二人の出会いは今から5年前に遡る。


とある山奥にある魔人研究所の査察……を名目にした強行突入(カチコミ)。

表での陽動を行っている間に、別方面から侵入し、研究を止める。これが今回糸霧に与えられた指令である。

「とはいえ、まぁそううまくは行かないか」

遮蔽物のない廊下で警備員二人との遭遇。

「何者だ!」

二人とも拳銃を構える。と同時にそこから灰色の糸が伸びる。糸霧にしか視えない不運の糸である。

「この施設の見学を、ちょっとな。良ければ研究成果を見せてもらえるかい?」

フレンドリーに答えながら腰の鞘から剣を引き抜き、糸を断つ。

同時に発砲音が聞こえるも直後にバチン、と破裂音がし、あらぬ方向に着弾する。

これこそが糸霧の魔人能力、運命の糸切り鋏(シザーズ・オブ・モイライ)である。

近い将来起きうる被害の発生を糸として視認し、それを断つことで物理法則を無視し、逸らす事ができる能力である。

「おうおう、どこ狙ってんだ?」

左手に短剣を握りつつ笑顔を崩さず歩み寄る。視えた糸は剣を振るって断ち切る。それだけで放たれる弾は次々と逸れていく。

「銃が効かないなら……白兵戦だ! おい、相棒、プランBの通達だ!」

「ラジャー!」

警備員の片方が一気に詰め寄り、もう片方は奥へ遁走する。

詰め寄る方の警備員から数歩先んじて糸が伸びる。糸霧はそれを断ち切るが当然その隙を突いて警備員が飛び込むが……。

「隙あり、もらっ……ぐっ!?」

見えない壁にぶつかったかのように弾かれ、たたらを踏む。

糸霧はそこを逃すこと無く体当りし、床に叩き伏せる。

「まぁ恨みはないが……しばらく寝ててもらおうか」

失神したことを確認すると手足を縛り、手近な部屋に放り込む。

「逃げられたほうだが……間違いなく増援が来るだろうし、この先はちょっと気合い入れてかからないとマズいかもな」

と糸霧が気合を入れ直した矢先、事態は想定以上の急変を告げた。

先程までの晴天が一転、にわかにかき曇る。窓の外を見れば激しい雨が降り注ぎ、尋常ならざる頻度で雷が落ちる。

それと同時に研究所の至るところが崩れ始めた。明らかにおかしい。

「全く、どうなってんだ……?」

しかも、糸霧の目に映るのはそれだけではなかった。

先程の異変から程なく、廊下の至るところに様々な太さの運命の糸が蜘蛛の巣のごとく張り巡らされていた。

「何が起こっている……? これが連中のプランBってやつか?」

何も知らぬ者が通れば「不運にも」天井が崩れて下敷きになったり、コンクリ片が脳天に直撃したり、空いた天井から落雷の洗礼を受けたりする事だろう。

「そもそも普通はどっかから伸びてくるもんであって前もって張り巡らされるなんてなぁ……」

と言ってるそばから通路から伸びてくる糸を切り飛ばす。遅れて飛んできた瓦礫が虚空で弾かれる。

「それとも研究されてた魔人のチカラか? 不運を操るなんざ回りくどい……いや俺みたいに視えてるんじゃなきゃクソ厄介か?」

ぶつぶつ独りごちながら糸の発生源をたどるように奥へ奥へと進んでいく。

たどり着くは奥まったところにある研究室の一つ。

部屋は嵐が過ぎ去ったかの如く荒れ果てており、奥には四肢を巨大な万力らしき装置で固定された少女がいた。

そして、糸霧の目にはそれ以外のものも視えていた。

部屋の至る所に張り巡らされた不運の糸で編まれた網、そしてその出処は……少女の頭頂部。そこには七つ葉のシロツメクサが植わっていた。

「あな……たは……?」

少女は侵入者に目を向けると、かすれた声で問いかけた。

「この研究所がメチャクチャなことになった黒幕を探してるんだが、嬢ちゃんはなんか知ってるかい?」

軽い口調で問いかけるが、答えは聞くまでもない。明らかにこの少女がこの騒動の元凶であることは火を見るより明らか。

返答代わりに彼女の頭から伸びてきた不運の糸を斬り落とす。崩れた天井から落ちてきた瓦礫が虚空で弾かれ壁にぶつかり砕け散る。

「逃げ……て……」

「そういうわけにもいかんのだよな。こういう騒動止めるために雇われてんだから」

剣を振り回し不運の網を薙ぎ払いつつ少女に近づく。

「あたしを……殺す気……?」

「必要とあらばな」

と、反射的に答えたところでふと気づく。彼女にとって今の自分は傍目刃物を振り回しながら近づく危険人物じゃないか、と。

身をすくめた(といっても固定されてほとんど動けないが)少女の頭頂部から糸が射出される。

素早く切断すると鉄柱が窓から飛び込むも、糸霧から逸れてあらぬ方向へ突き刺さった。

「なんで……来るの……なんで……いや……やだ……助けて……」

仕事だからだ、と返しつつ、なおも歩みを進める。網を引き裂き、飛んでくる糸を断ちつつ、一歩一歩着実に。

少女の顔は涙でぐしょぐしょで、それでいて自分が何も出来ないことが辛いという表情を浮かべていた。

「なぁに、心配するな。ほんの一瞬だ。大人しくしてな」

ついに少女と腕一本の距離まで迫る。手首を翻し、未だ生え続ける糸を裂き続ける。

(まぁ頭かち割ればそれで済むんだろうが……)

不運の糸の波が途切れた刹那、糸霧は頭頂部の白詰草を削ぎ落とすように剣を突き出した!


