こんにちは! ヒトリこと山乃端一人です。
 銀時計の因縁によって、命を狙われることになった私。転校生だか何だか知らないけど、そんな理不尽な理由で殺されるなんてまっぴらごめん!!
 そんなわけで私は体を鍛えて、転校生にも負けないパワーを身につけることにした。そう、パワーはすべてを解決するの! それがこの世のすべての真理!! (パワー信者並感)
 並行世界にいるらしい25人の私! 貴方たちも体を鍛えて素晴らしいパワーを身に着けなさい!! 私は更にその一歩上を行くわ! この理不尽な運命をパワーして、転校生に立ち向かうの! がんばれ、私!!!!!!!

 最近のヒトリの身体の厚み、明らかに増してんだよな……。この前リンゴ握りつぶしてたし……(徳田愛莉・談)


◆  ◆  ◆  ◆


 ヒトリがアイリ・ラボで戦闘訓練を始めて、そろそろ6日余り(いちねん)が経とうとしていた。榎波春朗との戦いの後、彼女は自分の力不足を痛感し、ますます訓練に没頭するようになった。その甲斐あって、最近では師匠の有間 真陽とも互角に渡り合えるようになって来ている。

「皆ちゃん、バトンタッチ! 流石に能力無しでヒトリちゃんの相手をするのはしんどくなってきたっす!」
「待ってください、この狭い室内の接近戦じゃ、もう私ヒトリちゃんに敵いませんってば!」
「真陽さん! そろそろ200km/hの動きは見えるようになってきたんで、能力有りでもいいですよ!」
(マジか……。どうやら私は、とんでもない化物を育ててしまったのかもしれないっすね……)

 完全にトレーニングジム化した研究所の一角で、徳田愛莉は新たな発明品の最終調整に入っていた。

「ちっきしょー。こんなクソAIじゃ、フルスペックは期待できそうもねーな……」

 ブースターのついたジェットパックを睨みながらため息をつく愛莉に、ヒトリが声をかける。

「どう? 愛莉。秘密兵器とやらは完成しそうなの?」
「まあ、完璧とはいかねーけど、完成の目途は立ったかな?って感じ。昨今の半導体不足が無きゃ、きちんと完成させられそうなんだがなー」
「私の強化細胞まで使って、いったい何を作ってたの? 愛莉ちゃん」
「ああ、皆の細胞を使った別のやつはもう出来てるぜ。そっちのパワードスーツ」

 愛莉の指さした先には、人工筋肉と特殊合金で形作られた、アメコミヒーローのようなパワードスーツが立てかけられていた。付属のヘルメットも、映画で見たCEOヒーローのアイアンひろしを意識している感じだ。

「うわ! 何これ、ごっつ!」
「ヒトリ、試着してみてくれよ。それ、ヒトリ用にチューンしてあるし」
「何か可愛くない―。もうちょっと女の子らしくしてよー」

 ヒトリはビジュアル面で不満を漏らすが、しぶしぶ試着した途端、その掌は180度回転した。

「嘘っ!? 軽っ! それにこのフィット感……!」

 軽く体を動かす。シャドー。ワンツー、ワンツー、ワンツースリーと拳を振るう。すると、ヒトリの身体が突然震え出した。

「愛莉……これ、絶対やばい。なんてもの作ったのよ……」
「だろ~! 流石ヒトリ。一瞬でこのヤバさを理解したか」

 ヒトリはスーツ姿で、真陽の方へと向き直る。

「真陽さん、試しに能力全開で私を殴ってみてください。ほら、あの奥の手の」
「え? マジっすか? まともに当たったらタダじゃすまないっすよ」

「大丈夫。これを着て負けるなんてありえない(・・・・・)ので」

 流石の真陽も、この発言には少しカチンときた。『超速直線運動』自身や物の加速と停止を司る能力だが、加速時の最大スピードは200km/h。それを踏み込みとハンドスピードの両方に掛けることで、瞬間的に400km/hの拳を繰り出すことが出来る。
 通称「ストレート・フラッシュ」有間 真陽、一撃必倒の奥の手であった。

「言うようになったじゃないっすかヒトリちゃん。悪いけど少々の怪我は覚悟してもらうっすよ!」

 真陽はそう言うと、両脚と右の拳に、『超速直線運動』を掛け、加速の命令を下す。空気の摩擦で熱を帯びた真陽は、突風の様な急接近と共に、勢いそのまま拳を振り抜く。

「!?」

 だがその拳は、ヒトリの顔面を捉える寸前でその動きを止める。よく見ると、真陽の手首が、ヒトリの左手によってしっかりと掴まれていた。

「嘘でしょ? ヒトリちゃん……」

 皆も唖然としている。いかにパワードスーツの恩恵を受けているとはいえ、戦闘経験豊富な魔人の全力攻撃を、非魔人であるヒトリが完璧に止めたのだ。即ち、今のヒトリの近接戦闘能力は、上位の戦闘型魔人並と言っても過言ではない。

「ひえぇ……こりゃとんだチート兵器っすね……。下手すると、あの群青日和とも喧嘩できそうっすよ……」


 真陽は裏社会の軍神と呼ばれる魔人の名を口にする。流石にそこまでは大げさ過ぎるだろうが、このスーツの性能は、そう言わせるくらいヒトリの戦闘力を向上させていた。

「わはははは!!! あたしの天災的頭脳がまたもや究極兵器を作り上げてしまったよーだな!!」
「凄いよ愛莉! これさえあれば、どんな相手も軽くひねれそうだよっ!」

 パワードスーツを着てはしゃぐヒトリ。しかし愛莉のサプライズはそれだけではなかった!

「実は真陽さんの分も用意してるんだぜ! W前衛ならばさらに最強!!」
「……ほほう、そ・れ・は、ありがたいっすねぇ~」

 潮目が変わる気配。ヒトリの野生の勘がとっても嫌な予感を感じとる! ちょっと待って何で真陽さんの分もちゃっかり作ってんのマジで余計なことすんなよおい愛莉「ヒ・ト・リ・ちゃん♪」

「ハイ、ナンデショーカ……」
「ちょっとお姉さんが稽古つけてあげるっす。私もスーツに慣れとかなきゃいかないっすよね♪」
「エート、ワタシキュウニオナカガイタク」
「さあ構えるっす!行っきますよ~!」

 秒でスーツを装着した真陽が襲い掛かる!! 速過ぎてよく見えないけどきっと満面の笑みだ!!

「きゃあああああああ!!!!!」

 あ、結構防御力も高いんだぁ、痛いけど。ヒトリは、600km/hの拳を全身に叩き込まれながら、そんなことを思ったのであった。

(だけどなー……結局これ(・・)が完成しねーと、「転校生」を相手するのはきついだろーな……)

 愛莉は未完成のジェットパックに目を移す。長時間飛行を可能とするジェットエンジンと、小型ビームやナパーム弾などの、携行武装のチョイスは済んでいる。あとは、もう一つ。

―—「転校生」の「無限の攻撃力と防御力」に対抗する手段。

 これ無くして、「転校生」と正面切って戦うことは不可能。愛莉はその糸口となるシステムを、このジェットパックの中に詰め込もうとしたが、思うような性能を引き出せずにいた。現在搭載されている人工知能のスペックでは、飛行時の機動制御と火器管制システムの運用が精一杯。より上位の人工知能も、昨今の半導体不足で搭載できずにいた。

(まあ、倒し切れなきゃそれでも構わねーさ……。要は「転校生」を無力化させればいいんだ)

 愛莉は不敵な笑みをこぼす。既に代替策として何通りかのプランは考えている。いいぜ、上等だよ。悪巧み勝負であたしの右に出る者はいないってところを見せてやるよ―—


◆  ◆  ◆  ◆


――20XX。世界が終わった日。

 ▆▇▅▇▃は、かけがえのないひとを、喪った。




(多くの人々が死に、文明は蹂躙され、生き残った者はあと僅か)

―—人類最後の天敵。『多田野精子』発生から、858日経過。

(そんな状況の中、▆▇▅▇▃は勝利し、この星の脅威は完全に消滅した)

―—オペレーション・クリープにより、『多田野精子』群の誘導に成功。終末(ルルハリル)型銀時計の獄魔(デミゴッド)、『憑黄泉の美姫(クリーピング・ビューティ)』と半融合した深海の尼僧(クリーチャー)『逢合 死星』に着床後、取り付けられた『無限』属性爆弾により、両者のシグナルロストを確認。

(だが、それに何の意味があるのだろう?)

