【当然の結末と意外な顛末】

1.
 怒号。銃声。肉が切り裂かれる音。頭が潰れて中身がぶちまけられる水音。
 怒号。銃声。破裂音。カレーを作るのが上手だった彼女が泣き叫ぶ声が聞こえ、そして二度と聞こえなくなった。
 怒号。銃声。破裂音。雷鳴。誰かが死に、誰かが殺されそして殺した。
 怒号。銃声。段々音が小さくなってきた。
 怒号。地獄の底から響き渡るような怨嗟の声。いつもカッコよかった彼のそんな声はあまり聞きたくなかった。その思いに応える様に、声はグシャリと何かが潰される音に掻き消えた。
 無音。もう何も聞こえない。わたしは息を殺し身を潜めていた樽から這い出て、辺りを見渡した。
 どうやら襲撃者はわたしの部屋まで入っていたらしい。辺りに首をどこかに無くした死体がいくつも転がっていた。
 けど、わたしは生きている。きっとその死体の中心に立つ、彼女のおかげだろう。

「クイーン……」
「!! お嬢、良かった。怪我はない?」

 刀を構えたままこちらに振り向いた、真っ赤なドレスと真っ赤なヘッドドレスが似合う絶世の美女。
 彼女はクイーン。わたしたちの海賊団のナンバー2で、誰もが恐れる剣豪。
 激しく戦場を動き回り次々と敵の首を刎ねるクイーンは、それでも決して一滴の返り血も浴びず、その髪もドレスも決して汚れも傷つきもしないという。

「みんなは? 襲撃者達は? パパ……キングは?」
「多くの仲間が死んだ……ジョーカーも、クラブも、ハートも……けど、キングは生きてるわ。ダイヤ、エース、ジャック……ポチも。けど安心はできないから、お嬢はまだ隠れ――」

 ドン、と鈍い音と共に船体が突如として大きく揺れた。わたしの身体は簡単に吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
 頭を強く打った私は、そのまま気を失った。


2.
 波の音。誰かの呻き声。鼻腔をくすぐる磯の香り。私は目を覚ました。
 パチリと目を開けると、鬱陶しいぐらいに晴れやかな青空が広がっていた。
 さっきまでの血みどろの争いは全て夢だったのだろうか。そんな淡い期待を抱きながら身を起こす。

「……みんな?」

 私が寝ていた場所は海の上。小さな救命ボートの上だった。ボートの上には私以外に3人と一匹の仲間が居た。
 全員、全身に酷い傷を負い、身体のどこかが折れ曲がり、血に塗れた状態で。

「お、おぅ……起きたか、お嬢……」
「ジャック……」

 ジャック。細身で金髪な色男。海賊団のナンバー3。外見に似合わず力持ちで、投げナイフの達人だ。かなりの女好きで、いつもヘラヘラしては、パパに怒られていた。
 だけどこんな時に限って、ジャックの表情は険しく、青白い。胸にも腹にも足にも、生々しい傷が刻まれていた。

「手当て、しないと……」
「ヘ、ヘヘ……俺らの事は気にすんなって……このボートには何もない、医療道具も食料も、何も……ゲホ、ゲホッ!! ああ、それより……他の奴らとも話してあげてくださいや……これが、最期、なんスから……ガホッ!!」
「…………」

 私はジャックの顔に手を当てた。けど、それ以上何もする事が出来なかった。拳を固く握りしめ、目を逸らす。
 逸らした先には、クイーンが居た。相変わらず綺麗な髪、綺麗なドレスのまま。
 だけど、彼女は死んでいた。喉には、クイーンがいつも振り回していた刀が突き刺さっていた。

「ゲホ……誰であろうとも、クイーンの髪も服も肌も傷つける事は出来ねぇ。汚す事もな。たった1人、本人以外は。どういう技を使ったかしらねぇが……連中はクイーンに自害させたのさ。精神操作か呪いか何なのかは知らねぇけどな……今となってはもう遅い」
「そう……」

 いつも綺麗だったクイーンの顔は、苦痛に歪んでいた。

「ありがとう」

 わたしはクイーンの顔に手を当て、その目をそっと閉じた。

「ダイヤ」
「エヘヘ……ダイヤちゃん、でーす……☆ お嬢……けどダイヤちゃん、失敗しちゃった……。エースが、ダイヤちゃんの部下が裏切者だったみたい。その事にダイヤちゃん、私、気づけなかったから……皆を……お嬢のお父上を死なせちゃった……ごめんね、お嬢……」
「あやまらないで。こんな稼業だもの。みんなからはそう見えてないかもしれないけど。わたしも覚悟は決まってたから」
「エヘヘ……お嬢は、強いねぇ……」

 ダイヤ。海賊団の財源調達担当。船の中では二番目に若い女の子。しいたけみたいな目してる。戦闘はあまり得意じゃないけど、隠密行動が大の得意。いつも明るく、いつもわたしと仲良くしてくれた。
 そんな彼女も他の皆と同じく、血まみれで怪我だらけだった。呼吸が浅くなっているのが見て取れる。

「けどそっか、エースが……エースはどうしたの? ケジメは付けれたの?」
「勿論……☆ 中身スカスカの死体にしてやったよ……☆」
「そっか。ありがとうね」

 ダイヤの魔人能力『盗人猛々』。この能力を発現し誰かに触れると、触れる度に触れた相手が持っている、あるいは身に着けている『一番高く売れるもの』が消失し、その額のお金がダイヤに支払われる。そういう魔人能力を持っていた。

「エヘヘ……でも、ダイヤちゃんだけのおかげじゃないよ……ポチが援護してくれたから……じゃないと、ちょっとヤバかったかも……☆」

 ダイヤに視線で促され、わたしはポチの方を向く。

「ポチ」
「ファイ……聞いての通り吾輩の力が無ければエースは落とせなかった。褒めるが良い……」
「よしよし。ポチは偉いね」

 弱弱しい声で、しかしそれでもいつもの変わらない偉そうな口調で語るポチの頭を撫でる。満足そうに尻尾と翼をばたつかせた。
 ポチ。魔人として覚醒した事によって、背中から天使の様な、どう考えても見た目がアンバランスな純白の翼が生えたブルドッグ。尊大で、自信家で、ブサ可愛い。
 今は片方の翼がもげ、片方の目を失っていた。

「ふん、当然だ。吾輩は偉い……が、吾輩の力を以てしても、この結末は避けられなかった……愚かな襲撃者共も、我々も。暴力と嵐に呑まれて壊滅状態だ。海賊同士でつぶし合う……実に愚かな、争いだ……」
「……海賊なんて、馬鹿がやる仕事だよ」
「かもな。ケホ……だが、吾輩は拾われた事を後悔してはいない……」
「そっか……」