「ひっ……!」

ガツッ、と剣先が壁に当たる音。それは同時にこの騒動の終わりを告げる合図でもあった。

程なくして嵐は過ぎ去り、雨は止み、晴れたことが外の様子から察することが出来た。

「ま、なんとかなったな。お嬢ちゃん、なんとも無いか?」

ゆっくりと剣を引き、鞘に収めながら少女に問う。

「は、はい、あ、あの、あたし……」

「大体なんでこんな雑な固定方法なんだ。痛いだけだろ」

少女の返事を聞いているのか聞いてないのか、独りごちながら万力を緩める。

四肢の拘束を解くと、少女はくたりと床に寝転んだ。糸霧もつられて座り込む。

少女はしばらくぐすぐすと泣いていたが、しばらくすると落ち着いたのかポツリとつぶやいた。

「どうして……?」

「どうして、って……お前を殺さなかったことか?」

「うん……」

「そりゃ簡単なこった。その必要がなかったからだよ」

そう言って糸霧は腰を上げる。

「んじゃ、そろそろ外に出っか。起きれるか?」

「ちょっと、無理かも……」

「じゃ、背中乗りな。嬢ちゃん一人背負うぐらいどうってこたぁない」

よっと、という掛け声とともに少女を持ち上げ、おんぶの姿勢に持ち込む。

「ありがと……あの、お名前は……」

「糸霧。糸霧 竜也だ。そういや嬢ちゃんの名前を聞いてなかったな?」

「白詰 ゆき、っていいます……」

「そうか。ゆきちゃん、しっかり掴まってろよ」

「はい……!」


外に連れ出してからは色々と大変だった。

捕らえられた研究員たちの話や、研究所に残っていた資料(大半は損壊してたり瓦礫に埋まったりしていたが)から、ゆきこそが研究されていた魔人だと判明した。

正確には、特殊な草を植え付けることで魔人能力を外付けされたというべきか。

そのチカラは、肉体的精神的問わず、彼女に害為すものに「偶然にも」不運なことが起こるというもの。

また、近くの者も巻き込むため、暴走させると今回のように広範囲に被害を巻き起こすという。

どうも査察とカチコミで詰んだと判断されたらしく、彼女に苦痛を与えながら固定することで死なばもろともとばかり研究所ごと隠滅しようということだったらしい。

ゆきの故郷については調査の結果、ダム工事の名目で既に無くなっていたという。

両親他住民は一人残らず行方不明。おそらく消されたのだろう。

この話をゆきに伝えた時、しばらく葉っぱの増殖が止まらず、切り落としたクローバーで床が埋め尽くされることになった。

そんなこんなでゆきは糸霧の家に住まうことになった。


それから5年……。


『……続きまして都内で開催される闘技大会イグニッション・ユニオンについてです、総合エンターティメント配信サービス会社C3ステーションの……』

ある日のこと、二人が朝食をとってるときに流れてきたニュース。闘技大会イグニッション・ユニオン。

「闘技大会?」

「あぁ、たまにあるな。魔人能力者とかをかき集めて生死を賭けて己の願いのために競い合うというのはよくある話だ」

「初耳です」

そう言いながらスマホを操作するゆき。

「……優勝者には賞金5億円だそうです」

「あー? 命を賭けるにしてはやたら安いな。リソースでも尽きたか?」

「あと、周辺環境や出場者の安全は保証されてるそうです。ほらここ」

ひょいとスマホの画面を覗き込む糸霧。

「ふーむ……5億円……特段ペナルティも大きくない……」

糸霧は考える。今まで仕事は巧いことこなしてはいるが、いつ死ぬかどうかもわからない崖っぷちの人生。

貯金はゆきと暮らしても余裕なくらいにはあるが、万一自分になにかあったらコトである。

幸い、仕事も一区切りついたし、参加して一儲けするのも悪くない。後は誰と組むかだが……。

「竜也さん、出ましょう!」

ゆきの一声に思考が中断される。

「まぁ出るのもありかと考えてたが……二人での参戦だろう?」

「私と出ましょう!」

「えっ」

ゆきの提案にさすがの糸霧も面食らう。

「竜也さんに助けられてから今までお世話になりっぱなしですし……ここでひとつ、恩を返さねばと思うのです」

「そんな気にしなくてもいいだろうに」

「あと夏休みですし、一緒に参加するのも悪くはないかな、なんて。私のチカラはご存知でしょう?」

確かに、出会ったときの力はとんでもないものであった。周囲の環境を一変させ、理不尽が襲い来る様は糸霧の能力なければ対処困難だったろう。

「だが、そのためにお前を痛めつけるのはなぁ……」

「大丈夫です。ある程度制御できるようになりましたから。見てください」

そう言って手を組み目を瞑るゆき。程なくして涙を流し始め、頭頂部に生えている茎から次々と葉っぱが生えだす。

外もにわかに暗くなる。このまま続いたらどうなるかは火を見るより明らか。いや、もっと酷いことになるかもしれない。

「ちょ、待っ、ストップ、ストップ!!」

慌てて止めに入る糸霧。

「ふふっ、この通りです」

涙を拭い微笑むゆき。

「私があなたに勝利をもたらす幸せのクローバーになります。あなたの剣であらゆる不運を切り払い、二人で幸せになりましょう?」

ぎゅ、と腕を絡めて糸霧に抱きつくゆき。

「あ、あぁ、わかった。本気なんだな……?」

「はい。不束者ですがよろしくおねがいします」


こうして不運を切り払う男と不運を機織る少女の最強コンビが結成されたのであった。


「ところで、さっきのアレは……どうやったんだ? いや、何を考えてた、というべきか?」

「ふふ、内緒です」

「そうか。ならこれ以上は問うまい」

(あなたが私を見捨ててどっか行っちゃうところ、なんて言えないもんね)
最終更新:2021年04月25日 13:22