第一回戦天界 戸次右近大夫統常
採用する幕間SS
本文
~~~プロローグ~~~
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
全ての人に優しくすることはできないように全ての者を救うことはできないそれは当然のこと
自然のこと普通のことだから人は愛を語り正義を謳い平和を願いながら平然と他者を見捨てる
そうしなければ生きていけない暮らしていけない人間ではいられないそうだ人間ではいられない
見捨てられたものの叫び悲鳴祈りは届かない愛を願い正義を願い平和を願い続ける人々の
大切な日常を守り続けるために人々の社会の平穏を乱す者が罪人であるならばまた平穏を
願う人々もまた罪人である彼らは罪を認めないだが罪は積み重なるそれは濁泥のように澱と
なって沈んでいき誰の目にも止まらないその真実という吐き気をもよおすものに目を懲らすの
は狂える者かもしくは目をそらし続けることに耐え続けることができない人間だけそう人間だけだ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
人を傷つけることは罪悪であると言葉は美しく飾るけれども傷つけられたものの体に走る醜い
傷痕のことにはだれも触れないそれは起こってしまったこと仕方がないことだから語るべきで
ないことだろうから語る価値もないだろうから語らなくても傷つけられたものには復讐を行う力も
ないであろうから平然とそれは無視されなかったことになされ忘れ去られ再び濁泥の中に沈んで
気づいた時には取り返しがつかないことになってしまってダレかが無責任に何でこんなことにと
大袈裟な声で叫ぶ呪われろそれを導いたものはおまえ自身でそれを選択したのも決定したのも
放置していたのも死ぬのもおまえ自身だろうと何度頭を抱えながら叫んだところで何も変わらない
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
変わらないからこそ変わらないものと信じてしまったのは弱さだろう論理はいらない感情も無用
あるのはただ無惨な結果のみ死に奉ろうことで己を超越者と思いこむのは弱さの最たるもので
結局は自分が最も忌み嫌い選ぶことを避け続けてしまっていた選択肢を一番怖がっていた色の
ダイスを振ってみるしかない変わらないことが一番恐れていたことで変わるためには振ったこと
のない運命に賭けてみるしかない博打打ちが賭けるのは金と運で自分が賭けるのは自身の過去
と今と未来捨てることを恐れるような過去でも今でも未来でもないと自分が今そう思えるならば
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
その益体もないダイスには、どうにも振られる価値があると結論づけざるを得ない
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この世のあらゆる楽を集めし天界
そこに住まう人々は愛を語り、酒を嗜み、自由を謳歌する
───その天界が今まさに地獄と化していた
「ムカつくなぁ…お前ら。なんとなく偉そうにしやがって!!死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ死ねよ…。」
人体を素手で引きちぎり、肉塊を撒き散らす者
「神は言っている、偽物どもを殲滅せよと。」
あらゆる攻撃を無効化し、一方的にバットで殺戮を繰り返す者
「ここ一帯を守る兵とお見受け致す。その首、我が手柄と致す故、お覚悟を決められよ。」
形ばかりの戦闘員を笑いながら切り刻み、暴虐の限りをつくす者
見渡す限り、死体、死体、死体、死体、死体、死体。
全滅必至の状況下、幸か不幸か生き延びた少年がいた。
最初に出会ったのが武者風の男という偶然もある。
見るからに非戦闘員である少年には興味が湧かなかったのだろう…一瞥し、素通りしていった。
彼は震えるだけで何も出来なかった。
他人が殺されていく中、素通りしてくれてホッとした。
でも、涙が止まらない
しかし・・・しかし、神殿の衛兵である父が目の前で八つ裂きにされ、目が覚める。
震えは止まらない。戦闘経験は全くない。
涙を拭い、一歩を踏み出す。そして、また一歩
父の死体には折れた剣が握られていた。
“立ち上がれ…”“…仇を、みんなの仇を”父はそう言っているように感じた。
誰でもない、自分がやるしかない。
震える手で剣を握る
これは折れた剣を手に3匹の鬼に立ち向かった、勇敢なる少年の物語である。
~~~今は「ないもの」について考えるときではない。「今あるもの」で、何ができるかを考えるときである~~~
鬼たちは仲が悪いのだろうか。
出会うと同時に戦い始めた。
武士風の鬼と神を語る鬼・・戸次統常と神無月狂輔だ。
二人は無造作に間合いを詰めていく
先に動いたのは戸次統常だ
滑らかな動きの槍で腹部を突く
だが、神無月は避ける様子もない
相手の力を確かめるように攻撃を喰らい、後方に吹っ飛んだ
“刺さらない・・?”
