最近、やたら現実味のある夢を見る。
私が『私じゃない』私になって、命からがら生き延びるという夢だ。
夢の中の私は、魔神を召喚する能力を持っていたり、悪魔に憑かれた修道僧だったり、そもそも力のない少女だったり。
唯一つ共通していることは、『私』は『山乃端一人である』ということ。
もちろん『私』はそうじゃない。大学生で、隠れ魔人でもある。能力は、ダンゲロス・ハルマゲドンを起こすこと。
正直訳がわからない。条件もいつも持ってる銀時計を手動で0時0分に合わせるか私が自然死以外で死ぬことだけ。
単に世界に迷惑を掛ける能力なんていらなかった。その点では夢の中の『私』のほうがまだマシかもしれない。
ともあれ、普通に生きていくには問題ないのだ。今日は論文の資料を揃えに図書館に行かなきゃ。


「なんで、友達でもないのに助けてくれたの……?」
「そりゃあ、弱い者いじめなんて悪いことしてるの見たら見過ごせるものじゃないし、それに……」
「それに?」
「友達じゃないと言うなら今から私達は友達よ。友達なんだし助け合うのに遠慮はいらない。ね?」
「……もし、友達が悪い事してたらどうするの? やっぱりそれも助けるの?」
「もちろん、それはいけないことだ、って止めるわ。人の道を踏み外しそうなときに止めるのも友達の役目だと思うから」
「委員長は心が強いね……。私には難しそう」
「呼び方、堅いなぁ。かなちゃん、でいいのよ?」
「~~~っ、無ぅ理ぃ~~」


昔の夢を見た。初めて委員長が助けてくれたときのこと。
私も、あんなふうに気高くいられるだろうか。
……まぁいじめっ子を焼き殺しといてそんなことを言うのもおこがましいか。

そう言えばそろそろ母の命日、三周忌だ。
死んだ身で何を、とも思うが自分が死んだのが遠因で亡くなったようなものではあるし……。
念の為、ランタンと鉄棒は持っていく。最近物騒なことも多いし、いつなんどき山乃端さんを狙うものが現れないとも限らないし。
墓場は学校からそう遠くはない。反射鏡があればなんか連絡があっても大丈夫。な、はず。

今日の天気はどんより曇り空。冬の寒気と相まって、人の身には寒く感じるだろう。私はもう冬の寒さも夏の暑さも感じられないが。
墓場には、結構人がいた。お彼岸にはまだ早いはずだが。それに誰も彼もなんだか陰鬱な印象を受ける。いや墓場で陽気な方が場違いだけど。
宵空家の墓はすぐに見つかった。拝んだ後、バケツに水をくんで墓にかけて掃除する。手でやる必要がない分、生きてる頃より便利だ。幽霊もそう悪くはない。

さて帰ろうかと思った矢先、不思議な少女が目についた。
背格好からして自分より一回りは年下、髪は灰色、面頬の如きガスマスクを着けており、自分ほど自我が確立してない幽霊に囲まれている。
あのくらいだと普通の人には見えないはずだけど、何か会話をしているようにも見える。いわゆる霊感持ちなのだろうか。
近づいて話しかけてみることにする。

「こんにちは」
「ヒュッ!?」

想像以上に驚かれた。そんな驚かれるような顔してるかなぁ。幽霊慣れはしてそうだったし私の見た目が透けてるからってことはないと思うんだけど。

「あの、何か、御用でしょうか」
「なんか幽霊と話してる人がいたから物珍しくって。普通の人は怖がるでしょう?」
「……あなたも、幽霊?」
「まぁ、見ての通りね」
「こんなにはっきりと存在してるのは珍しい……」
「そう、かしら?」

そう言えば去年や一昨年の墓参りのときも彼女の周りにいたような虚ろな影をちょこちょこ見た気がする。あれらも幽霊だったのだろう。

「あ、その、私、普通の人には見えない幽霊とかと会話できて……」
「あー……やっぱ普通は見えないものなんだ。私も幽霊だから見えてただけで」
「ここで会ったのも何かの縁ですし、友達になりませんか?」