―—多田野精子による被害、甚大。全世界の推定死者70億。戦後復興は絶望的。これより人類は、緩やかに絶滅への道を辿ると想定される。

(この世界から、君という人間が居なくなってしまったのだから)

―—終末(ルルハリル)型銀時計所持者、山乃端一人二尉は同作戦の要である『無限』属性爆弾の爆発に巻き込まれ殉職。戦後二階級特進により三佐へ昇格。同時に失われたと思われていた終末(ルルハリル)型銀時計は作戦直前、▆▇▅▇▃二尉の手に渡り、健在。

(だから▆▇▅▇▃は、仲間と共に故郷の世界を飛び出し、流浪の旅へと出たのだ)

―—▆▇▅▇▃二尉、終末(ルルハリル)型銀時計の受け渡しを拒否。担当官2名を負傷させ、失踪。

(もう一度、君と出会うために――)

―—▆▇▅▇▃二尉。終戦後14日現在、行方不明。一部未確認情報では、『転校生』になったとの報告あり。




「どうしたの? 東京(トキヲ)?」
「ああ……少し、昔の夢を見ていた」

 サッシが閉じられた暗い部屋には、二人の男女が居た。スラリとした体型の中性的な女性と、東京(トキヲ)と呼ばれた紅白メッシュ髪の少年。彼は眠い目をこすりながら、身体を起こす。

「マイ、今何時?」

 マイと呼ばれた女性が、既に夕方5時だと告げる。どうやら結構な時間、昼寝を決め込んでしまったらしい。

「集合をかけた連中は、どの程度集まった?」
「すでに全員揃っているわ。あとは貴方の号令一つで『ハルマゲドン』が始まる」
「ったく、たかが魔人同士の小競り合いに仰々しい名前が付いたもんだな。本当(・・)の世界の終わりも知らねーくせによ」

 マイの表情が曇る。東京(トキヲ)と共に並行世界を渡ってきた彼女もまた、世界の終わりを知る者の一人だった。スペルミンの臭気が漂う、死にゆく世界の苦々しい記憶が彼女の脳裏によみがえる。

「……マイ、大丈夫だ。全て上手くいく。東京(オレ)達は必ずあいつを取り戻す」
「ええ……。東京(トキヲ)、急ぎましょう。みんな待っている」

 東京(トキヲ)とマイは、部屋を退出し階下の倉庫へ下りてゆく。
 大型ガレージを改装した滞在拠点には、既に仲間の魔人が集結していた。

―—諏訪梨絵。マイと同じく、東京(トキヲ)と同じ並行世界を渡ってきたメイド騎士。山乃端一人の実家の従者だった女だ。彼女とは宿願を共にする同志。この中ではマイと同じく最古参の仲間である。

―—瑞浪星羅。東京(トキヲ)の洗脳工作により、かつて別人格と呼ばれていた魔人殺しの人格を完全に表層化させた姿。『転校生』として覚醒し、この世のすべての魔人を鏖殺せんとする彼女とはハルマゲドン限定の同盟関係。この一件が済めば、いずれ敵になる女だ。

―—山乃端万魔。こちらの世界の山乃端一人をベースとして開発された人造魔人。開発者のクリスマス・スプラウト博士の生殺与奪の権利は、既にこちらが握っており、彼女自身も、自らが生み出された理由を自覚している。初対面となる(・・・・・・)オリジナルの殺害を躊躇う理由は、何もない。

―—柳煎餅。『柳生千兵衛計画』によって作り出された、量産型柳生被験体の一人。東京(トキヲ)達とはまた別の並行世界から来訪したらしい。はぐれ柳生となっていた彼女をマイが拾い、信頼関係を築き上げてきた。東京(トキヲ)との模擬戦や、実戦経験を積む中、今やその実力は柳生十兵衛を凌駕し、五兵衛にまで至ると噂されている。

―—月光・S・ピエロ。こちらの世界の山乃端一人を守ろうとする『鏡助一派』に先んじて、山乃端一人暗殺依頼を取り付けたフリーの暗殺者。気まぐれな性格であまりあてにはしていなかったのだが、どういう風の吹き回しか、今回の集合に応じてここに来ている。

 いずれも劣らぬ実力者揃い。彼らはようやく出てきた東京(トキヲ)に注目する。

「よう。対面では初めましての奴も何人かいるよな。改めて自己紹介させてもらうぜ。東京(オレ)の名は、東京都 東京。こことは別の世界から来た『転校生』だ」

 彼が自称する『転校生』という肩書きに、場の空気が張り詰める。外見こそヤンチャなパンクスタイルの少年である東京だが、その圧倒的な存在感と、万物を灼き尽くすような眼光が、外見通りの少年では決して無いことを物語っている。

「まあ、決起集会ってわけじゃねぇが、まずはこの場に集ってくれたあんたらに礼を言っておく。頭数としては心許ないかもしれないが、逆に言えば今ここにいる者は、東京(オレ)が戦闘面で信頼を置ける精鋭中の精鋭だと思っている」
「ほめ殺しなんて珍しいね。東京君」

 柳生の少女が茶々を入れる。マイが一睨みすると、やれやれといった表情で口を閉じる。

東京(オレ)の目的はただ一つ。この世界の山乃端一人の命と身体を手に入れることだ。『鏡助一派』の暗躍もあり、向こうの戦力も刻一刻と増強されて来ている。奴らを圧し潰すならば、今を置いて他に無い! だから、東京(オレ)に力を貸してくれ!」

「そこまでだよ。『転校生』」

 ガレージのシャッターが開き、数名の男が乱入する。警視庁公安部対魔人機動捜査隊、その中の一人は、東京にも見覚えがある顔だった。

「ああ、あんたか。鶴見さん」

 鶴見と呼ばれた男は、こちらに向かってベレッタM93R(マシンピストル)を突きつける。取り巻きの警官たちも、何らかの魔人能力を発動させようとしていた。

「『ハルマゲドン』は起こさせんよぉ、東京都 東京。お前には座っていてもらわなくちゃ困るんだよね」
「仕方ねぇだろ。あんたらじゃ埒が開かねぇんだから。あんたらが推薦してた榎波春朗も、まるで使えねぇ狂犬だったしよ」
「その件についても言いたいことはあるんだよね。何故勝手にあいつを殺した? おかげで我々とお前のつながりが怪しまれているんだわ」
「知ったことかよ。元々東京(オレ)らはあんたらの顔を立てて穏便に済ませようと思ってたんだ。だがあんたらが女子高生一人殺せない無能集団だから、『ハルマゲドン』を起こすしかなくなったのさ」
「口の減らないガキだね。外にも警官隊を配備させている。『転校生』の君は無理だろうが、その他有象無象は、僕の号令一つで皆殺しなんだよね。少し口を慎んでもらおうか?」
「あ、それは無理だと思いますよ! だって、外の人たち、そろそろ襲われてる頃だし」

 柳煎餅が二人のやり取りに割って入る。その直後に異変は起こった。

―—突然響く発砲音。すぐに外が騒がしくなる。銃声と怒号と共に、ヤギューヤギューと吠える、怪物の咆哮。そう、自動生成されたヤギュタウロスの群れが、外の警官隊に襲い掛かっているのだ! (ヤギュタウロスってのは勿論、額に柳生と書かれたミノタウロスの事だよ! また一つ勉強になったね!)

「な……何が起こっている?」

 動揺を隠せない鶴見は、半開きのシャッターから外の様子を伺う。野牛でありながら柳生の化物は、斬馬刀を振り回し、警官隊を横一文字に真っ二つにしていく!
 警官隊はH&K MP7(サブマシンガン)モスバーグM500(ショットガン)で応戦するが、強靭な筋肉組織や厚みのある頭蓋骨を抜けず、致命傷を与えることが出来ない。

「あちゃー。ありゃ自動生成柳生の中でも厄介なやつだね。ご愁傷様」
「お、お前の仕業か!? あの惨状は!」
「うーん、正確には違うかな? だってあいつら、私を狙ってる刺客だし」

 自動生成柳生は本来、柳煎餅に対して差し向けられた刺客生成システムなのだが、彼女と遭遇出来ずじまいの柳生はあのように野生化し、無差別に人を襲う。もっとも煎餅と遭遇してても無差別に人を襲う雑な奴らだが。

「くそっ! なめやがって!」
「ぶっ殺してやる!! テロリストどもめ!!」

 逆上した数名の公安警察官が魔人能力を発動する! 一人は両腕に稲妻を纏い、もう一人は、白い翼を生やした天使へと変化する。

「止めろ! バカが!!」

 転校生との取引によって譲渡してもらう予定だった『万能の願いの権利』に未練があった鶴見は、暴走した部下を止めようとしたが、時すでに遅し。天使は聖なる弓を煎餅に向けて放ち、雷拳使いは猛烈な勢いで梨絵に襲い掛かる!