 もう一度ポチの頭を撫で、私は立ち上がった。そしてみんなを改めて見回した。
 誰もが傷を負い、血を流し、命の灯が消えかかっていた。

「みんな、みんな死んだんだよね。残ったのは、わたしたちだけ」
「あぁ、その通りだ、お嬢……ゲホ、そしてこのボートも、どことも知れぬ海の上。見渡しても何もねぇ……」
「そうだね、うん。そうだね。わたしも、覚悟を決めなきゃね」

 わたしは懐から一振りの短剣を取り出した。誰を刺した事も無いから、ピカピカだ。

「皆を看取ったら、わたしも逝くよ。こういうの、自殺じゃなくって自決っていうんでしょ?」
「…………ダメだ」
「え?」
「ダメだ、お嬢」

 ジャックが私の目を見る。身体は確実に死が近づいているのに、その眼には確かな意思が宿っていた。

「お嬢、アンタ今いくつですかい……」
「9歳」
「そう、アンタはまだガキだ。例え海賊の船長の娘だろうと……こんなとこで、あんな下らない争いに巻き込まれて死んでいい訳はねぇ」
「別に……若くして死んだから悲劇的って訳でもないよ。みんなと過ごせて、楽しかったし。こうなるのは、当然の結末だって。何となくそれを受け入れちゃってるんだよね、わたし。うん、覚悟が決まっちゃってるんだよね」
「ガキが悟った様な事言ってんじゃねぇよ……そんな結末は俺が、俺たちが許さねぇ……」

 ジャックだけではなく、みんなが私を見ていた。語らずとも、みんなが同じ気持ちだという事が分かってしまう。

「でも、じゃあ……だからってどうすれば? こんなへんぴな海の真ん中で生き延びろって? いつ船が通りかかるかも分からないし、もうお腹はペコペコ……餓死ってすごく辛いらしいよ?」
「だとしても、生き延びろ。死ぬ覚悟じゃねぇ、何をしても生き延びる覚悟を持て……だから、お嬢」

 ジャックは少し言いよどむけど、その言葉を口にした。

「俺らを食ってでも、命を繋げるんだ、お嬢」
「…………」

 食う? 死体を? 家族を?

「中々酷い事言うんだね、ジャック」
「まあな……でも本気だ。生きるんだよ、お嬢。俺らは死ぬ。そして、叶うならば、俺らが――ウッ、ゲホ、ガホッ!! 俺らがァッゲホゲホ、ゲホ!! 俺らが、出来なかった事をやってくれ……」
「……できなかった事?」
「誰かを助けられる、幸せに出来る、笑顔に出来る……そんな人間になって欲しい。これはキングの……アンタの父親の願いでもある」
「ダイヤちゃんの願いでもあるよ……☆」
「吾輩の願いでもあるな……フン」

 どいつもこいつも自分勝手な事ばかりを言う。最後の最期でなんだかムカついてきた。
 でも、許そう。『一生のお願い』は、まだ誰からも頼まれた覚えはないから。

「死んだ人は何処に行くの、ジャック?」
「さあてね……ヘヘ、死んだ事ねぇから分かんねぇや……」
「寂しくなるね」
「あぁ……」

 フゥ、と息を吐きながら、ジャックが空を見上げる。私も、空を見上げた。ポチもダイヤも、力なく空を仰いだ。
 そこには相変わらず爽やかな青空が広がっている。鬱陶しい。こういう場面では普通雨が降っているものじゃないのか。

「ほら、あれだよ……☆ 死んでもいつも魂は傍で見守ってる的な、なんかそういう、アレだよ……☆」
「アレとはなんだ、非科学的な……そんなもの吾輩は信じんぞ……」
「翼が生えたブルドッグが何言ってんだよ……いいじゃねぇかよ、そういうアレで。そういうアレだ、お嬢……」
「いや全然分かんないんだけど」
「だよね、でも、そうだったら、嬉しいな……☆」
「……そうだね」

 波の音。誰かの呻き声。か細い息の音。
 波の音。誰かの呻き声。か細い息の音。
 波の音。呻き声が1つ消えた。
 ダイヤが死んだ。

「頭を撫でろ、ファイ……」
「うん」

 ポチの頭を優しく撫でる。ポチはパタパタと尻尾と翼を振る。

「さらばだ……」
「うん。ありがとう。楽しかったよ」
「ああ」

 ポチは死んだ。

「生きてくれよ、お嬢」
「分かってるって。ていうかわたしとしては、あっさり死んじゃうみんなに文句言いたいくらいなんだけど」
「悪ぃな。でも許せ……俺たちゃみんな、悪い奴なんだ」
「知ってる」
「へへ、手厳しいや……」

 ジャックは最期にそう言って笑った。
 そして死んだ。

「…………」

 グゥ、とお腹が鳴った。あのアホンダラ共が襲撃したのがちょうど夕ご飯の前だったから。すっかりお腹が減ってしまっていた。

「やっぱ許さなきゃよかった……このまま死んだ方が楽だろうなぁ」

 でも約束しちゃったからなあ。
 私は再びピカピカの短剣を取り出した。
 これからする事を考えると本当に気が滅入る。本当に嫌だ。ジャックは酷い男だ。ポチもダイヤもだけど。
 これがトラウマになってなんやかんやあって私がイカレた殺人鬼にでもなったらどうするつもりなのか。
 もしくは食人教の教祖とか、悪の大魔神とか? あー笑える。 
 そういえば死んだら魂となって見守ってるとか言ってたけど、もう既に見守ってるのだろうか。
 それとも死んでからしばらくは肉体に魂が残ってるとか? 徐々に肉体から魂が抜けていく的なアレかな。
 じゃあ魂も一緒に食べるって事? 味とかするのかな……。

 そんな下らない思考で頭を埋め尽くして、少しでも目の前の光景から意識を逸らす。
 家族の死体を解体して、そして……。

 ……。
 …………。
 ………………。
 ……………………。
 …………………………。

3.
 そして二週間が経過した。数えてた訳じゃないから、大体だけど。

「ん、確かに言ってたよ? 死んでも近くで見守ってるって。けどなんか距離感近すぎない?」
「いやそれに関しては俺らなんも悪くなくね? お嬢がみんなの死体かじったからでしょ?」

