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「ふ、あぁ……」
希望崎学園、一年A組の教室。
窓際最後尾の席で、銀色のキノコが机の上で揺れていた。
鍵掛 錠。
ゲームをこよなく愛する、ごく普通を自称する少年である。
その脳天に、突如謂われなき暴力が降りかかる――
「授業中に、堂々と欠伸こいて寝るなあああああああ!!」
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「……うう。体罰がまかり通るなんて、なんて前時代的な……いてて」
昼休み。
タンコブの生えた頭をさすりながら、購買の戦利品を口に運ぶ。
本日のメニューは塩焼きそばパンとバリ硬めんたいフランス、そしてエナジードリンクである。
「いやー、そりゃ怒られるって。ていうか、また寝不足?」
隣の席に座る女子――山乃端一人が話しかける。
「ん、まあねー…… 新作ゲーの配信が盛り上がっちゃって」
鍵掛がのそのそと向き直る。
その返事に、あきれたようにため息をつく山乃端。
「棺極ロック、だっけ? 最近ちょっと閲覧数も増えてるみたいだけど、学生の本分は勉強だからね?」
「ゲームもまた学びだよー……ふにゃ」
めんたいフランスをカリカリとかじりながらも船を漕ぐ鍵掛の頭を、山乃端が不意に撫でまわす。
「……えーと。なんで僕撫でられてるんだろう」
「いやー、鍵掛くんなんていうか見てるとつい撫でまわしたくなるんだよねー」
「やめてよー……背が伸びないの気にしてるんだから」
山乃端一人と鍵掛錠が知り合って、早八か月。
私生活ではあまり人と接することがない鍵掛を、山乃端は何かと気にかけてきた。
単純に席順が近いということもあるし、普段からバイトやら動画配信やらで学校生活が緩みがちな鍵掛を
生真面目なところがある山乃端が放っておけない、というのも理由の一つだった。
鍵掛も最初は疎ましく思っていたものの、夏前に自分のもう一つの顔――
毒舌系ゲーム配信者『棺極ロック』の正体がバレたあたりで、現在の境遇を受け入れたのだった。
「ていうかさー、Vtuberなんかじゃなく顔出しでもいいと思うんだけどな。
まあ顔は隠れちゃってるけど」
「一応高校生だし、校則の何かしらに引っ掛かりたくないし……すでに公然の秘密っぽくなっちゃったけど」
「やー、せっかくだしロック君の素のままとかアリだと思うけどなー。目指せ高2デビュー!響けファンファーレ!」
「デビューのタイミングを1年逃した上にファンファーレ鳴らされたら立つ瀬がないからやめて?」
それに、と鍵掛が付け加える。
「“棺極ロック”はあくまで僕の顔の一側面、だよ。
鍵掛錠としての日常をわざわざ変革してまで、統一したくないというか……面倒くさいというか……ぐー」
「ああもう、またまぶたが重くなってるよ? 食べるときくらいシャッキリしなよー。
せっかくいいこと言ってるみたいな雰囲気だったのに」
わしわし、とマッシュルームヘアを乱雑に撫でまわして山乃端が鍵掛を起こす。
「……ま、僕はなんだかんだで気に入ってるんだよ。今の日常が、ね」
恋人だのなんだのと冷やかされない程度の、山乃端との距離感。
半年以上かけて、少しずつ変わった『新たな日常』を、それ以上変えるつもりは鍵掛にはない。
「はいはい。ま、無理はしないでよー? 今日もバイトなんでしょ?休んだら?」
「んー、それが休むと会社が傾くかもー……」
「んもう、おもちゃ屋の番するだけでしょ?大袈裟だなー」
けらけらと笑う山乃端をよそに、いつの間にか食事を終えた鍵掛はまたも午睡を貪るのだった。
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深夜、某時刻。
都内某所、玩具会社『ガングニル』保有の巨大倉庫『レーギャルン』10号棟前。
暗視ゴーグルに軽機関銃、都市用迷彩服に身を包んだ怪しげな集団。
おもちゃ泥棒と呼ぶにはあまりにも物騒な悪漢らの姿があった。
あった。そう、過去形だ。
倉庫への侵入、および内部の物資の簒奪をもくろんだ彼らは、一人残らず。
倉庫に這入ることすらなく全滅した。
生存者なし。
