全てを見透かすあの星たちは一体────何を見ているのだろうか。
正体は誰も知る由もない。あの神でさえ……。
瞬く天を裂いて突き破る雷光。
東の空が蒼く燃え、時空を引き裂く閃光が走る。
細い氷雨が降りしきる無人の世界に盗まれたものはない────命以外は。
不気味な風鳴りとともに空を覆い隠す巨大な影が世界を滅ぼしに往く。
それはこの世のモノでは無い全てを呑みこむ超有機的進軍。
その巨大な影は寿命すら残り僅かな青い惑星は水面に垂らされた墨汁のように染めていく。
真っ黒に。
永久に。
空虚に虚しく……。
────そして、そこで人類の連鎖性は途切れた。
2122A.D
────決して交わらない平行世界が繋がり、世界は崩壊した。
平行世界から来た未知の存在との戦争は一世紀にわたり、世界規模の停滞の中で人類は国家、人種、言語、宗教、文化、歴史といった人類を区分する全ての要素が人々の移動に伴って拡散し、融合し、消滅し、勃興し、そして滅亡したのだ。
だが、人類最後の戦いは未来ではなく現代の東京で繰り広げられる────。
■■■■■■
──2021A.D 東京──
──世田谷区 多烏丸巣──
十二月、2学期が終り何日かが過ぎた午後2時過ぎ。
私は高校生らしい高校生の毎日からは程遠いノートパソコンに向かう自宅学習をやめて、曾祖母の別宅に入り浸っている。
少し前に持ち主であった曾祖母は何の前触れもなくクモ膜下出血で倒れ、別れも告げることも出来ないまま死んでしまった。
そして、今この場所は私が現実から逃れるための隠れ家であり、あれこれする場所になっている。
別に学校の遠隔授業からドロップアウトしたわけではないが、大学進学まで間のない高校二年なのになんだかよくわからないままここに押し込められているのには少しワケがある。
『はぁ……』
収まりの悪い黒髪を掻きながら暗澹と唸った。
──────チリン。
其処知らの風がアイルランドからきたドリーム・キャッチャーを揺らし、煌めく。
ここの静けさはお堂のように神々しい。
この婆ちゃんの物置小屋は、物置小屋というには大きすぎ、室内壁一杯に広がっているラックはコストコのように巨大。あと、何故かトイレが凄く綺麗だった。
整然とし、まるで値札でも付けているかのように陳列してあるガラクタたちには基準がない。
木箱の中には未開封のヌカ・コーラ。温泉街で買ったとおぼしき琵琶の木刀からマニアなら喉から手が出るほど欲しがるであろう18世紀後半のビスクドール。亡くなった有名人そっくりの蝋人形。なんと週刊少年ジャンプが創刊号からナンバリングされているのだ。
他にも曾祖母の収集した南米の祭器たち数千点がドッサリ。それはまさに小さな歴史博物館である。
その大半の正体は私の両親たちも知らない混沌。宝なのかゴミなのかすら検討もつかない。
……そして、問題事もドッサリ。
とある展示区画にボッカリと空いたガラスケースに飾ってあったあるものもその一つだ。。
────三週間前。
曾祖母の遺品整理で私は拳銃を見つけた。
これはほんのさわりになるとおもう(多分)。
■■■■■■
────私の名前は、山乃端一人。御歳十七歳。
元をたどる事件の初まりは曾祖母の遺品整理中にあの有名俳優キアヌ・リーブスのサインの入った映画撮影用の模造銃を発見した事だった。
当然(みんなもそうよね?)私と弟は死んだ曾祖母に感謝しながら狂喜乱舞し、二人でジョン・ウィックごっこに興じ、事件は起きた。
弟は二挺のH&KP30L。私は並んで陳列してあったコルト・リボルバーを手に莫迦騒ぎ。
『────我は手で撃たぬ。
手で撃つ者、父親の顔を忘却せり、
我は気で狙い定める────』
当時の私は浮かれていて……いや、浮かれ過ぎていた。
「もう、姉ちゃんそれ違う!ジョン・ウィックじゃあない!真面目にやってよ!」
『うっせい。もうちょっとだけ、このノスタルジーに浸らせてよ……。
