最終話「人間万事塞翁が馬」



かつて 異界にて

一つの、疫病があった。概念に感染する疫病である。世界を渡り、星をいくつも滅ぼした病であった。

いまや、それを柳生という。



「おのれ…おのれおのれおのれ!おのれ宗矩ィ!」

一人の男が激昂していた。彼は柳生十兵衛、あるいは柳生十兵衛だったものである。その肉体は紛れもなく柳生十兵衛であったが、それに宿った人格は、いまや『柳生』のものであった。

「く、くくく。吠えるな十兵衛。柳生新陰流の看板をお主にやろうというのだぞ?まあ、今や正しく伝える者のない、不良債権のような看板だがな。遠慮するな」

その怒号を向けられた柳生宗矩は、にやりと微笑んだ。してやったりという、会心の笑みであった。その腹は既に宗矩自身の手によって十字に切腹されており、もはや長くないのが見て取れた。

「俺を十兵衛と呼ぶな…!俺を人格的存在に貶めやがって…!」

かつて、この地に疫病が来た。概念に感染する疫病である。星をいくつも滅ぼした病である。今やそれを柳生という。この星もまた、悉くがその疫病に侵され、滅ぶはずであった。しかしそうはならなかった。



今や、この星に正しき柳生新陰流の使い手はいない。柳生宗矩の名によって悉く腹を切った。疫病からすれば、いわば保菌者が全滅したようなものである。そして今や唯一の保菌者である柳生十兵衛は、概念と一体化した。



剣禅一如。武の極、概念への止揚を成し遂げるかの奥義によって柳生十兵衛は疫病に侵されし『柳生』と一体化し、概念を人の身に引きずりおろした。もはや異なる概念にこれが感染することは無い。そして柳生の担い手たちによって、当の柳生は破壊されつくした。貴重な奥義を記した書は焼かれ、使い手は腹を切った。



最早この病が星を滅ぼすことは無い。



「おお、そうだ。死ぬ前に、この宗矩生涯最後の剣禅一如と洒落込もうかのう」

「…!やめろっ!やめろ宗矩!」



剣禅一如。武の頂、非物理的領域、概念への干渉である。



「柳生十兵衛。もはやおまえを継ぐ者はどこの世界にも行けぬ。柳生はここで行き止まりだ。

貴様は十兵衛なれども、十のみがありて一があらぬ。一を聞いて十を知るは賢なれども、十を聞いて一を解さぬは愚というほかは無し。

ならば『十兵衛』ありて『一兵衛』なき柳生は砂上の楼閣、御山の大将に留まると知れ。

―まあ、この星一つで満足しておけ。いままでいくつも星を喰ってきたのだろう?」



「貴様ッ…貴様ッ…宗矩…おのれ宗矩ィイイイイ!」



かくして恐るべき概念疫病の拡散は食い止められ、星一つを侵すに留まった。



「諦めぬ…俺は諦めぬぞ!何度でも挑戦してくれる!幾千幾万幾億の柳生を生み出してくれるぞ!果てしなき確率を乗り越えて柳生一兵衛が生まれた時こそ、再び我等が星の海に漕ぎ出し、世界の壁を超える時と知るがいい!」



そして、今。

その時は来た。



☆ ☆ ☆



東京



柳生。

柳生。

ひたすらに柳生。

東京に柳生が溢れかえっていた。

空を見上げれば、すべて柳生。

YAGYUFO梟首島withYAGYUFO89個旅団



海を埋め尽くすも、悉く柳生。

超弩級柳生戦艦大陸ヤギュランティスwith柳生海軍89艦隊



大地を覆うも、遍く柳生。

柳生超絶沢山兵衛×たくさん



山の彼方に、巨大な柳生。

柳生怪獣 ヤギュゴン



とにかく柳生。

その他諸々とにかく柳生



世界を滅ぼすその軍勢、総勢―数えるは無意味。

柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)の時は来たり。



☆ ☆ ☆



「つまるところ…起こっていること自体はこれまで湧いていた柳生が大増量ということだな?」

「はい。それで放っておけば最終的にこの世界の全てが柳生に飲まれて、向こうの世界に統合されるはずです」

「要するに侵略というわけだな。迷惑千万なことだ」

ひとまず鏡助の鏡の世界に退避した柳煎餅は自分が知った情報を月ピと鏡助に話した。

曰く。

柳生と呼ばれている存在の正体は形而上の概念に感染増殖拡散し、あまたの世界を飲み込んできた概念疫病とでも呼ぶべき存在であること。

かつて煎餅の故郷の世界にそれが現れた時、柳生宗矩が柳生が剣禅一如で形而上に介入し、それと柳生を同一化させることで自らの世界に封印したこと。

『柳生一兵衛』とはもともと柳生宗矩が封印のために考案した柳生新陰流を発見した非実在存在だったが、ついに非実在だったはずのそれが生み出されてしまったことで封印が緩んだということ。

柳生一兵衛の完成は、煎餅が自らの脳内の情報から柳生新陰流を見出したことで煎餅=柳生新陰流の発見者=柳生一兵衛という図式が成り立ってしまった故ということ。



「ようするにこの状況あなたのせいじゃないですかああああああ!?なんかもう並行世界群が一本化してわけわからん存在がめちゃめちゃに湧いてもうあっちもこっちもグチャグチャなんですよおおおおおおおおお!」

「いたひいたひかがみにょひとほっぺひっぱふのやめへ!」

普段の慇懃な態度をかなぐり捨てて煎餅の頬を引っ張る鏡助。流石に転校生の無限攻撃力はセーブしているようだが、かなりの狼狽えようであった。鏡助がこの慌てぶりというだけでどれほど常軌を逸した状況なのかわかろうというものである。

「まあまあ、対抗策もあると言っていただろう」

対照的に冷静な月ピが鏡助をたしなめる。

「はい、あります対抗策。先人に倣って剣禅一如で再封印します」

頬をさすりながら答える煎餅。

「ふむ、しかしただ君が柳生に攻撃すればよいというものでもないだろう?それで終わるならとっくにやっているだろう」

「はい、私個人の形而上干渉でいろいろと捻じ曲げられるのは人一人分に関することが精いっぱいです」

「人一人…なるほど、それで山乃端一人か」

「はい」

煎餅はその打開策を語る。

「『山乃端一人が死ねば戦いが起こる』ならばつまり『山乃端一人が死ななければ戦いは起きない』…それならば『山乃端一人が生存すれば柳生はこの世界に侵攻できない』というふうにできるはずです。こう、一人さんを、ブスっとやっていじれば」

「論理的にはおかしいが…そこをこじつけられるのが君の技ということか。というか刺すのか。剣で」

「ただそうしたとしても穴がありまして……」

「なんだ?」

煎餅はバツが悪そうに言いだす。

「いつまで一人さんを守りきればこれが成立させられるかが問題です。長い時間…どのくらいかはわかりませんけど一人さんの生存が確定する前に柳生に制圧されると手遅れになってしまうかと」

「早急に山乃端一人の生存を確定させる必要があるというわけか。柳生の勢いがどれほどかわからんが…」

月ピはそこらの鏡から鏡助が映しているらしい各地の様子を見た。一言で言うと圧倒的劣勢である。

「…この様子では、一週間も持たずに人類が全滅してしまうのではないか?というかすでに万単位で人死にが出ているように見えるが」

「さっき言ったのが成立すれば柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)というかこの世界における柳生自体が『なかったこと』になるので今出ている犠牲は帳消しになるはずですけど…」