第一印象よりグイグイ来る。……でもまぁ、私もこの三年間、友と呼べる相手は一人もいなかったので、その申し出を受けることにした。

「宵空あかねよ。よろしくね」
「安池有紗といいます。こちらこそ、よろしくお願いします」
「それで、安池さんはここで何をしてたの?」
「ある人と……山乃端さんっていうんですけど、その人と友達になりたくて――」

山乃端さん。その言葉を聞いたとき物凄く嫌な予感がした。存在しない心臓が早鐘を打っている気がする。出もしない冷や汗が首筋を伝っている気がする。

「――そのために、殺すための準備をしようと思って」

予感は大当たり。どの山乃端さんかはわからないが、このまま放っておけばろくでもない結末にしかならない。
こんなとき委員長ならどうするだろうか。言うまでもない。友達だからこそ、道を誤ってると感じたら止める!

「待って待って。何故殺す必要が?」
「生きていては友達になれないもの」
「その、山乃端さんはあなたにそんなに酷いことをしたの?」
「ううん、むしろ私が会った中で一番優しい人だった。一緒におしゃべりしたり、一緒に食事したり、育ててたお花を褒めてくれたり……」

何もおかしいことはない。むしろのろけにしか聞こえない。だからこそ、その言葉はおかしかった。

「だから、殺さないと」
「もうそれ、友達だよね? せっかく出来た友達を殺しちゃうの……?」

私の指摘にあからさまに動揺し始める安池さん。

「でも、私の友達は死人ばかりだしでも山乃端さんは生きてるしだけど山乃端さんは人間だし人間は信用できないしそれでも山乃端さんは私のことを……」
「ちょっと、落ち着きましょう……?」
「あぁ、もう、何もわかんない! こんなに私を惑わすなんて! もう、みんな、やっちゃって!!」

半泣きで叫ぶ安池さん。その声は墓場に居るすべての人を振り向かせた。そしてのそり、のそりとこちらに近づいてくる。

「もしかして、これ全部あなたの……」
「えぇ、そうよ! 死者と話せたり、従わせたりする力のせいで皆から恐れ、嫌われ、疎まれてきた!」
「私は気にしないけどなぁ……。そもそも私自身が死人だし」

会話している間にもじわじわと人々……いや彼女の言うことが正しければ全員死人か。ともかく包囲の輪を狭めている。

「……でもまぁ、飛べばいいだけなんだけど」

ふわりと宙に浮かべばもう追いつけない。死体は無為に虚空へ手を伸ばすのみ。

「どうして逃げるの!?」

その言葉への答えを見つけるより先に、彼女は周りにいた幽霊に指示を出す。おそらくは捕まえろ、ということだろう。
ふわりふわりとこちらに向かって飛んでくる。でも。

「アンデッドは陽に弱い」

ランタンの四方を覆う遮光板を外す。夕日を模したものでも日光は日光。幽霊たちはあっという間に墓石の影に隠れた。
……本当に日光が苦手なんだ。光が効かなかったら直接ぶつけて追い払おうと思ってたけど。

「どうして……どうして私の邪魔をするの!?」
「友達を殺すなんて、間違ってると思うから! あなたの友達として、あなたにそんなことはさせやしない!」
「――ッ!! あなたに、私の気持ちがわかるというの!? 迫害されてきた私の気持ちが!」

高度を落として彼女から一歩半のところまで近づく。死人もランタンの光を恐れてか近寄ってこない。

「同じじゃないかもしれないけど、私も見た目だけで奇異の目で見られて、虐められ、挙句の果てに殺されたもの!」

肌は病弱なまでに白く、目も色素の薄さゆえに赤く、それでいて髪の色は紅く。
他と違うというだけで、残酷になれる人はいる。だけど。

「それでも、私に手を伸ばしてくれる人はいた。あなたにとって、山乃端さんがそうかもしれない。
 まだ明かしてないと言うなら、受け入れられる可能性だって、ある!」
「でも、もし明かして嫌われたら……」
「その時は私が説得してあげるわ。死人と話せるからって嫌う理由なんてどこにもないって、ね!」

