勇気についての話
『人は、いつか変わることが出来る』
『誰だって、やり直すことが出来る』
それは事実だ
紛れもない事実だ
しかし一方で
『どうしようもない、救いようのない人間もいる』
これもまた一つの事実である
誰でも変わることはできるが、当の本人に変わろうという意思がなければどうしようもない
悲しい話ではあるが、屑はこの世に存在する
救いの手を跳ねのけ
自らの意志で堕落し
変わろうなどとは欠片も思わず
周囲を妬み
隙あらばあちら側に引きずり込もうとする
それでいて自分が悪いと思っていない
社会が、世の中が、周りの人間が悪いと本気で思っている
そういう人間は存在するのだ
悪意は間違いなくあるのだ
この手の悪意は、あちら側から抜け出そうとする人間の足を全力で引っ張ろうとする
お前だけが光当たる道に進むなど許せないと言わんばかりに、餓鬼のごとく縋りついてくる
―――これは、その餓鬼の手を振り払う勇気を得るための物語
イグニッション・ユニオン準決勝前日 ダフトパンク 滞在のホテル
「オイオイ…凄いなこりゃ」
「…うわぁ…」
高い天井。
きらびやかな照明。
東京を一望できる夜景。
踏み心地がぞくぞくするほど柔らかな絨毯。
全くの無名ながら、イグニッション・ユニオンベスト4進出を果たしたダフトパンクの二人。
滞在先としてあてがわれたホテルのグレードも順調に増していった。
「なんかよぉ…実感がわいてきたな!ナミタ!」
普段は斜に構えがちな漆原トウマであるが、彼も一介の高校生。
体験したことのない豪華極まる施設にテンションが跳ね上がる。
「うわ!なにこれ!ふわふわすぎるよ!」
「うお!こんなん家にあったらずっと寝ちまうぞ!」
「あ!冷蔵庫のオレンジジュース果汁100%だよ!」
「ばーか!そんくらい地元でも売ってんだろ!」
若い二人は高級ベッドの寝心地に驚き、無邪気に跳ねまわる。
「…本当によう…よくここまで来れたよな俺ら…」
ひとしきり堪能した後、トウマが感慨深げに呟いた。
『トップ』を狙う。その言葉は紛れもなく本気であったが、それでもやはり、全国から集まった猛者を差し置いて自分たちがベスト4にいるというのはいまだに現実感が薄い。
「なあ見ろよナミタ、俺たちのこと、ネットニュースに載ってるんだぜ!?俺たちを応援するスレッドだって立ってる!」
テンションの上がり切ったトウマがスマホをナミタに向ける。
突きつけられたスマホに対し、ナミタはビクリと体を怯えさせた。
「ヒッ…!ど、どうせ、ぼ、僕の悪口で埋まってるんでしょ!?」
お得意のネガティブ思考炸裂。
ナミタはスマホに極端に怯えて見せた。
「~!!相変わらずだなナミタ!いいから見ろって!ちょっと凄いんだぜ!?」
『ディックが勝たなくて本当に良かった。放送事故回避』
『推しはダフトパンク。下剋上したれや!』
『この大会、波乱多くね!?俺は応援するぞ』
『闇の王とダフトパンクかぁ~!顔が良いので満足です』
ダフトパンクの勝ち上がりを知らせるネット記事には大量のコメントが並んでいた。
勿論全てが二人を支持するコメントというわけではないが、おおむね好意的に受け止められているようである。
二人はコメントを眺めた後、高級ホテルの施設を堪能し、体に残る緊張感と疲労感を拭い去ってから、準決勝に向けての作戦会議を始めた。
「準決勝の相手は例の王様だね…」
「強敵なのは間違いないよな。個人的に死霊の騎士の方を警戒したい。こいつが、よく分かんねえんだよな…能力で生み出されているのか?そういう生物なのか?」
「死霊の騎士だけど、僕はやっぱり意思のある存在だと思う」
「…俺もそう思う。この大会は【意思のある二人組本人】でないと参加できねえからな。もしあの骨が、単なる召喚物で意思がないとしたら…」
「“闇の王”以外にもう一人、意思のある参加者が戦場にいないとルール違反で失格だよね…勿論、何かの能力で姿を隠し切っている可能性もあるけど…」
「それは、限りなく低いだろうな。二回戦のあの状況で、姿を見せてないんだぜ?」
二回戦。レインボーブリッジの死闘において呪物ゴーレムはステージを破壊しつくし、存分に暴れ回った。
“闇の王”に正攻法で勝つ術はなく、説得という形で強引に勝利を手繰り寄せた。
「闇の王サイドに謎の第三者がいるっていうなら、あそこまで追い詰められても姿を見せず、何もしないなんてありえないだろ」
「第三者が死霊の騎士の召喚者で、その上で姿を隠しているというのは?」
「それも可能性は低いだろ。一回戦も二回戦も、広範囲に攻撃が仕掛けられていたけど、死霊の騎士は王様以外を守るそぶりを見せなかった」
「完璧な守備能力と隠ぺい能力を持っている能力者が、死霊の騎士を召喚しているというのは?」
「そうなら、もはや打つ手がねえよ!そこまでの対策に思考リソース割けないしな」
時雨ナミタは筋金入りのネガティブ思考の持ち主だ。
だからこそ、「もしこうなったらどうしよう」という仮定を立てることが出来る。
「じゃあ、死霊の騎士には意思がある、という前提で動いていこうね」
「ああ。元から骨人間なのか、能力で姿を変えているのか…そこまでは分からないが、死霊の騎士を潰しても勝利条件を満たすはずだ。もしこの仮定が外れていて、いくらでも再召喚可能な意思ない存在だったら…そのときは完敗だ!ここまで隠し切っている王様が凄すぎる!」
そして、漆原トウマは物事に対しての割り切りが早い。
時雨ナミタだけであれば仮定だけが溢れかえりそうなところを、漆原トウマが取捨選択する。
戦闘に対しての準備という意味でも、ダフトパンクは二人組の利点を発揮していた。
分析の夜は更けていく。
イグニッション・ユニオン準決勝 前日 村崎大亜別邸
「…とまあ、ダフトパンクの二人組は、このくらいまでは推察していると思う」
二回戦同様、村崎揚羽と刃山椿、村崎組の協力者で準決勝への準備を進めていた。
まず行ったのはダフトパンクの能力分析。
ダフトパンクの二人はこれまで全力で戦い、勝ち抜いてきた。
その代償として、能力の秘匿にまで余裕を割くことができなかった。
結果、闇の王サイドは、漆原トウマと時雨ナミタの能力についてほとんど全て解明することが出来た。
次いで行ったのは「はたしてダフトパンクはどの程度こちらの能力を把握しているか」の整理。
