私と山乃端一人の出会いは数年前に遡る。

ゲーセンの対戦格ゲーで99連勝、記念の100勝目を誰にしようかと探してたときに出会ったのが彼女。
聞けば彼女も99連勝で私と同じく

彼女の能力は『喰らい弁慶クライ』。攻撃をジャストガードするタイミングが分かり、ノーダメージにするという能力。
私の『玄人義経あたり判官』と同じく、ゲーム中だろうと現実だろうと適用可能だった。

そんなこんなで仲良くなって、「義経と弁慶」を名乗り、負け知らずの美少女ゲーマーコンビとして名を馳せた。あの日までは……。

私たちは当然恨みを買うことも多く、リアルで殴れば勝ちという手合いにも何度も襲われた。
一人(べんけい)が受け止め、(よしつね)がカウンターを見舞う。そんな感じで正当防衛的に対処してきた。

だがその日は勝手が違った。

「オラッ、テメェらが例の主従コンビだな!! ここがテメェらの奥州平泉と知れ。死ねぇ!!!」
「アタシがいる限りりんには指一本触れさせなグェ」

その魔人の攻撃は、一人をジャストガードごとぶち抜いたのだ。
胸に大穴。明らかに致命傷。

「テメッ、このぉッ!!!」

まさかあらゆる防御や回避を無視して攻撃を当てる能力者がいたなんて。
死闘の末、仇はとれたがそれで一人(べんけい)が生き返るわけでもない。
しかも大規模闘争が発生し、私の預かり知らぬところで終結した。

ふと気づくと、私は『転校生』になっていた。
この無限の力を使い、異世界の山乃端一人の死体を以て失われた私の一人(べんけい)を取り戻すために。
他にも私と同じような境遇の者もいたが、つまるところ競争相手だ。
とあるビル地下に集められた私たちは、自らも転校生だと名乗る男から、この世界の山乃端一人の死体を持ってくるように言われた。
ブリーフィングを済ませた私たちは早いもの勝ちだとの一点で一致し、三々五々散っていった。

私の名前は牛若りん。山乃端一人(べんけい)を取り戻すために闘う者だ。


――――――――


「どうして……」
「すみませんが、落ち込んでる暇はありません。更に悪いニュースがあるので」
「探してた友人が海の底ってこと以上に悪いことなんである?」

ヤケになった私の繰り言を無視して鏡助さんは語る。

「えぇ、山乃端一人さんを狙う一派が『転校生』を投入してきました」
「転校、生……?」
「転校生といっても一般的なものとはちょっと違いまして……」

曰く、無限の攻撃力と防御力を持つが代償として嘘をつけなくなった、魔人を超越するもの。

「かくいう私もそうですが、どちらにせよ鏡の外にはまともに干渉できないので……」
「……詰みじゃない? 勝てるわけ無いでしょ?」

「付け入るスキはあります。無限の攻撃力といえど、当たらなければ意味はないし、直接攻撃でないならダメージを通す手段はあります」

あとはどうにか説得するとか、とも付け加える。
基本的に山乃端さんの死体を欲しがってるのに山乃端さんを死なせずに説得するのは難しいと思うのだが。

「それで何人くらい、ふたり? 三人?」
「二十人以上います」
「どうして」
「まぁ他の協力者もいますし……」

そう言われても絶望的な闘いであることには間違いない。そこに山乃端さんが割り込んでくる。

「なんだか大変なことになっちゃったみたいだけど……立ち話も何だし、とりあえずうちで作戦立てない? 安池さんのチカラも役に立つと思うし」
一人さん(ともだち)を護るためなら……私も協力します!」

そうだ、何も見も知らぬ人たちだけではない。安池さんもいる。一人さんも自分が狙われてるにも関わらず動揺を見せない。
私も落ち込んでる場合じゃない。彼女だって同じ状況なら自分の出来る限りのことをするだろう。ましてや今の私は幽霊で、魔人である。
糸口をつかめればきっと……!