―—剣禅一如!!

―—貴方と共に(アヴェク・トワ)!!

 煎餅の無刀の剣から繰り出された謎ビームが聖なる矢を焼き尽くし、蒸発させる! ついでに直線状にいた射手の天使も巻き添えで蒸発した!! 原理? 知るか!!

 梨絵は仕込み帚で雷拳使いを迎撃! 亡き主の復活を願い、魔人の限界を超えた身体能力から繰り出される神速の剣閃は、雷拳使いを瞬く間にサイコロステーキ先輩へと仕立て上げた!!

 生き残りの警官隊達がたじろぐ。今のではっきりと理解した。『転校生』はもはや止められない。そして自分たちも、今日ここで死ぬことになる、と。

「わ、わかった。我々の負けだ! もうあんたらの好きにしていい! だから命だけは……」

「――《Au clair de la lune,Mon ami Pierrot(月の光と、我が友ピエロ来れり) 》」

 突然歌い出したサングラスの男が、鶴見の前に立ちはだかる。男の影の中から、道化師がぬらりと姿を現す。手元を見ると、返り血のようなデザインのカードを数枚持っている。

「では、ここにカードがある。これが君たちの運命。五枚あるが好きなものをチョイスしたまえ。二枚は天国、三枚は地獄だ」

 確率五分の二。引かなければもちろん殺されるだろう。鶴見は震える手で、カードに手を伸ばし、一枚をチョイスした。

「――《Ma chandelle est morte(私の灯は消えてしまった) 》」

 引いたカードを裏返す。彼らの運命は、『凍死』を示す。

「ふむ。これは難題だ。ココは冷凍倉庫ではないし、冬とはいえ、今の外気温で凍死は望めないかも知れん」
「月ピさん、東京(オレ)らも忙しいんだ。とりあえずこいつらの処遇は後回しにしてくれ。あんたにここの鍵は渡すから、一旦閉じ込めておけよ」
「むう、致し方ないな。そうさせて貰おう」

 東京(トキヲ)はそう言うと、仲間たちを引き連れてガレージを退出する。鶴見の目の前を堂々と横切るが、もはやそれを止める気概のある者などいなかった。最後に月ピがガレージのシャッターを合鍵で閉ざし、彼らを閉じ込める。ガレージに静寂が戻ると、鶴見たちはその場にへたり込んだ。彼らは外に漏れ聞こえぬよう、密やかな声で話し出す。

「ひとまず……助かった……のか?」
「……いや、奴は後回しと言った。このままここに居ては、確実に殺されるぞ」
「だが、今すぐ外に出るのはまずい。どう考えても罠に決まっている」

 待ち伏せ、トラップ、考え出せば切りがない。しかしあまり時間がないのも明白だ。

 鶴見たちは簡単な協議の結果、時間をおいてここを抜け出すことにした。もちろん入口は罠で固められているであろうから、壁をぶち抜いて脱出する。あの化物共を相手にするならまだしも、檻とも言えないガレージから脱出する位ならばこの戦力でも余裕だ。だが、その甘い判断が彼らの命運を分けた。

―—絶対夢幻都市・東京(メガ・ドリーミング・シティ・トーキョー)

―—ノイズを挟んで、目の前の景色が突如白へと変わる。ガレージの室内で、凄まじい猛吹雪が吹き荒れる。風速25m/秒、視認距離100m未満のA級ブリザード。それは、東京(トキヲ)が渡り歩いた数多の並行世界で「もっとも気温が低い」東京の姿であった。東京(トキヲ)はこの世界をこう呼んでいる。『氷河期・東京』と―—

「な、何が起こっている!? この猛吹雪は!?」
「分からない!? 風が痛い!! さ、寒すぎ……」
「駄目だ! どこかに……避難……を……」

 体感温度ー50℃、台風並みの猛吹雪を防寒装備無しで全身に受けた彼らは、月ピの『凍死』予告通り、三分も経たず物言わぬ氷像と化した。

 ガレージの外では、東京(トキヲ)達が造作も無く片付けたヤギュタウロス数体と警官隊の死体が散乱している。そんな虐殺現場の中心で、世間話でもするように東京(トキヲ)が月ピに問いかけた。

「月ピさん、一応あんたが鍵を閉めたことで、手を下した風にしたけどさ」
「うむ」
「あいつら凍死させたの、思いっきり東京(オレ)の能力だったんだけどな」
「私は君という『環境』を使って奴らを始末した。即ちこれは私の仕事となっている」
「うげっ、あんたの中で東京(オレ)、地形効果扱いかよ。ひでぇなおい」

 かくして、『転校生』東京都 東京は、自らの宿願を叶えるべく、ヒトリを殺害するために動き出した……。


◆  ◆  ◆  ◆


「先輩! 一大事です!」

 アイリ・ラボの扉が勢いよく開く。今井商事の社員、浅田るいなが血相を変えて真陽を呼ぶ。

「会議室の鏡から、なんか変な男の人の姿が!!」

 真陽は一瞬心霊現象かと想像したが、鏡の中の人には思い当たる節がある。

「もしかしてそいつ、鏡助って名乗ってなかったっすか?」
「そうです、そのきょーすけ! とりあえずみんなを集めてほしいって言ってました!」

 愛莉たちも只事でない空気を察し、真陽と一緒に研究所を出る。今井商事の会議室の鏡の前に関係者が集うと、鏡の中から再び鏡助が現れた。

「ああ、ヒトリさん。まだそちらに変化は無いですね! 良かった……」
「変化って……、一体何があったのよ?」
「それに関しては、TVを見てもらうのが手っ取り早いかと」

 るいながリモコンでTVの電源を入れる。すると、俄には信じられないような映像が、モニター越しに映し出されていた。

「速報・皇居東御苑に突然江戸城が復活。東京各地が異界化」
―—現地では、柳生幕府の御家人を名乗る、侍姿の男たちが江戸城を占拠している模様です! 通行人が日本刀のような物で威嚇されたという情報も入っており、現在も……

「秋葉原が世界樹に飲み込まれる。行方不明者多数」
―—電気街が丸ごと巨木に取り込まれ、現在もその根を八方に広げている模様です! 専門家の試算では、生長のペースから見て14日で千代田区全体がこの樹に飲み込まれるというシミュレート結果が出ており……

「東京ドリームランドが、一晩にして巨大賭博施設に変わる。マスコットは銭ゲバマウスに」
―—施設内では、違法賭博が堂々と行われ、ギャングの用心棒が取締りに来た警官に向けて発砲しています! あ、たった今銭ゲバマウスも警官の排除に加わりました! RPG-7(ロケット砲)を構えています!