少し離れた陰で様子を伺っている少年はそう疑問を感じた。
今更ながら2匹とも化け物だ
槍が効かないアイツも、一撃で神殿の塀にめり込ませるアイツも
神殿は天界で最も硬く、最も高価な石で出来ている・・・はずだ
戸次は意に介さず追撃する
跳躍し、一撃・・さらに一撃、一撃、一撃、一撃・・・。
充分にめり込んだところで、塀の下方を蹴りとばし、前方へそれを倒した。
塀の中に埋もれた状態になる神無月狂輔
ボコッ・・・ボコッ・・・
塀が割れてくる
“まさか、あんな状態で無事なのか・・?”
挑もうとしている相手に今更ながら戦慄を覚える
「ククク・・・」
戸次は上空に向けて槍を構えなおす。やつが来た
「ハハ、ハハハ!ハァーッハッハッハッハッハッハ!!」
上空から強襲・・・天地信吾だ。
槍を片手で払い、塀に埋もれている神無月に一撃を喰らわす
「ここまで地が抉れるとは・・膂力のみなら某以上よな。膂力のみならな。だが、石突に注意を払わぬとは・・貴殿、槍には不慣れと見受けられるのう。」
そこには半径20mほどのクレーターが出来ていた。
だが、天地信吾はその中心にはいない。何故かクレーターの外にいた
石突、つまり、槍の柄の先端で殴られ吹っ飛んだのだ。
槍を払われた瞬間、180度回転させた。基本的な槍術の1つである。
もっとも、戸次自身も衝撃で飛散した瓦礫により傷が散見されている
「ふぅ・・やれやれ、神がいなけりゃ俺は死んでましたよ。」
瓦礫の中からバットを担いだ神無月狂輔が立ち上がる。当然、無傷だ。
3匹の鬼が一同に会した。
奴らに比べたら、少年は蟻以下の存在だ。
パワーも、勇気も、経験も何もかもが足りない。
だけど、だけど、自分がやるしかない。
ここは僕らの遊び場だった場所
鬼たちよりもずっと良く知っている。地の利はこちらにある
今は観察すること、全身全霊で・・・
鬼たちは自分のことを認識はしているだろう
気配を消すとか、そんな高等なことはできない
だけど喧嘩中、蟻が見ていたからといって気にかけるヤツはいない
そう、それほど自分はちっぽけな存在だと充分すぎるほど認識している
だから、堂々と観察する
敵を知ること・・今はそれだけを考えれば良い
~~~勇気とは、窮地に陥ったときにみせる、気品のことである。~~~
“違和感”を覚えたのは、3人が集まってから数分後のこと
戦っている本人達は気付いてないようだ
その“違和感”も一瞬にして消え去ってしまう
見間違えかと思い、もうしばらく観察を続ける
鬼たちは決め手に欠けていた
一人は攻撃を完全に無効化し、未だ無傷
武士風の男は巧みな槍さばきにより、敵の拳や蹴りが届く間合いにならないようコントロールしている
そして、最後の一人は身体が異常であった。生半可な攻撃は簡単に跳ね返してしまう。
さらに圧倒的な攻撃力は敵の踏み込みを甘くさせていた。
───膠着状態。
3人は均衡が崩れるキッカケを欲しているようにも見えた。
その後またもや違和感に襲われる。さっきと同じやつだ
少年の中で確信に変わる
作戦は決まった。不十分だが仕方がない。時間もない
コンマ数秒にも満たない違和感、これに縋り付くしかなかった
危険なのは当たり前だ。それを恐れて戦える相手ではない
武器は折れた剣ではない、今記した違和感のメモ・・これだけだ
第一手、これをあの男だけに見せる
自分の父親を惨殺した憎き男、戸次統常に・・
あいつ・・あの鬼だけはこの手で殺さなければならない
だから、メモを渡す相手は自然と戸次になる。うん、仕方ない