それでもダメなら幽霊パンチ、と言いながらシャドーボクシングする素振りを見せる

「……ふふっ」

安池さんは少し微笑み、手を下げた。同時に操り糸から解き放たれたように死人たちが次々と倒れていった。

「……そうね、私ってば何もしてないのに諦めてた」
「私がついてるから大丈夫よ。幽霊だけに」
「ふふっ、何それ」

自分で言っててなんだか気恥ずかしい冗句だが、それでも笑ってくれるならもう大丈夫だろう。

「こんなところで立ち話も何だし、どっかでじっくり話し合わない? 喫茶店……は私お金持ってないから、図書館とか?」
「いいわね。こう、話の切っ掛けとか考えましょ」

友達のためになにかする。委員長もこういう気持ちだったのだろうか。

「ところで物凄く暑いんだけど……」
「あっ、ごめんね。遮光板入れないと」

てへぺろ。



そんなこんなで私達は近くの図書館にたどり着いた。

「おっきいねぇ。……ってなんか制服着たクラゲが居る!?」
「あれは……うちの高等部のクラゲ先輩ね」
「えっ、何それ」
「何だかよくわからないけどうちの学生なのは確かみたい」

魔人が集まる姫代学園の話は聞いた……というか学校に残ってた資料の中で読んだけどクラゲまで受け入れているとは懐が広い……。
そんなこんなで中に入って奥まったところへ行き、適当な席を探して座る。

「どうしよっか?」

安池さんの言葉にふと気づく。何をどうするか何も考えていなかった。
勢いのままに言ったはいいものの、具体的な方針があるわけでもない。

「うーん、どうしよ。私も友達が多かったわけじゃないし、ここ三年そもそも人付き合いがなかったわけだし……」
「多かったわけじゃない、ってことは少しはいたの?」
「うん、一人だけ友達だって言ってくれる子がいて、名前は――」

言おうとしたところで言葉を遮るように飛び込んでくる爆音。
続けて聞こえてくるは静かな図書館に似つわかしくない銃声、悲鳴。明らかに異常事態である。

「ちょっと隠れてて。私なら多分大丈夫だから様子を見てくるわ」

こくん、とうなずき本棚の陰に隠れる安池さんを見送り、ふわりと浮かんで銃声の方へ向かう。

音の発生源は二階の方。そこには銃火器を何処からか次々取り出しては動くものを片っ端から撃ち抜く真っ黒な人間がいた。
背丈は小柄なものの、銃に背の大小は関係ない。人が片っ端から死んでいく。

(無差別殺人のテロリスト!? 冗談じゃないわ。さっさと安池さんと合流して逃げないと!)

見つからないようにそっと戻る途中で入口を見る。瓦礫で埋まっている。目をこすり(よく考えたら意味がないが)もう一度見る。やはり埋まっている。

(この分だと他の非常口とかも潰されてそうね。私だけなら逃げられるだろうけど、友達を置いてくなんて……)

どうしようかと無い知恵絞って考えていたら、物陰から心配そうな顔をした安池さんがひょっこり顔を出した。その額にはレーザーポインタの光。……え、ちょっと?
出どころを辿るように振り向くとさっきの黒い人間らしきヤツが狙撃銃を構えていた。まずい、声も、念動も届く前に撃たれちゃう!

銃声、どさっ、と何かが倒れ込む音。薬莢排出音。ぼさっとしてる暇はない。視界に入らないように遠回りしつつ、安池さんがいたはずの場所に向かう。

そこには目を見開いて憔悴した表情の安池さんと、彼女をなだめている、どこか見覚えのあるような女性がいた。

「危なかったわね、もう大丈夫……とはいい難いけど」
「山乃端、さん……?」
「お久しぶりね、有紗ちゃん。あら、あなたは……?」

割と実体がはっきりしてるとは言え半透明の言わば幽霊を見て平然としてるのは、何というか肝が据わっている。

「安池さんの友人の宵空あかねです。よろしくお願いします」

この山乃端さんは私の探している山乃端さんだろうか。何せ会ったのは三年前だしすぐいなくなってしまった。

「私は山乃端一人。ここは危ないし、ちょっと落ち着ける場所まで移動しましょうか」

銃声はいまだ鳴り止まない。謎のテロリストから距離を置くように、奥へと進んでいった。

「それにしてもどうしましょう。出口は瓦礫で埋まってるし、下手に出ようとすれば狙い撃ちだし……」

三人寄ればというが、打開策はなにも思いつかない。頭を悩ませていたところに人が飛び込んできた。
そこに飛び込んでくるは膝丈ほどのスカートの丸メガネを掛けた銀髪メイド、中性的な容貌のスラリと長い黒いロングヘアの学生、そして山乃端さんの妹かと思うような風貌の女学生。

