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 僕は、僕が斬ろうと思えば何だって斬る事が出来る。
 そこに『ソレ』が存在するのだと僕が認識さえすれば、何であれ。
 ああ、恋と愛以外はね。

 例えばそれは、『絆』なんていう目に見えないモノであったとしても関係ない。斬ってみせる。
 だけどここで、ふとした疑問が生まれる。

 果たして一度斬られた絆は、信頼は、思いは。二度と修復される事は無いのだろうか?
 断ち斬られても尚、ソコに在り続ける固い絆というものは、存在し得ないのだろうか?

 その答えを、今の僕は知っている。


「……で、実際の所どう思うのじゃ? 我ら最強夫婦が負ける、という筋書きは存在し得るのじゃろうか?」

 イグニッション・ユニオン第一試合を翌日に控えた今日この頃。
 いつもの3人のいつもの緩やかな昼食の最中、愛する妻百合子はふとそんな事を呟いた。

「随分唐突だね」
「それはもう、唐突に思い出したからのう。大会にエントリーしてから今日に至るまで、わらわ達は結婚式の段取りに追われてマトモにこういった話をしてこなかったではないか」
「ま、それは確かに……ファイ! 紅茶のおかわりを貰えるかい!」
「かしこまりました」
「ありがとう!!」

 静かに食堂の隅に控えていた、愛する家族でありメイドのファイが瞬間移動し、僕のカップに紅茶を注ぐ。

「それでファイは、どう思う? もし君が僕と百合子の対戦相手だったとして。どうやって僕らに勝つ?」
「そうでございますね……」

 紅茶を注ぎ終えたファイは、ピンと背筋を伸ばして目を閉じる。
 それから数秒の沈黙の後、目を開いた。

「それがわたくしに実現可能か、という点はさておいて。ものすごい強者であればいけるんじゃないか、といういくつかのパターンは考えられます」
「続けて」
「1つ目は、リングアウトによる敗北でございます」

 リングアウト。即ち戦場外――今回であれば秋葉原の外に僕か百合子が飛び出てしまうというパターン。

「率直に申し上げまして、百合子様の身体に傷を付ける事は、特殊な魔人能力、それこそクロムウェル様がお持ちの様な魔人能力が無ければほぼ確実に――いえ、この際確実に不可能と言い切っていいでしょう。クロムウェル様に関しましても、百合子様程でなくとも常軌を逸した耐久力をお持ちです。ですが――」
「例えダメージを与えられなくとも、移動させるだけならばまだ現実的だと?」
「その通りでございます」

 確かにそうだ。しかし今回の戦場はかなり広大。ある程度気をつけていれば早々その様な事は起こりえないだろうが、用心するに越したことはないだろう。

「2つ目は、同士討ちによる敗北でございます」
「なるほど? わらわの怪力全力パンチが、うっかりクロにぶち当たってしまう、という可能性じゃな。どちらかが倒れればそこで決着じゃからのう」
「さようでございます。例えばなにかしらの幻覚、錯覚を見せる様な魔人能力を用い、混乱状態の最中、百合子様ががむしゃらに振るった拳が見事クロムウェル様にクリーンヒット、一撃KO。まぁその様な具合でしょうか」
「それが精神に作用する様な能力であれば、わらわには効くまい。みなわらわの肉体と美貌ばかりに気を取られ、あまり気が付かれておらぬが。わらわの精神は肉体と同様どこまでも強靭じゃからな」

 自慢げに語る百合子。だが、精神ではなく直接視界に作用する様な能力であれば百合子にも効くかもしれない。
 いや、どうだ? 効くか? まあ分からないがこれも要警戒か。

 それにファイは言及しなかったが、精神という面で考えれば僕の精神力は百合子程ではない。強いけど。
 魔人能力やらなんやかんやで僕の精神が破壊され、うっかり『ギブアップ』と口に出してルール負け、という線もあり得るか。

