第二回戦賽の河原 肉皮リーディング
採用する幕間SS
本文
ここは三途の川と接する賽の河原。獄卒と奪衣婆が多数彷徨き、
彼らは肉皮と戸次両者を平等に妨害してくる。だがしかし、
開始から一分も経たない内からこの
ルールが引っ繰り返る事になってしまった。
「さあ、正々堂々全てを出し切って、出し抜く!」
戦闘開始直後息を大きく吸い、マントで身を隠し肉皮は後退する。
周囲の獄卒を壁とし、変身の為の10秒を無傷で逃げ切り変身完了。
一回戦の肉皮の戦いをモニターで観戦していた参加者達は彼女の能力が
敵の大事な人に化けるものであると理解していた。
それ故に肉皮が変身するのは戸次の母、皆がそう予測を立てていた。
「ふぇふぇふぇ~」
「ほう、変化の使い手か」
腐敗しきったモツ鍋に溜まったガスのゲップがごときしゃがれ声で笑いながら
マントの中から醜悪な老婆が姿を現した。これが戸次の母、いやそんなわけがない。
どす黒い肌、取れかけたシワシワの乳房、頭に寄生したハリガネムシにしか見えない頭髪、
足首までびっしりと水虫が広がっている。一回戦で変身した大樹よりはマシだが
変身している肉皮本人も吐き気を抑えるのに精一杯、そこらの奪衣婆とは
一味も二味も違う奪衣婆だった。
あんまり長く変身していたくないので肉皮は必要な事だけを行い
さっさとこの変身を解く事にする。
「皆っ、私を助けるなら私が勝った後転送されるまでの間この身体を好きにしてイイわ」
「「「「ウオオオオオオーーーーー!!!!!!!!」」」」
四方から飛び交う歓声。肉皮の変身した奪衣婆に多くの獄卒と少数のレズっ気のある奪衣婆が
心を奪われ目をハートマークにしヨダレを垂らしながら戸次に一斉に襲いかかる。
解説しよう!今回肉皮は戸次ではなく近くにいた獄卒の脳内を覗き
その最愛の存在へと変身したのだ。その名は地獄のアイドル・ダツエ&エヴァのダツエ。
獄卒の休日を彩る今最も人気のアイドルである。周囲にいた獄卒の半分近くが言いなりに
なったのを見て変身した肉皮本人も正直効果の高さにビックリである。
「数は40といったところか…。この程度の囲い、島津との最後の戦に比べればものの数ではないわ!」
一気に不利に持っていかれた戦場に対し寧ろ喜び震える戸次。
大身槍の間合いに入った鬼から次々と切り捨てていく様に肉皮二度ビックリ。
地獄の亡者に対し絶対優位を保持していた鬼達は戦術的に動くのは苦手としているが
それでも獄卒達は一人一人が魔人に匹敵する。その魔人級の集団を全くモノともしていなかった。
(正に天にあっては天使を斬り、地獄にあっては鬼を斬るといったところね。
クルマ星人や早見ちゃんのいない今、間違いなくこの人が最大戦闘力の保持者。
だから、私では彼に勝てない。だからこそ、この勝負は―)
変身解除し大きく深呼吸を一回。戦闘状態における自分の呼吸を確認してから
肉皮は獄卒と奪衣婆に激を飛ばす。
「私はもう片方のアイドルにももちろん変身出来るわよ!」
「「「「ウオオオオオーーーーーー!!!!!!!」」」」
エヴァ派も落ちた。肉皮と戸次の目の届く範囲の鬼達は9割肉皮の味方になってしまった。
美的感覚の違いにより人間の色仕掛けなどには引っかからないのが当然だった彼ら、