 チャンネルをザッピングする度に、東京各地の異変のニュース映像が目に飛び込んでくる。こんな大掛かりなことが出来るのは『転校生』の他に、誰一人としていない。

「あんのやろー、一体何を企んでやがる……」
「あんな広範囲に魔人能力を展開できるなんて。流石『転校生』っすね……」
「私一人の為にこんなことまでしでかすなんて……見過ごせないよっ!」
「ヒトリちゃん、落ち着いて! ここでノコノコ出て行ったら、それこそ相手の思うつぼじゃない?」

 憤る者、ヒトリの身の安全を考える者、『転校生』の強力な魔人能力に、圧倒される者。反応は様々だが、鏡助は続ける。

「このように、『転校生』は各地を異界化させ、こちら側の戦力の分散を狙っているのでしょう。だから僕の方でも、ヒトリさんを守ってくれそうな魔人に何人か声を掛けましたから」

鏡助がそう言うと、魔人能力・虚堂懸鏡(きょどうけんきょう)で作られた鏡の世界を中継して、鏡の中から数名の魔人が姿を現した。

「んもう、鏡助ったら、鏡の中に入って行けば分かる、って何なのよ……、あれ? ヒトリちゃんじゃない!」
「ブルマニアンさん!?」

 まず出てきたのは、先日姫代学園で共闘した、ブルマニアンだった。すぐ後ろには、筋骨隆々でワイルドな風体の男が続く。

「正不亭巡査部長。この娘があんたの言ってたヒトリちゃんかい?」
「この方は……?」
「ああ、まずは自己紹介からだな。俺の名は遠藤ハピィ。正不亭巡査部長と同じく魔人警官だ。ハッピーさんとでも呼んでくれ」

 ハッピーさんと名乗った男はそう言って警察手帳を提示した。休日にハーレーを転がしていそうなチョイ悪系の服装をしているが、間違いなく警官だ。

「はっはっは! ひーちゃん! 久しぶりですね!! あなたのピンチに、この『最強』が馳せ参じました!!」
「げっ! 餅子じゃねーか! 鏡助のやろー、こんなトラブルメーカーにまで声をかけたのか?」
「むっ、貴方にだけは言われたくないですねぇ! トラブルメーカーの愛莉さん!!」
「うるせー! 今ここで決着をつけてやってもいいんだぜ! 餅子」
「やめなってば、愛莉。久しぶりだね、餅子」

 望月餅子。中学時代の同級生で、愛莉とは事あるごとに小競り合いをしていた、天敵と書いてライバルである。その小競り合いのとばっちりは、大体ヒトリを始めとした周囲が被るので、クラスでは「ツイン核弾頭」と呼ばれ恐れられていた。

「オレも忘れてもろうちゃ困るよ! 『はじこ』」

 ヒトリのことを『はじこ』と呼ぶ人物は一人しかいない。ヒトリは大きめの学ランに身を包んだ少女に注目する。

「嘘? 丈ちゃんまで! なんかプチ同窓会みたい!」
「みずくさいのう、『はじこ』。こんなんになっとるなら、もっと早う声をかけてくれよ」

 空渡丈太郎。学ランに赤シャツという、男装じみた見た目と態度だが、顔の造形やスタイルはかなりの「可愛い系」であり、そのギャップが魅力的な女の子だ。ちなみにそれを指摘すると恥ずかしがりながらブチ切れる。彼女は中学卒業後、広島に行ったと聞いていたが、わざわざここまで駆けつけてくれたみたいだった。

 更に数人の魔人が鏡の中から姿を見せた。彼らとは初対面、いったいどのような経緯でこの戦いに参戦してくれたのだろうか。

「初めましてですね。ヒットリサンでしたっけ? 山居先生から話は聞いていマス」
「え? もしかして伯父さんの知り合いの方ですか。初めまして、山乃端一人です」

 彼は山居ジャックと名乗った。医者であるヒトリの伯父の患者で、養子として引き取られたらしい。事情を聴くと、どうやら彼の行きつけの珈琲屋『シャーロキアン』で知り合った常連の娘が、『転校生』によって連れ去られてしまったらしい。

「星羅さんが今、どこで何をしているか……とても心配デス」
「彼女、俺の動画の大ファンだったらしくてさ。なんか他人事とは思えなくなっちゃったんだよね」

 ジャックの隣にいた背の低い少年が彼に続く。少年の名は鍵掛 錠。彼のもう一つの顔、Vtuber『棺極ロック』の名前は、愛莉たちもよく知っていて、特に最近Vtuber界隈にハマっていた皆が食いついた。

「何か嘘みたい。『棺極ロック』に、まさかお会いすることが出来るなんて……!」
「ありがとう、皆ちゃん、だったよね。スパチャも投げてくれてるなんて、少しびっくりしたよ」

 そして一番後ろに控えた老女を見るや否や、今井商事の面々の顔色が変わる。裏社会でもっとも有名な人物の一人、「大体何でも屋レムナント」の大御所、ファイ。齢89に至りながら、依然現役バリバリの、自他共に認めるスーパーババアだ。

「あんな奴らがでかい顔してちゃ、アタシたちも仕事がやりにくいからね。何より罪もない娘を殺して願いを叶えようという前提なのが気に入らない」
「まさかあんたまで動いてくれるとは……。恐ろしくもあり、頼もしくもあるっすね……」

「こらこら、儂のことも忘れてもらっては困るぞ」

 よく見るとババアの肩に人形が乗っている。否、それは人形ではなく、体長10センチ程の人間だった。大きさこそミニチュアサイズだが、豪華絢爛な刺繍の入ったドレスを身に纏い、美しく滑らかな銀髪を靡かせた立ち姿は、さながらファンタジー世界の皇帝を彷彿とさせる。

「お主、ヒトリと言ったな。かつての我が宿敵と似たような目をしている。いずれまた相まみえる日が来るやもしれぬが、今はお主に力を貸してやろう」

 鏡助の助っ人はこれで全員。しかし真陽はこの状況に違和感を覚えていた。『転校生』側の魔人達と、こちら側の魔人達の正面衝突。これはもう、『ダンゲロス・ハルマゲドン』の構図になっていないか?

「鏡助さん、一つ聞きたいんですが、『ハルマゲドン』というのは、山乃端一人が死んだときに、初めて起きる現象っすよね?」
「そうですね。ヒトリさんが存命ながらも、現在のこの状況。―—既に『ハルマゲドン』が勃発していると考えて、間違いないでしょう……」
「一体何故……?」
「恐らく、『転校生』が、かつての自分の世界で死んだ『山乃端一人』の銀時計を所持しているからだと思われます。向こうの銀時計が、既に山乃端一人の命をトリガーにして、魔人達をこの東京に集めているのでしょう」

 ヒトリ健在のまま、ついに起こってしまった『ダンゲロス・ハルマゲドン』。だが、今はとにかく各地の異変を沈めることに注力するべきだ。そんな折、ヒトリのスマホから着信音が流れてくる。見ると、相手はマイさんだ。東京各地の異変をニュースで見て、電話してきたのだろう。

「もしもし、マイさん!? テレビを見たんですね?」
「ええ、それで今、ヒトリに紹介したい人がいるの。電話変わるわね」

 紹介したい人……いったい誰なんだろう?

「あー、もしもし。あんたがヒトリさんか。初めまして。東京(オレ)だぜ」

 声の主はぶっきらぼうな若い少年のような印象だ。だが、何故だかヒトリの心拍数が上がる。何かこの声には言いしれない不気味さを感じる。

「ああ、こういえばよく分かるかな? 東京(オレ)の名は東京都 東京。あんたの敵、『転校生』だ」
「!?」

 マイさんと『転校生』が一緒にいる。恐ろしい想像がヒトリの脳内を駆け巡る。

「貴方! マイさんをどうするつもり!? 返答次第では許さないわよ!」
「マイ? ああ、待て待て、心配すんなよ。マイは元々こちら側(・・・・)だ。騙してたようで悪かったがな」

 マイさんが……「転校生(あちら)側」? ヒトリの頭の中が真っ白になる。警察内部やその関係者に、転校生の仲間がいることは分かっていたが、まさかマイさんがそうだとは思わなかった。ショックは大きかったが、ヒトリはそれを向こうに気取られないよう気丈にふるまう。

「それで、東京各地をあんな姿に変えたのは何のため?」
「大体あんたらが想像してる通りだよ。そっちも仲間が増えたようだし、束になって来られると少々うざいんでな。各エリアに配置したうちの仲間と遊んでもらう。くれぐれもバックレねぇ様にな。2時間経ったらそのエリアの人間を皆殺しにするよう指示してあるから」
「!!」

 敵の思惑に乗らず、全員で『転校生』を叩く手も想定していたが、この時点でそれは不可能となった。向こうの決めたルールで戦うしかない。

「あと、山乃端一人。あんたは俺の所へ来い。場所は希望崎学園。こちらからの決め事はそれだけだ。各エリアの人数の割り振りはそっちで勝手に決めろ」

 するとジャックが突然割り込んできた。

「星羅サンは……、瑞浪星羅サンはどのエリアにいるんデスか!?」

 ヒトリがジャックに変わって東京に問いただす。すると東京は特に言い渋る様子もなく、気前よく答える。

「ああ、今日は大サービスだ。あいつなら、秋葉原エリアにいるぜ」

 巨大な世界樹がエリア全体を飲み込みつつある秋葉原。そこに星羅は居るという。

「とにかくこちらからは以上だ。何か質問はねぇか?」
「何もない、って言いたいところだけど、一つだけ」
「ん?」
「地味に気になってたんだけど、東京ドリームランドって浦安だから思いっきり千葉(・・)だよね? もしかして……」
「じゃあな」

 電話がガチャリと切れる。余りにも緊張感のない質問で、向こうの機嫌を損ねたようだ。
 何はともあれ、『ハルマゲドン』は始まってしまった。ならばみんなの力を合わせて、勝利をつかむしかない。

「みんな、集まってくれてありがとう。これから厳しい戦いになるけど私を助けて! お願い!」

 獲物であるヒトリとの電話を終え、東京(トキヲ)は拝借したスマホをマイに返す。そしてものすごい勢いで悶え狂う!

