一.
ピンチになると、ヒーローが助けにきてくれる。そんな甘い幻想を抱いていたわけではない。
だけど、その人は真夜中の闇に溶け込んだ、大きな影だった。
それがテレビの中でよく見た人だと気づくよりも先に、「なんだか悪そうな見た目だな」と思う方が早かった。
別段、不良やヤクザみたいな風貌だったわけでもない。
西部劇に出てきそうな真っ黒なガンマンの衣装を着て、これまた真っ黒なペストマスクで素顔を隠した姿だった。確かに反社会的と言えなくもないが、「悪そう」だと思ったのはより単純な理由からだ。
その姿は誰かがピンチのときに助けに現れる、そんなヒーローとは真逆の、むしろヒーローに倒される側の怪人だった。
「お嬢ちゃん……名前は?」
「な、何ですか貴方は……」
その人は私の目の前で男を丸呑みにした。
ついさっき、私の命を狙っていた連中だ。
残った一人も足蹴にして、私の方を振り向いた。
私はその人を正面から見据える。
目の前の怪人は私にとって敵か味方か。今この瞬間は、それだけが大事だ。
「お嬢ちゃんの名前は?」
また名前を問われる。
私は答えられない。ただじっとその姿を捉える。荒い呼吸を整えながら、その人の姿を見る。
「……」
「……名前は?」
「……『山乃端一人』」
その人もまた私をよく見ていた。こちらの返事をただ待ってくれていたようだ。
今、顎に手を当て、ペストマスクの向こうからじっくりと観察している。
「そうか。じゃあ『山乃端一人』さん。一つ質問がある」
「何よ……」
その人はゆっくり立ち上がると、確かにそのくちばしをにやっと歪めた。
「オレと一緒に「悪いこと」をしてみないかい?」
私を助けたのはヒーローなんかじゃなかった。
二.
山乃端家は名目上の旧家だ。
古くから続いていることには違いないが、由緒はない。
血の繋がりがなく、彼らは寄せ集めの集団だ。
それは都内で百年以上にわたって続く奇習・因習である。彼ら家族は「山乃端一人」という呪いを隔離するために集められた偽物の家族に過ぎない。
それゆえ、「山乃端一人」が代替わりすれば新たな山乃端家が用意され、また家族ごっこを演じ始める。
全ては魔人能力「山乃端一人」の被害を最小限に抑え込むための試みだ。
ひとたび「山乃端一人」が死亡すれば、それが起こす損害は計り知れない。その被害を最小限に留めることが山乃端家の存在理由である。
山乃端二人もまた、当代「山乃端一人」の妹役だ。
良き妹として、精神面でのサポートや日常における世話を任されているが、真の役割は「山乃端一人」の監視である。
だが、ここ最近は特に「山乃端一人」の行動がわからなくなってきている。
「もうどこに行ってたの、お姉ちゃん。出掛けるときは一緒にって約束だったじゃない」
「そんなの大丈夫だって、ただいま」
「山乃端一人」の帰宅と同時に、また何度目になるかわからない家族ごっこを演じる。
妹らしく嘆息し、山乃端二人は咎めるような視線を送る。姉である少女もまたバツが悪そうにする。
「ちょっと出掛けてただけ。全然平気だったよ。」
「山乃端一人」はどこかはぐらかすように返答する。
山乃端二人は視線を切らずに目の前の少女を観察する。
至って普通の少女だ。年齢は15歳。実年齢で言うなら年下である。
死ねば周囲を混乱と陰惨な戦いへと陥らせる「山乃端一人」の呪いを背負わされながら、この年でよく役目を務めていると思う。
元々聞き分けの良い子だ。ところが最近は必ずしもそうとは言えなくない。
「本当に大丈夫だと思う?今は一人で行動するのがとっても危険だって知ってるでしょ」
「わかってるよ。ふーちゃんは心配性だなあ。本当に何もなかったって」
そっけなく言い捨て、「山乃端一人」は2階の自室へ駆けて行く。
ここ最近、「山乃端一人」を抑え込むことが出来なくなっている。正確には「山乃端一人」役の少女の行動をだ。