村崎揚羽は、ダフトパンクはこちらの大半のハッタリに気が付きつつあると推察した。
「一回戦と二回戦見る限り、この二人の推察能力はかなり高い。特に一回戦、初見殺しみたいな性能をした【ザ・人間ズ】の秘密を暴いて打破して見せた…これまでの試合の映像を分析して、こちらの戦力の推察をするくらいできると思う」
「となるとアゲハ、あいつらは死霊の騎士にはビビらない…ってことか?」
「おそらくは。ツバキの居合を警戒はしても、恐ろしい化け物みたいには認識しないし、召喚物ともとらえないと思う」
「マジか~…その辺りの幻惑戦法、ロンドンの二人にはうまく決まったけど…流石に準決勝となるとネタも割れてくるか…」
「おそらく、だけどね。少なくとも、ソレを期待して戦うのはやめた方がいい」
じゃあ、と椿が疑問を投げかける。
「空間切除はどうかな。まだ怯えてくれるかな?」
「多分、そんなに警戒はしていないと思う。呪術ゴーレム相手に発動させなかったから、使用に縛りがあるか、ハッタリだと見抜いている」
ただそれでも、と揚羽は続けた。
「ほんの少しでいい。ほんの少し空間切除を警戒してくれればそれでいい。そのために山を削ったように見せ、海を割ったように見せたんだ。…もし俺がダフトパンクの立場なら、空間切除を一切警戒しないというのは難しいと思う」
「ぼ、僕は空間切除の対策を完全に捨てていいと思う」
ナミタが震えながら進言をする。
「…理由は?」
「この王様さ、勘だけど…そんなに強くないんじゃないかなって…」
「どういうことだ?」
「王様なんて言ってるけど、僕たちと同じ空気を感じるんだ。自分の弱さを知っていて、だけど必死に強くあろうとして、どんな手を使ってでも、我武者羅に勝とうとしている感じ…」
空気、というあまりにも抽象的な推察。
しかしその推察はすうっとトウマに染み込んだ。
「トウマにもさ、分かるんじゃない?そう思ってこの王様を見てみてよ。僕らと同じタイプだよ」
「本当はそこまで強くない、我武者羅に勝とうとなんでもするタイプ…か」
「うん。多分…」
本当は強くない。その言葉を噛み締め、トウマは息を吐いた。
「強敵だな」
「強敵だよ」
Mic check one two………
Go!!
Go!! Go!!
Go!! Go!! Go!!
Get Lucky!!
TEAM "DAFT PUNK !!"
3rd session……
【Episode:03-涙を飲んで生きていきたい はずがない!】
———feat. 闇の王と骨の従者
イグニッション・ユニオン準決勝 戦場:地下鉄
イグニッション・ユニオン準決勝の舞台に選ばれたのは、地下鉄:新宿駅。
西の梅田、東の新宿とも形容される、国内屈指の複雑さと広大さを誇る地下迷宮である。
東京メトロ丸ノ内線、都営地下鉄新宿線、大江戸線など複数の路線が絡み合うさまは毛細血管を思わせた。
大江戸線のホームに至っては、地上からの深さ36.6mに位置する。
まさに現代に生み出されたクノッソスのラビュリントスといって差し支えない一大空間であった。
「…最悪だ!ナミタ…一応聞くけど、今どこにいるか、把握できるか…?」
「…トウマ…分かるはずないって、当然知ってるよね?僕、新宿駅なんて降りたことも無いよ…」
ダフトパンク二人は早速迷宮の洗礼を受けていた。
二人は生粋の田舎者!
複雑怪奇な新宿駅の構造など把握できるはずもなく…
「クソ!最悪だ!とりあえず周囲を警戒しながら索敵、仕込みが出来そうなら仕込み!それでいくしかない!」
「う…うん!まずいよね…これまずいよね…どう考えても地の利は向こうじゃん…」
ダフトパンクは先行きに不安を感じながらも歩みを進めた。
一方“闇の王”の陣営。
(…なあ、ツバキ、今どこにいるか、把握できるか?)
(…無理。いやホントに無理。よりにもよって新宿とかさあ…)
村崎揚羽と、死霊の騎士に扮した刃山椿は小声で情報を交わす。
村崎組は都内に拠点を置いている関係上、揚羽も椿もダフトパンクとは比べ物にならない程に新宿を知っている。しかし、鏡の世界という事が災いした。
(反転した新宿の地下鉄は、難易度高すぎだろ!ああもう!案内板も鏡文字!頭がくらくらする!)
都民ですら迷う
新宿迷宮ガイドが出版されている
脱出できなくなったものがホームレスとなり永久に囚われる
様々な伝説を持つ新宿駅は、ダフトパンク、“闇の王”、両者に平等に牙をむいたのだ。
試合開始から15分経過
地下鉄新宿駅:地下3階
(アゲハ…人の気配がする。隠してるつもりかもしれないけど、まだ未熟。待ち構えている感じだ)
互いに互いを探し時間が経つこと15分。
ダフトパンクの二人は、地形の理解を早々に諦め、陣地を準備することに努めていた。
空間切除は無いと決め打ちすることによる戦法だ。
(何か仕込んでいる…か)
それに対する探りといわんばかりに、揚羽は朗々と声を轟かせる。
「我は“闇の王”!村崎揚羽なり!ダフトパンクの二人よ!そこにいるのは分かっている!無駄なあがきなどせずに出てくるがいい!」
その誘いに乗ってか乗らずか、トウマがゆっくりと姿を現す。
その堂々とした姿に、揚羽は何か嫌な予感を覚えたが、意図的に無視をし威厳を崩さない。
「貴様一人ではあるまい。もう一人は隠れておるのか?」
「…勿論さ王様。あんたみたいにお強い方を相手にしようとすると、うちの相棒はビビっちまうんでね」
自ら1対2の状況に飛び込む?目的は?
素早く回転を始めた揚羽の頭脳に、待ったをかけるかのようにトウマが動き出す。
トウマは、地元のボロい商店で購入して軽く吸ったっきりの、惰性の塊たる煙草を取り出した。
そしてライターも。揚羽に見せつけるように煙草を吹かす。
少しでも自分を落ち着けるため。クールに見せかけるため。
これからの大博打に向けて美味くもない煙草の煙を肺に入れた。
「王様さぁ、消防法ってご存じ?」
トウマの語りの意味を把握しかね、揚羽は黙る。
「地下鉄にはさあ!設置義務があるんだよ!スプリンクラーの!」
スプリンクラー。時雨ナミタの能力との相性は言うまでもなく抜群である。
(そのライターで火をつけて作動でもさせる気か!?だがまだ作動させていない!ならば水浸しにされる前に攻めるが得策!)
