now loading……



now loading……



now loading……





TEAM "DAFT PUNK!!"
INTRODUCTION……

【Episode:00-THE LITTLE BUSTERS】


◇◇◇


 腫れ上がった両目を開けば、燃え尽きたような夕焼けが広がっていました。
 山の麓の水力発電ダム、湿度が高いここからの空はいつも赤く見えます。

「ナイスファイト」

 水浸しの地面に倒れ込んだ僕を見下ろすのは、ヒビの入った黒縁メガネの青年。

「良くないよ……すごく痛かったし怖かったし……それに、僕は何もできなかった、ただ君を巻き込んだだけだよ」

「違う、二人だ、俺たち二人が勝った」

「……うん」

 生傷だらけの手に引き起こされ、僕は彼と向かい合う。

「俺たち二人で勝ち上がる、このクソ田舎を出て全部のしがらみを引きちぎって『トップ』を手に入れる」

「お前も来るだろ、ナミタ」


 ———でも、彼となら。


 何か、退屈が裏返るような予感がしたのです。


◇◇◇


「いってらっしゃい」

「———おう、ちょっと行って来るわ!」

 六年前、兄は自動販売機に飲み物でも買いに行くような物言いで家を出て、次に見たのは新聞のスポーツ記事だった。

 某野球チームの若きエース。

 才能に恵まれ、周囲に愛され、適切な鍛錬を積んで、順当に芽が出た。兄はそんなタイプの天才だった。

 その天才の出汁ガラ、漆原の弟、地元一の進学校には通っちゃいるが、真面目なだけで面白みの無い男。

 それが、漆原トウマだ。

「これはお前に託す! 漢ならトップを狙え!」

 ある日、国際便で届いたのは使い込まれた金属バットと一通の手紙。断っておくが俺は選手を目指すどころか野球のルールなぞほとんど知らない。兄は結局、何を期待していたのか。

 兄のことは尊敬している。

 だが俺は天才ではない、そこそこ頭の出来が良いという点でのみ世間体を保っている退屈な男だ。

 トップじゃなくて良い、苦しまない程度の二番か三番で良い。

 この凡そ想定内の世界で苦しみの無い生活を享受する。きっとそういう様に設計されて生まれてきたのだ。

「良いよな、それで」

 劇的な人生の苦しみは、目の前で見ていたから。

 俺は、諦念を受け入れるようにバットを捨ててしまった。


 ———だが、俺はこの諦念が突き崩されるのを、心の底で待っていた。

 あの日、あの時、あの場所で。

 俺の中にある何かが、決定的に覆ったあの瞬間を。


◇◇◇


 僕は時雨ナミタ、家が貧乏で、学校では特に理由無くいじめられていました。

 特技は泣くことです。

「……じゃあ取り敢えずこのガキは、事務所の方連れてけばいいですね、オス、了解しました」

「ったく、手間かけさせやがってよ」

 両親が僕を残して夜逃げして一週間のことです、黒服のおじさんが数人、僕の家を訪ねてきました。

 いつかは来るだろうと思っていましたが、意外と早かったので何も準備ができませんでした。

 逃走虚しく捕まった僕は、両手両足を縛られボコボコにされました。気がつけば町外れの山間、水力発電所横のスクラップ置き場に停められたワゴン車のトランクの中です。

 カンカンに怒ったおじさんたちは明らかにカタギではありません、銃も持っていました。

 僕は怖くて泣いていました。

「ガキ一人捕まえても、肝心の親父と金庫がな……」

「まぁ、事務所で改めてゲロさせましょう、きっと吐きますよ」

 僕はあの日、大きな金庫を車に積んで帰ってきた父に、頼まれました。

「———ナミタ、これで最後だ、これで最後だから、父さんに手を貸してくれないか」

 魔人能力『 涙を飲んで生きる(SummerRainDiver)

 僕はこの頃、理屈も分からずこの力を使っていました。触れた物に水を吸い込ませる能力、高野豆腐や、水で膨らむ恐竜のおもちゃとかを想像してもらったら分かりやすいでしょうか。