山乃端二人には、彼女の行動を強制的に制限することが出来ない。あくまで彼女の任務は監視と報告だ。
お互いに本名を知らない。
「山乃端一人」は「山乃端一人」と名乗らなければならない。
「山乃端一人」は家族により守られなければならない。
課せられた数ある制約が、山乃端家と「山乃端一人」という歪な家族ごっこを形作る。
だが、家族ごっこといえども、全ての感情を排して数年も続けられるはずがない。
今回の「山乃端一人」の態度は動機がハッキリしている。それが反抗期などと生優しい理由ならどれほどよかったかと山乃端二人は考える。だが、大勢の命に関わる話である以上、これ以上「山乃端一人」に勝手を許すわけにはいかなかった。
「おかえりって言い忘れたな……ひーちゃん」
◇
妹との些細な口論を撒き、「山乃端一人」は自室の鍵をかけた。そして正面に置かれた姿見に目をやる。
鏡面には油性マジックで「バカ」と書いてある。使用人が掃除の度に取り替えるのだが、何度取り替えても「山乃端一人」が「バカ」と書くので、ついにはそのまま放置されるようになった。
鏡を覗き込むと、そこに写る顔はいつも嫌そうな表情をする。それがおかしくて「山乃端一人」は毎日鏡を覗き込む。彼女にとって面白いことといえば、唯一それだけだ。
シーツで姿見を隠すと、少女は鞄を開けた。
「じゃあ外に出すけど、騒いだりしたりしないでね、ウスッペラードさん」
鞄の中からペラペラの紙が滑り出る。
等身大の大きさの紙がコンパクトに折り畳まれていたものが、鞄の中に入っていたのである。
紙はパタパタと展開する。一度開き、また開き、折り目から触手が飛び出すと、ウネウネと蠢き始める。
瞬く間に、その場に身長2メートル程の大男が姿を現した。
全身真っ黒なガンマンの衣装を着て、これまた真っ黒なペストマスクを被っている。
どう見ても怪人だった。
「ペーラペラペラ!!どうやら無事にこの家に潜入できたようだなあ!!」
「ウスッペラードさん!!声デカい!!」
怪人は少女の静止も聞かずに呵呵大笑する。
「ペーラペラペラペラ!!」
「ウスッペラードさんっ!」
巨大な怪人が自分の部屋で大きな声で笑う。
非現実的な光景に「山乃端一人」は頭が痛くなる。
やはり怪人など拾って帰るべきではなかった。「山乃端一人」は既に自分の行動を後悔しつつあった。
「ヘッヘッヘ……悪ぃ悪ぃ。窮屈なところにいると気分まで閉塞しちまうからな。解放されるとどうしてもテンションが上がっちゃうのよ」
「もう……声は抑えてって言ったじゃないですか」
「ハハ、オレは薄っぺらだからな。口約束は守らんよ」
怪人は身を屈めてニッコリと笑う。
この男の言うことは信用できないと、「山乃端一人」はそう思った。
二人の出会いは今日の夜。ついたった今のことだ。
「山乃端一人」が公園で悪漢たちに襲われていたところを、たまたま通りかかったウスッペラードが助けたのである。
彼は悪漢たちを丸呑みにした。
ただ丸呑みにしただけではない。そればかりか、口から彼らを吐き出しもした。吐き出された彼らはペラペラの紙に変わってしまっていた。
そして、紙にされた悪漢たちを紙飛行機にしてどこかへ飛ばしてしまった。
最初は特撮怪人のコスプレかと思った。
ウスッペラードといえば、特撮番組に出てくる怪人だ。よくヒーローに倒されている。
夜中の公園でそんなものを見かけても、普通はコスプレだと思うだろう。
しかし、悪漢を捕食し、紙にしてしまうに至って、ようやく彼女も目の前の怪人が本物なのだと理解せざるを得なくなった。
それから怪人は「わるいこと」をしようと持ちかけた。
具体的に「わるいこと」とは何か、「山乃端一人」はその場で確認をした。しかしウスッペラードもウスッペラードで特に何も考えていなかったらしい。
