蒸し暑い部屋の中で、俺はうんざりしていた。目の前の男が、それはもう退屈な話ばかりするからだ。
「そうやって私は、ゴミ捨て場の残飯を漁って日々を食い繋いでいました。
人とコンドームの間に産まれた忌み子として産まれた私に、あの小さな村の中で、頼れる者などおりません。
家族…は勿論、警察も、神父さえも。」
小さなパイプ椅子にでかい尻を押し込めて、むさ苦しい大男が流暢に話している。顔だけ露出した全身タイツのような肌に、陰茎めいた形状の頭部。ブーメランパンツのみを着た変人。
今話しているのは彼――ディック・ロングの、辛気臭い身の上話だ。何度も聞いた話だが、随分と語り慣れてきた。
「純粋な人間たちに捕まっていじめられたり、好奇の目にさらされた事もありました。
しかし、誰に話しかけても返事さえよこしてくれない、私という存在を全く認めてもらえなかったこの時期こそ、
生涯で一番つらい時期だったのかもしれません。」
周囲の人影から嗚咽が漏れる。小さく鼻をすする音も。
円座に並ぶ無数の足を、俺はひたすらに眺めていた。
「ですが、今の私は幸せです。こうやって多くの仲間と巡り合い、語り合い、そして認め合えるのだから。
…「ハーフ&ハーフ」日本支部結成を、ここに祝いましょう!」
一斉に拍手が始まる。蛍光灯で照らされた無数の影がうごめくと、俺も形ばかりに手を鳴らした。
ここはアメリカに本部を置く秘密結社、ハーフ&ハーフの日本支部だ。
結社、と言っても秘密の地下施設とかそういった類ではなく、都内にある安めのボロいビルの一室を借りただけ。
年季の入ったクーラーが今朝から調子を崩しているらしく、この場に居る誰もが額に玉のような汗を浮かべている。
だが、暑さに不満を漏らす者はいなかった。代わりに誰からともなく口にするのは、長年溜め込んでいた己が宿命に対する鬱憤である。
「無視って辛いですよねぇ。僕も、ジャングルでも都会でも無視されてて…うぅ~!」
虎の毛皮を被ったような見た目の虎吉くんが、涙をぼろぼろと溢しながら呟いた。
そんな彼の肩を、半魚人みたいな鮎川さんがばしばしと叩く。
「いやホント、うん。でも儂はまぁ、猫の視線の方が怖かったがね!」
「ははぁ、つまりどうか自分を食べないで下さい、と。そういう事かね?」
半人半推理小説のワー探偵、シャーロットさんが茶々を入れる。虎吉くんが食べないですよぉ!と慌てて叫んだところで、一同に笑いが起きた。
ここに居るのは全員が、半人と呼ばれる存在だ。人間と、そうではない何かの間に産まれた子供たち。
宗教的ないし生理的嫌悪感を理由に迫害される事が多く、こうやって自ら徒党を組んで自己防衛しているのだ。
それ事態は別に悪くない、むしろ俺も世話になっている。しかし、今日この日は、半人しかいないこの空間に嫌気がさしていた。
俺は静かに体を後ろへ滑らせると、壁際の会議机に並べてあった菓子を手に取る。そのままトロトロと、倒れないように気を付けつつ自分の席まで戻った。俺の場所には、パイプ椅子など置いていない。
その動きに気付いたディックが、横目で合図を送る。それを無視する事も出来ず、俺は右手の菓子袋を掲げて軽く振ってみせた。
「少し休憩にしましょうか。後ろの机に菓子とジュースがありますからご自由に。”計画”については後ほど、役割分担をしたいと思います。…あぁそこ!扇風機のコードがありますから、足元に気を付けて下さい。」
俺は、腰から下を見る。そこから後方に向けて伸びる「部位」に思いを巡らせる。
そこには、どうみても人間ではない、大型バイク状の下半身が存在しているハズだった。
「リンジ!」
夕刻、駐車場から出ようとした俺を、ディックが呼び止める。大柄かつ卑猥なシルエットが、のしのしと鷹揚に近づく。
「よぉ、どうしたんだ今日は。クソ踏んだみてぇな顔してよ、何かあったのか?」
先程とは打って変わって、普段通りの口調だった。正直、こちらの方が個人的な好感度は高い。
「別に、何でもねっス。」
「何でもってこたぁないだろうよ、あからさまにむくれやがって…例の子か?」
無反応。だが、ディック相手には悪手だった。
「はは、当たりか。そんなにいいもんかねぇ人間なんてよ。」
「あの子は、そういうんじゃねぇっスから。」
「そうかい、まぁ俺は信じ切れないがね。」
俺の座席を軽く叩く感触。
「乗せてけよ。ついでにうちで夕飯食っていけ、今日は夏野菜カレーだぞ。」
「あざっス。」
俺が半人半車のカータウロスとしてこの世に生を受けてから十七年、座席に乗せたのはディックだけだった。
信頼出来ない奴を自分の真後ろに乗せて、ハンドルを掴まれる…って感覚は、普通の人間に想像出来るものだろうか?