 私が食べた家族達は、私が目覚めた魔人能力でゾンビとして復活出来るようになっていた。
 めでたしめでたし。



【80年後。東京のとある下町にて】

1.
「右だ!! 右に行ったぞ右!! 右右右右右右!!」
「聞こえてんだよ何度も叫ぶなポチ!! あと右ってどっちだよもっと具体的に言グェア!!」

 次々と屋根の上を飛び回っていたジャックが、電柱に頭をぶつけて地面に墜落する。多分首が折れた。

「何やってんだいジャック!!」

 アタシはジャックの魂を一度回収し、屋根の上に再出現させる。

「悪ィお嬢!! で、どっちだ!?」
「右だ優男!!」
「だから右ってどっちだっつってんだろうがポチィ!!」
「随分遅れてるわねジャック!! あなたはお嬢の中で休んでたらぁ?」
「んだとコラクイーンコラァ!! ぜってぇ俺が先に捕まえてやるからな、あのクソ猫ォ!!」
「もー、ダメだよジャック☆ クライアントの大事な猫ちゃんをそんな風に言ったら☆」
「猫にしては速すぎんだよ!! 何喰ったらあんなスピードに……」

 相変わらず無駄話が多い。仕事は集中しろといつも言っているのに。

「無駄話してんじゃないよアンタら! 集中しな!!」
「「「「了解!!」」」」
「ポチ、あのクソボケアホ猫はどこだい、一番近くの建物はなんだい!! どこに向かってる!!」
「赤い屋根の上だ!! 病院の方向に進んでいる!!」
「聞いたねアンタら!! 気合入れなァ!!」

 今日の依頼はとある物好きな金持ちからのものだった。世界中から様々な珍獣、動物を収集するのが趣味らしい。
 そしてその内の一匹、『ターボエンジン猫』が脱走した。世界一速い猫らしい。迷惑な。
 アタシもかなり足の速さには自信があるが、それでも中々追いつけない。
 上空からポチが猫の居所を捕捉し、他のメンツがそれを追う。一度発見できたのが奇跡だ。これを逃せばもう機会はないかもしれない。
 でもそれはそれとして段々面倒くさくなってきた。腰も痛いし。
 が、一度受けた依頼だ。どうにかしなければ。

「このままじゃあジリ貧だよ!! 誰か何かイカした作戦はないのかい!!」
「俺にいい考えがある!!」
「聞かせなジャック!!」
「まず俺があのクソ猫の足を投げナイフで切り落として――」
「却下!! 他ぁ!!」
「吾輩にいい考えがある!!」
「聞かせなポチ!!」
「まずペットショップへ向かいあの猫とそっくりな猫を――」
「却下!! 他ぁ!!」
「私にいい考えがあるわ!!」
「聞かせなクイーン!!」
「まず私が刀を投げてあの猫の足を切り落として――」
「ジャックと同じ!! 他ぁ!!」

 クイーンは美人だが思考能力はジャックと大差ない。美人と頭脳は関係がないらしい。

「ダイヤちゃんにいい考えがあるよ☆」
「聞かせなダイヤ!!」

「いくら速いとは言え猫は猫、空を飛べるわけでも瞬間移動できる訳でもないんだから、物量で攻めるべきだと思うな☆ まずお嬢がポチの背に乗ってそのまま上昇、同時にお嬢が牛とか鹿とか適当なゾンビを大量に出して、広く展開。とにかくカタギの人に危害を加えないようにあの猫ちゃんを取り囲んで、一気に捕まえる!! ……みたいな感じでどうかな☆ あ、あとジャックの投げナイフも、当てなければ移動経路を誘導できるかも☆」

「採用!! ポチ、アタシを乗せられるかい!!」
「ファイの老体でバランスが取れるのであればな!!」
「舐めんじゃないよ! ほら、作戦開始だ!!」

 急降下してきたポチの小さな背の上にまたがり、即座に上昇。ダイヤの作戦通り、大量のゾンビを出現させる。

 アタシの魔人能力『悪食』。これは一口でも死体を食べた生物のゾンビを生み出し、自在に操る能力。
 スーパーに売ってる豚肉でも牛肉でも、死体には変わりない。なのでそれらのゾンビを生み出せる。違う個体の肉を食ったのなら、それぞれの個体のゾンビを生み出せる。
 また、死亡してから48時間以内の死体を食った場合、その魂をアタシの肉体に取り込み、当人の魂を宿したゾンビを生み出す事が出来る。

「ヤバいぜお嬢、標的が段々川に近づいている!! 飛び込まれたら追うのは厳しいぞ!! いや、それ以前に溺れて死ぬか?」
「分かってる! あと少しだよ!! アンタはなるべく川の方から遠ざける様にナイフを投げな!」
「了解……ッと!!」

 上空からジワジワと取り囲むようにゾンビを動かし、ジャックの投げナイフの牽制も交えてターボエンジン猫の動きを誘導。

「今だね……これ以上逃げんじゃないよクソ猫!!」

 ついにターボエンジン猫を完全に取り囲む。間髪入れずにアタシは360度全ての方向に次々と牛ゾンビ豚ゾンビ並びに鶏ゾンビを出現させ、積み上げ、完全に退路を塞いだ。

「随分手間ぁかけさせてくれたわねぇ、子猫ちゃん? けどこれで終わりよ。無駄な努力だったわね」

 クイーンが悪役の様な台詞を言いながら笑みをたたえ、ジリジリとターボエンジン猫に近づく。

「フシャーッ!!」

 追い詰められた猫は最期の気概を見せてクイーンに飛び掛かり、その頬目掛け爪を振り下ろした。

「くすぐったいわ」

 しかしクイーンの顔には傷1つ付かず、その首根っこを掴み上げた。

「ゼエ……ゼエ……てめぇの手柄だと思うなよ、クイーン……これは8割方俺の活躍のおかげだからなぁ、ヘヘ……」
「んな訳ないでしょ私の大手柄よ」
「いやどう考えてもクイーンが一番何もしてなかったよね……じゃなかった、してなかったよね☆」

 なにはともあれ、真昼の大捕り物はこうして完了するのであった。

2.
「いやー、楽勝だったな。俺たち最強」
「私たちなら当然よね、フフ」
「やはり吾輩の知性あっての成果といえよう」
「いやほとんどダイヤちゃんの作戦とお嬢の能力のおかげだよね☆」
「まぁそう言うんじゃないよダイヤ。ジャックの投げナイフとポチの飛行能力も随分役立ってじゃないか。クイーンは、まあ……お色気担当で」
「腹を切った方がいいかしら、お嬢」
「いらないよ」