「山乃端一人の生存をどう確定させるか、が問題か……」

「いや、そういうことなら……方法はあります」

話し合いの横でよほどヤバい状況なのか『うわあああああ』『あぎゃああああ』と叫んでいた鏡助がふと反応した。

「なんだ」「何かあるのですか」

「もともと…この山乃端一人防衛戦は『最後の敵』が決まっていたんです」

「なに!」「ならばそれを倒せば!」

「はい…それでその『転校生』が、今、来ました」



☆ ☆ ☆



終幕へと、物語は走り出す。



逢合死星は祈った。

どうか、どうか、救いを。真摯な祈りだった。

そういえば、山乃端一人がいない。



すーぱーブルマニアンさん十七歳は職務に忠実だった。市民を避難させていく。

「急いで!早く!避難を!ってあれ?一人ちゃんは?」

山乃端一人がいない。



瑞浪星羅は『ベイカー街』の面々と避難していた。

「一人ちゃん……無事でいて…」

山乃端一人がいない。



端間一画は現状を分析していた。

「あー、うん、これは…どうしようもないな」

山乃端一人がいない。



望月餅子は叫んでいた。

「ひーちゃーん!ひーちゃーん!どこですかー!」

山乃端一人がいない。



宵空あかねは驚愕していた。

「なになになに!?なにこいつら!?」

山乃端一人がいない。



空渡丈太郎は戦っていた。

「この野郎ッ!だあああ、きりがねえ!はじこ!無事か…ってどこ行った!?」

山乃端一人がいない。



山乃端万魔は歯噛みしていた。

「だあっ!畜生ケータイが繋がんねえ!一人はどこだ?」

山乃端一人がいない。



ジョン・ドゥは荒れていた。

「我が花嫁!返事をしてくれ!どうなっている!?なぜいないのだ!?」

山乃端一人がいない。



多田野精子は絶望しつつあった。

山乃端一人がいない。世界間を超えて山乃端一人を探し出す彼の探知能力を以てすら見つけることができない。



ウスッペラードは騒いでいた。

「オイオイなんだこの滅茶苦茶に『悪い』奴らは~っ!?ってあれ?一人の嬢ちゃんは?」

山乃端一人がいない。



ハッピーさんは焦っていた。

「畜生!手が足りねえ!そうだ、山乃端一人の安否は!?なに!?全員いない!?」

山乃端一人がいない。



浅葱和泉は不思議がった。

「おっかしいなあ…いきなりヒトリちゃん消えちゃったぞ?」

山乃端一人がいない。



徳田愛莉は肝を冷やしていた。

「なんだってんだよおこりゃあ…備えがまるで足りねえ!おい、ヒト…あれ?」

山乃端一人がいない。



鍵掛錠は防衛していた。

「数が多すぎんだろこいつら!クソゲーか!社長!外の状況は…消えた!?山乃端が!?」

山乃端一人がいない。



『大体何でも屋レムナント』は白熱していた。

「なんだか思ったより大事になってんなァ!おいクソガキ離れんじゃ…どこだ?」

「あっれえ!?ヒトリちゃんいない!?」

「『おたすけセンサー』にも反応がねえ!」

山乃端一人がいない。



アヴァ・シャルラッハロートは現状を分析していた。

「この感覚は…覚えがあるぞ…並行世界に飛ばされ…いや世界の方がおかしくなっておるなこれは!?アインスは…クソッ!巻き込まれたか!どこに行った!?」

山乃端一人がいない。



有間真陽は駆けていた。

「ええ~っと…もうそこら中柳生まみれです!一人さんはわかりません!」

山乃端一人がいない。



山居ジャックは呼びかけていた。

「ヒットリさん!ヒットリさン!どこへ行ったのデスカ!?」

山乃端一人がいない。



キーラ・カラスは青くなっていた。

「この状況…まさか『転校生』が…あれ?一人さん?」

山乃端一人がいない。



諏訪梨絵は狼狽していた。

「お嬢様!?お嬢様!?どこですか!?」

山乃端一人がいない。



ルルハリルは沈黙していた。

『終末時計』は主を失っている。

山乃端一人がいない。



鬼姫殺人は苛立っていた。

「いったい何が起こっていやがる!」

「かなりヤバいことなのは確かだねぇ(汗)」

「ってそういや山乃端は?」

山乃端一人がいない。



クリープは迷っていた。

「お嬢様がいない…私はどうすれば…」

山乃端一人がいない。



☆ ☆ ☆



山乃端一人は拡散していた。

今は収束しているところだ。



山乃端一人は―海中で―変質者が―『シャーロキアン』へ―病院に―《獄魔》を―いじめが―「信頼のおけない語り手」―囲碁―教会に―処女のままでは―「山乃端家」が―ハッピーに―近所の―ジョロキア―クラスの―何でも屋―きんとと―爆弾を―看護師―本が―メイド―▆▇▅▇▇▇▆▇▅―お守りの―魔神(デミ・ゴッド)―ピエロ―

知らない。知らない。自分のことなんか知らない。

知っている。知っている。自分のことなんだから知っている。



「」



声が出せない。



「 」



ここはどこだ。



「 」



私は山乃端一人だ。誰だそれは。私だ。誰だそれは。

全員私なのに、私は知らない。知っていたと思ったところも、それよりもなお知らない。

山乃端一人。

山乃端一人。

山乃端一人…

山乃端一人?

山乃端一人…?

山乃端一人って誰?

やまのはひとりってだれ?




 ま の 


 ひ

と 

り―?



☆ ☆ ☆



ずるり。

鏡助が世界間の狭間とかいう場所から引っ張り出したそれは、一応人間の女性なのであろうとは推し量れた。目の焦点はあっておらず、ぶつぶつとうわごとめいたものを呟いている。



「重なり合ってしまっていますね、これは……」

「重なり合ってしまっている、とは?」

鏡助の鏡の世界で、鏡助が発見したという山乃端一人を鏡助、月ピ、煎餅の三人が囲む。

山乃端一人は、月ピが知っている人物とは見えなかった。

黒髪の、いや栗毛かもしれない、小学生ほどの、あるいは二十歳くらいの―

「よく見えんな…どうなっている?」

その異様な状態に疑問を呈する月ピに、鏡助が答える。

「どうやら柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)の影響で現在並行世界が統合された状態にあるのですが、その時に並行世界における山乃端一人が全員統合されてしまったようです。通常こういう事態は起こらないのですが、山乃端一人自体が有する特異点的性質ゆえにこのような事態を招いたものと思われます」

「それで、それだとどうなるのだ。元に戻るのか?死んだりするまいな?」

サングラスの奥から鏡助を睨む月ピ。青くなって答える鏡助。

「おそらく現状の柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)を解決すれば元に戻ると思いますが―何十人もの人間の人格を統合したのちに元に戻すなどという事態は他に例がありませんので、後遺症とかがどうなるかは、なんとも……」

「まあ、なんでもいいや。山乃端一人なんでしょ?」

静観していた煎餅が立ち上がる。

「剣禅一如して柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)を解決できればいいよ、私は。」

煎餅はごく自然な動作で山乃端一人に「無刀取り」を突き付ける。

それに鏡助は違和感を覚えた。



ちょっと待て。そこ、致命部位では?そこを刺したら一人さん死ぬのでは?



鏡助がその違和感を指摘するより早く。

「剣…「あ……」

意識がないと思われた山乃端一人が、煎餅の顔を見た。

「や、なぎ……さん?」

「………」

煎餅の手が止まる。

「……わたしを、たすけて、くれたのに……おれいも、いえなくて……」

「………ばかだね、わたしなんかより、もっとお礼を言うべき人がたくさんいるでしょう」

山乃端一人を救うべく戦った者たちの中でも、柳煎餅は「山乃端一人」を助けようという意思が最も薄い人物であると言えるだろう。

誰でもよかった。

危険にさらされている人を助けるという機会があったから、自分が人を助けることができるのではないかという期待に縋って人を助けただけである。そこに「山乃端一人」である必然性はない。

元はと言えば、煎餅は最初は一人を斬り殺そうとしたのである。

本当は、山乃端一人の命を狙う側だったのだ。

ほんのわずかな、僅かな偶然があったからたまたま山乃端一人を守る側にいたのである。

実のところ、柳煎餅は山乃端一人の顔を覚えてすらいないのだ。かつての自分を覚えていないのと同じように。

「私なんかに、ありがとうなんて言っちゃだめですよ」

煎餅はそう言うと、切っ先を致命部位から逸らした。



「剣禅一如」



そして突き立てた。



「あぐ」

「…はい終わり。ついでに統合された人格回りの色々も整理しておきましたよ」

「え……あれ?」

事も無げに煎餅が離れると、山乃端一人の状態は大分安定していた。髪の色があれこれ混ざっていたり、些か左右非対称な部分が目立ったりしているが、一人の人間としてそこそこちゃんとした状態と言って良かった。「無刀取り」を突き立てられた部分にも傷はない。

「応急処置だから、1日くらいでまたぐちゃぐちゃしてくると思うけど―それまでには終わらせるよ」

一仕事終えたといった風情の煎餅に対して、月ピが声をかける。

「…貴様、直前まで山乃端一人を殺すつもりだったな?殺気で分かるぞ」

煎餅はほんの少しだけバツが悪そうに答える。

「ええ、まあ。剣禅一如した時点で『転校生』を撃破すれば直接柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)も解決するように出来るので。中継点の山乃端さんはもう必要ないので。まあ、その、死んじゃってもいいかなあって。もう、人助けとかはどうでもよくなっちゃったので。もし柳生に…いや、なんか変な気を起こした私に剣禅一如され返されたらまずいかなと、思いまして」

柳煎餅は、既に人間であることを諦めている。それは即ち山乃端一人を助ける理由も失ったということであり―いつ山乃端一人に刃を向けるかもわからない状況であるとも言える。

既に支えを失いつつある彼女の理性の糸は細く、儚い。

「まあいい。それで、今ので『転校生』を倒せば柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)も解決するという図式が成立したということでいいのかな?」

「はい」

「それで、どう倒すかを用意せねばなるまい」

「それならば問題ないです。―鏡助さん!今すぐに『転校生』まで転移行けますよね?」

「もちろんです。しかし『転校生』とやりあうならば他の戦力と合流してからのほうがよいかと。今呼びますので…」

「必要ないです」

煎餅はそう言うと―



「剣禅一如」



「無刀取り」を、腹に深々と突き刺した。背中から突き出した不可視の切っ先が一瞬だけ這う血でその形を見せる。

「ごぼ…おっけ」

「よくないですよ!?なにいきなり腹切りしてるんですか!?」

いきなりの行動に驚愕する鏡助に対して、月ピ何かに勘づいた様子で話す。

「お前、やはり死ぬ気だな?」

「はい。『転校生』倒して、柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)止めて、この世界から柳生を駆逐したら私も多分死にます。脳の柳生が機能停止するんで。それで万が一死にきらなかったら月ピさん頼みますね?この腹切りはまあ、剣禅一如ついでに柳生が停止したら傷が開いて確実に死ぬように、ですけど」

煎餅は当たり前のことのように自分を死なす計画を語った。

「よくないですよ!?」

「んじゃあ、あとはわたしは『転校生』倒してくるので」

「え?ちょ、ちょっと待ってください!此処は戦力を集めてから―」

「その人たちは山乃端一人を守るために戦っているんでしょう」

「…」

「私みたいな人でなしは、肩を並べる資格がないです。一人で戦って、一人で死にます。さようなら山乃端さん。私のことは忘れてください」

「…………」

「月ピさんも、私のわがままにつきあわせてすみません」

「いや、それが君の信念ならば私は何も言うまい」

「ありがとうございます。それじゃあ」



腹に穴をあけた煎餅は鏡助の鏡を使ったワープゲートを素手でべきべきとこじ開けて、消えていった。



「え…?ええええええ????」



☆ ☆ ☆



時計の針が22時を指す。

「おお、オオーや、ま、のは―山乃端、一人は、どこだ―」

『転校生』、相馬珠樹は東京に降り立った。大怨霊平将門はすでに半ば以上彼の人格を乗っ取っており、山乃端一人の亡骸を求めるだけの存在と化している。胡乱な視線で周囲をねめつけ、山乃端一人を探す。柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)であちこちから火の手が上がり、人々の悲鳴がどこからともなく響いてくるが、彼にとっては些事でしかない。



べきべき。何かを強引にこじ開けるような音に、『転校生』が振り向く。

「ええと」

「…………」

「こういう時、どういうこと言えばいいんでしょうかね」

「…山乃端一人、は、どこだ」

「どうでもいいでしょう。これから死ぬんですから」

腹から血を流す煎餅が、『無刀取り』を構えた。

狂える『転校生』は前傾に構え、懐のナイフを抜く。



転校生

『新皇伝説』相馬珠樹


偽・柳生新陰流

非人剣 柳煎餅



いざ 尋常ならざる―DANGEROUS!