昔はそれで良かった。ディックとは歳が離れているが、彼と仲間たちを連れてツーリングに出かけるのは最高に楽しい。
ただ…
目に浮かぶ、人間の女性が居る。
大山 野摘は、幼馴染と言っても良い。俺がグレて家を飛び出した後も、心配こそすれ態度を変えない唯一の人間。
彼女は高校の水泳部で、大会出場を目指して頑張っている。まだ夏の初めだというのに、その肌はすっかり日に焼けていた。
俺は仕事の終わりに、彼女は部活の帰りに。家路に着く途中で、よく話をする。
『輪二くん、リアブレーキに糸くず付いてるよ。』
『ほら、寝る前に燃料タンクを磨かないと!』
『その鼻血どうしたの?それにフロントクッションも傷だらけだし、まさか!』
『はい、これ手作りのマフラー。何よ、今日は誕生日でしょう?あなたの排気筒にぴったりだと思うんだけど…どうかな…?』
…殆どお節介ばかりかけられているような気がするけれど。他の人間のように差別しないし、半人仲間のように泣き言ばかりでもない。
彼女との短いひと時は、確かに心安らぐのだ。
『うちもお父さん二人に私一人だからさぁ、フクザツな家庭のジジョーってやつ、分かるよ。』
『あたしは、輪二くんの下半身、とっても素敵だと思うな!』
思い返してみれば、彼女は善良な人間だ。
ディックと出会うまで周囲を拒絶していた俺は、その平等な一面に気付くのが随分と遅れてしまった。
……彼女を、後ろに乗せてみたい。
半人ではなく、純粋な人間である彼女を。
「それで、まぁちょっと彼女を誘おうかなーって!思ってただけなんスよ!」
「羨ましいなぁおい!それよぉ、完ッ全にお前に気があるってよぉ!」
「世話焼きなだけっスよ。」
恋愛に関するディックの言葉は妄言以下だ。小学生の時に信じて痛い目を見ている。
羨ましい、羨ましいと叫ぶ男の醜さたるや!首都高速を法定速度ギリギリで突っ走るその風圧で、彼の声が後ろに流されていくのは救いだった。
「かーっ、流石モテる男は違うねぇ。ヤリチンかてめぇ、人間なんぞに現を抜かしてんじゃねぇぞタコが」
「モテてねぇし、ヤった事もねぇし!」
「け、恋してますって顔しやがって。」
気持ち悪い事を口走る。明らかな嫉妬を振りまく彼に、普段の知性は感じられない。
ただ、女に現を抜かしているという点だけは、当たっているのかもしれない。
「人間は気に食わねぇけどよ、それで俺がどうこう言うべきじゃねぇとも思う。でもよ」
そんな俺の心に釘を刺すように、ディックは辛辣に言い放つ。
「それで、お前が人間になれる訳じゃねぇぞ?忘れるなよ、俺たちは半人だ。」
「…。」
「審査に合格した。運営に渡した賄賂も有効だ—―出るぞ、イグニッション。そして”ラブ・チャイルド計画”を始めよう。」
「ウス。分かってます。」
「ならいい。子供みたいな幻想を抱くなよ、腹をくくれリンジ、」
ディックが、俺のハンドルを握った。ほぼ同時にフルスロットルで加速する。
「これが俺たちの現実だ!」
直後、真後ろから複数の破裂音が響く。俺は胸元から折り畳み式の手鏡を取り出すと、後方の様子を一瞬だけ確認した。
――接近するのは黒塗りの車両が一台のみ。他の走行車両は見当たらない。
即座に視線を前に戻す。次のインターチェンジは、まだ数キロ先だ。
俺は体を左右に揺らし、大きく蛇行運転を開始する。小刻みに、時々テンポを変えながら。先の破裂音が発砲音だとしたら、ソレを喰らうのは俺の尻かディックの背中だ。
それだけは避けなければならない。