瞬時に揚羽は判断を下す。
「死霊の騎士!疾く斬り捨てよ!」
揚羽の指示を受け椿が猛然と迫る。
その結果、当然揚羽の守りは幾分か手薄になった。
それこそがダフトパンクの狙い。初手必殺のための自らの身を囮とした布石!
「今だ!!ナミタ!ぶちかませぇぇ!!」
「うん!任せて!トウマ!!」
一歩引いたところに隠れていたナミタが飛びあがり、天井にぶら下がる。
そして、涙を飲んで生きるを全開にする。
揚羽は、「スプリンクラーを作動させる前に攻めよう」と判断したが、それこそが過ち。
「スプリンクラーは既に作動させていた」のだ。
地下2階のスプリンクラーを!
現在位置は地下3階。当然ここの天井は、地下2階の床と一体化している。
大量の水がばら撒かれた床と。
「うおおおおおおおおおおぁぁぁ!!!」
涙を飲んで生きるが、床/天井に吸水性を与える。
大量の水を吸った床/天井は、スライム状になり、自重に耐え切れず崩壊した。
椿の守りがない揚羽に、大量の瓦礫が降り注いだ。
(ツバキ!キューブ頼む!)
「…!!小癪な!深淵の波動!」
急ぎ椿に指示を出し、透明化したキューブを頭上に発動。
間一髪のところで瓦礫を防ぐことに成功した。
まさに紙一重の命拾い。
ダフトパンクの大技を防いだ安堵感に、ほんの一瞬、揚羽と椿の気が緩んだ。
その瞬間を突くことが、ダフトパンクの狙いであった。
「あああああああああああああああ!!」
ナミタは変わらず能力を全開にする。
崩落が広がり、一際大きな破壊音と共に巨大な瓦礫が落下した。
しかしそれは揚羽に全く当たらない位置。無意味な落下。
その無意味な落下に意味を与えるのが漆原トウマであった。
(トップを狙え!先手必勝!初手全力!)
落下していたはずの瓦礫が、速度を緩めることなく真横に飛んでいった。
トウマは事前に血判をあちこちに仕込んでおいたのだ。
トップを狙えの発動により、巨大な瓦礫は血判に向かい飛んでいく。
その軌道上には、頭上からの瓦礫に警戒をするあまり、横からの攻撃に意識を持っていない村崎揚羽が立っていた。
距離が離れている死霊の騎士
頭上の防御に使われているPSYCHO=LAW
横方向からの攻撃への警戒心の欠如
全てが嚙み合った渾身の一撃は、“闇の王”を討ち取る。
誰もがそう思った瞬間、死霊の騎士たる刃山椿が駆けた。
到底届かないと思われる距離を、我武者羅に、全霊を振り絞り駆けた。
誰もが目を見張る速度であったが、それでも間に合うかどうかは五分五分。
そのことを椿自身が一番よく理解していた。
間に合わないかもしれない。
不安が椿の胸をよぎる。揚羽が死んでしまうかもしれない。
よりにもよって、私の前で、力及ばず、死なせてしまうかもしれない。
その不安は。
その恐怖は。
炎に包まれても、雷に貫かれても、声一つ発さなかった刃山椿であってすら、耐えがたい痛みであった。
「アゲハァァァァ!!!!!」
凛とした、美しい声が新宿駅に響いた。
刃山椿は大きく横に飛び、村崎揚羽を抱きかかえ、瓦礫を躱すことに成功した。
正体発覚
瓦礫舞う新宿地下。
上階から滴る水滴の音が異様なまでに大きく響き渡る。
死霊の騎士の口から洩れた、少女そのものの叫び。
余りにも予想外な叫びは、静寂を地下にもたらしていた。
―――ここまでの戦いにおいて、死霊の騎士は正しく機能していた。村崎揚羽の計算通りに、その役割を果たしていた。
一回戦の【アップダウンコネクション・フロム・ロンドン】との戦いにおいては、炎に怯みもしない不気味な骸骨剣士と視聴者の目に映った。
二回戦の【放火しに来ましたーズ】との戦いにおいては、爆発オチ太郎レプリカを無慈悲に斬り捨てた寡黙な骸骨剣士と視聴者の目に映った。
物言わぬ骨の剣士
痛みを感じぬ不死の剣士
闇の王に忠誠を誓う骨の従者
そういったブランディングをすることに、村崎揚羽と刃山椿は成功していた。
死霊の騎士は、人間性を表出させないことにより完成する幻想の恐怖。
その成功を、刃山椿自身が打ち崩したのだ。
視聴者は、無慈悲な冷酷さを骸骨剣士に見出していた。
不気味な、人間味を感じない無機質な戦闘マシーンと認識していた。
対戦者であるダフトパンクの二人ですら、死霊の騎士を得体のしれない存在として最大限に警戒を置いていた。
その死霊の騎士が、優しく、脆い花を愛おしむように村崎揚羽を抱えていた。
いわゆるお姫様抱っこの体勢で、我が身を呈し、高速で飛んできた瓦礫から守って見せた。
真っ黒な洞のような眼窩に、ぎょろりと浮かぶ眼球は、眼球だけであっても雄弁に“闇の王”への、否、村崎揚羽への想いを伝えた。
そして何より、凛とした、慈しみと親愛を感じる声。
村崎揚羽を心から心配し、自らの身を投げ出しても助けると決意を込めた声。
戦闘の素人の視聴者であっても瞬時に理解をした。
お茶の間のご婦人方は全てを察し、思わず「あらあら」などと溢した。
死霊の騎士は無慈悲な戦闘マシーンではない。
死霊の騎士は“闇の王”を大切に思っている。
死霊の騎士は、どこにでもいる、ただの――――
(…ごめん。アゲハ…私、…その…私…)
刃山椿が、酷く震えるか細い声で揚羽に詫びる。
(…謝んなって。ツバキのミスは俺のミスだ。…切り替えろ。すぐにだ。『プランB』でいくぞ)
村崎揚羽は常に準備をし、考える。
彼の戦術には、当然能力が露見した場合のプランも組み込まれていた。
体にまとわりついた石つぶてを乱暴に払うと、揚羽はすくりと立ち上がり、いつもの自信に満ちた笑みを浮かべた。
「…フ…フハハハハハハハ!!見事!!ダフトパンクよ!見事である!!」
よく通る声で快活に笑う。
仰々しい仕草でパンパンと拍手をする。
「よくぞ!我の能力の底を暴いて見せた!その通り!我に死霊を操る能力などない!」
言及される前に、自ら死霊の騎士はハッタリであると告発する。
「見よ!これぞ我が魔眼の本領よ!」
言うが早いか、揚羽は自らの右腕を天に掲げる。
その腕がゆっくりと透明に変化していく。
そして消失。揚羽の右腕は完全に見えなくなった。
「そして!」
今度は透明化を部分的に解除していく。
掲げた右腕の骨の部分からゆっくりと視認可能になっていく。
「…この通りだ。死霊の騎士など偽りよ。我の魔眼により透明化していただけに過ぎぬ」
魔眼の本質は透明化にあると、己の生命線をむき出しにする。
「ここにおよんでは、もはや偽る意味もあるまい!紹介しよう!我が右腕にして忠実なる従者!この“闇の王”が最も信頼を置く者!」
揚羽は死霊の騎士に扮していた刃山椿の透明化を解除する。
凛とした迫力のある、腰に一刀ぶら下げた剣士がその場に現れた。
「村崎組序列二位!“切り込み椿”こと、刃山椿である!」
遂に虚飾のベールは剥がされた。
素のままの刃山椿が戦場に降臨する。
「嗚呼!本当に!本当に見事だダフトパンクよ!我に死霊を操る能力などない!全ては嘘偽り!ただのハッタリに過ぎぬ!!我は透明化しかできぬ道化よ!」
何もかもを揚羽は表に出す。
自分は弱いと。
ハッタリで勝ち上がってきた偽りの強者であると宣言をする。
―――しかし。その姿に悲壮感はなく。いっそ堂々とした迫力に満ちていた。
「だから…」
揚羽の瞳が爛々と紫に染まり上がった。
「透明化以外の心配など、しなくてもよいぞ?空間圧縮も、飛行も、死霊の操作も、オーラによる攻撃も、我は出来ぬのだから…」
(~~!!この野郎…!性格が悪いなオイ!!)