なんとも行き当たりばったりな悪人だと思ったが、命の恩もあるため、その場で「わるいこと」とは何かを15分ほど話し合った。
結論としては「とりあえず怪人を家族に黙って自室に連れ込めば悪いことをしてるのでは無いか」という戦闘員Aの意見を採用することになった。
戦闘員がどこから湧いてきたのか、「山乃端一人」は気になって仕方なかったが、怪人がいるのだから戦闘員もいるのだろう。
そう言う経緯で「山乃端一人」は家族に黙って怪人を拾うという選択を採った。
「ところで今から何します?怪人ってゲームするんですか?」
自室にあるゲーム機を起動させる 。声をかけながら、「山乃端一人」は怪人の姿をしげしげと眺める。
それにしても、と思う。この怪人は何者なのか。
コスプレでないとしたら本物だろうか。怪人というのはテレビの中でしか見たことがなかったが、まさか現実に存在して、こうして会って話までしてくれるとは。
というか、怪人を家に上げてしまってよかったのだろうか。
ああ混乱が頭をもたげる。「山乃端一人」はそんなことを考えた。
「……ウスッペラードさんって、怪人なんですよね」
「おう、怪人でなんか悪いかよ」
「じゃあ、貴方はテレビから出てきたんですか?」
少女がコントローラーを渡しながら問うと、怪人は面白そうに笑った。
ペストマスクの癖に、よく笑う嘴だ。
「山乃端一人」は怪人に無断でレースゲームを開始する。
スタートダッシュでウスッペラードは「山乃端一人」に遅れる。
「ブハっ!そしたら例えば、お嬢ちゃんは街中で俳優を見かけたら、そいつをテレビから出てきたって思うのか?」
「少なくとも貴方に関してはそのように見えます」
「ハハハッ!もしかしてオレの番組見てくれてんのか?」
コーナーに差し掛かると、ウスッペラードは「山乃端一人」を追い抜いて首位に立つ。
が、次の瞬間には「山乃端一人」が投げ捨てたバナナで転倒した。
「毎週見てますよ。こう見えてファンです」
「おっおお、そりゃ光栄だね」
「怪人の癖に意外とゲーム弱いですね」
レースゲームは最終的に戦闘員Aがぶっちぎりで一位になった。
「山乃端一人」は戦闘員のことが気になって仕方なかった。
ウスッペラードは戦闘員を丸呑みにする。
「あー……普段ゲームしねぇんだよなあ。なんか別のことしねえ?」
「何しますか?ボードゲームなら大体ありますよ」
「とりあえず、なんで命狙われてたか話してくんねぇかな?」
怪人は意外と観察力があるのかもしれないと「山乃端一人」は思った。
命を狙われている。今の彼女の状況を一言で的確に言い表すのに、それ以上の言葉は必要ない。「山乃端一人」は何者かに命を狙われている。
怪人はその事実をすでに看破し、そして彼女の抱える背景にその遠因があると予測していたのだろう。
「おぉ……怪人というのは何ともまぁ存外に勘が良いんですね」
「そこはまあホラ、オレって悪人だからそういう他人がなんか隠してるとかに敏感なんだよね!」
「はは……でもこれは家の事情だからあまり他言できないんです」
少女は事情を話すことをやんわりと断る。
怪人を家に連れ込んだのは好奇心からだ。決して家の事情を誰かに話したかったわけではない。だからここで少女は境界線を引くことにした。
だが、怪人は少女を見下ろすと、また嘴を歪めてニヤリと笑った。
「じゃあ、お嬢ちゃんはどういう魂胆で怪人を連れ込んだ?」
「……」
「言えよ。悪さってのは一人じゃできねえもんだ。オレが一緒に悪さをしてやる」
境界線の手前で、少し火遊びがしたかった。
それだけだった。
だけど、怪人は嘴を歪めて笑った。少女も笑った。
「じゃあ……悪だくみでもしましょうか」
変な怪人を拾ったものだと「山乃端一人」は思った。しかしまさかこの後、怪人を家で飼うことになる事態になるとは、思いもしなかったのだった。
三.