「野郎ども、横づけした方が当て易いだろうによ…多分ばれているな。」
百キロ超えの速度を一旦落として敵対車両へ接近しようとしたが、相手にもまた減速されてしまう。敵の前方から逃げられない。
ディックの魔人能力『パンク・スタイル』ならば、体当たりと同時に敵は車両ごとオシャカだ。だがそれが出来ない以上、高速走行中の彼の動きはむしろ制限されている。
高速道路の塀を乗り越えて逃げる…という手も考えたが、この周辺の高低差を考えると無事では済まないだろう。
仕方ない、再び速度を上げていく。
「このまま逃げるぞ。名付けて”早漏作戦”だ!」
ディックが高らかに叫んだその瞬間、俺は肌をちりちりと焼くような、熱い感触を覚える。
同時に、自分の体がどうしようもなくゆっくりと動いている事に気付いた。
(…これは!俺の!)
目まぐるしく景色の変わる高速走行から一転、世界中の動きがスローモーションのように遅くなる。
危機的状況を本能で察した時に自動発動する、俺の魔人能力――『俺たちに明日はない』その効力だ。
この能力が発動したならば、悠長に悩む時間は皆無である。
(敵車両からの銃撃!?いや、これだ、この”ちりちり”した感覚だ、これが発動の原因か!?
これは熱…いや、痛み…やすりで擦るような痛みだ、不味いぞ、このまま直進してはいけない!)
急ブレーキをかける。慣性で突き進む俺の全身を、やすり掛けするような感覚が襲う。
やがて速度に負けて体勢を崩した俺は、なるべくディックと地面の間に挟まるように転倒しようと試みた。
接地の瞬間に能力が解除されたのか、突如時間が加速する。俺は吹っ飛び、コンクリートの路面にキスをした。背中にディックの気配はない。
しばらく茫然とした後、徐々に激痛を理解し始めた。指一本も動かせない、そんな俺の近くに誰かが寄ってくる。
随分と軽い足音だ…ディックではない。
「きょっきょっきょ~、くたばったかしらねぇ~?」
「…ん。(うん)」
「ふん、つまらん。我ら”三本柱の男たち”をもってしてかかれば、こんなにも容易く終わるのか。」
必死に目線を横にずらすと、そこには刈り上げた髪からスーツまでを七色に染め上げたオカマと、力士風の髷を結った典型的なオタクっぽい服装の巨漢と、ゴスロリファッションの中二病らしい黒人男が居た。
あまりの視覚的情報量に吐き気がする。
銃口を掲げた三人の男たちは、魔人の性なのか、長々とこれまでの経緯について説明をしてくれる。
「きょきょ、アタクシの魔人能力『仲間引き』で周囲からピープルを払っちゃって?」
「…う。(空気抵抗を増加し高速移動する者に大ダメージを与える拙僧の『怠慢勝負』を仕掛けまして候)」
「ふん。そして我の『敗北市場主義』により、「一般道路へ逃げる」という貴様らの勝利条件、その一つを因果的に封じさせて貰った。
どこまで走ったところで、結局逃げる事は出来なかったのだよ。」
だが、俺の耳にその言葉はあまり残らなかった。……ディック、ディックが居ない。
「きょ!依頼人から聞いた時はしつこくてタフなイイ男、だったけど。結構早くイったわねェ。それとも尻尾巻いて逃げたのかしらん?」
「…お。(姉上、敵とはいえ愚弄するのはよろしくありませんぞ)」
「後は勝利の黙示録を引くだけか。ふん、姉よ。この手柄、貴様に譲ってやろう。別に撃ち殺すのが怖い訳ではないぞ。」
オカマの銃口が、ぴたりと俺を狙う。
危機的状況にも関わらず、能力は発動しない。頭を打った影響か?
