夢を見ていた。昔の夢だ。
 僕と彼女が、出会った日の夢。僕が魔人になった日。僕と彼女の全てが決定的に変わった、あの日の。
 150年前の夢だ。

 あの日は幾重にも雷鳴が轟く大雨の日だった。目深にフードを被っても尚、顔には絶え間なく雨水がかかり、何より雨音が喧しかった。
 そんな中、僕は石造りの階段を一段一段登っていく。足早に、だが慎重に。
 稀代の天才怪物狩りと呼ばれたこの俺が、雨で転んで怪我をするなど。だれが見ていなくともそんな恥を晒すのは御免だ、などと考えながら。
 稀代の天才怪物狩り……ハハハ、随分大げさで自慢げな肩書だ。それをよく自称していたのだから、今にして思えばあの時の自分の方よっぽど恥だ。
 まあともかく、僕は階段を登り切った。そして僕を待っていたのは、小さな木造の蔵であった。
 人里離れた山の奥、道なき道を掻き分けて見つけた石の階段、それを登り切った先にある、小さく古ぼけた唯の蔵。豪華な屋敷が建っているとは思っていなかったが、どうにも期待外れな感は否めなかった。
 が、仕事は仕事。僕は腰に提げた銀の剣、人ならざる者に仇なすその一振りを構え、蔵の扉を蹴り破った。

●150年前、畏れ山にて
「…………なんじゃ、客人か」

 どうにも気だるげな声が聞こえてきた。
 蔵のど真ん中には大きな赤い布団が敷いており、その上には赤い着物を纏った1人の女が、頬杖を付いて寝転がっていた。
 そして此方を、その怠そうな声に見合った怠そうな紅い瞳でこちらを見ていた。しかし『客人』を前に姿勢を正そうという素振りもなく、ただひたすらに気だるげだった。

「貴様が百合子か」
「人の家の扉を蹴破り土足で踏み入る畜生如きに名乗る名は無いのう。人間扱いされたくば、まずは其方が名乗るんじゃの」

 ふわあ、と欠伸を一つ。

「……俺の名はクロムウェル。稀代の天才怪物狩りだ」
「くろむうぇるぅ? なんじゃその長ったらしい名前は。面倒臭いからクロと呼ぶぞ……ああ、時にクロ。天才を自称するのは恥ずかしいから止めた方が良いぞ。わらわ程の天才なら別じゃがのぅ」
「俺は名乗った。貴様も名乗れ」
「つまらん奴じゃの……ああそうじゃ。わらわの名は百合子。鬼じゃ。貴様の言うところの『怪物』じゃ。それで?」
「貴様を殺しに来た」
「そうじゃろうよ……全く、叔父上もいつまで経てば飽きるのやら……」

 目の前の女、鬼――百合子は、ようやく立ち上がるとグッと両手を挙げて体を伸ばす。先ほどまでは長い黒髪に隠れて見えなかったが、その額には確かに小振りな2つの角が付いていた。
 しかしそれ以外は、まるで普通の少女の様だった。見た目だけで言えばせいぜい16、17程度にしか見えない。恐らくは自分よりも長い時を生きているのだろうが。
 と、そこまで考えたとき。年齢不詳に関しては自分も人の事を言えた身分で無いことを思い出した。

「わらわの叔父上は随分と執念深くてのぅ……そもそもはなんでか知らぬが父上と母上を憎んでおったそうなのじゃが、あの2人が関係ないところで死んでからはその恨みのぶつけ所をわらわに定めたらしくての。こうやって定期的に刺客を送り込んでくるのじゃ……そんなに殺したきゃ自分で殺しに来ればいいものを、自分では敵わぬからと今度は異国の殺し屋に頼るとは……わが叔父ながらなんとも情けない……」
「俺は殺し屋ではない。怪物狩りだ。由緒正しき怪物狩りの一族、バッテンフォール家の、な」
「殺し屋も怪物狩りも正義のヒーローもどれも似たようなもんじゃろ。それに、なんじゃ? ばってんぼーる? 其方の家は全ての名前を長くしなければならん決まりでもあるのか?」

 小さく笑いながら、鬼は床に転がっていた酒瓶を手に取り、蓋を開けるとぐいっと一気に飲み干した。

「ぷはぁー……おぬしも飲むか? クロ」
「酒は好かん」
「ことごとくつまらんの、おぬしは……で、どうする。やるのか? わらわは手加減は得意じゃが、命の保証はせんぞ」
「随分と余裕だな」
「幾ら全身を魔術や呪術や手術や薬物やその他諸々の肉体と精神を破壊する様な外法で強化し、人ならざる寿命と力を得たとて。わらわにとっては童に違いないわ」
「…………」

 驚いた。このわずかな時間でそこまで見抜くとは。
 紅い瞳が俺を覗き込む。まるで何もかも見透かされている様な錯覚を覚える。
 稀代の天才怪物狩り? バカバカしい。俺は他人よりちょっとばかり心と体の痛みに耐えられただけだ。ただ力を受け入れられただけだ。
 俺には何の才能も無かった。

「御託は良い。最後の酒を味わわせる時間を与えてやっただけ感謝しろ」
「ふ」

 鼻で笑う鬼を睨みつけ、俺は剣を構える。そして一気に百合子の懐まで飛び込んだ。狙うは一点。その首のみだ。

「死ね」

 水平に構えた刃を、いまだ呑気に酒瓶をあおっている鬼の首筋目掛け、一気に叩きつける――!!
 だが、斬れなかった。確かに狙いは正確。速さも十分。しかし銀の斬撃は、鬼の首に傷1つ付ける事は叶わなかった。