そんなこんなで山乃端さんの家に到着。実家から離れて一人暮らしをしているので幽霊がお邪魔しても特に問題になるようなことはなかった。

「まずは情報ね……来そうな転校生の情報と、協力者……あったことない人も含めて……の情報が欲しいかな」
「欲張りですね。隠すほどのことでもないのですが……」

鏡助さんの情報を元にどうすべきかを整理する。すなわち勝ち目を見出す手段。

「……転校生を寝返らせて協力関係に持ち込めば手っ取り早いんだけど」
「望むものを与えれば、と思ったけど私の死体はちょっと、ねぇ」
「しかも複数人いるわけで……複数用意……ん?」

目についたのはある共闘者の情報。

「山乃端さん、己を売る覚悟は……ある?」

――――――――

都内某所、刑務所前。

「じゃあ、交渉は任せたわ」
「えぇ、私も知りたいことがあるもの」

くまのぬいぐるみに話しかける山乃端さん。
ぬいぐるみはあのバイクとの闘いで知り合った本崎さんの協力で、地面の下をすり抜けている私を追従して動くようになっている。

「あとは命令通り勝手に動くと思うから。幸運を祈ります。死なないでね……?」
「もう死んでる」

軽口を叩きつつ、二人と別れる。
ぬいぐるみのまわりには野良柳生が数体。他にもこの付近の至る所で身を隠している。
ここ数日で急激に増えた野良柳生、それらを死に至らしめれば安池さんの亡霊大隊(ゲシュペンスト・イェーガー)によって安価で便利な手駒になる。
数体私が焼いて、それらを元手に柳生一人に対しスリーマンセルで仕留めていく。かくして、即興の戦闘部隊が完成した。


『作戦は単純、刑務所の付近にいるらしい転校生、牛若りんを私と安池さんの柳生隊で撃退する。山乃端さんはなんとか博士と交渉を取り付ける』
『交渉が決裂したら?』
『なんか別の手を考えるしか無いわね……』


作戦内容を思い返しながら待っていると、パーカーを羽織った、いかにもガラの悪そうな少女が近づいてきた。

「今、この世界の山乃端一人が入っていくの見かけたんだけど、ムショになんか用事でも?」

この世界の、ということはどうやらお目当ての転校生らしい。

『それはお前の知ったことじゃない。この亡霊大隊柳生クマがいる限り、お前が先に進むことは許さない!』
「ボス戦ってヤツだな? よーし、いっちょ揉んでやろうじゃないか!」

――――――――

一方その頃、刑務所地下、特別房。
山乃端一人は安池有紗とともにそこの主と面会をしていた。

「あなたが、クリスプ博士ね?」
「いかにも。……山乃端一人、だな?」
「ええ。互いに自己紹介の手間は省けたわね」
「それで、何用かね?」

クリスプ博士、正確にはDr.クリスマス・スプラウト。魔人の研究をしているという話だったが、禿頭筋肉質の大柄な体格からは研究者とは思えない威圧感があった。
有紗は気圧され一人の影に隠れて縮こまる。一人も一瞬言葉に詰まったが、勇気を出して口を開く。

「単純な話よ。私の複製体(クローン)を数体作って欲しいの。山乃端万魔(あなたの娘さん)を大量生成したように」
「ただで作らせようというわけではあるまい?」
「もちろん。私の能力について研究してもらいたいの。ハルマゲドンを起こす能力を」
「山乃端一人なら誰もが付随している能力ではないか」
「それが『任意に』発生させられる能力だとしても?」
「……ほう?」


「正直、私としてはこんな能力要らないのだけど。人に迷惑をかける訳でしか無いし」
「ふむ、そうなると前提から変わってくる……なるほど、いいだろう」
「交渉成立ね。……ちょっと失礼」

縮こまってた有紗に合図を送るよう伝える。外にいるあかねに交渉がうまく行ったことを知らせるためだ。

「さて、クローンを作るとなるとお前さんはしばらくここから出られなくなるが」
「それは問題ないわ。今年度の単位は足りてるし、一人暮らしだしね。何日かかりそう?」
「三日、というところだな。一人作れればあとは量産に時間はかからん」
「それは好都合ね。有紗ちゃん、あかねちゃんに連絡頼んだわよ」
「……はい!」

――――――――

牛若りんが身をかがめ、拳を前に突き出すような動きを取る。
それに合わせてクマのぬいぐるみが明らかに不自然な挙動でふっとばされる。だがそれは想定済み。
彼女の周りに伏せていた柳生死体たちが襲いかかる!

