災禍音夢離はいつだってはんぶんである。
上半身と下半身、右半身と左半身、なんだっていい、
とにかく音夢離はいつだって「たりない」のだ。
頭が?首が。両腕が?両足が。心臓が肝臓が内蔵が骨が皮膚がたりない、たりない、たりない…たりない。
──だってはんぶん燃えちゃったんですもの。ごうごう、ぱちぱち。
ハ ッ カ サ イ カ
「おねえちゃ…」
時計がいつの間にか30分ほど進んでいる。眠っていたようだ。
音夢離の見る夢はいつだって悪夢だった。しかし音夢離は目を開けようが瞑ろうが悪夢しか見ないので、音夢離にはもはや悪夢なのか現実なのかわからなくなっていた。
庭には二羽鳥が喧しく囀っている。早起きのセミも鳴いている。殺したいくらいの晴天。
夏の午前7時38分の朝日はまぶしすぎて、影を落とすように音夢離が虚空に伸ばした手は、何にも触れることなく胸元へ着地した。
指にかさついた感触の、赤い小さな袋が触れる。姉の入った袋だ。
「おはよ、おねえちゃん」
音夢離の双子の姉──熾瑠は、死にながら産まれてすぐに燃えたらしい。
知ったのは音夢離が5歳のころ、初めてハハオヤに殴られた日。
音夢離はそれから姉をずっとずっと羨ましく思っていた。
業火に焼かれた姉は炎の万雷の拍手を浴びて踊りながら逝ったのだ。
音夢離だって毎日音に囲まれている。ぱちぱちぱちぱち。
いやいやそんなかわいい音じゃない、ばちんばちん、びたん、ばきん。
色んな音で音夢離は毎日殴られている。
熾瑠が死んだのはおまえのせいだ。
チチオヤが出ていったのはおまえのせいだ。
熾瑠が死んだのはおまえのせいだ。
ハハオヤが幸せになれないのはおまえのせいだ。
熾瑠が死んだのはおまえのせいだ。
外からぱちぱち、ぱちん!と音が聞こえる。「あっはは!ウケる!」
同じくらいの年だろうか。セーラー服を着た少女ふたりが何がおかしいのか手を叩いて笑いあっている。
笑っている。
音夢離はぼんやりとそれを眺めた後、勢いよくカーテンを閉めた。
▲
自室のゴミ袋をかき分け、PCの電源をつける。ぶおん、と苦しそうなうめき声をあげ、明るくなるディスプレイ。ここが音夢離の生きる世界。
さらにゴミをかき分けデスクチェアに座ると、通話アプリに通知。いつ知り合ったかもわからない有象無象が、あれっオンラインじゃ~ん中学行かなくていいの~って。何お前。学校なんて行かせてもらえてない。面倒になったので「燃えるゴミは月水金」てきとーに打ってブロックした。
ええと何しようとしたんだっけ。そうだ、今日はサイト作りの続きでもしようと思ってたんだった。メールフォームだけ置いてある、簡素なページ。
でも、なんのサイトにしよう。どうせなら、お金欲しい。チチオヤから送られてくる養育費とやらは、ほとんどハハオヤのものになる。お金があれば、こないだハハオヤにブレーカーを落とされてちょっと逝ったPCだってもっといいものにするし、食べるものに困らない。PCの中で生きてても、腹が減るのが意味がわからない。あ、腹減ったな。
食料を確保しに一階の台所へ行く。
築44年の木造住宅は多分忍者だろうが歩けばぎしぎし鳴る。
ハハオヤがいる。透き通った茶色の酒をがぶがぶ飲んでいた。
ハハオヤは潰れた左腕をぶらぶらさせながら、右手で酒を足し右手で飲む、を繰り返している。
音夢離の足音に気づいたようだが知らないふりをしているようだ。
ハハオヤがぼんやり眺めているテレビの声は、居間の静寂をびりびり引き裂くほどの大音量だった。
アナウンサーがヤマ…ナントカが殺された、と言ったところでハハオヤが突然テレビをひっくり返した。アナウンサーが喋るのをやめ、テレビの画面が真っ黒になっていた。
ハハオヤは狂ったような短い金切り声をあげ、今度は地の底を這うような声で呟いた。