 無事ターボエンジン猫を確保し、クライアントの邸宅まで送り届けた後。アタシ達は依頼料の1万円を握り占めながらぶらぶらと街を歩いていた。
 街行く人たちがアタシ達を見てとる反応は大体2つ。『身体がところどころ腐って欠けているおかしな連中と、それを引き連れるババアという異色のグループにギョッとする』か、『街を賑やかす愉快な奴らに好意的な反応を示す』かだ。普通に気持ち悪がる奴もいるが、まあ仕方ない。

 自分で言うのもなんだが、アタシ達は良くも悪くもそれなりに知名度はある。見た目のインパクトはさる事ながら、大体いつも騒がしいからだ。カタギに迷惑をかけない様注意を払ってはいるが、快く思わない奴もいるだろう。やはり、仕方ない事だ。

 私たちは『大体何でも屋レムナント』として活動している。その名の通り、悪い事以外大体何でもやる。料金は一律1万円だ。報酬は私たち4人と一匹に分けられる。
 依頼を受けていなくても、困っている奴が居れば可能な限り手を差し伸べる。あの日にそう決めたから。

 アタシたちの海賊団は死んだ。そして私たちが残った。
 過去に犯した罪は永遠に消えはしない。償っても償っても。『罪』は、『償い』を引き換えに精算できる借金ではないのだ。
 けど、それでも。少しでも人の役に立つために。
 アタシたちはその為に生きてきて、ついに80年近くが経ってしまった。

 身体はまだまだピンピンしてるし、病気を患っても居ない健康体だが、そろそろ年齢は90になる。嫌でも『死』を意識する年齢だ。
 けど、アタシが死んだらアタシの中の魂も一緒に逝くのだ。何も寂しくはなかった。
 だから後は生きている内に出来る事を、出来るだけやる事だ。

「しかし、意外と早く仕事が終わったから暇になっちまったね……ジャック、誰かこの辺で困ってる奴はいないのかい?」
「いやぁ、平和なもんでさぁ。トイレの詰まりやら浮気がバレて助けを求めてる奴はいますがねぇ、へへ」

 ジャックの魔人能力『おたすけセンサー』。半径3キロメートル以内に存在する『助けを求めている人』の居場所を探知し、どの様な状況に陥って助けを求めているかを把握出来る能力。
 助けを求めている人間程、殺しやすい相手はいない。かつては、そうやって能力を使っていた。

「ふむ。ではどうするか。帰って栗鉄でもやるか。吾輩は見ているだけだが。愚かな人間どもの醜い争いを見る程愉快なものはない」
「魔王かなんかかいアンタは。アタシら全員負けず嫌いだから栗太郎電鉄は流血沙汰――あぁ?」
「? どうかしたのかしら、お嬢――あ」

 なんとなく、本当になんとなく空を見上げた。
 空に広がっているのは爽やかな青空……とても爽やかな気分ではあったが、それより視界の端に学校の制服らしい服を着た1人の少女が佇んでいるのが気になった。
 誰がどこで佇んでいようがどうだっていいが、デカいビルの屋上、そのフェンスを越えた端に佇んでいるのはちょっと話が変わってくる。
 アタシは家族達の身体をトントンと叩き、ビルの屋上を指さすと、全員がすぐに状況を把握した。

「……誰か、何か作戦はないかい?」
「ふむ……吾輩に良い考えが――あ、落ちた」
「全員走りなァ!!」
「「「「了解!!」」」」


【避けようのない必然で絶対的で悲劇的な結末とハッピーエンド至上主義者共】

1.
 わたしの名前は山乃端一人。ピチピチの美人JKだ。
 とても美人で、人よりちょっと運がいいという事以外はごく普通のJKだ。と、思っていた、最近までは。
 ここ数か月、わたしの周りではおかしな事ばかりが起こる。とてもおかしくて、危険な事が。

 近くの工事現場から鉄骨が振ってきて、偶々近くにいたおじさんが死んだ。
 わたしが偶々寝坊した日、通学に使っていた電車が脱線事故を起こして沢山死んだ。寝坊していなければ私は死んでいた。
 通学途中、暴走したトラックが突っ込んできて、私を庇った友達が死んだ。
 わたしが下校中、偶々自転車のチェーンが切れてもたついている間に、家に強盗がやってきてお母さんが死んだ。
 わたしが酷い風邪にかかって寝込んでいる時、学校にイカレた殺人鬼がやってきたたくさんの生徒が死んだ。
 気が狂ったお父さんが、『お前は呪われている』と叫びながら包丁を振り回してきた。必死で逃げているとお父さんは階段で足を踏み外して頭を打って死んだ。
 あとは、弟しか残っていない。弟は今でも私を大切にしてくれている。
 私は、弟を死なせたくはない。

 私は、心のどこかで確信していた。この災厄は、私を狙っていると。それが誰かの意図なのか呪いなのか何なのかは分からない。
 けれどわたしは多分すごく幸運で、あるいは不運で。その災厄を奇跡的に回避し続けているのだと。
 そう確信していた。だから、思った。
 死ぬしかないと。これは避けようのない結末なのだと。
 これ以上誰かを巻き込むくらいなら、その方がマシなのだと。
 あと、死ぬにしても殺人鬼とかに殺されたらなんか拷問とか受けそうで痛そうだし……。

 そんな訳で、私は弟に財産の8割を残して、家を出た。
 どうせ死ぬのだ。パーッと使ってやろうと思った。わたしはとりあえずホストへ向かった。
 大金をチラつかせると、誰もわたしの年齢など気にせずおべっかを使いへこへこしてきたが、なんかあんまり楽しくなかった。
 高い酒も沢山飲んでみたが、全然おいしくなかった。あとわたしは酒に強いらしい。全然酔わなかった。
 会計を済ませようとしたとき、店の奥で火事が起きたりクスリをやってる客が暴れたりしてなんやかんや金を払わずに店を出てこれた。ラッキー。
 続いて私は高級エステに向かった。子供だと思って店員が舐めた態度を取ってきたので、札束で頬をビンタしてやった。店員は靴を舐めてきた。汚いのでやめろ。
 会計を済ませようとした時、先ほどの二重の意味で舐めた店員の彼女が泣きながらやってきた。痴情のもつれらしい。彼女が店員を刺した。混乱の中なんやかんやお金を払わずに出てこれた。ラッキー。
 続いて私は高級焼き肉屋に向かった。肉がうまかった。
 なんやかんや金を払わずに済んだ。ラッキー。
 続いて私は高級寿司屋に向かった。寿司がうまくてなんやかんやラッキーだった。
 私は食べすぎて腹がはち切れそうだった。どうせ死ぬので人目もはばからずげっぷしてやった。ざまあみろ。
 だが、あまり長引かせるといよいよ人死にが出るかもしれない。いや舐めた店員は死んでいたか。まあそれはいっか。
 私はいよいよ死ぬ事にした。今日は久しぶりに中々楽しい日だった。金を一銭も使わずに終わったのは意外だったが。
 どうせなら屋上から金をばらまいてやろうか。私は飛び降り死する事に決めた。