「っ! この……ッ!!」

とは言え、流石に転校生。三体同時に襲いかかるもあっさり蹴散らされる。
その間にぬいぐるみを念動で引き起こしておく。

『クハハハハハ! 転校生といえどその程度か! 我が大隊は私を倒してたところで止められないぞ!』

実際のところ、私が動かしてるわけではないし、操作者もルーチン組んでその通りに動いてもらってるだけなので止めるすべなど無いのだ。
すっ、とぬいぐるみの右手を挙げさせる。物陰から次々と現れる柳生死体。
正直、これで倒せるとは期待していない。あくまで時間稼ぎにすぎない。

「ふん、お供が大量にいるタイプのボスってんなら倒されたところで止まりなさいよ」
『現実はゲームではないんでな! 喰らえ、我が鬼火よ!』

……なんか結構悪役ロールプレイ楽しくなってきた。いや、私からすれば向こうが悪なのだけど。

「ほらほら、残りも少なくなってきたんじゃないかい!?」
『なかなかやるな……!!』

しかしさすがは転校生。けしかけた柳生たちを次々と叩きのめしていく。
牽制程度に投げた鬼火もやすやすと回避していく。まぁこれは別に良いのだが。

「むっ、上から!? だが、甘い!」

ビルから飛び降り強襲する柳生ヤクザ。当然のように対空パンチで空中にいる間に迎撃する。

(チンピラでなくヤクザ……! つまり交渉は、成った!)

日も暮れてきて街頭に灯りがともる。時間もちょうどいい。相手が全部片付けたところで地面から姿を見せる。

「いやはや、まさか全部撃退してしまうなんてね」
「なっ、お化け!?」
「お化けとは心外……いやお化けだけど」
「お化けってパンチ当たらないから嫌いなんだけど」

私の姿を見て嫌そうな顔をする牛若りん。

「まぁ私もあなたを本気で殺したいわけじゃないし。山乃端さんの死体がほしいんでしょう?」
「そうだけど妨害してるのお前じゃん」
「数日待てば用意できるからそれまで待ってもらえる? 他に欲しがってる人に心当たりあればその分も用意できると思うけど」
「もし断ったら?」

彼女がそういった瞬間街灯の色が夕焼け色に染まる。いや私が染めたのだけど。

「本気の私と戦うことになるけど」
「今までは本気でなかったと?」
「本気で殺したいわけじゃないって言ったでしょ?」
「……それにしても暑くない?」
「幽霊は暑さ寒さを感じないけど、あなたはどうかしらね」

街灯に灯した鬼火でここら一帯の温度をどんどん上げていく。

「それがお前の能力か」
「熱で卒倒する前に肯定してね。能力がどうであろうとその点は変わらないから」
「……分かった、待つよ。連絡はどうすればいい?」
「携帯番号教えてくれれば準備でき次第かけるわ」

そうして番号と仲間の人数を聞き出し、その場は別れることになった。

――――――――

三日後、刑務所地下特別房。
私と安池さんは再びここに来ていた。
博士というイメージから遠く離れた巨漢の横には山乃端さん。
見た感じ何か危険なことをされたわけでは無いらしい。

