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◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 決勝の前日。ミドは仲間のモヒカンザコと触手を連れ、いつもの如く過ごしていた。
 薬草を調達してきた盗賊・逆立当真は与えられたぱんつに御執心であり、また賢者・姦崎絡はそんなミドを説教しながらレイプしていた。
 いつもと変わらぬ勇者パーティの日常。だがそこに、一人の闖入者が現れたのだった。

「不埒者どもめ、覚悟しろーっ! 我が名は白王みかど!
 『風紀皇帝』白王みかどだっ! そこの婦女子から離れろぉー!!」

 閃光と共に現れたその人物は、ミドの決勝の相手と同じ名字であった。
 そう言えば、身辺を洗った際に、対戦相手・白王みずきの兄の存在を知ったはずだ。
 これは、使える。そう判断したミドは、哀れな性犯罪の被害者を装いみかどに救出された。早い話が、仲間を売ったのである。何、優勝すれば保釈金も出せる。問題ない。

「怖かったですぅ……くすん、くすん」

「よしよし、もう安心していい。悪は僕が成敗した。
 心と身体に負った傷は、癒えるのに時間が必要かもしれない……。
 だが、君なら大丈夫だ! 僕が保証するっ!」

 ビッチを相手に斯様な慰めをするみかどの滑稽さは、ミドに計画の成功を確信させた。
 それから可哀想な少女の振りをし、ミドはみかどから幾つかの情報を引き出した。
 その内の一つを『ふかくこころにきざみこ』み、冒頭にて『おもいだ』した。

『みずきのやつ、別れ際に僕が贈ったミサンガをまだ着けているのか……。
 ふふっ、愛い奴だ。心優しかったあの頃から、何も変わってないんだな……。』

 メモリーの二つ目には、にこやかな笑みで妹のことを語った台詞が収録されている。
 この発言の後段より、ミドはみずきに「氷荀オナニーで凍傷になって介抱される」という作戦――名付けて『こごえるビッチ』を用いることを決定した。
 元々、これまでの試合の経過からみずきにこの作戦が有効であることは自信があった。その裏付けが、他ならぬ実の家族から得られたとなれば、使わない理由はない。

 この捨て身の選択からも分かる通り、ミドはみずきに戦力的に大きく劣っていた。
 遠距離攻撃主体のみずきとは元より相性が悪く、二本のナイフの投擲も、不動の時速200キロの攻撃を弾き飛ばしたその動体視力を前にしては余りにも心許なかった。
 もっと言ってしまえば、兼石次郎と双璧をなす大会優勝候補・池松叢雲を破った不動が勝ち上がると思っていたミドにとって決勝は既に泣きたい状況であり、その不動を破ったみずきにも、真正面から挑んで勝てる気は全くしていなかったのである。

 だが、不動がみずきに敗れたことはミドにとってこの上ない僥倖であった。
 みずきは甘ちゃんである。弱者の振りをして精神を揺さぶれば、きっと手玉に取れる。
 事実、ミドはこの乾坤一擲の作戦を成功させ、みずきを追い詰めていた。

 結果的に、ミドに騙されたみかどが、みずきが騙される後押しをしてしまった形だ。
 さらには上記台詞の前段も、ミドは活用していた。
 一つ目のメモリーが、以下である。

『それにしても、みずき君の想い人とは一体誰なんだろうなあ。
 ミサンガに関係ある人物だとは思うのだが……。』

 これは、みずきの一回戦の対戦相手が一人・意志乃鞘の言葉である。
 カフェテリアで談笑するヒーロー部員たちの会話に耳を澄ましていたミドは、当部の部長である鞘のこの発言を咄嗟に『ふかくこころにきざみこ』んだ。
 一回戦のクライマックスで、鞘の情熱を袖にしたみずきは、確かにその時ミサンガを気にしていたように思えた。当事者の鞘が言うのだから、恐らく間違いないだろう。

 そこにきて、白王みかどの発言である。
 男性関係に潔癖なみずきが、唯一心を許しているであろう存在。それが、兄。
 二つの発現を符合させ、ミドはみずきのブラコンを見破り――ミサンガを解くという、非人道的行為にてみずきの心をへし折る策略を立てた。