いや、昔もこんな事があった。
そう、これは危機ではないのだ。
「ったくよぉ、普通の半人狩りにしちゃ強いと思ったが。おたくら、コンドーム会社の刺客だろ?」
ディックの声だ。俺と男たちの間に立ち塞がるようにして、仁王立ちをしてみせる。
時速百キロを超える俺から投げ出された肉体は、無数の傷を負っているが…生きている。
「ぎょぎょーッ!!?ななななんでイきているのかしらーッ!?」
「…い。(ほう、これはお見事。全身から分泌したローションの滑りと柔道の受け身の要領で助かったのですな、素晴らしい!)」
「うわあああバケモンだああああッ!!!」
「確かによぉ、避妊用の道具からも子供が出来ますなんてなぁ、会社としちゃ冗談じゃない。」
ディックが溜息を吐いた。そういえば、話に聞いた事はある。ディックは幼少期から、その命を狙われていたのだと。
だがよ、と彼は続ける。ゆっくりと、両腕をブーメランパンツの中に突っ込んだ。
「それはクソほどにも…俺のダチを巻き込んでいい理由にゃならねぇ!」
三人の刺客が一斉に、銃口をディックへと向けた。だがそれよりも速く、ディックは男たちに向けて小さな何かを投げ付ける。
コンドームだ!
ディックの手から射出されたコンドームが三人の銃口をぴたりと飲み込み、これを完全に覆ってしまった。
俺は知っている。あれは、ディックが使える奥義の一つ!
「秘忍具、コンドーム手裏剣。—―もう、お前らに勝ち目はない。」
銃を完全に封じられた男たちが、がくりと膝をついた。
車一つ通らない首都高速道路のド真ん中で、巨岩の如くそそり立つディック。
その全身テカる巨体は夕日を受けて、まるで一つの炎のように思えた。
三人組は近隣の警察署へ通報し、引き渡す事になった。
あのやすりめいた結界術?も、ディックの『パンク・スタイル』による投擲までは防げないらしい。
ならば銃を封じられた今、攻撃型の能力を持たない彼らは大人しくするしかないのだろう。
やってきた魔人警察官は俺たちをじろじろと見てきたが、特に何も言わずに三人組を拘束する。
罪状は公共の場における魔人能力乱用の罪。傷害罪とか、殺人未遂辺りを適用出来そうなものだが、
まぁそこは半人の悲しい所…世間一般では俺たちを人か物かという議論が、未だ活発になされているのだ。
連絡を受けて来てくれた鮎川さん(彼は医者だ)曰く、ディックの傷は大した事がないらしい。
それよりも深刻なのは俺の方で、車体部分を修理しないといけないそうだ。
生身の部分は擦り傷を除けば脳震盪ぐらいで、ディックは俺の運の良さに感心しきっていた。
……あんたの受け身を真似て練習していたんだよ、なんてのは、男同士恥ずかしくて言えない。
結局翌日、かかりつけの車検工場に行く事を約束させられて、俺たちは放免された。
「丁度良い運動になった」とディックも笑っていたが、流石に疲れたのだろう、夏野菜カレーはお預けになった。
肩を貸すぜという言葉を固辞して、俺は一人家路に着く。ゆっくりなら無理せず走れそうだったから。
こんなのは、日常茶飯事だ。俺たちにとってのよくある普通の毎日だ。
俺の人生最大の分岐点は、この後に起きた。。
時速二十キロ以下で動くのは久しぶりだ。家に着いた時、周囲はすっかり夜の闇に飲み込まれていた。
電気を付けていない愛しのおんぼろガレージは、何かが潜むお化け屋敷のようにも見える。
俺はバカな空想を振り払うと、車庫の入り口を開けた。車庫に入り、顔を洗い、その場に敷いた万年布団に飛び込む。
今の俺が抱くただ一つの願いは、車庫入口に立つ人影のせいで中断された。
「うわぁ!?だ、誰だ!」
「輪二くん…。」
野摘だ。制服姿の彼女が、何故か一人でうずくまっている。…時計はもう、深夜を回っていた。