「いや、まさか三日で出来るなんて」
「私にかかればこんなもんだ。しかし生命維持装置がなければ長くは保たんぞ。死体みたいなもんだからな」

並べられた数体の山乃端さん……のクローン。当然魂も何もない。すなわち。

「その方が都合がいいですから。ね、安池さん?」
「では……行きます」

むくり、と起き上がる山乃端さんクローンズ。

「ほう、これはこれは……操作系の魔人能力か」
「これならキャスターとか棺桶とかいらないし効率的でしょ」

安池さんについてく山乃端さん達。

「作っておいてもらって何だけど、私と同じ姿した子がこう、操られてるのは奇妙な感じが……」
「まぁこれで済むなら安い話、でしょ?」

山乃端さんのもっともな感想に軽く応える私。
……でも、自分で言ってて済むとは思ってない。思えない。
これはあくまで私の、私達の山乃端さんであって転校生(かのじょ)たちの山乃端一人ではない。
前提からしておかしいのだ。
山乃端一人だったら何でもよかったり、そもそも山乃端一人の入手を目当てにしてないならともかく、
自分の山乃端一人を取り戻すのに別世界の山乃端一人で代用できるのか、と。
ともあれ、牛若りんに連絡をつける(私は携帯もスマホも持ってないので安池さんのスマホで)。

――――――――

数刻後、刑務所前。私と安池さんは三人の少女と対峙していた。

「山乃端一人の死体が欲しいんでしょう?」
「なんで数日待てって言ったのよ。しかも同じ目的の人がいるなら一緒に連れてくるように、って」

牛若りんの後ろには初めて見る二人の少女。

「嘘だったらどうなるかわかってるんでしょうね」

金髪碧眼に漆黒の大剣を持つ財郷はかり。

「なるべく自分では殺したくはないんですけど……」

きらびやかな魔術師的衣装を身にまとった久松氷柱。
彼女らも自分たちの山乃端一人を亡くした身だという。

「そんな手間もいらないわよ。安池さんお願いね」
「はーい」

安池さんが手を振ると山乃端さん――の死体(クローン)――が次々と出てくる。
各人の前に来ると操り糸がきれたようにくずおれ座り込む。

「はい、山乃端さんの死体」
「え、いや、その……」
「なにか問題でも?」
「なんか思ったのと違って……いやそもそも何で同じ人の死体が三つも……?」

困惑の表情を浮かべるりん。他の二人も同様の表情。

「……そもそも疑問に思うことが有るのだけど、山乃端一人の死体を手に入れて『あなたの』山乃端一人は取り戻せるの?」
「っ、それは……」

言葉に詰まるりん。
そこに割り込むはかりの声。

「私の力を使えば出来ると言ってたけど……」
「本当ならそれで解決するよね」
「でも死体を目の前にしても、どうすればいいのか……」
「私の魔法でも無理だし、もし魔法で息を吹き返せたとしても、これは私の一人さんじゃない……」

氷柱も後に続く。

「私が思うに、騙されてたんじゃない? 『山乃端一人の殺害』が目的なら他人が手を下してもいいわけだし」
「そんなことって……向こうも転校生だって言ってたし嘘はつけないはず……」
「嘘はつかなくとも本当のことを隠したり、合成で作った自分の音声を流したりとかで抜けられたりするんじゃない?」
「……」

私の指摘に三人とも無言になる。騙されてたとあればむしろ被害者なのかもしれない。

「その転校生ってどんな人なの?」

その転校生の特徴を訊く。ついでに私と三人の魔人能力についても情報共有する。
鏡助さんの情報と合わせて推定できる相手の能力と私達の能力。それらをパズルのように脳内で組み合わせていく。

