学校法人姫代学園。

東京都内に築かれた学校としては最大の規模を誇り、女子のみの通学が許される別学制の女子校でありながらも、生徒数はそこらの共学制の学校では考えられないものである。
初等部・中等部・高等部・大学の全てが同じ姫代学園の名前で運営されているというのも生徒数に関わる要素の一つではある。
生徒の自主性を尊重した教育によって優秀な人材が世に送り出され、ブランドイメージを常に保ち続けていることもまた、人気の秘訣だ。

しかしこの学園が威信を持ち続けられるのは何よりも学園自治法を有効に利用し、校紀が健全に守り続けられていることが理由だ。

無論、どれだけ整えられた環境にあっても他人を食い物にしようとする者や不正を行おうとする者は出る。
俗に番長グループと呼ばれる不良グループは度々学内に問題を巻き起こす。

それでも姫代学園が不良学校と外部から見られるようなことは絶対にない。
全寮制で外出には許可が必要という校則によって普段から生活態度の悪い生徒は校門を自由に出入りすることが許されない。
故に、学外の悪人を味方に付けることは難しいし、武器や薬を手にできるような機会も制限されている。

暴れた所で小悪党にしかなることができない番長グループを恐れる一般生徒、憧れる一般生徒は基本的に生まれるはずが無い。
校紀を取り締まる風紀委員会は警察顔負けの捜査能力と制圧力を有しているため、仮に悪党が現れた所で人民を脅かすような結末は訪れ得ない。

本来ならばそのはずだった。

歯車が狂ったのは去年の秋から冬に季節が移り変わる頃だっただろうか。

チンケな校則違反者達の集団に過ぎなかった番長グループの生徒達は無意味に見えるような些細な暴力や恐喝の数を徐々に増やし、学園全体に不穏な空気をもたらした。
事件を調査する能力は卓越していても、風紀委員会はあくまでも生徒たちによって立ち上げられた自治組織である。
所属する生徒達各々に普段の勉強もあれば、生活もある。

事件数が増えれば担当者達の負担は増え、それぞれの被害者や加害者に対する調査は自然とおざなりになっていく。
番長グループの犯行と、それ以外の犯行にも区別が付けられなくなっていく。
風紀委員は番長グループに所属しているか否かに関係なく一般生徒に対する目が厳しくなり、一般生徒から風紀委員会への信用も事件解決が遅れるほどに失われていく。

冬が始まった頃、遂に漂っていた不穏は可視化された。

学園中を巻き込んだ暴動計画だ。
一つ一つでは単純でチンケな傷害や盗難が、同時多発的に起こされた。
問題は、これに関わった生徒の多くが番長グループと直接関わりを持たず、生活態度良好と判断された生徒達だったということだ。

最終的に学園の三割程度の人間が加害者として身柄を拘束されたこの事件は、集団ヒステリーとして処理されることになる。
風紀委員や彼女らに協力した一部生徒の尽力は無事にこの騒乱を収めることに成功したが、結局現在に至るまで原因は不明のままである。

学園を出入りする際のセキュリティチェックが校則に定められ、再度暴動が起きないように工夫を凝らしてはいるものの、主犯がなく発端の見えない事件は、学園内に不安を残した。

一部生徒の間では、この出来事は次のように評されていた。

これは「ハルマゲドンの先触れ」であると。

魔人が多く通う学校では稀に複数の派閥が戦争による決着でお互いの意見を通すということがあり、その戦争はハルマゲドンという呼び慣らわされている。
ハルマゲドンという言葉は何も学校内の戦争に限って使われるものでは無いが、学生が使う場合は往々にして戦争を指す。

世の多くの人間は山ノ端一人とハルマゲドンの関係は知らない。
しかし、ハルマゲドンの前には得てして不可思議な不幸が散見されるという古代からの経験則は人々のDNAに刻み込まれている。


そして冬の終わり、ハルマゲドンに関する噂はより強い現実感をもって生徒達の間を漂った。

学園外で起きた東京都内同時多発テロが数ヵ月前の姫代学園をなぞっているように子供たちは錯覚していた。
そこに拳条朱桃という一人の生徒が関わっており風紀委員も事件の阻止に動いていたという情報も、遠い出来事を自分達に関わりの深い出来事であると信じ込ませた。

「ハルマゲドンだなんてあまり滅多なことを言うんじゃないぞ。今回のテロはこの学校とは関係ないんだからお前たちは大人しく勉強や恋愛しとけばいいんだよ!」

科学教師の榎本が授業中の発言に真剣に耳を傾ける者はいない。
論理的な因果に還元できない非現実的な事態を、生徒たちは半ば他人事、半ば身近な出来事として楽しんでいた。
彼も教師という立場上一応注意をしただけで、本当は自分も無責任な発言に耽りたいとそのように思っていた。

不安があるから対話でそれを解消したいというのではなく、他人の不安を増長させて弄びたい、という欲望が彼を突いた。

授業終了のチャイムを聞いて教壇を下りて放課後を迎えれば彼は聖職者ではなく一人の男であり、ケダモノだった。
男という立場は女子校においてある種のエラーだった。
生徒に限らず、彼以外の教師や用務員、警備員に女性が多く肩身の狭い思いをしたことはある。