4歳の時に両親が亡くなった。
天涯孤独になった私の前に現れたのは、年上の女の子だった。
どこかの国のお姫様のような、ふわりとした長い髪だった。
「あなた、とても気に入ったわ」
「お姉ちゃん、だあれ?」
どんな顔だったか、今でもハッキリ思い出せる。
「大丈夫よ。もうすぐ新しい家族が出来るわ。そこで幸せに暮らせる。きっと、とても素敵な人たちよ」
そいつは微笑んだ。一体なにが面白かったのか、今になってもわからない。
「私は「山乃端一人」。あなたには16歳の誕生日まで、私になってもらうわ」
「ちょっと良くわからない」
「この銀時計をあげる。だけど約束して。きっと幸せになるって」
少し考えた。
両親のいない私は、あまり幸せじゃなかったからだ。
でも、今が幸せじゃなくても、新しい家族をくれるというのなら、いつか「幸せ」になれるんじゃないかと思った。
「じゃあその銀時計をもらってあげる」
それ以来、私は「山乃端一人」になった。
◆
- 「山乃端一人」は「山乃端一人」として扱われる
- 「山乃端一人」は「山乃端一人」と名乗る
- 「山乃端一人」は銀時計を持つ
- 「山乃端一人」は学校に通う
- 「山乃端一人」は家によって守られる
- 「山乃端一人」は東京の外に出てはいけない
- 「山乃端一人」から半日以上目を離してはいけない
少女は怪人に秘密を口にする。
全て話したわけではないが、それは「山乃端一人」を背負う者が抱える制約だった。
当の怪人であるウスッペラードは、あまり良くわかってないのか少し眠たそうに話を聞いている。だが、一度心を決めた少女は構わずに話し続ける。
「私は「山乃端一人」ですが、そもそも「山乃端一人」というのは個人名ではないんです」
「えー……つまりお嬢ちゃんの本名は「山乃端一人」じゃない……?本名は別にあるってことか?」
怪人の質問に、少女は首肯する。
本当に、この怪人は薄っぺらな態度と無責任な発言に反して、他人の話だけは意外としっかり聞いているようだ、と少女は感心した。
「はい。私は4歳のときに「山乃端一人」の役目を継ぎました。より正確に言うなら、魔人能力「山乃端一人」の被対象者になったんです」
「"役"ってことか?お嬢ちゃんは「山乃端一人」の役を演じている……?」
少女は頷き、「山乃端一人」は呪いである、と続ける。
その正体は魔人能力だ。
「山乃端一人」が死亡したとき、その周辺を相争わせる。
「かつて過去に「山乃端一人」という少女が実在したことは確かなようです。この能力がそのオリジナルのものか、はたまた他の誰かの能力かはわかりませんが……。おそらく能力者自身は既に死亡してると考えられています。が、「山乃端一人」が死ねば周囲で戦いが起こることは、これまで山乃端家が経験的に証明してきた事実です」
山乃端家はこれまで何度も滅んできた。
「山乃端一人」が死ねば戦いが起こり、そしてまた新たな「山乃端一人」が現れる。
その度に新たな山乃端家が用意される。
家族に血のつながりはない。
「よくわからんからキャッチボールしながら話そうぜ」
「えっ。あぁ、……ああ、はい」
「じゃあ、はい」
ウスッペラードの嘴が八つに裂け、クリーチャーのように口から紙を吐き出す。
ペラっと一枚の紙が排出され、それは触手の器用な動きで瞬く間にバスケットボールに組み立てられた。少しカクカクしてる以外は、いたって普通のバスケットボールだ。
ウスッペラードはカクカクしたバスケットボールを「山乃端一人」に手渡す。
「山乃端一人」はカクカクしたバスケットボールを投げる。やたらと紙毬のような感触だったが、意外と普通のバスケットボールと同じように弾んだ。
「そうして「山乃端一人」は百年以上にわたって連綿と続いてきたようです。ですが、私自身は先代との血の繋がりがなく面識がありません」
「なら「山乃端一人」はどうやって選ばれる?」
