榎波は後ずさり、フロアの奥へと逃げてゆく。

「無駄よ! 逃げ場はないわ!」
「ブルマニアンさん、こんなに強かったの……?」

 ヒトリはいたく感心する。ブルマニアンの警棒捌きだけで、彼の強さが理解できた。恐らく真陽さん(ししょう)と比べても引けを取らない実力だ。コレも訓練の賜物だった。

フロアの最奥、鉄柵付近まで追い詰められた榎波は、サプレッサー付きのP7を取り出し、ブルマニアンに向ける。

「舐めんじゃねぇぞ。オマワリ風情がよ。俺は元エリートなんだよ」
「今は下劣な性犯罪者でしょ? ああ、昔もだったわね」
「ふん……その顔、思い出したぜ。てめぇ、『鬼火事件』の時にピーピー泣いてた、あの新人巡査だろ」

 ブルマニアンの顔色が僅かに変わる。

「あなた……何故それを?」
「そりゃあ知ってるさ。あの事件は、俺も当時警官として、捜査に加わっていたからな」
「なん......ですって?」
「最も、そんな捜査もただの茶番だった訳だが。その警官が、事件につながる証拠を片っ端から潰して回ってたお陰でな」
「あなた……まさか!」

「知ってるか? 女が生きたまま燃えるときの悲鳴。あれはそそるぜ」
「てめぇ!!」

 榎波に飛び掛かるブルマニアン、しかしヒトリは見逃さなかった。榎波の口元に、歪んだ笑みが張り付いていたことを。

「ブルマニアンさん!! だめ!!」
「遅ぇよ」

 榎波はP7をブルマニアンの足元に向けて発砲する。予め敷設されていたニトログリセリン「コメット」に、弾かれた9ミリ弾の火花が着火する!

―—閃光。急速燃焼。

―—巨大な轟音と共に、屋上で大爆発が起きる!!


「何なんだ?今の爆発は……?」

 音楽室でも、その轟音ははっきりと聞こえた。

「私が行って、見て来ましょうか?」

 愛莉たちと合流した皆が提案するが、一画は首を横に振った。

「駄目よ、こちらも人手が足りないの、分かってるでしょう」
「今は吹奏楽部の連中を、外に出さなきゃな」

 二人目の女生徒は、既にガラス瓶を割った後だった。愛莉たちが駆け付けた時にはその女生徒を含め数人が手遅れであったが、まだ息のある残りの吹奏楽部員にガスマスクをつけ、一人ずつ外へと避難させている。

「くそっ……、あたしたちが駆け付けるまで、負けんじゃねーぞ」


 校舎は一部が大きく抉られ、階下の教室は崩落したコンクリートが、(うずたか)く積み重なって、瓦礫の山を築いている。爆発に巻き込まれたブルマニアンは半身が埋もれ、脚だけが瓦礫の外に突き出た様子で、動く気配はない。

「ギャハハハ!! まんまと引っ掛かりやがった。ざまぁねぇぜ!!」
「ブルマニアンさん!!」

 ヒトリの声掛けにも、まったく反応を見せない。あれだけの大爆発だ。いくら身体能力が強化された魔人とはいえ、まだ息があるとはとても思えない。

「無駄だよ。奴は死んだ。それよりも俺と遊ぶ時間だぜ。山乃端一人」
「くっ……!」

 榎波は余裕の笑みを浮かべ、ヒトリの方へと近づいてくる。ブルマニアンが倒された今、仲間のところまで全力で逃げるという選択肢もあるが……。

「俺は今気分がいい。なんならお前だけは助けてやってもいいぜ、今ここで、俺のアレをしゃぶってくれんならな」
「変態教師……っ! 地獄に墜ちろ」
「お、いいね。今の台詞。これが数分後には泣いて懇願するんだぜ、榎波先生、助けて下さいってな」

 榎波は手に持ったP7を構えてすらいない。完全にヒトリを舐め切っている。これからどうぶち犯してやろうかという事しか考えていない様子だ。つまりそれは、一方的な奇襲が成立する(・・・・・・・・・・・)ことを意味する。
 つま先に意識を集中させろ。あと三歩、二歩。私の間合いまで、あと僅かだ。榎波は無防備に距離を詰め、ヒトリが設定したデッドラインを軽々しく踏み越える。

―—今だ!!

 強く大きな踏み込み! 突然の突撃に、榎波は面食らう。慌ててP7を構えようとしたが、そこが最大の狙い目だ!!

「はああぁぁぁっ!!」
「なっ!?」

 サプレッサーを掴み、銃口を外側に逸らす。反射的に引き金が引かれたP7は暴発するが、銃口の向きは明後日の方向。銃に意識を削がれ、隙だらけとなった鼻先に、肘鉄を入れる!!

