第一回戦鏡面破心地獄 クルマ星人


名前 性別 魔人能力
安全院綾鷹 男性 禁止句域
クルマ星人 男性 クルマ化ー
未知花 女性 道化シ化粧(CROWN MAKE)

採用する幕間SS

なし

本文

そこは白い世界。
これ以上なく静かで、穏やかな世界である。
その世界の中に人間が――罪人がいない限りは。


「……これは」
その地に降り立ったサラリーマン風の男性が、わずかに眉をひそめる。
それまでは曇りひとつなかった世界がぐにゃりと歪み、空間に鏡像を結ぶのを否応なく見せつけられる。


怨みのこもった目でにらみつけてくる老人。

テレビカメラと、マイクを突き付けてくるレポーター。

パーソナリティの一部を剥奪された彼にその記憶はないが、自分に関係のある事柄であるということは理解できた。
……見覚えのある人物も見える。頭を下げる自分自身の姿。
「取り返しのつかないことをした」謝罪の意思をこめて……そして一斉にカメラのフラッシュが焚かれる。

「何だ……この映像は」

現れては消えるその映像に、停止を命令しようとして思いとどまる。意味がない。
ここは、鏡面破心地獄。囚われた者の魂に刻まれた、罪の記憶を映す世界。

この映像もやはり、彼自身の記憶。
安全院綾鷹という個人の、いまはもう失われた、しかし消すことのできない罪人の刻印――







------------ダンゲロスSS2・冥界無情------------



第一回戦

【  クルマ星人と 過去の話   】






※  ※  ※  「くるまのれきし」  ※  ※  ※



せかいではじめてのくるま。それは、にぐるまだよ。

だいのうえににもつをのせて、しゃりんのちからでころがすんだ。

そのけっか、ひきずるよりもすくないちからでにもつをはこべるようになったんだね。



そのぎじゅつは、ひとをはこぶことにもつかわれるようになった。

ぎゅうしゃ、ばしゃなど、どうぶつのちからをりようしたくるまがつくられていったんだ。


じぶんのちからではしるくるまがうまれたのは、だいたい300ねんまえ。

イギリスでおこったさんぎょうかくめいのけっか、じょうききかんのちからではしるくるまがうまれた。



「そして今に至るまで、自動車は進化を続けています」



※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※



鏡面破心地獄は、罪人を苛むための虚像の世界。
ゆえに、刑の執行に余計な物は何一つなく。
物陰や障害物になるような要素がない。

現れた異形、クルマ星人を安全院は待ち受ける。
……待ち受けざるをえない。
さすがに魔人といえど、総合的な機動力では自動車の速度を持つクルマ星人には追いつかない。

「はじめまして、クルマ星人であります」

ぴかぴかとヘッドライトを点滅させながら、意外に素直にクルマ星人が挨拶してくる。

「はじめまして……か」

安全院にとっては歯がゆいことに、名刺は切らしていた。
もっとも名刺を出すことに意味があると思っていたわけではない。
生前の、サラリーマンとしての習慣をなぞることに意味などない。

「ならば私も名乗ろう。安全院綾鷹だ」

それ以上の言葉は必要ない。
現状この場では双方に取引の余地がないのだから。
勝者だけが希望を掴み、敗者は永劫地獄に繋がれる。それがルール

「では」
「ああ」

罪を映し出す鏡像が現れては消えていく。
映っているのは安全院自身の記録のみだった。見る者によってその映像は変化するのだろう。
安全院の立場からではクルマ星人が何を見ているのかは推し量れない。興味もないが。

クルマ星人が動いた。全身を大型二輪の姿に変化させて迫る。
寸前まで引きつけてから、安全院は突進を回避。

「ふむ」

ターンして戻ってくるが、これも安全院はいなし、さらに通り抜けようとするところを蹴り倒した。
呆気なくバイクは転倒し、元のクルマ星人の姿へと戻る。

「通じませぬか」

と呟いたクルマ星人が硬直する。
体勢を崩したところを見逃さず、安全院は距離を詰めていた。
作業場にも立ち入れるよう、彼は金属が仕込まれた安全靴を愛用している。
魔人の脚力で蹴りを入れる。衝撃でクルマ星人の身体が床を滑っていく。
淡々と、告げた。

「サラリーマンは身体が資本でね……ましてや、今は労災も適用されないわけだし」
「……むむ。困りましたな」

クルマ星人がうめいた。



※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


「戦慄の泉」にて。
亡者どもが間抜けな顔で固唾を飲んで試合の内容を見守る中。
そんな緊張とは無縁の比良坂三兄弟はとっても退屈していました。

「地味だなー」

弑が呟いても誰も相手にしてくれません。横暴です。
仲良し兄弟も何も言ってくれません。
仕方なく鼻をほじりながら弑はぶーぶーと文句をたれます。

「つまんねー」

比良坂三兄弟は参加者の能力を細部まで知っていますので、クルマ星人が戦車に変身すると思っていました。
遠くからどかんどかんと砲弾を撃ちまくるに違いないと思っていましたが。