「あんたが死ねばよかったのよ」
「ほあ、ひ、どうも」
うわ話しかけられた。酒くさ。
音夢離は冷蔵庫に入れておいたゼリー飲料を3つ手に取り、逃げるように自室への階段を登った。
ぎしぎし鳴いてる階段の向こうで、左手返しなさいよ、という叫び声が聞こえた。
▲
音夢離が5歳のとき、テレビで見た遊園地に憧れた。
きらきらで、ぴかぴかで、みんな笑ってて、すてきな夢をみれそうな。
テレビでは、にこやかなアナウンサーが、遊園地のしょうたいけん、ペアで当たります!とか言ってて。紙切れ二枚をひらひらと見せびらかしていた。
あんな紙で遊園地に行けるんだ。
音夢離は見様見真似、折り紙で作った「しょうたいけん」をハハオヤへプレゼントした。
「しょうたいけん」越しのハハオヤの表情は、音夢離から言葉を奪うのに充分だった。
ハハオヤは音夢離がごめんなさいを言えなくなるまで殴り、破り捨てた「しょうたいけん」をそこら中に巻き散らかして、仏壇に向かってわんわん泣いたあと仏壇の中身も全部ぶちまけて叫びながらうずくまって泣いた。
音夢離はこれが現実なのかわからないまま、自分を慰めるみたいに手元に転がってきた小瓶の中身を開けた。
うずくまって泣いているハハオヤはだんだんと動物の遠吠えみたいな鳴き声になりつつあった。
音夢離はふと気づく。ハハオヤのうなじに馬みたいな形の黒いアザが浮かんでいる。
▼▽
「──り、音夢離、おきてください」
「だれ…」
あれ。テレビのへや。あたし、ちゃんとおふとんでねたのに。
「ああ、ふふ、だめだ、おきちゃだめなんでした。音夢離、音夢離、ねててください」
「うん…」
…あったかい、ふわふわする、これは、ゆめ?
めのまえにいる、あたしそっくりのおんなのこはだれ?
がたん、ばさ、買い物袋がおちるおと。
「熾瑠…!熾瑠なの…?」
「はい、熾瑠です」
「ああ熾瑠…!ごめんなさい、お父さんにね、殴られなかったら、あなたを産めたの、熾瑠が、音夢離をかばってなければ、あなたは生きて産まれてきたの、お母さんは悪くない、悪くないの、だからお母さんは許して、ねえ、お母さんは」
「おとうさんが熾瑠をたたいたんですか?」
「そう、だからね、お母さんは」
「熾瑠はおなかのなかで音夢離をかばってたんですか?」
「そう、だからね、お母さ」「熾瑠をたたくのは、いいんです」
でもね。
きゅうにテレビがばくはつした。火がばちばち、って、ゆかも、かべも、てんじょうもぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶもえる。
「だからって音夢離をたたいたのは、ゆるしません」
ぱちぱちぱちぱちぱち。炎の拍手が鳴る。
▲△
ぎゃあ、ぎゃあ、という叫び声で目が覚めた。夢を見ていたらしい。
5歳の音夢離は最初大きなカラスかなと思っていたが、ずいぶんと聞き覚えのある声のカラスだった。
カラスの声がする居間へ向かおうと階段を降りていくと、なんだかいやなにおいがする。
ぎゃあ、ぎゃああ、声がだんだん大きくなる。
居間の扉をあける。飛び込んできたのは一層大きくなった声と、血となにかが焦げた匂いと、焼け焦げ潰れた左手を天に伸ばしながら、真っ赤になって転がるハハオヤだった。
▲
「魔人能力」というものはなんとなく調べたことがある。
特殊な能力を持ち、自分の能力で他者を攻撃できる。
音夢離もきっと「それ」なのだ。
けれど、あの日からハハオヤの左手以外を潰そうといくら願っても無理だった。
あの日は遊園地に行きたくて、ハハオヤに折り紙の「しょうたいけん」を渡して…眠って起きたらハハオヤの左手が──これどういう能力?
しかし音夢離はハハオヤの左手以外を潰すことが目的ではない。
───右手?両足?なんでもいい、もし潰せばおねえちゃピロン!