ウスッペラードはバスケットボールを拾い、「山乃端一人」のところまで走って手渡す。
「はい」
「えっ……あぁ。どうも」
釈然としないまま「山乃端一人」は無心でボールを投げる。
ウスッペラードは投げられたボールを取りに行く。
「要するに、「山乃端一人」は爆弾なんです」
少女はバスケットボールを構える。
「人ごみの中に爆弾があると思ってください。爆弾はいつか爆発します」
「そこで爆弾が爆発すれば、何人かの人間を巻き込むことになるな」
「はい。ですが、爆弾は何度も出てくるんです」
少女はボールを投げる。怪人はそれを取りに行く。
また少女はボールを投げる。
「爆弾を持つ人間を選ぶことは出来ません。それが出来るのはオリジナルのみです。」
もし「山乃端一人」が16歳になるか、または死亡すれば、次の「山乃端一人」がオリジナルによって指名される。
「基本的には血縁関係にある者が選ばれる傾向が強いのですが、爆弾が爆発すれば周囲から人がいなくなります。つまり、過去のどこかの代の時点で血縁が途絶えたんです」
「そのとき、爆弾がどうしたのか、ってことか」
少女はあらぬ方向にボールを投げる。ボールは本棚にぶつかって少女のもとに返ってきた。
「はい。爆弾が誰のもとに行くのか、誰にもわからなくなったんです」
「お嬢ちゃんが死ねば、次の爆弾はどこに行く?」
「私は元々天涯孤独で、血縁が他にいません」
少女はボールを転がす。
もし仮に当代「山乃端一人」が死ねば、次に誰が「山乃端一人」となるのか、誰にもわからない。
「この爆弾がどうしても欲しい人たちがいます」
ボールはどこにもぶつからずに停止した。
「山乃端家は「山乃端一人」という爆弾を安全に運用するためのチームです。都内に複数ある旧家からそれぞれ家族役を差し出します。もし爆弾が爆発すれば、山乃端家の家人はお互い疑念にかられ、殺しあうことになる」
「なんとなく分かってきたぜ。今のお前の家族は……」
「はい。私のために選ばれた生贄です」
少女が落ちているボールを拾う。
もし「山乃端一人」が死ねば、凄惨な戦いが起こる。過去にはそれで魔人同士の一大抗争が起きたこともある。だが、そういった場合、その影で例外なく山乃端家もまた同士討ちを始め、そして滅んできたのである。
「今のお嬢ちゃんは山乃端家に守られてる。だが、お嬢ちゃんが死ねば、次に誰が「山乃端一人」になるか分からない。つまりそのボールが欲しい誰かにとっては、お嬢ちゃんが死ぬことはこの上ないチャンスってことか」
怪人の言葉に少女はボールを持ったまま頷く。
「死ぬ以外に爆弾を手放す方法はないのか?」
「私が16歳になった場合は自動的に「山乃端一人」の任を解かれます。その場合は、次に誰が「山乃端一人」になるのか、私はオリジナルを通して宣言することになっているんです」
少女はボールを再び構える。
「逆に私が16歳になるまでに死ねば、次に誰が選ばれるのかは誰にもわかりません。山乃端家は足取りを掴むことが出来なくなります」
「「山乃端一人」には制約が課されるとか言ってたな?それを破ればどうなる?」
怪人はボールを取りに行く。
「役目を破ればペナルティとして私は死にます」
「もう一つ質問だ。どうしてお嬢ちゃんが「山乃端一人」だとわかる?何か証明でもあるのか?」
怪人の質問に、少女はニコリと微笑むとボールを落とした。
そして、姿見にかけてあったシーツを剥ぎ取る。
少女の首元まである髪が揺れた。
「ウスッペラードさん。私は4歳のときに「山乃端一人」になったんです。それはつまりこういうことなんですよ」
鏡面に写っていたのは少女ではない。
鏡に写るのは、首元よりさらに下まで伸びた、緩やかなウェーブがかった長髪だ。
「ここに写っているのが「山乃端一人」のオリジナルなんです」
そこに反射している顔もまた、少女の顔とはまるで違っていた。
「「山乃端一人」は「山乃端一人」として扱われる。私の姿は鏡に映らないんですよ」
四.
