ある日のファイヤーラッコTV

ファイヤーラッコTVエヴリデイ!
『こんにちバーニング!キュートでパワフル、ファイヤーラッコでーす!』
『ハローワールド!恵撫子りうむです!』
『よしそれでは相棒!今回も迫るイグニッション・ユニオンにそなえての「ラッコ&りうむの勝手に注目コンビPick Up!」動画なわけだが今回取り上げるのは!?』
『今回は「放火しに来ましたーズ」のお二人…二人?ですね!』
『その?はなんなんだ相棒!』
『いやあ片っぽなんというかゴーレム?なんですよ。ゴーレムってどう数えるんですかこれ?台?一台二台でいいんですかね?』
『まあそれはさておきコンビなのは今生 火友と呪物ゴーレム(仮称)の二人…いや(仮称)ってなに?いいのかこれ?』
『いやまあ本名以外でエントリーしてる人は他にもいますしいいんじゃないですかね?』
『まあいいや!まずは今生 火友の方から見ていこう!魔人能力は火を操る奴らしいな!やっぱり火炎系は強いぞ!実績がある!』
『実績ってなんです?』
『そりゃあもちろんおれだよ!グロリアス・オリュンピア準優勝!ちょっと親近感湧いちゃうぜ!』
『ラッコさんが勝ったのはほとんど爆発オチ太郎のおかげじゃないですか!』
『それは言うんじゃねえ!それで呪物ゴーレム?のほうはどうなんだ?』
『(露骨に話題そらしましたね…)えーと、全身が呪物でできてる?そうですー』
『…どんなんなんだそれは?』
『あー、呪い、呪いと言えばりうむちゃん経験がありますよ』
『なんだなんだ?』
『ほら、『墜放騎士の栄光』、あれは大変でしたよ』
『あーあんな感じのやつか…ってそれヤバくね?大丈夫か?』
『いやまあ封印されてるらしいですし大丈夫ですよ多分』
『封印が解けたりとか…しない?ほんとにダイジョブ?』
『…まあよっぽどボコボコに叩いたりしなければ精々いくつかの呪物が出てくるくらいでしょう!『墜放騎士の栄光』ほど強い呪いがあるかどうかもわかりませんし!というか『墜放騎士の栄光』を例に出しはしましたけど別に人を乗っ取って暴れるばかりじゃないでしょう!ダイジョブですよ!』
『いやあというか対戦相手は全員『よっぽどボコボコに叩く』つもりで来てるんじゃねえの?というかデカさから言うと呪物の数絶対100個じゃすまないぞ…『墜放騎士の栄光』より強いのが無いっていうのは楽観的過ぎるだろ』
『…いざとなったら鏡助さんがなんとかしてくれるでしょう!たぶん!このはなしはおしまい!』
『なんか相棒こいつに肩入れしてない?』
『いやあなんかこのゴーレムのひと?がなんか気になるんですよね…なんででしょ?』
『まさか相棒、人造魔人だからってあれに対して恋心を…』
『よいサイズの石油コンビナート~!』
(よいサイズの石油コンビナートはなんかこう…よいサイズです!とてもちょうどよい!)
『ちょっと待てええええ!ちょっとしたジョーク、ジョークだからああああああ!』
(ダイナミックな音)
と~ろく と~ろく チャンネルと~ろく~♪

☆ ☆ ☆

イグニッション・ユニオン第一回戦前日 某図書館
「情報がわからん…!」
反男は頭を抱えた。ファイヤーラッコTVでイグニッション・ユニオン出場者の情報がある程度出回っていると聞き、わざわざスラム街から出て慣れない市民図書館で慣れないインターネットを使い慣れないYoutubeでファイヤーラッコTVまでこぎつけて出てきた第一回戦の相手の情報がこれだけである。
ファイヤーラッコTVに情報が出回っているようなコンビは相当情報管理が適当か逆に宣伝しようとしているかのどっちかであり、「放火しに来ましたーズ」は前者なのだが、反男の情報収集力では大した情報は集められそうになかった。
「こんなことで大丈夫なのか…?うう…不安だ…拙僧はどうすれば…」
「あら反男さん、情報は集まりまして?」
悩む反男の前にひょっこりと現れたのはジョーであった。彼女のお嬢様感溢れる立ち振る舞いはスラム街出身とは思えないほど小奇麗な図書館にマッチしている。
「いやあ、あんまりいい情報は…ていうかジョーは何してたの?」
「「放火しに来ましたーズ」のお二人とお茶を飲んできましたわ」
「そうかあ…ってえっ?ほんとに!?どうやって見つけたの?!」
「反男さん、図書館ではお静かに」
「あっはい。それでどうやって見つけたんだい?」
反男が尋ねると、ジョーはこともなげに答えた。
「ガソリンスタンドの前ででっかいポリタンクを乗せた台車転がしながら鼻歌歌ってる不審人物に声を掛けたらたまたま御本人だっただけですわ。そのままお茶会に誘って相方の居場所も教えていただきましたわ」
「ガソリン買ってたんだ…」
ほんとに放火する気なのか。反男はげんなりした。
「それで…その火友さん?はなんて?」
「それがですね…」
ジョーが珍しく言いよどむ。
「それが?」
「一方的に放火に対する熱意を延々まくしたてられてほとんど何も聞き出せませんでしたわ…お開きにした後で相棒の居場所を聞き出すのが精いっぱいで…放火のことしか頭にないですわあの子…」
「ジョーがお茶会で何も聞き出せないなんて…」
「一度しゃべりだすと自分に酔って一方的にしゃべりまくるタイプですわ…時々いるんですのよ…次招いたら開幕ケーキで口をふさいでやらねばなりませんわ…」
本音を話さねばならない「お茶会」の場で人が変わったようになる人物は少なくない。今生火友の場合は放火したい欲が延々と吐き出される形で表出したようだ。ジョーは本来そのような相手からも情報を引き出すお嬢様流お茶会トーク術を身に着けているのだが、今回は不発だったようである。
「ああでも、身のこなしはとても喧嘩慣れしてるようには見えませんでしたわね。白兵戦ならこちらが有利ですことよ」
「それでこの…呪物ゴーレム?っていうのは?」
「その方しゃべれないんですのよ…」
「あー…」
むむむ、とジョーがほほを膨らませた。
「前哨戦では一本取られましたわね…このまま負けっぱなしではいられませんわ」