トウマは内心毒づいた。
村崎揚羽は自身の能力は透明化だけであると告白した。
しかしそれを一切の疑いなしに信じられるような性質を漆原トウマは持ち合わせていなかった。
一回戦、二回戦の映像がトウマとナミタの脳髄を駆け巡る。
確かに大半の事象は透明化で説明がつく。
しかし、【本当に透明化だけで戦ってきた】という証拠はどこにもない。
「…王様よぉ。嘘言っちゃいけねえ。じゃああんたどうやって飛んでいたんだよ」
当然の疑念を投げかけるトウマに、わざとらしい笑顔と共に揚羽は応える。
「透明化したクレーン車で体を宙づりにしていただけよ。我に飛行能力などないぞ?」
(~~!!この野郎~!!どうやって音も出さずに山やレインボーブリッジにクレーン車を持ち込んで操作してるっていうんだよ!!)
【アップダウンコネクション・フロム・ロンドン】
【放火しに来ましたーズ】
ともに紛れもない強者であった。
だからこそ、「魔眼による能力は透明化だけです」という揚羽の告白をダフトパンクは信じきれない。
ただそれだけの能力であれだけの強者を下したという事実を飲み込みがたい。
なにより、刃山椿のPSYCHO=LAWが事態を複雑にする。
結果、全てを正直に語るからこそ、それを鵜呑みに出来ないという捩じれが生じた。
「さあ!ここからが本番だ!我が能力の深淵を見るがいい!」
困惑するダフトパンクをよそに高らかに揚羽が命ずる。
「我が従者よ!我が最も信頼し、肉体の一部である右腕よ!これまで窮屈な思いをさせたな!許す!全霊を尽くし、斬り尽くせ!」 (ツバキ、やっぱりお前に頼らなきゃダメみたいだ。決勝のことは考えなくていい。切り札全部使うぞ!)
「…御意。我が主よ。この剣、この体は御身のために。敵は全て蹂躙して見せましょう!」 (分かったよ、アゲハ。二人ならやれる。斬って見せる!)
本当の戦いが、幕を開けた。
暴風
「シィ!」
裂帛の気合とともに刃山椿が漆原トウマとの距離を詰めにかかる。
(ヤバい!天井崩壊で決めきれなかった!近接戦でこの居合使いに勝てる道理がねえ!一旦引かなくては!)
「シャッ!!」
下がるトウマを追う形で居合一閃。
トウマの鼻先を閃光のような一撃がかすめた。
(~~!!あの距離で、かする!?完全に、一回戦や二回戦より剣が鋭いじゃねえか!)
体の動きと声には密接な繋がりがある。
人間の体は、筋肉が切れたり限界を越えたりしないように無意識に力を抑えている。
通常では60%から70%の力しか使えないようになっているのだ。
しかし、声を出すことにより無意識のセーブを緩めることが出来る。
ハンマー投げや砲丸投げの選手が投擲の瞬間に大声を出すように。
運動生理学においては「シャウト効果」と呼ばれる声出しにより、筋力を80%から90%の力で活動させることが出来るのだ。
剣道や居合道の世界にも声出しは取り入れられており、大声を出すことが剣の速度を上げることは科学的に証明されている。
「ケアァーー!!」
怪鳥を思わせる甲高い気合と共に刃山椿は剣を振るう。
声出しを解禁したことにより、その鋭さはどんどんと増していく。
「クソが!」
悪態と共にトウマはジャンプをした。
ジャンプの後の落下、それは只重力に従っているにすぎず、そこに意思は無い。
ならば当然トップを狙えの対象となる。
自らの体を対象に能力発動。仕込んでいた血判に向かい、後ろ向きに飛んでいく。
(いったん退散だ。近距離ではおそらく勝ち目が…)
退くことを決めたトウマは、酷く嫌なものを見た。
いや、正確には見ることが出来なかった。
刃山椿が、目前で完全に透明となり消え失せたのだ。
(…ヤバいヤバいヤバい!あのレベルの相手が完全に透明に!?)
村崎揚羽が援護のために能力を行使する。
透明化を明かした以上、決勝のことは考慮せずに使っていく。
「ナミタ!頼む来てくれ!俺の能力じゃ逃げ切れねえ!」
トウマは足元の粉塵を蹴り上げ、椿の居場所を探ろうとする。
しかし蹴り上げた粉塵が片っ端から透明化されてしまい、椿の居場所を探れない。
(王様の野郎!開き直って援護に徹して…!厄介すぎる!)