「……私達が力を合わせれば、あなた達の山乃端一人を取り戻せるかもしれない」
「どうやって?」
「それは――」

思いついた作戦の詳細を語る。

「いちかばちかだけど、やって見る価値はありそうね」

財郷はかりが頷く。

「いいじゃない。一世一代の大魔法って感じで」
「……危険な賭けだが、ここで降りても何にもならないな。この賭け、乗った」

久松氷柱と牛若りんも後に続く。

「そもそも何でそこまで私達に肩入れを?」
「私も、大切な人を喪ったから……」

喪った友人にして委員長、夢宮かなのことを話す。

「なるほどね。……あなたは取り戻そうとは思わないの?」
「きっと、その時には戻れないと思うから……」

ともあれ、一時的な同盟は結ばれた。あとは彼女たちを騙した黒幕と対峙するのみ。

――――――――

「ふーん? ここが黒幕の部屋?」

とあるビルの地下、白く光る蛍光灯に照らされた廊下の奥にその部屋はあった。
両開きの扉を念動でバン、と勢いよく開ける。
そこには事務用のデスクと、ノートパソコンに何かを打ち込んでいる、髪型オールバックのグラサン男がいた。
彼こそが加賀見京介に違いない。

「ほう、まさか俺が動く前にここに来る守護者(ヤツ)がいるとはな」
「まぁ、他の転校生から場所を聞いたからね」
「俺も独自に三人ほど送ったが……お前が倒したとでも?」
「思ってる三人かどうかは知らないけど、もう三人とも私の邪魔はしないわね」
「どうやら俺はお前のことを過小評価していたようだな……」

そう言うと京介はサングラスの位置を直して立ち上がる。

鏡助(アイツ)から俺の能力は聞いてるんだろう?」
「確か、過去に送り戻すとか?」
「そうだ」

その返事とともに私の背中からお腹へなにか黒いものが貫通し、引き抜かれる。

「ぐっ!?」
「悪いが、もう悪魔は喚んでいてね。お前の鬼火は厄介だからね。先手必勝と言う訳だ」

よく考えれば当然の対応。動きを止める悪魔を相手が来てから喚ぶなど愚の極み。先に配置して不意をつくのが常道。

「お前はここまでよくやった。元の世界に帰るが良い。山乃端一人は俺が処分してやる」

京介は私に向かって手を伸ばす。この手は魔人能力によるもの。霊体の私でも触れられたら、その効果を発揮するであろう。

「アディオス!」

京介が肩に手を置いた。財郷はかりの肩に。

「ハァイ、お久しぶり」
「!? いつの間に!?」

バン、と開けられる扉。飛び込んでくるは久松氷柱と牛若りん、そしてりんにしがみつく私。

「魔法ですり替えたのよ!」

久松氷柱の魔人能力、まるで魔法のような(グレートマジシャン)。これで私とはかりをすり替えたのだ。
自分でもすり替えられたことに気づかなかったぐらい鮮やかな手口。まさに魔法といったところ。

「りんさん、合体攻撃行くよ!」
「はい来た、それっ!」

ゼロコンマ一秒、はかりに掴まれた京介へ私の攻撃が伸びる。パチリ、と手応えを感じる。

「財郷さん、終わったよ!」
「さよなら、京介さん。私たちは、自分たちで自分の問題を解決します」

彼女が言い終わった刹那、はかり、りん、氷柱の姿が消え失せる。能力の対象を空打ちから自分たちに変更したのだ。
彼に触れられると始まりの時に戻るという。彼が認定した相手しか戻せないらしいが、はかりの能力ならそんな制限は無理やり捻じ曲げられる。

「……終わりね」
「お前、俺に何をした? ……ぐっ、胸の内が、熱い……!?」
「知れたこと。私の火をあなたに焚べたのよ」
「俺の内にそんなものが有るとでも……!?」