☆ ☆ ☆

某市住宅街 今生火友宅
天然の喋りでジョーを期せずして撃退した火友はなにをしていたかというと…
「ふにゅにゅ…もっと燃やす…すやー」
緩み切ったアホ面をさらして寝ていた!昼寝である!遠足前日の幼稚園児がはしゃぎ疲れて眠るように爆睡している!
前哨戦や情報収集という概念はこの娘の脳内にはない!放火のことしか頭にない!そもそも先刻お茶した相手が明日の対戦相手だということもわかっていない!一応イグニッション・ユニオンが放火大会ではなく闘技大会であることはわかっている…はずである。おそらく。きっと。多分。
「にゅへへ…コンビナート爆破…すぴー」
それにしても気持ちよさそうなアホ面である。

☆ ☆ ☆

イグニッション・ユニオン第一回戦『姫代学園』当日 ファイヤーラッコTV

『こんにちバーニング!キュートでパワフル、ファイヤーラッコでーす!』
『ハローワールド!恵撫子りうむです!』
『さあやってきたぞイグニッション・ユニオン第一回戦『姫代学園』!ファイヤーラッコTVでも生中継だ!』
『グロリアス・オリュンピア優勝者&準優勝者による実況解説つきですよー!』
『今回のマッチングは「放火しに来ましたーズ」対「スラム街に舞う白鳥の子としがない坊主」だな!いやあ今回もわくわくだぜ!「スラム街に舞う白鳥の子としがない坊主」はスラム街からスカウトされたっていうからな!グロリアス・オリュンピア出場で夢をかなえた身としてはちょっと応援したくなっちゃうぜ!あっそういえば相棒もここのチームには注目してたんだっけ?』
『正確には呪物ゴーレムさんがなんとな~く気になるんですよねー。それはそうとラッコさん』
『なんだい相棒?』
『私たち能力詳細とかあんまり知らないんですけど』
『まあそりゃああっさり情報を漏らす奴はそうそういないからなあ』
『それで実況解説とかできるんですかね?』
『…まあ何とかなるだろ!多分!』
『…まあなんとかなりますよね!知らんけど!』
『『アッハッハッハ』』
『あ!はじまりますよラッコさん!』
『おおっとこうしちゃいられねえ!』

☆ ☆ ☆
姫代学園in鏡の世界

「さて、と」
「来ちゃったよ…!」
「スラム街に舞う白鳥の子としがない坊主」の二人が降り立ったのは姫代学園のグラウンドの真ん中であった。目の前にはでん、とマンモス校の巨大な校舎がそびえ立っている。ひとまず開けた場所は危ないかもしれないので二人はこそこそと近くの物陰に隠れる。
「どっどどどどどどどうしようかジョー?」
「うろたえていては勝てる戦いも勝てませんわよ反男さん」
板を持ってガタガタと震える反男をジョーがたしなめる。このコンビにおいて頭を使うのはジョーの役目だ。お嬢様学校と言えなくもない姫代学園にはジョーも思うところがなくもなかったが、反男のふがいない様子を見てはセンチメンタルなことも言っていられなかった。
「まずは相手がどこにいるかを把握しなければ向かっていくにしても待ち伏せするにも話になりませんわよ」
「そういわれてもいったいどこに―」
その様なやり取りがなされた瞬間、校舎の窓の一つから火が噴き出した。
「「絶対あそこだ」」

☆ ☆ ☆

「うひゃー!」
立ち並ぶ机が次々と炎上!
「わほー!」
音楽室の肖像画がまとめて灰に!
「にゃわー!」
美術室の工作道具が全て薪に変わる!
今生火友は放火していた!対戦相手が姿を見せないのをいいことに手当たり次第にガソリンをぶちまけては火を放っている!すごい幸せそうだ!ぴょこぴょこと謎のステップを踏みつつぴょへえとかにゅわあとかよくわからない歓声を上げている!どっからどう見ても危ない奴だ!ラッコもドン引き!
ガソリン以外にも背負ったリュックの中から油やらなんやらを取り出しては放火していたが、面倒くさくなったのか全部まとめてリュックごと着火。何が入っていたのやらボン!という音とともに爆発するが本人は無傷。爆炎もまた『友なる炎』の「ともだち」である。外にいた2人に見えたのもこの爆発だ。
「……」
火友が存分に放火魔としての本性をさらけ出していたが、呪物ゴーレムは落ち着いたものだった。火友の後ろにのしのしと追従している。相方が試合そっちのけで放火に精を出していても問題ない、というのが呪物ゴーレムの冷徹な理性のはじき出した結論だった。
なぜならば『友なる炎』をもってすれば周囲の火はすべてこちらの味方。さらに生身の人間よりはるかに高い耐久性を備え、呼吸も必要としない呪物ゴーレムにとっても火事場は有利なフィールドなのである。
姫代学園は急速に要塞化されているといえた。