「敵!? ……じゃない?」
「おや、失礼しました。生き残りの人がいたのですね」
「全く、アレじゃあ流石に近寄れないね。弾切れとか無いのかな?」
「あの、あなた達は……?」

手早く、互いに自己紹介を済ませる。
山乃端さんの妹みたいな人はやはりというか何というか、別の山乃端一人さんだった。
それでメイドさんのほうは諏訪梨絵、ロングヘアの人は浅葱和泉と名乗った。
諏訪さんも浅葱さんも山乃端さんが狙われていることは承知済みらしい。
おそらくあの影が今回の敵なのだろう。どちらの山乃端さんも失うわけにはいかないはず。
一通り情報交換し終えたところでランタンにつけている鏡が震える。

「もしもし、いまそれどころじゃないです」
「せめて話の内容を聞いてからにしてください。図書館に山乃端さんの命を狙う魔人が来るとの情報を得まして」
「ちょうどいま図書館に居るしそこで無差別殺人テロリストに巻き込まれてるんだけど、もしかしてそいつがそう?」

十中八九正解だろうけど、念のために確認する。

「えぇ、はい。魔人の情報も調べてあります」
「他の皆と情報共有したほうがいいわね。手早く話してもらえる?」

鏡助さんの情報によると、あの黒いのは異世界におけるダンゲロス・ハルマゲドンの勝者を模した者で、能力もそれに準じるらしい。
その勝者――黒星(ヘイシン)というらしい――の能力は、自分を中心にあらゆる武器を出し入れ可能な異空間を展開できるとのこと。

「道理でいろんな銃を持ち出す上に弾切れもしないわけね」

浅葱さんは納得したように頷く。

「投げたナイフが消えたのもおそらく能力によるものでしょうね」

諏訪さんが付け加える。
自分は弾をほぼ無尽蔵に出せて相手の武器はしまうことで回避出来るというのはそれだけで強い。

「武器である限りは彼女の、いやその影に性別も何もないですが……能力の範疇と捉えていいでしょう。
 武器を振るえば武器庫に食われ、近くに寄れば仕舞ってある武器を叩きつけられることでしょう」

「出してくる物自体は普通の武器なのよね? 何とかして壊せないかな?」
「普通に壊すことはできると思いますがなんせ存在が存在ですからね。攻撃が山乃端さんに当たればどうなるやら」

これらの情報から私達が何が出来るかを相談する。
安池さんは山乃端さんに自分の力を知られたくないのか、案を言い出すことはなかった。
多くの死者が出ているこの状況なら足止めとか出来そうだが、彼女の意志を汲んで私も黙っておくことにした。

大まかな作戦は決まった。
主を護るためならいくらでも強くなれるという諏訪さんが敵の攻撃を引き付け、私がランタンを敵の兵器庫に投げ込む。
ランタンから鬼火を出して相手の武器をメチャクチャにしたら浅葱さんが近づいて仕留める。

「では、参ります」

箒とトレイを手に書棚の影から飛び出す諏訪さん。どういう原理かはわからないが射撃のことごとくを打ち払い、受け流している。

「先程もあぁやって逃げる隙を作ってくれてたんだ」

とは浅葱さんの弁。諏訪さんが引き付けている間に私も移動する。
底部に長い棒のついたランタンを投げつければ、傍目飛んでくる大槍に見えるはず。
ゴンゴン、と壁にぶつけて音を鳴らしてこっちに注意を向ける。気づいたらすぐさま投げつける。
目論見通り私の武器(ランタン)は異空間に吸い込まれた。
どこにあるかはわからないが、手探りで鬼火をランタンから分離することは出来た。後は熱し続けるだけ。ランタンも棒もダメになってしまうが仕方ない。