『はあ、はあ……! みずきちゃん、敏感なんだね……! 眼鏡に撥ねた水滴にも感じてしまいそうなほど……! んんっ、最高だよおおおおっ!』

 みかどと別れた後、授業をサボってブラブラしていた際に偶然通りがかった校内の一箇所で、ミドは扉にへばり付き自慰に耽る一∞を見かけた。
 ∞はみずきの名を呼んでおり、ミドは反射的に『ふかくこころにきざみこむ』。
 三つ目のメモリーとして残されたこの台詞は、∞の能力の一つ『眼鏡サーチ』によって裏打ちされたみずきの敏感さを表しており、これがミドのビッチ戦術を生んだ。

 『こごえるビッチ』で誘い込み、『ビッチ』で無力化し、『ミサンガぎり』でトドメを刺す。
 これが、ミドの『おもいだす』によって弾きだされた、白王みずきの攻略法。
 【氷穴】MAPでのラスボス戦は、ミドにとって結果の分かり切った勝負だった。



 そして現在――。ミドの小さな尻の下には、仰向けに転がるみずきの姿があった。
 今やみずきは、ミサンガだけでなく、築き上げた『絆』の証左たるメダルもリストバンドも、挙句は眼鏡すらも外され、数年ぶりの一糸纏わぬ姿を晒していた。
 下着はとうに剥ぎ取られ、切り札のヘアゴムも抜け目なく取られた。
 兄も仲間たちも離れ、心も折れ、身体は骨抜き、戦闘力も皆無。――絶体絶命だ。

「恋愛感情はまやかしで、仲間はビジネスパートナーよ。
 『約束』だの『絆』だの、そんなもんを大事にしてる処女じゃ、私には勝てないよ」

 言い放ちながら、ミドはみずきの恥丘に触れる。
 淫靡な水音と共に体液が糸を引く。みずきの口からも、申し訳程度の喘ぎが響く。
 心が折れ為されるがままになっていたみずきは、ミドの『ビッチ』によって完全に手籠めにされていた。

「――そうだっ! 私がみずきちゃんの処女、もらってあげるっ!」

 ことさら明るい声を出し、ミドは上体を曲げて何かを漁る。
 それは、みずきが氷荀の森からミドを連れ出した際に一緒に運んできた、脱いだブラウスやブラに、ミドの武器たる伝説の剣『まるごし』等の装備一式であった。
 ミドはブラウスに包まれたナイフを取り出し、近くに一本だけ生えていた氷荀を柄で叩いて折ると、ナイフは一旦戻し、透き通る氷荀をぺろりと舐めて言う。

「これで、私と同じ『氷荀プレイ』……しましょ♪」

 氷荀が光苔に淡く照らされ妖しさを際立たせる中、みずきは思考の海を漂っていた。
 奪われたミサンガ。自分をここまで支えてくれた、兄そのものを失った。
 光の届かない暗闇に閉じ籠ったみずきに、声が聞こえた。

 ――決勝戦こそ、正々堂々相手とぶつかり合い、そして勝つんだ。
 ――君が確かな勝利を手にした、その時こそ、僕は君を迎えに行こう。祝福しよう。
 ――我が妹の、華々しい活躍を切に期待しているよ。

 それは、最愛の兄の言葉。いや、それは全てが正しいわけじゃない。
 言葉こそ兄のものだが、これは手紙の文面。実際に兄の声で再生はされない。
 この声は……自分のものだ。兄の言葉を読み上げ、自分自身を鼓舞している。

 そう、みずきの中にも、まだ立ち上がる意志は残されてた。
 でもその意志を持つみずきは少ない。多くのみずきが、このままを望んでいた。
 最後の灯火は、まさしく風前であった。だが、火とは得てして消え際に燃え上がる!

 ――確かにミサンガは兄さんのくれたものです。ではミサンガは兄さんですか?
 ――違うでしょう! 兄さんは、私たちの心で赫々と燃えるこの『想い』です!
 ――ミサンガがなくなったら兄さんは失われますか!? 違いますよね!?

 ――勝負を諦めた時、はじめて兄さんが失われるのですっ!!