 しかしビルの目の前で人が死ぬとなると、そのビルの所有者に迷惑がかかるかもしれない。
 私は迷惑がかかってもいいように、近くの暴力団ビルに向かった。幸運にも監視カメラが壊れていた様で、私は誰にも止められる事がなく屋上まで辿り付く事が出来た。
 私は美人なだけではなく運動神経もいいので、軽くフェンスを乗り越えた。そして際に立った。
 いよいよ死ぬのか。なんだか緊張してきた。
 死んだらその後どうなるのだろう。どうして私が災厄にあったのかとか、ネタバレはしてくれるのだろうか。
 まあいいや、死のう。ビルの下を見下ろした。私は美人で運動神経が良いだけではなく視力も良いので、おかしな連中が居るのに気が付いた。

 1人は、赤いローブを被って杖を携えた、うさんくさい占い師の様なおばあさん。ローブに隠れた髪は綺麗な銀髪で、目もまた綺麗な青色だった。私も死ぬ前にカラコン入れとけばよかった。
 1人は、金髪でチャラい恰好をした男。腰にチェーンとか巻いてる。あとなんか身体のところどこるが腐ってたり欠けたりしている。
 1人は、ゲームに出てくる盗賊みたいな恰好をした女の子。彼女も腐ってたり欠けたりしている。あとしいたけみたいな目してる。こう、瞳孔が……分かるよね?
 1人は、真っ赤なドレスと真っ赤なヘッドドレスを着こなす美女。いや、でもちょっと腐ってる、でも美人だ。腰に刀を携えている。多分違法。まあ美人だが私には劣るな。精進するがいい。
 そしてなんか背中から翼が生えたブルドッグもいた。普通に怖い。

 そこまで分析しておいてなんだが、よく考えたらどうでもよかった。死ぬし。
 いやでもここで死ぬと第一発見者があの変な人たちか……まあいいや、死ぬし。
 よし、死のう。私はふわりと身を投げ出した。

 あ、大金ばらまくの忘れてた。

2.
「あ~、落ちてるわ~、私。私みたいな美貌の持ち主が世から消えるとか損失だわ~、は~」
「じゃあ死ぬな」
「は?」

 ボフン、と背中に何かが当たる感覚。でも地面じゃない。
 私はブリッジみたいな恰好で、空飛ぶブルドッグの背に乗っていた。

「グ、クソ、重いぞ貴様……!! 墜落する……!!」
「失礼なこと言わないでよね。この美人JKに」

 けど確かに落ちていた。屋上から飛び降りた美人JKをキャッチしたのだ。その衝撃は中々のものだろう。
 じゃあやっぱり死ぬのか。いやでも犬を巻き込むつもりはなかったんだけどなぁ。

「やっぱ損失だわ~」
「なんなんだ貴様」

 心底呆れたという様子の犬。というか犬が喋ってる。すごーい。

「ヘイオーライオーライ!! オーライオーライオーラーイ☆」
「もうちょい右、右右右右!!」
「右ってどっちだジャック!!」
「右は右だよテメェそんな事も分かんねぇのかポチ!!」

 あとなんかすごい騒がしい。地味に死なせては貰えないものか。
 ドン、と今度こそ地面に墜落する。けど、全然痛くなかった。
 さっき屋上で見た変な人たちが、私とすごい犬をキャッチしていたからだ。

「………………」

 私はしばらくキャッチされたまま、ブリッジ状態で空を仰いでいた。
 死のうとしたのに死ねてない。これは失敗だ。

「んいつまで寝てんだい!! さっさと退きな!!」

 うさんくさいおばあさんが私を掴み上げ、地面へ放り投げた。ひどい。

「ぶぇ」

 変な声が出ちゃったし。全く……。

「やれやれ」
「やれやれはこっちのセリフだよクソガキ!! 人様に助けてもらっといて礼の1つもなしかい!!」
「じゃあお金あげます」
「要らないよ!!」
「えぇ? じゃあ……アリガトウゴザイマシター」
「心がこもってないよ!!」
「ああいえばこういう……」
「全部アンタのせいだろうが!!」

 めっちゃ怒られた。

「まぁまぁ、お嬢……えぇと。君、名前は? あ、俺はジャックね。よろしく」

 腐ったチャラ男が話しかけてきた。怖い。

「言いたくないです」
「……屋上から飛び降りた、理由を聞いてもいいかな?」
「死ぬためです」
「なんで死にたいのかな?」
「死なせたくないから」
「誰を?」
「誰かを。特に弟を。まあ今日も舐めた店員は……いや、刺されただけで死んだかどうかは分かんないか……まぁ、そういう事です」
「詳しく聞いてもいいかな?」
「しょうがないですね」
「へへ、ありがとさん」

 誰に話してどうにかなるわけでもないし、信じられるかも分からないが、とりあえず洗いざらい話した。どうせ死ぬし。
 身の回りでろくでもない事が置きまくって人が死ぬまくってる事。多分それが私のせいだという事。
 弟を死なせなくないから、死のうと思った事。

「……という訳。分かってくれました? 分かってくれましたね? じゃ、そういう事で。次はあなたたちの迷惑にならないとこで死ぬんで。シーユーフォーエヴァー」
「待ちなこらクソガキコラ」

 うさんくさ婆さんに腕を掴まれた。

「うさんくさ婆さんに腕掴まれた……」
「誰がうさんくさ婆さんだい、アタシの名前はファイだよ!!」
「うさんくさ婆さんファイに腕掴まれた……」
「やかましい!!」
「やかましいのはそっちでしょ。もうほっといてよ。わたしと一緒にいたらあなたたちも死ぬよ?」
「ハッ、死ぬもんかい。大体アタシはアンタの話をまだ信じちゃ……」

 突然バン!!! と扉が開け放たれる音が響き渡る。見ると、そこには多数のヤクザが武器を構えてずらりと立ち並んでいた。
 そういうえばここヤクザの事務所前だった。

3.