 こう考えると、意外と負け筋というものはあるのかもしれない。

「そして3つ目は――」

 そこでファイはチラリと僕の方を見やり、僅かに言い淀む。 
 ああ、なるほどその線か。あり得るあり得る。

「いいよ、言って」
「3つ目は――クロムウェル様の死亡による敗北でございます」
「ふうむ……可能性としては、あり得るか……?」

 百合子が難しい顔でカップに口を付け、ファイは続ける。

「先程、クロムウェル様の肉体は常軌を逸して強靭、と申し上げましたが。しかし無敵という訳ではございません。このわたくしであっても、全力で刃を振るいクロムウェル様に当てることが出来れば、手傷を負わせる事は可能でしょう。恐らく10回、20回当てた所で死にはしないでしょう。しかし100や200、1000や2000の傷を与える事が出来れば、如何にクロムウェル様といえど無事で済まないのではないでしょうか」
「ああ、その通りだ」
「しかし、そうなる前に片を付ければ良い話じゃろう? わらわの全力パンチを受け止められる生物など存在しないと思うぞ? ワンパンじゃぞワンパン」

 百合子はそう言うが、可能性としては十分考慮すべきだろう。
 なにより今回の相手は――。

「ニンジャ、だからね。僕はあまり詳しくないが、凄く……すばしっこそうだ」
「左様ですね。百合子様とクロムウェル様は攻撃力と防御力は超化け物クラスでございますが、スピードに関しては普通の化け物クラスでございます故」
「ううむ……あ、そういえば!」

 百合子がポンと手を打つ。

「ファイ、そういえばお主に頼んでおったじゃろ! 対戦相手の諸々の調査! どうじゃった?」
「単刀直入に申し上げまして、ほぼ成果はございませんでした。ぱりなリサーチ事務所のホームページに載っている様な事以上は、ほとんど」

 社長が若い女性である事。忍者である事。ギャルっぽい事。どこぞの忍び里の頭目である事。
 何やら忍者業界に革命を起こそうとしている事。
 以上である。

「正直、取っ掛かりが見つかりませんでした。「老い忍の」白烏の方に関しては皆無ですね。忍者が情報ダダ漏れという事は無いだろうとは思っておりましたが、ここまでとは。感服です」
「へえ」

 ファイがここまで賞賛するとは珍しい。流石はジャパニーズニンジャと言った所だろうか。
 だが、事前情報が何も無いというのは少々気がかりだ。
 よし。

「それじゃあ、うん…………行こう!!」
「んあ?」
「はい?」

 勢いよく立ち上がった僕に、百合子とファイが怪訝な視線を向ける。

「行くって……どこにじゃ?」
「ぱりなリサーチ事務所!!」
「何をしに?」
「挨拶!!」
「なるほど」

 百合子がカップに残っていた紅茶をグイっと飲み干した。

「よし、行くぞ!! ファイ、久々にヘリを飛ばすのじゃ!!」
「かしこまりました」
「途中で手土産を買っていこう!! ニンジャが好きな物って何だろう!! 落雁かな!!」
「多分違うと思うぞ!!」

 やんややんやと屋敷を後にする僕達であった。


「イチジク、苦無、壱」

 白烏が呟く。ぱりなは目を閉じたまま身体と腕の角度を調節、縦の軸と横の軸を合わせる。
 弧を描くようにぱりなが腕を十度振るう。魔人能力『手裏に秘するがしのぶの華よ』(シノブレード)は発動していない。あくまでポーズだ。

「可、可、不可、不可、良、良、不可、可、良、不可、良」

 ぱりなの身体の動き、勢いを観察する白烏。放たれた手裏剣が如何なる弧を描くか頭の中で精確にイメージし、評価を下す。

 ここはぱりなリサーチ事務所の一室。何もない空間にぱりなと白烏は立っている。
 尋常ならざる集中力を要する訓練。決して激しい動きをしている訳ではないが、2人の額には玉のような汗が浮かんでいた。