渡すためには、あの3人の鬼たち、その戦闘のど真ん中に行かなければならない
無事にメモを届けるための策はない。愚直に進み、戸次の気をひき、メモを渡す。
10人中10人が無謀というだろう
穴だらけなのは分かっている。光明も見いだせない、未だ暗闇の中である
しかし勇気を示さなければ、その穴は埋まらない、一筋の光も得られない、父の仇は討てない
そう、父の仇は討てない
一歩、また、一歩と少年は瓦礫の中を進んでいく
メモは大事に両手で持ち、常に戸次の位置を確認しながら
鬼たちは少年を気にする様子はない
無害な者に注意を払う余裕などないのだろう。まぁ、当然だ。
ただ、巻き込まれないよう慎重に・・
戸次から数mのところで立ち止まる
ここならすぐに駆けつけることが出来る、戸次が他の2人から離れる機会を伺うのだ
目の前で拳が振り回され、槍やバットが踊っている
かすっただけで死ぬ。嫌な想像が簡単にできた
ふいに戸次が右へ吹っ飛んでいった。
天地信吾の蹴りを受け、いや、それに合わせて後ろへ飛んだのだ
「チャンス!!」
距離は約20m、天地や神無月には目もくれず全力で走る
生きた心地はしなかった。
戸次は立ち上がり、2度肩を鳴らす。
すぐさま戦いに向か・・・
「待て!!」
少年はメモを戸次に突き出す
戸次は動きを止め、横目でこちらを見た
そう見た、見た、見たのだ、確実に戸次はメモを見た。
「・・・・まことか?」
もう、こちらを見ていない
少年は頷く、戸次が纏う迫力に声が出ない
「退けぃ、小僧」
賽は投げられた
この瞬間、ダイスは少年の手を離れ転がりだす
勝負は新たな局面を迎えていた
~~~この世は素晴らしい。戦う価値がある。~~~
なぜ命を賭してこれを自分に伝えたのだろうか?
多少なりとも戸次は疑問に思ったが、戦闘によりそれは霧散していく
それより優先すべきは、ことの真偽を確認すること
少年が嘘を言っているとは思えなかったが、勘違いはあるからだ。
そして、数分後その違和感を戸次も確認することとなる
確かに戦闘中の者には気付きにくい小さなもの
いや、通常の戦闘では当たり前すぎて疑問に思わなかっただけとも言えるかもしれない
おのずと戸次統常の戦略は決まってくる
狙うは、最初に倒すべくはあの男、天地信吾だ
天地に対し、ほんの少しだけ隙を見せる
不自然にならない程度に少しだけ
今までの戦いで、天地が猪武者であることは良く分かっている
槍を地面に刺し、うねりを上げる拳に集中する
身をよじり、ギリギリで拳をかわす
同時に左手で天地の腕を挟み、肘を巻き込む
そして、自らの左肘を天地の中肘に当て、腰を落とした。
天地が突っ込んできた勢い、その全てが天地の右腕にかかる。柔の技だ
右腕があらぬ方向に折れ曲がり、乾いた音が響く
「ぐっ・・・・」
一瞬、思わぬ骨折に天地は怯む
それが命取りだった
神無月狂輔の中から声がする、神の命令が下った
「弱ったものから始末せよ。」と
怯んだ瞬間移動した神無月の場所を、天地は把握できていなかった
それ故、反応が遅れる
天地の背後から手が伸びる。神無月だ
まず狙うは、眼球
躊躇いなく潰したあと手を横滑りさせ、耳の穴に指を差し込む
鼓膜を破り、さらにねじ込む。破壊されたのは三半規管だ。
目の前で戸次が槍を構えて静かに立っていた
その殺気により神無月がその場を離れる
視覚、聴覚、平衡感覚を失った天地に抗うすべはない
槍を持つ両腕を固定し、腰を回転させる
穂先は美しい弧を描き、音もなく天地の首と胴体は離れていった
───天地信吾、脱落