「おうおうおうおうおうおうおうおうおうテメェら!! さっきからギャアギャア喧しいんじゃボケェ!! テメェらまさか、邪邪邪組の鉄砲玉じゃねぇだろなおうおうおうおうおうおうおう!!」

 スキンヘッドのヤクザが怒鳴り散らしてきた。全く最近のヤクザってのはカタギに手を出すのもためらわないのかい?

「あら、ごめんなさぁい、ヤクザさん。すぐに消えるから、この場は許してくれないかしらぁ?」

 クイーンが色目を使った。これでなんとかなるといいが。

「おうおうおうおうおうおうおうそうはいかねぇなぁ!! こちとら抗争の準備中で気ぃ張りつめてるってぇ時に、テメェみたいなブス共に――」
「「「あ」」」
「え?」

 アタシ達は思わず声を上げ、クソガキだけは状況が呑み込めず困惑していた。
 けれど次の瞬間には、クイーンは刀を抜いて刃をスキンヘッドの首に当てていた。

「今――なんて?」
「ブ、ブ、ブ――リリアントな美人さんに尋ねられちゃあ、若い衆も鼻の下伸ばして気が緩んじまうなぁ、みたいな、えへ、えへえへへ……」
「そう、許すわ」

 クイーンは刀を首からゆっくり離すと、その股間をびっくりするくらい全力で蹴り上げた。
 スキンヘッドは声もなく倒れた。

「テメェ若頭になんてぇ真似をぉ! おうおうおうおうおう!!」

 どうやら若い衆とやらはスキンヘッドより短絡的らしい。武器を構えこちらに向けてくる。チャカを持ってないだけマシか。

「ほら、言ったじゃん。わたしから離れた方がいいよって」
「この程度でアタシらが――」
「グルルルルルルルルルルルルラァアアアアアアアアア!!」
「は?」

 今度は別の方向から獣の雄たけびが聞こえてきた。
 目を向けると、そこには全身から炎を噴出した巨大な虎が居た。

「お嬢……さっきの飛び降り騒動の時に今日のクライアントからまた連絡が来てたらしく――今度は『ハイパーファイヤータイガー』が逃げ出したって。今度は殺してもいいから止めてくれって。へへ……」
「…………」
「ほら言ったじゃ~ん」
「この位の鉄火場位、なんて事――」
「ケケケケケケケケケケケケケ」
「今度はなんだい!!」

 更に別の方向から気味の悪い声が聞こえてきた。
 目を向けると、全身に刃物を装着した変態男が、こちらにゆらりと向かってきていた。

「えっと……こないだダイヤちゃん新聞で見たんだけど☆ とある高校に刃物だらけの殺人鬼がやってきた殺戮を起こして、逃げたって☆」
「あぁ……私の高校を襲ったのはアイツかな」
「それがなんだってこんなとこに居るんだい!!」
「さぁ……」

 前門のヤクザ後門の虎、あと殺人鬼。別々の脅威がアタシたちを取り囲んでいた。

「吾輩に良い考えがある」
「聞かせなポチ」
「奴らを互いにぶつけさせるのだ。所詮別々の脅威だ。うまい具合攻撃をいなせば、連中が勝手にぶつかり合って潰れるだろう」
「なるほど、それは妙案――」
「それは無理かなって思うな☆」
「何故だ」
「見れば分かるじゃん☆」

 見れば分かるというので見た。

「ケケケケケケ……JK、切り刻む、JK、血祭り……ケケケケケケケケケ」
「グルルルラァアアアアアアアア!! ウマソウナジェーケー、クウ……グルラァアアアアアア!!」
「まずはそのJKからぶっ殺してやるぜぇ!! おうおうおうおうおうおうおうおうおうおうおうお」
「だからなんでだい」

 どうやら連中の最優先目標はこのクソガキらしい。いよいよ話が信憑性を帯びてきた。

「……ほら、逃げなよ。わたしはここまで。どうせ死ぬつもりだったんだし」
「あぁ?」

 このクソガキはまだそんな事を……。

「分かるんだって、なんとなく。これは避けようのない、必然で、絶対的で……そして、当然の結末だって。けどこの結末に、弟を巻き込みたくない。だから、そう。覚悟、決まっちゃってるんだよね」
「ガキが悟った様な事言ってんじゃないよッ!! そういう台詞は家族喰ってから言いな!!」

 クソガキの身体がビクリと震えた。

「ハ、残念だったねぇ、アタシらと出会っちまったのが運の尽きさ……この状況が異様なのは理解した。アンタの周りで人が死ぬのも理解した。けどそんな結末はぁ!! このアタシが!! 海賊団レムナントの最期の1人であるこのアタシ、ファイが!!」
「色男ジャックが」
「世界一の美人クイーンが」
「ダイヤちゃんが☆」
「稀代の天才犬である吾輩が」
「『大体何でも屋レムナント』がぁ!! ……許しはしないよ。分かったかい、クソガキ」
「………………」

 言葉を探し、しかし出てこない様子のクソガキ。だがそんなのに構ってる暇はない。

「アタシが雑魚を散らす!! クイーンとポチは虎、ジャックとダイヤはイカレ殺人鬼をもてなしてやりな!!」
「「「「了解!」」」」

 ダイヤの言う通り、戦いは数で押せるなら押すべきだ。アタシはクソガキの手を取り引き寄せ、周囲に無数の牛ゾンビを展開。すぐさま全速力で突撃させる。

「ウギャアアアアアア!!」
「アギャアアアアアアア!!」
「グボロゲェえええええ!!」

 アタシの予想通り、ヤクザ共は牛の突撃に対処できず、次々と撥ね飛ばされていく。
 しかし燃え盛る虎はそれを真正面から受け止め、殺人鬼は嬉々として切り刻み避けていた。

「おかしな真似を……ババぁ!!」

 だが、どうやら雑魚の中にも多少の手練れが居たらしい。突撃を避け、こちらに刀を構え突撃してきた。

「遅いよ」

 だが、斬撃の速度があまりにも温い。アタシはクソガキを抱えながらひょいと飛び上がると、ヤクザが振り回した刀の上に片足で乗って見せた。

「サーカスじゃねぇんだぞおらぁ!!」
「じゃあなんだい、学芸会かい?」

 そのままヤクザの額を杖で軽く突くと、白目を剥いて昏倒した。

「……軽く突いただけで気絶した。今の、どうやったの」
「ちょっとしたコツがあるのさ、クソガキ。武芸について知りたきゃクイーンに聞いてみな。奴は人に教えるのも得意だ」
「ふ~ん」

4.
「さて、虎退治ねポチ。随分燃えてるけど。もしかしたらあなたよりもすごいんじゃないかしらぁ?」
「馬鹿を言うなクイーン。確かに奴は火を纏っているが……吾輩は飛べる。奴は飛べない。だから吾輩はすごい」

