―――これは、どこかの時空での物語。
あったかもしれない、無かったかもしれない、ほんの少しの戯れのお話。
幻想幕間 いつかの待合室
「さ、流石にちょっと緊張してきたかも…」
「馬鹿言ってんじゃねえよナミタ。今まで潜り抜けてきた戦闘に比べりゃ屁みたいなもんだろ」
「咄咄怪事!ナミたん、今さら影駭響震!?」
「アゲハさ、私は骨でいく?それとも素?」
「…骨は不要であるが、従者の矜持を示せ!」
「…ふぅ…」
ゆっくりと吐き出される紫煙。
香るはハイライト。ラム酒を思わせる濃い目の香りの煙草。
【ダフトパンク!!(DAFT PUNK!!)】
【ぱりなリサーチ事務所】
【闇の王と骨の従者】
【“AGAIN”】
激戦を勝ち抜いた四強は、イグニッション・ユニオンの表彰式に招かれ、豪華な待合室に待機していた。
とはいっても暗躍をし続け、敗退と同時に全国指名手配となった仙道ソウスケはこの場にいない。
そして白烏は空気を読んだのか席を外していた。
時雨ナミタ、漆原トウマ、不忍池ぱりな、村崎揚羽、刃山椿、英コトミ。
全員10代の少年少女。
望んだ青春を送ることが出来なかった少年少女。
戦いは全て終わった。近い境遇を持った少年少女は、イグニッション・ユニオンの争いの場でなければ、惹かれ合い、仲良くなるのは必然であった。戦闘を忘れた、たわいもない会話が飛び交う。
「いやー、時の流れは一瀉千里!なんかあっという間に終わり来ちゃった感じ?」
「そうか?俺は妙に長かった気がするぜ。…変態とトンネルを駆けたのが随分遠い昔に思える…」
「トウマ、完全にトラウマになってるじゃん…記憶から消し去りたいのは分かるけどさ…」
「フフ、ハーフ&ハーフの試合、モザイク多くて分析しにくいってソウスケもぼやいてたっけ…」
「いやいや、“AGAIN”とお相撲のもモザイク祭りだったでしょ。アゲハずっと頭抱えてたんだから」
「ツバキよ!余計なことを言うでない!戦友と言えど、我の傷をわざわざ晒す必要なし!」
わいわいと思い思いに言葉を交わす。
「あ!ところで、アゲぴょん、なんで“そっち”の言葉キープしてるん?」
嫌なところを突っ込まれたと、一瞬苦い顔をした後、努めて冷静に揚羽が答える。
「あー、その、なんだ。今回の表彰式とか、そういう表に出る場合は“闇の王”でいくんで…。こう、事前に慣らしてスイッチを完全にいれないとノリきれないからさー」
複雑な表情を浮かべ、揚羽がポツリと溢す。
「我のキャラがな…ウケてしまったのだ…小中学生…特に男子小中学生に絶大にな…」
コトミ、ぱりな、椿はぴんと来なかったが、トウマとナミタは察して「ああ…」と天井を仰いだ。
紫の魔眼を光らせ、宙を舞い、空間を自在に操り、骨の従者を傍らに置く闇の王…
特定の時期の男子学生、もとい男の子には非常にウケの良い存在であることは、同じく特定の時期を経験しているダフトパンクの二人には痛いほど理解できた。
本来、“闇の王”の姿は普通の所作では村崎組の組員に若輩者と舐められることを危惧しての、苦し紛れのキャラ付であったが、全国放送で想像以上に多くの男の子の心を鷲摑みにしてしまったのだ。
「…故に我は表に出るときは“闇の王”を貫くことにした…まぁ、子供に人気があるというのは、組織の健全化に大きく寄与する。結果としては重畳といったところよ」
「南山之寿!事業、なんとかなりそうじゃん!」
「アゲハについてきてくれる組員も想像以上に多かったからねー。しんどいバトルしてきたかいあったわ。事業と言えば!CM!ぱりなんの事務所、TVCMまで出してたじゃん!」
「あ!ツバッピ、あれ見てくれたん!?よくね?よくね?」
「ぼ、僕も見ましたよ!