「おお、驚いた。目にも止まらぬ剣戟とはまさにこの事よ。これでは、お主の事も化け物と呼んだ方が良いのではないかのぅ? ク、ククククククク……じゃが、まぁ」

 唖然とする俺の額に鬼は手を添える。その指の構えは、そう、デコピンのものだ。

「より強い化け物はわらわの方じゃ」

 ピン、と鬼が指を弾いた。刹那、凄まじい衝撃とと共に俺の身体は浮き、半壊した蔵の扉を完全にぶち壊しながら外へ吹き飛んだ。
 勢いは衰える事無く俺の身体は1本、2本、3本と木を薙ぎ倒し、4本目の木に全身が強く叩きつけられた時、ようやく勢いが死んだ。
 背後でメキメキと倒れる木の音を耳にしながら、俺はようやく何が起きたか把握した。

「ハハハ……」

 俺は思わず笑っていた。頭を打って気が触れた訳でも、強い相手と戦う事に至上の喜びを覚えるバーサーカーだったからでもない。
 自分という存在は、決して史上最強完全無欠のものではないという事実にようやく気付き、そしてそれを今まで自覚していなかった事が、無性に恥ずかしかったからだ。

「井の中の蛙大海を知らず……という奴じゃ。目が覚めたかの? 異国の童、クロよ」
「イノナカノ……なんだ? この国のことわざか?」
「なんじゃ。随分と日本語が達者な癖に知らんのか? まぁ要はあれじゃ。『お前調子乗んなよ』って意味じゃ……あれ? これって日本の言葉じゃったかのぅ? まぁ良いわ」

 いつの間にかすぐ傍に鬼が、百合子が立っていた。
 雨に濡れた黒髪が、妙に艶やかに見える。

「で? まだ続けるのか? じゃがお主には何も斬れぬ。わらわも、お主の心身を縛り付けるあらゆる呪いも。何もじゃ」

 そう言って俺を見下ろす百合子。その表情も語り口も、最初から何も変わらない。ただひたすらに気だるげだ。

「去るが良い。お主の様な、未来も過去も、希望も絶望も。何も瞳に宿しておらぬ凡愚に付き合うほど、わらわ暇じゃないのじゃ」

 昼寝をするのに忙しいからのぅ、と。ひらひらと手を振りながら百合子が背を向け去っていく。
 最早、その瞳には俺などという矮小な存在は映していなかった。

「…………」

 無意識に俺は歯ぎしりしていた。悔しかった。恐らくそこに正しさが無いと分かっていても、無性に目の前の鬼に怒りが湧いていた。
 何も斬れない? 何も斬れないだと? 確かに俺はガキだったかもしれない。貴様は俺なんかより余程強大な存在なのかもしれない。
 だが、なんだ? 何様だ貴様は? 偶々強い種族に生まれ、偶々強い能力を得ただけだろう。なんだその上から目線は。ふざけるな。
 俺を見ろ。俺という存在を見ろ。俺は弱いが、強く在らねばならなかった。だから耐え、成ったんだ。俺は強い。強く在る。
 何も斬れない、何も斬れないだと? 何故貴様がそれを決める。決めるのは貴様か? 違う!! 決めるのは、決めるのは――。

「何を斬れるか、斬れないか。それはお前が決める事じゃない。それは――」
「む?」

 俺の小さな呟きに、百合子は素早く反応し振り向いていた。恐らくは本能的な動きだろう。

「それは――俺が決める事だぁああああああああああ!!」
「なにを――」

 俺は目を見開くと、『百合子』を『斬れるモノ』に定義。剣を振りかぶり接近する。
 百合子は一瞬反応が遅れ、その隙に刃を潜り込ませる。
 頭に血が昇り、先程よりも精彩を欠いた一閃。しかしそれは百合子の頬を掠め、容易く斬り裂いた。
 百合子の頬から鮮血が流れ出した。百合子の眼は驚愕に見開かれ、そして再び俺を捉えた。
 そして。

「ク……クク、アハハハハハハハハハ!! 血だ、血が流れておる!! わらわの身体から血が、ク、アハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 百合子は心底楽しそうに笑い声を上げた。まるで子供の様に。高らかに。どこか狂気を帯びた笑い声を。
 どうやら俺とは違い、彼女はバーサーカーだったらしい。
 愉悦と狂気が入り混じったその表情に、俺の心は微かに高鳴った。これまで見たことのない、魅力的な表情だった。

「貴様を斬り刻んでみせるぞ、化け物がぁあああああああ!!」
「やってみるがよい、小童がぁああああああああああ!!」

 俺の刃が彼女の腹を抉り、彼女の拳が俺の肩を殴り潰した。

 そんな懐かしくも温かな情景が不意に白く霞み、まどろみの中景色が変わっていく。そうだ、これは夢なのだ。
 ぐにゃりと歪んだ視界が徐々に形を成していく。白い砂浜に大海原。そして歪な大山がそびえ立つとある孤島。
 この景色は――そう、鬼ヶ島。これは100年前。僕と彼女が血の雨の中愛を誓い合った日。
 僕と彼女の最高の結婚式の日の夢だ。

●100年前、鬼ヶ島にて
 鬼ヶ島。太古の昔より『鬼』によって支配され続けた孤島。
 鬼であれば誰しもを受け入れ、しかしそれ以外の全てを排する、鬼によって作られた鬼の為の島。
 この島において今、とある催しが行われようとしていた。
 その催しの名とは。

「えー、皆々様方。本日は『【愛と奇跡が紡ぎだし】ドキドキ☆鬼神百合子と稀代の元天才怪物狩りクロムウェルの大結婚式♪【文句がある奴は全員ぶちのめす】』にご参列頂き、まことにありがとうございます。私は本日の司会を務めさせていただきます、元呪いの殺戮人形のファイと申します。既に会場は大盛り上がりといった所ですが、新郎新婦の登場までしばらくお待ちくださいませ」

 海辺に作られた特設会場、太陽に照らされ豪華に彩られた壇上にて、メイド服を着た青髪の少女、の姿をした人形ファイが、深々とお辞儀をする。

「ふざけてるのか貴様ぁああああああ!! 何が結婚式だこんなモン認めてたまるかゴラァああああああ!!」
「鬼と人間が結婚、しかも相手はあのバッテンフォール家の怪物狩りだと!? 幾ら首領のひ孫とて、許すわけにはいかん!! どちらも斬り殺してくれるわ!!」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

