月が輝く夜の出来事。

静穏な暗闇を切り裂くように夜空に星が降る。
天の中心で輝くポラリス。

それはまるで貴女のようだった。

「ほら、素敵だね」

楽しそうに星を指さす貴女の傍で。
私はずっとそれを見ていた。
『月が綺麗ですね』なんてしゃれたことは私には言えなくて。


貴女とずっと一緒になりたい。流れ星にそう願っていた。
特別になりたいと願う必要はなかった。
貴女がどう思おうと、貴女は私にとって特別だったから。
それでよかった。

「また一緒に見ようね」

貴女が笑う。
それは私には夜空に輝く星のように眩しすぎて。

ひざを折って片足を後ろに引き、身を低くする。
スカートの裾を摘まむと軽く持ち上げ、そのまま貴女に深々と礼をした。

「一人、私はずっと一緒です。健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、どんな時でも貴女を守ります」

なんて真面目な顔で言ってしまう

「それじゃ、結婚式じゃない」

また貴女が笑った。

それは私が魔人に覚醒した運命の日。
山乃端一人を守ると誓った遠い昔の出来事だった。



◆◆◆◆



「死ねぇ!!!」

戦車から砲弾が飛ぶ!

砲弾が向かう先にはヴィクトリアンメイド服を身にまとったメイド。
銀髪のボブカット。フレームのない眼鏡の奥に光るのは、涼し気な切れ長の瞳。
右手には箒を携えて、左手にはお盆を抱えている。
主人に恥をかかせぬよう、だれに見られても恥ずかしくないような優雅な立ち姿。

一見、戦車に狙われる到底ふさわしくない人物。
だが、彼女を知るものなら決してそんな感想を抱くことはなかっただろう。

彼女の名は諏訪梨絵。
世界最高峰のメイド騎士養成学校が生んだ最高傑作にして、最強のメイド騎士である。


梨絵が箒をバットのように振ると砲弾を撃ち返した!

撃ち返された砲弾は戦車に直撃!

「うぎゃあ!!」

戦車は爆発四散!!
そのまま梨絵はまっすぐに山乃端一人誘拐犯のアジトに向かっていく。


誘拐された山乃端一人を取り返さなくてはならない。
それがメイドである梨絵の使命だ。



その入り口は大きな扉に閉ざされていた。

だが、梨絵が箒を振ると、一瞬にして扉はバラバラに切断された。
中には誘拐犯の仲間が待ち受けていた。

「貴方方の相手をしている暇はないのですが……」

「てめえにはなくてもこっちにはあるんだよ!!」
「通すなって言われてるんでな!!」

ずれかけた眼鏡を直しながら、ため息をつく梨絵。
先ほどの戦車と比べれば弱敵にすぎないが、数が多い。
一人一人相手をしていくのは面倒だ。

だが、問題はない。

「しねえ!!」

誘拐犯の仲間が一斉に向かってくる。
梨絵は冷静に両手で箒を構える。
箒に光が収束し、光り輝く。

そして、梨絵が箒をそのまま振りぬくと、箒から光の粒子が放たれた!!

金色の奔流により吹き飛んでいく誘拐犯!
全ての誘拐犯たちが倒れ伏していた。


何が起こったのか。

梨絵が持つ箒が特別性

―――というわけではない。
これは梨絵の魔人能力の効果によるものだ。

ただ一人の護るべき誰かのためにいくらでも強くなれる。
彼女の魔人能力「貴方と共に(アヴェク・トワ)」はそういう能力だ

想いの力は無敵で無限で最強で、その力に不可能なことなんてない。
だから、一人のためなら彼女はどんなことだってできるのだ。

少なくとも梨絵はそう信じていた。


◆◆◆◆


誘拐首謀者の待つ部屋に梨絵はたどり着いた。
そこに待ち受けていたのは、豪華な装飾のついた椅子に座る誘拐首謀者と檻の中で猿轡をはめられ、縛られた山乃端一人。
先ほどの様な光線は撃てない。救出するべき一人も傷つけてしまうからだ。

「一人を返してもらいます」

箒を構え、首魁に宣言する梨絵。




【ここからしばらく誘拐首謀者との戦闘が続きますが、今回は省略します。みなさんが考える最高の戦闘を入れてください】




「こ、この私を倒すとは、諏訪梨絵……やはり恐ろしい女だ……」

誘拐首謀者を倒れたことを確認すると、梨絵は一人が閉じ込められた檻に向かい、一人の猿轡を外す。


「……来なくてよかったのに」

一人が梨絵を恨めしそうに見つめる。

「主人を助けるのはメイドの務めです」

梨絵が表情を変えずに、少し寂しげな声で彼女に返した。

「私は貴方の主人ではないでしょう?」

一人の家にメイドを雇う財力などもうない。
梨絵がメイド修行のための留学に出ている間にすべて失ってしまった。
彼女の家族もいなくなった。
屋敷にいた多くの使用人たちもみんな去っていった。
今、彼女の傍にいるのは梨絵だけだ。

「私は貴女を主人だと決めました。それで充分です」
「私なんかに仕えてどうするの!?もう私はお嬢様でも何でもないんだよ!!梨絵ならもっと相応しい主人がいるんだから」
「いませんよ」

金品も名誉も重要なことじゃない。
一人だけがいればいい。
それはあの日から変わらない梨絵の想いだった。

「一人の代わりなんていません」
「そんなわけない!私なんて貴女の忠義に返せないし、貴女を幸せにもできない。そんな私に何の価値もない」
「そんなこと言わないでください」

一人の言葉を聞く梨絵の表情は変わらなかったが、眼鏡の奥の瞳は今にも泣き出しそうだった。
そんなことを言ってほしい訳じゃないのに

梨絵が離れているうちに親友は変わってしまった。
以前よりネガティブになってしまったし、何かにあるたびに死んでもかまわないとさえ発言する。
日が立つごとに彼女の人間不信も加速していくばかりだ。
今の一人はあまりにも不安定すぎる。

「ひとまず帰りましょう」
「……うん、そうだね」

二人は誘拐犯のアジトを後にする。

想いの力は何にも負けないと信じていた。
想い、願い、手を伸ばせばどこまで届くと信じていた。
けれど、届かないものがあるのだと思い知らされた。

それでも、想いの力は何にも負けないと信じている。
想いの力はどこまでも届くのだと願っている。
そうでないなら一人を助けられないではないか。

だから、梨絵は出来る限り一人の傍にいたいと願っている。
今回のように事件に巻き込まれてもすぐに助けられるように。

いつでも手が伸ばせるように
いつか彼女の想いが届くように。


諏訪梨絵は山乃端一人のメイドなのだから。
最終更新:2022年02月06日 19:03