「うわああああああ!! くっそやらかした!! 東京ドリームランドって、千葉だったの!? マジかよおおおおおお!!!」


◆  ◆  ◆  ◆


  ヒトリ達は相談の結果、『転校生』の能力で異変の起きた五か所へそれぞれ向かうことにした。秋葉原、皇居東御苑、東京ドリームランド、渋谷、そして希望崎学園。

「それじゃみんな、一人も欠けずにここへ戻ってこよう。さあ、いくわよ!」
「「「「おう!!」」」

 鏡助の鏡を中継地点として、仲間たちが各所に散って行った。
 最後に残った、希望崎行きメンバーはヒトリ、愛莉、皆、真陽の四人。ヒトリと真陽はパワードスーツに身を包み、愛莉はジェットパックを背中に背負う。ふと、愛莉とヒトリの視点が合う。

「ヒトリ、この戦い、絶対に勝とうな!!」
「うん……」

 本当はとても怖かった。命を狙われる前とは別人のような強さを手に入れたとはいえ、あれだけの力を持った『転校生』との最終決戦。掛かっているのは、もはや自分の命一つだけに留まらない。

「心配すんなって、あたしが付いてる以上、何があろうとヒトリを死なせたりしねーし! 『転校生』もその仲間も、まとめて実験材料にしてやっからさ」

  そう言って、愛莉は右手を伸ばし、ヒトリの左手をしっかりと握る。前にもあったね。私がくじけそうになった時、愛莉はこうやって励ましてくれたんだ。自然とヒトリの目頭が熱くなる。でも、今はあの時とは違う。守られるだけの、山乃端一人とは違うんだ!!

「そうね! 私がアイツをメタクソにぶん殴って、その後実験材料として提供してあげるわよ!!」

 愛莉とヒトリは駆け出し、勢いよく鏡の中に飛び込んでいった。


 ブルマニアンとハッピーさんは、変貌した渋谷の地へと降り立った。
 先進的なデザインのビル群。LEDのネオンサインと、3Dホログラムの宣伝看板。空中では縦横無尽にEVドローンが駆け回り、メカ・モヤイ像が蛍光オレンジの光を発している。
 ここは現在の科学力をはるかに凌駕したサイバーパンク・キャピタル、『機都・東京』と呼ばれる地。駅の北側にある、線路沿いの商業施設の屋上の公園に、その男は居た。

「――《Au clair de la lune,Mon ami Pierrot(月の光と、我が友ピエロ来れり) 》」

 傍らにピエロを従えたサングラスの男。彼の名は、月光・S・ピエロ。警視庁のデータベースにも、詳細な情報がほとんど記載されていない、凄腕の暗殺者。一時期は実在すら疑われていたが、今、こうして二人の前に立ちはだかっている。

「正不亭巡査部長。あいつは俺に任せてくれ。君はもう一人(・・・・)を頼む。
「へ?もう一人?」
「そこの街灯の裏に張り付いてるやつ! どんなステルス能力を持ってるのかは知らんが、気配の消し方は三流だな!」
「ペラ!?」
「え!? 何なに!???」

 街灯の柱から、薄皮を向くように紙のようなシルエットが剥がれ落ちる。シルエットは次第に厚みを増し、ペストマスクの怪人へと変貌を遂げる。彼の名はウスッペラード。何もかもが薄っぺらい男である。(←その証拠に解説も薄っぺらい)

「くう~っ!! せっかくガレージシーンでも息をひそめ続けて存在を隠し、決定的な場面で悪の大活躍してやろうと思ったのに!! 全部台無しじゃないか!!」
「いや、お前の事情なんぞ知らんし。ってかガレージシーンって何だよ」
「知らないのか!? あの有名シーンを! 下半身をキャタピラに改造して両肩にKOTOMIバズーカを搭載した仙道ソウスケが東京中のガレージというガレージを破壊して回り……」
「あ~、その話は署で聞いてやるから。正不亭巡査部長。検挙しちゃって」
「が、合点!!」

 魔人警官の雄二人が、暗殺者と怪人に勝負を仕掛ける!

 機都・東京ステージ:ハッピーさん&ブルマニアンvs月光・S・ピエロ&ウスッペラード


 東京ドリームランド。オープンから35年以上、老若男女問わず夢の一日を提供してきた一大エンターテイメントパーク。所在地は千葉県浦安市(・・・・・・)。著作権にうるさいダークネズミがオープン当初からマスコットとしてメインを張っている。
 そんな夢の国も、『転校生』の力によって醜く歪み、黒い欲望渦巻く総合ギャンブル施設へと変貌を遂げていた。無論違法な裏カジノだ。ダークネズミも銭ゲバ属性が付与されて、ぼったくり価格のフードコートで貧乏人の客を蹴り飛ばしている。

「これはひどい!! 本当にここはあのドリームランドなんですか!?」
「夢の国をここまできな臭い場所に出来るなんて、まるで悪魔の発想じゃのぉ」

 すると突然、館内放送が流れる。

「望月餅子様、空渡丈太郎様。お連れ様がお待ちです。ノースエリア、マーダーコロシアムにお越しくださいませ」

「どうやらお呼びのようじゃのぉ。相手さん、ぶち待ちきれんらしい」

 血の匂いが染みついた闘技場の内部では、敵方の魔人が堂々と待ち受けていた。

「こ、これは! ひーちゃんが何故ここに!?」
「違うぞ餅子。よう見ると若干黒い。アイツは『はじこ』なんかじゃない」

 それはヒトリに瓜二つの、浅黒い肌を持つ少女だった。その隣には、箒を傍らに携えたメイドが冷たい双眸でこちらに睨みを利かせている。

「よお、あんたらが『転校生』の仲間か。アイツの目的は知っとるじゃろ。悪いこたぁゆわん。ここはひとつ、退いてくれんか?」
「そうです! これ以上悪事に加担するならば、この『最強』が黙っていませんよ!!」

「私は誓いました。彼の宿願は私の望みでもある。たとえこの手が血塗れになろうとも、ここで退くわけにはいかない……!」
「悪いな。こちらも答えはノーだ。山乃端一人の殺害は、俺のアイデンティティーにも関わってくる問題なんでな」

 丈太郎は困ったように深いため息をつく。衝突は避けられない。ならばこちらの全力をもって、彼女らを倒しヒトリを守り抜く! 丈太郎は気持ちを切り替え、戦いのスイッチを、カチリと入れる!

「ほいじゃあ、始めようか。あとで泣きべそかいても承知せんぞ」

 東京ドリームランドステージ:空渡丈太郎&望月餅子vs諏訪梨絵&山乃端万魔


―—「御用だ!!」「御用だ!!」「首を刎ねろ!!」
 皇居東御苑では、既に戦いが繰り広げられていた。どれだけ倒そうが、無限に湧いてくる柳生の旗本御家人。対するこちらも、海賊団ゾンビの面々と、伏魔殿の小さな同胞たちが迎え撃ち、一進一退の攻防を繰り広げている。しかし、有限vs無限。戦闘が長引けば先にこちらが参ってしまうのは道理。何とかして、ここにいる『転校生』の仲間を見つけなければ―—

―—すると、天守閣の屋根に人影が見える。この距離からでも分かる、絶大なプレッシャー。

「大したもんだ。500メートル先からでも、これほどの剣気が突き刺さってくるとはね」

 ファイは感心する。そして、アヴァ・シャルラッハロートを肩に乗せ、人並み外れた跳躍力で石垣を駆け上がり、城の外壁を昇っていく。

「アンタら、ここは任せたよッ! アタシはこいつと元を絶ってくる!」
「「「「了解!!」」」」
「チュー」「ゴキー」「カナヘビッ‼」

 忍者さながらの動きで、天守閣に到着したファイは、無刀の剣客と対峙する。

「へえ、息一つ切らさずここまで登ってくるなんて、やっぱ只者じゃないんだね、おばあちゃん」
「クソガキ如きに後れを取るようじゃ、この世界ではやっていけないんでね」

 ファイは手元の杖を構える。敵の初動を見誤れば、即座に斬られると全身の皮膚が警告を発する。

「ふーん、それじゃ、試してみる? 東京君にも認められた、私の強さを!」

 五兵衛にまで至った柳生の少女が牙をむく。裂帛の剣気が空気を震わせる!