 鼻骨がひしゃげ、悶絶する榎波。思わず取り落としたP7が地面を滑る。
 何の力も持って居ないと思われた女からの反撃で榎波の頭はパニックになっているだろう。冷静さを取り戻す前に、更なる追撃を入れる!
 オーバースイングのフックを掻い潜り、ボディに二連撃。下がった顎先に、カチ上げの掌底を喰らわす。脳を縦に揺らされ、榎波の足取りがふらつく!

―—行ける。相手の動きは見切れてる。残りの体力もこちらが有利だ!

 ヒトリは自身の成長をこの上なく感じていた。真陽さん、愛莉、皆ちゃん。みんなのお陰で私、ちゃんと戦えてるよ。いつまでも守られてばかりの私じゃ無いんだ!! この醜悪な殺人鬼は、私が倒す!!

 しかしヒトリはその高揚感で気付かない。ダメージでふらつきながらも、榎波の目の光が死んでいない事に。
 榎波の心を支配していたのはドス黒い怒りだった。自分の性欲の捌け口でしか無い女如きに、良いようにやられている現実に我慢がならなかった。しかも相手は魔人でもない、一回りも年下の小娘だ。歪んだプライドと煮えたぎるいら立ちが、榎波の身体を支えていた。

「舐めてんじゃ……ねえぞ!!」

―—シャッ!!

「!?」

 真一文字に閃光が奔った。咄嗟に後退したが、躱し切れずに腹部が浅く切り裂かれる。
 見ると、榎波はいつの間にか取り出したナイフをこちらに向けている。

「今の攻撃……、さっきとは比較にならないほど鋭かった……」

 ブースタードラッグ「ギムベル」による自己強化。反射速度、筋力、思考速度の強化により、榎波の動きの質が激変する。使えば確実に寿命を縮める諸刃の剣ではあるが、このままやられるよりははるかにマシだ。
 そしてここから形勢は逆転する。強化され、更に凶器を持った敵のプレッシャーに圧倒され、次第に防戦一方となる。肩口が、太腿が、前腕が、次第に血に染まる。

「オラッ! さっきの勢いはどうした!? 小娘の分際で俺に逆らうからこうなるんだよ!!」
「ぐっ……!!」

 相手の動きが見切れない。今の私じゃ届かない。

『残念だけど、上には上がいるっていう事実は知っておいて欲しいっす。でないと、この先の戦い、ワンミスで命を落とす羽目になるっす』

『魔人の中には、初見殺しの能力を持った能力者も数多く存在するっす。相手の能力を見極めるまでは、決して一人で能力者と戦ってはいけないっす』

 真陽の言葉を思い出す。相手の能力を見極めたつもりでいたが、実はそうではなかった。
相手は、さらに奥の手を持っていた。これは、私のミスだ。

「くそっ……。悔しいなあ……!」

 全身を少しずつ切り刻まれ、次第に意識が遠のいてゆく。自分を生き延びさせるため、尽力してくれたみんな。その努力を、こんな形で無駄にしてしまうのが悔しかった。だけどもう、逃げる体力も無さそうだ。血まみれのヒトリは遂に片膝をつく。

「終わりだな。中々楽しめたぜ」

―—自業自得なのは分かってる。

―—都合のいいことを言ってるのも、百も承知だ。

―—だけど私、こんな所で諦めたくないよ。

―—だから、私を......

「助けて!!!!」

 突然、榎波の背後で、龍の咆哮のような轟音が鳴り響く。振り返ると、崩落した校舎の下から、光の柱が天に向かって伸びている。そして、その光の中央、瓦礫の下から、頭髪が逆立ち、白に染まった一人の救世主が顕現する。

「瓦礫の下からセーフティ。古今東西あらゆる少女の味方、すーぱーブルマニアンさん十七歳、参上!!」
「てめぇ……まだ生きていやがったのか……」
「いいえ、あの時の私は確かに死んでいた。99.99%くらい……」
「は?」
「だけど、目の前で少女が助けを求めている。その声を聴いた瞬間、私は天国の門を逃げるように飛び出した!!」

 そこから語られる復活への道。ロケット砲を持った殺意満々の天使たちの襲撃をかわし、実質SASUKEの険しい道を乗り越え、紆余曲折を経てこの肉体の元に戻って来たらしいが、どう考えても時間軸があっていない。ヒトリが助けを呼んだ時、すぐに復活してきたよね君。

「そして少女の敵特効として復活したこの私の新たなる力が」
「いいから。死んどけよ」

 榎波は間髪入れず、ブルマニアンにナイフを突き立てる。死に損なって迷って出て来たなら、もう一度殺すまでだ。しかし——

「何っ……刺さらな……」
「この私のアホ毛の数を見てみなさい。貴方の一ギルティにつき一つ増えるの。これがどういう意味か分かる?」
「何を言ってやがる、てめぇの髪の毛は、今全て逆立って……まさか」

 そう、ブルマニアンのアホ毛はひとつ残らず逆立ち、現在スーパーアホ毛人に変貌していたのだった!! スーパーアホ毛人って、何さ。

「何故だ!? この学園内は学園自治法に守られた治外法権のはずだ!! てめぇがそんな力を出せるはずが……」
「貴方こそ生徒手帳をよく見てなかったようね。姫代学園校則、第23条(補足事項)。以下の魔人能力によらない犯罪行為、違法行為等は、日本国憲法および刑法に準拠する。つまり、ここでも貴方の犯罪行為はカウントされるの。」

 そう、生徒手帳という言質を取ったことで、ブルマニアンの能力は学園内でも有効になっていたのだった!! やったねたえちゃん!!