このままでは全く反応できないままに斬り捨てられゲームオーバーだ。
「トウマ!!」
急ぎ合流したナミタは、かばうようにトウマの前に立つ。
そうして、ナミタは背負っていた高圧水浄機の水を自身にぶちまけた。
ゲル状の巨人となり、居合の無効化を狙う。
「ナミタ!助かる!一旦退くぞ!仕留めきれない!」
トウマは血判を持って駆けだし、意思の薄くなったナミタを誘導する。
「従者よ!一旦退け!あの形態は長くは持たない!深追い無用!」
ナミタの救援が間に合ったことにより、両者の決め手が消失。
互いに戦力を整えるために退くこととなった。
襲い来る透明化
ダフトパンクの二人は、階段を駆け上がり敵との距離を取った。
地下1階の売店スペースまで逃げ、大きく息を吸う。
「ハァ、ハァ…マジで助かったぞナミタ…あの居合使いが完全に透明化したら手におえねえ!」
「う、うん、あの組み合わせ、確かに強力だけど広範囲攻撃には弱いよね。相性差がはっきりした戦法だと思う…僕たちの能力だと、対処方法が少ないから遠慮なく使ってきている…」
「とりあえず、距離は取ったから何とか…」
そう言って一息つこうとした瞬間、トウマとナミタの座る床が消えた。
「うお!?」
いや、消えたように見えた。床が完全に透明化していたのだ。
気が付いたら、周囲の壁も、何もかも透明化していた。
そしてトウマの足元から下に約30mの位置で揚羽と椿が笑っていた。
本来であれば幾重もの床が両者の間に横たわっていただろうが、揚羽の透明化の前にそれらは全てかき消えた。
「従者よ。ダフトパンクを発見したぞ。高さ的に…地下1階くらいに位置しているようだ」
どんなに複雑な迷宮であっても、揚羽の透明化の前では索敵は容易。
透明化の条件は目視。視線を妨げるものを透明化することにより、実質視線上の全てを透明化できる。
「フハハ!もはや能力を秘匿する必要もなし!喰らえ!深淵の波動!」
椿のPSYCHO=LAWの射程距離は約200m。
発現箇所は自在にコントロール可能。
透明化により位置を把握し、安全圏から攻撃を仕掛ける。
PSYCHO=LAW自体は人を傷つけることが出来ないが、周囲を滅茶苦茶に破壊することで副次的に攻撃が発生する。
キューブに押し出された売店がトウマに襲い掛かる。
その売店自体も透明化されていたため、トウマは無防備に一撃を受けた。
「グハ…なんだよこれ!深淵の波動とか言ってたやつか?壁越しにも発動可能?だったら透明化で位置が丸見えにされたらお手上げじゃねえか!」
「トウマ!難しいけど、あの二人のところに向かうしかないよ!このままじゃじり貧だ!幸いこっちにも向こうは見えるから位置は分かって…」
そのナミタの言葉をあざ笑うかのように、床と壁の透明化が解除された。
先ほどまで透き通っていた床は、物言わぬ冷たいコンクリートに戻っていた。
「最悪だ…」
「最悪だね…」
闇の王の策略はシンプル。
距離を取りながら、壁や床を透明化することで位置を探る。
発見次第透明化したキューブをダフトパンクのそばに発動。
無茶苦茶に起動させて周囲の破壊に巻き込む。
床や壁の透明化を解除し移動、位置を把握させない。
キューブは適当に暴れさせているためにどうしても正確性を欠くが、消耗させるという目的は十分に果たせていた。
「トウマ!二手に分かれよう!あの見えない攻撃、深淵の波動は複数発現できないっぽい!まとまってたら思うつぼだよ!」
「了解!…だったらさぁ、最後に一つどでかいギャンブル策があるけど、ナミタ、聞いてくれるか?」
「勿論さ!どんな策?」
―――――――
トウマの策を聞いたナミタは呆れ声を出す。
「…マジで博打じゃん…」
「しょうがねえだろ、他にこっちの居場所を一方的に把握しながらヒット&アウェイする相手を仕留める方法が浮かばねえんだよ」
「…分かったよ、乗るよ。一時間後にここで集合…といっても迷うかもしれないから、その時は大声出してこう」
大博打、炸裂
(ダフトパンクの二人、二手に分かれたみたいだな…これだとなかなか有効打が当てられないな)
(まあ、その辺は織り込み済みでしょ。私のキューブも決着を狙って撃ってるわけじゃないし)
そう、二人が狙っているのは持久戦。
地下迷宮であっても、透明化を駆使すれば相手の居場所は確認できる。
そうしてキューブによる一方的な攻撃を繰り返すだけ。
我慢できずに近づいてくれば椿の居合で対応すればいいし、床を落とす作戦も位置を把握して、真下にいないようにすれば問題ない。最悪時間切れとなっても判定勝ちが狙える、きわめて堅実な手法であった。
実際キューブは的確に二人の体力を削ぎ、時間は淡々と過ぎていく。
一方的に闇の王が勝利するかと思われた。
(…む?二人が集まった?)
(キューブを発動…といきたいけど…アゲハ…私、凄い嫌な予感がする…)
(…奇遇だな…俺もだ)
その予感は間もなく的中することとなる。
「ナミタ!頼むぜ!ぶちかませ!」
トウマの考えた案はシンプル。地下鉄新宿駅全崩落作戦。
スプリンクラーを全て作動させ、水道、トイレを破壊し、ありとあらゆる手段を用いて水をばら撒いた。
最後に涙を飲んで生きるを発動し、何もかもをゲル状にして新宿駅全てを崩壊させるというシンプルにして豪快、運任せの荒業だ。
崩壊にトウマが巻き込まれるかもしれない。
ナミタの出力が足らずに崩壊させられないかもしれない。
闇の王はたやすく対処するかもしれない。
そういった「かもしれない」をすべて無視し、圧殺をもくろむ大博打。
地下1階、すでに水浸しとなった戦場に二人が断つ。
「トウマ…やるよ…やってみせるよ…少しでもトウマを巻き込む可能性を減らしたいから、トウマは僕の背に乗って」
四つん這いになり、能力を発動させようとするナミタに、トウマが腰を掛ける。
「…うまくいかなかったらごめんね」
「気にすんなよ。相棒だろ。その時はその時だ」
「それが聞きたかったんだ」
軽く笑った後、ナミタは能力を全開にした。
涙を飲んで生きる
関東最大級の地下迷宮である、新宿駅が大きく軋み、揺れる。
