一閃。
ちん、と、金属がぶつかり合うような音を、その場にいた誰もが耳にしました。
それが、いわゆる『鍔鳴り』と呼ばれる音――日本刀を納刀する音だと理解したのは、果たして何人だったでしょうか。
やや遅れて、どしゃり、と、水の詰まった袋を地面に叩きつけたような音も響き渡りました。
それは、日本刀に両断された者――魔神『流血の貪食者』の上半身が地面に落下し四散した音でした。
そちらは、誰にとっても明らかでした。
「サック……!」
女性の――少女と言ってもいい年代の女性の声が、半ば悲鳴のように響きました。
見た目の年の頃は十代後半。長い黒髪は後頭部でまとめられ、いわゆるポニーテールの形になっています。
纏っている黒いセーラー服は、都内の有名な私立女子高の物。
確かどこかの有名なデザイナーが考えたという美しいデザインは、あちこちが擦り切れて台無しになってしまっていました。
整った目鼻立ちは『美人』というより『愛らしい』印象を与えますが、その目は眼前の敵対者を険しい目で睨みつけています。
敵対者。
そう、日本刀を振るい、魔神『流血の貪食者』――彼女の言う所の『サック』を斬り捨てた者。
日本刀とその鞘を腰に帯びている以外は、いたって善良な男子高校生といった風情の少年。
彼は女性の声と視線を受けて、口元だけを釣り上げるようにして笑いました。
「サックと来たか。どうやら当代の『山乃端』が魔神とお人形遊びをしているという噂は本当だったようだな」
ははっ、と、笑い声のようなものが彼の口から発されました。
その場の誰一人として、それを笑い声だとは思いませんでした。
「黙って。みんなは人形なんかじゃない。わたしの大事な仲間よ」
「仲間だと? 笑わせるなよ『山乃端』。魔神はこの世の理の外にいる者だ。人類の敵、よく言って道具にすぎん。
それを理解できぬ者が当代当主とは、『山乃端』の名は地に落ちたな」
「……だからわたしを殺すの?」
山乃端、と呼ばれた彼女は、震えた声で、しかしはっきりと言いました。
「わたしが家の名前を汚したから、わたしは殺されるの?」
「他の連中は知らんが、俺にとってはその通りだよ、『山乃端』」
少年は、吐き捨てるように答えました。
「貴様に『山乃端』の名は身に余る。せめて晩節を汚さず死ね。
そうすれば、『山乃端』の名誉は俺が伝えてやる。『山乃端』の娘は不明を恥じて首を差し出しました、とな」
「……ふざけないで!!」
彼女の声は、ほとんど叫んでいると言ってもよい物でした。
「さっきから黙って聞いてれば『山乃端』『山乃端』って……私には一人って名前があるわ!
それに、名誉ですって? 父さんも母さんもみんなも殺しておいてよく言えたわね!」
「俺個人に罪をなすり付けるなよ、女。あれは……」
「黙って。もう終わりにするわ」
彼女が……山乃端一人が、手にしていた銀の懐中時計を掲げました。
「来て、クリープ! こいつに、貴女の与える尊厳なき死を!」
はい。よろこんで、お嬢様。
* * *
私は浸透する美姫。
『山乃端』の家に封印された十二体の魔神、最後の一人。
私の美は浸透し、正気を侵す。
全てを破壊し、台無しにする。
それは、お嬢様も例外ではない。
浸透する美姫、山乃端一人の許容限界まで、あと72日。
最終更新:2022年02月06日 19:12