これは偽りの物語、
そして、少しだけズレたボタンたちの掛け違いの物語。

けれど確かに「純愛の物語」だったのだと、私は今でもそう信じている。



◆one sees the mud,and one the stars.

(いつ)だってそうだが、あの時の「俺」はどうしようもなく子供だった。

小さくて
無力で
ただ意地っ張りだった。

暴力の塊のような、あの暴走トラックを前に
ただ大事なものを抱え、眼を見開いていることしかできなかった。

じゃけんのう

その轢死を生む凶悪な鉄の塊は、突如現れた「肉の壁」によって、
とんでもない衝撃音を立てながら停止した。


「坊主、あらましい真似したらいけん
    じゃけん。その心意気でら”漢”じゃ。」

目を開いていたからこそ、その姿を、背中をその目に焼き付けることができた。
そのひとは
全身から血を吹き出しつつも愉快にわらって、
自分を見た。
その時から颯爽と翻る【学ラン】と【漢の背中】は、「俺」の生きる道しるべとなったのだ。


◆◆◆

(いま)だってそうだけど、あの時の「私」はどうしようもなく子供だった。

小さくて
無力で
取り返しのつかない意地っ張りだった。

暴力の塊のような、あの暴走トラックを前に
ただ抱えられ、眼を閉じていることしかできなかった。

そして

大切な導きの杖を失い、転び泣く迷い子となった。

「大丈夫。」

そんなことはなかった。私は本当に何もできなかった。

one sees the mud,and one the stars.

だからこそ 俺/私は―


◆始まりの帳をくぐって

【逢魔ヶ時】それは、夕方の薄暗くなる昼と夜の移り変わる時刻を指す。
この国では黄昏どきには異界との扉が開くといい伝えられ、
魔物に遭遇する、あるいは大きな災禍を蒙ると古くから信じられていた。

それは確かに今も一つの真実として息づいている。

首都東京を襲った2年前の冬の惨劇「殺人鬼の夜」はその影を今だ
色濃く残していたし、今日にでもあの惨劇の幕が再び切って
落とされるのではないかと人々は心に疑い、鬼を暗闇に見ていた。

寧ろ、その帳のほうが闇夜そのものよりも恐怖を駆り立てる存在であったかもしれない。

そんな薄暗い夕暮れの路地を一人の少女が帰路を急いでいた。
ありていにいって整った顔立ち、清楚な井出達であった。
姫代学園の制服に身を包んだ彼女は黒髪とバックを揺らして
周囲を伺うと、不安そうな面持ちで後ろを振り返り、ついと視線を走らせた。

(失敗したなぁ)

最近、まとわりつくような視線を遠くから感じるようになり、
一人にならないよう努めて立ち回っていた。
ただ今日に限っては友人たちに立て続けに振られ、一人寮に戻ることになってしまった。

気のせい気のせい…そう、ふうと息を抜き前を向いた瞬間、目の前に影が差した。


「「山之端一人」さんじゃないか?奇遇だね」

現れたのは、灰色べた髪のやさ男だった。
ことさら、嘘くさい笑顔を浮かべ、彼女の進路をふさぐ。
確かに見覚えはあるが、どこかで会ったかどうかというレベル。
眉を寄せる彼女にお構いなく、彼は言葉を続けた。


「山之端一人。16歳彼氏なし。

学業はまじめでそつなくこなすが今ひとつ情熱のない二年生……」

「人付き合いが悪く」

「「どこかに行こうぜ」って遊びに誘っても、胸元の懐中時計の鎖をいじって楽しいんだが楽しくないんだが…」

ドドドドドドドドドドドドドド

言葉を紡ぎつつ歩を進める男の「圧」に、我知らず後ずさりする一人

そうだ。思い出した確かこの間、無理やり連れだされた合コンで会った―――

名前は確か――――

「そのアンニュイで気品ただよう容姿と物腰から、男女とわずにもてるが

部活や学園活動には参加せずの帰宅部一択、だからなかなか話しかける機会がなかった。」

ドドドドドドドドドドドドドド

「僕の名前は

綺羅野堂了アルパ。『運命の人』を探し求めるだけの、つまらない男さ。」

        リョリョリョリョリョリョリョリョリョリョ


滔々と語る綺羅野堂了アルパ。一体何者…そして何の目的で…
彼は言葉を紡ぎながらまるで「印」を結ぶかのように小指を立てた左手を彼女へと押し出した。


「そして君と同じ魔人。魔人能力『君と僕の間に』。能力は――――」

だが、その台詞は最後まで言い終えることは出来なかった。
次の瞬間、パン!炸裂音とともにアルパの頭部に何かが降り注ぎ、爆ぜたのだ。

「「!!」」

「やれの、東京は騒がしか、ゆーに飯も食えん!」

二人が見上げると電信柱の上、ラーメンを啜る学ラン服の”偉丈夫”の姿があった。
「白蘭」とかかれた「おかもち」(出前に使う容器入れ)にどんぶりを入れると
二人の合間に割って入るよう舞い降りる。