ばら撒かれた水分が、壁に、床に、天井に吸水されていく。
ナミタの能力、涙を飲んで生きるの発動条件は「手で触れること」。
ナミタは必死で能力を振り絞り、自己暗示を強める。
僕が触っているのは床ではない。壁ではない。僕が触っているのは、新宿駅そのものなのだと言い聞かせる。
魔人能力とは世界の認識に干渉する能力。
自らのエゴで世界の摂理原理を捻じ曲げ改ざんする能力。
自らの夢のため、相棒との勝利のため。
時雨ナミタは見事に「新宿駅」に手で触れたのだ。
施設のあちこちがゲル状になり、自重に耐え切れず崩れていく。
ナミタに近い地下1階の床が全て崩落した。
続いて地下2階が。次いで地下3階が。
揚羽と椿がいる地下4階に、恐ろしいほどの瓦礫が降り注いだ。
とんでもない轟音とともに、新宿駅は崩壊したのだ。
静寂。静寂。しばしの静寂。
コツンと一つ、小石が落ちる音がした。
「あ…トウマ…どうなった…?」
能力を使い切ったナミタは疲労により全く動くことが出来なくなっていた。
「分からん。ただ、少なくとも俺は巻き込まれなかった。そして試合は終了していない。傷を負わせたかは完全に運だな…」
「りょう…かい…僕もう全く動けないからさ…あとは任せたよ…」
「任されたぜ相棒」
漆原トウマは周囲を警戒し、定期的に血判をばら撒きながら進む。
なんといっても、透明化による奇襲があり得るのだ。
耳を澄まし、呼吸を整え、油断一つせずに進む。
5分ほど崩壊した新宿駅を歩いていると、瓦礫に四肢を挟まれ、身動きを取れなくなっている村崎揚羽を発見した。言葉を出すのも辛そうに荒い息を上げている。
「…悪いな王様。革命、させてもらうぜ」
金属バットを掲げ、一気にとどめを刺そうとする。
もう数m近づけば揚羽にとどめを刺せるというところで、トウマは足を止めた。
荒い息をし、地に伏す揚羽の周囲。
崩落で舞った粉塵に、足跡が二つ。くっきりと浮かんでいたのだ。
「…従者よ…気が付かれたようだ…」
揚羽は負傷した自身を囮とし、透明化した椿を控えさせていたのだ。
「…そして…すまん…もう、能力が練れない…あとは…頼んだぞ…ツバキ…」
揚羽の透明化能力が解除され、瓦礫で血まみれになった刃山椿が姿を現した。
「頭…イカレてんのかてめえ…こんな…ギャンブル…無茶苦茶しやがって…」
全身を朱に染め上げた刃山椿が、村崎揚羽を守るように立ちふさがる。
ゴボリと血の塊を吐き、それでも真っすぐに立ちふさがった。
「随分と雑な口調になったな従者さんよ。それともそっちが素かい?」
緊張をほぐすためにトウマは軽口を叩く。
単独の戦闘能力ならば椿はトウマを完全に凌駕している。
しかし負傷の具合は圧倒的に椿の方が深い。
果してこの状態でやり合った時どうなるのか。
それが分からないから、トウマは自らを鼓舞する。
「ラストセッションだぜ…」
いよいよ最終局面。
どちらかの夢がここで潰えるのだ。
二人の間に緊張が走る。
ぐにゃりと、殺気で空間が歪んだような気がした。
痛いほどの静寂。
互いの心臓の音が聞こえてきそうなほどに。
一つ目を閉じ、刃山椿は自身が信じる田宮流の居合斬りを見舞った。
「シィッルァア!!」
破裂音を思わせる気合と共に繰りだされた渾身の居合。
その剣閃を、トウマはまったく見ることが出来なかった。
何故ならば、椿の振るう日本刀は透明化されていたから。
見えない剣による必殺の居合。闇の王と骨の従者の能力を組み合わせた至高の一刀。
村崎揚羽渾身のブラフ。「もう能力は練れない」などと言いながら、僅かながら透明化を継続していたのだ。
しかし、わずかに遅い。普段のキレが欠けている。
降り注いだ瓦礫による負傷は、椿の居合に深刻な影響をもたらしていた。
(間に合え…間に合ってくれ!)
互いに万全の状態であれば、一瞬でトウマは両断されていただろう。
しかしこれまでの激戦の消耗が結果を変える。
刃山椿渾身の居合を、トウマは愛用の金属バットで防いだ。
勢いを殺しきれず、あばら骨をへし折られたが確かに防いだのだ。
(今だ!)
トウマはトップを狙えを発動した。
発動対象は、椿の顔面に流れる血。流れる方向に意思などない。
「うっ!目が!」
手元にある血判を使い血の流れをコントロール。ツバキの両眼を潰すことに成功した。
「うおああ!!」
渾身の気合を込めバットを振り上げる。
カキンと、乾いた音と共に椿の愛刀は吹き飛ばされた。
「これで!お終いだぁ!!!」
無防備、無手の椿に対し、無慈悲なバットが渾身の力で振り下ろされた。
決着 乾いた赤い風
心の中を乾いた風が吹く。
いつからだろう。物心ついた時には、もう既にこの風と付き合っていた。
優秀な兄貴の背を、越えられないと思いながら追っていた。
正確には追っているふりを見せて、周囲を納得させていた。
「トウマは頑張っているけど、あの兄貴じゃ相手が悪いよねえ」
そんな賞賛とも慰めともつかない、生温い言葉に浸りながら生きてきた。
全力を出すのは格好が悪いから。本当に何もかもを振り絞って、その上で負けるのは耐えられないから。
―――越えられない壁にぶつかりに行くのは、馬鹿だと思うから。
そう嘯いて、冷めた気持ちで自分と周囲を見るたびに、心の中を乾いた風が吹いた。
多分俺は、少しばかり他の子どもより物事を理解するのが早かった。
そして、少しばかり諦めを覚えるのも早かった。
だからだろう。
転んでは倒れ、倒れては転び、出来ないことに不器用に突っ込んでは失敗し、泣きじゃくるナミタに惹かれたのは。
今だから言うが、俺は、お前が眩しかったんだ。
我武者羅に、失敗を恐れず、風を無視して走ってみたかったんだ。
―――だからナミタ!
今回の大会で、俺は変わっていくぜ!
強敵に立ち向かうんだ!俺だって全力を出すから!
勝てないと最初から見切りをつけるんじゃなくて挑むから!
ああ、こいつらを倒せば決勝戦だ。相手はAGAINかな?ぱりなかな?
どちらだっていいさ、俺たちは出来る限りのことをやるだけさ。
クソ、テンションが高まっているせいか?
