第二回戦風殺紅蓮地獄 右手首の怨念


名前 性別 魔人能力
右手首の怨念 女性 右手首の怨念
安全院綾鷹 男性 禁止句域

採用する幕間SS

なし

本文

――これは、いつのできごとだろうか

夕暮れ時、幼い私は一人空き地で木の枝を振り回す。
ばさっ、ばさっ
黄色い花を咲かせた背の高い草に枝が当たり、茎が折れる。
ばさっ、ばさっ
楽しいわけじゃない、ただ、こうしていると自分に降りかかる嫌なことまで折れてくれる気がするから。
ばさっ、ばさっ
それが幻想だってわかっている。どれだけ草をへし折っても、どれだけ視界が晴れても、その先に、お父さんもお母さんもいない。いるのは嫌いなおばさんだけ。
ばさっ、ばさっ
早く帰らないとまた怒られる。でも、止めたくない。手を止めると辺りに立ち込める現実が見えてしまうから。
ばさっ、ぺし
手に伝わる、草をなぎ倒したのではない感触。
そちらを見てみると、大人の――といっても、大学生ぐらいだろうが――お兄さんが立っていた。
二人組。片方は整った顔をしていて、片方は傷だらけで怖い顔。枝が当たってしまったのは傷だらけの怖い顔のほうだった。
怒られるのかな、と、ちょっと身をすくめる私に、傷だらけの怖い顔は、ぎこちなく顔をゆがませて声を出す。

「何をやっているのかな、お嬢ちゃん」

………それが、私と空兄と全兄の、私と鬼無瀬の出会いだった。
私の運命が、変わった瞬間だった。

―――二回戦 風殺紅蓮地獄SS
       「忘れたくとも思い出せぬもの」――

「「「OK、観客も少なくなりやがったなー」」」

三兄弟の声を聴き、私は目を開く。
ずいぶんと、懐かしい夢を見た。
体の各関節を動かし、腰に伝わる刀の重みを確認する。
……親なし子だった私は、あの日、鬼無瀬に拾われた。
刀を握る。あの日私は家族を得、この刀を渡された日私は鬼無瀬の剣士になった。
ぎゅっと、刀の柄を強く、強く握る。
大丈夫だ、これがある限り私は鬼無瀬の剣士で、鬼無瀬の剣士なら無敵のはずだ。
だから、負けない。
だから、戻れる。
だから――二人の帰ってくる場所を、守れる。

「「「――対右手首の怨念だ!」」」

ふっと、小さく息を吐く。
思考を、戦いのために純化させる。
さあて、これから

「「「レディィィィィ……ゴーー!」」」

虐殺だ。

――魔人墓場

「あ、となり良いですか?」
「……ん?ああ、構わないが」

少女に声をかけられ、霊体は少し驚いたように返事をする。
無理もない。声をかけてきた少女は、この場に似つかわしくない生身の人間だったからだ。

「……あんた、何者だ」
「あ、失礼申し遅れました。ダンゲロス報道部より参りました、夢追中が四身のひとつ、佐倉光素と申します。よろしくお願いします、有村大樹さん」
「ああ、よろしく……なぜ、わざわざ俺の隣に?場所ならいくらでも空いているだろう」

有村の言葉に、少女はなぜか少しはにかんだように

「この試合が終わったら、有村さんにインタビューをさせていただきたい、と思いまして!」

と答えた。

「物好きだな」
「そういう性分ですもので……あ、試合始まっちゃいますよ。今はこっちに集中しましょう」
「ああ、そうだな」

というわけで、なんだかちぐはぐなコンビでこの試合を観戦することになったのだ。

――

斬ッ!
吹きすさぶ風が斬り裂かれる。
安全院彩鷹はそれを何とかしゃがみかわす。
後ろにあった氷の山が、斬撃を受け崩れ落ちる。
彩鷹の上に降り注ぐ氷塊の雨、彩鷹はそれをかつんと凍った地面をけってジャンプし回避。

「わかってはいたが、冗談のような威力だな」

かつんかつん、と硬い地面に着地をすると、一息つく間もなく再び風を斬り裂く一撃が飛んでくる。
無論、これは風殺紅蓮地獄に吹く風によるものではない。
もちろん、彩鷹の能力によるものでもない。
対戦相手、右手首の怨念の剣技によるものだ。
試合開始直後から、対戦相手はこうして遠距離から氷の山を崩し彩鷹を狙ってくる。
少なくとも、彩鷹の見えるところに対戦相手はいない。
ならば、どうやって彩鷹を狙っているのか。

