第一回戦虫花地獄 不破原拒


名前 性別 魔人能力
巨大アメーバのキョスェ 無性 アメーバ・ブロブ
花咲雷鳴 男性 地獄の沙汰もLOVE and PEACE
不破原拒 男性 超科学的改造術

採用する幕間SS

花咲雷鳴の戦い・5
(相手の心を写す4枚目の鉄板)

本文


虫花地獄。
冥界に数ある地獄のうち、二番目に美しい地獄と称される場所である。
極彩色の花々が常に咲き誇る絶景は、確かに美しいと呼ぶに相応しいのだが――
ここが地獄と呼ばれるのには、相応の理由がある。

蜂、蝶、蛾、蝿、蟻、蜘蛛、蜈蚣、蟷螂――
様々な虫が花の間を飛び交い、地面を這い回っている。
彼らこそが、この地獄の主――亡者を責め苛み、餌食とする虫である。

「「「それじゃーお三方、頑張って殺試合、じゃなかった殺し合いしてきてくださいねーっ!!」」」

進行役の比良坂三兄弟の掛け声を合図に、三人――正確には二人と一体――が虫花地獄へと飛ばされる。

科学で倫理を蹂躙する科学者、不破原拒。
初恋を胸に抱いて戦う美少年、花咲雷鳴。
自我を得た巨大魔人アメーバ、キョスェ。

三者が、花と虫に彩られた広大な空間にばらばらに投げ出され――戦いは始まった。

~~~
「ふーむ……概ね肉食であることを除けば、あまり地上の虫と変わらないみたいですネ」

不破原拒。
彼は本来、慎重を期するタイプの人間である――
生前、彼が数多の狂気的な『実験』を続けてこられたのも、綿密な準備と隠蔽工作があってこそである。
そんな彼が取った初手は――虫達の『観察』だった。
冷静な分析を続ける不破原の身体には、既に数十匹近い虫が集っている。
そのうちの何匹かが共食いをしているのを見て、不破原は虫の習性・生態を推測する。

「明確に亡者だけを狙うというワケではない……やはり虫は虫、本能でエサを求めてるだけですネ」

自らの皮膚や肉が食い千切られ、血液が舐め取られるのも意に介さず。
払いのけるでも、叩き潰すでもなく――ただ、ひたすら観察している。

「……ま、観察はこのくらいで十分でショ。さて、それじゃあそろそろ捕獲と行きますカ!」

伸びた髪で隠された目元が怪しく光った、その直後。
突然、不破原の身体から食虫植物を思わせる粘液が分泌され――虫達を包み込んだ。
不破原が自らの魔人能力『超科学的改造術』によって、己を改造していたのである。
「わざわざエサまであげたんですから……その分は働いてもらいませんと、ねえ?」
嘲笑うような、呆れるような口調で。狂科学者・不破原拒は――捕えた下等生物を、見下した。

~~~

その頃、花咲雷鳴は――四枚の鉄板を小脇に抱えながら、花畑を走っていた。

「くそっ……鬱陶しいなあ、もう」

襲い来る羽虫や地虫を、空いている手で払いのけながら進む。
鉄板ではたき落とせばもっと楽に退けられそうなものだが、彼は鉄板を武器としては扱わない。
初恋の相手から貰った大事な品を、虫の体液や臓腑で汚したくないからである。

実際、この虫花地獄――少年の名前、花咲雷鳴にはある意味相応しい場所ではあるが。
戦闘のステージとしての相性は、極めて悪かった。
自慢の攻撃力も、小さい虫相手では全力を振るうわけにもいかず。
向上した生命力も、ちまちまとした虫の攻撃に無傷でいられる程ではない。

結果、あちこちに切り傷や虫さされを作りながら、花咲は走り回ることとなった。

「ともかく、他の相手を探さないと…… ん?」

相手を探そうと走り回る花咲の目に、ふと奇妙な光景が広がる。
一面花で埋め尽くされているはずの地面に――茶色い道が出来ているのだ。
そこだけ花が刈り取られたように、枯れ果てたように、綺麗さっぱりと。