『ぱーりな ぱりな ぱーりな 抜け忍! ぱーりな ぱりな パーリーナイ!』
ってやつですよね?あれ、妙にメロディがこびりつくんですよね」
「あ、今更だけど、タバコ吸ってよかった?苦手な人いたら吸わないけど」
「俺もたまに吸うから、全然かまわねえよ…って、結構濃いの吸ってんのな!ま、らしいんじゃねえか?」
そう。戦いは全て終わったのだ。
少年少女の前にあるのは明るい未来への道筋。
互いに今後の明るい道を語り合い、瞬く間に時間が過ぎゆく。
間もなく表彰式が開かれる時間となったので、服装を整え、準備を始める。
しかしーーー
待合室の周囲の空気がおかしい。
冷静で、確かな運営をしてきたはずのスタッフたちが、大いに慌てている気配がする。
一体何が?
「お、お!お嬢様…!あ、あ…ありえないことが!」
その答えは、同じく大いに慌てて部屋に入ってきた白烏が持っていた。
冷静沈着、百戦錬磨の白烏がうろたえるだけの答え。
「準決勝…、ミスジャッジが発生したため、“AGAIN”の逆転勝利の可能性あり…とのことです…」
「「「「「はあああ!!!??」」」」」
◆◆◆
控室の面々が同時に叫ぶ。
戦場においては常に冷静、波一つ立たぬ澄み切った精神構造をしているぱりなですら我を忘れている。
逆転勝利で一番恩恵を受けるはずのコトミも、何が起きたか分からないと大いに混乱している。
当事者ではないダフトパンクの二人も、刃山椿も事態に頭が付いてこない。
「うわ…トウマ…どうやら本当みたい…見てよネットニュース…」
ナミタに促され、その場の面々はスマホを取り出し状況を把握しようとする。
『準決勝にミスジャッジ!“AGAIN”奇跡の逆転勝利!?』
『運営に一体何が?急転直下の大逆転』
『ミスジャッジの判定の遅さに疑問の声も』
『審判全会一致で“AGAIN”の勝利を支持との情報』
刺激的な文字列がどんどんと並んでいく。
困惑、混乱。騒がしくなった待合室に、軽い音が響く。
パン パン パン
うすら寒い拍手とともに、細身長身の軽薄な印象を与える金髪の男が待合室に踏み込んできた。
仙道ソウスケ。全国に指名手配されているトリックスターが、いかな方法か再び姿を現したのだ。
「やあ、歴戦のベスト4、紳士淑女の皆さま!大変困惑なさっているようですが、いかがなさいましたか?」
このタイミングでのソウスケの登場。芝居がかった所作。
待合室の面々が困惑している事態に関わっているのは、あまりにも明白であった。
何も言わずにトウマが金属バットを構える。
“切り込み椿”が居合の構えを取る。
「すとっぴ!二人とも張眉怒目は分かるけど、とりま、おちつき?」
一触即発の空気になったところを、ぱりなが宥める。
「お兄さん、さあ、このミスジャッジ騒ぎに関わってる、ってことでオケツ?」
そのまま、この場の全員が思っていることを代弁する。
「勿論。勿論だとも。ネットニュース見ただろ?」
反射的にコトミが叫ぶ。
「い、意味わかんない!私も知らないんだけど!?本当にミスジャッジなんてあったの?ソウスケのいつものフェイクじゃなくて?」
その言葉を酷く懐かしいもののように、目を細め受け止めたソウスケは、仰々しく両手を広げ、よく通る声を飛ばした。
「ああそうともコトミ!ミスジャッジはあった!本当は僕たちが勝っていたのに!コトミは知らなくて当然だけどね!」
「…知らなくて当然…とは気になりますな。コトミ様以外の、端的に言えば貴方が知っていること、という風に聞こえますが」
白烏が的確に指摘をする。
何を考えているか読めない、特徴的な笑顔を全開にソウスケが答える。
「答えを引っ張る理由なんてどこにもないからねえ。簡単な話さ。審判が判断したんだよ。この大会は、24時間以上戦って決着がつかなかった場合、判定による決着となる…。当然その判定をする審判が運営に用意されているんだ」
皆初めて聞く情報にうまく反応できず固まる。
それを尻目にソウスケは続ける。
「審判だからねえ。勝敗以外にも何か反則をしていないかの確認、リングアウトなどの確認、生死のタイミング確認など作業は多岐にわたる。そしてそれらの報告や管理は審判に貸与された端末によって行われるんだ。」