 そう。まさに会場は熱狂状態。2人の結婚に怒り狂う多種多様な鬼どもが、暴力と暴言を撒き散らし壇上の少女に迫りくる。
『鬼』と一括りにしたものの、その姿は多岐にわたる。人に近しいもの、絵本や漫画に出てくるような恐ろかったりコミカルだったりするもの。獣の様な姿のもの。
 魔人として覚醒しているもの、そうでないもの。
 だがこの場においては、皆怒り狂っているという点で共通している。つまり大した問題ではない。

「ああ、いけませんよ皆様。いきなりヒートアップしては。私など所詮メイドに過ぎませぬゆえ。私と殺りあってもお互い大した利益は無いでしょう。温かいお飲み物などはいかがですか? 心が落ち着きますよ」
「ぬおっ!! 消え……アッツッッッ!!!!」 

 振り下ろされるこん棒やら拳やら鉈やらを軽く瞬間移動しながら避け続け、彼らの背後に回り込んでは頭を掴み、次々と口の中に熱々の緑茶を流し込んでいくファイ。
 怯んだところにその顎先に鋭い回し蹴りを叩きこめば、鬼どもが次々と昏倒していく。
 元呪いの殺戮人形ファイの魔人能力『忠誠ジャンプ』。これはファイが『主』と認めた相手の命令、お願いを遂行する目的に限り、世界の何処へでも、何連続でもワープする事が出来る能力。
 ファイは主から現在、
『常に自分の身体、身の安全を大事にする事』
『常に家のお菓子棚を満杯にして置くこと』
『気が向いたら家事とかもしてほしい。ほんと気が向いたらでいいから』
『クロにバレない様に料理を教えてほしい』
『いい具合に結婚式の司会を務めてほしい。僕たち基本友達少ないから。ほんとお願い。一生のお願い』
『僕たちだけじゃなく自分の為にもワープを使ってほしい。というか好きな時にワープしていいよ。あ、この言い方じゃ微妙? じゃあ、ああ、いつでも好きな時にワープしろ!』
 というお願いをされている。

「……っと、どうやら新郎新婦の用意が出来たようです。皆様どうぞ、お二人のお顔が見えましたら、盛大な拍手でお迎えください。新郎新婦、入場です!!」

 ヒュンヒュンと会場内を連続ワープしながら挨拶を言い終え、パチパチと拍手をするファイ。その間も色々攻撃が続いていたが、全部避けられたので特に問題なかった。
 そして2人は現れた。舞台の裏から? 正面口から? はたまた地下から?
 違う、空からだ!!

「「ハッハッハ、アーッハッハッハッハッハッハァ!!」」

 高笑いしながら2人はやって来た。皆が思わず空を見上げた。
 2人は手を取り合い、空中で回転したりダンスを踊ったり抱きしめあったりしながら器用に空を舞っていた。
 そして完璧な動作で華麗に壇上に着地したタイミングで、ファイが瞬間移動を駆使して四方八方からクラッカーを鳴らす。舞う紙吹雪。飛び交う鬼の怒号。完璧な演出だった。少なくとも本人たちにとってはそうだった。
 どうせなら奇抜で楽しい方が良い。そんな理由で2人は空からやって来た。鬼ヶ島の近海で待機していた船の上から、大砲で吹っ飛ばされて2人は来たのだ。
 普通の人間ならば大怪我必至だが、この2人は普通じゃない人間と普通じゃない鬼なのでそんなに問題なかった。

「やあやあ皆々様方!! 今日は我らの記念すべき日にお集まりいただき、誠に、ぁ誠にぃありがとうございまぁす!! 僕の名はクロムウェル、クロムウェル・バッテンフォールと申します!! どうぞ皆様、よろしくお願いします!!」

 そう高らかに声を上げた新郎、クロムウェル。蒼い瞳に、暗めの金髪。そして明らかに日本人離れしたその端正な顔立ちを見れば、名前を聞かずとも異国の人間だと分かるだろう。
 しかしその身に纏う羽織袴は明らかに上等な物で、大砲で吹っ飛ばされた割には実に整った着こなしである。
 何故か腰には刀が提げてあるが、今日は『そういう場』なのだから仕方がない。

「貴様ぁああああああ!! よくも人間が、バッテンフォール家の人間がこの島に踏み入ったなぁあああああ!! 斬り殺す!!」
「ハッハッハ、またまた御冗談を」
「これが冗談に見えるかぁ!!!!」

 一人の鬼が巨大な刀を構えクロムウェルに迫る。元々赤鬼である男の顔が、更に赤く染まっていた。
 振り下ろされる巨大な刃。しかしクロムウェルは静かに刀を抜き、

「あなたじゃ僕は殺せませんよ」

 そう呟いて、迫る刃を一瞬にして微塵切りにした。能力を使うまでもない。

「な、にを……」
「失礼」

 唖然とする鬼の額に新婦、百合子が手を添える。その構えはそう、デコピンのものだ。

「お主の様な下郎では役不足……役者が不足? ん? まぁどっちでもいいけど力不足じゃ!! お帰りくださいあそばせデコピンッ!!」
「アバッ!!」

 ピン、と指を弾く百合子。すると激しい打撃音と共に鬼の身体が浮き、遥か彼方まで吹き飛んでいく。

「準備運動にもならないのう」

 そう言ってパンパンと手を払う新婦、百合子。紅く鮮やかな鋭い瞳に、黒い長髪。右の頬には深く刻まれた傷痕。その見た目は未だに16、17歳程度の少女にしか見えないが、その頭には小さな2つの角があり、その立ち振る舞いにはどこか威厳がある。
 鬼は大抵人間を大きく超えた寿命を持ち、ほとんど老いないものも多く居る。百合子もその1人なのである。
 ちなみに彼女は赤い振袖を着ていた。クロムウェル曰く、『超完全体ラブリーキュートスーパーエキセントリック可愛い』な着こなしらしい。よく分からない。