まだ決着もついていないのに次から次にいろんな考えと想い出が浮かんでは消えていく。
さっきはなんかガキの頃の、ナミタとの出会いを思い出しちまった。
考えれば、お前はその時から泣き虫だったけど、負けず嫌いで一度決めたことは譲らなかったよなあ。
ああそうだ、夕暮れの公園。燃えるように真っ赤な太陽が、なんだか世界を終わらせてしまいそうだって二人で泣いたっけ。どんどんと公園が赤く染まっていって、それがどんどんと闇に染まっていって。カラスが一つかあと鳴いてさ。なんであれがあんなに怖かったんだろうな。そうだそうだ。怖いと言えばタバコ屋の婆ちゃん、雷婆、本当に怖かったよな。10円玉握りしめて、駄菓子買いにいってさ。二人ともガキでそんなに金がないから分け合ったんだよ。くじ引きも何回もしたけど、一度も当たらなかった。あの婆、絶対にアタリを抜いているぜ。間違いない。お、これは夏祭りだ。型抜きの親父がケチでさあ…。そうだ。クソみたいな田舎で、沼の底みたいな境遇だったけど、お前と一緒だから楽しかったんだ。お前と一緒だからこうして抜け出すために駆けていられるんだ。嗚呼。だから、だから、悔しい!悔しいなあ!畜生!本当に悔しいなあ。分かってる。もう分かっているんだよ。死闘の決着間際だってのに、何もかもがゆっくり流れていって。楽しい思い出ばかりが目前を流れていって。
嗚呼。畜生。これはーーー走 馬 灯
鮮やかな二の太刀が、軽やかな音と共に漆原トウマの首を刎ねた。
随筆百花苑巻十三 諸国廻歴日録 曰く
「一躰田宮流には、宮本武蔵之傳来とて二刀形等も有之趣ニ而、横井より委敷承知仕候」
―――田宮の居合は、二刀の居合也。
刃山椿は、初めから二本差し。
死霊の騎士による透明化を解除した時に、全てを解除したように思わせておいて一刀だけ透明のままにしておいたのだ。透明化能力がバレた時に用意しておいた最後の切り札が、見事に炸裂したのであった。
漆原トウマ:死亡
決まり手:田宮流居合斬り
準決勝 終了後 村崎大亜別邸にて
全ての切り札を出し尽くした刃山椿は、大いにへこみ、部屋の片隅で体育座りをしていた。
「ごめん…マジでごめん…う~~~!!手札全部出しちゃった!」
半泣きの椿の背を揚羽が優しく撫でる。
「落ち着けって。上からの瓦礫だけを警戒してた俺を助けてくれた結果だ。しょうがないって」
「う~~~…」
それでもまだ呻く椿に、揚羽は一つ溜息と共に言葉を吐いた。
「正直さ、ここまで来れるなんて思ってなかったんだ」
「ハァ!?」
「この大会の相手を分析してさ、自分のできること考えたら、勝つ確率、かなり低いなって」
「ちょ…じゃあアゲハ、私たちが平和に学校に通える日が来るって即答したのは…」
「…ハッタリ?」
「てめぇ~!私にまで!ハッタリかますんじゃねえ!」
容赦ないデコピンが、揚羽の額に炸裂し続ける。
それが、落ち込んでいる椿を元気づけるための話術だと薄々感づきながらも、椿はデコピンを止めなかった。
「痛!痛い!」
「ちょわ!ちょわー!」
ひとしきりじゃれ合ったあと、真顔で揚羽が語り始めた。
「でもさ、勝つ確率が低かったというのは本心だよ。色んな積み重ねと、何より“幸運”が俺たちにはあった」
「…うん…そうだね…あ!じゃあさ!“幸運”、手にしちゃおうよ!」
何かを思いついたように椿は部屋を飛び出た。
そうして、悪戯っぽい笑みと共に椿は一枚のCDを持って戻ってきた。
メタリックな仮面があしらわれたジャケットのCDを。
それの意味を理解した揚羽は大きく笑った。
椿も同じように笑った。
「偉大な二人に敬意を表して…」
揚羽は小さく呟くと、そのCDを流した。
スピーカーからは、どこか牧歌的ながら、未来を感じさせる澄んだ声と音楽が響いた。
重低音が心地よく二人に染みわたる。
She's up all night to the sun, I'm up all night to get some
彼女は朝までずっと起きている、俺は何かのために付き合うんだ
She's up all night for good fun, I'm up all night to get lucky
彼女は夜を楽しんで寝ずにいる、俺は幸運を待って夜を過ごすんだ
We're up all night to the sun, we're up all night to get some
俺たちは朝までずっと起きている、何かを得るために起きているんだ
We're up all night for good fun, we're up all night to get lucky
俺たちは夜を楽しんで寝ずにいる、幸運を待って夜を更かす
We're up all night to get lucky, we're up all night to get lucky
We're up all night to get lucky, we're up all night to get lucky
幸運を手に入れようとする俺たちは夜を眠らせない──
それは、“無敵の二人”、“最高の化学反応”と称された二人組の代表曲。
――――Daft Punk 『Get Lucky』
闇の王と骨の従者は、幸運を得るために夜を過ごす。
ダフトパンク エピローグ 『壁を超える日』
「負けちまったなあ…」
高級感あふれるベッドに、トウマは大の字になり溢した。
「悔しくないと言ったら嘘になるけど…俺たち、よくやったよな…?」
本心からの言葉。
悔しくて悔しくて仕方がないが、トウマの胸には全力を出し切った清々しさがあった。
何かに全力になる前に諦めてきた漆原トウマは、初めて全力を出し切り、そして初めてへし折られた。その熱が胸をまだ熱く燃やしている。悔しさで脳髄が焼ききれそうだが、それすらも初めての感覚としてトウマは享受していた。
トウマはやり切った顔をナミタに向けて、これからのことを語り合おうとした。
しかし、ナミタの顔に充実感は無かった。高揚もなかった。むしろ血の気がなく、何かに怯えるかのようであった。
「…ナミタ?どうしたんだ?その…負けがそんなに響いたのか?」
顔面を蒼白させ、脂汗を流すナミタは、震える手でスマホを取り出した。
「トウマ…これを見て…」
そう言うと、ナミタはスマホをトウマに渡した。
小首をかしげながらスマホを受け取った漆原トウマの目に液晶画面が飛び込む。
――その画面に写っていたのは、呪詛であった。
成功を妬み、輝きを羨み、成長を阻害しようとする、浅ましき餓鬼のごとき怨念。
病的なまでに細かく送られてくるメッセージの数々。
夥しい数の呪いの言葉が、画面中に満ちていた。
ナミタ、お前には何もできない
ナミタ、思いあがるな
ナミタ、お前は屑だ。知っているだろう?
ナミタ、何を勘違いしているんだ?
ナミタ、ずっと言ってきたじゃないか
ナミタ、お前はこっち側だ
ナミタ、本当にあの野球小僧の相棒になれたとでも?
ナミタ、本当は分かっているんだろ?
ナミタ、屑の息子は屑なんだよ!!
「――これは…ナミタ…お前!!」
トウマは自らの目の節穴を悔いた。
思えば戦闘準備の段階から、ナミタはスマホを見るたびに苦々しそうな顔をしていたではないか。
スマホに極端に怯えていたではないか!