ソウスケはわざとらしい仕草で腕時計に目をやる。
「今からちょうど24時間前。イグニッション・ユニオンの審判、総勢35名全員が、偶然にも同時に、【ぱりなリサーチ事務所】の反則負けを申告したらしい。全会一致によりその申告はシステムに受理された。運営がこの申告に混乱しているところをメディアがすっぱ抜いた、って寸法さ」
ギリ、と金属バットを握る音が響いた。
「…てめえ…!買収か?それとも脅迫か!?やりやがったな?ミスジャッジでも何でもねえ…!勝ち星の操作じゃねえか!!」
なんという悪辣。
不忍池ぱりなや村崎揚羽のように、試合に勝つために調査と準備を積み重ねる参加者は数多いたが、この稀代の悪党は、試合そのものすら見ていなかった。自分の土俵に引き込むどころか、土俵自体をひっくり返して見せたのだ。
待合室の面々に殺気が満ちるが、そよ風のようにソウスケは受け流し、なおも言葉を紡ぐ。
「ミスジャッジがあったならさぁ…僕たちの優勝もあったんじゃない?いや!むしろ“AGAIN”は優勝していたね!方法は言わないけど、ダフトパンク相手なら必勝の手段があったし。うん、僕たちは絶対に勝てた!“AGAIN”は優勝を主張するよ!」
ミスジャッジの話から一足飛びして、自身の優勝の主張まで始めた。
余りにも強引かつ強烈な論展開に、皆がツッコミを入れようとした瞬間。
よく通る朗々とした声が待合室に響いた。
「ふむ…貴様の言う事は一理ある…」
“闇の王”村崎揚羽の声であった。
「アゲハ!?」
「何言ってんだ王様!?」
「ミスジャッジが事実なら、“AGAIN”が優勝。という論は当然ではないか?」
理解できないという風にナミタが噛みつく。
「お、おかしいよいくらなんでも!それで優勝を主張するなんて…」
揚羽の主張の理不尽さを糾弾しようとしたが、その言葉を揚羽自身が遮った。
「確かに“AGAIN”優勝というのは暴論か!」
大論戦を覚悟していただけに、待合室の空気が弛緩する。
「ならば!一歩譲り!準決勝からやり直すというのは如何か!?」
(この野郎!)
(さ…最悪だよ!)
(一歩引いてから要求通してきたし!)
その戦略と口車で天使と悪魔すら地に堕として見せた仙道ソウスケ
日本最悪級の呪物をハッタリと演技で解体した村崎揚羽
イグニッション・ユニオン参加者、弁舌二強が最悪の形で手を結んだ。
「運営が正式にミスジャッジがあったと言っているのならやり直しは当然ではないかい?」「我らは何もぱりなを敗退させようというわけではない、やり直すというだけである」「ああ!でもそうすると能力の底を晒しているものが不利になってしまうなあ!」「では相手を入れ替えるというのはいかがであろう?」「日程だったら僕が抑えてあるよ一週間後でどうだい?」「おお素晴らしい!我らも偶然ではあるが一週間後であれば空いている!いやこれは偶然!ダフトパンクの二人も一週間後であれば空いているではないか!」「おやおや王様、ダフトパンクのスケジュールをなんで把握しているんだい?まあいいか。ちなみにぱりなリサーチ事務所も一週間後であれば依頼業務の谷間だから余裕があるねぇ」「貴様こそぱりなの予定を把握しているではないか!」「戦場はどうしようか、これもシャッフルしちゃおう」「運営に早速ではあるが連絡を取るとしよう」
皆が呆然とする隙をつき、マシンガンのように二人が喋り、高速で物事の段取りを進めていく。
「ちょま!妾ら無視して話を…」
「ああ!すまないねぱりなさん!僕には【ぱりなリサーチ事務所】の強制敗退を防ぐためにはこれしか思いつかないんだ!」
「我の未熟を憎むのみである…やり直すことでしかこの事態を打破できないとは…!!」
喧々諤々 侃々諤々 甲論乙駁 丁々発止
いかな百戦錬磨の不忍池ぱりなとはいえ、屈指の論客コンビが繰り出す暴論を防ぎきることが出来ない。非常にタチが悪いことに、片方が押せば片方が引く、典型的なヤクザの弁論を二人は完璧に使いこなしていた。
そして、ぱりなが弁舌で勝てないという事は、この場の誰も弁舌で勝てないという事を意味した。
(トウマ…何か策ある…?)