☆ ☆ ☆



「オオオオオオオッ!」

「おおおおおおおっ!」



ガヅン!と無とナイフが火花を散らす。『転校生』の無限の攻撃力に対して、拮抗している。

「貴様―一体―」

「おおおおおおりゃあッ!」

ナイフを弾いた無が珠樹の胸板に突き立つ。刺さらない。『新皇伝説』。彼の鉄身は刃を通さぬ。しかし。

(『転校生』の防御力が―通用していない?)

「貴様!何者だ!」

更なる『新皇伝説』。分身。増殖した分身体が文字どおりの八方からナイフを突き立てようとする。しかし。

「だらああああっ!」

一閃。ナイフははじき返される。やはり『転校生』の無限の攻撃力が通じていない。なぜ。なぜだ。

相馬珠樹が力を失ったわけではない。無限の攻撃力と防御力は依然として健在だ。それにもかかわらず攻撃は防がれ、防御は貫かれている。考えうるのは―相手も同質の力を持っているということ。

「貴様―まさか、『転校生』なのか!?」

「ええ、別の世界から現れる者って、ようするに『転校生』ですよね?」



剣禅一如。技術を以て論理を捻じ曲げ、剣を以て因果を改変する魔技。



柳煎餅はこれを以て腹切りと同時に「異世界から現れた自分は『転校生』である」とこじつけた。

無論疑似的、一時的なものであるが―

その代償は、重い。

「ごぼっ」

血を吐いた。わかりやすいほどに心身への負担が大きい。『転校生』ならざる身で強引にその超越的能力を模倣しているのだから当然だ。自分の体を慮っている余裕はなかった。

おそらく、ほどなくして死ぬ。だが、構わない。世界を救う戦いで死ぬなど、人でなしには過ぎた末路だ。



「おおおおおおッ!剣ッ!禅ッ!一如おおおおおおお!」

『無刀取り』が半ば暴走めいて白光を撒き散らす。超特大の光剣と化したそれを振るうと、周囲の建物や街頭などが根こそぎ蒸発して吹き飛ぶと同時に過剰出力に耐えかねた煎餅の内側で何かがぶちぶちと音を立てて眼窩や鼻から黒ずんだ血が流れだした。

八方から飛来するナイフの群れ。剣禅一如で迎撃―しきれない。数本が背や肩に突き立つ。

「畜生ッ、堅い!」

剣禅一如が有効打になっていない。疑似転校生化によって無限の防御力は無限の攻撃力で相殺されているはずだ。であるならばこれは相手が『転校生』としての防御力とは別で持っている魔人能力。分身。鉄身。シンプルにして凶悪だ。

ならば斬るのみ。

敵あらば斬る。ごく単純な、人斬りの本能だ。



「う、お、あああああああああああ!」

吶喊。策などない。全力で当たり、全力で斬るのみ。残された時間は少ない。刻一刻と寿命が削れているのがわかる。

迎撃のナイフの群れが飛ぶ。最低限だけ弾く。非致命のものは受ける。致命のものも受ける。今この一瞬、一撃分だけ生きていればよい。

剣禅一如で斬ると同時に「斬られれば死ぬ」という概念を叩き込めば『転校生』といえど死ぬはずだ。分身が残っていると死なないという可能性もあるが、そこは相手の能力と剣禅一如の出力勝負だ。

ただ進む。そして斬る。

しかし。残り10歩。そこでナイフが眼窩に突き立った。右目が完全に破壊される。

(構うものか!)

脚は止めない。進む。脳に刃が達していなければどうでもよいー!

しかし。

「鍛造」



ぐじゅり、と。

眼下に突き立ったナイフが伸び、脳髄を食い荒らした。

伝説に曰く。

平将門は、日本で初めて日本刀を製造したという。

残り5歩。足が止まる。



「あ、ガッ…」

脳に突き立ったナイフ改め日本刀を、千々に千切れた意識で認識し―

「お、ああああああああああ!!!!」

走り出す!たかが大脳が潰れた程度で死んでやるほどまともな人間はしていない!

ただ進み、そして斬るのみ―!



残り3歩。

相馬珠樹が驚愕に目を見開く。

残り2歩。

手中のナイフが刀に変じる。

煎餅は刃を振り上げる。

残り1歩。

『無刀取り』が火山噴火めいて白光を吐きだす。それすらも前振りの余波に過ぎない。

相馬珠樹が防御せんとする。

接触。

命を賭した一撃は、『転校生』を斬り裂いた。



☆ ☆ ☆



(やったー)

煎餅は、必殺を確信した。完全に決まった。アレを受けて斬られない存在はいない。

いかな『転校生』といえど「斬られれば死ぬ」という属性を帯びた剣で首を落とされては生きてはいられまい。

戦果を確認しようと、霞む片目を開く。ぼんやりと夜空が見えた。ああ、確認は無理か。まあいいか―

と、思ったとき。



ずるり。と。動く音。

(まさか)

あり得ない。いかに『転校生』といえども―

(嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ…)

ぼやけた視界に、首無しの男。その上に乗せられる首。

伝説に曰く。

平将門は打首獄門に処されてなお胴と首を継いで戦わんとしたという。



「あ、あ…」

剣禅一如の一撃は、確かに必殺だった。首を落としていなければ。『新皇伝説』。首を落としても死なない。限定的不死能力。

首を斬らなければ。

心臓を狙っていれば。

頭を割っていれば。

あるいは致命部位でなくとも剣禅一如の概念的即死ならば殺せていたかもしれない。

しかし、斬首だけは。斬首{だけは}効かないのだ。

「がぼっ」

吐血と同時に、重要な何かが吐き出されてしまったことが分かった。死ぬ。そのうちとか遠からずとかじゃなくて今死ぬ。敗けて死ぬ。

「あ、あー」

身体がピクリとも動かない。『転校生』が手にした刃を振り上げる。

「山乃端、一人…は、どこだ」

無造作に振り下ろされる。



寸前。



「『トラップルーム・ジャイアントオーブン』!『超硬鋼補強フレーム』!『急速酸欠ガス』!」

「からのっ!『午後四時の校舎に差し込む夕日(ギルティカラード・サンセット)』ッ!」

「!!」

突如として現れた巨大な鉄箱が『転校生』を呑みこむ。その中は仕込まれた加熱装置とガス、そして物理法則を無視した加熱と燃焼を成す『午後四時の校舎に差し込む夕日(ギルティカラード・サンセット)』によって瞬時に生物の生存を拒む高熱と酸欠の地獄と化した。

罠士と幽霊のコンビネーション攻撃が『転校生』に襲い掛かると同時、煎餅が状況を把握するよりも早く吹っ飛ばされる。吹っ飛ばされているのではない、超高速で運ばれているのだ。

瞬く間に煎餅は大型車に乗せられた。

「回収できたか!?」

「回収は!でも怪我が酷くて!」

「畜生!間に合わなかったか!?いや、諦めねえ!死なせはせんぞ!」

「いえ、それよりもひとまず『超速直線運動』で時間を止めて―」

ここまでくれば煎餅も状況をなんとか把握できた。どうやら自分は救助されたところらしい。自分の顔を覗き込んでいるのが誰なのかが分かった。

「ひ、とり、さん」

何故ここに来たんですか。危険です。なぜ私なんかを助けるんですか。私が勝手にしくじっただけなのに。見捨ててくれればよかったのに。私みたいな人でなしを―

山乃端一人は煎餅の手を握って叫んだ。

「私を助けてくれた人が!こんなに傷ついてるのに放っておけるわけないじゃないですか!」

わたしを、助けてくれた人と、そう呼ぶのですか。煎餅がその感情に答えを出すよりも早く『超速直線運動』の時間停止が意識を断ち切った。



☆ ☆ ☆



「いいのか?山乃端一人」

月光・S・ピエロは問いかけた。

「そいつは一度ならず二度までもお前を殺そうとしたぞ。一度目は理由も無く。二度目は念のため程度の些細な理由で。そして助けても自ら死ぬ気だ。さらには柳生どももそいつを狙ってやって来るだろう。ついでに言うとその重症では万が一助かっても戦力としては期待できまい。損得で言うと、全く助ける理由はないぞ?」

山乃端一人は答えた。

「知っていますから。たくさんの人が私を助けようと動いてくれたこと絶望的な運命が、少しでもいい方向に向かうように努力してくれたこと。だから私は、ほんのわずかでもよい結果に結びつく可能性がある限り、妥協するわけにはいかないんです」

「本音は?」

「勝手に死ぬなんて許さない!」

月光・S・ピエロはにやりと笑った。



☆ ☆ ☆



「だああああっもう破られる!『転校生』はバケモンだな!」

暴れる『転校生』に対して壊される端から罠を追加していた錠だったが、それにも限界が来る。幾度もの増築で歪な形状になった鉄箱が内部から突き破られて、新鮮な酸素を得た業火と共に『転校生』、相馬珠樹が姿を現した。

「山乃端、一人…!」

その第六感が標的の気配を捉えるよりも早く、人影が割り込んだ。

「《 Au clair de la lune,Mon ami Pierrot(月の光と、我が友ピエロ来れり )》」

「!!」

反射的な一撃が人影を消し飛ばす。『転校生』の無限の攻撃力は無造作な拳でも人体を粉砕して余りある。

それと同時に、粉砕されたピエロの抱えていたボンベが破壊され、明らかに毒々しいガスがぶちまけられる。それを浴びると同時、『転校生』の首から鮮血が噴出した。

「…………!!!」

「アイリ・ラボ謹製、天災的血液凝固阻止剤の味はドォだ、『転校生』…!」

「貴様は『失血死』だ。あれほどの一撃、たとえ死を免れたとしても無傷のはずがあるまい!」

月ピの指摘は正しい。相馬珠樹の『新皇伝説』は平将門の伝説に基づき、首を刎ねても死なないが、それによるダメージが全くなくなるわけではない。斬られれば血は出るし、失血は死につながる。そしてその首の再接合は完全ではない。