学ランに赤シャツ。
身長は155cm程。胸の大きさはかなり控えめであった。…訂正、学ランこそ
特大サイズなものの”偉丈夫”というにはかなり小さいサイズの女の子の姿がそこにあった。


―こんに耐久型か。『はじこ』に魔人能力発動仕掛けとったが
―さっき投げたのは割りばしか…。それであの威力となると間違いなく戦闘系の上位魔人。

先ほどは割りばしの投擲。学ランの少女は頭を打ちぬいても構わないくらいの気持ちで
投擲したのだが、アルバはその割り箸をもろに食らいながらもダメージの形跡がまるでなかった。
二人とも先ほどのやり取りから相手の傾向と大まかな力量を割り出すことに成功していた。

目線を互いに交差させた後、
学ランの少女は背中越しに少女に笑いかけた。

「『はじこ』。ちょいさばくから、しばらく離れて耳ふさいでろ。すぐ終わる」
「え?」
「まかせんちー」

効いたことのないなまりの言葉で話しかけられ、上手く状況が飲み込めず
山乃端一人はぼんやりと目の前に少女を見た。
ただ「はじこ」という言葉だけには強く反応した。
「はじこ」は彼女の愛称のひとつだ。しかも、その変わった呼び名で呼ぶのは昔々の幼馴染只一人だけ。

少女が十分な距離を置くのを見て、再び対峙する二人。

「アルパとかいったか。
オレの名前は「空渡丈太郎」。只の阿保で、アイツの盾やら壁になりに来た。以上。
発動条件みたすんには――――これくらいでええじゃろか?」

アルバは相手の発言の意図を悟り、薄く笑った。
「私の魔人能力は『君と僕の間に』。対象同士の左手小指に運命の糸を結ぶことで
感覚を共有することができる能力。
発動条件は互いが互いの名前を認識すること、私が性癖の開示を行うことの2点です。お嬢さん」

山乃端一人に対する条件を満たしかけているところをこの「空渡丈太郎」と名乗る学ランの少女は
割って入ってきた。なので、その「詫び」としてアルバの能力を
『肩代わりして』甘んじて受けるといっているのだ。
どんな能力かもわからないというのに。馬鹿げている。それでは、まるでどこぞの大番長ではないか。

「性癖第一開示。それは「運命の人と一緒に逝き、死に果てること」、
究極の心中をもって純絶たる愛の成立を望む。つまり、僕は明確に君の『敵』さ」
「そしてもう一つ予告しよう貴女はあの子への壁は務まらない。何故なら決壊の穴はッツ!既に穿かれているのだからッ」

敵対の名乗りを受け、距離を詰めようと脚に力を込める丈太郎。
それに抗するようにアルバが配した魔人能力に絡む「伏せ札」が明かされる。

そして不可視の呪縛が不気味な振動音と共に丈太郎の『穴』を見事に捉えた。


Dandy&Destroy!!!! その先、生命の保証なし‼



◆紅顔たる硬直。貫かれた『シリウズ一番星』

距離を詰めようとした学ラン。空渡丈太郎の足が止まる。




「ひゃん」

うぃぃぃぃん、うぃぃぃぃん、
うぃぃぃぃん、

殺伐とした路地裏。その空間の沈黙を破ったのは妙に可愛らしい声と、不気味に鳴り響く振動音であった。

前者は可愛らしい少女の口から、もう一つは男の”出すほうの口”から漏れ出ていた。
?????!一体何が起こったというのか!?

「・・・おっおまえ」
「ふふ、やはり未体験ゾーンでしたか、貴女は私の想像通りの【清きひと】のようだ。
どうしました? 貴女、まるで生まれたての小鹿のように足が震えていますよ。」

どのような強固な堤防も蟻の一穴から崩れるという
吉良の同僚はある書物からヒントを得、絶大な戦闘力・防御力を持つ相手を無力化する術(電子バイブ)を事前に自ら体に仕込んでいたのだ。

例え絶対の無効化能力を所持していたとしても、備えるうる力なければ不発に終わる。その書物にある
詳細を詳しく記すとネタバレになるため、ここでは明かすことは出来ない。もし興味のある方や
未読な方がいれば是非、講談社より絶賛販売中「飛行迷宮学園ダンゲロス~蠍座の名探偵~」を読んでみてほしい。
アルバは淫魔人として見ると下の下程度の存在でしかない。だがその彼ですら条件さえ合えば
転校生にすら対抗し得るレベルの術を持つに至るのだ。淫魔人、恐るるべし。

下半身後方から襲い来る「未知の感覚」に硬直と紅顔を繰り返す、学ランの少女
歩を進めるのもママならないマンモーニ。そこに前方から【追い打ち】がかかり今度は前のめりにつんのめった。