「音デカ!ふざけ…メール?は、誰」
PCのメール通知音、マスターボリュームを下げながら音夢離は送信者を確認する。
音夢離が作りかけのサイト、そのメールフォームからの送信。
件名───「イグニッション・ユニオンへの招待券」
「なにこれ」
▲
音夢離は気が狂いそうだった。人、人、人、人人人人人人ひひひひひひひ───電車を乗り継ぎ、東京都内のナントカって駅。忘れた。合ってんのか?確認しようにも人が居すぎてやばい死ぬ。
人の多さにドン引きした音夢離はとにかく人の少ない方へ向かい、女子トイレの前で膝を震わせている。こんなとこ呼んでイタズラだったら絶対殺す。死ぬ。けど、さっきのメール。
『──貴女のお姉様、熾瑠さんに会わせるとお約束します。場所は──』
マジか人質。信じらんない。よりによって一番効くやつ持ってこられたら、ナントカって駅だろうが地獄の果てだろうが行くしかないじゃん。
「おまたせしたッス」
「ぎ」
急に背後からかかった声に、音夢離の口から悲鳴が出かかった。噛み殺して振り向くと、音夢離と頭一つ分くらいの身長差、やたら眠そうな黒髪の男子高校生がいた。え?こいつ今女子トイレから出てきた?
「じゃえっと、まず説明なんスけど…つか人多いッスね流石に。場所変えましょ。」
「あ、え、あの、う、ひ!?」
そう言って男子高校生は音夢離を女子トイレに連れ込んだ。
「は?」
「すぐなんで」
何が!?
ぐらり、世界が回った気がした。「あぶね」男子高校生が支えてくる、うお、おい触んな──
「音夢離!」
走ってくる、足音、抱きすくめられる、自分と、同じ、身長の──
「音夢離に触らないでください!」
ここは女子トイレで、なぜか男子高校生がいて、そいつからあたしを奪うように抱きすくめて、長い前髪の奥で相手を睨みつける顔はあたしとそっくりな顔で、間違いなく、おねえちゃんで、おねえちゃんの肩越しに見える赤い看板にはレイト子女───レイト子女?どこここ。
「お、ねえちゃ……え、なん…うそ…」
「はい。音夢離…熾瑠も会えて嬉しいです。」
ぽたり、とあたたかい涙が音夢離の頬に落ちる。「やっと会えた…」どちらの声かもうわからない、気づけば音夢離も泣いていた。
「あー…なんかカンドーのご対面のトコ悪いんスけど、説明させてもらっていッスか。」
男子高校生は気まずそうに頭をかきながら言う。
「自分、鏡助っていいます。イグニッション・ユニオン──今度、開かれる催し物の手伝いやってんスけど。災禍音夢離さんと…熾瑠さん。あんたら姉妹はその出場候補ッス。あんた…えっと…紛らわしいな…妹?音夢離サン。あんた、魔人ッスよね。」
「えひ、あ?いや…」
「魔人なんスわ。あんたが今、熾瑠サンと会えてんの、オレじゃなくて音夢離サンの能力ッスよ。」
「───!」
あーこれ言っちゃ駄目なんだっけ、まーいいや非公開なんで、内密で。なんて、ちっとも内密にするつもりがなさそうな感じで、鏡助と名乗った少年はダルそうに喋る。
「イグニッション・ユニオンは、えーと。簡単に言うと、魔人同士で戦ってもらうイベントみたいなもんッス。」
「熾瑠は反対です!音夢離をそんな危ない目に合わせたくないです!」
鏡助が面倒くさそうに続ける。
「ここ、鏡ン中で。戦闘は鏡ン中でやってもらいます。どんな怪我してもリアルで死にゃしないんで。あと、優勝すると賞金とか、なんか貰えるみたいッス。」
「それでも、戦うんでしょう!?音夢離がもし怪我したり───……音夢離?」
熾瑠は胸元をぎゅっと握られる感覚で気づく。音夢離が何か言いたがっている。
「ま、魔人…どんな…なに、すれりゃ、ば、いつでも…あの…おねえちゃ…と…一緒…」
音夢離がちらりと熾瑠を見る。
「…魔人能力って、どんなものなんです?どうしたらいつでも使えるようになるんです?音夢離が、その、熾瑠と一緒にいるために」
少し考えるように間をおいて、鏡助は答えた。
「…さあ?魔人によって発動条件違うんで。オレ所詮バイトなんで、あんたの能力、知らねッスから。」
「な…!」
「でも、音夢離サンが出場…の方じゃないか、熾瑠サンと一緒にいることにキョーミあんのは分かったッスわ。」
鏡助が二枚、意味ありげにニヤつきながら、紙切れを渡してくる。
「──じゃあそれっぽく、えーと、これで。…招待券、受け取ってもらっていッスか。」
あーこれ、適当に付箋に書いたんで、捨てていッスから。
安っぽい接着剤の感触とともに、招待券が音夢離の指にくっついた。
招待券───「しょうたいけん」───?
