第一回戦阿鼻叫喚地獄 右手首の怨念
採用する幕間SS
本文
「「「はい、それじゃあちゃっちゃとやっていきましょう!」」」
「「「次の試合は――」」」
遠く、この茶番の進行役を名乗る者たちの声が聞こえる。
だが、彼女はその声に耳を傾けては居ない。
ゆらり、と地面に突っ伏していた肉体を持ちあげる。
女子にしては高めな身長、日本人にしては豊満な肉体。
「「「―――対、右手首の怨念さんです!」」」
体にはセーラー服、腰には日本の刀。
ずっしりとした重量が腰から伝わってくる。
その、ひどく懐かしく、ひどく慣れない感覚に体をゆだねる。
ああ――自分には肉体があるのだな、と
「「それでは、一回戦阿鼻叫喚地獄――レディーーーー、ゴーーーーー!!」
右手首の怨念は、己の存在というものを改めてかみしめていた。
―― 一回戦阿鼻叫喚地獄SS
「生きているって、素晴らしい」―――
「ご主人様、聞こえますか?」
「うん、聞こえているよ……」
ゴーグルの声に答えながら二三一はあたりを見回す。
辺りには無数の拷問危惧。
それは歯車も使われていない原始的なものから、最新の電気椅子まで色とりどりだ。
そして、その機具のうちいくつかは。
『役に立ちたい。役に立ちたいよ』
『このままここで朽ちていくなんていやだ。このまま永遠に亡者の相手をするなんて嫌だ』
『道具としての本懐を遂げたい』
『役に立ちたいよぉぉぉぉ』
と。必死に声をあげていた。
むせび泣くような『彼ら』の声に、三一は思わず耳をふさぎたくなる。
だが、ふさいでは駄目だ。
「ご主人様……あの、ご主人様の道具としては失格なのでしょうが……」
「大丈夫、分かっている……彼らを、使ってあげよう」
三一はゴーグルをかけ、工具を手に取る。
三一は普通の高校生だ。地獄に落ちるまでは、魔人ですら無かった。
彼にできることは、ひどく少ない。
だが、その少ないことが彼らの救いになるなら、彼らを助けてあげたい。
三一はそう思っていた。
――よみがえりたい、という三一の目的からは離れたものだ。
もしかしたら、魔人能力に覚醒した影響で能力に精神がひっぱられているのかもしれない。
しかし、そんなことは当の三一には分からない。
「ご主人様……その、ありがとうございます」
おずおずと礼を言うゴーグルに、三一は虚をつかれる。
「なんで君が礼を言うんだい?」
「…………私も、道具です」
三一の問いに、ゴーグルはおずおずと答える。
「『役に立ちたい』『使われたい』というのは、道具の一番の欲求です。ろくなメンテナンスもされず朽ちていくのがどんなに辛いことか――それは、ご主人様に大切に扱ってもらっている私では想像したくもないほどの痛苦です」
「……」
「ですから、その、彼らを使うと言ってくださって、ありがとうございます」
「……別に、僕が生き残ろるために使うだけだよ」
少しぶっきらぼうに答えた三一に、それでもゴーグルはやさしい声で返答をする。
「『誰かの目的のために使われる』 道具にとって、これ以上の幸福があるものですか」
三一は答えず、半ば朽ちている電気椅子に向かう。
半ば朽ち、焼け焦げた亡者の皮が張りついているその表面を軽くなでる。
「使ってあげてくださいご主人様、あなたが生き残るために」
「……うん、分かった。使うよ。僕が生き残るために」
――二のところに戻るために、僕は彼らを使う。
決意を新たにし、三一は作業に取り掛かった。
――――――――――――
開始を告げられてからも、しばらく彼女は戦闘行動を開始しなかった。
与えられた肉体を――懐かしいようで、初めて得たような気もする肉体を、慎重に、慎重に動かしていた。
足指、足首、膝、腿、腰、背、肩、腕、手、指、首。
一つづつ、一つづつ、丁寧に関節を動かしていく。
駆動する関節がすべて彼女の望み通りの反応を返した時。
初めて、彼女は腰の刀に手をかけた。
――――――――――――