 僕はその能力で、父の盗みの手伝いをしていました。

 鍵の破壊、金庫破り、水をかければ分厚い金属板だろうが何だろうが、餅を手で千切るように簡単に突破、音も匂いも無いのでとても犯罪向きでした。

 罪悪感はありました。けれど明日の飯にも困る人間を、どうやって咎められるでしょう。

 まして親は盗んだ金でその日暮らし、高校にも行けず、学がなければ根性も無い。

「———これで最後だから」

 この言葉だけが本当でした。その金を握って、僕のことは置いて出て行ったのですから。

 僕は、悲しくて泣いていました。

 これって全部、僕のせいでしょうか。

 車の中で、僕は諦め混じりに泣いていました。勝てっこない、まして逃げきれるわけがない。

 どん詰まり、涙で前も見れない自分に。

「トウマ……やっぱり無理なのかな」

 こんな時、彼ならどうしたでしょう。

 僕は、泣いていました。


◇◇◇


 昨日、日暮れ時、バス停があるいつものコンビニの前で、僕は家に居ずらい時は決まってここのベンチに座っています。

「よお、少し痩せたか?」

「あはは、この前貰ったご飯代で何とか食べてるよ」

 学校帰りのトウマは隣町の勉強塾へ行く時、決まってここで時間をつぶしているので、いつしかここは僕ら二人の集合場所でした。

「ね、今朝の新聞見た? トウマのお兄さん今シーズンも大活躍だってよ!」

「……あぁ、らしいな」

 彼はどうにも浮かない顔で、静かに僕の顔を眺めていました。なるべく友達の前では明るく振る舞おうと思っていましたが、両親の夜逃げがそこそこダメージになっていたようです。

「遠慮とかは、要らないからな」

「俺らは友達で、当然の権利として俺を頼った、お前はそれを後で俺に還元する、だから貸し借りは無いんだ」

「お前はあの親父とは違うだろ」

「……どうかな」

 僕は何だか情けなくて、やはり泣いていました。

「そういえばお前、声をかけるまで何か熱心に読んでいたが、そのチラシは何だ?」

 ぐしゃりと握りしめられ、涙に濡れたそれは、偶然コンビニのフリーペーパーラックに置かれていた物でした。

 "闘技大会イグニッション・ユニオン"参加者求む。

 大きく目立つ文字で書かれた煽り文句と賞金の五億円。僕は何だかそれから目が離せなくなって、気がつけばそれを手に取ってベンチに座っていたのでした。

「プロレスか?」

「もっと凄いよ、魔人能力者限定2vs2のタッグマッチトーナメント、賞金は五億円出る」

「これで優勝したら、僕の人生変わるかな」

「見せてみろよ、それ」

 もしかしたら彼も乗り気になったのかもしれないと、僕はこの時淡く期待を抱いていました。

「これ、裏は白紙か?」

「裏は無いよ……ってトウマ! なんか血で汚れてるんだけど!?」

「……あぁ、さっきノートの端で指切ったの忘れてた、まだ血が止まってなかったみたいだ」

「新しいのに取り替えてくるか?」

「……いいよもう、別に」

 ……しかし、彼はチラシを端から端まで余すことなく読み切ると、鼻で笑いました。

「ていうか優勝も何も、お前はこれ出れないだろ」

「なっ———!」

 驚愕しました、出れない? 何故?