────我は我が銃で殺さぬ────
────銃で殺す者、父親の顔を忘却せり 』
あの時の私はテンションが爆上がり過ぎて少し様子がおかしかったのかもしれない。
私は西部の拳銃使いよろしく人差し指に銃を引っ掻けてクルリ。次の瞬間に。
『我は心で……熱ッゥゥ?!』
射た。
なんと、その1862年製コルト・リボルバーは本物だったのだ。
発射された弾丸はリビングを貫通。危うく弟とマンションの下の階に住む留学生のブルクハルトさんを殺めかけた。あ!あと、私の指の爪も割れた。
当然、即・警・察。私は姫代学園では通算98人目の硝煙検査の陽性者となった。
問題の曾祖母の別宅に警察の家宅捜索が入るとそこで判明したのは衝撃の事実。
あの別宅には、この拳銃の他にも実包多数。手榴弾ワン・カートン。
オマケに曾祖母愛用だった純銀の杖にはピカピカの仕込み刀。
軒先に飾っている誰が見てもレプリカだと思っていた髑髏の置物たちは全て本物の人骨だったのだ。(因みに私は文化祭のお化け屋敷のためにこれを何個か拝借して、そのまま失くした事は今でも内緒である)
あらぬ疑いをかけられた両親(因みに父の職業はYouTuberの広報担当。母は専業主婦)は銃刀法違反、死体遺棄・損壊の容疑で生まれて初めてパトカーに乗り、取り調べを受け、自腹のカツ丼を食べた。
私も最終学歴にも深刻な付随的損害を覚悟したが、お喋りな鑑識の人の話だと私が誤ってブッ放したコルト・リボルバーは第二次世界大戦中にアメリカのスミソニアン博物館から盗まれた貴重な文化財らしく、米国政府から銃の返還をせっつかれているらしい。その為、日米の外交問題を気にする警察はあっさり父と母を釈放し、今回の件を遺品拳銃の暴発事故にしてスピード処理したらしい。
そもそも海外旅行もしたことないハズのうちの婆ちゃんがなんでそんな銃なんか隠していたの?その理由すら謎。腑に落ちないが事だらけである。これではまるで出来すぎた映画の陰謀裏工作のような話で気持ちが悪い。
だが、今は家族全員が刑事裁判に架けられなかった事は素直に喜ぶべきだろう。ぶち抜いたマンションの修理代もたいした事なかったし、射たれかけたブルクハルトさんも許してくれて民事訴訟も免れた。
────そろそろ本題に入ります。
婆ちゃんが婆ちゃん自身に送った国際荷物だ。
日本から西に4大陸を三年かけて四周旅して再び日本に戻ってしてきた小包だ。しかも、また何処かに転送する指示書付。まさにアンタチャブル。
だが、開ける恐怖より私は好奇心が勝り、とうとう包みを開けてしまった。
本革のハードケースに&ruby(装飾書体の活字){サーキュラー・スクリプト}の刻印の真鍮板が施されている。
『外国の玩具……?』
鍵を開けて止め金をパチンと外し、中を開いた。
匣の中には折り曲げられたA4サイズのわら半紙が数枚。中にも英文が躍っている。
私は手に取った。
■■■
RISK CLASS:DANGEROUS
(※However,Only for those who are dead)
Artifact name:DELTA∴GREEN final countdown separator
SECURITY CODE:DRB-B-166610-US-17480
▆▇▅▇▃▇▇▅▆▇▅▇▃▅▆▇▅▇▃▇▇▅▆▇▅▇▃▇▅
3040/13/366 ??:??:?? Transfer:StatesNORAD
▇▅▇▃▇▅▆▇▃ ▇▅▆▇▅▇▃▇▇▅▆▇ ▆▇▇▇▅ to forever....
2001/09/10 08:00:00 Transfer:SouthDakotaWarehouseNr.13
You'll never get away!there is no escape! ▅▇▃▇▇▅▆▇▅▇▇▇ ▇▇▇▇▇▃▃▃ ▇▃▇▇▅I can never escape...!