その時、半裸のプロレスラーがドアを蹴破って部屋に乱入してきた。
「ぎゃあああああああ!!」
半裸のプロレスラーは二人いた。
一人は蛇のマスクを被ったプロレスラーだ。プロレスラーはお互いにコブラツイストを掛け始めた。
「くらえコブラ・クルーシオ・ツイストーー!!」
「ぎゃー!!助けてーーーーッ!」
プロレスラーは緑色に発光しながらコブラツイストを掛ける。この恐怖の光景を前に「山乃端一人」は怯えるしかなかった。
「何なのこの人たち。絶対にヤバい」
もう一人のプロレスラーは白い髭を生やした白髪のプロレスラーだった。
「シャイニングウィザード・アバダケダブラーーーーッ!!」
「ぎゃあああああーーーーッ」
「大変だ。今すぐ助けてやらないと」
ウスッペラードが両手の手袋を外すと、その下は触手になっていた。触手がウネウネと悶動すると、そこから紙がペラペラと吐き出される。紙は即座に組み立てられ、二丁の機関銃になった。
ウスッペラードはお互いにプロレス技を掛け合うプロレスラーを助けるつもりは毛頭なかったのだ。
「オレはこういうふざけた奴らが大嫌いなんだよぉ〜」
「待って待って待ってくださいウスッペラードさん!」
「山乃端一人」は慌ててウスッペラードを静止する。
「このプロレスラーは蛇のマスクを被ってハリーポッターの呪文を叫びながらお互いにプロレス技をかけてます!!ハリー・ポッターの技名を叫びながらプロレス技をかけるなんてどう考えても罠です!!落ち着いてよく考えて!」
「オレってハリーポッターの世代じゃないから」
「ガッデム!!」
そうしている間にもプロレスラー達はお互いにプロレス技を掛け合い、傷ついてゆく。
少女はプロレスラーがハリー・ポッターの技名を叫ぶ姿を冷静に観察しながら考える。まず間違いなくこの二人は自分の命を狙いにやってきた敵だろうと。
もしこの変態行為がなんらかの魔人能力を発動するための罠だとしたら、兎にも角にもこの二人を止めなければ命が危ない。
「四の字・セクタムセンプラ・固め!!」
「ぎゃあああああああ!!」
「エクスペクト・パトローナム・クラッシャー!!」
「ぎゃあああああああ!!」
その時だ。怪人はバスケットボールを少女に手渡した。
「お嬢ちゃん……決めたぜ。オレはアンタを助けねえ」
「えっなんですか急に」
少女はわけもわからずバスケットボールを受け取る。そうしている間にもプロレスラー達は傷つき、汗を流す。
「オレは悪人だからな。お嬢ちゃんのことを知ることは出来ても助けてやることはねえ。だけどオレは悪人だ。悪人は悪事に加担してやることは出来る」
「ウスッペラードさん……」
ウスッペラードは薄っぺらい。
だから例えどんな状況でも真面目な言葉を吐き出せる。
そして無謀である。彼は悪人だ。少女を助けることは絶対にない。
当然、「山乃端一人」が山乃端家のことを想う気持ちを理解することもない。
だが、共に悪事は出来る。
彼は悪人だからだ。
「言えよ。オレに悪事しろと、そう命令しろ。それがお嬢ちゃんにとっての「わるいこと」だ」
「よく分からないけど……わかりました!」
少女は笑ってバスケットボールを怪人に手渡す。
「ウスッペラードさん!私は悪の首領です。一緒に「わるいこと」をしましょう!目の前のプロレスラーを倒すんです!」
「ペーラペラペラ!!」
ウスッペラードの両手がウネウネと動く。
手袋を外したウスッペラードの両手はヒトデやタコのような触手となっている。触手がウネウネと動き、何かを吐き出す。それは紙だ。それは人間の形をした紙だった。
