先日、天狗の妹ができた。両親の海外出張が原因だ。
お前は何を言ってるのだと言われそうだが、オレも正直、頭の整理が追いついていない。
―――そうだな。少し整理しよう
ことのあらましはうちの両親と一人の医者に端を発する
エジプト出張中の両親が砂漠のド真ん中で一人の行き倒れの天狗の少女を拾った。
彼女は酷く衰弱していた。
このままでは命に関わる。そこにラクダに乗った名医が通りかかったそうだ。
「問おう。その者は妹か? ならば私は、完璧に助けてみせよう!」
彼女はそう宣言したらしい。恐らく条件付けの魔人能力保持者なのだろう
(と思いたい。そうでなければ単なる不審人物だ)
生憎、その少女は「妹」というカテゴライズに当てはまらなかったため
治療を施すため、両親は一計を案じた。
うちには息子がいる、彼女を自分たちの子供として受け容れることで「妹」にしようと。
人命救助とあれば、是非もない。適切な判断といえるだろう。
問題となるのはその後、いつものノリで両親が調子に乗ってやらかしを行ったことだ。
(閃く父)よーし、それじゃ折角だし兄妹仲良く、水入らずで暮らさせようか。
(手を打つ母)そうね、お父さん。どうせならサプライズで行きましょう。
その結果、大荷物が、彼らの住まい、わが家にガシガシと送られてくることとなった。
”というわけで、新米お兄ちゃん、いもうとちゃんをよろしくね!”
これらの経緯は全て同封された「ビデオレター」に入っていた。
サプライズ。軽いノリで言い合ってた両親のビデオレターを思い返しつつ
オレはこめかみを押さえ、封を開けた一番の大荷物を見下ろした
そこには毛布にくるまれ、ニンジン抱き枕を抱えながら
すぴーと安らかに寝音を立てる10歳くらいの少女が眠っていた。
- 修験者服
- Uの字が刻まれた烏帽子
- 高下駄。そして手に握った葉団扇
完全に天狗だった。
そしてふかふかの毛布の上に置かれた大きめのスケッチブックには
「小天狗です。よろしくお願いします」
そう丸っこい字で書かれていた。
そうだな。まず問題点を整理しよう
まず、
「妹」を小包でおくるな。
市民生活において「普通であること」を目指す自分にとって
あまりにエキセントリックな両親だった。
ともあれ
これが、善良な一般市民を目指すオレ、竜禅寺隼人と
「外の世界」へと紛れ込んできた『妹』とのなれそめだった
◆◆◆
それからの数日、あわただしく時が過ぎた。
こんな年の離れた訳ありの女の子をどう構ってやればいいのかと
少なからず懸念していたのだが、そのこと自体は完全な杞憂に終わった。
『今日から”妹”として頑張らせて頂きます。』
パタパタと羽根を羽ばたかせ、そうスケッチブックを広げた少女は、
にぱーと笑った。
『龍宮寺小天狗です。よろしくお願いします!お兄ちゃん♪』
妹は境遇を感じさせないほどの天真爛漫さと順応性を持っていた。
こちらは年長者の威厳を保とうとウムと頷くのが精いっぱいだ。
彼女は用意した流動食をぺろっと平らげると、半日眠り続けたと思えない
動きで自分の部屋に必要な荷物をすいすい移動させていった。
かなり手慣れている。ここら辺は事前に両親がきちんと仕込んでおいたようだ。
『自分で出来ることは自分でする。無理な場合は皆で家庭内ミッション!』
が我が家の家訓である。
一時預かりでなく本気の本気で家族として迎えいれる気なのだろう。
そうこうしている間に両親からの追加の荷物と2通目のメールが送られてきた。
送り元はEUオランダ。本当にフットワークが軽いコンビだ。
中身は行政関係や希望埼学園への転入など小天狗に関する各種手続きの書類、
どうやって準備したのかは不明だが、未成年である自分には手の出ない
部類の部分だった。ただ、両親不在な以上、提出するのは自分が、となっている。
足りない部分はフォローするからあとは自分でやりなさいということなのだろう。
慣れない書類相手に悪戦苦闘することとなった。
◆◆◆
ようやく諸々の手続きを終えた。
担任との面談を終え、朝、妹を学校に送り届け、任務は一応のコンプリート
を向かえる。念のため、妹には式神を付け、様子を見ていたが、
上手くクラスに馴染めていっているようだった。術を解除する。
慣れない雑務からの解放されたオレは久しぶりに剣を握り、
日中を自己の鍛錬に費やす。
そして