 俯いていたみずきたちが、その頭をあげた。
 愛しの兄は、『正々堂々』『ぶつかり合い』『勝つ』ことを望んだ。
 そして『その時』、『迎えに』来ると言ったのだ。

 暗き世界が、暖かな光によって照らされ――――。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「くああっ!」

 凄まじい衝撃がみかどを襲う。
 股ノ海の張り手を後ろに跳びながら握った帝ソードで受けるも、その威力は殺しきれず
ガリガリと地面を削りながら後退る。
 なんとか剣を取り零さずには済んだが、戦況は芳しくなかった。

「これが関脇の本気か……! ふ、ふ、ふ。面白いじゃないか……!」

 口では強がるみかどだったが、一方では冷静に勝機の薄いことを自覚していた。
 股ノ海は一撃一撃が重く、さらには相撲の技だけでなく柔道技や蹴り技、果ては関節技までを体得している。
 鍛え抜かれた肉体は矛であり、また盾でもあった。閃光と共に繰り出すみかどの攻撃は確かに股ノ海に命中するが、効果はいまひとつ。みかどが一方的に消耗するのみ。

「Coooooo――!」

 おまけに謎の呼吸法まで身につけている。
 実力の差は明白。みかどの脳裏に『敗北』の二文字が浮かびかけた。
 だが、みかどはそれを叩き潰した。笑みすらも湛え、剣を構え直す。

「今頃、みずきも戦っている……! どんな窮地でも、きっと諦めないはずさ……!
 だったら、兄たる僕が諦めるわけにはいかないな! 絶対に、勝って見せる!!」


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ふふっ、安心して。これだけ濡れてれば痛くないし、スグに良くなるから♪」

 未だ動かないみずきの下腹部に氷荀を宛がい、にこやかに笑うミド。
 無垢な少女の純潔が散る瞬間を待ち切れぬ様に、その手に力が込められる。
 そして輸送を開始せんとした、その時――。

 ――しぱっ。
 鋭い音がしたかと思うと、標準はミドの握る部分のみとなっていた。先端が、ない。

「えっ――」

 脳が自力で答えに辿り着くのを待てぬように、離れた位置で涼やかな落下音がした。
 そこに転がるは、惚れ惚れするような切断面をこちらに向けた氷荀。
 真相に辿り着くと同時に、ミドはみずきに押し倒されていた。

「きゃあっ! あ、あんた――!」

「ミサンガがなくても! 皆さんのくれたものが奪われても!
 『想い』は私と共に在ります! 諦めてなんて、やるもんですかっ――!!」

 激情を叫びながら、みずきは今度は、自分からミドに口付けた。舌も入れた。
 たどたどしい舌遣いは素人のそれだったが、初めての反攻にミドは対処が遅れる。
 とはいえ、ミドも百戦錬磨の猛者である。処女のテクニックに翻弄されるようではビッチの名が廃ると言うもの。すぐさま反撃に転じ、みずきを脱力させる。
 そしてみずきの身体を押し退けて立ち上がる。口中の唾液を飲み下し口を開く。

「ふ、んっ! 驚いたけど、そんなテクで私を攻めようなんて百年早―― っ!?」

 異変は、身体の内側から起こっていた。
 それは言うなれば、内臓を愛撫されるに等しかった。未だかつてない快楽が襲う。
 巨根や触手が子宮深くまでを抉るのとは決定的に違う、別次元からの征服であった。

「な、に、これえ……! はっ、はじめてっ……だよおっ……!!」

 かたかたと震え股間は洪水を引き起こしながら、ミドはやっとのことで問いかける。
 みずきは黙したまま、荒い息をついてへたり込んでいる。

 白王みずきの『みずのはごろも』は水を纏い、操る能力である。
 しかしその効力は字面ほど強いと言えなかった。
 例えば『操る』方では、量や方向、勢い等の調節はまだしも、命令自体はかなり大雑把にしか設定することができない。利用法が水弾一辺倒なのもこのためだ。
 また、『水』の解釈も緩めとはいえ、この能力は最大に利用しうる『水』を能力対象に選択することができなかった。『己の体液』である。