(あると思うか…?この組み合わせはヤバすぎるだろ…1言ったら100返されるぞ…!)
そう。弁舌では勝てない。
――ならば別の手段でねじ伏せるだけである。
幸いにしてそれが出来る者がこの場にはいた。
スパン!と軽い音が二つ響き渡る。
「痛い!?」
「ぐぬぅう!?」
悲鳴を上げるは仙道ソウスケと村崎揚羽。
両者の頭を叩くは英コトミと刃山椿。
「ソウスケ!馬鹿言ってんじゃない!」
「アゲハ!阿呆なこと言うな!」
先ほどまでの独壇場のような弁舌はどこへやら、叩かれた二人は身をすくめ、しどろもどろに何かを言おうとする。
「いやほら、ね、コトミ?これはコトミのためでもあって…」
「案が通れば村崎組の安定経営もだな…」
スパパーン!
またしても響くスナップ音。
「「言い訳無用!!」」
叩きのめされた二人は床に正座をさせられた。
「ソウスケさあ、気持ちは嬉しいよ。もしかしたら勝っていたのかもしれない。でもそれを言うのが遅い時点で、やっぱり負けだよ」
「アゲハの言いたいこと分からないでもないけど、私たちに出来るのは勝者を気持ちよく祝福すること!そうでしょ?」
完全に首輪を掴まれた飼い犬状態になった二人は、うなだれながら小さく「はい…」と呟いた。
「声が小さい!」
「ハッキリ返事!」
みるみると小さくなっていく二人を、ぱりなは写メに撮った。
◆◆◆
「私、仙道ソウスケは当初の結果を受け入れ大会をこれ以上荒らしたりしないことをここに誓います…」
「我…村崎揚羽も同様に誓います…」
仙道ソウスケも村崎揚羽も、唯一絶対に頭の上がらない二人にボコボコにされていた。
「けっ、お熱いこった」
もっとも、ダフトパンクやぱりなから見れば、それはイチャついているようにしか見えなかったが。
「トウマ、なんか下らないことしているうちに、表彰式近くなっちゃったよ!早く表彰台に向かおう!」
一連の流れを、下らないこととぶった切る図太さが時雨ナミタにはあった。
疾風迅雷表彰台に向かっていったぱりなリサーチ事務所の後を追い、ダフトパンクも駆ける。
「アゲハ、正座でついた埃を落としたら追ってきなよ?」
刃山椿も表彰台に向かった。
「…じゃ、ソウスケ…なんだかんだ感謝してる。それじゃまた」
英コトミも何かを言いたげな複雑な顔をしたまま表彰台へ向かった。
こうして大分広くなった待合室に、仙道ソウスケと村崎揚羽が残された。
本当であれば村崎揚羽が表彰台へ向かい、仙道ソウスケは立ち去る。
それで幻想の物語は終わりを迎えるはずであった。
しかし、村崎揚羽が動こうとしない。
ゆっくりと立ち上がると、仙道ソウスケに向かい合った。
「おやおやどうしたんだい王様?早く表彰会場に向かいなよ。流石に僕は表に出れないけどねえ」
「間もなく向かう。ただ、我は一つだけハッキリとさせておきたくてな。貴様が述べた審判買収。効果の余りにも遅い買収。それとは別に、ミスジャッジは確かにあったのではないか?貴様は、それを誤魔化して平穏にことを収めようとしたのではないか?」
シン、と音が聞こえそうな静寂。
待合室に掛けられた豪奢な時計の秒針の音が痛いほどに響く。
「…根拠は?」
「貴様は、英コトミにだけは嘘をつかぬ。『ああそうともコトミ!ミスジャッジはあった!本当は僕たちが勝っていたのに』は嘘偽りなき真実ということだ」
生温い、妙な緊迫感をはらんだ静寂が二人の間に横たわる。
「…答えたくないのなら、聞き流して構わぬ。これから述べるは、我が虚空に放つ戯れ言に過ぎぬ」