「これは、ひょっとして――」

ある予感が脳裏によぎり、花咲が道を辿る。
そして程なく、その視線の先に対戦相手を捉える。

巨大アメーバ・キョスェの姿を。

ずるずると、粘液質の肉体を引き摺りながら。
足元に咲く草花や、飛び回る虫達を――次々に捕食している。
キョスェの魔人能力『アメーバ・ブロブ』は――アメーバとしての特性である増殖と捕食の強化。
彼女にとって虫花地獄は、巨大な餌場に等しいのである。

キョスェは既にかなりの量の“食料”を平らげたのか、魔人墓場で見たときよりも巨大化していた。
その分増えた自重をうまく支えきれないからか、元々ぼんやりと取っていた人の姿を崩し。
人間の上半身に、ナメクジの下半身を継いだような――歪な姿で、歩き回っている。

“……サン…… ……”

花咲の脳に、ノイズがかった微かな声が響く。

「これは……あのアメーバの……声?」

花咲が耳を傾けようとした、その時。

“……! イタ…… テキ……タオス……”

キョスェが、花咲に気付いた。
身体の向きを緩慢な動きで変え、花咲に向き直り――そのまま、突進してくる!

「! わっ……! ちょっと待って!」

慌てて手を突き出し、制止する――が、勿論それで止まれば世話はない。
咲き誇る花々を食い荒らし、襲い来る虫も食い散らかしながら――巨大アメーバが迫る。

「……せ、せめてちょっと話を……うわあ!」

予想以上の勢い、そして速度で迫るアメーバから咄嗟に逃げる花咲。
駆けるたびに花びらが舞い散り、それをアメーバが食らっていく。

「ああもう、どうすれば――そうだ、こんな時だからこそ、これを……!」

逃げながらも、花咲は鉄板をキョスェに向けて構える。
初恋の少女から貰った鉄板、そのうちの一枚。
『奇跡を願う人の思いを見聞する』――平たく言えば『相手の心を見る』力が込められた鉄板を。

“……! ……! ……!!”

ギャリン、ギャリンギャリンギャリン!
かざした鉄板に、文字が刻まれていく。

『セキサン アイタイ
 セキサン アイタイ
 セキサン アイタイ』

「……これ、は……」

刻まれた言葉は、たった二つの繰り返し。
それを見た瞬間、花咲の足が止まる。
尚も迫る巨躯のアメーバが少年を包み込もうと、その身体を一際大きく広げる――

「君には…… 会いたい人が、いるんだね」

ぽつり、と呟くように紡がれた花咲の言葉に。
今まさに敵を捕食せんとしていたキョスェの動きがぴたり、と止まる。

“……!? ソウ……ワタシ、アイタイ……セキサン……”

「……僕も、同じだよ。
 いや、魔人墓場で話はしたんだけど……ともかく。
 僕にも――会いたい人が、いるんだ」

にわかに落ち着きを取り戻したキョスェに、花咲が語りかける。
拙い口調ながらも、気持ちを込めて言葉を選ぶ。

「君の気持ち、痛いほどわかるよ。会えないのは、一緒にいられないのは……辛いよね。
 それでも、僕は。……やっぱり、生き返りたい。
 現世で、彼女にもう一度会いたい。その気持ちが君より上だ、なんて言い切れないけれど。
 どうしても、譲れないんだ」

“ワタシモ…… アイタイ、セキサン。ゼッタイ、アイタイ……
 デモ、アナタモ……アイタイ、スキナヒトニ”

「そうだね。蘇れるのは一人だけ……
 だから、手加減も手抜きもできない――ここで、君を倒す。
 ……その代わり僕が勝ち抜くことが出来たなら、君の気持ちを必ず届ける。
 その……セキサン、って人に。絶対探し出して、伝えるから……」

“……! ……………………
 ……アリ、ガトウ……”

思わぬ申し出に、キョスェが自らの“声”で花咲に礼を伝える。
もし彼女に瞳があれば、涙を流していたかもしれない。

本来敵同士の一人と一匹の心が、美しくも恐ろしい地獄の一角で。
ほんの僅かではあるが――通じ合った瞬間だった。

暫くの静寂の後、花咲が鉄板を傍らに置き――キョスェに改めて向かい合う。
倒すべき敵として、立ち向かうべき相手として。
キョスェもまた、肉体を流動させて戦闘態勢を取る。

「それじゃあ、改めて――勝負!」

一人と一匹。心通わせた者同士の戦いが、始まろうとした――その時だった。

――トスッ――

“? ~~~~~~~!?”