「位置変更。あけび、水銀、壱」
「良。イワナ、剃刀、壱」

 イワナ、剃刀、壱……。イワナ、剃刀、壱……。ぱりなは頭の中で必死にイメージする。
 角度調節。軸を修正。手裏剣投擲。

「不可、不可、良、良、良、良、良、良、良、不可。イワナ、鉄槍、壱」

 角度調節。軸を修正。手裏剣投擲。

「良、良、良、可、可、可、良、良、良、不可。わらび、赤石、壱」
「位置変更。ヤマメ、黒鉤、弐」
「是。わらび、白錆、壱」

 角度調節。軸を修正。手裏剣投擲。

「良、良、良、良、良、良、良、良、良、良……一旦休憩に致しましょう、お嬢様」
「ぷは~……ッ!!」

 白烏が告げた瞬間、ぱりなの全身から一気に力が抜ける。
 随分と息をするのも忘れていた様な気がして、ぱりなは思わず深呼吸した。

 気づけば全身が汗だくだった。これはあまりよろしくない。
 制服の裾で汗をぬぐっていると、白烏がカラフルな手拭いとスポーツドリンクを差し出した。

飲水思源(あざまる)、爺や」

 汗を拭い、スポーツドリンクを飲み干す。

「は~、捲土重来(マジ生き返る)。つか爺やの修行、いつにも増して厳酷苛烈(キビ)くね?」
「それだけの相手、という事ですよ。限られた日数でここまで精度を高められたのは素直に感服いたしますが、それでも不安要素は取り切れませぬ」
了解(りょ)。んまぶっちゃけ艱難辛苦(しょんどい)相手よな~……数百年の刻を生きる鬼と怪物狩りか~……は~、愁苦辛勤(キビい)わ」

 かつてない程の難敵、という事は疑いようも無かった。
 対戦相手が決定した直後から、ぱりなは部下たちに協力を仰ぎ、怪物狩りクロムウェル・バッテンフォールと鬼神百合子に関する情報を徹底的に調べ上げた。
 その結果を一言でいうなれば、『とにかくやばい』であった。

「その上で我々に出来うる作戦は立案出来ました……が、しかし。最悪の状況は想定すべきかと」
最悪の状況(はにゃ)?」
「ええ、それは……おや?」

 バラバラバラバラバラバラバラバラ……。

 つい先ほどから窓の外から響いてきていた音。それが、徐々に確実に此方に近づいてきている事を白烏は感じ取る。
 白烏と、彼に釣られたぱりなが窓に近づき、外を見る。

「すいませ~~ん!! 突然の訪問誠にごめんなさ~~い!! ちょっと申し訳ないんですけど~~!! このヘリ屋上に停めていいですか~~!? マカロン買ってきました、マカロン!! マカロンッ!!!!」

 窓の外にヘリがやって来て、止まった。中からヒョコっと顔を見せた男は、言わずもがな元怪物狩りのクロムウェル・バッテンフォールだ。

「「…………」」

 ぱりなと白烏が顔を見合わせる。

「……どうされますか」
「まぁ、あ~……うん」

 一瞬の沈黙、思考。

「マカロン持ってんならいいんじゃね?」

 そういう事になった。


「いや~、本当すいませんねぇ突然に!! あ、こちらマカロンと僕たちの結婚式のパンフレットです!」
恐懼感激(あざ)! 枯淡虚静(マジレス)すると急にヘリが来て、流石の(あーし)吃驚仰天(マジビビった)けど、とりまお茶! 爺やの淹れたお茶は天下一品(めっちゃよき)だし!!」
「ん、え、なに? アッハハハハ!!」

 クロムウェルはぱりなの喋る言語の半分も理解できなかったが、ひとまず笑っておいた。

乾杯(KP)!」
「けーぴー!」

 ぱりなが陽気にグラスを突き出してきたので、とりあえずグラスを突き出し返したクロムウェル。
 これは宴会だっただろうか。

 グラスに口を付けるクロムウェル。美味い。
 本人の前では死んでも言わないが、ファイが淹れたお茶と同じ位美味い。

「んで、今日は何用?」

 グイっとお茶を飲み干したぱりなが問う。その声は陽気なままだが、微かにトーンが下がっている。
 さすがに警戒しているのだろう。当然だ。

「いやいや!! そんなそんな大した用とかそんなんじゃあないんですよ!! 明日ご一緒する方々に一度挨拶位はしておこーかなーっと、ね! これ飲んだらすぐお暇しますので!!」
本当()? わざわざ来たんだからゆっくりしてけばいーのにー!」

 それは本心か単なる演技か。どちらにせよ、随分と愛嬌のある少女だ。
 この愛嬌は状況次第で武器にすらなるだろう。

「じゃ、ね! そういう訳で明日はよろしくお願いしますね~!! それでは~!!」
宣戦布告(よろよろ)~!!」

 本当に短い、ただの挨拶。それを終え、クロムウェルと百合子は事務所を後にした。

 パタン、と扉が閉じられ。屋上に停められていたヘリが飛び立つのを確認する。
 ぱりなは、口を噤んでいた白烏をチラリと見る。

「んで、どうだった? 爺や」
「何も変わりませぬ。敵はどこまでも、底なしの力を秘めておりまする。一度マトモに攻撃を喰らえば、再び立つ事は不可能でありましょう」
了解(りょ)。さ、修行の続き続きっと!!」