それ故に魅了に足るルックスでの誘惑には全く免疫が無かった。
職務に忠実な者、強い精神を持つもの、ホモ、そして同性愛のケが無い奪衣婆は
誘惑に引っかからなかったが、周囲のほぼ全てが肉皮側に付いた今、肉皮を害する為に
動こうとしても鬼同士で無意味に殴り合う事になってしまう。
結果、肉皮に操られなかった者達は戸次に協力する事も出来ず、その場に留まって
決着を待つのみとなった。
「さあっ、この50をこえる鬼の群れを突破して私に槍を届かせる事が…うひゃう!」
肉皮の立っていた場所を槍の先端が通過する。倒れ込まなければそのまま首をはねられていた。
地獄の鬼達は20人ほどが倒された時点で戸次の持つ殺気に飲まれ、左右にどいていた。
「ちょっと、獄卒達!ちゃんと私を守りなさいよ」
「そこまでする義理はねーよ、世間では俺達鬼は怖いもの知らずと思われてるが、
亡者に反抗手段が無い事前提で偉そうにしてきてるんだよ。アイドルのルックスに釣られて
従ったが、やっぱ命の方が大事だ」
「ちいっ、やっぱり私自身の手で勝負しないといけないか。取り敢えず槍の間合いから距離を―」
起き上がろうとして肉皮はどてんと不格好に転ぶ。
地面に切断された右足が転がっていた。獄卒や奪衣婆のものではない。
自分の下半身に視線を移すと右足が太ももの付け根からスッパリと切断されていた。
倒れ込む事で攻撃を避けようとするのに気づいた戸次は槍をしならせて下段へと軌道を変えていたのだ。
「くっ…フフフ、いいダイエットになったわ」
無様に逃げ惑っていた一回戦と違い、負傷をものともせず強気な表情で相手を見据える肉皮。
タイマンである以上同士討ち狙いなど存在しない、それもあるが、
肉皮の態度の違いはもっと別の理由からのものだ。
この勝負、自分では絶対に戸次に勝てない。生前からの積み重ね及び才能、そして武器の差。
しかし、自分に出来る全てをやっても勝てないだろうが肉皮は挑戦し続ける。
それが今出来る唯一の事だから。大きく息を吸って、倒れたまま肉皮は反撃に移る。
「片足で出来る暗殺術なんて山の様にあるのよ。そう、こんな風にね!」
右手で小石を飛ばし戸次の顔を狙う。相手が顔を背けた隙に、両手を支柱にし
ブレイクダンスの要領で左足を振り足の指に挟んだペンで急所を蹴り金玉を貫く。はずだった。
斬り飛ばされた左足が宙を舞った。
「んぎゃあああ!!!!私の左足までぇ!!!」
「稚拙なり、石つぶて如きで拙者のめくらましができるなど舐められたものだな」
「ええい、ここは一時撤退よ!逃げるんじゃない、これは有利な条件に持ち込むためのぉぉぉ!」
三途の川の方へと肉皮は転がって逃亡。息を大きく吸ってから鼻をつまんで川に飛び込んだ。
まあ、霊的肉体は水中エリアでも自動で呼吸可能となる機能がついているので、
息を吸った事は潜る上では意味はないのだが。
このエリアでは三途の川での水中戦も考慮されており、ここはまだエリア外ではない。
震えながらへっぴり腰で金棒で突いてくる獄卒の攻撃を槍で弾きながら
戸次も迷うこと無く川へと侵入した。
(まんまと川に飛び込んで来たわね。その装備じゃあ泳ぐのも一苦労でしょう?