淡々と“闇の王”が推察を述べる。
「おそらく、本当にミスジャッジは在ったのであろう。しかし発覚が遅すぎた。貴様は既に表舞台から姿を消し、決勝の準備も進んでしまっている」
村崎揚羽は人差し指をトントンとこめかみにあてる。自身の考えを整理するように。
「ミスをもみ消すわけにはいかない。かと言って準決勝をやり直すわけにもいかない。困った運営は貴様に協力を仰いだ…。連絡に関しては、抜け目ない貴様のことだ。鷹岡あたりとはまだラインを残していたのであろう?」
「…はは、その戯れ言、面白いね。けど、僕が運営に協力する義理なんて無いよね?」
「そこは我も気になった。しかし貴様が何か事を起こすなら、理由は英コトミしかありえないであろう」
ほんの僅かであるが、ソウスケの笑みが薄らいだ。
しかしその変化はコトミでなくては気が付けない程の些細なものであった。
「仮にミスジャッジが明らかになったら?一番難しい立場に置かれるのは英コトミだ。時間をおいての“AGAIN”勝利となれば、当然痛くもない腹を無遠慮に探られるだろう。」
トン、と一際大きく音が鳴った。
「…しかしミスジャッジがソウスケの暗躍であると判明すれば?これまでの戦いで、『外道のソウスケの策に振り回されるコトミ』という構図は視聴者に刷り込まれている…」
揚羽はスマホを取り出した。
「嗚呼、やはり。コトミの晴れ舞台である表彰式に、疑念の種は残さぬのは当然よな」
『ミスジャッジの裏に仙道ソウスケの暗躍』
『審査員激白「私は脅された、私一人くらいなら影響がないと思っていた」卑劣なその手口』
『運営公式、ミスジャッジの発表はあったが結果は変わらずとの弁』
『仙道ソウスケは行方不明、稀代の悪党の姿はいずこ!?』
各メディアが示し合わせたかのようにソウスケの陰謀をつまびらかに記していた。
ミスジャッジという衝撃的発表は多くの人々の耳目をネットニュースに集めた。そしてその後、大半の民衆がより多くの情報を求め、ネットサーフィンを始めたタイミングでの真相発表。あまりにも鮮やかな情報操作であった。
「ミスジャッジはあった。それを認め、公表しつつ、“ソレ”は仙道ソウスケの暗躍によるものとして、英コトミの参加する大会を平穏に終わらせる…実に見事である!」
ただ、と揚羽が続ける。
「…何故ここまでした。貴様であれば、コトミに害がないようにするならいくらでも方法はあったであろう。この方法は、貴様だけは泥をかぶるが、ぱりなリサーチ事務所やダフトパンクの名誉も保たれる妙策だ。何故ここまでしたのだ。」
ふぅ、と軽い息がソウスケの口から漏れた。
「だってさ、大会を盛り上げたままでいたいじゃない」
人肉ケーキを使い、善人の心を利用し、様々な命をオモチャにした悪漢とは思えぬ言葉。
「コトミに傷が付かないようにする。それを完璧にするには大会を成功させなきゃいけないんだ。コトミは優しいからねえ。ぱりなとか僕はど~うでもいいんだけど、ぱりなが悲しんだらコトミは傷ついちゃう。それは嫌だよ。それにねぇ…僕もこの大会は楽しかったんだ。それは本心さ。信じる信じないは王様の勝手だけどね」
それに、とソウスケは続ける。
人を偽り、自身を偽り、参加者どころか運営すら手玉にとった男が、真摯な言葉を吐いた。
残念ながら揚羽には、ソウスケが本心から語っていると信じ切ることは出来なかったが。