「諏訪さん、もう少しだけお願いします!」
「この一戦は主のため! ならばいくらでも凌いでみせましょう!」

武器の無くなった私に興味を失ったのか、影は諏訪さんの方に攻撃を戻した。
そしてしばらく後、ついに銃弾の嵐が止んだ。別の武器を取り出すこともなく戸惑っている。

「武器、出せなくなったみたいです!」
「よし、点灯!」

浅葱さんの指示で鬼火を灯す。灯した光は浅葱さんの身体で影を作り、影は殺尽輝のところまで一直線に伸び……。

「『影の形に従うが如し(サモンド・スカル)』、捕らえた!」

伸びた影はもう一つの影を絡め取り、羽交い締めを極めた。
あとは毒が染みわたれば……そんなときに謎の声とともに突如殺尽輝の影にビームが直撃する。

「わたしのこと、わすれないでねー!!!」

振り向くとそこには先ほど入り口で見た制服を着た巨大クラゲが。
一体何故、と思う間もなく制服を残してクラゲの体が消失した。制服は重力に従い床に落ちる。

「あっ、浅葱さんは大丈夫!?」
「なんかビームを受けた影が蠢きだしてまずいと思って離れたが……」

蠢いていた影はみるみるうちに膨張していく。

「これはまずいですね。みなさん、机の下へ!」

諏訪さんの指示で、全員机の下に潜り込む。私は潜り込む必要は多分無いのだが合わせて潜り込んだ。
その間にも殺尽輝の影はみるみるうちに巨大化していき、図書館の天井を破るほどに成長した。
降り注ぐ瓦礫が机を打ち付ける。

「このままここにいたら動いたときに皆潰されちゃわない?」
「よし、崩れた壁から外へ出よう。向こうがなにか行動を始める前に!」

「では私はご主人を運びますわ」

諏訪さんが彼女の主人である方の一人さんをお姫様抱っこして駆け出した。メイドって凄いなぁ……。

「じゃあ安池さんは私が」

後を追うように大きい方の一人さんが安池さんを背負って……えっ、普通の人ってこんなに動けない気がするけど??

「彼女ももしかしたら魔人なのかもね」

そうつぶやきつつ浅葱さんも続く。
……あっ、まずい。見送ってたら私が最後じゃない。

ふと大きくなった影の方を見るとなんか倒れてジタバタのたうっている。それに合わせて瓦礫が次々落ちてくる。
自分が幽霊でなかったら多分とっくに押しつぶされていただろう。それにしても何故……?
よく見ると溶けた鉄らしきものが影のお腹だか背中だかに、まるでホットケーキにかけたシロップのように掛かっている。
……もしや能力を起動した?
先程私が叩き込んだ鬼火はその熱で弾薬を爆発させ中の武器ごとメチャクチャにしたはずである。
その後鬼火を消した覚えはない。……つまり溶けた金属が流れ出してる?
ついでに言うと鬼火が何か――と言ってもあの巨大化した影しか心当たりがないが――を焼いている感触がある。

「ほらほら、ぼさっとしないで」

浅葱さんに促され私も後を追う。
何が起きたかはわからないが、巨大化してなお相手は詰んでいたということだけは理解できた。

離れて様子を見守っていたところ、勝手に自壊し始めた。本当に一体何だったのか。跡には完全に崩壊した図書館と、煌々と光る鬼火だけが残されていた
……いや残ってたらマズいでしょ、消さなきゃ。
指をパチンと鳴らす手付きをする――鳴らす肉はないので音は出ないが――と鬼火は消えた。これで一安心。

急いでその場を離れ、他の皆と合流したとき多少の差はあれど皆心配したような顔をしていた。私はもう死んでるから死にようがないのに。

「遅かったけど、大丈夫?」
「平気平気。ちゃんとやっつけたこと確認しただけだから」

心配してくれた安池さんに笑顔で応える。

「さて、警察とかに根掘り葉掘り聞かれないうちに離れたほうがいいんじゃないかな?」

もうちょっと話を聞いてみたい気持ちもあったが割と長時間拘束されるし、立て続けに関係者になっていてはなんか怪しまれそうなので互いに別れを告げる。
……小さい方の山乃端さんと一緒にいた二人、従者とSPなのかなぁ。魔人だし戦闘能力高いし。やんごとなき人だったのかな。