千坂きずなは、見つけだした獲物を吟味する。
確か相手の名は、二三一。
物陰から彼の姿を舐めるように見つめる。相手がきずなに気づく様子はない。
当然だろう、裸繰埜の実動隊として培った隠行はプロでもそう簡単に見極められるものではなく。
なにより、相手はなにやら機械をいじくるのに夢中で、辺りを全く警戒出来ていない。
しかし、彼女はすぐに相手に飛びかかるようなことをしない。
相手が何か罠を張っているかもしれないと警戒している、それもある。
だが、それ以上に彼女は彼の作っているものに魅了されていた。
ぐちゃぐちゃに朽ちたガラクタの中から、ボロボロに壊れたモノの中から、彼は何かを取りだす。
そしていじくり、組み。
出来上がったものは、まるで苦痛を与えるために出来たような素晴らしいもので
もしかしたら彼は
「……ママかも、しれない」
だから、彼女は待ち続ける。
彼の作る作品、それが完成するまで待ち続ける。
恋い焦がれた母が、そこに居る可能性を信じて
――――――――――――
刀に手をかけ、彼女はふっと息を吐く。
地獄のすえきった空気すら、今の彼女には新鮮に感じられる。
彼女の眼に、敵は見えていない。
そもそも、彼女の視界内には敵が存在しない。
ならばなぜ彼女は刀に手をかけるのか。
明確な理由は、彼女にも分からない。
ただ、ただ己の中の誰かが叫ぶのだ――
体があるなら、打たねばならぬ。
体があるなら、放たねばならぬ。
放てぬならば、打てぬならば。
わが身は、何のために存在するのか、と。
ゆっくり、ゆっくりと上半身をひねる。
極限まで締め付けられた発条のように、みしり、と関節が一つなり。
「鬼無瀬時限流 中目録」
―――――――――――――
「四」
まずその気配を察知したのは身を隠していたきずなであった。
唐突に当てられた剣気に、隠行も忘れびくりと反応する。
彼女が驚いたのも無理はない。
少なくとも、もう一人の対戦者が飛び道具を持っているという情報はなく。
そしてすくなくとも彼女の知覚範囲――おおよそ、半径300m以内には絶対にもう一人の対戦者は居ないはずなのである。
では、彼女に当てられた剣気はどういうことか。
――まさか、裸繰埜の技術すら上回る隠行?
彼女は全神経を張り巡らせ相手の居場所を探る。
しかし――
「囲」
彼女には相手の影をも掴むことが出来ない。
当てられる剣気は、彼女の焦りを反映するかのようにどんどんと増していく。
一体、敵はどこに……
「敷」
続いて、気づいたのは三一であった。
いや、正確には三一が剣気を察知したわけではない。
作業をしていた彼の耳に、がたり、と何かの動く音が聞こえる。
警戒を怠っていた自分の油断を恥じつつそちらを見ると、一人の少女が立っていた。
だが、その少女は自分の方を見ては居ない。
50mと離れていない距離にあるにも関わらず、彼女は三一の事など気にも留めずしきりに周囲を見回し。
その少女の様子を何事か、と思いつつ三一は出来たての道具を構える。
――偶然とったその行動が
「応」
彼の命を救った。
――――――――――――――
『鬼無瀬時限流 中目録 四囲敷応』
事前動作に隙が多いものの、鬼無瀬の技では屈指の範囲と威力を誇るものである。
その技名は「四方に囲いを敷かれても応じる事が出来る」ことからつけられている。
では、あえて問いたい。
「四方に囲いが敷かれても応じる」には、どの程度の威力が必要だろうか?
四方を囲う四人を切ることが出来る?
四人程度で、はたして「囲いを敷く」とまで言うだろうか?
では、40人だろうか、あるいは、400人だろうか?
否、そのどちらも少なすぎる。
銃器すらをも上回る虐殺力こそが鬼無瀬時限流。
敷かれた囲いを突破し、敵を余す事なく虐殺するために
十全に準備された四囲敷応は、4000人―――範囲にして、実に半径500m以上の万物を余すことなく切り裂くことが出来るのだ!