「なんでこんな地味な戦いなんだー?」

ぼりぼりと頭をかきむしりますが、そのわけはわかりません。
疑問に答えてくれるかもしれないジード=シャスキー先生は、針の山地獄の上で背中に大きな岩を乗せられ、さらに火責めをくらっています。


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


そしてもちろん安全院綾鷹はすでにその理由を看破していた。

三つ巴の戦いであり、迂闊に目立つのはあまり好ましくないということ。
そして、もう一つが安全院の能力――「禁止句域」のためである。

「そう。大型車両に変身しないのは、重量のせいだろう。初速を得ることが難しいからな」

「変身するな」の一言で安全院はクルマ星人の能力を無効化できる。
ならば、クルマ星人はその言葉よりも速くアタックを仕掛けるしかない。

しかし。
安全院の身体能力は、クルマ星人の攻撃速度を完全に上回っている。
不意討ちでもすれば別かもしれないが……障害物のない、見通しの良いこの地獄では、それも難しい。

「君のスピードは見切った。5メートルも距離をおけば、君が何をしようと対処可能だ」

自信たっぷりに告げる。

「そして私の能力の射程は5メートル。その中では君はただの魔人と変わらない」

自信たっぷりに……安全院は一つ嘘をついた。
――『射程距離』である。

彼の能力の対象となるのは、半径5メートル以内の領域。
もしくは――距離に関係なく「1対象」。
5メートル以上離れた相手にも効果が及ぼせるという事実を、隠した。

比良坂三兄弟が参加者の紹介をしているが、微に入り細を穿って説明しているわけではない。
安全院は能力の効果と、補選の映像――酒場内の人物を潰した様子をもって紹介された。
運営側の、その杜撰さを利用する。
この後の戦闘――もう一人の敵あるいは、次戦において、敵の油断を誘うことができる。
常にライバルよりも一歩先へ。ビジネスの基本である。

「行くぞ」

安全院は懐からメジャーを取り出した。
下積み時代から今に至るまで、即座にクライアントの問いに応えられるよう、手放したことはない。

一見何の変哲もない巻き尺に見えるが、実は企業戦士の隠し武器である。
ロックを解除し、ちょうど5メートルになるように引きのばす。
鋭利な切れ味を持つそれは「鞭」にして「定規」
武器としての威力に加え、視界全て純白のこの地獄において掴みづらい距離感を補う効用もあった。

うなる巻き尺をクルマ星人はステップしてかわす。
しかし、刀や棒のそれとは違い、鞭の動きというのはいつまでもかわしきれるものではない。
まして、扱うのはこの武器を数十年単位で愛用していた安全院綾鷹。
その技術は達人のそれである。少ない腕の動きで、生き物のように鞭を操る。

「むぅ……っ!」

避けきれず切り裂かれるクルマ星人のボディ。
このままでは勝ち目がない。

「いたた、参りましたな。仕方がない。気は進みませぬがここはいささか卑怯な手を取らせていただきます」

クルマ星人は決断した。
卑怯な手。
名付けて……「ミニカーでこっそり近づいてから一気に巨大化して潰しちゃうよ作戦」である。

その恐るべき作戦の第一歩として、まずは相手の視界から外れようと、
ランドクルーザーとなって一気に距離を取ろうとするクルマ星人であったが――


「――変身するな」


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


ここでひとつ、安全院綾鷹の能力についておさらいをしておく。

能力の対象は前述の通り。
効果は、「一つの動作の禁止」

「動くな」「呼吸するな」などのクリティカルなものは禁止の強制力が及びにくいという面がある。
また、あくまで禁止できるのは一つの動作だけという制限も。

つまり「変身するな」と一度命じれば、同時にその他の動作を禁じることはできない。


――だが。


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


安全院はすぐに能力を解除。
続いて。

「蹴るな」

キックはもちろん、地を蹴る動作も制限される。
解除。
「離れるな」
同時に鞭を振るっている。血液が飛び散る。
解除。
「変身するな」
解除。
「落ち着くな」
解除。
「避けるな」
解除。
「踏みとどまるな」
解除。
「変身するな」
解除。
「構えるな」
解除。
「変身するな」
解除。
「考えるな」
解除。
「来るな」
解除。
「変身するな」
解除。
「闘うな」
解除。
「逃げるな」
解除。
「変身するな」
解除。
「抗うな」
解除――


クルマ星人が切り裂かれていく。
一つ一つの言霊による強制力は、中にはさして効果がないものも混じっている。
対象の意志力で抵抗すれば簡単に撥ね退けられてしまうほどに――しかし!