モニター、およびセンサーを何度も指差し確認し、確かめたうえで『社長』へと連絡する。
「はーい、こちら“ロック”。
いつも通りゴキブリはホイホイしちゃいましたよーっと」
「ご苦労様です。いつも通り、あとは“清掃係”にお任せしますのでトラップは解除しておいてくださいね?」
玩具会社の警備員――もとい、兵器倉庫の番人。
ロックこと鍵掛錠は、一仕事を終えると『警備室』の中で背伸びをした。
鍵掛錠の能力『TrapTripTrick』は、多種多様なワナを無数に生成できる、迎撃に特化した恐るべき能力である。
玩具会社『ガングニル』は、無害有害を問わず『おもちゃ』を売る会社である。
ゆえに、常に狙われる。だが、据え付け式の警備システムでは限界がある――
そこで、鍵掛に白羽の矢が立った。
学生の身分に見合わぬ程の高給と、ワナを生きた人間に試せるという愉悦。
二つの魅力的な報酬と引き換えに、鍵掛は警備のバイトをすることになったのだった。
「ああ、そうだ。一つ、追加でお仕事をお願いしたいのですが」
「ん、珍しっすね。今度はどこ守ればいーんです?」
ゲーム用スマホを取り出し、各種ゲームのログボを受け取りながら鍵掛が答える。
だが、社長の回答は予想とはかなり――いや、だいぶ離れていた。
「山乃端一人さんを、しばらくの間護衛していただけないでしょうか」
「はい?」
不意を突かれたように、思わずゲーミングスマホを落とす鍵掛。
思わず通話用のスマホに手を添えて、疑問を投げかける。
「どーして社長が俺のクラスメイトの名前を知ってんのか知りませんが……
なんで山乃端さんを守れと? つーか、警備ならともかく護衛ですか?」
戸惑う鍵掛に、社長がそれまでのかしこまったお嬢様口調から一転、素の語り口で返す。
「あー、説明してやっからちょっと待てっての。
ざっくり言えばその子が死んだら、ハルマゲドンが起きるってんだわ」
ハルマゲドン、という単語に――鍵掛は、髪で隠れた目を思わず丸くする。
希望崎学園でたびたび起こる大抗争、ハルマゲドン。
時として学園にとどまらず、各地を巻き込む大規模な戦火に発展するという災厄。
「与太話だとは思ったが、一応裏取ったらビンゴって結果だったんでアタシも眩暈がしたぜ。
『人工探偵』使ってまで調べたから流石に間違いはねーだろさ」
「い、いや。『人工探偵』ってことは、それって――“並行世界”の話じゃあ?」
“並行世界”。
世間ではおとぎ話、ラノベのネタ程度の認識ではあるが、
一部の魔人が移動、および観測能力を有していることから実在自体は確認されている。
魔人に依存せず、世界間の物資や人材が移動できれば販路拡大に役立つ――
ガングニルが目を付け、研究・調査に乗り出したのはそういった事情からだ。
「まーな。四、五件ばかし見てきてもらったが、
どこでもいつでも、山乃端一人が死んだ直後にドンパチやらかしてる。
……多分嬢ちゃんは自覚してねーんだろうが、そういう魔人なのかもな」
「十歩譲ってそれが事実だとして、なんでそれが護衛って話になるんです?」
「簡単なこった。山乃端一人に今死なれたら困るんだよ。
死んだ直後に戦火が巻き起こる魔人、ってことは――
いーいタイミングで死んでくれねえと『玩具』の売り時を逃すだろが」
「っ!……」
社長の返答に、思わず身が竦む。
時が来れば、役目は逆転する――護衛人から、処刑人へと。
だが、続く社長の言葉はどこまでもイタズラっぽく、軽かった。
「なんつってな。 安心しな、んなこたしねーから。
確かに売り時をコントロールできる可能性は魅力的だが、
それならむしろ生かして能力だけ解析したほうが得だし人道的だろうさ」
「人道的、ですかね?それって、損得が上回ったら結局殺すってことじゃないんですか……?」
「だーかーらー、しねえっての! ……ともかく。やんの?やらねえの?」
「やるに決まってるでしょ、そんなの」
「おや。……意外ですわね、即答だなんて」
「勘違いしないでくださいよ。俺は正直ガングニルが儲かろうが傾こうが困りませんが――
俺の日常を壊すつもりの連中にゃ、ワナにハマってもらわないとね」
くすくす、と微笑む社長の言葉に――鍵掛錠は、とことん悪い笑みを浮かべて応えた。