「さ、挨拶も済んだ事だし。ファイ、続けてくれるかい?」
「かしこまりました」

 どこからか飛んできた鎖鎌をクロムウェルが斬り落とし、それをキャッチしたファイが投げ返すと、再びファイは熱狂状態の鬼たちを見やる。

「さて皆様、十分にお席はご用意しております故、参列者の皆様はどうぞお席に、万が一この結婚に異議がある方は壇上へ。新郎クロムウェル並びに新婦百合子、そして僭越ながら私がお相手させて頂きます。さて、という事でまずはお二人がどういった人物なのか、あらためてその紹介をさせて頂きます」

 鬼連中は誰も聞いてかもしれないが、関係ない。全身に岩を纏った鬼が山の様に巨大な大岩を生成し投げ飛ばしてきたが、百合子は軽くそれをキャッチして顔面目掛けて弾丸の様な速度で投げ返した。

「まずは、新郎クロムウェル様。クロムウェル様はかの有名な怪物狩り、『バッテンフォール家』に連なるお方なんですよね?」
「ああ、そうだね。正確には連なっていた、かな。五十年前、つまり愛する百合子と出会ってすぐに怪物狩りは止め、家にも顔を出していないんだ。怪物狩りの仕事は、今にして思えば黒歴史だと言わざるを得ないね」
「おっと、ちょっと待ってください。五十年前? しかしクロムウェル様はどう見ても50歳を超えている様には見えません、せいぜい2,30代の好青年という印象を受けるのですが、これはどういう事でしょうか?」

 どういう事でしょうもなにもファイは全部知っているのだが、1人でも聞いている客がいるのかもしれないのだ。やはりこういう流れは外せないだろう。
 それはそれとして口から炎を吐ける鬼が現れ、その口から超高温の黒炎を吐き出したが、クロムウェルはその黒炎を『斬れるモノ』に定義して刀を振るい、自分とファイと百合子に当たらないよう斬り分けた。
 仮に当たっていたとしてもそこまでの被害ではないし、百合子に至っては全くの無傷であっただろうが、顔面に火を吐かれるのは気分が悪い。臭い息を吐かれている様なものだ。

「バッテンフォール家では子供が生まれるとその数年後に、身体に色々な……『改造』を施すんだ。それは魔術由来のモノだったり、呪術由来のモノだったり、直接的な手術だったり……もっともっと非人道的なモノも……とにかくたくさんで、それらは文字通り拷問だ。いや、それより酷いかも。その拷問にどれだけ耐えられるかで、その後の肉体的な強さや、寿命まで変わってしまうんだ」

 あえてこの場では言わなかったが、当然その様な拷問に耐えられる子供ばかりではない。だがバッテンフォール家はどこまでも『強さ』を追求する一族。ある一定のラインを超えるまでは決して拷問は止められず、生まれてきた子供の半数はこの段階で死んでしまう。

「そして僕は、これまでの怪物狩りの誰よりもその拷問に耐えてしまった。誰よりも『改造』を受け入れてしまった。子供ながらに、心の痛みも身体の痛みも、心底どうでもいいものだったから。そして僕は強さと、凄まじい寿命を得たのさ。24歳を過ぎたころから、一切老いることもなくなってしまった。自分が怪物か人間かもよく分からなくなってしまったのさ」
「なるほど……だから今でもその見た目を維持している、と。では2人の出会いを語っていただく……前に、次は百合子様のご説明ですね。まあこの場に集まったのは百合子様のご親戚ばかりですが……」
「いや、そうでもないみたいじゃのう!!」

 迫りくる鬼どもを次々とシバキ倒していた百合子が不意に会場の外を指を指す。
 そこには雄大に広がる大海原。そして、

「「クロムウェルゥゥゥウウウ!! この、一族の恥さらしがぁああああああああああ!!」」

 巨大な黒い船、そこに乗っている大量の怪物狩りであった。
 黒い船は凄まじい衝撃と共に海岸に乗り上げ、乗っていた怪物狩り達は一斉にに会場まで押し寄せた。
 鬼と怪物狩り。決して相容れぬ者同士であったが、互いに互いの目的を察しているのか。互いに攻撃しあう様子もない。

「ハッハッハ! やはり仲が悪い者同士が仲良くする為には、共通の敵が現れるのが一番の様だね!!」
「そうじゃの、クロ! いわば私達が彼らの仲人といったところかのう!!」
「ああ、上手いことを言うじゃないか百合子!!」
「「アッハハハハハハハ!!」」

 2人は笑いながら手を取り合い、クルクルと舞いまた笑う。ふざけている様に見えるが、実際ふざけている。

「「この、大バカものがぁ……!! クロムウェル……!!」」
「ああ、そこにいらっしゃるのは私の剣と勉学の師匠のロレンツ様とミレンツ様じゃないですか!! 相変わらず思考も発言も顔もそっくりでいらっしゃる!! 50年ぶりですね、お元気にされてましたか?」
「「貴様からこのふざけた招待状が届くまではなぁああああああああ!!」」

 銀髪の双子ロレンツ&ミレンツが床に叩きつけた一枚の紙。『【愛と奇跡が紡ぎだし】ドキドキ☆鬼神百合子と稀代の元天才怪物狩りクロムウェルの大結婚式♪【文句がある奴は全員ぶちのめす】』の招待状(百合子とクロムウェルのキス写真付き)である。
 それは招待状であり、一種の宣戦布告を表明する紙でもあった。
 2人が結ばれるためには過去のしがらみなど関係ない。祝福などされなくても関係ない。愛し合うことに許可など要らない。
 それでも2人は、己の愛にケチを付けるであろう輩共と、決着を付けずにはいられなかったのである。

「おお、これはいわゆるサプライズゲスト、という奴でございますね。いやぁ素晴らしい。それでは改めて、百合子様。百合子様はこの鬼ヶ島を統べる『首領』と呼ばれる鬼。その孫の孫に当たる方なのですよね?」
「ん? ああ、そうじゃのう。そんでもってわらわの父と母はそれぞれ、『戦神』『武帝』とまで称された豪傑らしくてのぅ。その娘であるわらわは散々期待され、散々もてはやされておったんじゃ。『戦神と武帝の娘ならば鬼神と呼ぶに相応しい鬼になると違いない』とのう。で、昔のわらわは純真じゃったから。きっとそうなんじゃろうと思い込み、なった訳じゃ」