☆ ☆ ☆

状況は校庭の二人にも伝わっていた。
「急ぎますわよ反男さん!」
「こっちから行くの!?燃えるものが少ない校庭で待ってた方が良くない!?」
「時間を与えたら全部火の海にされておしまいですわよ!」
二人は校舎に突入した。これ以上放火される前に仕掛けなければますます不利になる。相手の土俵に踏み込むことになるが他に手はなかった。
幸いにして向かうべき相手の居場所は明確である。
階段を駆け上り、相手のもとに向かう。焦げ臭い火の匂い。顔に熱を感じる。
「気合い入れなさい反男さん!」
「なんまんだぶなんまんだぶ…」
階段を駆け上り―
「いた!」
教室の一つにて会敵!いままさに新しく火を放とうとしている放火魔の背中!ちょうどまだ火が放たれていない場所だ。好機!
ジョーがナイフを抜く。先手必勝は喧嘩の鉄則だ。そのまま無防備な背中に投擲!
「……!」
禍々しい異形の巨体が割り込む。呪物ゴーレムに巻き付いた鎖がナイフを弾いた。
「なんまんだぶなんまんだっ!」
『無我夢中』を発動した反男が攻撃。「無打撃」が一発二発三発と呪物ゴーレムに叩き込まれるがものともせず呪物ゴーレムは拳で反撃。反男は「無避け」で躱す。
「堅い…!」
呪物ゴーレムは堅かった。「無打撃」を叩き込んだ反男の手のほうがしびれている。「無休息」でしびれを取る。
「堅いですわね…」
ジョーが弾かれたナイフを拾う。いかにして攻略するかを思考する。
「うわっ来てる!」
やっと火友が乱入者に気づいた。そして―
「よろしく!」
火を放つでもなく逃げだした。「スラム街に舞う白鳥の子としがない坊主」の二人が来たのと反対の扉から出て一目散に逃げていく。
「なんまいだ―くっ!」
「無追撃」を放とうとした反男を呪物ゴーレムが妨害する。火友を逃がそうとする動きだ。
「逃がし―あぶなっ!」
火友の腰の後ろのポーチが開き、噴出した火がジョーを牽制する。火友はそのすきに逃げていく。ほどなくして『友なる炎』の効果範囲を外れた火がただの火に戻った。
「わざわざ二対一を作るとは、勝つ気がないのですかね?」
ジョーが再びナイフを構える。二対一だがそこまでよい状況でもない。目の前にいる相手は頑丈極まる。どちらか一人倒せばよいというルール上倒しやすいほうを狙うべきだが、火友を追えば目の前の敵に背を向けることになり、さらにはまだ火が回っていない場所という地の利も放棄することになるし、『無我夢中』の効果時間も浪費するだろう。だからといってここで戦うのは放火魔をフリーにした状態で堅い相手と戦うことに他ならない。そのような状況を勘案してジョーは決断した。
「ここで勝負を決めますわよ!」
「なんまんだぶなんまんだぶ…!」
「……!」

☆ ☆ ☆

「スラム街に舞う白鳥の子としがない坊主」と呪物ゴーレムが戦っているとき―
「急げ急げ!」
既に放火された場所から次々と火が消えていた。

☆ ☆ ☆

「なんまんだぶなんまんだぶ…!」
(このままではまずい…!)
反男は「無考え」た。ただ攻撃を加えても目の前の敵は撃破できない。相手は力が強いが動きは遅いので回避は難しくない。しかしこのまま膠着状態が続けばフリーになっている放火魔がなにをしでかすかがわからない。『無我夢中』の効果の限界も来る。ジョーの疲労も蓄積してゆく。相手に疲労という概念があるかはわからない。ではどうするか。
(打開策が必要だ)
反男は「無閃い」た。時間のかかる事柄を省略し、迅速に対応するのは『無我夢中』の得意とするところである。
(脆弱なところを見つける。あるいは更なる攻撃力)
反男は「無観察」した。『無我夢中』をもってすれば作戦立案から実行までのタイムラグは皆無である。
呪物ゴーレムが再び反男に殴りかかる。
(そこだっ!)
反男は「無カウンター」を放った。相手の力の利用。さらにそれを右腕の肘に叩き込む。構造上脆弱になる部分。ガギャ!という破砕音。
「反男さんナイスですわ!」
すかさずジョーが追撃。肘関節にナイフを突きこむ!
ベギン!という音とともに呪物ゴーレムの右腕が肘からもげた!たまらず呪物ゴーレムがたたらを踏んで後ずさる!
「よしっ!……っ!?」
ぞわり、と悪寒。
まずい。これはまずい。これはいけない。
ジョーがとっさに切り離された右腕から跳んで離れる!
一瞬前までジョーのいた場所を刀の切っ先が通過した!
「これは…まずいことをしてしまいましたわね…!」
ジョーの視線の先には錆びついた一振りの刀がゆらゆらと浮遊しながら狙いを定めている。
呪物ゴーレムに封印されていた数多の呪物の一つ。持ち主を人切りに変えるだけでは飽き足らず自ら人切りをおっぱじめた妖刀、ネオ・村正である!
「二対二に戻ってしまいましたわ」
なんか他にも呪物ゴーレムの右肘の破断面や切り離された右腕から異様な気配がするが幸いにしてこれ以上自動で動く類のものは無いようだ。
「なんまんだぶなんまんだぶ…!」
自らを鼓舞するように反男の念仏がますます勢いを増す。極限状況の興奮で『無我夢中』の効果時間が延びているようだ。
(どうすれば……!)
ジョーの額に冷や汗がつたったその時である。