「婆さん、油断するでないぞ! あやつの力、もはや計り知れん」
「誰に物を言ってるんだい! 少々激しく動くから、アンタは振り落とされないよう、しっかり捕まってな!」

 東京柳生幕府ステージ:ファイ&アヴァ・シャルラッハロートvs柳煎餅


 それは、世界樹と呼ばれていた。

 山居ジャックと、鍵掛錠が降り立った地は、既に巨大な樹の一部となっていた。地表から伸びた太い幹は、周囲の建造物を巻き上げながら破壊し、旧い文明を浄化していった。そして人々は、新たな文明を上天まで伸びるこの大樹の内部に創り始めた。

―—彼の地の名は、樹創都市『ユグドラシル東京』

「うわー、これは流石にヤバい風景っすね。アキバの面影が全く無い!」
「星羅さん、一体ドコにいるのデショウか……」

 枝葉から樹の内部へと移り、再び星羅を探す。天然の空洞から伸びた、人口の大広間の中心に、その娘は佇んでいた。

「どうして来てしまったの? ジャックさん」
「星羅サン!!」
「シャーロキアン常連のよしみで、貴方だけは特別に助けてあげようと思っていたのに……フフ」

 星羅は表情を見せずに俯きながら、笑いを噛みしめる。これは禊だ。例えかつての知り合いだろうと「全ての魔人をこの世界から排除する」まで、私の戦いは続く。その覚悟を証明するため、私はこの気の良い魔人を殺さなければならない。

「フフ……アハハハハハハ!! 何て傑作!! 何て愚か!! わざわざ殺されに来るなんて」
「星羅サン!! ボクは貴方を迎えに来たんデス!! 貴方だって、本当ハこんな事望んではイないでショウ!?」
「私の気持ちなんて関係ない! これは誰かがしなくちゃいけない事なの! でないとまた、第二第三の私が生まれてしまう!! だから私は魔人を殺す!!」
「ダメダ星羅サン!!」
「くそっ! こうなりゃ無理矢理にでも頭を冷やしてもらうぞッ! あんたを待っている人を失望させてたまるかよ!!」

 ユグドラシル東京ステージ:山居ジャック&鍵掛 錠vs瑞浪星羅


 景色が歪み、一瞬上下左右の間隔が消える。しかし次の瞬間、四人は出口である鏡の外へ飛び出していた。

「嘘……何これ……?」

 外の世界は、ヒトリたちが知っている東京の姿ではなかった。沈むように立ち込めた黒い雲。遠雷の唸り声が空に響く。そして、見渡す限りの瓦礫、瓦礫、瓦礫―—
 微かに立ち込める饐えた生臭い臭い。破壊しつくされた建物の残骸の中で、一際目立つ崩壊したビル。その上に立つ、ヒトリの、愛莉の最後の敵。

―—地球最大の脅威、多田野精子の襲来により、徹底的に破壊しつくされた東京。人類軍との戦いは、熾烈を極めた。

―—人類軍の必死の抵抗の結果、精子群の殲滅には成功したが、世界はわずか0.1%の人類を残すのみとなってしまった。

―—そして、東京(オレ)が生涯ただ一人、愛した女も逝ってしまった。

―—原初の地獄。東京(オレ)の始まりの世界。それがここ、「終都・東京」だ。

 不敵な笑みを浮かべ、四人を見下ろす東京(トキヲ)。傍らにはマイこと、端間一画が控えている。

「うるせー! てめーがどーゆー境遇かだなんて、こちとら全く興味がねーんだよ!」
「そうよ、肝心なのは、あんたがヒトリちゃんの命を狙っているってこと。そして、私はそれを許さないって事だけよ!!」
「いいね。戦いの理由なんて、そんなもんで充分だ」

 東京(トキヲ)は一歩前に歩を進め、瓦礫の上で四人を見下ろす。

「来いよ。東京(オレ)の全てで相手してやる」

 先駆けて皆の口から放たれるレーザー。出力全開で放てば、容易く鉄の柱を溶解させ、コンクリートを沸騰させる高熱の収束エネルギー。彼は左手をかざし、その熱線を掌で容易く受け止める。

「無限の……防御力……ッ!」
「マイ、下がってろ。この流れ弾はやべぇぞ」

 東京(トキヲ)はマイを下げ、「一画方」による後方支援に専念させる。転校生でなく、戦闘型でもない彼女にとって、ヒトリ側の攻撃は悉く命に届く。

「うおおおおお!!」
「やあああああ!!」

 パワードスーツを着たヒトリと真陽が同時に襲い掛かる。筋力を底上げするパワードスーツの影響で、二人はほぼ一足飛びで敵との間合いを詰める。マシンガンのような怒涛のラッシュが、東京(トキヲ)の全身に穿たれる。「ダメージを受けない」のは、「重い」という事ではない。東京(トキヲ)の身体はラッシュによって大きく吹き飛び、舞台の上から引きずり下ろされる。

「いいおもちゃ、持ってんじゃねーか」
「あたし謹製だ! ついでにこれもゆっくり味わえ!」

 ジェットパックを背負った愛莉が、上空からマイクロナパームを撃ち出す。ナパーム弾は東京(トキヲ)の頭上で弾け、炎の滝が真下目掛けて降り注ぐ。

東京(トキヲ)、前よ!」
「くっ!」

 マイの指示で、東京(トキヲ)は前方へ頭からダイビングする。間一髪でナパームの炎を躱し切る。

 『転校生』ならば、炎そのもののダメージは無視できる。しかし、燃焼によって大量の空気を失うことになるのはまずい。酸欠状態になり、意識を失ってしまうからだ。一方こちらの近接組の二人は、酸素供給機能のあるフルフェイスのマスクによって、短時間ならば炎の中でも活動が可能だ。即ち、その差が彼らの数少ない勝機となりうる。

「何とかして、あいつの動きを止めないといけないっすね……!」

 最終的な勝利条件は、真陽の超速直線運動を『転校生』に叩き込むこと。「人や物の時間を停止させる」事が出来る彼女の能力ならば、いかに防御力が無限だろうと関係ない。但し、人や物を完全な停止状態にするには、最低でも三秒は必要だった。

「いい、あのナパームは水をかけても炎が消えない油脂性。間違っても直接喰らわないようにして。それと、重い攻撃、早い攻撃は外すこと。燃焼地帯へ叩き込まれるわよ」

 セコンドは優秀だ。いち早く攻撃特性を理解し、対応してくる。敵に回すと厄介なのが『一画方』という能力なのである。

「皆!十字砲火で牽制だ! 敵本体じゃなく周囲の瓦礫を撃て!」

 愛莉と皆が東京(トキヲ)の足元目掛けて地面をえぐる。砕けた瓦礫の砂埃が、視界を遮る。そこへヒトリが沈み込み、横薙ぎにその足を払う。

「今よ! 愛莉!」
「危ない!東京(トキヲ)!」

 再びマイクロナパームの炎が、体勢を崩した東京(トキヲ)に降り注ぐ。炎に包まれる直前、東京(トキヲ)は地面を殴りつけた!

無限の攻撃力の片鱗を見せたその攻撃は、大地を揺らし、大爆発を起こす。爆圧によって炎は中空で舞い、放射状に飛び散る。またもやギリギリのところで炎を回避した転校生。しかし——

「これで詰みっすよ!! 転校生!!」

 『超速直線運動』最高スピードで真陽が東京(トキヲ)の身体に抱きついた。もつれるように地面を転がる二人。愛莉のパワードスーツのおかげで、この無謀なタックルを、見事に決めて見せることが出来た。

―—ワン

―—―—ツー

――――——スリー!