「―――この部屋にいた四組は、皆最高だった!誰が優勝したっておかしくなかったさ。色々あったけど、運命の女神はたまたまあの二人組に微笑んだ。勝者に最大限の賞賛を!!!敗者には安らかな休暇を!僕が思うのはそれだけさ!」
真摯な表情は一瞬。ソウスケはすぐさま考えの読めないうさんくさい表情に切り替えると、言葉を返した。
「…“戯れ言”とはいえ、言われっぱなしは悔しいから、僕からも“戯れ言”を王様に一つまみ献上!」
ソウスケは全開の笑顔ながらも目は欠片も笑っていない。
嫌な予感がして揚羽は身構えた。
「…王様、僕の話に乗るのが異常に早かったよね?」
「…我に利のある話であるのだから当然であろう」
「ん~。それにしては引くのが早すぎたねぇ!まるでこの話がうまくいかないって、最初から知ってたみたいに!」
「…」
「黙秘権の行使かな?まぁいいや、じゃあ独演会としゃれこもう!王様の言葉は筋が通っていたけど、僕と運営が連絡を取った方法に、『鷹岡あたりとはまだラインを残していたのであろう?』は無理筋だったねぇ!」
その言葉一つで揚羽は自身のミスに気が付いた。しかし動揺は見せない。
「運営に、僕が盗聴器でも仕掛けたのかもしれない。誰かを脅したのかもしれない。C3ステーションにコネがあるのかもしれない。選択肢は無限さ。なのに何故わざわざトップの鷹岡との関係を疑う?簡単な話さ。自分がそうだから!」
爬虫類めいた、感情を読ませない瞳でソウスケが揚羽の顔を覗き込む。
「王様、かーなり早い段階から鷹岡とコンタクト取っていたでしょう?そう考えると運営が異様に【闇の王と骨の従者】を推していたのも…スッキリしちゃうねぇ!」
「…その“戯れ言”が本当だとしても、それなら貴様の茶番に乗る理由は無かったのではないか?」
「そうだねえ。それだけが本当に謎なんだけど…“戯れ言”が本当だと仮定して、王様から答えを聞くのは野暮かな…?」
相変わらず本心を読ませぬソウスケに一つ溜息をつき、揚羽は返した。
「これは“戯れ言”というよりも“物語”であるがな、王は、近しい者には本来の姿をさらすらしい」
「その心は?」
「とある王は、自分を負かした相手が泡を吹く姿を見たかった、ただそれだけよ」
「ははぁ、子供っぽいねえ!」
「それをいうなら、同じようなことをする道化がいたらしい。道化の計画、すべて順調に進んだのなら、姫の前に姿をさらす必要はどこにもない。かつて道化を討ち果たした忍びが慌てふためく姿を、直接見たかったのではないか?」
にんまりと仙道ソウスケが笑う。
同じくにんまりと村崎揚羽が笑う。
「性格の悪い王様がいたものだねえ!」
「性格の悪い道化がいたものよ!」
二人はひとしきり笑った。
笑って笑って笑い疲れたあと、向かい合い、数刻ほど黙り合った。
そして、村崎揚羽は表彰式へと駆けた。仙道ソウスケはぬるりと闇へ消えた。
「We look forward to serving you again!」
いつもの決め台詞と共に。
◆◆◆
表彰台に向かい、永遠の青春を駆ける相棒同士が笑う。
表彰台に向かい、全てを振り切った忍姫と老忍が笑う。
表彰台に向かい、普通へ進む闇の王と骨の従者が笑う。
表彰台に向かい、救われた少女が携帯を片手に笑う。
会場に集まった観客が大きな歓声を浴びせる。
万雷の拍手が四組を包む。
勝者にありったけの敬意を。
楽しい世界をもたらした運営に賛辞を。
曲がりくねった道を進む炎たちの行く末を見守ってくれた観客に心からの感謝を。
こうして、一つの祭りの炎は消えた。
幻想幕間~劇終~