 これが可能であれば、衣服を消費しつくした後も汗や涙で戦うことが出来たろう。
 だが、「血とかが衣服になったら、私の血管はどうなってしまうのでしょう……」というスプラッタな想像がブレーキをかけたのか、みずきは己の体液は纏えなかった。
 それでも、『他人の体液』なら纏える。みずき自身意識したことはなかったが、出来ると言う確信めいた『認識』を信じ、ミドを相手にぶっつけ本番で試した。

 すなわち、みずきは反攻の際に舐めとったミドの唾液を口中で纏い、ミドの反撃にあわせて纏うのを解除した。飲み込まれたミドの唾液はみずきの支配下にある。
 与えた命令は至ってシンプル――『這って下さい』。
 埴井ホーネットの蜂姦調教をヒントに土壇場で編み出した、一発逆転の奥義である。

 ちなみにみずきがミドの唾液で生成したのは、驚くなかれ、マルチブラケット――歯列の矯正器具である。
 『みずのはごろも』の解釈に広さは前述した通りであるが、その材質のレパートリーもまた広い。一回戦で生成したスパイクなどでは、金属をも再現していたのだから。
 ただ、金属の質感や重量は『認識』できていても、詳しい硬度や化学的反応などは教科書レベルの曖昧な『認識』でしかないため、これで戦うといった真似は不可能だが。

「ふ、ふふふふ。すごいよっ、こんなっ! こんなのが、あったなんてえ!」

 喘ぎ続けるミドであったが、みずきはこれで勝ったとは思っていなかった。
 『みずのはごろも』が水を制御化に置く時間は永続でないどころか、さほど長くない。
 ミドを倒すには、次の一手が必要だ。そう考えたみずきは、静かに動きだす。

「ふああっ、あっ、あっ、……。あえっ……もう、終わり……?」

 つい名残惜しそうな本心が出てしまったが、冷静になってみれば危なかった。
 この素人娘の浅知恵で、ミドはイカされかけたのである。
 みずきのエロポテンシャルの高さに僅かばかりの畏れを抱いたミドは、一旦体勢を立て直さんとその場を離れようとしたが――。

「行かせません! あなたは、ここで降参させますっ!」

 みずきの声を背中で聞く。
 転ばぬよう慎重に移動しながら、ちらと振り返った先には、水着にパレオを巻いた姿のみずきがいた。心が折れたときに制御を失い湯に戻った制服やらが、【氷穴】内の氷を溶かしてできた水を纏ったのだ。その水で生成できる限界が水着とパレオなのだろう。
 当初の攻略法は完全に崩れた。ミドには新たな策を練るため時間が必要だった。

「能力復活とか、冗談じゃないわよ……! これでも、くらえっ!」

 服が置いてある場所へと急ぐ過程で、ミドは氷漬けになったぱんつを拾っていた。
 みずきに肩を借りて移動する最中に脱げて凍ったぱんつを放り投げると、畳まれたブラウスの上に置いたナイフでそれを突き砕き、礫の如く飛ばした。
 無論、飛距離も威力もなきに等しい。これはみずきの練り上げられた注意力をひっぺがす――『いてつくぱんつ』だ! 本命は、それに隠れて飛来するナイフ!

「見せてあげます。私の中に息づく、みなさんとの『絆』を――!」

 みずきの声が聞こえた気がした。ナイフが迫り、一刻の猶予もないはずなのに。
 胸の中央めがけて滑空するナイフは、涼やかな音色を奏でて胸に刺さった。
 いや、おかしい。目と耳を疑うミドだったが、どちらも嘘はついていなかった。

「――『この胸にキミを抱きしめたい』!!」

 みずきの胸からは、透き通る手が生えていた。
 水着の胸の部分を人の手めいた形で小さく放射し、僅かな時間で凍結させたのだ。
 何せ、元がこの【氷穴】の氷である。纏う過程の超低温にさえ耐えきってしまえば、保存された超低温が、解除と同時に固体を取り戻すのは必然である。

「それって……確か……!」

 みずきの一回戦の相手のひとり・糺礼の魔人能力の再現であった。
 トーナメントで只一人みずきがマトモに交戦した相手である彼女は、意志の疎通こそ為せなかったがみずきの魂にその技術や能力を強く印象付けた。
 礼と戦えてよかった。みずきは今ではそう思っていた。