 これにてフォール勝ち。転校生の動きは止ま―—


 メキリ。


 あばらの砕ける嫌な音が響く。1インチの距離から放たれた東京(トキヲ)の拳が、真陽の脇腹を陥没させる。

「ぐ……ああ……!!」

 真陽が激しく悶絶する。腑に落ちない。だが、何よりも驚いて居たのは、他ならぬ東京(トキヲ)自身だった。

「何故だ。何故コイツの魔人能力が不発に……?」

 東京(トキヲ)はゆっくりと起き上がり、自身の状況を確認する。すると、懐にしまっておいた銀時計から声がする。訝しげに銀時計を出すと、中から悪魔の声が響き渡る。

「久しいな。東京」
「ちっ、テメェの仕業か、コレは」

東京(トキヲ)は唾を吐き悪態をつく。声の主は、山乃端一人の死後、銀時計の中に入り込み、今現在も山乃端一人の魂を掌握している獄魔。名前はなく、周りの人物からはジョン・ドゥと呼ばれている。彼の魔人能力、「大公爵」の権能の中に、接触中限定で魔人能力を無効化する能力がある。真陽が東京(トキヲ)に振り解かれるのを避ける為、激しく密着したその結果、接触した銀時計を介して無効化能力が発動したのだった。

「なに、余りにも多勢に無勢だったものでな。見かねて一手、手助けをしてやった。我が恋敵よ」
「余計な事してんじゃねぇよ。ガチンコ勝負に水を差しやがって」
「我が花嫁の復活は、我の望みでもある。だが、チャンスを与えるのは一度だけだ。コレをものに出来ぬようならば、貴様に恋敵としての資格はない。我は花嫁と一緒に、地獄へと戻ろう」

 ジョン・ドゥはそう言うと、再び銀時計の中に姿を消した。東京(トキヲ)はそれをしまい込む。そして横たわる真陽を一瞥し、止めを刺そうとするが、ヒトリがそれを遮るように立ちはだかる。

「東京都 東京。貴方に一対一の勝負を申し込むわ!」
「何だと?」

 ヒトリは東京(トキヲ)に信じられない提案を持ちかける。

「待てよヒトリ。どうしたんだよ急に!?」
「ヒトリちゃん!? 何を言ってるのよ!!」

 愛莉と皆は困惑する。現状、『転校生』に通じる攻撃手段は、酸欠状態に陥れる愛莉のマイクロナパームのみ。今のヒトリに彼を打倒する手段は存在しない。それだけで、彼女が何を考えているのかが手に取るように分かってしまう。

「元々私と貴方で始まった戦い。最後は二人で決着をつけるの。コレなら恨みっこ無しでしょ?」
「てめぇ、自分が何言ってるのか、本当に分かっているのか?」
「ええ。だから頼みがある。仮に私が負けたとしても、みんなには手を出さないでここを去って。貴方は目的を果たせるんだから、それでいいでしょ?」

「ヒトリ!!!」
「ヒトリちゃん!!!」

 昔からそうだった。こいつ、普段は臆病なくせに、肚を決めたらどこまでも突っ走る危なっかしいやつなんだよ。特に、他人のために動くときとかさ。だから、あたしがいなきゃダメなんだよ。なのになんで、一人で戦おうとするんだよ。ばかじゃねーの?止めてくれよ!

 ヒトリは愛莉と皆に優しく微笑む。

「大丈夫。パパっとやっつけて来ちゃうからさ。ちゃんと応援しててね」

 この時のあいつの笑顔があまりにも気高くて、止めることが出来なかったこと。あたしはこの先一生、後悔することになるだろう。多分皆も、あたしと同じ気持ちなんだ。だから、私も皆も次の言葉が出ない。どこまでも逃げようなんて、とても言えない。

「東京都 東京! 返答は!?」
「……ああ、約束しよう。東京(オレ)はお前を手に入れたのち、この世界を立ち去ることにする」

 『転校生』が約束を反故にすることはあり得ない。「嘘を付けない」という、呪いじみた制約が彼らを縛るからだ。転校生からこの言葉を引き出した時点で、ヒトリの心はスッと軽くなった。後は私の全てを、目の前の敵にぶつけるのみ。

「……交渉成立ね。勝負よ! 転校生!!」

 ヒトリが駆け出す。万に一つの勝ち目もない戦いへ。


◆  ◆  ◆  ◆


(皆、提案があるんだ。あいつを倒すために、死んでくれないか?)

(成功するかどうかは分からない。けれどあたしのバカなのーみそじゃ、この方法しか思いつかなかったんだ)

(……いいよ、愛莉ちゃん。元々ヒトリちゃんにもらった命だもん。ここで使い潰すのに、後悔は無いよ)

(二人とも……何を言ってるんすか……。そういう美味しい役目は、私に任せるっすよ……)

(真陽さん、あんたも大概だよな。そのまま大人しく倒れていれば、命までは失わずに済むのに。でも、本当に助かるぜ)

(ここまで……一緒にやってきた仲じゃないっすか……。水くさい真似は無しっすよ……)


◆  ◆  ◆  ◆


 ズタズタに引き裂かれたパワードスーツ。潰された左目。折れた骨が皮膚を突き破る左腕。そして、彼女の全身を赤く染め上げる血溜まり。〇分後の死が約束されている。瓦礫の柱に寄り掛かり、山乃端一人は、既に虫の息だった。

(ちっくしょー。やっぱだめか……)

「これで終わりだな。山乃端一人」

(悔しいけど、そうみたいね)

 もはや声を出す気力もない。呼吸を繋ぎ止めるのに精一杯だ。

東京(オレ)の世界の山乃端一人も、あんたみたいな無鉄砲な奴だった。無鉄砲で、勇敢で、誰よりも優しい。特に仲間のために動こうとする時なんて、あんたとそっくりだったぜ」

 東京が私の知らない山乃端一人の話をする。その人と私は別人だけど、そっくりなところもあるんだね。何だかこそばゆいや。

「だからあんたとは、きっと気が合う。あんたはあいつと混ざり合って、一つになるんだ。だからさようなら。ヒトリ」

 東京(トキヲ)は自分の銀時計を取り出す。ジョン・ドゥによって繋ぎ止められた山乃端一人の魂。それを死んだヒトリの身体に埋め込み、彼の世界の山乃端一人として、復活させる。
 東京(トキヲ)の傍らにいるマイも、複雑な表情でヒトリを見る。別に彼女に恨みがあったわけじゃない。だけど、かつて失った山乃端一人の復活のため、どうしてもヒトリの死が必要だったのだ。

 東京(トキヲ)が最終宣告を告げる――

「最期の時だ。ヒトリ」

「させるかあああああああ!!!!!」

 地面スレスレの低空飛行。まるでホバークラフトの様な機動でヒトリの身体を抱き留め、そのまま転校生との距離を取る。

―—強化改造用カプセルラボラトリー【アイリ・ラボ】!!

愛莉は魔人能力を発動し、小さな研究所(ラボ)が出現する。転校生は即座に追いかけようとするが、研究所(ラボ)と転校生の間に割って入る人影が二人。谷中 皆と有間 真陽だった。

「ま、まだ……勝負の途中っすよ……! 転校生」
「愛莉ちゃんに足止めしとけって言われたの。ノルマは10分。何としてもあんたを止める!」

「無駄だ。山乃端一人はもう助からない。無駄死にになるだけだぞ」

「そんなこと、分からないでしょうがあぁぁぁ!!!」

 文字通り捨て身の足止め作戦。結果的に愛莉は貴重な10分を手に入れることとなる。


 研究所(ラボ)の作業台に横たわるヒトリ。意識を失い、呼吸も荒い。もう何分も持たないだろう。

「ヒトリ、ごめん。あたしはこれからヒトリを改造する(・・・・)。人間やめることになっちまうけど、それでもあたしはヒトリに生きていてほしいんだ。だってあたしは、天災マッドサイエンティストだしな」

―—だけどヒトリだけに辛い思いはさせたりしない。

―—人間やめるなら、あたしも一緒だ。

 設計図は既に完成している。ヒトリの隣に横たわった愛莉は願いを込めて、リモコンのボタンを押す。人間を効率よく解体する助手ロボットの集団が二人を囲み、強化改造手術を開始した。


◆  ◆  ◆  ◆


「んー……よく寝た」

 ヒトリは大きく体を伸ばし、起き上がる。辺りを見渡すと、お馴染みの研究所の中だった。しかし室内はしんと静まり返り、人の気配はない。

「愛莉の奴、どこ行ったんだ? いつもならあそこで機械いじりしてんのに……」

 ヒトリが視線を移した愛莉の定位置には、彼女のジェットパックが置かれていた。よく見るとどことなくデザインが変わっている。そういえばこれ、未完成品だって言ってたっけ。もう完成したのかな?