「こういうのは、ある程度名前がある選手に元々目星をつけて集めてるんだ。賞金が出て観客が付く『興行』だからな、飛び入りの素人は相手にされないんだよ」

「僕だって魔人能力あるよ!? 喧嘩は……そんなに得意じゃないけど……」

「それでタッグだろ? 誰がお前と出るんだよ」

「と、トウマは……?」

「俺が魔人能力あったら、参加シートを書くのくらいは手伝ってやったかもなぁ」

「…………」

 僕はこの日、いつに無く意固地になっていて。カラカラと笑う彼の腕を、無意識に掴んでいました。

「バットは振らなきゃ当たらないよ」

「———あ?」

 しまった、と思った時には遅かったです。そのフレーズはトウマのお兄さんがインタビューで何度も繰り返し使っているキャッチフレーズで。

 トウマが、一番嫌いな言葉でした。

「いや、悪い、威圧するような声出して、忘れてくれ」

「……僕もごめん」

「俺、そろそろバス来るから」

 久々に、とても気まずかったです。先週お金をもらった時より気まずかったです。

 僕は自分の気持ちがよく分からなくなって。

 また、泣いていました。

「また明日、俺はここに居るからさ」

「……一人で、馬鹿な真似はしないでくれよな」

「分かってるよ」

 いつも10分は遅れてやってくるバスは、今日に限って時刻通りにやってきて。僕は彼の少し丸まった背中を黙って見送りました。


「———分かってるさ、自分のことくらい」


◇◇◇


「ナミタ、寝心地はどうだ?」

「トウマ……? どうしてここに……?」

「約束の時間に約束の場所に来なかった、お前は約束を破らない、だろ?」

 泣き腫らしたんだか殴られたんだか分からないほど酷い顔だ。

 直感もいいところだが、怪しい黒服の集団を追いかけて正解だった。加えて昨日つけたチラシの裏の『血判』、これが役に立った。

 何の役に立ったかって? 俺にはまだ秘密があるのさ。

「お前、本当に運が良いよ」

「ど、どこがだよ!?」

 遠くから黒服達の怒鳴り声とエンジンを吹かす音、ナミタがビクリと反応する。もう集まって来てしまったようだ。

「草むらの中に隠したんだが、案外早く見つかったな……さっさと逃げようぜ」

「こ、殺したの?」

「物騒なこと言うなよ、寝かせただけだ」

 芋虫のようにジタバタするナミタに飲みかけのコーヒーのボトルを浴びせてやる、こいつはその気になればこの程度の拘束、ワケ無いのだ。

「これミルクと砂糖入ってる奴でしょ……他の無かったの?」

「うるせえな、俺の小便か黒服のゲロの方が良かったか?」

「自殺した方がマシだ………」

 拘束を解いたナミタの腕を掴んで引き起こす、俺たち二人は物陰を伝って出口を目指した。武装して数が多くたって奴らは戦闘のプロではない、必ず逃げ切れるはず。素早く、静かに。

「居たぞ!!」

「撃て! 撃っちまえ!!」

 どこから湧いて来たのか、拳銃を構えた三人の黒服の男達は通路を取り囲んでいた。十字砲火、遮蔽物無し、回避不能。たまたま見つけたにしてはポジショニングもタイミングも的確で最適。
 どうしても、俺たち二人を逃がすつもりが無いようだ。

「トウマ!!」

 泣きながら頭を抱えるナミタ……違う、俺の視線はその先にあった。

 金属バットだ。

 ずっと昔に捨てたそれは、目の前にあった。どこに捨てたかなぞ、覚えているわけがない。ましてこの日、この時、この場所に。


 ———これはお前に託す!

 ———漢なら……


「トップを狙え、だろ」

 構える、絶望を場外へ弾き飛ばすように遠くを見据えて。

「当たれェ!!!」

 号砲は放たれた!

 しかし五月雨のように降り注ぐ弾道は捻じ曲がる。その全てが金属バットの『芯』に押印された血判に向かって。

「———なっ!?」

 黒服達は、ナミタは、俺は、弾丸が明後日の方角へ打ち上げられるのを見送った。

 場外ホームランだ。

 魔人能力『トップを狙え(Aim for the Top)』。俺の指紋と血液を使った血判が、20m以内のあらゆる『意思の無い運動』を引き寄せる。

「———ナミタ」

「ちゃんと当たっただろ?」

「……うん!!」

 ———打ったら走れ! トウマ!

 コルト1911の粗製コピー品、シングルカラム7+1発、ちゃんと弾数は数えたし銃はホールドオープンしている。リロードの時間など与えない。強い踏み込み、狙うは側頭部。

 具体的には……耳!

「一塁ヒット」

 脳震盪、加えて耳から鼓膜、三半規管への二重攻撃。何せ金属バットの音は、よく響く。

 倒れ込む黒服を踏み台に廃車の上へ、手元に気を取られた黒服はこちらを見てすらいない、続け様に後頭部、脊髄と脳幹の隙間へ一発。

「二塁で」

 背後から銃撃、三人目は流石にリロードが間に合ったか。しかし全て軌道は金属バットへ収束する。不意打ちだろうと関係ない、そして———

「三塁打だ」

 二発の45口径弾丸を叩き返し下半身へ撃ち込んだ。

「ナミタ、まだ来るぞ、脇道から逃げろ」

「トウマ、でも……!」

「いつもの場所で合流する、俺を信じろ」

「……わかった」

 黒服はナミタではなく俺を追いかけて集まってくるだろう。それで良い、守りながら戦うよりかやりやすい。

「このクソガキが!! 舐めやがって!!」

 振り向きざまにバットを横薙ぎに振るう。鎖骨の複雑骨折、見なくても中で派手に出血したのが分かる、アレはもう立たない。だが悲鳴を上げてのたうち回る黒服の後ろからもう一人、二人、三人。