 ぱりなは立ち上がると息を整え、再び目を閉じる。

「梔子、毒蛇、弐」
「位置変更。ナツメグ、白針、壱」

 修行は、夜が更けるまで続いたという。


「……で、どうだった? 百合子。ずっと黙ってたけど」

 空を舞うヘリコプターの中。僕は百合子に問う。

「中々に強いのう。あの小娘も、小僧も。恐らく単純な力量で言えば小僧……白烏の方が上じゃろう。老いを感じぬ立ち振る舞いと肉体。じゃがあの小娘も油断は出来ぬ。才能と、恐らく直感に秀でておる。厄介なもんじゃぞ。直感というものは」
「なるほど……他には?」
「わらわがあの2人を観察して一番感じたのは、絆じゃ。信頼、と表現しても良いかもしれぬ」
「へえ?」

 人と人との間に結ばれる、絆。それは時に無類の力を発揮する。それを僕も、百合子も知っている。

「本物の絆というものは、決して容易に紡がれるものではない。じゃが奴らにはそれがある。詳しい素性も、魔人能力も。何も分からぬが、それだけで奴らは十分な脅威と言えるであろうな。いや、この目で直接確かめられて良かったのう」
「なるほど……いやあ、百合子は相変わらず洞察力があるなあ!!」
「まぁ当然じゃのう!!」
「「アッハッハッハッハッハァ!!」」

 高笑いと共に僕らは帰路に着いた。 


 イグニッション・ユニオン第一回戦、当日。
 僕、百合子、不忍池ぱりな、「老い忍の」白烏の4人は、巨大な鏡。鏡の世界へと続く入り口の前に立っていた。
 ここをくぐれば、そこは鏡世界の秋葉原。その瞬間から、試合が始まる。

「百合子、調子はどうだい」
「当然金甌無欠(あげあげあげみざわ)じゃ」
「……ん?」
「なんじゃ」
「いや、別に……」

 それはさておき、僕はチラリと敵の2人を見やる。
 落ち着いた様子で、あるいは悠然とした様子で定刻を待っている様に見えた。

「爺や」
「はい」

 ぱりなは、白烏にいつもの眩しい笑顔を見せて、言った。

「勝つよ」
「当然でございまする」

 4人は鏡に、世界の境界線に手を触れた。
 身体が鏡に吸い込まれ、一瞬視界が白く染まり――。

「よっと」
「ほう」
「……」
涸轍鮒魚(やばたにえん)……」

 僕達4人は、向かい合って立っていた。秋葉原の電気街、そのど真ん中に。

「グラァアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 瞬間、百合子は獣の様な雄叫びを上げて飛び出した。
 拳を振り上げ、眼前の白烏に飛び掛かる。

 時間をかける必要などない。
 一撃当てれば、それで終わるのだ。

「シッ――!!」

 百合子が飛び出すのと、白烏が地面に白い玉を叩きつけるのはほぼ同時の事であった。
 迸る激しい閃光、耳を刺すような甲高い衝撃音。
 閃光弾だ。

「チィッ、しゃらくさいわぁッ!!」

 百合子は止まることなく拳を突き出す。しかし当たらない。
 閃光弾は確かに百合子の視界を一瞬塞ぎ。白烏にとってはその一瞬さえあれば、拳を避ける事は可能であったのである。

「どうも」
「……」

 一方、僕は刀を抜き、より近い位置に立っていたぱりなに迫った。
 気さくに挨拶をしたが、返答は無い。
 どうやら戦闘中の無駄話を楽しむ性格ではないらしい。残念だ。

 ぱりなは此方に攻撃を仕掛けてくる様子も無く、懐からいくつかの弾を取り出し、地面に叩きつけた。
 閃光弾か?
 そう考えを巡らせた刹那、視界を黒い煙が塞いだ。今度は煙幕か。

「斬る」

 目の前の『黒煙』を『斬れるモノ』に定義。斬り払う。
 しかし視界は晴れなかった。黒煙を斬り払うと、今度は赤い煙が現れた。
 定義し、斬る。今度は緑の煙が。緑の煙が消えれば今度は青の煙が。青が消えれば紫が。