その言葉に私は指を振る。

「あるわよ、怒りだか、復讐だか私には知りようもないけど、心の裡に灯す炎が」

加熱。私の炎は一度点けばその熱によって壊れることはない。つまり。

「ぐぁっ……! 熱、熱い……!!」
「私の、いいえ、私達の努力を引っくり返そうと言うならば、その報いは受けてもらわないとね?」

あまりの熱さに床をのたうち回る加賀見京介。普通なら焼け死ぬところだが、熱さによる苦しみだけで肉体的な変化はない。

「私の炎でその体が焼けることはないから、苦しみから逃れたければ餓えて死ぬか、自分自身を壊すしか無いでしょね」

でも転校生って自分で自分を傷つけられるのかな、とひとりごちながら、苦悶の声響く部屋をあとにする。
熱傷に悶え苦しんでその生命を終えることになるだろう。

大事な人を亡くした転校生(私と似た境遇の子)を三人救い、山乃端さん殺害を企む転校生を仕留めた。
あと心残りは一つだけ。東京湾へ向かおう。

――――――――

海の上。今日は風も吹いてないのか波は立たず凪いでいる。
だが、目印も何もないところで沈められたドラム缶をどうやって探せばいいのか。それに見つけたとしてどう引き上げればよいのか。
いっそ海底に潜ってしらみつぶしに探そうかと思っていたら、なんか金持ちが乗ってそうなクルーザーが通りすがり……いや、こっちに近づいてくる……?

「おーい!」

聞き覚えのある声に振り向くと見覚えのある少女たち。
この間友達になった安池さんと、つい先日過去へ送られたはずの転校生。牛若りん、財郷はかり、久松氷柱であった。

「もう今は転校生じゃないんだけどね」

転校生の皆は過去へ戻って自分の山乃端一人を助け出し、なんだかんだで刺客を退けながら連絡を取り合って再会したらしい。

「助けたら能力が元のに戻っちゃったけど死ぬこともなくなったしひとりんも助かったしいいかな、って」
「私は無くなっちゃったけどまた一人が襲われたときにえいってやったら復活して……まるで魔法みたいじゃない?」
「私はまぁ元からだったから関係ないけどなー」
「それにしても何でここに……?」