 百合子はしみじみと語り、拳を開閉する。その拳に込められたるはまさしく鬼神と呼ぶに相応しき握力。腕には腕力、脚には脚力。肌と肉と骨は達人の斬撃も嵐の様な数の銃弾も通さぬ程に頑強で、業火や絶対零度にも耐えきり、内臓は猛毒すらも跳ね返す。そしてその精神すらも、鋼の様に頑強だ。
 何故か? それは己こそが鬼神であると思い込み、それこそが当たり前だと受け入れたから。そうあるべきだと信じて疑わなかったから。だから百合子は魔人として覚醒した。
 百合子の魔人能力『鬼神』。その心身に天元突破と呼ぶにふさわしい程の力が与えられる、とてもシンプルな能力である。

「「貴様の身の上話など知ったことか!! 骸を晒すが良い!!」」

 すっかり忘れていたが、双子のロレンツ&ミレンツの相手をせねばならない。双子は息ぴったりのタイミングで吐き捨てると、全く同じ動作で両手をパチンと合掌させた。
 次の瞬間、ロレンツの全身から激しい雷が迸り、ミレンツの全身からは凄まじい旋風が吹き荒れた。

「全身から雷や風を放つ魔人能力……いや、違うのう」
「お、気づいたかい百合子。相変わらずの洞察力だね」
「当然じゃ」

 一瞬、百合子は2人の身体から雷や風が発せられる能力かと思った。だが、少し見ればそれが誤りだと気づいた。
 双子の身体から発せられているのではない。双子の身体そのものが雷や風へ変化し、絶え間なく発せられているのだと。

「クロムウェル!! 確かに貴様は強いだろう!! 『天才』と呼ばれるに相応しき技術と肉体を併せ持つ!! だが教えた筈だ!! この世には決して剣では斬れぬ相手が存在すると!! 剣では勝てぬ相手が存在すると、我ら双子の様に!! だからこそ我々は貪欲に知識を吸収し、頭を鍛え、使えるものはなんでも使い、剣では勝てぬ相手にも勝たねばならぬのだと!」
「武を鍛えるとは即ち、武で勝てぬ相手を知るに等しい!! 己が限界を知らずに自らの力を過信する事は自ら死へ向かって進む行為そのもの!!」
「クロムウェル!! 貴様がバッテンフォールの矜持を捨てるというのであれば!!」
「狩人狩りの矜持を捨て、我ら全てに仇なすというのであれば!!」
「「今こそ答えてもらおう、貴様は如何にして我らを殺す? その答えを!!」」

 双子の身体は巨大な雷と竜巻に変化し、吹き荒れた。鬼や怪物狩り達をも巻き込み、雷と風はクロムウェルと百合子とファイを取り囲む。
 バチバチと爆ぜる雷がクロムウェルと百合子に直撃する。百合子は全くもって平気であったが、クロムウェルの身体は人並み外れて頑丈といっても百合子程ではない。一瞬全身が痺れ、激痛が走った。だが痛いだけなら問題ない。慣れている。
 すぐに息を整え、チラリとファイを見やる。

「ファイ、外に避難するんだ。すぐに済むから」
「……かしこまりました」

 口答えせず、静かにワープで消えるファイ。クロムウェルは静かに刀を構え。百合子は腕を組み、ただ悠然と構える。

「そもそもの前提が違うと気づいたのですよ。お師匠様」
「「なんだと?」」
「私はあなた達の言葉を受け入れ、勉学にも励みました。刀で斬れぬ相手に勝つため。殺す為。でもね。思ったんですよ。そもそも僕に『斬れないモノ』があるのがおかしいんじゃないかって。物理法則だかなんだか知らないけど、なんでそんなものに僕が縛られなくちゃならないんだって」
「ククク……」

 百合子が小さく笑う。昔と比べれば随分丸くなったものだが、その心の内の傲慢さはまだ僅かに残っている。
 だが、悪くない。清廉潔白で毒気も無く完璧な人間など、これ以上つまらないものはないのだから。

「何が斬れるか、斬れないか。それはお師匠様が決める事じゃない。ましてや神でも悪魔でもない」

 クロムウェルは刀を居合の形で構え、そして定義した。目の前の雷を『斬れるモノ』だと。

「それは俺が決める事なんですよ、お師匠様」

 放たれる斬撃。それは2人を取り囲む巨大な雷、ロレンツに直撃する。

「ガァッ……!?」

 ロレンツには何が起きたか理解する事が出来なかった。痛みによって能力は揺らぎ、雷は再び人型を成した。胸から腹に掛け、深い傷が刻まれていた。
 だが自分は雷そのものだった。雷を斬った? どうやって?
 これこそがクロムウェルの魔人能力『独断専行唯我独尊』。炎、雷、呪い、心、雲、疲労、幽霊、超固い岩、絶対に刀で斬れない盾など、刃では斬れなそうなものを『斬れるモノ』に定義する能力である。
 ただし、愛情と恋慕だけは斬る事が出来ない。

「終わりです」
「ハッ……」

 そして更に一太刀。困惑するロレンツを撫で斬れば、ロレンツの身体から血と雷が噴き出し、そのまま倒れ伏した。

「見事だ。貴様の師匠として感動すら覚えている。だがそれでも許すわけにはいかない。鬼との結婚など、決して!!」

 残るロレンツの矛先は百合子に向いた。その立ち振る舞い、兄の雷が直撃しても微動だにしなかった事から、竜巻に巻き込み地上に墜落させたとて殺せはしないだろう。
 ならば手段は1つ。海だ。この風の勢いを以て百合子を海まで吹き飛ばし、そのまま海の深くまで沈ませる。窒息死だ。