矢継ぎ早に能力のオンオフを切り替え、クルマ星人がアクションを起こそうとするたびに出鼻を挫くように「禁じる」
安全院綾鷹の「禁止句域」の、禁止を強化する重点とは異なる、もう一つの使い方。

充分に接近しなければうまく扱うのは難しく、
かなりの集中を要するため、攻撃の手元は若干疎かになるが、
現在のクルマ星人との距離は3メートル程度。この射程ならけして逃さない。
クルマ星人も懸命に逃れようとしているが、上手く動くことができない。


「変身するな」
解除。
「蹴るな」
解除。
「かわすな」
解除。
「揺れるな」
解除。
「来るな」
解除。
「考えるな」
解除。
「変身するな」
解除。
「頑張るな」
解除。
「退がるな」
解除。
「変身するな」
解除。
「防ぐな」
解除。
「蹴るな」



勝っていたのは安全院だった。
イレギュラー。
突如、クルマ星人と安全院とのちょうど中間に、幻影が――鏡面破心地獄のもたらす映像が現れなければ。

そこに映っていたものは。

安全院は一顧だにせず、全力で一閃する。
クルマ星人の姿は鏡像が邪魔して見えないが、横薙ぎに振るわれる銀の線がとどめを刺す――はずだった。

――衝撃。
彼と、彼の娘を映し出す虚像に割って入るように現れたクルマ星人。
その拳が安全院の胸を貫いた。



足の下に「クルマ化ー」の能力で車輪を生やし、高速で直進する。
――その突きを、生前のクルマ星人を知る友人である車屋二輪はこう呼んでいた。

「フリードスパイク」と。



安全院が力尽き倒れる。



満身創痍のクルマ星人が力なく膝をつく。



――そしてクルマ星人の背に、鈍色のナイフが柄まで深々と突き刺さる。




「どうやら」

もう一人の選手は。
色を操る能力「クラウンメイク」で自らの表面色を床と同化し、
気付かれぬように音も無く近づいた未知花は。

「あたしは相当――罪深いらしいの」

はらはらと涙をこぼしていた。


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


新たな技術の発展の陰には、必ず犠牲となる者がいた。

荷車で重いことこの上ない建材を運搬する奴隷たち。
馬が引く戦車に騎乗する戦士に槍で突き殺される犠牲者たち。
自動車の排気ガスは大気を汚染し、大量生産に裏打ちされた経営モデルが多くの人の運命を捻じ曲げる。

2011年の交通事故の死者は、日本だけで4千人以上。


その様子を、クルマ星人は見ていた。
この鏡面破心地獄で、まざまざと見せつけられていた。

自動車・人間・地球の共存を謳うクルマ星人の、これが業なのだと。


「それでも……クルマ星人は止まるわけにはいかぬのです」


※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


安全院綾鷹と同じく――いや、むしろもっと深刻なほどに、未知花は自分のことについて何も知らない。

しかし、この鏡面破心地獄で、彼女はパズルのピースを得た。
自らが犯した、拭えぬ罪の数々。

幼い彼女が背負った罪はここでは明かされない。その映像を見ることを許されるのは、彼女自身のみだ。

しかし二つだけ、確かに言えることがある。


彼女が犯した罪の記憶――それのみが、未知花の全てではない。
ここで彼女が見た映像以外にも彼女の人生があった。

幼い彼女は今、その罪に押し潰されそうになっているけれど、しかしまっとうに生きていた時間も確かにあったのだ。


そしてもう一つは。

生前の彼女は戦士や暗殺者の類ではなかったということだ。

倒れたクルマ星人にダメ押しのナイフを突き刺して、確実に息の根を止めなかったから。



だから、クルマ星人はミニ四駆に変身し、

最後の力を振り絞って、未知花の身体を駆け上がって、宙に身を躍らせていた。


そう。

「ミニカーでこっそり近づいてから一気に巨大化して潰しちゃうよ作戦」
次の瞬間には、巨大なロードローラーが落下を始めている。

それでも未知花は避けようとした。
膂力では劣る彼女だが、その分敏捷性は目を見張るものがある。
咄嗟に地を蹴って逃れようとして――


転んだ。



彼女のせいではない。

そこが安全院から5メートルの領域内だったから――まだ彼は事切れていなかったから。

最後の彼の「禁止」が、「蹴るな」だったから。

単語として短く、それでいて「動くな」よりも部分的な禁止で敵を封じられるという利点で、安全院が利用したその言葉だったから。


次の瞬間、横たわる安全院もろともに未知花はロードローラーの下敷きとなり、くしゃくしゃに潰れていた。
決着――である。


やがて、元の姿に戻ったクルマ星人が立ち上がる。
全身から夥しく出血しながら。その手を二人の返り血に染めて。

彼の目の前に、鏡像が現れる。
たった今、二人を潰したクルマの……自分自身の姿が見える。

その映像を脳裏に焼きつけて、それでもクルマ星人は呟く。

「クルマ星人に、過去は必要ない……未来への礎となれれば、それでよいのです」


Innovation for Tomorrow.

彼の使命。



――第一回戦、終了。


最終更新:2012年06月16日 22:31