―――――――――――――――
突風。
三一の主観では、まさに突風であった。
突然吹いてきた風に三一の体は飛ばされ、かまえていた機具は、真っ二つに分断されていた。
「ご主人様!?」
体が地面にたたきつけられる、口の中に入った土を無意識に噛みしめる。
一体何が起こったと言うのか。
『いやだあああああああああ!』
『壊れたくない、こんなふうに、壊れたくないぃぃぃぃぃ!』
周囲にあった拷問機具が悲鳴を上げ。
そして、ぴたりと彼らの怨嗟の声が収まった。
「……いったい、何が……」
「わ、わかりません……」
起き上がると、当たりの光景は一変していた。
視界が、広い。
辺りに乱立していた拷問危惧が、地面から約1mの地点で水平に切り裂かれている。
そして、その広い視界の先に。
「はっ、は」
「ははははははっ」
「あっははっはははっはははははははっはははははッ!」
一人の、女性の影。
右手には、異様に長い日本刀を構えている。
その姿は美しくも不気味で。
ぞくり、と冷気が背筋を舐めると同時。残骸の山の中から別の影が飛び出した。
――――――――――――――――
叩きつけられた斬撃を、きずなはまともに食らっていた。
真一文字に切り裂かれる胸。浅くは無い傷。
その苦痛をじっくりと味わうと、彼女は苦痛を与えてくれた相手へと向かって一直線に走りだした。
先ほどまで見守っていた相手とは比べ物にならないほど、大きな痛苦、大きな衝撃。
口から熱い吐息が溢れだす。
このお礼は、たっぷりしなければなるまい。
急く想いを抑えつつ、傷口に手をつっこむ。
大きな傷口からしてもさらに大きなものをとりだそうとしたために、少し引っかかり、その苦痛にまた彼女は身を悶えさせる。
とりだしたのは、巨大なチェーンソー。
これならば、十分に傷のお礼が出来る。
走りながらかまえる、もうあと数歩のところまで迫った相手と目が合う。
相手の顔には、笑みが浮かんでおり。
ああ、楽しいやりとりが出来るな、と。
ついつい彼女の顔までほころんだ。
―――――――――――――――――
駆けだした影――先ほどまで三一の近くに立っていた少女は、どこからともなく巨大なチェーンソーを取りだした。
地面を摺るような低空から突き出されるチェーンソー、それを日本刀の女性は刀で受ける。
耳障りな、金属と金属の擦れる音。
悪魔の哄笑のようなその音がなったのは一瞬、すぐさま両者は離れ、そして次々に攻撃を繰り出し、さばいていく。
それを、三一は一人、呆然と見つめていた。
呆れながら、三一は一つの事実を痛感する。
一目見ただけで分かる、あの二人と自分の『人を殺す』技能は比べ物にならない。
ではなぜ、三一は今生きていることができるのか。
その理由は簡単だ。
どちらも、彼を「いつでも殺せる相手」と見ている。
いや、そうとすら見られていないかもしれない「路傍の石」と変わらない扱いかもしれない。
屈辱的な事実だが、彼にはそれを否定することが出来ない。
けれど――
「ご、ご主人様……」
不安そうに声をかけてくるゴーグルを一撫でして、彼はいくつかの道具を取り出し、装着する。
「いかが、なされるのですか?」
「……決まってる。決まってるよ」
彼は準備をしながら、自分に言い聞かせるように呟く。
「勝ちに、行くよ」
そう、勝ちに行く。
人を殺すスキルで劣っているからなんだ、路傍の石と変わらない程度の力しか持っていないからどうした。
その程度の理由であきらめるなら、端からこんなものに挑戦したりしない。
何に変えても生き帰りたい。帰りたい。二のところに帰りたい。
だからこそ、彼は、戦っているのだ。
―――――――――――――――――――
飛びかかるようにとった行動とは裏腹に、きずなは防御からの反撃に徹する戦い方をしている。
理由は簡単。そうすることで相手の能力を封じることが出来るからだ。
相手の能力は透過による防御、ただし、意識していないと発動せず、攻撃中は使用不可能な制約もある。
確かに、物理攻撃をほぼ無効化する能力はきずなと相性が悪い。
だが
種が割れていればいくらでも対処のしようはあるのだ。
魔人同士の戦いで、己の手の打ちを知られることほど愚かなことはない。
この相手が強いことは間違いは無い。それは攻撃を受ける手に、いなす足に伝わる衝撃で十二分に分かる。
だが、それは道場での強さだ。
ルールのある戦いの中での強さだ。
実戦に於いての強さは、相手に快感を、痛みを与える技能はきずなの方が上だ。
そう、確信できる。
チェーンソーの刃を回すことで、受け止めた相手の刀を大きく払う。
目の前には相手の無防備な横っ腹。
もらった、とチェーンソーを振りおろそうとしたとき、首筋にちりちりとした違和感を感じる。
そして、轟音と、爆音。
彼女の背後から、巨大な網が投じられていた。
――――――――――――――――――――
いくら戦力差があっても、それは道具で覆すことができる。
例えば、常人が埋めるには何分もかかるような距離はスカイブースターで一瞬で縮めることが出来るし
例えば、常人が捕えられないような俊敏な機動はネットランチャーが止めてくれる。
そうして、例え打ちだしたネットランチャ―がチェーンソーと刀で切り裂かれても
切り裂いている間は足が止まり
自動車のごとき速度で、単分子振動ブレードを構えて突っ込めば、2人まとめて串刺しに出来る!