キョスェの背後に、何かが突き刺さった。

「!? なっ……!」

驚愕する花咲と、突然の襲撃に悲鳴をあげるキョスェの両名に向かって
不快な羽音と共に、物体が更に飛来する。

「あれは……注射器!? いや……虫!?」

花咲が見たものは―― 注射器を下腹部に備えた、巨大な蜂のような虫だった。
キョスェも、刺さった虫の捕食を試みるが――分解することが出来ない。
貪欲なアメーバであっても、プラスチックのシリンダーや金属の針は捕食できないのだ――!
明らかに不自然な姿の蜂は容赦なく、キョスェの粘液を吸い上げ……
やがて腹一杯にアメーバの細胞を蓄えた注射器蜂が離れ、何かに導かれるように一点を目指す。
その先には――

「ンン~~~……中々ハートフルルルルな場面、見せていただきましたヨォ?」

白衣の男、不破原の姿があった。

「……覗き見ですか、趣味が悪いですね」
「いえいえ――『観察』、そして『サンプル採取』ですよ!」

微かに怒りの色を滲ませながら睨み付ける花咲を気にも留めず、不破原は飛んできた注射器蜂を捕まえる。
そして、蜂の特徴的な下腹部を――パキン、ともぎ取って仰々しいケースに収める。
ちらりと見えたケースの中には、此処に棲んでいたであろう虫と思しき昆虫標本も収まっていた。

「魔人アメーバ……学園でも類を見ない、実に貴重な存在!ベリリリリィレアなアメーバですよ!
 だからこうして肉体の一部を採取させていただいた次第でス!」

前髪と眼鏡で表情こそ隠されているが、声色は明らかに喜びに満ちている。
純粋な科学的好奇心を満たせたという、歪んだ喜びに。

“……! ……!? ……!!”

キョスェは、明らかに動揺していた。
自らの想い人と同じく、白衣を着た男に襲われた――
そのショックは、人のそれと比べて遙かに未熟なキョスェの精神に容赦ないダメージを与える。

“ナンデ!? ナンデ……セキサン!セキサンセキサンセキサン……!!”

錯乱の末、巨大アメーバは――白衣の男目掛けて飛びかかる。
愛する者の姿をそこに重ね、食らい尽くすことで一つになろうとしたのだ。

しかし―― 相手が悪かった。悪すぎた。

「知性があろうが、感情があろうが――所詮アメーバはアメーバですよ」

不破原が『下等生物』と見なした相手ならば。
『超科学的改造術』は、容赦も慈悲もなく相手を造り替えることが出来るのだから。

“ …………! ……!? …… ”

不破原の手が、キョスェの体表を鷲掴みにする。
その瞬間、キョスェの肉体に明らかな異変が生じた。
粘ついたアメーバの肉体が徐々に凝固し、揺れ動いていた輪郭が固定されていき――

「安心して下さい――チャァンと持って帰りますからね!永遠に美しく、保存してあげまス!」

時間にして、一秒足らず。
キョスェは体内の水分を残らずプラスチックに変えられ、動かなくなった。

「本当はアメーバ体のまま保存したかったのですが――マ、肉体サンプルは採りましたしいいでしょう」

物言わぬ標本となったキョスェを一瞥もせず、不破原は花咲のほうへと向きを変える。

「……ン?」

その瞬間。
不破原の顔面に、花咲の渾身の拳が突き刺さった。

「貴さ、まああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

ぱん、と血煙を上げて不破原の頭が弾け飛ぶ。
並の魔人を凌駕する花咲の攻撃力、破壊力を全て込めたありったけの一撃。
それが直撃したのだ――

「……はぁっ…… はぁっ……」
渾身の一撃を放った疲れから、その場にへたり込む。その目には、涙が浮かんでいた。
ぐしゃぐしゃになった花咲の表情は、不破原への怒りとキョスェへの憐憫……
そして想い人への慕情が複雑に混じり合った、ぐしゃぐしゃな花咲の今の心情を表しているようだった。