私の疑問にはかり――いや財郷さんでいいか――が指を振って応える。

「それはもちろん、恩返しのためよ。そのためにうちのクルーザーまで出したんだからね」
「私の目的

他の二人も同じく、委員長を探すのを手伝ってくれるらしい。

「でもどうやって……?」
「ふふん、ある探し物のうまい探偵に大体の位置のあたりつけてもらったのよ。端間一画って言うんだけどご存知?」
「いや、知らない……」

財郷さんはまぁいいわ、と運転手に合図を送る。

「それで目標地点まで来たら私が改訂に向かってパンチを打ち込む」
「なんで?」
「そりゃもちろん沈んでるドラム缶を探すためよ」

りんさんの説明や過去に戻ってから今まで何かあったのかを聞いてるうちに船は再び停止した。

「この辺だってわかればあとは判定を広げて伸ばしてそれらしいものにぶつかれば判る、ってわけ」

船のヘリから身を乗り出し、適当に拳を海面に向かって振るう牛若さん。

「……ビンゴ! この真下!」
「よし、あとは特製のクレーンで……!」

ガラガラと大仰な音を立てながら海底のドラム缶を引き上げるためにクレーンが動く。

「わざわざそんなものまで造って……?」
「私のひとりんを救う機会を得られたのだもの。このくらい安いものよ」

しばらくすると赤錆びたドラム缶が引き上げられ、甲板にドスン、と叩きつけられた。

「……うん、この中にあなたの委員長の死体も、霊もいる」

ドラム缶にペタペタ触ってた安池さんが予想通りとばかりに頷く。

「ただ、コンクリートで固められてるから自分からは出られないし、多分引っ張り出すことも出来ないんじゃないかな」
「……ここまで来て詰み……?」

ドラム缶の中に手を突っ込む。たしかに人の形の霊があることは確認できる。だがいくら引いても押しても動かない。

「それなら私の魔法の出番じゃないかな」

バサリ、とマントを翻しながら久松さんが船室から出てくる。

「要は脱出マジックと一緒よ。こうやってマントをかぶせて……さぁ、皆で、3、2、1、はい!」

彼女がマントを払うと人ひとりぶんの人骨が空を舞った。

「ってぇえ!? これは予想外なんだけど!?」
「えとえと、えいっ!」

バラバラになった人骨は安池さんの亡霊大隊で人の形を取り戻した。そしてぼんやりとしていた霊がはっきりとした人の形を取る。

「……委員長ッ!!」

感極まって夢宮さんに抱きつく。霊体同士で抱きつくと言っていいのかはよくわからないが。

「んぅ……あなたは……あかね、さん?」
「覚えててくれたの……?」
「えぇ、ずっと動けなかったけど、あなたの事は、忘れたことはないわ」

再会を喜び合っていたら、ぽんぽんと財郷さんが手を鳴らす。

「はいはい、それじゃこの後宴会があるし、急いで戻りましょ」
「宴会……?」
「えぇ、この一連の騒動に関わった人皆で打ち上げを行うということで、うちで会場とか取り計らったの」
「初耳なんですけど?」
「今伝えたでしょう? それに……」
「それに?」
「委員長さんの遺骨、どうにかしなきゃいけないでしょう? 幸い打ち上げ参加者に警察関係者の方もいるからそちらに任せれば良いと思います」
「手回しが早い……」

こうして、鏡から出てきた謎の男から始まる、一連の騒動は終結を迎えたのだった。

――――――――

エピローグ

そもそも私は人付き合いが苦手な方だ。いわば陰キャと呼ばれる側の人間、だった。
当然、宴会と言う場は苦手である。今まで出会った人たちや委員長の位置を財郷さんたちに知らせてくれた探偵さんにお礼を言って、ひっそりと外に出た。
外では委員長、夢宮さんが待っていた。
入り口にいると通りすがりの人が驚くから、ということで屋根に上って二人でおしゃべりすることにした。

「みんなで打ち上げやってるんじゃなかったの?」
「抜けてきちゃった。私は飲食できないし、幽霊なんかがいたら場が暗くなっちゃうしね」
「全く、そういうところは変わんないんだから……でも、安心したわ」
「安心、って……何に?」
「あなたに、友達がたくさん出来たってこと。聞いた話によると私や山乃端さんを助けるために色んな人と助け合ったそうじゃない」
「まだそのこと話してなかったんだけどいつの間に……?」
「準備やらなにやらしてるときにいろいろ聞き出したのよ。ほら、私がどうして今引き上げられたのか、とか知りたいじゃない?」

さすがは人付き合い豊富な委員長である。その行動力は羨ましくもある。

「そうだ、生前、助けてくれてありがとう……」
「こちらこそ、海底からみんなで私を引き上げて、納骨してくれたじゃない」
「また会って、お礼を言いたかったから……」
「そのために幽霊に……?」
「それだけじゃないけど……」

私は話した。いじめっ子に復讐していったこと、学校が廃校になったこと、東京で戦いを繰り広げたこと……。

「大変だったのね」
「……怒らないの?」
「もう過ぎてしまったことだもの。それに……」
「それに?」
「私が他のことにかまけててあなたが殺されるのを止められなかったのだから、私も同罪よ」
「委員長……」
「ごめんね、守れなくって」

委員長がそう口にした直後、ぼんやりと姿が薄れ始めた。

「もう行かなきゃいけないみたい。あかねさん、またね」
「……私も、ごめんなさい。そしてさようなら」

薄れ、消えゆく委員長の霊。成仏したのか、昇天したのか、いずれにせよもう彼女がいた痕跡は、ない。

「それじゃ、そろそろ私も……」

自分の体も薄れていく。成仏もない、昇天もない。地獄に堕ちるか、虚無に消えゆくか。
それは私自身も知りようがなく、私の存在した痕跡は、消え失せた。


――――――――

「さて、研究もとりあえず一区切りだな。私はデータを纏めねばならん。久々に外に出て陽の光でも浴びるがいい」
「一週間カンヅメだったものね。久しぶりに有紗ちゃんとあかねちゃんに会ってくるかなぁ」
「そうだな、お前たちに関するゴタゴタもそろそろ終わってる頃だろう」
「それじゃ、友達の顔でも見に行きますか!」


さよならだけが 人生ならば
人生なんて いりません

 ―― 寺山修司「幸福が遠すぎたら」より引用


これは人でもなく、生きてもいない者の、終わりに至る物語。
最終更新:2022年04月23日 22:19