伝説に曰く。

平将門は打首獄門に処されてもなお首を胴に継いで戦わんとしたが―それが叶ってはいない。『新皇伝説』の首の再生力は、決して強くはない。

「とぉ!いうわけでぇ!俺たちはアンタが死ぬまで逃げ回らせてもらうぜ!ペラペラー!」

山乃端一人とそれを守る戦士たちを乗せた紙細工の大型バンは猛烈な速度で逃走を開始した。

「山乃端、一人ィィ!!」

瞳を狂気に濁らせた相馬珠樹が頸から血を流しつつ追跡を開始する。

戦局は、逃走と追跡に移行する。



☆ ☆ ☆



「全く、私の『一画方』をカーナビ替わりとはね!ええい、慣れない作業だからしくじってもごちゃごちゃ言わないでね!」

「イチカクサン、この状況ではあなたの情報処理能力が頼りデス」

「ジャック君も、通信役頼むよ!」

現在東京は柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)の影響で、安全な場所は皆無と言って良い。そこを逃げ回る上で立てられた作戦が鏡の世界での鏡助の『虚堂懸鏡』を用いた東京全域の観測情報を『一画方』で分析することにより、どのルートが比較的安全かを割り出し、それをジャックが鏡を通じての『ハナサナイカラハナサナイカ』で現地のチームと共有するというものであった。

(幸いにして鏡助によってワープゲート的性質を帯びた鏡を通しても『ハナサナイカラハナサナイカ』は発動できた)

「いやでもどの道に行っても柳生まみれだよこれは!?」

『当然そんくらいは覚悟しているさ!B班は!?』

『コチラB班じゃ!あと10分くれ!』

『ねえ後ろ!後ろ来てる!』

『もっとスピード出せないのか!?』

『この天災に加えて『楽園』の連中からの技術供与も合わせての改造に文句があるのか!?転校生の野郎が速すぎんだよ!』

『ルルハリルを―』

『まだ早い!B班と合流してから、とどめまでそいつは取っとけ!』

『それまでは俺が守ろう、我が花嫁』

『そこは俺のハンドルが頼りなんじゃないのペラーッ!?』

『こちらC班!ルート上の柳生の掃討を―もう開始している!』



ウスッペラ―ドの言った「死ぬまで逃げ回る」というのは完全な嘘というわけではないが、本命の策は別にある。その策を実行するために、所定のポイントまでの誘導が必須であると言えた。その作戦に従事する人員は以下の通り。



A班 『転校生』直接誘導及び山乃端一人護衛チーム 現在『転校生』相馬珠樹を誘導中

山乃端一人

「…………やってやる!」

宵空あかね

「ねえーっアイツさっきからずっと『午後四時の校舎に差し込む夕日(ギルティカラード・サンセット)』浴びせてるのにビクともしないんだけど!」

ジョン・ドゥ

「我が花嫁には指一本触れさせん」

ウスッペラ―ド

「たしかにこの車ベースは俺のだけどー!運転もっとうまい奴いるんじゃないのペラー!」

ハッピーさん

「『転校生』だの柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)だのはわからんが、俺がやることは決まっている!全員で!ハッピーエンドだ!」

有間真陽

「長い直線道路使えませんか!?そこなら『超速直線運動』が使えるかと!」

諏訪梨絵

「お嬢様をお守りするのは、相手が『転校生』だろうと同じことです」

月光・S・ピエロ

「《 Ma chandelle est morte, Je n'ai plus de feu Ouvre-moi ta porte, pour l'amour de Dieu.(私の灯は消えてしまった頼む友よ、扉を開けてくれ)》…!」

ルルハリル

「…………(山乃端一人の手中にて待機中)」



B班 『転校生』撃破用作戦準備チーム 指定スポットにて作戦準備中

逢合死星

「神よ…」

すーぱーブルマニアンさん十七歳

「いきなりの大役…ええいやってやるー!」

空渡丈太郎

「集中しろォ…ここでしくじったら漢じゃねえ!」

対精子・山乃端一人庇護派転校生連合プロジェクト『楽園』一同

「ここが命の張りどころ!総員命を捨てる覚悟はできているか!」「「「無論!」」」

徳田愛莉

「あたしならできる…『楽園』のやつらの技術…これを解析して!」

鍵掛錠

「一世一代の特製トラップ…とくと御覧じろ『転校生』!」

アヴァ・シャルラッハロート及び『第二伏魔殿』一同

「準備は良いか!この一戦、我らの興亡を分けると心得よ!」「「「ハイ!アヴァさマ!」」」



C班 柳生等妨害勢力掃討遊撃チーム A班通行予定ルート上にて柳生軍団と交戦中

瑞浪星羅

「やってやる…やってやる!これ以上みんなを傷付けさせるもんかっ!」

望月餅子

「相手が何だろうと!『最強』のわたしたちにやってやれないことはありません!」

山乃端万魔

「餅子の言うとおりだ!在庫全部くれてやらぁ!」

浅葱和泉

「ふ、ふふふ。いいね、こういうのはとてもいい。」

ファイ及び『大体何でも屋レムナント』

「はっはあ!あのガキがあそこまで命張るってんならアタシたちも気張らねえわけにゃいかねえなあ!」「にしたってこれの相手は多すぎやしねえか!?」「あらジャック、自信がない?」「このくらいの鉄火場で~?」「吾輩たちだけでも構わんぞ?」「やってやろうじゃねえかこの野郎!」

キーラ・カラス

「やれやれ…まさかこの秘蔵のコレクションを燃やす日が来るとは。まあ、一人さんに比べれば惜しくもありませんが!」

鬼姫殺人

「なんだかなぁ!あれよあれよと大事になっちまってよォ!オラッ!」「ビビってる~?(笑)」「ハッ!武者震いだよ!」「それでこそ愚妹だとも!(喜)」

クリープ

「お嬢様を守りたいのはやまやまですが…そこは信じましょう。仲間を!」



D班 情報分析及び通信補助チーム 『虚堂懸鏡』内部にて観測、分析、通信補助中

鏡助

「何かできることは…んん?これは!?」

端間一画

「……わかったぞ!ジャック君!伝達頼む!」

山居ジャック

「なんですか一画サン!?」



揃いも揃った勇士たち。『転校生』何するものぞ。柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)何するものぞと気炎を上げる。

目指すは勝利。心に正義。いざ、一世一代の大勝負!



この先、DANGEROUS!

命の保証なし!



☆ ☆ ☆



A班 『転校生』誘導中



山乃端一人とその護衛を乗せた改造車は猛スピードで深夜の道路をかっ飛ばしていた。

「来てる来てる来てるゥー!」

午後四時の校舎に差し込む夕日(ギルティカラード・サンセット)』が追跡者を照らし出す。

「オオ」「オオオオオオ…」「山乃端、一人ィィィ!!!!」

追跡者は、八人。いや、八騎。

伝説に曰く。

平将門が朝廷と渡り合った背景には、彼の組織した革新的な騎馬隊の存在があったという。

それは魔人能力『新皇伝説』によって、強大な魔人馬を召喚する能力として再現された。

じりじりと迫る馬蹄がアスファルトを踏み荒らす轟音が、山乃端一人の心胆を寒からしめる。

「あと、1分…………」

一人の顔は、青い。

「安心しろ、我が花嫁よ…指一本触れさせはしないとも」

「お嬢様は私がお守りいたします」

励ましを受けて、一人は銀時計を握りしめる。

「《 Ma chandelle est morte, Je n'ai plus de feu Ouvre-moi ta porte, pour l'amour de Dieu.(私の灯は消えてしまった頼む友よ、扉を開けてくれ)》―駄目だ止めきれん!『マキビシ』を出せウスッペラ―ド!」

ひっきりなしにピエロを召喚して追跡者を妨害していた月ピが叫ぶ。

「ええい人使いが荒いペラーッ!」

運転席のウスッペラ―ドが窓から片手を突き出すと、そこから黒い紙吹雪が噴き出し、後方に撒き散らされ、迫る八騎の『転校生』にもふりかかる。

「オオー?」「何、を―」

「『時よ止まれ、君は(ファウスト)。』―解除ォ!」

振りかけられた紙吹雪が、一斉に弾けた。

轟音―閃光!



紙吹雪の正体はハッピーさんの『時よ止まれ、君は(ファウスト)。』で時間を止められた物体。その中身は鍵掛錠が用意した爆発寸前の爆弾。あるいは今まさに火を噴くキーラ・カラスの秘蔵のコレクション。または浅葱和泉によって悪性汚染を纏ったナニカ。はたまた掠っただけで魔人能力を打ち消す『ノックスの十戒』を秘めた大鎌。さらに単にバリケードになりそうなガラクタ。

「オオオオオオオ!」

爆風が、火が、汚染が、刃が、質量が、八騎の『転校生』を打ち据える。『転校生』の無限の防御と『新皇伝説』の鉄身を破ることはできずとも、足止めにはなる。

しかし。

「オオオオオオッ!小癪なァ!」「山乃端一人…山乃端一人ィィィ!」「オオオオオオ!」

三騎。抜け出した。豪速で迫りくる!