三一が弱いのは確かなことだ。
故に、彼の相手を後回しにするのも当然の判断だろう。
だが
その油断が、命取りになるのだ
「ああああああああああああッ!!」
震えそうになる手を叫び抑える。
そして、かまえたブレードは……
……三一の仕掛けは悪くなかった。
あるいは、もう少し時間をかけて地の理を活かし、幾つかトラップを噛ませていれば成功していてもおかしくなかっただろう。
だが、時間をかければ2人の戦闘が終わってしまい、自分に集中されるかもしれない。
それを考えると、三一が仕掛けにかけられる時間はあまりなかったのだ。
きずなは飛びかかる網を片手持ちにしたチェーンソーで切り裂くと同時に、傷口からナイフを取り出し投擲していた。
右手首の怨念は、右手で大太刀を操りながら左手首を大太刀で斬りつけ動脈に傷口を作っていた。
鬼無瀬時限流初目録「諸屠夫」
左手首から噴き出る血液は、魔人の血圧によりウォーターカッターのごとき刃となって三一を襲う。
向けられた刃は二つ、瞬間的に投じられたものゆえ、速度は大したことはない。
しかし、相対的に考えるなら、今三一は十二分の速度を持っていて。
一撃目、ナイフ、ゴーグルに当たる。
偶然か必然かは分からない。だが、ゴーグルはパリンとわれ、ナイフは三一の頭蓋を浅く傷つけるに終わり。
「ご主人、さま……」
二撃目、諸屠夫、ゴーグルはもうない。
打ちだされた赤い刃は、三一の顔面を真っ二つに割る。
だが
「う、あ、あ……」
「ボクは……二の、ところへ、かえる……」
だが、三一は止まらない。
刃を構え、2人の敵を刺し殺さんと飛んでいく
……………頭蓋を切られてなお止まらなかったことは見事であるが。
意志なき刃は、相手が身を軽くそらしただけで目標を失い。
彼は暫く飛んだところで、力なく地面に落ちる。
そして、二度と立ち上がることはなかった。
――――――――――――――――――――
描写こそ長々としていたものの、戦士らの主観では三一の特攻はごく一瞬の出来事。
予定調和の如く彼の命をかけた一撃をかわした2人は、再び向き合い、打ち合う。
……状況は、きずなの圧倒的有利。
彼女は防御をしながらカウンターを狙って行けば良いのに対し、右手首の怨念は防御を超えて一撃を叩きこまねばならない。
しかも、諸屠夫の使用により血液を失った右手首の怨念は、時間の経過とともに不利になる。
勝利を確信し、右手首の怨念の唐竹割りをチェーンソーで防御するきずな。
しかし、
しかし、
その時、右手首の怨念は獰猛に笑い。
「鬼無瀬時限流 大目録 雛菊刈り・変」
鍔に左手がのせられたその一撃は、今までの片手撃ちより重く。
まるで体重を乗せて硬いものを断ち切るように打ちだされたその攻撃は、チェーンソーに刃を食いこませ。
そして
チェーンソーごと、きずなの体を両断していた。
信じられぬのも無理はない。
魔人用に設計されたチェーンソーである。そう容易に切れるものでない。
油断するのも無理はない。
だが―――
常識外を可能にする技術こそ、魔人の使うべき技術と言えるのではないだろうか。
「あ……ま、ま……」
最後の言葉に意味があったのかは分からない。
……その言葉を最後に、千坂きずなは絶命した。
そして戦場に残ったのはただ一人。
あくまでそれが予定調和であったが如く。
「は、ははははッ。そうです。そうですよ」
彼女は笑う。
「私は、勝つ。私が誰だろうと、私は勝つ。私は……」
鬼無瀬の剣士だから、と、彼女はまるで勝利を宣言するかのように高々と笑った。
終
最終更新:2012年06月19日 10:48