熱を感じた。

「―!反男さん避けて!」
二人が跳び退く。ネオ・村正が二人とは逆に突っ込んでいって―
凄まじい量の火を浴びて瞬く間に吹っ飛ばされた。そのまま窓を突き破って落ちてゆく。
「やあやあさっきぶりー。…燃やしに来たよ!」
そこにあるのは火。心胆凍らす火事場の底で放火魔が嗤う。
教室全域を埋めて余りある量の火を近衛兵のように引き連れた今生火友が意地の悪い笑みを浮かべた。

☆ ☆ ☆

「火を…集めていたのですか!」
「そのとーりっ!クライマックスは皆で楽しまなきゃねえ!?ということで燃えろぉ!」
火友の号令で大量の火が散開してゆく!取り囲んで一気に焼き尽くす構えだ!
「―やられっぱなしじゃあ、いられませんわ」
ジョーが凄絶な笑みを浮かべる。
「お茶にしましょう?」
火事場が放火魔の領域なら、お茶会はお嬢様の独壇場だ。
火友を招いての『秘密のティータイム』が発動。周囲が大炎上し続ける火事場だろうが「お茶会」ではちょっと熱い程度である。
そしてジョーが流れるように卓上のケーキをひっつかんで火友の口に突っ込む!物理的に口をふさぎかつ甘いもので闘争心をそらすことで会話の主導権を握るスラムお嬢様流お茶会格闘術(ティータイムコンバット)である。客にケーキをふるまう行為はマナー違反にはならない。先天的お嬢様には真似できない、スラム出身後天的お嬢様であるジョーにしかできないマナー違反すれすれの絶技である。
お嬢様たるもの先日一方的にマシンガントークを喰らったときのようにはやられない。同じ失敗を繰り返さないようにする心得は高貴なお嬢様でもスラムのストリートチルドレンでも同じである。
「うわっなんだこれ!お茶かむぶっケーキ美味しいもむもむ」
「お気に召されたようで何よりですわ。しかしあの火は止まらないのですね?」
火友にお嬢様スマイルを叩きつけながら、ジョーは周囲の状況をすばやく確認する。
火友が「お茶会」に招待されたが、『友なる炎』が止まる様子はない。しかし火の挙動が変化している。先ほどまでは包囲するように反男とジョーを燃やそうとしていたのが、火友の指示がなくなったことで一塊になってまっすぐ反男に突っ込むだけの単純な動きになっている。それによって反男が「無避け」や「無いなし」で防御することが可能になっているようだ。それでも『無我夢中』が切れれば反男は即座に火達磨にされてしまうだろう。
なぜ「お茶会」の場にあって魔人能力が停止しないのか。早急な情報収集が必要だった。それはジョーの領分だ。人の本音を引きずり出す『秘密のティータイム』の前では情報を隠蔽するのは不可能である。
「もむもむんぐ、あの子たち私が何もしなくても動くよ?みんな助けてくれるの。」
「常時発動&自律型ですか。それは止まりそうにありませんわね。ではあなたの相方であるあの御仁はどんな方なのです?」
ジョーは質問を切り替えた。『秘密のティータイム』で火友を無力化できないのであれば、打開の手掛かりになるような情報を引き出すより他にない。呪物ゴーレムを『秘密のティータイム』に招待しても目下最大の脅威である『友なる炎』が無力化できなければ同じことだ。反男を招待すれば時間稼ぎはできるだろうが攻略の糸口がない今の状況では『無我夢中』を無駄にするのみである。
ジョーは焦りを顔に出さずに問いかけながらケーキのおかわりを火友に差し出す。さらなる甘味で警戒心を解き、話を引き出しやすくするスラムお嬢様流お茶会格闘術(ティータイムコンバット)の技である。
「ああそれ?実はよくわかんないのです!あっケーキおいし」
「え?コンビを組んでいらっしゃるのに?」
「もぐもぐうん!その辺にいたの拾っただけだから!」
「それはなんとも剛毅なことでございますねえ…」
ジョーは困った。スラムお嬢様流お茶会格闘術(ティータイムコンバット)が効いていても相手が何も情報を持っていないのでは攻略の糸口も見つからない。
「あっでもなんかじゅ…じゅぶつ?でできてる?らしいよ?もぐもぐ」
「呪物?ああそれは聞き及んでいますわ」
「うん呪物。わたしはよくわかんないけどなんかちょっとまがまがしい雰囲気だよねー。あっこの紅茶もおいしい」
「かなり禍々しい雰囲気だと思いますけれど…いや、呪いなら…聖職者…僧侶…」
ジョーは閃いた。あまりにも馬鹿馬鹿しいアイデアだがやるしかあるまい。反男ならできる。ジョーはそう信じた。そう反男ならできる。
ジョー自身はどうか。この考えを実行に移すには「お茶会」で本音を洗いざらいぶちまけなくてはならない。そこを躊躇していては不可能だ。
「できますわ」
ジョーは言った。本音だった。「お茶会」での発言に噓はない。これは宣誓だった。
ジョーの瞳に炎が灯る!
「なんまんだぶなんまんだぶ…ふひぃってうわーっ!危なっ!あちあちあちちちち!」
とうとう『無我夢中』が切れたようだ。なんとか回避を試みる反男に火とさらに呪物ゴーレムの剛腕が迫る!しかし空振り!ジョーの『秘密のティータイム』が反男を招待したのだ。
「うわっ!あっ『秘密のティータイム』か!」
「反男さんよくお聞きなさい!」
ジョーは高貴なお嬢様らしく凛として反男に語り掛ける。いまからやることには強力な心からの意思が必要だ。
「えっいきなりそういわれても心の準備がってあちゃちゃちゃ!」
お茶会もお構いなしに『友なる炎』の火が反男に殺到する!即座に火達磨と化す反男!無敵状態でも熱いものは熱い!『友なる炎』は完全常時発動自律攻撃なので「お茶会」のマナーには抵触しない!ペットが嚙みついているようなものである!
「あちちちっち!話してる場合じゃあちちち!」
「むしろ好都合ですわ!仏道にあるものならそのくらい耐えなさい!護摩行などでも火にあぶられることはありますわよ!つまりこの状況は仏道を究めるには好都合!そしてそれが必要なのですわ!」
「何を言ってあちちちうっ!」
ジョーのお嬢様言葉を聞いた反男が反射的に興奮!火達磨でも関係ない反射的習性!
「あっ緑茶もある」
単純なことにすっかりお茶会の精神作用に漬かりきったうえにスラムお嬢様流お茶会格闘術(ティータイムコンバット)を喰らった火友はほんわかお茶会モード!『秘密のティータイム』の無敵効果を知らない火友は反男が火達磨になったのを見てすっかり勝った気になっているのだ!
「……」
呪物ゴーレムは反男が無敵化してしまったので手持ち無沙汰だ!
「あのゴーレムは呪物の集合体!その呪いを祓うには仏の力しかありませんわ!」
「あちちちち!なっなにを言ってあちちちち!」
ジョーがいきなり突拍子もないことを言い出した!しかしジョーは本気だ!
「あなたなら祓えますわ!覚りを開いた反男さん!あなたなら!仏として呪いを祓い!衆生を救済することができるのですわ!あなたしかいませんわ!」
「お茶会」の席に見栄や虚飾は存在しない。ジョーは本気だった。ジョーは反男を信じていた。
「あなたはわたくしの仏様なんですから!」
ジョーにとって反男は仏だった。