「他に質問なかったら、とりあえずまた後日連絡するんで」
「…あ、の、め、めーりゅ…る、ちが…」
察したように、音夢離と目を合わせた熾瑠が続ける。
「メールとキャラが違うみたいですが」
「…別に違くねッス。あれもオレなんで。」
▼▽
鷹岡集一郎様
お疲れさまです。
標記の件、ご報告致します。
本日、プロジェクトI.G.について災禍氏に説明済みです。
確認事項の「魔人能力について」は、未自覚のようです。
母親を攻撃したのも、無意識の防衛本能かと。
おそらく、事前調査の通り「招待券」を使用し、
音夢離氏、熾瑠氏両名による対象の精神フィールドへの干渉及び、
現実へのダメージへの変換と考えられます。
焚き付けてはみたのですが、理解出来ているかどうかは不明。
今後も引き続き調査をお願い致します。
災禍氏が近日中に魔人能力不使用の場合、処分願います。
私事ですが、流石に、コミュニケーションの取りにくい相手は疲れますね。
次回は担当を変えていただけると有り難いのですが。
あ、これ、鏡文字になってませんよね?
▲△
「ひ、あ、これ、あ、あげる」
「……何よ」
音夢離を見上げたハハオヤは、化け物を見るような表情をしていた。
ハハオヤは音夢離の差し出した紙切れを見て、もう一度「何」と呟いた。
「しょうたいけん」
束の間。びゅん、と空を切る音のあと、音夢離の意識は真っ黒になった。
音夢離が目を覚ますと、もたれかかった壁から少し離れたところに愛用のヘッドセットがびかびかと七色に光っていた。
痛む体をおさえてヘッドセットを装着すると、頬に違和感。
昔と同じようにびりびりになった「しょうたいけん」の破片が、頬に乾いた血でこびりついていた。
すっかり薄暗くなった台所で、ハハオヤは電気もつけずにぶつぶつと何かを呟きながら右手で器用にネギを刻んでいた。ガスコンロの上では小鍋の中身がぐつぐつと沸騰している。
永遠にネギだけを刻み続ける音と、ぐつぐついう音と、時計の秒針の音とをばらばらに聞きながら、音夢離はぼんやりとハハオヤの後ろ姿を眺めた。
ハハオヤのうなじには、やっぱり昔と同じように、馬みたいな形の黒いアザが浮かんでいた。
午後六時を報せる、どこか間の抜けた夕焼けチャイムが、生活音を上書きするように空を輪唱していった。虚しくはなかった。試してみるものだな、と思った。ハハオヤに気付かれないように、そっと家を出て、近所の公園に向かった。昔と同じなら、今夜、ううん、これからずっと、おねえちゃんと一緒に───ちりちりと、音夢離の心が焦げる音がする。
▼▽
「熾瑠ー!音夢離ー!朝ご飯出来たわよー!」
「はあい」
ぎし、ぎし、とゆっくり階段を降りてくる音。
ピンク色の可愛らしいパジャマを着ている熾瑠の後ろから、ウサギとワニも一緒に降りてくる。
「あら、熾瑠おはよう、音夢離も起こしてきて」
「仕方ないですねえ」
熾瑠はまだ眠そうに、ワニの口の中に入っていった。
ワニが叫ぶ。
「音夢離、公園の砂場行っちゃったって!」
「ええ?ご飯冷めちゃうじゃない。ああ!あなた!コーヒー零さないでよ!しっかりして」
「【テキスト:選択肢Bを選択】」
「そんなこと言わないでよ、私だって疲れてるんですからね!」
「【選択肢A】」
ウサギが冷めたコーヒーの上で猫になる。
「私が迎えに行くわ。夕方までには帰ってきなさいね。宿題は?」
「ごちそうさまでした」
外は快晴で、あちこちで火が燃え盛っていた。
「遠くに行ってないといいのだけど」
そう言いながら公園の砂場でトンネルを作り始めた。
燃えているので、幼児用スコップが2つあった。
左手がなかった。
「え?」
突如すべり台が上昇する。
「熾瑠…!熾瑠なの…?」
「はい、熾瑠です」
「ああ熾瑠…!ごめんなさい、お父さんにね、殴られなかったら、あなたを産めたの、熾瑠が、音夢離をかばってなければ、あなたは生きて産まれてきたの、お母さんは悪くない、悪くないの、だからお母さんは許して、ねえ、お母さんは」
「おとうさんが熾瑠をたたいたんですか?」
「そう、だからね、お母さんは」
「熾瑠はおなかのなかで音夢離をかばってたんですか?」
「そう、だからね、お母さ」「熾瑠をたたくのは、いいんです」
「また、音夢離を叩きましたね?」
左手がなかった。
ぱちぱちぱちぱちぱち。炎の拍手が鳴る。
「音夢離!」
「だぁ~っ!結構しんど!おねえちゃーん!もう疲れたー!」
「今やりますから!能力名、折角だからかっこいいの、何か!」
え、かっこいい名前?ええと、ええと──
「遊園地で踊ろうよ!!」
熾瑠が盛大に吹き出した。
「音夢離、音夢離、ダサいです!!」
しかもここ公園だし!