「お嬢様、私が出ます!」「俺の出番だな?」「《 Au clair de la lune,Mon ami Pierrot(月の光と、我が友ピエロ来れり )》」

メイドが、悪魔が、ピエロが、車から飛び出して迎撃する。



「オオオオオオッ!除けえッ!」

跳躍した一騎の太刀は、中空で箒の柄に阻まれる。メイド騎士の鋼の意思は『転校生』の無限攻撃力をも受け止めた。

「ふぬぬぬ……はあっ!」

気合一閃、箒の一撃が閃光を伴って『転校生』を叩き落とした。しかしその間にも二騎が迫っている。

「オオオオーウオォッ!?」

一騎が突如として転倒した。転ばせたのは、ジョン・ドゥ。

「我が花嫁に見惚れるあまり、足元がお留守のようだな?」

『大侯爵・身体強化』。そして『大侯爵・思考加速』。その合わせ技による一撃が高速で駆ける馬の脚を刈ったのである。それでも未だ一騎が迫りつつある。

「《 Ma chandelle est morte(私の灯は消えてしまった)》―!」

月ピの放ったピエロがそれを止めんと突っ込む。迎撃するべく剣を振りかざした珠樹のこめかみに『超速直線運動』によって時速200kmで放たれたコインが直撃して怯ませ、その隙にピエロが組み付き、爆発した。猛烈な爆風を受け、流石に馬の足が止まる。

「援護どうも!そして爆薬がこれで打ち止めだ!」

「お礼ならば相手の弱点を暴いた一画さんに!」

「また来てますよー!ちくしょー!『午後四時の校舎に差し込む夕日(ギルティカラード・サンセット)』全然効かないんだけどー!C班行っとけばよかった!」

「いえいえ!この真夜中ですから、照らしてくれるだけでもありがたいですよっと!」

「どりゃ!解除ッ!…これで俺たち弾切れだから遠距離はお前さんが頼りだぞ!?まあ白兵戦する羽目になっても諦めやしねえがな!」

「白兵戦は無理ペラーッ!ハンドリングがもうすでにギリギリペラーッ!」

「ちょっとおおおおお!?わたしのポルターガイストに期待しちゃダメですよおお!?」

「業腹だが、頼るほかないか…我が花嫁よ、ルルハリルを…」

「いえ!さっき稼いでくれた時間で十分です!間に合った!」

「何が!?めっちゃ来てますよ!」

「もう駄目ペラーッ!追いつかれるー!」

「「「「「「「「オオオオオオッ!山乃端一人ィィィィ!!!」」」」」」」」

今まさに『転校生』の一撃が届こうとしたとき。ちょうどその時刻となる。

『逢魔時』(クライベイビークライ)が命じる!輝きの蜜、至高(さいじょう)の罪、トリスメギストスの夢!貪れッ!《Ⅺ-黄金の欲望(ミダス・デザイア)》!」

11時00分から、11時59分は『金』の時間。山乃端一人たちの乗るバンの速度が強化され、一気に『転校生』を引き離した。

「おのれええええええ!おのれおのれおのれええええええ!あと一息というところでええええ!」

将門の激昂と共にますます珠樹が狂乱するが、強化されたバンは圧倒的な速度でその距離を引き離す。

「よっしゃああああ!」

「やったああああ!」

「ヨシ!ひとまずはこれで大丈夫か!こちらA班!ある程度余裕ができた!C班!そちらの調子はどうだ!このまま高速道路に乗りたいが、どうだ?柳生どもは掃討できたか?」

『全然だめですうううううううううう!』



☆ ☆ ☆



C班 首都高速道路上にて柳生群と交戦中



「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」「ヤギュ」

地を埋め尽くす、柳生の群れ!



「いやいやいやいや誰ですか数の暴力でうちにかなうものは無いとか言ったのは☆ダイヤちゃんでしたー☆ぜんげんてっかああああい!」

「マジかよっ…!これ以上は『T・B ”トラウマ・バック”』キツイぞ!?」

多勢に無勢。そう称するより他にない状態であった。

ファイの『悪食』による大量のゾンビ。鬼姫殺人の『T・B ”トラウマ・バック”』による広域精神攻撃。さらに『浸透する美姫(クリーピングビューティー)』による大量の寝返り。それをもってしても数で押されつつあった。一体一体はとても弱いが、とにかく数が尋常ではない。

「クリープさん!能力効かないんですか!?どうなっているんです!?」

「こいつら…増殖するごとに知能が下がって…『浸透する美姫(クリーピングビューティー)』が効かないくらいのアホに!」

「ええええええええええ!?」

無限増殖。無限の劣化コピー。質の低下を補って余りある大増殖。道を阻むものこそは粗製乱造の体現者。大地を覆う征服の使徒。その名は、

柳生超絶沢山兵衛!!



「〇兵衛でなんでも数量を入れていいと思ってるのかよこいつらは!?どう見てもおれの在庫より多いんだが!?」

「えーこちらB班。というわけで首都高速道路は通れそうにないので別の道を当たってくださいな」

『いや駄目デス!他の道も埋め尽くされてマス!』

『というか迂回してたらガソリンが足りなくなるペラーッ!燃費悪いペラーッ!』

『あたしの天災的改造に文句があるのかー!しょうがないだろ速度最優先なんだからー!』

『とにかくそこの道を開けてもらわんとどうにもならんぞ!?』

「いやあそんなこと言われてもね?圧倒的に人手が足りないよ?ワタシもこうして話しながら秒間30体は呑みこんでるんだけど相手の増殖速度が上回ってるんだよねえ」

『とにかくどうにかしてそこを通れないのか!?』

「そうはいわれてもねー。人手が圧倒的に足りないよ。多勢に無勢だよ」

『畜生!ここまで来て!足りないのか!』



絶望感が覆った、その時。

赤い半透明の拳が、柳生を吹き飛ばした。

「何奴!?」

その問いは、適切ではなかった。

その一撃を放ったものが誰か、そこに意味はなかった。



そこには軍勢があった。敵のはずの軍勢だった。

正義がいた、犬がいた。

寿司がいた、竜がいた。

変態がいた、悪党もいた。

なんかよくわからないやつがいた。そしてわかるべきではないやつもいた。



「私が正義だあああああああ!」

「痒くなる薬を塗ってやるううううう!」

「ブオオオオオオオオ!轢き潰させろおおおおおおお!」

「ADATIKUUUUUUUUU!」

「やめて、ザ・ファック!見ず知らずの柳生なんて…グヘへ…素直になれ木曽路ィ!殺戮がしたいだろォ?駄目!やめて!フオオオオオオオーーーーーッ!」



次々と柳生群に襲い掛かる怪人の群れ!形勢が逆転し、みるみる数を減らしていく柳生超絶沢山兵衛!いきなりの怪援軍に困惑する一同!



「誰デスかこの人たち!?どうなってるんデスか鏡助サン!?」

全然わかりません!なんか、こう…並行世界が柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)という世界の危機の影響でなんかなった結果…抑止力的なアレが…都合のいいことに!奇跡です!奇跡ですよ!」

「これ奇跡って呼んで良いのかなー!?とにかく首都高速道路が通れるようになったぞ!A班は急ぎたまえ!」

『だれだか知らんがありがとおおおおう!』



拳条朱桃の『ハンドレッドハンド』が次々と柳生軍団をなぎ倒す。

次元戦隊ユニバージャが今こそ我等の出番と集結する。

『怪人億面相』羽柴結斗が変装して潜り込み柳生指揮系統を攪乱する。

下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した恐怖のメカソウスケの砲火はいまや世界を守る最前線の証だ。

“絶黒龍”ルージュナの怒りが世界を侵さんとする不届き者に炸裂する。

未来探偵紅蠍寿司の指揮する寿司たちがファランクスを組んで柳生に立ち向かう。

股間怪人チンコンカンの『珍法』は世界を守る正義の業と化した。

殺る犬の咆哮が柳生軍団の同士討ちを誘発しまくる。

岸田ゴハンの名演が次々と柳生を支配下に置いてゆく。

一四一四は爆破しがいのある群れに歓喜の叫びをあげた。

典礼の『パーティマン』が史上最大の祭りに駆け付ける。

谷中 皆が友を守るべくレーザーを吐いた。

山乃端二人が完全な同質性を有する殺害対象の群れに飛び込む。

五台山カケルの正義の叫びに無双勇者『ドデカイザー』が応える。

長岡キヨシは安価で柳生に立ち向かう。

化野言葉が謎めいた意志の元に行動を開始した。

【爆笑】キタ【面白】の世界を救う戦い生放送がバズる。

轢殺バイクの概念太郎がもう轢き殺せれば何でもよいと柳生の群れに突っ込む。

飢えたサメが柳生を捕食する。

セン・ジョニー・ラインハルトが熱い戦いに自ら飛び込んだ。

死遊戯之助殺兵衛がこの戦いをデスゲームに仕立てんと画策する。

超甲殻型決戦兵器『ローヴスターZ Mk-Ⅱ』を駆る伊瀬英美とプロフェッサーCが世界は甲殻類のものだと宣戦布告。

提督<ウォーアドミラル>率いる『エンパイアメーカー』が世界を渡すものかと気炎を上げる。

カマド・タンジェロが柳生デーモンを次々と斬り倒す。

あひる侍の活人剣が正義のためにうなりを上げる。

加古川死檻の斧が柳生を次々と斬首していく。

世界の意思なのか、自然災害までもが柳生に牙を剝く。

「作品No.101 あの夏の日の赤い君」が柳生の血で己を染める。

マスター・ファントム・ペインの“悪しき英語”(イーヴィリッシュ)が柳生を打ち倒す。

『迷卦』が柳生群を迷わせる。

暗黒巨大化クラゲちゃんが徳川家康を目覚めさせた。

可憐塚みらいがちゃっかり食べ放題を味わう。

針方天童が正義のディルド型バイブレータを振るう。

如来公平が次々と柳生を地獄送りにした。

潮血潮の血が柳生を惨たらしく溶かす。

羅武災故首武が愛のために立ち上がった。

ミルーナ・ミロンが倒錯的性癖を柳生に向ける。

憑坐操が柳生群の中で依り代を漁り始めた。

世界の意思の代行者たる影たちも世界を守る戦いに駆り出された。

群青日和が破滅的な戦いに猛る。

有篠智美が平穏な日常のために戦いに赴く。

ヒヤシンスのデスゲームの柳生クリア率は0%をキープ。

浦戸臥王の怒りが柳生群を薙ぎ払う。

御首級てがらが次々と柳生首級を上げる。

ドン・キホーテ・デカ・マランチャが騎士道の名のもとに馳せ参じた。

足立区が柳生絶対殺害迷宮へと変貌する。

山乃葉一織が世界の理不尽への怒りを柳生へと八つ当たり。

乗鞍秀次が撮影の邪魔をする柳生に怒る。

安池有紗がなけなしの勇気を振り絞って柳生に立ち向かう。

榎波春朗の毒を受けた柳生が次々と倒れる。

伊山洋一郎の『宣告』が数多の市民を救った。

最終貞淑妻ケンジが柳生をレイプする。

『知恵の実』が柳生を次々と同士討ちさせる。

田母神クレスが柳生に対して社会的しがらみに由来する嫉妬からの殺意を抱く。

哀敷明来夜が柳生を哀しき悪と勘違いする。

出藤らいむが柳生撃退をどこからか打診されて何も考えず請ける。

姉小路知紅が柳生群に姉バーストを叩き込んだ。

出川が倫理観にもとらない戦いに生き生きとする。



「コカンコカンコカーン!」「うおおおおおお甲殻類ー!」「とにかく死ねやあああああ!」「サメー!」「撮影の邪魔だあああああ!」

カオス!カオスである!しかし山乃端一人を守ろうという面々には都合が良かった!