「トウマ…“これ”を送ったやつがこれからここに来る。試合が終わったらさ、会う約束をしていたんだ…“これ”に決着をつけなきゃ、優勝なんて出来ないと思ったから…どっかでケジメをつけなきゃいけないと思っていたから…」
両の眼に涙をたたえ、脚を震わせてナミタが言葉を溢す。
「なんで!なんで相談してくれなかったんだよ!」
「…トウマは優しいからさ、これを話したらイグニッション・ユニオンそっちのけで協力してくれちゃうだろ?それは嫌だったし、なにより…トウマの前では、少しでも格好をつけていたかったから…」
「~~!!馬鹿野郎!」
トウマはナミタにさらに何かを言おうとした。
それを遮るかのように、高級ホテルには似つかわしくない荒れた足音が近づいてきていた。
その足音は二人が滞在する部屋の前で止まると、乱暴にドアを開いた。
「よ~う、久しぶりだなあナミタ~」
長年のアルコールの摂取により赤黒くなった肌。
汚らしい無精髭。焦点の合わない濁った瞳。
全身から酒と諦めの匂いを垂れ流す人間の屑。
時雨ナミタをヤクザの囮にした張本人、ナミタのオヤジがのそりと現れた。
「な…なんのようだよ…父さん…」
ガタガタと体を震わせながらナミタが返す。
「アアッ!?」
狂人を思わせる、唐突な大声。
「父親が!息子に会うのに理由が必要なんですかぁ~?ナミタはいつからそんな親不孝を言うようになっちゃったんですか~?」
ビクリとナミタが震える。
そして、恥ずかしい話だが、俺も震えていた。
ナミタのオヤジは、自分たちを縛り付ける田舎の象徴みたいなものだった。
俺たちが力を振るえば、こんな酒屑一人ぶっ飛ばすのはわけがないと頭で理解していても、体が動いてくれない。
「なーんてね、嘘だよ嘘。用事はあるよ、ありますよ」
にちゃりと、オヤジは嫌な笑いを浮かべた。
「金。金出してくれよ。チョット足りなくなっちゃってさ」
「な…何言ってるんだよ!?この間、盗んでいったばかりじゃ」
「俺が悪いんじゃねえよ、釘の設定が悪かっただけだよ」
「ぼ、僕だってお金なんて…」
「運営に借りればいいだろ。こんなご立派な部屋用意してくれるんだからさあ。なんならお前のファン、最近増えてるらしいじゃねえか。SNSで連絡とって金引っ張ってこい。5万くらいでいいや」
あっさりと最悪の提案をする。
そしてそれに全くの罪悪感を持っていない。
「ふ…!ふざけんなよ!ナミタにあれだけ迷惑かけてまだ…」
「うるせえぞ兄貴の出涸らしが!黙ってろ!」
体が硬直する。
捨てたい、抜け出したいと思っていた沼のような世界が、俺を縛り付ける。
オヤジは神経質な叫びをした後、今度はねっとりとナミタに語りかけた。
「ナミタナミタナミタよぉ~。何回も何回も言ってきただろ。俺たちは屑なんだ。変わるなんて出来ないんだよ!思いあがっちゃいけねえ。分かるよ。勘違いしちまったんだろ?」
気持ちの悪い優しい顔で、猫なで声を出しナミタのオヤジは語る。
「こんなとこまで勝ち上がってさぁ、お前らがここまで来てる時点で、戦ってきた奴らは大したことが無かったんだよ。なのに出来ると、強いと勘違いしちまったんだろう?諦めろよ、お前らはこっち側だ…」
シン、と空気が静まるのが分かった。
今、明確にオヤジは地雷を踏み抜いた。
いつも涙目のナミタの背から、怒りの蒸気が立ち上ったような気がした。
当然俺も、胃袋にボッっと火がともされたかのような、純然たる怒りがわいてきた。
相変わらず気持ち悪い笑顔でナミタに金を無心するオヤジを無視し、ナミタはゆっくりと俺の方を向いた。
「ねえ…トウマ。ザ・人間ズの二人もさぁ、ハーフ&ハーフの二人も、闇の王の二人も、凄い強かったよね…」
「…ああ!強かった!どうしようもなく強かった!」
「みんなカッコよくてさ、キラキラしていたよねえ…」
「ああ!そうさ!俺たちが!ダフトパンク!!(DAFT PUNK!!)が戦ってきた奴らは!間違いなく最高の二人組だった!」
時雨ナミタの震えがピタリと止まる。
涙で潤んでいた両の瞳が乾いていく。
「…じゃあさ、そんな最高の奴らに比べて、この屑はどうだろう…?」
漆原トウマには分かった。
時雨ナミタの求める答えが。
漆原トウマには分かった。
時雨ナミタが、最後の一押しを求めていることを。
「大したことねえ!大したことが!あるわけねえ!」
「な…なんだと!?誰がお前をここまで育ててやったと思ってるんだ?それが親にとる態度か?アァ?」
この期に及んでも、このナミタのオヤジは本心からこの台詞を吐いている。
ナミタをちゃんと育ててやったのだから、恩を返すのが当然だと。
自分が悪いなんて欠片も思っていない。
「うるさい!うるさい!お前なんかに!僕はともかく、ダフトパンク!!(DAFT PUNK!!)を!漆原トウマを!戦ってきた彼らを!悪く言わせてなるもんか!!」
時雨ナミタは叫んだ。
自分でもこれほどの大声が出せることに驚いていた。
自らのネガティブ思考を振り切り、過去を振り切り、未来を目指して叫ぶ。
それは青臭く、泥臭く、未成熟な青春の咆哮。
不甲斐ない過去の己を燃やし尽くす、全身全霊の雄たけび。
「僕は!僕は!僕は!!!先に進む!先に進むんだ!!!僕は!僕だって!!」
時雨ナミタは拳を握る。
全身に絡みついた重い鎖を振りほどくように。
生まれた時から背負っていた枷を投げ捨てるために。
涙を振り切り、あまりにも真っすぐな一撃を父親の顔面に見舞った。
それは、決別の一撃。巣立ちのための飛翔。
時雨ナミタは、何もかもを込めた拳と共に、叫び散らした。
「僕は!もう泣かない!トウマと!笑って生きていきたい!」
涙を飲んで生きていきたい
は ず が な い!!!
本当に。
本当に情けのない話なのだけれど、
俺は決着の瞬間を目に収めることが出来なかった。
何故って?
…涙で視界が滲んでいたからさ。
自分でもどうしてか分からないくらいに俺は泣いていた。
ナミタが、クソオヤジに握り拳を振りかざす姿に、どうしようもないくらいに泣いてしまった。
やった、やったんだ!あいつは、越えたんだ。壁を越えてみせたんだ!
嗚呼
頼むから、俺が泣きじゃくったってこと、ナミタに話さないでおいてくれ。
もう少しばかり、俺は格好をつけたいんだ!!
俺の最高の相棒に対して!!
―――これは、勇気を得るための物語
―――乾いた風は、いつの間にか止まっていた
イグニッション・ユニオン
準決勝
戦場:地下鉄
闇の王と骨の従者
VS
ダフトパンク!!(DAFT PUNK!!)
勝者:闇の王と骨の従者
To be continued