「十中八九、足音、だろうな」

かつんかつん、と足音を鳴らしながら彩鷹は走る。
一瞬のち、それまで彩鷹がいた場所の氷の山が崩れ残骸となる。
凍った地面はまるで楽器のように足音を反響される。
それでも、通常の人間なら20mと離れれば聞こえなくなるような音だが、生憎ここは風上で相手は魔人だ。
風が相手のほうへ音を運んでしまうし、それを聞き逃すような聴力の持ち主ではあるまい。
そして、飛んでくる斬撃。
またも間一髪かわし、彩鷹は思う。

予想通りだ、と。

戦場と対戦相手が決まった時点で、この程度の展開は予想してある。
ここまでは予想通り、後は

「『感じる・な』、彩鷹。さあて、とちるなよ」

――

「……足音が、消えた」

右手首の怨念は構えを維持したまま、聴覚に神経を集中させる。
先ほどまでしていた足音は、最後に二つかつんかつん、と大きな音を残して消えた。
音の大きさから考えて、おそらく、こちらから離れていく方向に移動したと考えられる。
……そこから想像できる策は、射程外にいったん離れての待ち伏せ。
いくら魔剣技とはいえ射程に限界は存在する、相手はそれをついて待ち伏せでもしているのだろう。
だが

「その程度で、鬼無瀬を止められると思わないでください」

そう、相手の場所が分からなくなろうと、それならマップ全体を更地にすればいいだけだ。
当たり前のように、右手首の怨念はまだ斬っていない場所を斬るために歩を進め。

ひゅん

崩れた氷山の中から、突然飛び出す鞭。
反射的に左手を上げそれを受ける怨念、鋭い痛みが彼女の腕をたたく。
巻きつき、彼女を引っ張ろうとする鞭から逃れるため、実体化をとく。
そして、その瞬間を待っていましたとばかりに氷の残骸の中から彩鷹が飛びだす。

「な、なぜそこに!?」

うろたえる怨念に彩鷹は何も答えない。
この子は実戦経験が足りないな、と彩鷹は思う。
技術は一流だ、彩鷹とてこれほどの相手とは数度――社の危機クラスの事態でしか戦ったことはない。
故に、まだ若いこの子には同格以上の相手と戦う機会はすくなく。
それがこうして想定外の事態への弱さへとつながっているのだろう、と彩鷹は予測する。
ぐに、と、素足でやわらかく地面を踏み締める。
そう、足音を消した仕組みは簡単、靴を脱いだのだ。
だが、それは凍傷と引きかえの策。禁止区域を自分にかけることで痛みを鈍らせているものの、そう何度も使えるものではない。
故に、このチャンスを彼は逃さず。相手を禁止区域の射程に収める。
戦況は、鬼無瀬時限流による虐殺から、対等の殺し合いへとシフトする。

――

二合、三合、四合。
かわされ、鞭で打たれるたびに右手首の怨念の精神には焦りが積もる。
無理もない。一回戦の相手とは違い、今回の相手は異様なほどに右手首の怨念の剣技をかわすのだ。

……彼女には理由を知るよしもないが、これは彩鷹が一回戦を観戦していて気付いた鬼無瀬の剣技の特徴によるものである。
一撃虐殺という性質上、鬼無瀬の技には横方向への斬撃が極端に多く縦の斬撃・突きは比例して少ない。
広範囲の不特定多数を殺すにはそれで問題ないが、一対一だとそうはいかない。
横の軌道は高低の差をつけることが難しく、必然的に、同じような軌道の横薙ぎが攻撃の大半を占めることになる。
それでも並みの相手なら剣速で十分とらえることができるが、今回は相手が並みではない。
同じような軌道を連続させれば、ダッキングなどで簡単にかわされてしまうのだ。

しかし、そんなことにすら気づけない彼女には焦りが募る。
焦りが募り、相手が意識的に体勢を低くしているのにつられ無理な軌道で斜め下方向への斬撃を誘われ。

一度バックステップ、右手首の怨念は少しだけ距離をとり太刀を左手に持ち替え鞘におさめられたままの大太刀に右手を添える。

大技が来る、と予想した彩鷹はより低い姿勢で右手首の怨念に接近し。

「『加減する・な』!」

右手首の怨念の一撃目、不格好に、つんのめるようになりながら左手の太刀を払う。
彩鷹は一つバックステップでそれをかわす。
だが、それは右手首の怨念の狙い、空中に居る相手に右の大太刀を左手の太刀をふるった反動で抜刀したたきつける。
だが、『加減』の無い相手は全身運動で強引に身をそらし右の大太刀もかわす。
かわされた両の太刀が向かう先は地面。
『加減なし』に放たれたそれは大地をえぐり。
そして……突き刺さったまま抜けなくなった。
無理もない、瞬時にすべてが凍る風殺紅蓮地獄である。
太刀の圧力により一瞬ぬかるみとなった地面はすぐさま凍りつき、太刀を咥えて離さない。
ましてや、魔人の力で加減無しで放たれた一撃である。
二本の刀は、深く深く突き刺さってしまい、普段の魔人の力程度では抜けなくなる。