「死ぬが良い、愛弟子をたぶらかした、汚らわしき鬼がぁぁ!!」
「口が悪いのう」

 全身が巨大な竜巻と化したミレンツが百合子に迫る。しかし百合子は仁王立ちしたまま大きく身を反らすと、

「スゥゥゥウウウウウ…………」

 肺が一杯になるまで大きく息を吸い込み。

「死にさら――」
「ブゥゥゥゥゥゥゥゥッゥゥゥウウウゥゥゥウウウウッッッッ!!!!」

 そして一気に息を吐き出した。それはまさしく嵐とでも形容すべき勢いで放たれ、迫りくる竜巻をも飲み込んだ。

「そんなバカな、ガ、ウォォオオオオオオオオオオッ!?!??」

 必死の抵抗を試みるミレンツだったが、百合子の吐息の前には成すすべなく、島の外、海の向こうへどこまでも吹き飛んでいくのであった。

「終わった様ですね」

 丁度いいタイミングでワープして戻ってくるファイ。グルリと周囲を見渡した。
 鬼も怪物狩りも、今の雷と風の大混乱に巻き込まれ、その多くが吹き飛んだり焦げたりしていた。
 だがまだまだ終わりではない。鬼や怪物狩りは、一向に収まらぬ殺意と共に襲い来る。

「大分静かになってしまったね。まだプロフィール紹介位しか済んでないのに」

 頭部が豚の姿をした鬼が強酸を撒き散らしてきたが、クロムウェルはひらりとかわして腕を斬り落とし、喉を蹴り飛ばす。

「クロの師匠共のせいじゃろう。ド派手な事をやらかしおって」

 両腕がチェーンソーと化した怪物狩りが斬りかかってきたが、百合子はその刃を右手と左手でそれぞれ素手で掴み上げると握り潰し、その顔面に頭突きを放った。

「昔からああいうド派手な技が好きだったからね。巻き込まれるのは巻き込まれた側が弱いのが悪い、貴様は強者の側に立ち続けろと繰り返し言ってたよ……ところで、百合子。未だに刺客を放ってきてる君の叔父さんは? いわば彼が僕たちの仲人だろう? お礼の1つ位言っておかないと」

 全身から毒ガスを噴出する獣型の鬼が飛び込んできたが、クロムウェルは毒ガスを斬れるモノと定義し全てを斬り払い、峰打ちでその腹を打ち付け海まで吹っ飛ばした。

「んあ? あー……ほれ、最初に斬りかかって来た赤鬼がいたじゃろう。デコピンでぶっ飛ばした。あれじゃ」

 翼を生やした怪物狩りが上空から銃を撃ってきた。放たれた弾丸は精確に百合子の右目に直撃したが、目も頑丈なので特に問題なかった。その辺に立っていた鬼の首を掴み上げてぶん投げると、空を舞っていた狩人狩りに激突、墜落していった。

「叔父さん、そんな強くないんだね……」

 眼鏡をかけた貧弱そうな鬼がクロムウェルと自身を巻き込み結界を張る。どうやらこの結界の壁はあらゆる攻撃を受け付けず、またその中にいる者は他者に如何なる傷も付けられないらしい。
 そして結界内で自動で出現するクイズに正答したものに数秒間攻撃のチャンスが与えられ――という説明の段階で面倒くさくなったので、結界を斬れるモノに定義して斬り壊し、理不尽だと喚く鬼も叩き斬った。

「それでわらわの両親とわらわに嫉妬しておるのじゃ。何百年も。人間よりも余程人間らしいと言えるがのぅ。身体の頑丈さと何度負けても諦めない根性だけは見上げたものじゃが……」

 百合子の昔の女友達が襲ってきた。なんでそんな人間と一緒になるの、どうしてどうして許さない許さないと言い。友達は『右手で頬にビンタした相手を自分の奴隷にする』能力を使わんと手を振り上げる。
 事前に能力を知らされていたクロムウェルが容赦なくその右腕を斬り落とすと、百合子が友達の右頬にこれまた容赦ない強烈なビンタをかまし、友達は吹っ飛んでいった。

「いやあしかし、楽しいのう!! わらわが『まあまあ』の力を出せる相手などそうそういないからのう! 同胞共が頑丈なのは知っておったが、お主の親戚も中々ではないか?」
「アッハッハ! なら良かったよ! まあ百合子が本気を出せば、この島を沈める事も容易いだろうけどね!」
「それは確かにそうじゃのう!!」
「「アッハハハハハハ!!」」

 2人は笑い、舞い、殴って斬って蹴って殴って殴って斬って斬って――とにかく暴れまわった。ライスシャワーは降っていなかったが、血の雨は降りまくっていた。

 2人の恋、2人の愛。それを断ち切ろうというのなら、我らは鬼でも悪魔でも神でもねじ伏せて見せよう。
 我らの力を見せつけてやろう。我らの愛を見せつけてやろう。
 我らの魂は既に2つで1つ。例え最初は殺し殺される関係であったとしても、そこに生まれた愛の前には関係がない。
 我らの愛に仇なすものよ、ひれ伏すがいい。我らの愛を理解できぬものよ、受け入れよ。
 我らの愛に、敵うものなどありはしない。

「「我らの愛に敵うと思うのであれば、進み出るが良い!! 我らの愛は炎の如く激しく燃え上がり続け、決して消すことは叶わぬと知れ!!」」
「「「「「ウォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」

 僕らは全てを捻じ伏せた。理解されなくとも、僕らの愛を示したかった。
 最早瓦礫と化した式場、積み重なった鬼と怪物狩り達の前に僕達は立つ。
 そして幸せなキスをしたって訳さ。

●そして現在。元『呪いの殺戮人形が潜む呪われた洋館』にて

「…………という超長い夢を見たのさ!! いやぁ随分と懐かしいなぁ!!」
「ホントじゃのう!! 思えばアレからもう随分経つ……お、この写真はお主の師匠共ではないか? ホントそっくりじゃのう」