~~~我々はいつも恋人を持っている。彼女の名前はノスタルジーだ。~~~
神無月にもいろいろ弱点はある
戸次統常はそう思っている
能力が強すぎるため、防御や回避行動をすることがあまりない
する必要がないからだ
防御よりも攻撃をだいぶ重視する傾向がある
相手の攻撃受けてもダメージがない
それ故ちょっとした、こんな足払いで転がされてしまう
警戒心が今まで戸次が出会った敵の中で段違いに低かった
そして、転ばされても危機感を感じていない
攻撃が通らないという絶対の自信がそうさせるのだろう
おそらく危機に直面したことがないのだと思われる
戸次は転がっている神無月の心臓に向けて、槍を突き立てる
「はは・・、無駄ですって」
神無月は苦笑いをする
まだ、自分の危機に気付いていない
倒れた状態のままバットで殴ろうとしている
「能(あた)わぬ・・脱すること、能わぬ」
槍に力を込める
「貴殿のその妖術、切れる瞬間があろう?」
「?!」
神無月の体全体から大量の汗が噴出す。バレた?
この能力の持続時間は10分である
それを過ぎたら再度発動させなければならない。そう神に祈る必要がある
祈りを捧げる時間はコンマ数秒、その間は無敵の状態ではない
「通常は回避せぬ貴殿が幾度か不用意に避けていたのでのう・・」
そう、あまり回避も防御もしない神無月が攻撃を避けたり、防御したりする
自身の次の攻撃に繋げるための回避や防御ではない。
完全に身を守るための回避や防御、少年の目に違和感として映ったのはそれである
順当に考えれば、その間は攻撃を無効化できていないことが分かる
後は簡単、動かないように神無月を固定し、急所を攻め続ければよい
持続時間が切れれば、おのずと神無月は死ぬ
当然、天地がいたらそんな悠長なことは出来ない。だから、最初に排除した。
槍が心臓に突き立てられている。
戸次の槍により地面に縫い付けられている状態だ
身をよじっても逃れられない、槍を掴んでも動かない、バットで殴っても戸次は揺るがない
肘や足、バットで地面を叩いて掘り下げても、体が地面に沈んでいくだけだった
まずい・・まずい、まずい、まずい、まずい
効果が切れるまで、あと少しだ。神無月は叫び続けた
「神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よ神よか・・・・・。」
“ズ シ ャ ・ ・ ・ ・”
───2人の心臓が潰れる音がした
戸次の背中に折れた剣が刺さっている
剣を持つは、あの少年だ
「お、お、お前は親父の仇だ!!」
隙だらけとはいえ、武術を嗜んだことのない少年が背中から心臓を一突きにできたのは偶然であろう
いや、少年の勇気に対する神の敬意かもしれない
戸次は神無月の死を確認すると、ゆっくり後ろへ向き直る
少年の頭部を掴み、持ち上げる
潰すのは容易い、だが・・
無謀な戦いを挑んだ少年があの時の自分と重なる
たかだか100騎で島津の大軍に突撃を敢行したあの戦いのときの自分に
「中務大輔(注)がごとき策謀、見事」
そう言うと少年を放し、そのまま倒れこむ
10秒経過したのだ
3人の出場者全員死亡をもって、第一回戦「天界」での戦いは幕を閉じた。
勝者:名もなき少年
死亡:戸次右近大夫統常、神無月狂輔、天地信吾
(試合の勝者:戸次右近大夫統常)
注:島津中務大輔家久・・・島津四兄弟の四男、軍略に通じ、数多の戦で巧みな戦術を魅せた。戸次統常の主家、大友家は幾度となく家久にボコられている
最終更新:2012年06月19日 10:52