「くっそがあぁぁ!! こうなったら、この女だけでもぶっ殺して」

ドゴッ!!
ブルマニアンの拳が顔面にめり込む。

「貴方、そのセリフだけはタブーなのよ……。私の前で少女に危害を加える宣言なんかしちゃったら……」
「あ……が……」
「それだけで、1000000ギルティ―だろうがあぁぁぁ!!!!」

 榎波はぼこぼこにされた。そりゃあもう顔の形が分からなくなるほどばちぼこにされた。醜悪な性犯罪者の末路など、こんなものである。

「しまった……。『鬼火事件』の件もあって、私情に任せて滅茶苦茶フルボッコにしちゃったわ……」

 ブルマニアンの正義執行は、またしてもお預けになった。


◆  ◆  ◆  ◆


「おい、大丈夫かよ!! ヒトリ!!」
「うん……またもや大怪我しちゃったけど……」

 応急手当てを受けて、一息つくヒトリ。無数の切り傷はあるが、一つ一つは浅いものだった。

「みんなはどうだったの?」
「ああ、こっちも平気だ。被害者は多少出ちまったが、やれるだけのことはやった」
「ヒトリちゃん、ごめんね! 私が居なかったばっかりに!」

 皆は大泣きしている。ヒトリは大丈夫だからと優しく宥めた。

「あれ? マイさんは?」
「彼女は榎波を連行してパトカーで戻っていったわ。犯人逮捕にご協力、感謝するわね」
「何だよー、あいさつも無しか。結構ドライなんだな」
「私ももう戻るわ。また何かあったらいつでも頼ってね」

 警察内部に敵がいる以上、余り頼りたくはないのだが、とりあえずよろしくと返事をした。パトカーを見送り、病院へ向かうタクシーの中で、愛莉は不意に浮かんだ疑問を口にする

「でもさー、何で榎波(エナセン)の野郎、あたしたちを狙ってきたんだろう」
「そりゃ、アイツが敵の仲間だったんじゃ……って?」
「そーなんだよ。アイツ明らかに警察と対立してたじゃん。ブルマニアンさんにもぼこぼこにされてたし……」
「そもそも私たちとアイツの接点、薄かったしね」
「もうやめようよ。あんな奴の話」
 皆がストップをかける。確かにあまり気持ちのいい話題じゃない。そう思って、三人はその疑問を棚上げにした。


 警察署に向かうパトカーの中、ぐったりとした榎波の隣に、一画が座る。

「気分はどうかしら? 負け犬さん」
「何だと……」

 いきなりの暴言に反応を示すが、リアクションは弱々しい。

「全く、偽の(・・)生徒手帳まで使って、貴方のお膳立てをしたのに、結局殺す事は出来なかったのね。山乃端一人を」

 その名前に反応する。この女は何を言っているんだ?あいつらの仲間じゃなかったのか?

「あの人は貴方のことを高く買っていたわ。私は反対したんだけど」
「てめえ、さっきから何訳の分からないことを言っているんだ……?」
「結局あなたは大騒ぎを起こして、罪もない学生を何人も殺した。そうさせた私も同罪だけど……」
「だから何を言ってやが……あが……?」

 榎波の開いた口にサプレッサーの銃口をねじ込む。そして一画は、無感情に拳銃の引き金を引いた。乾いた破裂音。榎波は何が起きたかも理解できず、脳幹を破壊されて即死した。榎波の所持品であったこのP7(拳銃)を使うことで、自殺として処理されるだろう。

「罪滅ぼしのつもりなんてさらさらないけど、後始末はさせてもらったわ」

 一画は電話を取り出し、「あの人」に連絡をする。

「ええ。山乃端一人は依然健在。やっぱりもう、貴方が動くしかないみたいですね」

「はい、分かりました。最終フェーズに移行しましょう。」

「同志たちにもすぐに連絡を入れます。ええ、仰せのままに」

 そう言うと、一画は電話を切る。思えばこの日をどれだけ待ちわびていたのだろう。もうすぐだ。もうすぐ奇跡の力で山乃端一人(イチ)を蘇らせることが出来る。

「次に会う時は敵同士ね、ヒトリさん……」

――端間一画。「転校生」と共に次元を渡った、並行世界からの来訪者である。
最終更新:2022年03月26日 23:20