☆ ☆ ☆

かつてのジョーにとって反男は変な男だった。
食べ物を他人に譲るし、盗みをしたがらないし、暴力をふるうのも嫌がっていた。
ジョーは善というものを知らなかった。

―なんでって…人が苦しんだり悲しんだりしてるのは嫌じゃないか。

ジョーは善人というものを初めて見た。スラムは善人というものがいなかった。もしいたとしても瞬く間にスラムに染まりきるか、上っ面だけの偽善しか残らないのが常だった。

反男は何の対価も求めずにジョーを家族同然に扱った。そしてスラム街の人々を真っ当な道に進ませようと試みてはボコボコにされるのが常だった。
ジョーは反男のやっていることに惰性のように付き合い続けた。スラム街の人々を更生させようなどという考えは欠片も浮かばなかった。反男をボコボコにした相手をボコボコにし返す日々だった。
反男がなぜそんなにスラム街の人々やジョーのことばかり気にかけて、反男自身を顧みずにいられるのかはまったくわからなかった。
―大丈夫かい?
なんの利益もない人助けをするのがわからなかった。
―そ、そんなことをしてはいけない!
悪事を働く人を更生させようとするのがわからなかった。
―だめだよジョー、生きてるんだから。
有益無益を問わず殺生を厭うのがわからなかった。
―ジョーのおかげだよ。
何かにつけて他人やものに感謝するのがわからなかった。
―拙僧には必要ないものだから。
なぜそんなにも無欲であるかがわからなかった。
―拙僧はやりたいようにやっているだけだよ。
なぜそんなにも善くあるのかがわからなかった。
―待ってろ、すぐに医者を呼んでくるから!
なぜジョーに尽くすのかわからなかった。
―なんまんだぶなんまんだぶ…
なぜいきなり頭を丸めたのかもわからなかった。
ジョーは反男のことがちっとも理解できなかった。

―ああ、そうか。あいつは仏様なんだ。私たちとは違うんだ。
―あいつはすごいんだなあ。

それがジョーの結論だった。
理解できない、ただ信じるべき対象がそこにあった。原初的な信仰の形だった。
ジョーは自らを恥じた。我欲にとりつかれて慈悲をむさぼり続けるスラムのチンピラが隣にいるべきではないと思っていた。
…お嬢様ならよいのかというのは、わからずじまいだが。
お嬢様を患うと、スラム街のことが客観的に見えた。高貴な人間は視点も高く、世の中が俯瞰的に見えるのである。

―ああ、ここではだめだ。

スラム街はお嬢様となったジョーには相応しくなかった。

―どこでもだめだ。

反男がいるべき地がこの地上にあるとは思えなかった。地上には善人と悪党と極悪人の居場所はあっても、聖者の居場所があるとは思えなかった。彼には浄土が相応しい。

ジョーの夢はこの地上に浄土を作ることだ。イグニッション・ユニオン優勝賞金の5億で事業を興すのはその一歩である。

☆ ☆ ☆

「あなたは『覚った者』!衆生を救う仏そのものなんですのよ!」
「そ…そうだ…拙僧は衆生を救う…呪いを祓う…仏として…そう拙僧こそは…!」
ジョーの力強い主張と『秘密のティータイム』の精神作用と反男の自分に酔う性質と火達磨状態という非常事態によって反男が興奮に導かれる!そしてそうなれば!
「なんまいだぶなんまいだぶなんまいだぶ……」
『無我夢中』が発動する!しかし先ほどまでとは様子が違う!
「うわわわわ!?なんか炎とは別な感じで光ってますよこの人!後光が出てますよ!どうなってるんです!」
火達磨状態の反男が金色に光り輝く!一体何事か!
「反男さんの『無我夢中』はできると思えないことはできない…すなわちできると思えば何でもできるのですわ!解脱を成し遂げ仏そのものになることすらも!」
いまや反男は「無解脱」を成し遂げ、EFB級の出力を有する救済と浄化の化身と化した!圧倒的な浄化の光が迸る!中継を見ていた全世界の人々が拝み始めた!お賽銭のようにファイヤーラッコTVにスパチャが飛ぶ!ラッコ歓喜!実況をしろ!
「………!」
呪物ゴーレムが後ずさる!全身の呪物がどんどん無害化されてゆく!中から封印の解けたなにがしかがぞろぞろと現れるが即時浄化消滅!驚異的浄化力!
「流石は反男さん!信じていましたわ!」
逆転の策が当たったジョーのお嬢様スマイル!しかし!
「…まだだ」
「え?」
今生火友の瞳に炎が燃える。