 素晴らしい夢と共にスッキリと目覚めた僕は、さっそくファイに頼んでアルバムを持ってきて貰っていた。
 あの激闘の最中、記念写真を撮りまくっていたというのだから、ファイは本当に優秀だなぁ。

「あの時は本当楽しかったのぅ……というかわらわ達夫婦、やはり100年経ってもやっぱり見た目がかわらんのう」
「そんな事ないさ、僕だけには分かる! 百合子は毎年、いや毎月、毎日毎秒ごとに美しくなっているよ!! 愛してる!! 好き!!」
「わらわも愛しておるぞ、クロ!! 好き!!」

 僕と百合子は激しく抱きしめあい、情熱的なキスをした。すかさずファイがカメラを取り出し激写する。

「もうちょっと情熱的に。舌を絡めて!! 目を細めて色っぽく!! そう、その感じでございます!!」

 ファイの熱心な指導を受けて更に激しくキスをする僕たち。鳴りやまぬシャッター音。最近は写真が増えすぎて、保管用の部屋を増設しなければならなくなったくらいだ。
 あと、僕たち家族は大体いつもこんなテンションだ。
 結構長い間口づけを交わしていた僕たちはようやく離れ、また写真を見始める。

「ええと、あれから具体的にどれ位経ったんだっけ?」
「そうじゃのう……クロとわらわが出会ったのが150年前位じゃろ? んで、その後長い交際期間を経て50年後位に結婚式を執り行ったから……100年前位かのう」
「正しくは99年と数か月前でございますね」

 そうか、という事はもうすぐ結婚100周年……。

「あぁああああああッ!!!!」
「うぉっ、なんじゃクロ、急に奇声を上げて。わらわの美貌にヤラレてついに気が狂ったか?」
「それは間違いないんだけどそうじゃない、僕はなんて大事な事を忘れてたんだ!! 誰か僕をビンタしてくれ!!」
「フンッ!!!!」

 百合子が躊躇なくビンタをかまし、僕は吹っ飛んだ。壁に叩きつけられる直前、ワープしたファイが僕の身体を受け止める。

「ありがとう」
「いえ、壁が壊れてはいけないと思いまして」
「あ、そう……」

 ファイが僕の身体を起こし、僕はどうにか立ち上がる。

「そうだ、忘れていた……僕たちもうすぐ結婚100周年じゃないか!! はっきり言って僕は何の準備もしていない!! 盛大に祝わないといけないのに!! 何をやっているんだ僕は!!」
「ま、まぁまぁ落ち着くのじゃクロよ。正直わらわも忘れておった。誰もお主を責めたりせんよ」
「まあ私は覚えていましたけどね」
「うわぁああああああああ!!」

 ファイの一言に僕は自責の念に駆られて窓へ走った。誰も引き止めなかったのでそのまま屋敷の三階から飛び降りて顔面から地上に墜落したが、ちょっと痛いだけで特に問題なかった。
 スタスタと僕は屋敷に戻って三階まで昇った。

「ただいま」
「おかえりー」

 戻ってみるとファイが焼きたてのお菓子と紅茶を用意していた。僕は静かに紅茶を啜った。美味い。

「で、なんじゃったっけ」
「結婚100周年記念日だよ!! どうしよう百合子、何か欲しい物とかないかい!? 人の首とかじゃなければ今すぐに取りに行ってくるよ!!」
「ええと……じゃああれじゃの。わらわの部屋に飾るのに丁度いい絵画とかを……」
「買ってまいりました」

 一瞬でフランスまでワープしたファイがいい感じの絵画を買ってきた。

「じゃあわらわの髪をとかすのに相応しいエキゾチックな櫛を……」
「買ってまいりました」

 一瞬で京都までワープしたファイが櫛を買ってきた。なんだかとてもエキゾチックだった。

「幻の鳥取砂丘ダンジョンの奥深く、ブラックドラゴンが護りし宝物庫に眠るという蒼い宝石を……」
「盗ってまいりました」

 一瞬で幻の鳥取砂丘ダンジョンの宝物庫にワープしたファイが蒼い宝石をがめてきた。

「月の石を……」
「掘って参りました」

 一瞬で月までワープしたファイが月を削って来た。空気が必要ない身体で良かった。

「勝てないよ百合子!! 僕の速度じゃ断然ファイに勝てないよ!! 泣きそうだよ!!」
「まぁまぁまぁまぁ落ち着くのじゃ。今考える……あとこの宝石はドラゴンがかわいそうじゃから謝って返して参れ」
「かしこまりました」

 ファイがヒュンとワープで掻き消えると、百合子は顎に手を添え考える。眉を寄せ考え込んでいる姿も可愛い。好き。

「そうじゃのう…………あっ」

 その時、百合子の視線が先ほどまで見ていた写真に向けられ、止まった。僕もそちらに視線を向ける。

「あぁ、でもさすがに難しいかのう……」
「なんだい百合子、思いついたなら何でも言ってみて!! なんであろうと命と魂を燃やして頑張るよ!!」
「結婚式」
「え?」
「いや、あの時の結婚式。ほんっと、楽しかったと思ってのう……」
「そうだね。僕も百合子も随分はっちゃけてたっていうか……」
「じゃろう? じゃから……」

 僕と百合子の視線が合う。

「もう一度開くというのはどうじゃ? 結婚式」
「え、えぇええええ? ど、え? それはどういう意味だい?」
「いや、勿論今でもわらわ達はスーパーラブラブ最強夫婦じゃよ? でもよく考えればあの頃の人間の知り合いはとうに死んでおるし、今一度我らの愛を示しても良い気がしてのぅ」
「なるほど?」