「こっちの番です!」

 みずきが人差し指を前方に掲げる。嫌な予感がミドの背筋を撫ぜた。
 直後、指先より細長く放たれる水流。それもすぐさま凍り、質量を得たビームの如くにミドに迫ってゆく。
 ミドは辛うじて足元の『まるごし』を広い、間一髪で避けた。

「今度は、鞘せんぱいの力です! 『クーゲルシュライバー』!!」

 意志乃鞘の能力『HERO DESTINY』は論理能力であり、流石に『みずのはごろも』による再現は不可能であった。
 故にみずきは鞘の主武装であった改造ペンに望みを託した。
 メダルはなかったが、鞘のヒーローたらんとする心意気はその胸で燃え続けていた。

「ちょっ……! これ、キツイって!」

 ビームに追い立てられながらミドは遁走する。
 オリジナルのクーゲルシュライバーには一発撃ったらバッテリーが空になるという弱点が存在したが、みずきの場合は纏っている分だけ照射できる。
 右から左から放たれるビームがミドの進行ルートを掌握していた。

 逃げ惑って辿り着いたのは、薄氷の張った地底湖の上。
 小柄で華奢なミドだからこそギリギリで支えられていたが、長居は実際危険である。
 もしも落ちれば、下には極寒の水が待ち受けている。命の保証はない。

 脱出を画策するミドだったが、みずきのビームが移動を制限するだろう。
 逃げ場なし。厳しい状況の中、さらなる声が響く。

「次は莉子せんぱい、力を貸して下さい! 『メルティーボム』っ!!」

 みずきは握りこんでいた四本の指を広げ、球状に水を斜方投射した。
 放たれた水球は中空で凍り、質量を得て降下する。
 思わずその行方を目で追っていたミドだったが――はたと気付く。
 迫る氷塊。薄氷の湖。その上に立つ自分――。

「えっ、ちょっ、嘘お――!?」

 チョコを起爆させる莉子の『メルティーボム』も、みずきには再現不能な能力だ。
 よってみずきは、今度はその活用法をコピーした。
 一回戦で【摩天楼】のビルを倒壊せしめたその光景を、【氷穴】の地底湖に再現する。

 果たして氷塊は湖に落ちる。
 薄氷に穴があき、波紋を描くかのように周囲に罅が広がってゆく。
 遂には打開策を求め必死に頭を回すミドの足元へも――。

「――――!!」

 ミドを支える氷は割れた。
 重力の手が少女を掴み、魔物の口の中へと引きずり込む――。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「ハイ!(high:「高い」という意味の英語)
 ニイ!(knee:「ひざ」という意味の英語)
 ヤッ!(yah:「Yes」という意味の英語)」

 火打石の力士から生じた火球がみかどを襲う。
 帝ソードを振るい全てを叩き落とすが、股ノ海は擦り足で距離を詰めてくる。
 みかどは閃光を放ち姿をくらます――が、股ノ海はそれすらも捉えてきた。

「どすこい!(doss-coil:掛け声。特に意味はない)」

「ぐうあっ!」

 跳ね飛ばされるみかど。さながら土俵際まで追い詰められた形だ。
 英検に、心眼。牙を剥く関脇の実力をみかどは痛感していた。
 しかしてみかどに絶望はない。逆転の策が胸にあったのだ。

「僕をここまで追い詰めたのは、貴様が初めてだ……。だが、これでどうだあっ!!」

 突進するみかど。その勢いのままに、剣を地面に接触させる。
 発生する閃光。だが、これまでの比ではない。心眼をも眩まし、股ノ海は顔を背ける。
 みかどの纏う『ひかりのよろい』を喰い尽くさんばかりに遣い、やがて生まれるは稲妻めいた大閃光――!