さて、例のやつ行きますか)
川底に潜り少し引っ掻くと泥が攪拌され肉皮の姿を隠す。
戸次の槍の間合いは3m弱だが、肉皮の変身可能な間合いは10m、
水中ならばこの距離を10秒で詰めるのは至難の技。
「と、思ってたのにぃ!」
肉皮の隠れる泥の中を槍が侵入してくる。
九州侵攻に参戦していた戸次は当然の如く具足装着しての泳ぎも心得ていた。
肉皮の想像よりも遥かに早く彼女が隠れた泥の真上に到着し、姿が見えずとも
適当な箇所に槍を突き刺す。運良く、本当に運良く槍は肉皮の胴体のすぐ下を
通過した。これは、先に足を失って良かったと思うべきか。
予想よりも簡単ではなく、というか危うくここで死ぬ所だったが肉皮は変身を完了し
浮上して戸次の前に顔を見せる。今度こそ、その姿は両足の無い事を除き戸次の母そのものだった。
鬼達を利用するのも暗殺術でも水泳でも大敗、これが最大にして最後の策。
「息子よ、その槍を下ろすのです」
「母上、いやあの女の変化か…」
「もう良いのです、貴方は十分に勤めを果たしました。地獄に落ちてまで戦う必要はありません」
演じながらも肉皮は祈っていた。これが通じなければもう今の自分には本当に何も無い。
その時こそ完全に絶望する事になるだろう。どうか思い通りに上手くいって欲しい。
一息吸って肉皮は運命の分岐点となる台詞を紡ぎ出した。
「さあ、降参しなさい。息子よ、これ以上戦う理由はどこにも無いのですから。楽になりなさい」
「言いたいことはそれだけか、物の怪めが」
惑わす事能わず。戸次の槍は真っ直ぐに肉皮の胸元に構えられた。
「母上ならば、きっとこの戦場で最後まで戦って死ねと言うであろう。
貴様の姿形以外は母上とは程遠い、拙者はその様なものには騙されはせん」
「はあ…全く嫌になるわね。あれもこれも駄目ってのは。
私なんかとは器が違うわ…でもだからこそ礼を言いたいわね」
足掻き尽くした上で勝てぬ事を再確認した肉皮の目から涙がこぼれ落ちる。
演技ではなく紛れもない恐怖から来る涙、そして彼女は確信した。
「全て上手くいかなった、これでこの勝負私の勝ちよ」
身体をほんの僅か傾け槍の切っ先を心臓からずらす、
それと同時にペンで自らの背中を一気に突き刺した。
バァァァン!!!!!!!!!!!!!
「何事ぞ!」
爆音と共に、肉皮の身体が急接近する。
勝負開始から余裕を見てはずっと肺に貯め続けていた空気。
生前の数倍の肺活量の限界までパンパンに空気の詰まったそれは
破裂と同時に両足の無いスレンダーなオカマを前方へぶっ飛ばすだけの
推進力を産み出すには十分だった。
ただし、これだけでは目標が定まらず明後日の方向へとすっ飛び、
リングアウトかよくても落下点で瀕死になっていただろう。
そうならなかったのは戸次の構えていた槍のおかげである。
肉皮は背中が破裂すると同時に右腕を槍で貫通させ、
戸次と自分を繋ぐラインとしたのだ。
結果、右腕をミンチにしながら肉皮は見事槍を無力化し戸次の懐へと飛び込むことに成功した。
「貴方はとても強かった。だから考えもつかなかったでしょうね。
『声の主』に与えられた肉体と生前の肉体の違いから生み出せる戦術なんて。
私はずっと考えていた。蟻地獄で全身を焼かれ切られ溶かされながらどの部分を
どの程度まで壊しても平気かを。そう、私はここを勝ち上がりあの方に並び立つ為に
新たな存在へと脱皮する必要を感じていたのよ」
「おのれ物の怪め…、それで勝ったつもりか!顔と左上半身だけになって
拙者の槍を封じそれで勝ったつもりか!」
槍から手を離し、四分の一サイズになった肉皮に掴みかかる。
この距離なら槍や刀よりも素手で絞め殺す方が早い。
「人心を惑わし鬼をそして母上を騙り拙者も騙そうとした外道よ!
貴様は戦場に相応しく無いわ!」
「ホントーにマザコンね貴方ってば。最後に教えてあげる。
医学に疎い戦国生まれには分からないかも知れないけど…人間には肺が二つあるのよ!」
そう言い、肉皮は戸次の耳元で体内に残ったありったけの空気と共に大音量の言葉を叩きつける。
「統常ェだいしゅきぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
母の声により戸次の耳が塞がれる、いや、耳だけではない。
視界がドロドロと崩れ落ち、目の前には裸の母が立っていた。
(こ、これは一体、あの外道と賽の河原はどこに消えた!)