『……ええっと、ダン…デンジャラス…ハウ、んーぁ゛ぁ゛~~※×△○?ねーむ…デン…タル……グリーン?歯ブラシなのコレ??』
達筆過ぎて全く読めない英単語を口ごもった小声の意味不明な呪文でごまかし読み上げ、難読な仕様書のような半紙片手に首を傾げる。
『スイスの時計なのかな……』
箱から取り出すと今度はなんとなく掌に掲げて眺めてみる。
これは所謂名探偵が持つような時計ではない。見た目はゴツいし、鈍器みたいに重いし、まるで歴戦の戦車のような武骨さである。
「……ふぐッ!」
そうこう格闘していた私は、うっかり時計のロックボタンを押したようで時計の蓋が勢い開く。
その発条の勢いは凄まじく、開いた拍子に時計の上蓋は私の鼻をパンチした。
『痛痛痛……』
中身をあらためると外国製の懐中時計だと思っていたモノはどうやら違うようだ。これは多分玩具。
三桁の月と日付がある意味不明のカレンダーに、秒針・時針・分針の他にも二つ余計な針が左右に振れて奇妙な回転を繰り返し、なんか水時計みたいなのも付いている。中身は綺麗な蒼。本物の宝石(本物知らないけど)みたい。
『うわぁっ!ナニコレキモチワルッ』
それは掘り返した地面の中のミミズみたいにびっしりと刻み彫り込まれた魚か馬龍か。
冷静に分析する。ナニカの象徴だろう。
『どーせならグリフィンドールの紋章が良かったなぁ』
もしくはターガリエン家だ。マイナーなアメコミヒーローのグッズアイテムにしては余りにも原色が少なく、酷く地味だ。知名度も人気がでないのも当たりま
──────バチン。
電流のスパークが弾ける小気味良い音が響くと同時に、思考は遮られた。私の膝がガックリと折れる。
「残念だ。残念だが、問題は処理せねばならないんだ」
次の瞬間には拭ったように消え失せていた。
山乃端は総身に走る寒気に任せ全力で逃げようと試み、その時点で終わった。
首筋から全身の力を奪う衝撃。
『…………ぁ゛ぁ゛!』
突然の電気ショックに呼吸もままならない私を足で踏みおろし、収まりの悪い黒髪を鷲掴みにされる。
それからしばらくすると次々と下品な足音が近づいてきた。
この別宅の魔人防犯システムはしっかり働いていた。
しかしそれらも彼らが解錠するまで二十秒ほどしかかからない脆弱。警報システムも偽のセキュリティカードを差し込むとすぐに解除された。侵入に彼女が気がつけるはずがなかった。
まるで逮捕されるテロリストのように押さえられつつ、屈強な男たちに群れ囲まれている。
「二分で済ませるぞ。最低限、ここの物には触るんじゃあない。絶対にだ。どれが生物的有害物質かわかったもんじゃない」
呻く山乃端を横目に、事務的に頷いた。
自分のこめかみに銃口を押し当てられた。男の人差し指が躊躇いく引き金を引こうとする。
左の目から、涙が一筋こぼれ落ちた。泣き出した私を、男は見つめる。
唇から出てきた言葉は重く、まるで死者を悼むようなに低く詫びた。
「すまない。これが仕事なんだ」
何処かで聴いたことのある声に私は意識が剥いた。
トリガーが落ち切る瞬間、その刹那────低い異音とともに、空中に蜘蛛の巣のような亀裂が走り始め、
男の背後で、もうひとつの世界が目覚めた。
◇◇◇◇◇
死ぬ間際の活性化した知覚が刻の流れを永く感じさせる。
『…………?あれ?』
しかし予想に反してなかなか痛みが襲ってこなかった。いつの間にか拘束も解けて手足も自由に動くことに気がついた。
自分の側に転がった拳銃に視線を落として、顔をあげた。すぐに後悔した。
半瞬遅れて彼女は、やっと全身の血が音をたてて下降していく。
あまりのことに棒立ちのまま、ニコニコ笑い、顔は真っ青。拵えるのは微笑というより顔面神経痛の震え。脳味噌の中も七色へ変わる。
『────は』
いましがた自分を殺そうとした男、下の階に住む留学生ブルクハルトは天井で磔にされて悶えていた。私の足元から生える臍の緒を思わせる無数の管に全身を貫かれて……。
それが今だ二本、三本と鞭打っていた。
鼓膜は肉を咀嚼するぴちゃぴちゃという音に加え、なにもかも備えているはずの男の悲鳴を耳にする。
大蛇のように蜷を巻くや彼を背骨がないもののようにくの字にメリメリと折り曲げて、バラバラにした。
絶命の悲鳴に、肉の裂ける嫌な音が重なる。
『尻尾……?』
そんなが筈ない。だってソレには眼があるんだもの。今、私を視ている…。
まるで薄いガラスの向こうに居る恐竜と目があった気分だ。次の瞬間には突き破ってこちらを貪り喰うかもしれない。
知らぬ間にそんなものが自分のプリーツの裾から飛び出していたのだ。まるで最初からスカートの中に潜んでいるかのように……。