☆ ☆ ☆

今生火友は呪物ゴーレムのことを知らない。一体何物でどこからやってきて何ができてなぜ協力してくれるのか、まったく知らない。気にもしない。

今生火友が知っているのは火のことである。火は自分の友だと知っている。その献身を知っている。信頼できるということを知っている。そこには信頼がある。

今生火友は呪物ゴーレムの全身の呪物など全く気にしていなかった。どうでもよかった。呪いなど頼りにするつもりは欠片もなかった。彼女の相棒は火だけだった。

だから、イグニッション・ユニオンに出場するのに必要な相棒も、火だった。

だから呼びかけた。

「起きろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

火友の相棒はその声に答えた。

☆ ☆ ☆

それが目覚めたのは2つの原因があった。
一つは呪物ゴーレム全体の封印が緩んでいたこと。呪物ゴーレムの全身の呪物は「毒を以て毒を制す」の理屈、すなわち呪物同士の効力が相殺するようにして封印されている。仏と化した反男の浄化により、それが崩れた。最も厳重に封印されていたその火の開放には仏の浄化が必要だっただろう。

もう一つは火友の魔人能力。魔人能力はエゴをもって世界を塗り替える。火友の信頼がそこにあった。応えると思えば応えるのである。

☆ ☆ ☆

それが現れた時、それを見ていた全員が驚愕した。彼らはそれが何者なのか知っていたから。それが一体どれほどの力を持った存在なのか。そしてどういう存在なのか。それがどんな火なのか。知っていたからだ。

『ららららラッコさん!アレなんですかあれ!』
『わっわからん!なんであれが!?え?ここにいるよな?!』
『なんで私がいるんですか!!!!!!』

☆ ☆ ☆

「はい!突然ですがここでオレ様爆発オチ太郎レプリカの出番でーす!」

(爆発オチ太郎レプリカは、かの有名な爆発オチ太郎を模倣して作られ、制御不能ゆえに封印されていた火属性の形而上存在です!)

「…ッ!!」
爆発オチ太郎!グロリアス・オリュンピアにてファイヤーラッコのもとに度々現れ、強引な爆発オチによりファイヤーラッコを度々勝利へと導いた多分火属性な感じの謎の形而上存在である!
どこぞのはた迷惑な誰かがそれを再現した末に他の呪物共々封印、投棄していたのが今まさに解放されたのだ!どうやら火友の能力影響下にあるようである!
その強引にして御無体極まる爆発オチ力はEFB級に匹敵する!
「よいサイズの石油コンビナート~!」
(よいサイズの石油コンビナートは、なにかこう……よいサイズです! とてもちょうどよい!)
爆発オチ太郎レプリカの前に、謎のワームホールが出現!よいサイズの石油コンビナートが飛び出してきた!その力オリジナルと遜色なし!周囲の火が即刻引火爆発!
「そんなばかなー!?」
(ダイナミックな音)

☆ ☆ ☆

「やってくれましたわね…!!!」
さしもの『秘密のティータイム』も爆発オチを喰らってはお開きにならざるを得ない。ジョーと火友が爆発に吹っ飛ばされて教室を飛び出し、廊下をゴロゴロと転がる。吹っ飛ばされたことで爆発オチ太郎レプリカとは距離が離れた。即時決着しなかったのは『秘密のティータイム』の無敵化ゆえか。
「へへ、すごいでしょわたしの相棒」
火友は満足げに笑った。火友は『秘密のティータイム』で自分の相棒について聞かれたとき、「よくわからない」と答えた。それは本音だ。だが魔人能力は認識に依拠する。『友なる炎』は火を友と定義し、そうであるようにする能力。友を見てそうとわからない人間がいようか。火友は自分の目の前に現れた見るからに怪しい存在が自らの相棒たりえる火だということが直観的にわかったのだ。それだけは知っていた。
「…ふふ!でも反男さんもすごいですわよ」
先程までお茶会をしていた部屋から凄まじい金色の光!仏と化した反男が更に力を増しているのだ!
「なんまいだぶなんまいだぶなんまいだぶなんまいだぶ……!」
仏と化した反男の『無我夢中』がうなりを上げる!
『無鉄拳』が炸裂!爆発オチ太郎レプリカが吹っ飛ぶ!『無法力』でそのまま金縛り拘束!『無説法』を脳髄に叩き込む!一切衆生が即刻仏門に降る圧倒的真理をぶち込まれても爆発オチ太郎レプリカは仏性が0だったので無効!石油コンビナート召喚爆破で拘束を脱出し反男に爆発を叩きこむ!反男は『無バリアー』で防御!構わず連続爆破!反撃の『無ビーム』が相殺!実力伯仲!
EFB級の両者の戦闘は一進一退!神話の戦いが繰り広げられていた!
「…さて、反男さんも頑張っているようですし」
「…やるの?」
ジョーがナイフを抜いた。事ここに至っては『秘密のティータイム』は用をなさない。お茶の時間は終わったのである。
「私としてはご遠慮願いたいんだけどなあ…」
「そうはいきませんわよ」
火友が懐からオイルライターを取り出して着火。周囲の火は爆発オチと仏の法力で吹っ飛んでしまったし、ポーチの中の火もすでに使ってしまったので、手元のこれが最後の火である。明らかに喧嘩慣れしているジョーと戦っては不利だろう。しかしこの状況はジョーが一方的に有利というわけではない。
「反男さんもいつまでもあんなことはしていられないでしょうしね」
「やっぱり?」
今の反男は『無我夢中』がかつてない力を発揮したことで仏になっている状態だ。しかし『無我夢中』の効果は永続ではない。遠からず元に戻るだろう。そうなれば爆発オチは火を見るよりも明らかである。
二人の少女は僅かな間見つめあった。その瞳は燃えている。
「ということで私は…逃げます!」
「ですよねえ!」
火友がライターを放り出して逃げ出した!ジョーがそれを追う!
「なんまいだぶなんまいだぶなんまいだぶ……!!!」
「よよよいサイズの石油コンビナートオオ~!」
ダイナミックな音を号砲のようにして最後の戦いが始まった!
『無我夢中』が解けるまで火友が逃げ切れば「放火しに来ましたーズ」の勝利。
『無我夢中』が解けるまでにジョーが火友を倒せば「スラム街に舞う白鳥の子としがない坊主」の勝利である!
戦闘は最高潮に達した!ここが勝負の分水嶺、二つの炎が激突し、一つは消えて残るは一つ!
此処は今、DANGEROUS!