「今だ!急げ!道が開けている内に!『転校生』もだんだん来てるぞ!」

「わかってるペラーッ!」

「A班が通る道を開くのである!」

協力してくれているんだか勝手に暴れているんだかわからない援軍の助けを借りて、山乃端一人を乗せたバンは首都高速道路を駆け抜ける。目指すは、仲間の待つ決戦の地。

「見えたぞ!レインボーブリッジだ!」

『こちらB班!あとちょっとで準備ができる!』

決戦の地は東京湾上、レインボーブリッジ!



☆ ☆ ☆



夜の東京を、山乃端一人を乗せたバンはひた走る。最後の決戦を前に、束の間だけ言葉を交わす暇があった。

「お嬢ちゃん。今のうちに、言っておくことは?」

「ありません!生きて帰るので!お礼は後でたっぷりと言わせてもらいます!」

「よく言った!」

言葉がなくとも、皆の心は一つ。勝利して、生きて帰る。

しかし。

『柳生群も抑えられています!作戦を邪魔するものは…いや!なんだこれは!?』

生かして帰さじと叫ぶ者あり。



「オオ、オオオオオオオオー来たれ、来たれ、我が輩よ―」

伝説に曰く。

平将門は朝廷に反旗を翻す時、西国の海賊、藤原純友と共謀したという。

あるいはそれは偶然であるとも言われるが―

それは、偶然であっても情勢が彼に味方したということに他ならない。



『レインボーブリッジ周辺に正体不明の艦隊約50隻出現!柳生ではありません!』

『コチラC班!新手の柳生が出やがった!ヤバいヤバい!さっきまでの雑兵と格が違う!そっちに抜けさせはしな…いや無理かもー!』



『新皇伝説』による藤原純友艦隊の出現。さらには『新皇伝説』によるものか、はたまた偶然か、柳生の活発化。再び戦況はひっくり返る。



☆ ☆ ☆



C班withその他 柳生群と交戦中(劣勢!)



「ごぼッ、こいつ、ワタシよりも…不定の…」

「山乃端二人がやられた!」

「何もんだ!?」

「わかんねえ!ブレやがる!変幻自在か!?」

山乃端二人を葬った存在は、不定だった。男か、女か、怪物か、存在しているのか、しないのか。あるいはどれでもないのか。どれであることも自在なのか。

いずれにせよ、絶大の脅威。その名は―



超柳生性存在 柳生n(任意の自然数)兵衛



「うわああああああバカバカバカバカ!こんなの勝てるわけないだろ!デカすぎる!」

「“絶黒龍”は!?“絶黒龍”ルージュナはどこ行った!?」

「さっき上から踏まれてペチャンコになってたよ!」

「ぎゃああああああまた来たあああああああ!」

“絶黒龍”ルージュナを一蹴した存在は、ひたすらに巨大だった。ただ歩くのみで東京を壊滅させる脅威。ヒトと、あるいは龍さえも塵芥と同じとする超生命。

紛れもない、絶大の脅威。その名は―



柳生怪獣王 シン・ヤギュゴン



「もう駄目だああああああ!足立区を放棄しろおおおお!」

「畜生!状況はどうなってる!」

「駄目だ!完全に足立区が乗っ取られた!」

「拡大してくるぞおおおおおお!逃げろおおおおおお!」

『異界浸食区域』ADATIKUの魔王化現象を瞬く間に上書きし、己の一部とさせたそれはさらに東京全域に手を伸ばし、己が何者であるかをその天守を掲げて見せつけた。

堂々たる、絶大の脅威。その名は―



無尽柳生要塞 嵐雲柳生城



そしてそれらは本能か、はたまた状況を分かっているのか、一点を目指して進軍を開始した。

状況の要、即ち―レインボーブリッジへと!



『コチラC班!なんかよくわかんねえ柳生が止まらねえ!レインボーブリッジに行かれる!』

『八王子を更地にしたサイズ測定不能の巨大生物、レインボーブリッジ到達まであと―2歩!』

『足立区を乗っ取った城塞が拡大中!今荒川区が―もう通り過ぎてる!』

『B班!B班!そっちはどうだ!』

『こちらも手一杯じゃ!怨霊どもの船が群がりよる!』



B班 レインボーブリッジにて『転校生』撃破作戦準備中に襲撃を受ける



「だああああ畜生!すまんが俺のトラップはそっちには回せねえ!」

「『第二伏魔殿』!自衛に集中せよ!ここで人員を減らすわけにはいかぬぞ!」

「申し訳ありませんが我々『楽園』一同は正直言って戦闘はちっとも…」

「あわわわわまずいよこれは!ってあれ?シスターの人がいない!」

「この土壇場にどこ行きやがったあの尼ァ!というかアイツ信用してええ奴だったんか!?」

「急かさないで!あとちょっとでできるからああああ!」



ぞろぞろとレインボーブリッジに群がる木造船の群れ。それを操るのは骸骨武者といった様子の怨霊たちだ。『新皇伝説』によって召喚された藤原純友の艦隊。彼らは大怨霊である平将門が使役する低級霊であり、一体一体の戦闘力はさほどでもなかったがここで行われている作業を妨害するには十分すぎる戦力であった。そこにさらなる凶報が入る。



『異常柳生が3体…体…?とにかくそっちに接近中!そこにいると死ぬぞ!』

「「「ええええええええええ~!?」」」

「もうビーコン起動させちゃいましたよ!?」

「シスターの人もここじゃないとダメって言ってましたが!?」

『とにかくそこにいると死ぬぞ!』

『何言ってるペラーッ!いまさらルート変更できないってさっき言ったペラーッ!』

『何か手は…何か手はないのか!』



ない。山乃端一人を救うべく集った誰も、この状況を打破しうる能力はない。このままではまずシン・ヤギュゴンに踏まれて作戦が完全に破綻し、しかる後に柳生n(任意の自然数)兵衛と相馬珠樹がほぼ同時に到達、絶望的な戦力差を以て戦線が崩壊、鏡助の

鏡の世界に避難したとしても推定18時間で地球全土が嵐雲柳生城に呑まれ柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)が完遂、地球完全柳生化に伴って形而上領域すら侵す柳生の侵攻により最後は全滅する。



これはもはや覆しようのない運命と言って良かった。



覆せない運命を覆す。その奇跡は―



もう、何度も起こったことだ。



☆ ☆ ☆



「…鏡助サン?鏡助サン?どうしたのデスカ?」

「…………ねえ、ジャックさん。奇跡…信じますか?私、さっき、奇跡だって、言いましたよね。一度ならず二度までも、奇跡、起きると思いますか?」

鏡助は笑わなかった。

鏡助は祈らなかった。

「…鏡助サン?その、鏡は…どこに、つながっているのデスカ?」

鏡助の前には一つ、鏡がある。

「私、奇跡が起きるのを見たんですよ。何度も。殺人鬼の夜に一度、愚者の旅に一度、炎の祭典に一度。だから…」

鏡助は呼んだ!



「助けて!!!!」



奇跡は起こる。



☆ ☆ ☆



奇跡を告げたのは福音の喇叭ではなく、一発の銃声だった。

銃声を吐いたものは、武骨な拳銃。

トカレフTT-33をベースにした、中国製拳銃。

その名を、『黒星(ヘイシン)』と言った。





B班 レインボーブリッジにて藤原純友艦隊と交戦中



「何が起こった?」

「誰じゃあいつらは!?」

変化は突然。

突如として現れた人影は不意打ちめいて亡霊たちを強襲した。

最初に黒星(ヘイシン)を発砲した小柄な人物がどこからともなくアサルトライフルを取り出し、正確無比な射撃で次々と骸骨武者たちを打ち抜いていく。

別のところでは二人組の青年の周囲の船がまるで水を吸ったようにふやけて沈み、あるいは海中に引き寄せられるように転覆していく。

それを見かねたかひときわ大きな船の中から頭目らしい骸骨が現れたが、音もなく忍び寄った男の素手の一撃で鋭利に切り裂かれ、一撃で沈黙した。



「だ、だれじゃあお前ら!助太刀してくれるんか!?」

その問いかけに、彼らは応える。

「お気になさらず。そちらの成すべきことに集中してください」

「俺たちがやりたいようにやってるだけだ!」

「まあ、偽物が出たって聞いてちょっとイラっとしたのはあるけどね…」

殺手鐗(きりふだ)はそっち。私たちは端役」

彼らはそれだけ言って、再び戦いに駆け出して行く。



「何か知らぬが有難い!そうだ!他の状況は!?」

『コチラでもどこからか現れたヒトタチがヤギューと戦ってくれているのが見えていマス!すごい勢いデス!』



☆ ☆ ☆



柳生n(任意の自然数)兵衛は、完全に封殺されていた。

「ヤギュ…ヤギッ、ギ、ギギギ…」

「もっと殺る気を出さんかああああ!最近の若いもんはまったく!」

「わあ、すごい力。これなら“家族”になってくれるかも」

「じゃーんけーんぽん。じゃんけんぽん」

「うーんやっぱり変幻自在が売りとはいっても心臓が破裂した上で消耗を2倍化された状態でジャンケンしながら殺る気の強制流出と植物への栄養供給と媚薬電流と物理攻撃と毒と古代伝説級悪霊の呪詛に耐える存在には変身できなかったかー。バリエーション少ないんじゃない?それとも創造性の欠如?俺のスマホだとキラキラのことしかわからんからお前が何なのかは知らんけど。うーん喋ることがなくなったなあゲスト出演とはいえ折角の出番だからもっと目立ちたいんだけどなあ」