男性の締め出されたこの空間で娘たちの多くは男性の存在を知らず、僅かな知識についても忘れかけている。
勤務を続ける中で、榎本は自らの邪な欲望を発散させつつも表に出さない方法を何通りも発見し実践した。
外部から隔絶した空間ならではの無警戒さを利用し、彼は小魚の水槽を自在に泳ぎ回る鮫となることができた。

ハルマゲドンに関する噂も、新しい趣向に利用できるかもしれないと考え、授業中にもかかわらず彼は興奮を覚えた。


そして現在。
不安は噂に留まらず、新しい事件として顕在化した。

「人間消失事件」

テロ直後から細々と囁かれていた都市伝説のような事件は、学園内へも容易く侵入した。
この事件の被害者は鏡に吸い込まれるようにして消えると語られているが、実際にその場面を目撃したという報告は殆ど入っていない。
その様子は姫代に伝わる踊り場の七不思議と似たものがあったが、実際に身近に消失する生徒が出てくるとなると、誰も無責任な噂は流せない雰囲気が形成された。

しかし、一部の人間は殺人と消失が深く結びついていることを知っていた。
拳条朱桃の消失を目撃し、それ以前に転校生鏡助の話を聞いていた鬼姫殺人とその報告を受けている風紀委員幹部、その上部組織である生徒会役員は消失の条件を迅速に把握することが可能だったのだ。

校内の事件制圧の中で校則違反者を間違えて消失させてしまった風紀委員もいたが、そのような生徒にも戒厳令が布かれた。

消失は殺人事件の存在自体を覆い隠す現象であり、風紀委員の捜査を難しくするばかりかこの現象が無辜の生徒を突然に殺人鬼に変えてしまう恐れもある。
風紀委員は全校に事実を公表できず、学校内に潜む殺人者に対して後手に回り続けることになる。


徳田愛莉は往年の無邪気と奔放を投げ捨て、事件への対応のため風紀委員に対する技術支援を任せられていた。
その様子を見た人間は、とても問題児として振舞ってきた魔人と今の彼女が同一人物であると信じることができないだろう。
彼女は協力者として特別に消失の条件を知らされている。
開発するのも結局のところは消失者の行方を追う技術等では無く、校内で殺人事件が発生するのを防ぐための道具だ。

設置場所を選ばず量産できる監視カメラや、魔人の攻撃からでも致命傷を負わなくなるような防具等、開発は多岐にわたって行われている。

それでも事件が沈静化する様子は見られなかった。
そもそも「消失事件」は死体や遺留品が発見できない殺人事件で、コトが起きた後にも「いつ」「どこで」事件が発生したのかは明確ではなく、翌日の出席確認で初めて消失に気が付くことも珍しくないのだ。
犯人の目的も犯行方法も被害者の足取りも不明、捜査は暗礁で一進一退し、時が経つに連れて解決が不可能だという絶望も蔓延し始めた。

一部生徒が推薦したという探偵を生徒会長が招いてみたは良いが、その人物も謎の襲撃に遭って人事不省に陥っている。
なんとかしようと誰かが策を練る度実行する度、見えかけた希望は潰されていく。

それでも、徳田愛莉は完全には諦めてはいなかった。
「誰かのために」という目的だけを持って開発に臨むのは彼女にとって初めての体験であり、監視カメラのようなグッズもその途上であまり役に立たなかったに過ぎない。
まだ徳田愛莉の愛する人間は失われておらず、真に失敗したと言える状況には陥っていない。

「他人の役に立ちたいって感性がまだあたしにも残ってたんだな」

加速した研究室の中、彼女は休むことなく挑戦を続けた。


連続消失事件、学園に侵入した変態女装男、口を閉ざす保健室の怪我人達、事件阻止のため奮闘する一般生徒達、光を失った相談屋、事件を終幕へと導く偉大な発明。


ダンゲロスSSエーデルワイス 端間一画編第二話『肝脳Torch』

本編は一週間以内には公開。



ワクチンの副作用で作者が寝込んでいるため作品としての感性に至っておらず、急遽予告形式での提出となりました、申し訳ございません。

投票に値するような内容を期限通りに公開することができず、楽しみにして頂いた読者の皆様にはご迷惑をおかけします。
途中まで書いていた内容は幕間にでも提出したいと考えておりますが、強敵NPCとの決着がついていない以上未提出としてバイクに轢かれても仕方が無いことだと思っています。
その部分に関しての裁定はGKに委ねますが、最終話執筆期間にはまた物語を終わらせるだけの環境が整っているはずなので、意地汚くても諦めたくないという思いもあります。
なにとぞご容赦をお願い致します。
仮にバイク扱いになっても幕間で物語は終わらせるつもりでいるのでそこに関してだけは安心して下さい。
徳田さんとブルマニアンさんは責任を持って活躍させます。
最終更新:2022年03月27日 00:25