 増援か或いは控えの人員か。あっという間に逃げ道は塞がれていた。

「子供相手に、マジになってんじゃねーよ」

 銃が効かないのを見ていたのだろう、鈍器に刃物、それぞれ獲物を持った男達がじりじりと迫る。対面としてはあまりよろしくない、調子に乗れるような力量差でも無いだろう。

「俺たちはいつだってマジだぜ、スカしてんじゃねーぞ!!」

 けれど、俺は妙に心がたぎっていた。退屈な日常が、諦念が崩される予感。

「なら、もうワンセット行ってみようか」


◇◇◇


 走って、走って、走って。

 薮の中を突っ切って、コンビニ前のあのバス停を目指して僕は走り続けました。

 トウマは無事でしょうか。

 もっと強ければ……僕は所詮口だけで、彼を助けることも出来ず、まして闘技大会など。

「見つけたぞ! 最初に捕まえた方のガキだ!」

「ひぇ……っ!」

 背後から迫る黒服達の追走、足を止めちゃダメだ、緊張で爆発しそうな心臓を押さえ込んで走れ。

 パッと視界が開ける、薮が途切れるとコンクリートで護岸された大きな湖……水力発電所のあるダム湖が現れました。

「〜〜っ!」

 コンクリートの絶壁、右は山肌の崖、左は激流の放水口。奥は施設を取り囲むワイヤーフェンス。言うまでも無い行き止まり。

「止まれ!!」

 フェンスを突破すれば活路があるかもしれない、すぐには追いつけないはずだし、動く物に照準を合わせるのは難しいってトウマが———

「———あれ」

 フェンスにかけた指はフワリと離れました。何故でしょう、あと一歩で乗り越えられたのに。着地することもままならず鉛のように重くなった身体は地面に転がりました。

 血が、出ていました。

「痛……あァッ!!」

 被弾と出血を自覚した瞬間焼けつくような痛みで全身が強張り、呼吸すらまともに出来ない有様でした。脳の全てが『痛い』で満たされて他に何も考えられない、痛い、痛い、痛い!!!

「よし! そのまま動くんじゃねえぞ……」

「止血してやれ、ゲロさせるにしろバラすにしろ死なれちゃ困る」

 ……悔しい。

 僕はまた無様に利用されて捨てられるだけ、大きな運命から逃れることは出来ないでしょう。
 血溜まりが広がってゆくのにつれて、意識は遠のきました。辛い、苦しい、痛い。

『"闘技大会イグニッション・ユニオン"参加者求む。』
 僕はあのチラシに惹かれていた、賞金五億、クソみたいな人生を一気にひっくり返すチャンス。

 ———これで優勝したら、僕の人生変わるかな。

「悔しいよなぁ……!」

 何か、この絶望を覆すような一手を!

「僕は……前を向くって決めたんだ!」

 走り出したのは左側———ダム湖! 水面までの落下距離約12メートル! 要件は足りている、必要なのは覚悟だ!!

「ッ!? あいつ自殺する気か!?」

「自殺なんてするもんか! 僕は前へ向かう! 明日に辿り着く!!」

 投げ出されて浮遊する身体、着水まで3、2、1……!

 ———魔人能力『 涙を飲んで生きる(SummerRainDiver)』。触れたものに『吸水性』を与え、膨張させる能力。
 今まで僕はこの能力を、手近な無機物に対してしか使ってこなかった……もし、この能力を『僕自身』に対して使ったら。

 予行練習無し、博打も良いところ。けれどもし望むような結果が得られたなら。

 それが、明日に続く道だと信じて。


◇◇◇


「……ナミタは、もう逃げ切った頃か」

 気絶させた黒服で、山が出来そうかという勢いだった。
 身体をもっと、鍛えておくべきだった。もう体力切れだ、へばっちまって肩が上がらない。

「……流石にもう無理だな、逃げよう」

 怒り現に丘を駆け登ってくる黒服の集団、俺は全身を引き摺るように歩み出した、しかし。

「逃さねえぜ……お前はッ!!」

 足にしがみつく息も絶え絶えの黒服が一人、二人、いやもっとだ。振り解けない、何と言う執念か。
 俺にはこんなどうでも良いいざこざに命を賭ける度胸も無ければ、徹底的に殴り倒すだけの覚悟も無かった。