集いに集った殺人鬼。殺しの手段がよりどりみどり。刃。鉄棘。高熱。捕食。精神干渉。その他諸々の殺人技。一人ずつなら、柳生n(任意の自然数)兵衛はその変幻自在を以て対応できただろう。しかし一斉に来られては。

あの夜の誰も味わうことの無かった殺しの奔流を前に、力尽きた。



柳生n(任意の自然数)兵衛、殺尽!





シン・ヤギュゴンはブラジリアン柔術やとんち、マユミちゃん、果てはシベリアなどによる攻撃を圧倒的巨体によって退けながら進んでいた。まさに最強の生物。なにやら新手が来たようだがこの巨体に有効打を加えることはできない。と、そう思っていた。が。

それが愚か。



『ぺ』た『た』た『た』た『た』た・・・・『ぺたん』



箸も殺せるお年頃(ボーン・デット・マン”シオン”)』。

巨体は、踏み潰された。最後まで、己の絶対を疑わぬ愚かのままで。



シン・ヤギュゴン、終着!





「よいサイズの石油コンビナート~!」

「わーい!燃えろー!もっと燃えろー!」

「ぐわああああああ!ガス代!ガス代があああああああ!」

嵐雲柳生城は燃えていた。ホイホイと繰り出されるよいサイズの石油コンビナートが次々と爆発し、ダイナミックな音とともに爆炎を撒き散らし、その炎がおのずと動き、嬉々として新たな石油コンビナートを爆発させてなぜかラッコがガス代に苦しむ。嵐雲柳生城はズンドコ燃える。

そこは完全に炎のオンステージ。対応しようとする動きを忍びが暴き、怪物狩りが切り裂き、相撲取りが覆す。

「ねえソウスケ。あそこで引っかかってキャタピラをじたばたさせてる生き物なんだろうね?」

「流石にわからないなあ…並行世界にはあんな珍獣もいるものなんだねえ」

そんなこんながありつつも、炎は平等に埋め尽くした。



嵐雲柳生城、炎上!



☆ ☆ ☆



「あっはははははは!何だこれは!なんということだ!」

端間一画の『一画方』は、起こったことの本質を捉えていた。

一画にはとてもうかがい知れない複雑怪奇な過程の末に起こったということはわかるが、その本質はごく単純だ。

ごくごく小さな可能性。博打とすら呼べない、細い細い可能性の糸を手繰って引き寄せられたモノ。



それをヒトは、奇跡と呼ぶ。



「どうやったんだい?鏡助氏」

「私にもぜんっぜんわかりません!普通繋がるはずがないんですけどねえ!なぜか繋がって!なぜか助太刀してくれた!ははは!なんなんでしょうかねえ!」



心底から愉快でたまらないらしい鏡助の元に、続々と報告が届く。



『コチラA班!レインボーブリッジ到着だ!誘導は完璧!』

『B班じゃ!全員無事で襲撃を退けた!あとは作戦が上手くいくか次第よ!』

『C班です!異常柳生3体はいずれも撃破!残存柳生もほとんど倒せました!』



全ては繋がり、最後の決戦へと至る。

夜明けは近い。



☆ ☆ ☆



「できたああああ!できたっ!できたぞおおおおお!天災なめんじゃねえこらあああああ…ガクッ。後は頼む…」

「ああ、わしに任せとけ!」

『強化改造用カプセルラボラトリー【アイリ・ラボ】』から這い出してきた愛莉が丈太郎に渡したのは、小さな糸くず。繊維の欠片だ。無論ただの糸くずではない。『楽園』の転校生からの宇宙的技術供与をベースにしてこの短時間で作り上げた今までにない新素材だ。

そしてそれを使える形に仕上げるのが、丈太郎の役目。

「ハァァァ…漢気の見せ所じゃあ!」

崖っぷちの漢気(タイトロープ・ダンディ)』。小さな糸くずが結んだ縁を辿り、未来の品が呼び寄せられる。

「…ッよっしゃあ!成功じゃあ!」

呼び寄せられたのは、外見にはただ細長いようにしか見えないひも。長さは50m以上。

「よし!よくやった!出番じゃ『第二伏魔殿』!総員集合!」

「「「「「ウォォォォォォォォォ!!」」」」」

そのひもに続々と取りつく『第二伏魔殿』一万人!そしてアヴァ・シャルラッハロート。そして発動する『シュテルクスト・カメラート』。

「わっはっはあ!素晴らしい!見事なり!」

徳田愛莉が作り上げた新素材は、魔人能力の認識を誤魔化すものだ。具体的には、直接触れずともひもを通して繋がっていれば接触を条件とした魔人能力―例えば『シュテルクスト・カメラート』の身体強化などが発揮されるのである。

「この人数全員で手を繋いでここまで大がかりにやるのは流石に困難じゃったがのう…これならば行けるぞ!ブルマニアン!用意は良いか!」

「滅茶苦茶緊張していますうう!なんで私がこんな大役なんですかああああ!」

「しょうがないじゃろ~!乗算での身体強化が使えるのはお主だけじゃ!腹をくくれい!」

ひもの先端が結ばれているのは、すーぱーブルマニアンさん十七歳の腰!

彼の『日本国憲法拳法』は戦闘力を乗算で強化する。『シュテルクスト・カメラート』と合わせることで通常とは比べ物にならないパワーを発揮することが可能になるのだ。

「トラップも展開完了!5秒は絶対に止めて見せるぜ!」

鍵掛錠もトラップを展開完了した。彼の役目は決定的な瞬間を作り出すための足止めだ。

「ビーコン、起動します!あとは我々にはどうにもできません!祈るのみです!」

『楽園』の転校生たちがその装置を起動した。こちらはその決定的な一瞬に勝負を決めるためのものだ。

「よし!あとはぶっつけ本番で…「もし」うわあぶちおったまげじゃ!」

丈太郎に後ろから話しかけて驚かせたのは、なぜかびしょ濡れの逢合死星だ。

「わが神は、来られます。」

「…マジで来るんか?ええいままよ!」

「A班がきたぞ!『転校生』もついてきておる!」



☆ ☆ ☆



「オオオオオオオオッ!山乃端!山乃端!山乃端一人ィィィィ!」

「ペラアアアアア!ガソリンギリギリペラーッ!」

「んぎぎぎぎぎ…もうちょっとだけ、《Ⅺ-黄金の欲望(ミダス・デザイア)》…!」

日付が変わる直前。その車はレインボーブリッジへと差し掛かった。後方の『転校生』八騎との距離は約20m。双方ともに法定速度を遥かにオーバーして橋の上を駆けてゆく。

その中腹。

「いまッ!」

「!!!!!!!」

『転校生』をトラップが捕らえる。巧妙に偽装されていた網、突如として姿を現すバリケード、周囲を覆う鉄の壁。

「小癪!小癪なアアア!」

『転校生』の無限の攻撃力が即座に振るわれ、妨害を打ち払う。しかし、巧妙に仕掛けられたトラップは一撃とはいかない。5秒はかかる。その5秒の内に、様々なことが起こった。



「やれえええええ!ブルマニアン!」



レインボーブリッジ下層の歩道分に、彼らはいた。

「殺人未遂、銃刀法違反、馬の無許可飼養、器物損壊、魔人能力無断使用、スピード違反、一時停止無視!これで8倍!」

「そこに我が『シュテルクスト・カメラート』が一万人で合わせて80000倍!やれい!」

「!!!!!!」

相馬珠樹は下層で突如として膨れ上がった力の気配を感じ取った。

しかし。『転校生』の防御力は無限。

何万人分の力だろうと、打ち破ることはできない。が。



その足場たる、レインボーブリッジは別だ。

レインボーブリッジの中央部が猛烈な一撃を受けて、たまらず崩落する。



「オ、オオオオオオ!」



足場を失った珠樹が宙でもがく。いかな『転校生』と言えど、飛行は簡単ではない。

ほんの数秒の間に、本命の追撃が来た。



地上から。

残った橋の上にて、車から降りた山乃端一人がその名を呼ぶ。

「往け!ルルハリル!」

「承知」

終末時計(しゅうまつどけい)』より顕れる超越の兵器が有する紫棘(きょくし)は、たとえ相手が『転校生』だろうと殺害を可能にする。

ルルハリルが、その暴力的機構を存分に振るった。



天から。

宙を覆うYAGYUFO群が、これまで戦いに絡まなかったのは何故か。東京の空は、いまや彼らが牛耳っているからだ。

天を覆う脅威は、『楽園』の開発した誘因用ビーコンに惹かれて、降臨する。

その存在がたとえ相手が『転校生』だろうと打ち破りうるのは、既に証明されている。

精子が、天より襲う。



海から。

神は信徒の祈りに応えた。

ただその事実がある。

海の底より浮上するそれは、人の想像もすらも容易く超えている。無限の防御などの、それに比べてなんと些細なことか。

逢合死星の神が、海から来る。



天・地・海。

三方向から叩きつけられる、考えうる限りの最大戦力。

『転校生』抹殺の策はここに成った。



「オ、オオオオオオオオオオガアアアアアアアアアア!山乃端一人ィィイイイイ!」

八体に分身した相馬珠樹。山乃端一人までの距離は約20m。

一体目の分身が、ルルハリルに貫かれる。

二体目の分身が、精子に呑まれて消える。

三体目の分身が、海から伸びた触手に引きずり込まれた。

四体目の分身が、後続の盾になってルルハリルの攻撃を受ける。

五体目の分身が、精子をその身で引き付ける。

六体目の分身が、海から現れたナニカを足止めせんと飛び込む。

七体目の分身が、三方からの攻撃を受けながらその背を押す。

八体目の分身が、包囲を抜けた。



「山乃端アアアアアアアアアア!」



相馬珠樹が、右手にナイフを振りかぶる。それに気づいたルルハリルが攻撃を向けるまで、寸毫程の間がある。他の者が反応する時間はない。それだけあれば、『転校生』の無限攻撃力をもってナイフは放たれる。