「愛莉と真陽さんが来るまで、私も筋トレ始めるかな。『転校生』との戦いも近いし」

 違う。そうじゃない。

 私は転校生と戦って、既に敗れている。

 指一本動かせない、瀕死の重体。その傷はどこに?

 ヒトリは自分の身体を確認する。アンダーに着込んだパワードスーツ、否。これは私の身体の一部だ。強靭な人工筋肉と特殊合金製の人工の身体。それが今の私、ヤマノハヒトリだ。

「嘘……でしょ……?」

 こんな事が出来るのは一人しかいない。天災マッドサイエンティスト、徳田愛莉だ。あんにゃろう、私の身体を勝手に改造しやがって。どこに行きやがったんだ!? まだお礼も言ってないじゃん! 私のこと、必死で助けてくれたんでしょ!? 隠れてないで出てきてよ!!

―—ふと、彼女の気配がした。

 振り向くと、あのジェットパックが淡い光を放っていた。多分これ、完成してるんだよね。
 起動ボタンを見つけ、かちりと押す。『無限』属性ハイブリッドエンジンに火が入り、淡い光が輝きを増す。そして、ヒトリの背面が自動で開口し、ジェットパックがドッキングモードに入った。
 本体接続シークエンス。モード、オンライン。対転校生型統合武装システム「エーデルワイス」、「ヤマノハヒトリ」ver1.01とのドッキングを開始します。

 ヒトリの背中の端子と、ジェットパックが一つになり、大波のような情報が押し寄せる。その中でヒトリは、馴染んだ声との再会を果たす

(よう、ヒトリ。問題なくドッキングは出来たようだな)

(愛莉、いったい何なのよ、これは。最初から説明してちょうだい)

(締め切りがもう近いんだ。かいつまんで説明するぞ。まず、このジェットパックが、今のあたしの本体だ)

 よし。初手から意味が分からない。分からないのでスルーして続けてもらう。

(もともとあたしは、対転校生用にこのジェットパックを開発していた。転校生の大きな特徴として、無限の攻撃力と防御力があるだろ。コイツはあれを攻略するための装備なんだ)

(無限の攻撃力と防御力。実はあれは無限でも何でもないんだ。その証拠に、転校生の攻撃、核爆弾と比べたら破壊力も大人しいもんだし、防御力にしたって、転校生の皮膚がとても硬い訳じゃないだろ)

(けれど転校生の攻撃は、あらゆる守りを貫通し、その防御は、いかなる物理攻撃も通さない。実を言うと、あれはそういう「属性」の攻撃なんだ)

(相手の攻撃や防御に応じて、常に特効の攻撃や防御を選択する。子供のじゃんけんにおける、グーチョキパーの禁じ手。それが『無限』属性の正体だ)

(だがそれを人の手で再現するとなると、超々高度な演算処理が必要となる。それこそ、天災マッドサイエンティスト級のな)

「まさか愛莉、このジェットパックの中に……」

(ご名答!! このジェットパックの中には、あたしの生体脳が丸ごと入ってる。つまり、今のヒトリは、『無限』属性の攻撃を繰り出せる、まさしく人工転校生と言っていい状態なのだ!! わははははははは!!!!)

 こいつバカだ。ためらいなく自分のことを改造しやがった。今日ほどヒトリは愛莉のことをそう思ったことは無かった。

(まーお互い人間やめることになっちゃったけどさ、これからも仲良くやろーや)

「分かったわよ。どっちみち、こうでもしなきゃあの転校生は倒せそうもなかったし、最後まで付き合ってもらうわよ! 愛莉!」

(かしこまっ!!)


 それは奇跡だった。真陽と皆は、満身創痍になりながらも、見事10分間、アイリ・ラボを守り切って見せたのだ。復活したヒトリの姿を見て、二人はほっと胸をなでおろす。

「し……しんどかったっすよ……。この10分」
「ヒトリちゃん……、勝算は、あるんだよね!?」

 疲労困憊、ダメージ過多。転校生がいなけりゃ、即座にその場にへたり込みたい気分だ。

「もちろん。今度こそ、あの転校生をぶっ飛ばしてしてやる!!」

 対転校生型統合武装サイボーグ「ヤマノハ・エーデルワイス」ver1.01。作戦開始!

 ヒトリが牽制のビームを二連射する。東京は意に介さず、それを弾き飛ばそうとする。しかし——

「駄目!!避けて!!」

 マイの咄嗟の叫びに、東京(トキヲ)は素早く身を翻す。だがその熱線は、微かに転校生の皮膚を焦がす。

「攻撃が……通るだと……?」
 敵の攻撃で血を流したのは、いつ頃ぶりだっただろうか。久々の感覚に、、東京(トキヲ) は不思議な高揚感が湧いてきた。

「おもしれーじゃねーか。やっぱ戦いはこうでなくっちゃな!!」

 『無限』属性という、転校生と同等の力を手に入れたヒトリ。だが、戦いの様相はとても同等のものとはいかなかった。

「おかしい……何故だ……?」

 パワーで打ち負ける。スピードで競り負ける。そして何より火力で負ける!

「くそっ! そういうことかよ!!」

 転校生同士の戦いは、お互いの「属性」攻撃が相殺されるため、純粋なフィジカルスペックが勝負の決め手となる。戦闘経験値こそ東京(トキヲ)が勝るが、その他全てのスペックは一人の方が上。だって単純な話、愚かな人間vs研鑽を積んだ戦闘用サイボーグの構図になってしまっているのだから!

「畜生……この東京(オレ)が……負ける……?」

「貴方と書き手の敗因は、たったひとつ(・・・・・・)よ。東京。たったひとつ(・・・・・・)の、単純(シンプル)な答えよ」

「もうエピローグを書かないと、間に合わないの!!」

「ヤマノハ・エーデルワイス」の鉄拳が、『転校生』東京都 東京のこめかみを撃ち抜く。
マイの機転で辛くも離脱し、敗走する東京。薄れゆく意識の中で、彼は思う。

「もっとだ……もっと強くならなきゃ……!!」

 それは、書き手の心の叫びとリンクしていたのだった。


◆  ◆  ◆  ◆


 本当は、入れたかったんだ。

 ほかの戦場の戦いとか、警察サイドの混乱とか。

 本当は、入れたかったんだ。

 日常パートとか。皆のクレイジーサイコレズ展開とか。

 本当は、入れたかったんだ。

 PCキャラ全員とか、せめてちょい役でも。

 けれど今はこれが精いっぱい。本当にごめんなさい。

 参加者の皆様に、愛をこめて


◆  ◆  ◆  ◆


 梅の花がほころび、間もなく季節が切り替わる。
 ここ姫代学園も、年度末に残した行事は修了式のみ。今日も一日の授業を終えた生徒たちが、三々五々帰途につく。
 そんな放課後の校門前を、三人の女生徒が駆け抜ける。

「おい待て愛莉ぃー! 今日という今日は許さないんだから!!」
「いいじゃん! その左腕の新兵器、ちゃんと可愛さ重視でカスタマイズしたんだぜ!!」
「まず他人の身体を勝手に改造するなっつってんだよ!! 皆ちゃん! アイツ捕まえて!」
「ジェットエンジンと蝶の翅じゃスピードが違い過ぎるよ! ヒトリちゃん!」

 女生徒のうち、一人はジェットパックだった。だけど最近は自己改造を繰り返し、人間形態に変形できるようになっている。そして、相変わらずの天災トラブルメーカーだった。

 女生徒のうち、一人はサイボーグだった。強靭な人工筋肉と特殊合金製の人工の身体。だけど変わらず、明るく元気だ。

 女生徒のうち、一人はフェアリーだった。サイボーグ少女にほのかな恋心を抱く、可愛らしい少女。けれど暴走癖があるのが、玉に瑕。

 これからも彼女たちはトラブルを起こし、トラブルに巻き込まれるだろう。再び転校生に襲われる日が来るかもしれない。印度ペニ蔵以上の変質者に襲われるかもしれない。

 けれど大丈夫。だって彼女たちは、最強のトリオなのだから。絆的にも。火力的にも。
最終更新:2022年04月23日 23:35