「クソッ……!!」

 最初に『黒煙』を定義したせいで、別の色の煙を定義するという、回りくどい事をしてしまった。
 色の違う煙は、同じ煙でも違う存在なのだと無意識化に僕が認識してしまったからだ。
 もっと大雑把に、煙は煙なのだと認識できれば良かったのだが。

 僕は煙を斬り払いながらガムシャラに突き進んだ。どうやら敵は、全速力で僕達から逃げる心算の様だ。

 それも当然。今この状況こそが、白烏が口にしていた『最悪の状況』なのだから。
 大会運営はルール説明において、鏡の世界に入った参加者がどの様な形で配置されるかまでは断言していなかった。
 4人がバラバラに配置されるのか? それぞれのペアごとに離れた場所に? あるいは一堂に介して?

 そしてこれが、それらの選択肢の中で最も最悪な形。接近戦を望めば絶望的な相手に、接近した状態から戦いが始まってしまうという状況。
 一度斬っても相手は死なぬが、相手はこちらに一度攻撃を当てればほぼ死ぬ。
 そんな相手に接近戦を挑む程、2人は愚かでは無かった。

 だからこそ2人は今、全力で、必死に。全速力で逃げているのである。

「獲物は、逃がさない……!!」

 クロムウェルの肌に一瞬蘇る、怪物狩りの感覚。逃げる獲物を追い、狩る感覚。
 音はしない。臭いもしない。しかしどうにか煙を抜けた視界の端に、ビルの中に逃げ込むぱりなの姿を一瞬捉えた。

 クロムウェルは跳んだ。ビルの二階部分まで飛び上がったクロムウェルはビルの壁を切り崩し、中に飛び込む。
 タイミング良く、あるいは悪く階段を駆け昇って来たぱりなと再び対面する。

含沙射影(しつこ)っ……!!」
「怪物狩りは執着気質だからね。だから諦めて、負けてくれるかい?」
冗談(ざけんな)……!!」

 再び煙幕が放たれる。僕は刀を構える。
 これは煙。そう、まとめて煙なんだ。

 刀を振るう。全ての煙が一度に掻き消え、
 そして僕の顔面に何かがベチャリとぶち当たった。

「いやクッサッッッッ!! ていうか目がしみ、喉、ゲホッ、ゲホゲホガホガホゲホォッッッ!!!」

 臭いし目が異様にしみる上に塞がれてるし喉が痛くてやっぱり臭い。
 なんだこれは。地獄か?

 これこそが白烏の数多くある忍び道具が1つ、白烏特製超催涙液玉である。
 クロムウェルだからこの程度で済んでいるが、普通の人間であればあまりの刺激に失神している事だろう。

 涙と痛みで歪む視界の中、僕は必死に、逃げるぱりなの背に追いすがる。
 ここで仕留められなくとも。せめて布石は打たねばならない。
 目を見開く。とても痛い。だが開く。そして定義する。

 ぱりなの『白烏との絆』を、『斬れるモノ』に。

「ハッ――!!」

 闇雲に振るった刃。ぱりなの背には届かない。だが、確かに斬った。
 そこに在る『絆』を。
 我ながら悪趣味だ。だが手段は選ばない。

 そして放たれる閃光玉、煙幕、更には爆竹、油。ぱりなはあらゆる手で此方の妨害に徹する。

「クソ……!!」

 臭くて眩しくて煙くて煩くて足は滑るし目が痛い。地獄。
 鼻に纏わりつく悪臭を定義、斬る。
 煙を定義、斬る。
 目に染みる催涙液を定義、斬る。
 油を定義、斬る。
 そうしてようやくマトモな感覚を取り戻した僕は、周囲を見る。

 ぱりなの『絆』を斬った後、彼女は何処へ行った? 上の階か? それとも下に戻ったか?
 音はしない。気配もない。

「ニンジャ……」

 僕はビルの天井を斬り開きながら一気に屋上まで飛びだす。周囲を見るが、誰もいない。
 そう思った直後、遠くのビルから轟音が響き渡り、崩れ落ちていくのが見えた。
 百合子だ。

「逃ぃがすかぁあああああああああああ!!」

 クロムウェルとぱりなが鬼ごっこをしている間、百合子と白烏もまた鬼ごっこをしていた。
 振るわれる剛腕、放たれる忍び道具。ギリギリの所で避け続ける白烏に、決して勢いを止めず攻撃を続ける百合子。