山乃端一人まで20m。相馬珠樹のナイフ投げの腕ならば当てられる距離だ。

山乃端一人を守るために磨いた腕ならば。



「やまのは…?」



はじめて、その目が合って。

ナイフが、その手から落ちた。

平将門の怨霊に呑まれた相馬珠樹の、最後の抵抗だった。

その身にルルハリルの紫棘が突き刺さる。頭上から精子が喰らいつく。海中のナニカの腕が胴を捉えて海に引きずる。



「…ガアアアアアアアアアアッ!滝夜叉(・・・)ァァァァァ!」



『転校生』は吠えた。最後の力を振り絞って暴れる。その脚が切断された。腕が完全に溶かされる。胴は原形を残していない。

その首が、飛んだ。

伝説に曰く。

打首獄門に処された平将門の首は、坂東の地に向けて自ら飛行していったという。



「「「!!!」」」



その場の誰にとっても予想外の、最後の悪足掻き。

予想外だったゆえに、誰も反応できずに。

それを許した。

ただ一人が、飛び出すのを。



鮮血。べきばきと人体の砕ける音。



ただ一人、飛び出した柳煎餅が身を挺して『転校生』の首を止めていた。



「…………」



既に頭部を貫かれる重傷を負っていた彼女は、なにも言うことは無く。

その足元が崩れた。激闘で橋の構造が耐えきれなくなったのだ。

『転校生』の首を抱えたまま、海の底に消えていった。



☆ ☆ ☆



半壊した橋の上に、静寂が戻った。



「終わった…のか…?」

「誰か…動ける奴は…クソッ…ここに来て…死ぬ奴を出してたまるかよ…」

「みなサン、無事デスか!?」

「柳が、海に…」

「鏡助!おい!鏡助!どうなってる!」

『どうやら『転校生』は撃破できたようです!柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)に伴う異常も、どんどん元に戻っていきます』

「そうじゃねえ…柳だよ!あいつ勝手に!どうなったんだ!」

『海中は…わかりません。私の能力は鏡が無いと…』

「ど…どっちにしろ…もう一歩も動けんペラ…ガクッ」

「畜生!」

「彼女は…柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)のは無かったことになる、と言っていたが…どうなるのだ?」

『わかりません…なんとも』

「………………………………………」

誰もが黙りこくった。

結局煎餅が仕掛けた剣禅一如によるものか、一夜明けると柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)がまるでなかったかのように東京は元に戻り―

崩れたレインボーブリッジと、行方不明者が一人だけ残された。



『転校生』相馬珠樹、撃破。

柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)、完全終息。地球上柳生全消滅。



山乃端一人、生存。

逢合死星、生存。

正不亭光、生存。

瑞浪星羅、生存。

端間一画、生存。

望月餅子、生存。

宵空あかね、存続。

空渡丈太郎、生存。

山乃端万魔、生存。

ジョン・ドゥ、生存。

多田野精子、生存。

ウスッペラ―ド、生存。

遠藤ハピィ、生存。

浅葱和泉、生存。

徳田愛莉、生存。

鍵掛錠、生存。

ファイ、生存。

アヴァ・シャルラッハロート、生存。

有間真陽、生存。

山居ジャック、生存。

キーラ・カラス、生存。

諏訪梨絵、生存。

ルルハリル、存続。

鬼姫殺人、生存。

クリープ、生存。

月光・S・ピエロ、生存。



………柳煎餅、行方不明。













































































そして、春が来た。

春 東京



―海水浴場。

常夏の国というわけではない東京では春の浜辺に人の姿は少なく、やや弛緩した空気が漂っていた。そんな浜辺に、打ちあげられた人が一人。

打ちあげられた少女は、襟をひょいとつかまれて拾いあげられる。



「よう。ハッピーかい?」「ほえ?」



打ち上げられた少女を拾い上げたのは、ハッピーさんであった。

そして拾い上げられたのは、柳煎餅に酷似した少女。ぽややんとした表情の中で、潰されたはずの右目だけが深海めいて青みがかった色の眼球に代わっている。

「まったく、諦めずに探し続けたかいがあったってもんだ。一体どういうわけで生きてやがった?」

「え、ええと」

しどろもどろしている煎餅に酷似した少女よりも先に、どこからかぬるりと現れてその答えを告げる人影があった。

「あの状況で救いの手を差し伸べうるのは我が神をおいて他にありませぬ」

逢合死星であった。心なしかドヤ顔に見えなくもない。

「海から出てきた?あの?」

「いかにもその通りです」

「そうか…アレが…」

(あんなナリしといて、善神だったのか…)

神秘存在を見た目で判断するのはやめよう。ハッピーさんは思った。そういえばと行方不明になってた山乃端一人のうちの一人が浜辺におんなじ風に打ち上げられてたという報告も思いだしていた。

言うだけ言って逢合死星は帰って行った。

「…ん、で。いろいろと言いたいことがあるんだが、まずは…」

ハッピーさんは小柄な少女の顔をむにゅ、と両手で挟んだ。

「なぜ、勝手に死のうとした。答えろ。場合によっては怒るぞ」

むにゅにゅ、と顔を歪ませながら煎餅に酷似した少女は答える。

「ええと、ですね。まず…わたしは厳密にはあの日戦った煎餅さんとは別人、といいますか…剣禅一如で柳生最終戦争(ヤギュマゲドン)が終わった時点でこの体の脳内の柳生も全部消えちゃったんです…それで…『転校生』と戦ってからの記憶が…なんというか…」

「覚えていないのか?」

「覚えては…いるんですけど…他人の記憶というか…私があくまでも過去の『柳煎餅』の記憶と体を受け継いでいるだけの別人(ニンゲン)なんです。山乃端一人を守る戦いの横で戦ってた柳煎餅(バケモノ)は死にました。それで私は他人のプライベートな記憶を公開するのは…ちょっと」

煎餅に酷似した少女の顔を離したハッピーさんの顔が険しくなる。

「…そうか。あいつは死んだか。結局話す機会はなかったな。最大の功労者だというのに」

「功労者…ですか。結局ろくに連携することはなかったように思いますけど」

「ああ…そうだな。あそこまで体を張って『転校生』とやりあって、そんで勝手に死んじまった。頼ってくれりゃあな。一言「力を貸してくれ」って言ってくれりゃあ喜んで協力したのによ…」

煎餅は硬い表情で

「そう…でしたか。そう言われると…そう言ってもらえると、草葉の陰で喜んでると思います」

「…やっぱりおまえ同一人物じゃねえのか?」

また煎餅に酷似した少女の顔をむにゅっとするハッピーさん。目が泳ぐ煎餅に酷似した少女。

「いえ違います。記憶と体を受け継いでるだけの別人です」

「どこが違うんだそりゃあ」

ますます目が泳ぐ煎餅に酷似した少女。

「人格が…」

「どんなふうに?」

「…………………人斬り衝動がなくなったり?」

「そんだけか?悪い癖が治ってよかったじゃねえか」

さらに輪をかけて目が泳ぎまくる煎餅。

「いえ、別人、別人で…」

「アホ言え!やっぱり連携できなかったから恥ずかしがってるだけじゃねえか!」

「ギクゥー!(図星)」

「ほら!オマエが見つかるまで延期してた祝勝会をやるぞ!独断専行してただけだから出席する資格がないとは言わせんぞ!」

「うわー!やめてー!どうせ連携できないって思い込んで独断専行で勝手に死んだつもりがちゃっかり生きてたっていうクッソ恥ずかしい事実を突きつけないでー!くっころせー!」

どっちかというと侍なのに騎士めいたセリフを吐きながらハッピーさんに抱えられてじたばたする煎餅。

その前に、新たな人影が現れる。

「ほう…別人を自称するとは…余程命が惜しいと見える」

「あ…月ピさん…依頼の件、キャンセルとか…できませんかね…」

「駄目だ。ほれ」

月ピが差し出したカードには、『生き恥をさらして老衰で死ね』と書かれていた。

「勝手に死んだら許さんぞ?」

「ひえええええ…」

煎餅の顔が真っ赤になる。

「そして依頼量がコチラだ」

「ひえええええ!」

煎餅の顔が真っ青になる。

更にもう一人ひょっこりと顔を出す人影があった。

「足りない分の融資は、今井商事にご相談を!」

「うわー!ただでさえ生き恥なのにいきなり借金まみれだよー!」

「はっはっは!死ねない理由が沢山出来たみたいじゃねえか!」

ハッピーさんに抱えられて、煎餅は祝勝会に連れていかれる。

祝勝会の席で、共闘した相手からも知らない相手からももみくちゃにされるのだが―

人斬り少女、柳煎餅の物語は、ひとまずこれでおしまい。人斬りじゃなくなった彼女がどんな人生を送るのかは、物語の外のこと。



DANGEROUS SS EDELWEISS…HAPPY END!

THANK YOU FOR READING!
最終更新:2022年04月23日 20:01