 ポチの魔人能力『飛べる犬だからすごい犬』。背中から翼が生え、自在に飛べるようになる能力だ。

「ふふ、そうね。頼りにしてるわよ」
「当然だな」
「グルルルルルルラァアアアアアアアア!!」

 燃え盛る虎――ハイパーファイヤータイガーだったかしら――が、目の前に立ちふさがるアタシ達に突っ込んでくる。
 アタシ達、つまりお嬢に生み出されたゾンビ達は、全身が粉みじんになろうとも、問題なく復活が出来る。お嬢が生きている限りは。
 だが、ここを通せば私の次に美人なあの娘が喰われてしまうだろう。だから、ここを通すわけにはいかない。

「ここは通行止めよ」
「ふん!!」

 私とポチはその突撃を避ける事無く、真正面から受け止めた。ポチはその頑丈すぎる頭で、私は素手で。
 私の魔人能力は『絶世独立金剛不壊』。小難しい説明は省くが、私の服も肌も髪も、外的要因で傷ついたり汚れる事はない。
 虎が身にまとう炎は、私に凄まじい苦痛をもたらすが、腕や服が焦げる事は無い。ただ熱いだけだ。
 ただ熱いだけなら問題ない。耐えるのは得意だ。
 ちなみにポチが耐えられるのはあの子の身体がシンプルに頑丈すぎるからよ。

「グル……グルルル……グルルルルルル……!!」
「あらあら、頑張るじゃないただの虎風情が。身の程をわきまえなさい?」

 左手で虎を抑えたまま、右手で刀を振りぬいた。虎の顔面に鋭い傷が刻み込まれ、不思議な事にそこから血ではなく炎が噴き出した。

「ガァアアアアアアアア!!」

 たまらず飛び退いた虎。殺意のこもった瞳でこちらを睨みつける。

「怒ってるな」
「怒ってるわね。ちなみにポチ、何か作戦は?」
「吾輩が頭突きしてクイーンが斬る。虎は死ぬ。以上だ」
「完璧ね」

 瞬間、ポチは翼を広げ飛びあがった。私は刀を構え、間合いを詰める。

「ガァッ!!」

 虎は威勢の良いまま飛び上がり、爪を振り下ろす。私は姿勢を低くして爪を避け、飛び上がり様に刀を振り上げる。
 虎の右手は切り離され、宙を舞った。切断面から更に噴き出る炎。
 傷つく度に強まる炎。長期戦は周囲に被害が及ぶ。危険だ。

「今よ、ポチ!!」
「任せろ」

 私の合図に任せ、上空に控えていたポチが錐もみ回転しながら急降下する。
 この技をポチは『螺旋地獄落とし』と名付けていた。

「螺旋地獄落とし!!」

 ポチは技名を叫ぶタイプの名犬だった。もだえ苦しむ虎の頭部に勢いよく突撃すると、虎の顔面が地面を割りながら叩きつけられる。

「大した事なかったわね。私たちの勝ちよ、あの世でよろしくね」

 私は意識を一瞬失った虎に接近、一気に飛び上がると、着地と同時に刀を振るう。
 巨大な虎の巨大な首が切り離され、ゴロゴロと転がった。
 そして最後に激しく燃え上がると、虎は灰となって消えた。

「これが災厄だなんて。フフ……やっぱり私達最強みたいね」
「だな」

 さて。他の様子はどうだろうか。

5.
「ケケケケケケケケケケケケ」
「その声どっから出してんだよ……なぁ、お前。悪い事言わねぇからどっか行けよ。殺しはしたくねぇんだよ、なるべく」
「ケケケケケケケケ……JK、コロス」
「なんだお前」

 不幸にもイカレ変態野郎の相手をすることになった俺、ジャック。
 奴さんは文字通り刃物を全身に装着していた。文字通りだ。分かるか?
 服の代わりにナイフを全身に装着し、パンツの代わりにバタフライナイフを股間に着けてるって意味だ。な、変態だろ?
 どうやら全身に取り付けた刃物を着脱しながら戦うらしい。

「JK、コロス。JK、コロス」

 ふらふらがちゃがちゃと奇妙な動きで笑う変態。めんどくせぇ。全身が刃物だらけのせいで出来れば蹴りたくねぇ。足が斬れる。
 なのでとりあえず話し合うことにした。

「ああ、わかったわかった。JKな。JKはいいよな。かわいいし」
「肉がヤワラカイ」
「……ああ、おっぱいな。おっぱいはいいよな。触ると心が穏やかになる」
「斬るとココロがキレイにナル」
「…………JKってだけでなんかいい香りがする気がするしなぁ!」
「ヒメイがココチいい」

 この腐れ畜生変態野郎が。

「ソコ、ドケ。JK、コロス」
「そんなにJKがいいのか?」
「JKがイイ」
「だが待て……お前が殺したがっている相手は、本当にJKなのか?」
「ナニ?」
「確かにJKっぽい制服を着ている。容姿も幼く、確実に未成年だ……だが、幼すぎやしないか?」
「ナ、マサカ……!!」

 変態バカがわなわなと全身を震わせる。

「そう、そのまさかさ。彼女はJKではなく……JCなのではないか?」
「ソ……ソンナハズハナイ!! コノオレノキュウカクガソウイッテイル!!」

 嗅覚ってなんだよ気持ち悪ぃな。

「ふ……だが、俺には分かるぜ。お前は今迷ったな? お前はJKだけを狙うプロの殺人鬼と裏の界隈では呼ばれている……」

 知らんけど。

「だが、本当にそうか? 俺の問いかけ程度に揺さぶるお前みたいな人間が、本当にプロといえるのか?」
「オレハ……オレハプロフェッショナルだ!! プロフェッショナルトシテオレハカズオオクノJKヲ」

 プロフェッショナルってなんだよプロでいいだろ。

「ク……モウイイ、ソコヲドケ!! キレバワカル!! キレバアノオンナガJKダトワカル!!」
「ああそうかい。いいぜ、通りなよ」

 俺は素直に道を譲った。バカは怪訝そうな顔で一歩踏み出し、そして止まった。

「ナ……アレ?」
「ああ、ところでお前、一体どうしたんだ? ――そんな全裸でよ」

 俺は足を止めたクソゴミに飛び掛かると、その股間に勢いよく蹴りを入れた。

「カハッ――」

 カス野郎は無様に拳を振るおうとするが、先手を取られ股間に蹴りを入れられたダメージがデカすぎた。
 俺は激痛に動きもおぼつかないアホの全身に蹴りを入れ、最期に側頭部に回し蹴りを入れて蹴り伏せた。