だから、彼は気付かなかった。気付けなかった。

「いやあ、危ない危ナイ――」
「っ!?」

響いた声に、花咲が思わず顔を上げた――その瞬間。
彼の身体に、注射器蜂が数匹突き刺さっていた。
先程までの蜂と違い、中には既に液体が充填されており――容赦なく花咲の身体に、中身を注入していく。

「そんな、頭部を砕かれて生きていられるハズが――」

花咲が注射器蜂を抜きながら、立ち上がって再び構える。
動揺の色がありありと浮かぶ、その瞳には――

“無傷”の不破原拒の姿があった。

「脳を吹き飛ばされればそりゃあ死ぬでしょうネ。ですが――
 脳をわざわざ律儀に頭に収める必要は、何処にもないんですヨ」

カラクリはこうだ。
不破原は急所である脳や心臓への一撃に備え、脳や心臓のスペアを『造り』、身体中に分散させたのである。
身体をコナゴナに吹き飛ばされなければ、あとは相手が隙を見せた間に再生すれば元通り、という寸法だ。
無論、肉体そのものも一撃で粉微塵にされない程度に増強改造した上で、である――

「さて、君はどうしましょうかネ……硬化標本ばかりでハ芸がありませんし。
 そうだ! 胎児に戻して試験管に詰めましょう!これぞ本当の試験管ベイビー!
 いやあ私ってば冴えてますねえ! ベリィナナナナナイス!」

今思いついたばかりの恐ろしい発想を、嬉しげに語る白衣の男。
余裕と狂喜に満ちた笑顔を、目の前の少年へと向けながら――平然と近付いていく。

「そんなこと、されてたま――――」

精神の震えを抑え込みながら、二撃目を放とうと拳を振りかぶった刹那――
花咲の身体は、膝から崩れ落ちた。

「……な、あが……っ」
「オーウ、効いてきたみたいですね!どうです、私特製の筋弛緩剤は?」

体中の筋肉が、余すところ無く伸びきってたわんでいく――
そんな感覚を、花咲は味わう羽目になった。
だが、それでも彼は――彼の想いは、折れなかった。

「……ぼ、くは、――生きかえって、あの子に――」

だが。それは、彼にとって――更なる地獄の釜の蓋を開けるだけだった。

「ンー……。なかなか立派な精神の持ち主ですねえ。
 仕方ありません、君の心が折れるまで……他の『実験』をしましょう」

~~~

そして、数時間後。

痛覚倍加剤を打たれた上で腕の肉を骨から削がれ、
膝から下を切断した傷口に濃縮麻薬を塗り込まれ、
細切れに刻まれた自分の腸や肝臓を食べさせられたところで――

花咲雷鳴の心は、折れたのだった。

「ごめ、ん」

不破原に改造される、その最後の瞬間――花咲は、静かに涙を流しながら呟いた。

~~~

「「「……し、試合終了ーっ!! しょ、勝者……不破原拒!」」」

試合会場で行われた悪魔の所業に、魔人墓場の誰もが絶句する中。
比良坂三兄弟が、思い出したように職務を果たさんとばかりに叫ぶ。

「「「というわけで、今から魔人墓場のほうに戻しますので……」」」
「あー、すいません。五分ほど待ってくださいナ!
 『研究成果』を持ち帰りたいので」
「「「え、ええー…… まあ、別にいいですけど……」」」

三兄弟が呆れた、というよりドン引いた様子で返事するのを聞き流しながら、不破原は荷支度を進める。

「マ、『実験』に付き合っていただいたお礼です。
 首尾良く生き返れたら、届けて差し上げますよ――持ち主の元に、ネ」

足元に置かれた、四枚の鉄板を拾い上げ――
数々の『研究成果』と共に、不破原は地獄を後にした。

虫花地獄の戦い―― 勝者、不破原拒。

~~~


最終更新:2012年06月23日 20:47