そういえば、と安池さんを念動でつつく。

「ひゃっ、何!?」
「ほら、いい機会だし伝えちゃおうよ。友達になりましょうって」
「う、うん……」

安池さんは意を決し、山乃端さんに声をかける。

「あ、あの、山乃端さん。私、隠してたことがあって……」
「何かしら?」
「……幽霊が見えたり、死者と会話したり出来るんです」
「うんうん」
「こんな私ですが、どうか、友達になってください」
「あら、私達はもう友達だと思ってたけど? じゃ、改めて。よろしくね、有紗さん」
「ありがとうございます……っていや、違って、その……気にならないんですか?」
「? 何がかしら?」
「自分が見えないものに向かって話す人とか、不気味じゃないですか……?」

安池さんの問いに笑って応える山乃端さん

「あぁ、そういうことね。幽霊が見えてその子達と話せるんでしょ? 私は信じるわ。あなたが嘘をついてるようには見えないし、つく理由もないでしょ?」
「……ぐすっ、うぁぁん……」
「ほらほら、泣かないの」

うまいこと友達になれた(山乃端さんに言わせればもともと友達だと思ってたということだが)みたい。
何事もなく終わって良かった良かった。と思っていたら山乃端さんが声をかけてきた。

「そういえばあなた……宵空あかねちゃん、だっけ?」
「はい、何でしょう?」
「三年ほど前に会わなかったかしら? 会った、と言うには短い時間だったけど」

思わぬカミングアウト。まさかこの山乃端さんが私の探してた人だったなんて。

「!! もしかして、私が虐められてるときに助けてくれた……! あのときは本当にありがとうございました!」

やっと言えた。あの時出会ってからずっと、ずっと心残りだった事。

「どういたしまして。でも、どうして幽霊に? あ、言いたくないなら無理に言わなくてもいいけど」
「それは……」

かくかくしかじか。あの後まもなく殺されたこと、殺し返したこと、山乃端さんと委員長に言えずじまいだった言葉がずっと心残りだったこと、全部話した。

「……こんなところね。結局、私は悪人なの。自分勝手で人を焼き殺して、そのくせ他に未練があると言ってこの世に居座ってる。そうじゃない?」

「そうね……殺されたのに殺し返すな、なんてそれこそ生きてる側のエゴなのかも。私がもしそこにいたら止めたかもしれないけど、もう終わったことだし」
「私もやり返す勇気があったらなぁ……」

いつの間にか泣き止んだ安池さんも会話に入ってきた。

「殺しちゃったら人を殺した、って事実を抱えながら生きていかなくちゃいけないし、それに……」
「それに?」
「あなたの場合、殺したら殺した相手の幽霊がつきまとったりしない?」
「うっ、それはちょっと嫌かも……」
「まぁ、この話はこの辺にして……」

心残りはあと一つ。委員長にもう一度会って、話したい。

「あとは委員長に会えれば……夢宮かな、っていうんだけど、二人は知らない?」
「ごめんね、私は聞いたことがないかな……」

首を振る山乃端さん。対して安池さんはなんか心当たりがあるらしい。

「夢宮……ちょっと心当たりあるかも。ついてきて」

後を追うと、最初に彼女と出会った墓場。なんだか嫌な予感がする。

「ここね、夢宮家の墓」

死者の名が刻まれてる碑の一番左には『夢宮かな』の4文字。日付はおよそ三年前。

「そ、そんな……」

引っ越したのは、そういうことだったのだろうか。どうして、今まで気づかなかったのか……。
自分に肉体があれば今頃大泣きしていただろう。

「……でも、いいニュースもあるわ」
「何……?」
「周りの幽霊によると、夢宮かなの霊はここには来てないし、遺体も遺骨もない、って」
「じゃあ、まだどこかで生きてる……?」

そんなときに震える鏡。

「こんにちは、あかねさん。夢宮さんのことですが……」
「……墓ができてるけど、遺体はないってとこまで知ったわ」
「えぇ、それなんですが……大体の居場所は特定できたのですが、会えるかどうかわからない場所にいるのでこれは先に伝えるべきかと思いまして」
「い、今どこに!?」

思わず気が急く

「彼女の遺体は今、東京湾に沈んでいます」
「東京湾……!?」


つづく……。
最終更新:2022年03月26日 23:21