「ア……ナゼ……オレノブキガ……」
「ペラペラ喋りすぎなんだよバーカ。まぁウチの斥候が優秀すぎるってのもあるけどな――な、ダイヤ」
「当然☆ こんなんだったらわざわざ時間稼いでもらう必要も無かったね☆」
「そうでもねぇさ、こいつの腕は確かだ。バカだっただけで」

 作戦はこうだ。まず俺がこの変態野郎と下らない話をして時間を稼ぐ。その間に、コイツの背後に回り込んだダイヤが魔人能力『盗人猛々』を発動。
 繊細なフェザータッチを以てして触れまくり、全身の刃物を換金。全裸を蹴る。全裸は死ぬ。そういう作戦だった。
 ダイヤが一瞬で組み立てた作戦だった。会話の内容も一瞬で俺に指示してきた。大した奴だまったく。

「さて……と☆」

 どこからか持ってきたロープで変態を縛り上げ、裏路地に連れ込むダイヤ。

「おい、そいつどうする気だ」
「聞かなきゃならないことがあるからね☆」
「あぁ……その、怖いから俺も付いてくぞ」
「もぉ、こんな状態の変態さんにやられるわけじゃないじゃん☆ 優しいんだねジャック☆」
「いやそういう事じゃねぇんだけどな……」

6.
「ウグ……オレヲドウスルキダ……」
「だから言ったじゃん。聞きたい事があるって☆ ……何度も言わせないでくれる?」
「…………」

 ダイヤちゃんのパーフェクト作戦が功を奏し、勝利を収めたダイヤちゃんとジャック。
 私たちは裏路地に居た。変態を連れて。

「で、誰の命令なのかな☆」
「ハ?」
「は? ってなに? 何かの隠語? それとも舐めた口聞いただけ? 教えてほしいな☆」

 汚いけどしょうがなく変態の股間を蹴り上げるダイヤちゃん。女の子みたな悲鳴を上げる変態。

「で?」
「ダカラオマエガナニヲ――」
「お前?」

 もう一度蹴る。悲鳴が上がる。

「カ……ハァ……」
「で?」
「ナニヲ……イッテルカ……ワカラナイ……デス……」
「使えるんじゃん、敬語。要するにね、キミがあの子を殺そうとしたのは、誰かの命令とかじゃないのかなーって。そういう意味だよ☆」
「チガウ……」
「敬語」
「チガイマス……」

 蹴るのはやめてあげた。

「うーん……本当?」
「ホントウダ……ア、イヤ。ホントウデス……」
「これ、見える? ダイヤちゃんの手」
「……?」
「返事」
「ミ、ミエマス……」
「この手で触れると、キミが身に着けてたり、持ってるモノが消えるんだ☆ 今だと君を縛ってるロープかな。で、最終的に全裸になって、それでもキミに触れた場合――何が起こると思う?」
「…………」

 股間を蹴った。悲鳴が上がった。

「ウ、ウウ……ワカラナイ、デス……ナニモオコラナイ、トカ……?」
「残念☆」

 変態が怯える様に身体を震わせた。
 そんな、答えが違ったからって暴力を加えるとでも思ったのだろうか。ダイヤちゃんそんな子じゃないのに。

「答えは――内臓が消える☆ でした☆」
「…………」

 ダイヤちゃんは両手をゆっくりと変態に近づけた。そのギリギリまで。

「で、本当はどうなの?」
「シ、シラ……シラナイデス!! ナニモ!! タダナントナクアルイテテ!! ソシタラJKイタカラ!! ダカラ!!」
「うるさいよ」
「ウグゥ……」

 変態は泣いていた。けど嘘は付いていない様だ。

「その辺でいいだろ、ダイヤ」
「ん、そうだね☆ ……でも困ったなぁ。特定の人物に狙われてるならその元をつぶせばいいけど……見えない力が相手となると、困っちゃうね☆」
「だな……だが、今回はどうにかなったんだ。少なくとも守り続ける事は不可能じゃない」
「ん、そうだね☆ う~ん、何かいいアイデアがあればな~……」

 ジャックとダイヤちゃんは警察に通報すると変態を残し、お嬢たちの元へと戻っていった。

7.
「ほら、どうにかなっただろう。ん、なんだって? ありがとうございます? ハ、そりゃあお礼が言いたくなるだろうねぇ命の恩人だからねアタシ達は!!」
「嫌味ババアファイ……」

 あれよあれよという間に事が進み、気づけば何事もなかったようにアタシ達は集まっていた。

「はぁ、どうしたもんかなぁ……」
「どうしたもんかなぁじゃないよこれで分かったろう? アタシらは死なない。そしてアンタは死なせない」
「なんで」
「なんで? ガキはどうでも良い事を気にするねぇ!! アタシらが良い奴だからじゃないかい!? 知らないけどね!!」
「なにそれ……」

 クソガキは難しい顔で唸りながらクルクルとその場で回っていた。変な奴だ」

「ていうか……あなた達はなんなんでしたっけ?」
「大体何でも屋レムナント」
「わたしを助ける理由は?」
「良い奴だから」
「死ぬかもしれないのに?」
「アタシ達は死なない。一部死んでるが魂は生きてる。つまりやっぱり死なない」
「……いやでもやっぱり死ぬって。わたしには分かる」
「分かった気になってるだけだよ。それに死ぬ方が楽だから死にたがっている。覚悟を持つなら、生き抜く覚悟を持ちな」
「そもそも手を貸してほしいなんて言ってない。消えて」
「あぁ!? なんだってぇ!? ババァは耳が遠いから聞こえないねぇ!!」
「……………………クソババア」
「そしてアンタはクソガキさ。何を言っても無駄だよ!! ババァは喧しくてしつこいって昔から決まってるのさ!!」
「チッ…………ハァ…………分かったわよ、もう……」

 そう言って、クソガキはハンドバッグから札束を取り出し、こちらに差し出した。

「なんだいこれは」
「依頼料。大体何でもやってるんでしょ?」
「どこまでもひねくれたガキだ……だが」

 アタシはその札束の一番上の一枚を抜きとり、懐に入れた。

「依頼料はこれで十分だ……アンタの名前は?」
「山乃端一人」
「依頼の内容は」

 山乃端一人は大きく息を吸い、そしてアタシ達に頭を下げた。

「わたしを助けて」

 つづく。
最終更新:2022年02月05日 22:39