「Kill the master ahead !」
虚を衝かれた残りの二人が浮き立つ。
彼らはバケモノを見ているような顔で私を見つめていた。
次の瞬間、遅れたままの山乃端一人に立ち直る時間を与えず、凶器が吠えていた。
自分たちがまだ生きているのだと教えるかのように。
遺伝子レベルまで刻み込まれた恐怖を前に彼らは駈られるままに引き金に指をかける。
「もはやこれは完全に世界から独立した存在!災いの影!呪われた奇跡だ!」
しかし、放たれる工業用ダイヤモンドの弾の群は、いっかな動きを停めなかった。
「うぉぁぉぉぉぉおぉぉ……ッ!」
やがてカチッカチッと不毛な音が響いた。弾はもうない。そしてまたヤツを見た。
肉の裂ける音。天井ではブルクハルトは自分の喉を裂きながら臍の緒を抜き取ろうとしていた。
次の瞬間、黒い影のがっと開いた口が彼を頭から呑み込み、首の付け根から、食いちぎってしまった。硬い物をすり潰すような音が届き。ゴクンと嚥下した。
もう一人、今度は頭頂部から足首まで丸呑み。今度は噛まずにゴクン。
顔面の筋肉を硬化させたまま沈黙する私とソレの視線が二度、重なった。顔に冷たい滴が滴り落ちる。
滑るように、漂うように進むあまりにも禍々しいほど鋭く、歪な巨大な顎が開く。
▆▇▅▇▃▇▇▅▆▆▇▅▇▃▇▇▅
耳朶を打つ己の産声────不気味に哭り響く声明。
いまだ死の痙攣が波打たせる波紋も消えぬ血汐の領海に浮かぶ一つの謎の存在は別世界の音を呻きたてて、膨張と収縮を繰り返すと纏わり着いた臓物は血煙をあげて飛んでいってしまう。
真っ黒な渦巻きに世界はあべこべ。獣の肉声は壊れた映像のようにのんびりと間延びする。
発光するクラゲのように半透明なせいで、内側の臓器らしい管や円筒が透けて見え、人間のものではない骨格をのぞかせる。
気がつくと部屋を満たしていた真っ黒な下水たちが痕も残さずにみるみるうちに引いていく。
眼も鼻も口もないピンク色のゼリーの塊。
蒼く凍てつく形容絶する顔、肩、胸、腰。
取り繕った人皮たちが瘢痕をどんどん塞いで。やがて、傷一つない肢体へと変わる。
五秒とかからぬその変化に声がでない。まるで時間が遡行したかのような悪夢。
蟷螂の腕──────蜈蚣の尾、
『▆▇▅▇▃▇▇▅』
犬の脚──────長い黒髪、
『▆▆▃▆▇▃▅▅▇▃▇▇▅』
人間の指──────蜘蛛の複眼。
『▆▇▅▇▇▇▅▆▇▅▇▃▇▇▅』
十文字に開いていた唇────
真っ黒な眼窩からせり出す目玉────
乾いて消え去る流血──────山乃端の浴びた返り血さえも呑み込んで何事もなかったように静まり返る。
無数の腱と骨が組まれて、血管が紡がれる。桃色の肉がくっついて、白い皮膚が貼りついた──────
骨が、肉が、神経がジグソー・パズルのように合わさり、そのつなぎ目を曖昧に消滅させた──────
一から十まで総て見た。只の屑肉が、只の人間に変わる様を。
目の前で起きる人体解剖の逆再生にあっとおもうまもなく胃の中身がこみ上げてくる。
胃酸にまみれたお菓子のカスを足下にぶちまけた。
だが、ゲロを吐いたおかげだろう、失神の手前で立ち止まることが出来た。
天から降ってきた声の主は、変声期を迎えてもいない男なのか女なのかもまだあやふやな子供だった。
全裸で無毛なのだが、生殖器は見えない。
私は今、九死に一生のピンチなのにひどく冷静なのを感じていた。
背筋は相変わらず寒気に襲われ、胃は悲鳴をあげている。
しかし、その人体の制作過程を一から十まで全て見た。
今、目の前に降り立った暗黒は、か弱い少女を護る守護天使などではない。
丁寧に誂えた日に焼けない白い魔貌の下には別のナニカが居る。
ましてや悪魔などという矮小な単語は、山乃端一人の脳裏には浮かばなかった。
アレは見ず知らずの児童を装っている、只の怪物。
子宮を喰い千切って産まれた異形の胎児より邪悪なナニカだった。
『君、怪我は────ないね?』
流暢な日本語が頭に届き始めてようやく乾いた目を瞬いた。
氷細工のような華奢な手が彼女の制服に付いた土埃をはたき落とす。蜘蛛の脚のような指が山乃端のふくらはぎを這い上がって、小さな指は優しく白い両腿に朱い筋が引く。
私は本能的に手を振り払ってしまった。
『ぁぁ……じゃあ、一応、自己紹介から』
────恐怖に震わせる彼女に向けて歩みよりながら、ソレは少しだけ悲しげな声で名乗った。
『僕の銘は▆▇▅▇▇▇▆▇▅。君を殺しにくる奴らを僕は殺しにきた』
黒瞳はこの世の全てを見通し、すべてを見てきたように深い光を湛えていた。