「そ、その傷はどうしたの?」
「いや、何でもねぇよ。別に、ただヘマしただけさ。」
「本当に?」
「うっせーなぁ、関係ねーだろ?それによ、お前こそどうしたんだよ。」
「……。」
心配そうな野摘の目から、涙がぽろぽろと溢れてきた。両手で拭うが、止まる様子は微塵もない。
様子がおかしい…悲しい事があれば、ヤケ食いをして吹っ切るのが常なのに。
よく見ると、彼女の制服はあちこちが汚れていた。腹の部分など、明らかに足跡がついている。
情けない話だが、俺は気の利かない男であるらしい。背中をさするとか、寒いから家に入ろうとか、そういった発想は微塵も湧いてこなかった。
「どうした?」
「………あのね、驚かないでね?あたしね、……だった。」
「何?」
「あたしね、半人だったの。」
「野摘が、半人…?」
その言葉に、落胆したのは事実だった。半人だった事にショックを受けているという事は、だ。
…あるいはディックの言う通り、俺は彼女の人間という部分に、どこか縋っていたのだろうか?
とかなんとか考えている間も、彼女はごにょごにょと小さく呟いている。
消え入るような、小さな声。とりあえず彼女を慰めるべきかと思い至ったその時だった。
「あたしね、うんこだったの。半人半糞のワーうんこだった。」
「はっ!?う、うんこ!???」
思わず大声を上げる。うんこ?うんこってあのうんこ?
野摘の顔がくしゃくしゃに歪んだ。それから堰を切ったように話し始める。
「アナルセックスで産まれたんだって、あたし!!お父さん二人の養子と思ってたけど、実子だった!
が、学校で分かって!そしたらクラスの皆が、あたしを汚物って言い始めて、臭うからSNSのリンク外すねって!
茶色いのもうんこ色なんだろって、同じクラスの日焼けしてた友達と一緒に馬鹿にされて!それでその子も口聞いてくれなくなっちゃった!
水泳部も、水洗部って言われて!今度の大会、先輩たち最後の大会だったのに、あたしのせいで出場停止になって!
ばっちぃからとか、感染症防止のためだって、あたしうんこじゃないのにいいい!」
「…は、はんじ、はんぷん…!?…わーうんこ!?」
衝撃の告白に、俺の頭は完全にフリーズしていた。バカみたいに彼女の言葉を繰り返し、分かり切った言葉の意味を飲み込めないでいる。
わーうんこって、小学生がうんこ見てはしゃいでいるみたいだねとか、そんな事ばかり考えていた。
そんな俺を見て、野摘が泣きはらした目を向けてくる。
「あたしって、汚い…?」
――俺の行動は早かった。魔人能力さえ必要なかった。自分でも褒めてやりたい位だ。
「そんな事はない!」
そういって、彼女を抱きしめる。思い切り強く、強く、強く。このまま闇夜に溶けてしまいそうな野摘の形を、繋ぎとめるかのように。
「臭い?」
「全然!」
抱きしめた拍子に制服がずれて、野摘の首元が少し見えた。日焼けした肌と、白い肌の境目。彼女が水泳に打ち込んだ日々の、何よりの証拠だった。
「お前は人間だ!うんこじゃない!」
「ありがとう、輪二くん…ごめんね…」
彼女は優しい。こんな時でさえ、俺を気遣っている。
だから、俺も受け止めなければならない。彼女の現実を――叶う事のない、その叫びを。
「あたし、人間になりたい……!」
カータウロス、ワーコンドーム、ワーうんこ。
本来交わるはずのない者たちが混じり合い、始まった者たち。
それはC3ステーションという舞台を通し、更なる世界と交わりつつ、己の宿命に立ち向かう事となる。
並び立つのは超常異形の魔人たち、迎え撃つのは半人二人。
ハーフ&ハーフ日本支部代表、山入端 輪二&ディック・ロング。
――ダンゲロス・イグニッション、参戦。