 確かにそうだ。僕たちの数少ない普通の人間の知り合いは全員亡くなった。生きているのは無理やり結婚を認めさせた鬼と怪物狩りのみんなだけど……。

「流石に次はもう彼らも来ないんじゃないかな? 僕たちにボコボコにされたのがトラウマになってる鬼も結構居るんだろう? 僕の親戚もそうだし……まぁ怪物狩りって存在自体既にほとんど廃れてるんだけど……」
「それはわらわもそう思う。わらわを奴隷にしようとしたアホは、あれから『結婚式』という単語を聞く度に泡を吹いて失神する体質になってしもうたらしいしの」
「大変だなあ……でも、じゃあ誰を呼ぶの? 時間もそこまで無いし、今から友達を作りまくるのも無理が……それに百合子は要するに、『あの時』みたいな結婚式がやりたいんだろう? 勿論ほんとにやるなら僕も全力で準備するけど」 
「やはり厳しいかのう……こう、バッタバッタと来賓の皆様を蹴散らすあの快感は、もう得られぬのかのぅ……」
「なるほど。お話は全て聞かせて頂きました」
「え、どうやって?」

 いつの間にか僕たちの背後にワープしていたファイ。そんなファイが、ガラガラと台車に乗せられたモニターを何処からか引っ張ってきた。

「そんな事もあろうかと。わたくし、完璧な計画を持って参りました」
「おお、流石じゃのう」
「ファイは優秀だなあ」

 ピッとファイがモニターを点ける。そこに映し出されたのは、とあるニュース番組だった。
 都内で開かれる、イグニッション・ユニオンという闘技大会についての説明が行われていた。

「最強の2人を決める大会……賞金は5億円……」
「それで、これがどうしたというのじゃ、ファイ? わらわ達の結婚式に関係がある様には思えんが……別に5億円いらんし……あ、でも鏡の世界というのは良いのう! 数百年ぶりに環境破壊を気にせず本気を出せるかもしれん!」
「……それでは、この大会の存在を踏まえた上で説明させて頂きましょう。題して、『【我ら夫婦こそ超最強】ドキドキ☆チャンピオン百合子とチャンピオンクロムウェルのチャンピオン防衛戦大結婚式【やれるもんならやってみろ】』大作戦でございます!」
「おー」
「相変わらずファイのネーミングセンスは素敵だなあ」

 パチパチと拍手する僕たち夫婦を前に、ファイはあらかじめ用意していた計画案をモニターに映し出す。

「さて。今回旦那様と奥様が行いたい結婚式。それはすなわち、血沸き肉躍る暴力の渦を伴うものだという事であっているでしょうか」
「あっておるぞ」
「あれはほんと暴力的だったよね」
「が、そこで障害となるのが、『旦那様と奥様まともな友達少なすぎる問題』です。友達が居なければ基本誰も来ませんし、前回みたいに誰からも祝福されない事態に陥ってしまいます。それに一定の実力を持ったご友人となると、皆無と言っていいでしょう。しかも仮に実力を持つご友人がいたとして、お二方とバトる理由もない、と」
「こんなに長い間生きてるのにのう」
「僕たち基本引きこもり体質だからねえ」

 しかもこの屋敷は森の奥深くに建っている。積極的に外に行かなければ友達など出来る訳もないだろう。

「そこで、です。旦那様と奥様には先程の大会に出場していただきたいのです。枠は、まあ、たぶんどうにかなるのではないでしょうか」
「なんでそうなるのじゃ? まあ確かに楽しそうな大会ではあったが、結婚式とは関係が……」
「いや、待つんだ百合子。段々読めてきた。確かこの大会は、全国に大々的に放送されると言っていた。つまり多くの人の目に触れ、優勝した暁には多くの人が僕たちを『最強夫婦』だと認める」
「その通りでございます。そしてその上で、2人は二度目の結婚式を開くと大々的に宣伝するのです。勝ち進んでいく中で運営に提案すれば、そのままテレビで告知できるかもしれません。一般向けに開放するのであれば、この時点で多くの来賓が見込めます」
「おー……なんか思ったよりちゃんとした作戦じゃのう」
「前の結婚式は結構適当だったもんね。会場を一瞬で組み上げたり、大砲の照準を合わせたりするのは完璧だったけど。あとは流れで全員ぶちのめす、って感じだったよね」

 コホン、と軽くファイが咳払いする。人形も咳って出来るんだなあ。

「そして更にこの結婚式を、『チャンピオン防衛戦結婚式』と銘打ちます。つまり、『我々を倒せば最強の称号をくれてやる』と言うわけです。するとどうなるでしょう?」
「最強の名を欲するアホ共がこの結婚式に来るじゃろうの。大会参加者含め。なるほど、最初からバトる心持ちの来賓の方々であれば、気兼ねなくぶん殴れる、と」
「しかもそれだけじゃない。大会に参加するなら、参加者たちと深く親交を交わす事も出来るかもしれない。戦う中で。僕と百合子がそうだった様に!」

 つまり、結婚式の来賓と友達を同時に大量獲得出来る作戦というわけか。なるほど!

「如何でしょうか、旦那様、奥様。この作戦。我ながらパーフェクトだと思うのですが。既にコンビ名も考えてあります」
「いや、実に素晴らしいぞファイ。褒めて遣わす。頭をナデナデしてやろう」
「ファイは完璧なメイドだなあ!!」

 僕と百合子とファイはガシッと抱き合い、固い絆を確かめ合った。

「さ、となると早速準備に取り掛かろう!! 結婚式の会場と日にちを決めて、大々的に宣伝するならパンフレットも作らないと! 大会参加者に配って回ろう!!」
「いやあ、今回はどんな連中と戦えるかのう! 想像したら思わず涎が出てしまったのじゃ……」
「おやおや、気が早いですよ奥様。まずは優勝しないと話が始まりませんよ?」
「アッハッハ!! 何を言っているんだいファイ。僕たちは天下無双の最強ラブラブパーフェクト夫婦だよ? どんな敵だろうと僕が切り伏せ、」
「そしてわらわがひねりつぶしてくれよう!! わらわ達の愛に! 何処までも燃え上がる愛に!! 勝てるものなど居りはせぬわ!!」
「確かに、言われてみればそうでございましたね!!」
「「「アッハッハッハッハッハァ!!」」」

 屋敷に高笑いが響いていた。珍しくファイも高笑いしていた。
 僕たちの二度目の結婚式まで、あと少し。
最終更新:2021年04月25日 13:43