「―――ひゃ」
「フフフ失礼。貴女のその姿を見ていたら私、興奮してきてしまいまして。
フフフこちらは完全に『未知の感覚』ですね?どうです?初見の感想は?」

そういい腰を上下に振る変態不審者。
汗水をたらし、涙目でアルバをにらみつけるのが精一杯の学ランおぼこ娘を前に余裕綽々であった。
経験値にあまりに差がありすぎる。

「…あれ?ひょっとして  ちゃいましたか?」

お尻フリフリ☆トンガトンガ☆、

バックスステップを踏みつつ、再び奇怪な踊りを披露する綺羅野堂了アルパ。


「うがーーー」

丈太郎は糸を断ち切ろうとするが弛んだ糸相手には上手く事が運ばない、
ならばと今度は二人を繋ぐ糸に噛みつき犬歯で切ろうとするが文字通り歯が立たない。

「無駄です。その運命の糸は『関係性』でできていますから例え『転校生』にだって切れませーん。」

小指の糸の固結びを解こうとしても、アルバは巧みに糸を引っ張り、バランスを崩してくる。
「ーーー。」
そして奇妙な立ちポーズを維持しつつ、踊るように距離を取る。無論、下半身を小刻みに揺らすことも忘れない
とん。とん。という伝わる振動に悲鳴を辛うじて飲み込む。

「私は貴女に近づかないッツ!!一発逆転の機会はあたえないと思ってください。」

衝撃は既に拷問へと変わっていた。



◆◆


ふーふーふー。

(よわよわザコザコなのにギリギリ持ち堪えてる。思ったよりタフですね。このお嬢さん)

男に息の乱れはなく、少女の荒い呼吸音だけが響いていた。
時間にしてみれば僅か数分の狂乱の宴ではあったが、それでも空渡丈太郎は粘りに粘った。
限界値は超えた。とアルバが判断してから既に大分たっている。

そして、異変は次の瞬間に起きる。
何度目かのアルバの糸を引く機会、丈太郎はそのタイミングに合わせ手刀を振るい。
張り巡らせられることなく糸は引き寄せられ、アルバの元に戻ったのだ。
振るった手刀の狙いは糸ではなく、大元、丈太郎の小指。
彼女は手繰り寄せに合わせ、自身の小指を結び付けられた糸ごと切断(エンコ)したのだ。

アルバは秘かに感嘆した。

(なんという意志。なんという心意気。本当に素晴らしい。これが百合という概念。ああ、今すぐ君たちに挟まれたい)


――でも、無駄無駄無駄無駄。

「無駄なんですよね。指切りしてもね「関係性」は壊れない。それが僕の『君と僕の間に』」

これにより逆に勝ちは確定したといえた。小指を回収したら、距離制限がなくなる。
いっそ立ち去ってしまってもいい。そう息を吐いた瞬間
宙を舞った小指と弛緩した糸が、意志を持ったかのように空中に弧を描き
アルバの首へと巻き付いていった。

(…糸が首に…馬鹿な……)

「ああ、無効化できないほうのパターンか。こんに苦しめらるとは強かのう。」

頸動脈に「絶対に切れない糸」が食い込む。
アルバは彼女を見る。丈太郎は、直前で息を整え、今は意識を失わないよう『備えて』いた。
対してアルバは完全に虚を突かれ『備えていない』状態だった。
感覚は共有していても実際に首絞めによる脳への酸素供給停止は彼の方だけに起こる現象だ。

丈太郎が手を広げた。

――――その運命を引き寄せろ――――

『崖っぷちの漢気』(タイトロープ・ダンディ!)

彼女の小指が、彼女の元へと舞い戻る。命運を握ったのは学ランの少女。

残りの余力全てつぎ込み、丈太郎が手首を捻りあげ、一本釣りを行うとアルバの体躯は
宙へと飛びあがり、そのまま、地面へと頭から叩きつけられた。
彼は耐久性に絶対の自信を持っていたが、本人が独白していたように意識外を突かれれば
崩れ得る代物。その一瞬で意識を手放すこととなった。


◆◆◆

「やっぱり、じょーちゃん、じょーちゃんだ。死んだとおもってた~生きてたならそういってよ!」

うわーん。うわーん。

戦い終わり、学ランの少女は律義に耳をふさいでいた少女に声をかける。そこから
返ってきたのは、ぐちゃぐちゃに泣き崩れた顔と熱い抱擁だった。

「ちょ、おま」

むにゅりとした柔らかな感触、鼻孔をくすぐる良いにおいにつつまれ
限界ぎりぎりだった丈太郎の精神の糸は、ぷつっと音を立てて切れ、その意識を手放す。


「あれ、じょーちゃんじょーちゃん、しっかりー」

かくて颯爽と登場を決めようとした空渡丈太郎の目論見と裏腹に
この出会いの物語はいささか締まらないものととものとなったところで一端、幕を閉じる。

そして
彼女が目を覚ました時、新たなる波乱、恐るべき戦いが始まるのだ。



(―――――――――だから、じょうちゃんって呼ぶんじゃねぇ。)






この物語は偽りの物語であり

常に「崖っぷちにいる者たち」のぎりぎりの「綱渡り」の物語であり、

そして

『純愛』の物語――――――になれるといいな…そんな多難な物語群のお話である。
最終更新:2022年02月06日 20:34