彩鷹は自分の策の成功にほくそえむ。
これで、相手の武器はなくなった。
おそらく近接格闘の心得はあるだろうが、それ専門ではない魔人の格闘など彼の鞭と格闘技の技術の前では警戒するほどのものではない。
刀を捨てて向かってくるであろう相手に備えて彩鷹は鞭を構えるが

……相手は、向かってこない。
抜けない刀を、必死で、ただ必死で抜こうとしている。
それはまるで親に離されまいと抱きつく子供のようで。
彩鷹は不信に思いつつも、相手に向かって鞭を振るうことにした。

――

抜けない
抜けない
抜けない
突き刺さってしまった刀が抜けない
早く抜かないと敵が来る
早く敵を倒さないといけない
でないと、でないと私は、剣を捨ててしまったら、私は。
体が何かで打たれる
でも、そんなことより早く抜かないと
打たれて、吹き飛ばされる。
地面にたたきつけられる。
後ろ、誰かが馬乗りになり首を絞める。
やだ
負けるのはもっとやだ
鬼無瀬の剣士は負けちゃいけない。負けたら私は鬼無瀬の剣士じゃなくなってしまう。
とっさに実体化を解く、ブラックアウトしかけていた視界が急に元に戻る。
私は這って、刀のところへ向かおうとする。
だけど、誰かは私の前にたって。
かかとを、右手の指に向けて。
やめて、そんなことしたら刀が握れなくなっちゃう
やめて、そんなことしたら私が鬼無瀬じゃなくなっちゃう
剣士じゃなくなったら、捨てられちゃう
やだ
やだ
だけど、かかとは振り下ろされて

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

昔、空き地で倒していた背の高い黄色い花の草のように
私の指は、ぽきりと、折れた

――魔人墓場

「あー、これは決着ですかね」
「……奇跡でも起こらない限り、そうだろうな」
「地獄で奇跡ってのも、また無情な話ですねえ」
「……」
「……?有村さん」
「あれは――」

――

誰かは、私の指に何度も何度もかかとを下す。
でも私は、もう他人ごとのようにそれを眺めている。
指はうっ血し、凍りついてしまって、もう痛くもなんともない。
ただ、私が鬼無瀬の剣士であれなくなってしまったことだけが悲しくて、目から涙が流れてはすぐ凍る。
思い出すのは、楽しかった鬼無瀬の日々。

あれは、いつのことだろうか
空兄に教えてもらって、木刀を握っている。
――もう、そんなことはできない
あれは、いつのことだろうか
試合に勝った日、空兄と全兄にくしゃくしゃと頭をなでられほめられている
――もう、そんな力はない
あれは、いつのことだろうか
アキカンになってしまった空兄の稽古に付き合っている
――もう……
いつのことだろうか
また、アキカンになった空兄の稽古に付き合っている。
――……
また、付き合っている
――……
また
また
また
またまた

またまたまた
何度も何度も空兄は、剣も持てぬ小さな体で巻き藁に向かっている。
そして
最後
空兄が、巻き藁を斬る光景が、見えて

――魔人墓場

右手首の怨念の異変に気付いたのは、まず、観戦していた二人だった。

「あれは……右手に、うっすらと、光が……?」
「な……あれは、まさか!?」
「有村さん!?」
「いや、しかし――可能性だけなら、十分にあり得る」
「有村さん?何なんですか」
「奇跡だ!奇跡が起こるぞ!」

――

「……本体が右手首だけ、というのも難しいな。どの程度破壊すればおしまいかわからんな」

そうして、もう一度かかとを下ろそうと振り上げ。
ぐちゃぐちゃになった右手の中に、小さな、小さな光が見える。

「これは……?」

警戒し彩鷹はいったん右手首の怨念から離れる。

光は、どんどん大きくなり――――

――――私は、馬鹿だ。
――――私は、何を見てきたんだ。
剣を握れずとも、剣士であった人がいた。
剣を振れずとも、剣士であり続けた人がいた。
それにくらべて、私はどうした。
まだ私には腕がある。足がある。
それがどうして、剣士じゃないなんて泣き言を言えるんだ!