「――『ギガスラッシュ』!!」

 白王みかど最強の一撃が、股ノ海を襲った。
 激突の刹那、みかどは確かに手ごたえを感じた。あの大山の如き股ノ海を動かした。
 みかどの服装は鎧もマントも消えうせ、今や簡素な『ぬののふく』状態だ。

「ぜえ、ぜえ……。くっ、はーっはっは! これぞ『風紀皇帝』たる僕の必殺技――」

「――ゴッツァンデス(gots-and-death:「獲得と死」という意味の英語)」

 股ノ海が姿を現した。
 唇からは血が垂れ、身体もところどころ焦げていたが、まだ戦えそうである。
 みかどは戦慄する。よもやこれほどのタフネスとは――。

「――失礼した。民間人に本気を出してはまずいと、力をセーブしていたが……。
 あなたほどの武人なら、自分も本気の相撲をお見せするのが筋というもの」

 ――本気! これからが、だ。
 みかどは今度こそ絶望しかけた。視界が遠くなるのを感じる。
 そんなみかどの前で、股ノ海はまわしに手を掛け、それを解いた。

「!!」

「もっとスピードが必要だ……」

 解けた帯は、そのまま地面に落ちる。特別重いわけでもなかった。
 ともかく、ここからが股ノ海の本領発揮らしい。雄々しき一物も気合十分だ。
 一方みかどは、拘束解除の股ノ海の姿を見て、顔を真っ赤にして、口をパクパクといわせている。そして、次の瞬間――。

「いっ、いやああああああああああああああっ!!」

 甲高い悲鳴を上げながら、股ノ海の股間を帝ソードでフルスイングした!

「――っ!!」

 言葉にならない股ノ海。確実に『ギガスラッシュ』よりも痛そうだ。
 思わず膝をついた股ノ海には目もくれず、そのままみかどは走り去った。
 額に脂汗を浮かべ荒い呼吸を整えながら、股ノ海は呟く。

「じ……自分の負け、か」

 股ノ海は、膝をついていた。相撲のルールでは、土俵に膝をつくと負けである。
 高速で走り去ったみかども土俵を割っていたが、股ノ海の屈服の方が先であった。

「……自分の相撲がとれた。悔いはない」

 爽やかに笑う股ノ海。その表情は勝者を讃えていた。
 そんな彼の肩に、ぽんと手が乗せられる。
 振り返った先には、警察官が立っていた。

「えーと、ちょっと署までご同行願えますかな?」

 全裸の股ノ海は、パトカーに収容され何処かへ消えた。

 【決まり手:もろだし】――!


 なお、白王みかどは女の子である。
 息子を欲しがった父親により男子として育てられ、自身もそのように振る舞っているはが、男性の裸で真っ赤になるほどには乙女な心を秘めている。
 みずきがこの事実を知るのは、もう少し先の話である――。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「――まだ言わないんですね。あなたも、諦めの悪いひとなんですね」

 気がつけば、ミドは生きていた。
 思ったほど冷たくない。というか、水中にいなかった。陸上にも、だ。
 宙を浮いていたのだ。右腕を掴む手の感触が暖かい。

「あ、あんた……。どうして、浮いて……」

「あは、やっぱりそう見えますか? ふふっ、『インフィールドフライ』ですっ!!」

 みずきは水球を放った後、パレオの残りの布地全てを消費し、小さな波を生んだ。
 それはすぐさま凍り、ミドを飛び越え地底湖に架かるアーチを描いた。
 そして水着のぱんつ部分を足元から噴射し、アーチを滑り落下するミドの手を掴んだ。

 透き通るアーチは、光苔に照らされ神秘的な雰囲気を醸し出している。
 目を凝らさねば見えぬそれは湖に眼鏡を取り落としたミドにとっては無きに等しく、まるでみずきが不動昭良の『インフィールドフライ』で浮遊しているようであった。
 呆けたようなミドに、みずきは言葉を紡ぐ。

「私はですね。甘ちゃんでも、しょ……ぇと、はい、なんでもいいんですっ。
 だって、大切なんですもん。『想い』も『絆』も、もちろん、ミドさんのことも」

 右腕を握る力が増す。加わる力がミドに不思議な感情を芽生えさせていた。
 と、薄氷のアーチが軋みだす。流石に二人分の体重を支えるのは無茶であった。

「ど、ど、どうしましょう……!」

 慌てふためくみずき。そんなみずきに笑いかけ、ミドは呟く。

「こうすればいいんだよ。私、降参でーす」

 ミドの言葉と共に、アーチが崩れた。落下するみずきとミド。
 転送リングに包まれながら、二人はどちらともなく互いを抱き締めた。  <終>

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