その光景は「山乃端一人」もテレビ画面越しで見たことのある光景だった。
触手がまたウネウネと律動し、紙に触れる。紙は瞬く間に折られ、切り取られ、そこには真っ黒な全身タイツを纏った、悪の戦闘員たちが4人現れた。
やたらとカクカクしている以外は、至って普通の戦闘員A〜Dだ。
「ペーラペラペラペラ!!お前たちに俺の恐ろしさを思い知らせてやる!!いけ戦闘員たち!!」
ウスッペラードが号令をかけると、戦闘員たちがプロレスラーに襲いかかった。
「卑怯すぎません!?」
「ペーペペペ!俺は薄っぺらのウスッペラード!!誰になんと言われようと、特に気にするところではなーい!!」
その開き直りは真に薄っぺらいと言って差し支えない。卑怯と言われたことに対して微塵も疑問を感じていないようですらあった。
そう、彼は悪人である。
「ぎゃあああああああ」
「ぎゃあああああああ」
プロレスラー二人はお互いにプロレス技を掛け合っていたため、これはなんらかの魔人能力の発動条件を満たすための行為かと思われたが意外とそうでもなく、既に満身創痍だったプロレスラー達は戦闘員に袋叩きにされた。
「ぐぐぐ……俺の名前はヴォルデモドア。伝説の闇の魔法使いだ‥‥そして隣にいるのはダンブルモート」
「オラアアアアアア」
プロレスラーはウスッペラードに蹴られて失神した。
「山乃端一人」は気絶したプロレスラーの写真をバーストで撮りまくる。
「こいつらは何だったんだろう」
「お嬢ちゃんにわからねぇなら最早誰にもわからねぇよ。ただ、一つ言えるのはこれからこう言う連中が山ほどお嬢ちゃんの命を狙ってやってくるってことだ」
それはめちゃくちゃ嫌だったが、「山乃端一人」はウスッペラードの無責任な発言を否定できなかった。
「あながち間違いでもないんですよ。実は最近、私の首に懸賞金がかけられたんです」
「ああ……そういう感じなのね」
誰かが「山乃端一人」を欲している。
それは「山乃端一人」を務める少女そのものではなく、「山乃端一人」の力を欲しているということだ。
そして、その連中はまず山乃端家を潰すことを選択した。
「私の家族……私だけじゃなくて山乃端家の人たちまで狙われ始めたんです。今、私の家族はもう兄と妹しか残っていません」
「そっか、じゃあ家族のことは大切にしてやらねえとな」
「はい」
そのときヴォルデモドアが起き上がった。
「グググ……よく言った。それでこそ真の悪人よ」
「オラアアアアアア」
ヴォルデモドアは気絶した。
☆ダンゲロスSSエーデルワイスヴィラン名鑑
No.001
名前:ヴォルデモドア&ダンブルモート
能力:地獄の魔法プロレス
その正体は謎に包まれている。おそらくはハリポタオタクのプロレスラーが発狂して殺し屋へと堕落した存在ではないかとまことしやかに囁かれているが、真実は定かではない。
その魔人能力「地獄の魔法プロレス」はお互いにプロレス技を掛け合っている限り、それを見ている人間の体力と精神力、あと魔人能力を使う力をゴリゴリ削るというデバフ能力。ただしハリポタを知らない生物には効果が薄い。ウスッペラードがハリポタ世代だったらわりとヤバかった。そうでなくても悠長にプロレスを見続けてたら失神していたのはウスッペラードだったろう。
なお魔人能力を持ってるのはダンブルモートだけだが、ヴォルデモドアの方が何故か常に偉そうにしてる。ヴォルデモドアは魔人能力を持たない一般人である。
ネタが切れると、どこでもドアと叫び続ける。