――源になるのは記憶、空兄と過ごした日々の、熱い記憶



心の底が熱く燃えるのがわかる。

――核とするのは覚悟、何があっても剣士であり続けるという覚悟

力が、指先に集まるのがわかる



――形作るのは体、動く限り敵を倒す私の体



集まった力が形を変えるのがわかる



――砥ぐのは意思、空兄から受け継いだ意思



私には、わかる



――――――生みだすのは刀、何者をも切り裂く私だけの刀!



私がすべきことが、私にはわかる!



視界が晴れる。私の右手には
白銀に輝く、一本の刀が握られていた。

――魔人墓場

「い、いったい何が起こっているんですか!」

右手首の怨念のもとに突然生まれた光を、光素は驚いた顔で見つめる。
一方、有村はわずかに上気した面持ちで

「黙ってみているんだな!」

と告げ、届くはずもないのに戦慄の泉に映る映像を見つめ声をかける。

「いいか、体内厨房に火をともせ!」

戦慄の泉に映る右手から、光があふれだす

「見ていろって言われても……!!」

光素の声ももはや有村には聞こえていない。
ただ、彼は叫んでいる。

「核となる、麺をゆでろ!」

光は更に強くなる

「完成形をイメージしろ!」

光は、おぼろげながら形を変える

「そうだ、そうだ!完成形に近付けていけ!それが」

ひと際まばゆい光

「お前のラーメンだ!」

光がひいたとき、右手首の怨念の手には、白銀に輝く刀が握られていた。

「刀……いったいどこから……あっ!」

光素は鉄製メモをめくる。開くのは右手首の怨念にインタビューした際のページ。

「確か、彼女の能力は『彼女が肉体の延長と認識しているものを作成する』能力。だから服も体と一緒に非実体化するのでは、と言っていました」

つまり、と有村のほうを向き

「なんらかの理由で彼女が『刀は肉体の延長である』と認識した!だから刀を作れるよう能力が成長したんですね!すごい!すごい!」

興奮しながらしゃべる光素に、有村は

「いいや、違う」

と水を差した。

「違うの!?」
「ああ、違う……あれは、ラーメンだ」
「ラーメン!?」
「ああ……ラーメン野郎なら、誰でも初めてラーメンを作る日が来る。それは不出来で、不格好で、不味くて、でも自分や、皆や、誰かのために、ありったけの思いが込められている」
「……」
「最初の一杯(ファースト・ラーメン)、やつもまた、ラーメン野郎だったということだ」
「……そうなんですかね?」

――

「……ありがとう、あなたのおかげで、忘れていたことを一つ。思い出せた」

右手首の怨念は立ち上がる。
ぼろぼろになった右手は、刀を握ることはない。
そんな必要はない、感覚的にわかる。この刀は、私の体だ。

「それは良かった。記憶喪失の私が他人の記憶を呼び覚ましてやる、というのもおかしな話だ」

彩鷹は自嘲気味に笑う。

「だが、礼は、必要ない、なッ!」

右手首の怨念に彩鷹が駆け寄る。
右手首の怨念は刀を薙ぐ。
彩鷹はそれをよけずに、左腕を真横に、刀に対して真正面から差し出す。
普段なら体ごと切り裂けたであろうそれは、つぶされた右手の痛み故左腕半ばで止まり。

「おそらく、君の能力から類推するにこれは体の延長なのだろう?」

彩鷹は痛みをこらえながらにやりと笑い。

「直触りはよく効くぞ!」

一呼吸、そして

「『思い出す・な』!忘れたければ忘れられるような幸福な記憶、二度と『思いだす――」

その言葉に、光の刀は一瞬揺らぐ。
消えてしまいそうになる光の刀。
だが、
だが、
だが!

あの日々を、どうして忘れられようか。
あの姿を、なぜ思い出せなくなることができようか。
右手首の怨念は、叫ぶ!

「『忘れ・ない!』私は絶対に『忘れ・ない!』」

白銀の刀はなお光を増す。
その光は、まるで手が届かない遠い過去を映し出すようで。
ああ、悔しいな、と思いながら、安全院彩鷹の肉体は真っ二つに両断されていた。

――

魔人墓場に戻った右手首の怨念は、回収された二刀路と倶利瀬鈴を大切に、大切に抱きしめていた。
そして、それを見つめる影が二つ。

「……それで、右手首の怨念さんがラーメン野郎だとしたら、どうするんですか?」

その質問に、有村大樹はまるで家系ラーメン屋の店主のように不敵に笑い

「ラーメン野郎とラーメン野郎が相対したなら、やることは一つだ」

そう、答えた

To Be Continued――


最終更新:2012年07月19日 00:20