 彼らは魔人ではない、だが度胸と覚悟だけはあった。

「だから嫌いなんだよなぁ……! なりふり構わない馬鹿は嫌いだ……!」

 悪態をついたところで多勢に無勢となれば俺の能力では対処に限度がある、調子に乗っていつまでも付き合ってたのが悪かったかもしれない。

 体勢を崩しかけたその時、風向きが変わった。

「イギャァッ!!!」

 ダム湖の方角……ナミタが逃げた方向からの大きな悲鳴。大地が微かに揺れる、息遣いが聞こえる、誰かの、確かに聞き覚えのある涙混じりの嗚咽が。

「ナミタ……?」

  ドプリ、ドプリと奇妙な足音が響く。ざわめく林の枝葉を突き抜けて現れたのは全長10mはあろうかと言うゲル質の巨人。
 黒服の注意が巨人に集まる、一斉砲火、一斉投擲、しかし無意味だ、アレはもう殴った程度じゃ止まらないだろう。

「なんだ、なんなんだこいつ!!」

「祟りだ! 土地神の祟りだ!!!」

 黒服の一人は、絶望した顔で拳銃を取りこぼした。力任せの薙ぎ払い、人の形をした濁流の一挙手一投足が圧倒的な質量差によって『暴力』となる。
 雑草を刈るように人間が薙ぎ払われ、宙を舞う。振り下ろされた掌が、立ち上がろうとする意思までも押し潰す。

 まさにそれは『巨人』だった。

「くそッ、どうして俺のことだけを追いかけてくるんだ………!?」

 一人、戦意喪失して逃げ出そうとした黒服がいた。

「このバケモノ……どうして俺だけを執拗にッ! 何処に逃げても目が合うしよお……ッ!!」

 おそらく最後の残党、他の誘導用の血判が無くなったから彼だけを追いかけているのだ。

「何でだよぉ〜〜ッ! 俺一人が何したって言うんだよォ〜〜ッ!!!」

 俺の血判はあらゆる『意思の無い運動』を引き寄せる。それは、銃弾のような無機物に限った話ではない。少なくとも生物の反射的行動、無意識の動作は程度によるが血判に向かって引き寄せられる。

 巨人化したナミタの無意識は、向かうべき道を掴み取ったのだ。

「た、頼むよォ〜ッ! 俺はもう武器も持ってなけりゃ追いかけようなんてつもりもねえんだってさァ〜〜ッ! 助けてくれよォ〜〜ッ!!!」

 やはり、その男のシャツの襟には、俺の指紋……『血判』が押韻されていた。

「———ダメだね」


 命乞い虚しく、濁流に最後の一人が飲み込まれる。

 静まりかえったダム湖の水面は、夕日に焼けてたぎるような赤に染まっていた。


◇◇◇


 夕陽に照らされた巨人は、力を使い果たしのか、溜め込んだ水を放出して元の大きさに戻った。

 ナミタは自分の中にある大きな壁を乗り越えたのだろう。その寝顔は、とても満足そうだった。

「……期待以上だったぜ」

 何か、新しい風が吹き込んできた気がしている。俺がずっと待ち望んでいた、諦念を突き壊す熱い感情が。

 泣き腫らした瞼を開くナミタに、手を差し伸べる。

「ナイスファイト」

これが、俺たちの記念すべき初のタッグマッチとなった。


◇◇◇


「俺たち二人で勝ち上がる、このクソ田舎を出て全部のしがらみを引きちぎって『トップ』を手に入れる」

「———お前も来るだろ、ナミタ」



「もちろん!」



 僕たちは水浸しのスクラップ置き場を駆け抜け、黒服から奪ったバイクのキーで、明日へ走り出すためにエンジンをかけました。

 雨晒しのような停滞と、退屈を打ち砕く夕暮れの風に、強く背中を押されて。

 向かうは東京。

 闘技大会イグニッション・ユニオンでの優勝へ辿り着くために。

 どうしようもなくロクでなし、向こう見ずで馬鹿な子供だった僕ら二人。

 あのチラシを手に取った時から、舞台へ上がる時の名前はもう決まっていた。

 チーム『 ダフト・パンク!!(DAFT PUNK!!)』と。
最終更新:2021年04月25日 14:46