湯船につかり足をのばし、心地よい疲労の中、これからのことを考えていた。
小天狗は本当に対した奴だと思う。
妹と一緒にいればすぐ判ることだが、小天狗は自分から声を通じた
意思疎通を行なうことができない。しゃべれないわけではないのだが、
声の出力が小さく相手が聞き取れるレベルで声を発することができないのだ。
今も両親が買い与えたスケッチブックで会話のやリ取りを行っている。
心因的なもの或いは呪術的な要因であると思われるが、今のところ原因は不明。
今後、どうなるかも定かではない。
それでも、今この瞬間を皆の中で「普通でいる」ことができている。
過去の自分にはできなかったことだし、これからもできないだろう。
くだんの治療を施したという医師にあってみるという手もあるか…。
手ぬぐいを目に充て、しばらくまどろむ。
ガラガラガラ
「~~♪」
目を離した、もとい覆った…見事なタイミングで誰かが入ってきた。
「??」
「ぴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーー ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
やれやれ。
今だ感じたことのない圧を感じ。手ぬぐいに手をかける。
(なるほど声に制限を加えることにより能力の抑制が働いていたのか。
『言語』『呪言』というよりも『音量』そのものが小天狗の術のトリガー。
九割九分人為的な仕業。だとしたらリミッター解除の条件は何だ。)
それが心因的なものであれ呪術的な要因であれ、乗り越えねばならない壁には
違いない。それが、今この瞬間、取り外された。
例え瞬間風速な一時的なものであっても、次へとつながる一歩にはなるだろう。
まあ、ともあれ、いまは―――
”四神招来 青龍”
襲い来る暴風を制するため、手ぬぐいに刻んだ呪印を起動させる。
”竜騎装着!(レッツイグニッション!)”
ご近所迷惑とならぬよう防がせてもらおう
青龍は東方を司る神にして、気候を操るという伝説のある聖獣。
その力は絶大にして無双。爪の一凪で浴場の暴風の全てを掴みとると
高く上空へと解き放った。
この一撃により被害拡大は避けられたが、
能力暴走により浴場自体は壊滅。明日から暫くの間、銭湯通いが確定した。
ふと、大きく開けた天井を眺めると
全ての雲を吹き飛ばされ、雲一つない綺麗な青空が広がっていた。
とりあえず数日間は雨漏りの心配をしなくてよさそうだった。
◆◆◆
3通目のビデオメールが届いたのはそれから2週間後のことだった。
南米ブラジルから届いたそれには
「二人で見てね☆」と母親の字で付箋紙が貼ってあった。
苦笑しながら食後二人で見ることにした。
――
―――
―――そしてその選択を激しく後悔した
迂闊としかいいようがない失態だった。
従う必要など全くなかった、文面を無視し先に中身をチェックし、
危険物がないか荷物を確認し、問題があれば廃棄する。
今までやっていたことだ。
そうすれば小天狗の目に触れさすことなく、前もって処分することもできたのだから。
再生したビデオは以前とは似つかぬ酷く薄暗い部屋から始まった。
そこに映りこんだのは紙袋を頭から被せられ、椅子に縛られた一組の男女。
いつからか緊張の糸が切れていた。
何故、両親は小天狗を自分たちの手元におくことなく、この国に送った。
何故、ビデオメールなどという迂遠な手段をとっていた。
俺も感じ取っていたはずだ、小天狗の周辺に感じるある種の危うさを。
この家族を護らなければいけないのだと。
俺たちの視線を遮るように天狗のお面をかぶったスーツ姿の男が
画面に写り込み、片手に携えたスケッチブックをこれ見よがしに振る。
そこには
『 Understand ?』
とだけ書かれていた。俺は一度だけ目を閉じた。
それは両親が小天狗に買い与えたものと全く同じものだった。
ああ、理解した。
ミッションに従え、逆らえば命の保証はしないとでもいいたいのだろう。
なかなか効果的な脅しと演出だ。そこだけは認めよう。趣味は最悪だが。
そして俺たち兄妹に最初のミッション
【「イグニッション東京大会」に参加し、勝ち残れ】が言い渡された。
命を賭した家庭内ミッション。
これが、俺たち二人が本大会「イグニッションユニオン」に参加した経緯だ。
◆◆◆