☆ ☆ ☆

火友が階段を駆け下りる。ジョーが追う。上の階からひっきりなしに轟音と爆発音が響き、天井の破片がばらばらと落ちる。
「逃がしませんわよ…!」
火を付ける隙は与えまいとジョーが追いかける。
(でもきっつい…正直疲れましたわ!)
体力で勝るはずのジョーが追いつけていないのは単純な疲労のせいであった。呪物ゴーレムとの格闘。ネオ・村正の奇襲。スラムお嬢様流お茶会格闘術(ティータイムコンバット)の連続使用。そして反男への鼓舞。肉体も精神も限界が近い。対する火友は完全にお茶会で休憩済みである。それでもジョーが足を緩めないのは意地であった。高貴なお嬢様としての意地。舐められたら死ぬストリートチルドレンとしての意地。そして信仰心という名の意地である。だから止まらない。
「ぬぎぎぎっぎっぎぎぎ!」
こんなところで捕まってたまるかと歯を食いしばって火友が逃げる。
(もっと!もっとだ!こんなんじゃ全然足りない!もっと燃やす!)
火友が止まらないのは欲望のためであった。抑圧された欲望。単純で非合理的で露悪的な欲望。ゆえに止まれない。
「ぐうううううううう!」
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎ!」
ひっきりなしに続く轟音と揺れの中熾烈な競争が続く。しかし距離が縮まらない。このまま火友が逃げ切ってしまうのか。その時であった。
何かが火友に襲い掛かる!
「うわっつ!?」
「さっきの!」
火友の足を止めたのは先ほど吹っ飛ばされていたネオ・村正であった。単なる無差別攻撃か。あるいは報復か。殆ど黒焦げになって壊れかかっていた妖刀は待ち伏せの一撃だけでへし折れて動かなくなった。
「ありがたいことですわああああ!」
只の一撃。それもわずかな足止めになっただけ。それでも膠着状態を打破するのに十分な一撃であった。
ジョーが一気に距離を詰める!ナイフで首を狙う!
「あぶなっ!?」
何とか火友がかわして手近な教室の中に跳び込む!ジョーが追う!
「だあああああああああああ!」
「うわ!」
ジョーが跳んだ!お嬢様としての恥も外聞もかなぐり捨てた泥臭いタックルで火友を押し倒した!
そのまま火友の上に馬乗りになってナイフを突き下ろす!狙いは眼球!
「があっ!」
「ぐぎ!」
間一髪手首を掴んで火友がナイフを止める!そのまま力比べの体制に入る!
「ふうううううう!」
「ぎいいいいいい!」
二人の視線がぶつかり合って火花を散らす!ジョーがナイフを突き下ろそうとし、火友が押し返さんとする!しかし!
「ああああああ!こちとら半端な覚悟でやってんじゃありませんのよおおおおおお!」
じりじりとナイフが下がる!火友の眼球にナイフが迫る!押し返せない!
「私は…」
あと5cm。
「わたし…は…」
あと4cm。
「わたしはあ…」
あと3cm。
「わたしは燃やすんだあああああああああ!」

火が入ってきた。

「!!!!!!!!」
窓からいきなり火が吹き込んできた。
(いったいどこから…!さっきのライターか!)
逃げ始めた時に投げ捨てていたオイルライター。そこから延焼した火が『友なる炎』に応えたのか。ちょうど真上の部屋で延焼しているのを知ってこの教室に逃げ込んだのか。
今生火友。彼女は火にしか頼らない。逃げ切りなど考えない!
「……!」
ジョーからすればこの機を逃すわけにはいかない。ここで逃げては再び捉えるチャンスが巡って来る前に時間切れするだろう。だからジョーは逃げなかった。
火が迫る。ジョーは逃げなかった!火が直撃する!
「があああああ!言ったでしょおおおおおお!こちとら半端な覚悟じゃありませんのよおおおおおお!」
「ええええええええ!?」
全身を火で焼かれながらジョーがナイフを押し付け続ける!あと2cm!
「やばーっ!うそおおおお!?やばー!」
ジョーが燃えている!あと1㎝!