いつの間にか自分も素っ裸になっており、母と抱き合っている。
(これは幻覚、いや、しかしこの臭いも肌も母上そのもの。
そもそもあの外道の化けた母上は足が無かったではないか。
母上…ああ母上…紛れもない本物の母上)
いつしか疑う事も自分が戦場にいた事も忘れ、戸次は母の胸に顔を埋めて泣いていた。
「母上…ははうえぇええ…」
「そのまんまエリア外まで流されていきなさい。頼むから、ホントーに頼むから戻って来ないで」
母に抱かれる幻想を見ながら川の流れにより遠のいていく戸次。
その顔は脱力しきってぐんにゃりと歪んでおり先程までの武人と同一人物には見えない。
もし、戸次が何らかの手段で戦場に復帰したら今度こそ負けが確定する肉皮は必死に祈りながら
その時を待つ。肉皮にとっては一回戦の決着よりも長く感じた数分の後、
終了のアナウンスが流れた。
『はーい、二回戦第一試合終了でーす。今ベッキーの場外&戦闘続行不能の確認がされました。
勝者は肉皮リーディングさんでーす』
肉皮の身体が転送され修復されると同時にホッと一息つく暇も無く比良坂三兄弟が彼女を取り囲んだ。
「「「ちょっとちょっと肉皮さん」」」
「なによ」
「「「最後の技、あれ何ですかー。キャラデータに無い技出されても困りますよー」」」
「強化された内臓には肺も含むでしょ?ならあーゆー使い方も出来るって気づいて」
「「「そっちじゃなくて、『だいしゅきー!』の方です」」」
「あ、あっち?あの技が出来たのはついさっきよ」
「「「はあ?」」」
要領を得ない三人に肉皮は説明をする。
「絶望の中生まれ、己の妄想が現実を凌駕するのが魔人能力。
私は今霊的肉体を得ることで自身のスペックが上昇している。
ならば妄想の手の届く領域も拡大可能、そうでしょ?」
「「「そんなもんですかねー」」」
「現に上手くいったし。この能力はサラリーマンやラーメン野郎の戦いを観戦してヒントを得たんだけど、
それを能力として発現するにはキッカケが必要だった。そういう意味で戸次さんは
何やっても勝てないと絶望できる最高の相手だったわね。
川を流れていった後も怖くて震えが止まらなかったもの」
肉皮はマントの裏に仕込んだペンとメモ用紙に先程の技の詳細を書き記す。
【特殊能力2・だいしゅきハウリング】
『あっついぜリーディング』で相手の最愛の女性に変身した状態で至近距離から
「だいしゅき!!!!!」と叫び続ける事で相手の脳内情報を最愛の女性の事で埋め尽くす。
この攻撃を受けた相手は外部情報を遮断され、最愛の女性と共にいると感じながら戦闘不能に陥る。
対象がどれだけその女性を愛しているか及び相手との距離により効果発動までの時間は変わり、
固い絆で結ばれた母子レベルでも密着して数秒叫び続ける必要がある。
この能力の発動には霊体化により生前より強化された肺と声帯の存在が不可欠である。
「三兄弟、この能力内容を勝ち残っている皆に伝えて置いてね」
「「「いいんですかー?詳細隠しておいた方が有利な能力ですよー」」」
「生まれたての不安定な能力だから、自他共に認識させることで安定させておきたいの」
「「「なるほどー」」」
一仕事終えた肉皮は目を閉じ眠りに付く。転送後ダメージは回復し
戦闘による恐怖も薄らいでいったのだが、魔人能力の発展の為の数々のギャンブル行為による
精神的な疲労と達成感から来る虚脱感はどうしようもなく今は只目を閉じゆっくりしていたい。
他の戦闘記録は後で見せてもらえばいいや、そう考えながら肉皮は一つの過ちに気づきハッと目を開ける。
「あ!賽の河原の鬼達に報酬支払ってない!…まあいいわね、もう二度とあそこへは行かないし」
最終更新:2012年07月25日 21:48