「あっ!!!おねえちゃん!!!空からハハオヤが!!!」
スイカ割りをしたら多分こういう音。
▲△
「はは」
冷たい遊具の感触。自分の笑い声で目が覚めると音夢離はひとりだった。
砂場の上でハハオヤの服を着た人間の頭が破裂していた。
音夢離は心のままスキップしていた。スキップはやがてステップになり、最後にはめちゃくちゃなダンスみたいになった。
頭の奥がじんじんして、鼻血が出そうだった。実際出てたかもしれない。どうでもいい。
とにかくこの高揚感、叫び出したいほどの高揚感、初めておねえちゃんと遊んだ。遊んだ!
どうしよう楽しいね!三大欲求!クソくらえ!
たりないならたるまで燃やして満たせ!!!!
イグニッション!!!!!!!!!!!!!!
音夢離は玄関を蹴破る勢いで開け、軽やかな足取りで下手くそなダンスを踊りながら、そこら中のゴミ袋を蹴飛ばしPCへ向かう。
そうだ、とゴミ袋の下からひび割れた鏡を発掘する。
やっぱり!そこにはひびの数だけおねえちゃんがいた!
「ねえ!おねえちゃん!また今みたいに遊ぼうよ!」
「音夢離が一緒なら…でも熾瑠は、音夢離のこと、危ない目に合わせたくないんです」
ひびの数だけおねえちゃんがいるのに、声はひとつ、不思議だ。
「でも!あたしまだおねえちゃんと遊びたい!夢の中だけじゃなくて…」
「それは熾瑠だって同じです!」
「じゃあ鏡の中!おねえちゃんあったかかったし、生きてたし、あたし起きてた!」
「…あの、ナントカユニオンっていうのに、参加するんですか?」
「する。そんでね、あたし絶対おねえちゃんを…あ、これはまだ秘密ね。でも、ナントカっていつまでやるんだろ。間に合うかな。」
「間に合う?」
「あ!あーあーあーあー!!じゃああたし!遊園地作るから!そこで!二人でさぁ!」
興奮のまま続かなかった言葉に、きひひ、と食いしばった歯の隙間から涎が垂れる。
ばらばらに伸びた髪の奥で煌々とひかる目はヘッドセットのLEDにわざとらしいほどあかく照らされていた。
カチャカチャッターンとキーボードをなめらかに滑る指は発火したかのように熱く、どこか愉しげだった。
ディスプレイにはぎらぎらしたダイダイ柄の背景に、小さなメールフォーム。
とりあえず、今おねえちゃんと一緒に遊べそうな殺人代行依頼サイトは9割出来上がった。あとは──
「──ねえおねえちゃん、なんていう遊園地にしよう」
「うーん、熾瑠はサイカウルトラスペシャルランドがいいです」
「だっせ!…だっせえ!!」
「そんなひどい顔しなくたっていいじゃないですか、もう!熾瑠は寝ますからね、音夢離が考えてください!」
「はあい、──…あ、そうだ」
災禍音夢離はいつだってはんぶんである。
だから、音夢離は決めた。夢とか鏡の中だけじゃやっぱり嫌だ。
鏡の中から、あたしのはんぶんを絶対に取り戻す。
キーボードが乱暴に叩かれてぎいぎいと悲鳴をあげる。ヘッドセットの赤色が青色にじわじわと変わっていく。
「よいねむり───お」
──草の一本も生やすな。ごうごう、ぱちぱち。踊る心のまま、すべて燃やせ。