ばごん。天井が抜けた。

「えっ?」ナイフが逸れて床に突き立つ。

天井が抜けて仏と爆発オチ太郎レプリカが降ってくる。

考えてみれば当たり前のことだったのだ。この世のどこにEFB級の戦いに耐えうる校舎があるというのか。
前提が違ったのだ。『無我夢中』の切れ目がリミットではなかった。下の階層に行った時点で校舎の耐久がリミットだ。

そして決着(爆発オチ)は速やかに来る。
未来予知じみた精度で良いサイズの石油コンビナートが投げ渡される。呼応して火がジョーを離れコンビナートに向かう。以心伝心の連携。仏が動かんとする。間に合わない。
崩れるお嬢様学校の中でジョーは吐き捨てた。
「…この安普請」

(ダイナミックな音)

☆ ☆ ☆

イグニッション・ユニオン第一回戦【姫代学園】

放火しに来ましたーズ 対 スラム街に舞う白鳥の子としがない坊主 

勝者 放火しに来ましたーズ

決まり手 安普請&爆発オチ

☆ ☆ ☆

「負けちゃったね…」
「……」
とぼとぼと「スラム街に舞う白鳥の子としがない坊主」の二人は家路をたどっていた。
特にジョーのしょぼくれぶりは並々ならぬものであった。もはや事業を立ち上げるような資金を得られるチャンスが来ることはまずないだろう。浄土を作る夢もぱあである。
「ごめん…拙僧がふがいないばかりに…途中からほとんど記憶がない…」
「…反男さんのせいではありませんのよ」
反男はこの上なく奮闘したといってよいだろう。呪物ゴーレムとの闘いで見せた「無カウンター」。ジョーが「お茶会」で情報収集している間の呪物ゴーレムと『友なる炎』への同時対応。『無我夢中』のかつてない連続発動。そして解脱。特に解脱。本人は覚えていないようであるが。
こんな時でも反男は責任を一人で背負うつもりのようであった。ジョーはいらぬ心労を反男に背負わせてしまったと思っていた。
(やはり私がこの人の隣にいるべきではないのでしょうか)
ジョーは反男の元を離れようかと考えていた。ジョーがいては反男を束縛することになるかもしれない。一介のお嬢様モドキに気を遣うより、もっと世のため人のために尽くせる環境に反男はいるべきではないだろうか。
「帰ってごはんにしようよ、ジョー」
「……」
反男の優しさがジョーには辛かった。そうしてスラム街に戻ってきたその時である。
「ああっ!仏様が戻ってこられたぞ!」
「ははーっ!」
「ありがたやありがたや!」
「みんな拝め!」
「寿命が延びる!万病快癒!商売繁盛!恋愛成就!」
いきなりスラムの住人が反男を拝み始めた。イグニッション・ユニオンにこのスラム街から出場者が現れて、しかも仏になったというのはスラム街でもニュースになっていたのである。
「あの方が仏様ぞ!」
「囲め!かつげ!逃がすな!」
「わっしょい!わっしょい!」
「ありがたやありがたや!」
スラム街の人々は瞬く間に反男を取り囲むとまるで優勝者に対するように胴上げを始めてしまった。
「うわーっ!ジョー!助けてくれー!」
反男がおろおろしながらジョーを呼ぶ。その様子がジョーにはたまらなくおかしかった。
―なあんだ。ちゃんと反男さんにふさわしい場所があるんじゃない。
「わっしょい!わっしょい!」
「金運!失せ物発見!怨敵呪殺!」
「ありがたやありがたや!」
「わっしょい!わっしょい!」

「お静まりなさい!」
ジョーがお嬢様言葉で一喝するとスラム街の人々がだんだんと静まってゆく。胴上げから下ろされた反男がなんとかジョーの隣に戻ってきた。
「ふへえ、ありがとうジョー、たすか 「この方こそは『覚りし者』!衆生を救済し、地上に浄土を築く方ですのよ!皆様頭が高いですわ!」ちょっとジョー何言ってるの?!」
「「「「「ははーっ!」」」」」
ジョーのお嬢様言葉での一喝にスラム街の人々が平伏する。
「じょ、ジョー、いったい何を…」
おろおろする反男にジョーがいたずらっぽく囁いた。
「ほら、衆生を救うのでしょう?」
反男は目の前の人だかりを見た。たくさんの人々がこっちを見ている。その目には期待がある。反男は期待されていた。救いを求める人々がいた。ジョーはするりと反男の後ろにひっこんでしまった。
「え、えーと…」
後ろからジョーが再び囁く。
「殺生はいけませんのよね?」
「そ、そうだ…ええとみんな、これからはむやみに生き物を殺したり…盗みを働いたり、弱いものをいじめたりしちゃダメなんだ!罪を犯していてはよ、よくなることはできない…みんなには、いい人になってほしいんだ!」
「「「「「ははーっ!」」」」」
スラム街の人々は反男の言葉を素直に聞いた。これは反男にとって初めてのことであった。
いままでにない状況にわたわたする反男の横にジョーが出てくる。その目には炎が燃えている。
「さあ!そうと決まればまずはこの街から変えていきますわよ!私たちと一緒にこの街を変えて救いの道に入りたいというものは手を上げなさい!早い者勝ちですわよ!」
わあっ、と歓声があがる。
こののちにスラム街の治安は劇的に改善され、数年の内にその場所はスラム街とは呼ばれなくなるのだが―それはまた、別の話。
最終更新:2021年05月08日 01:50