「……」

 百合子の猛攻によって崩れ落ちていくビルから、華麗な身のこなしで転がり出た白烏。
 息を吐く間もなく、瓦礫の中から飛び出てきた百合子。その拳を振り上げる。

「(チャンスは一度。同じ手は効かないだろう。ここまでの流れで動きは見えてきている。一度だけ。一度だけ、隙を作る)」

 白烏は百合子の拳を見て、それが直撃するその寸前まで避けるそぶりを見せなかった。

「ハァァァアアアアアアアアアッ!!」

 拳が振り下ろされたその刹那、白烏は百合子の懐まで潜り込み、その着物を掴んだ。

「ぬっ!!」
「御免」

 白烏は百合子の凄まじい威力を伴う拳、その勢いを利用し、百合子の身体を勢いよく投げ飛ばした。
 1つ、2つ、3つと。百合子の身体はいくつもの建物を貫通しながら吹き飛んでいった。

「チッ……つまらぬ手を喰らってしもうた」

 百合子の身体には掠り傷も付いていない。だが、逃した。百合子は投げ飛ばされた地点まで駆けたが、当然そこには誰もいない。
 静寂が場を支配する。百合子は耳を澄ませ、周囲を見渡し、臭いを嗅いだ。
 何も聞こえない。何も見えない。何も臭わない。
 何処にいるのか、見当もつかない。

「百合子」
「おう、クロ……お主もか」
「うん。油断していたつもりはなかったけど……ジャパニーズニンジャは強いなあ」
「じゃのう」

 再び沈黙、静寂。
 敵は秋葉原の何処かにいる。手掛かりはない。
 だが、そうだ。この状況では結局敵もこちらに攻撃できない。

「彼らは一体、どうやって僕達を倒――」

 クロムウェルの呟きを遮るかの様に、突如としてクロムウェルの右肩が斬り裂かれた。

「おっと、これは……」

 肩に手をやる。傷は深くないが、血は出ている。
 そう思ったかと思えば、今度は左脚が。次は背中が。次々と浅い傷が刻まれていく。

「とりあえず走るぞ、クロ!」
「了解!!」

 訳の分からぬまま、僕と百合子は駆けだした。
 影に潜み、あるいは一体化しながら、そんな2人を視界に捉え続ける白い烏の存在に気付かずに。

「山椒、狂犬、壱」
「位置変更。柘榴、鉈、参」


 接近戦を行うには分が悪すぎる事は、最初から分かり切った事だった。
 ならば遠距離戦、否、超遠距離戦を挑むという発想に至るのは自然な事だった。

 その為にまず、ぱりなと白烏は秋葉原の地形を100のエリアに分割し、分割したそれぞれのエリアを更に100に分割した。
 それらを食べ物や凶器、花といった形で記号化し、記憶した。漏れが無い様、徹底的に。高さは、直接数字を用いて表す事とした。

 覚えたそれらの地形を活かすために、2人は役割を分けた。ぱりなは射撃、白烏は斥候。
 斥候の白烏がクロムウェルと百合子の現在位置を確認し、ぱりなに絶えず報告する。
 その報告を受け、ぱりなは2人と接敵しない様移動し続け、クロムウェルに連続射撃する。

 射撃に用いられているのは当然、ぱりなの魔人能力『手裏に秘するがしのぶの華よ』(シノブレード)。不可視の手裏剣である。
 位置を悟られぬ様、軌道を変えて様々な方向から放つ不可視の超遠距離連続射撃。それこそがぱりなと白烏が見出した勝機。

 大木を両断する程の威力の手裏剣であろうとも、10や20当てた所でクロムウェルは死にはしないだろう。
 しかし100や200、あるいは1000や2000、当てる事が出来たのならば。
 クロムウェルは死に至るかもしれない。

 白烏が極めた隠形術と、ぱりなが必死に習得した精密射撃。これらがあって初めて成り立つ業であった。

「ぐおおおおお!! 何なんだこれは!! 奴らはどこに……あ痛ッ!! 耳斬られた!!」

 珍しくクロムウェルは苛立ち、焦りを覚えていた。なにせ分からないことが多すぎる。
 2人は一体どこに? どこから攻撃を?
 そもそもどうして斬れる? 飛ぶ斬撃? 見えない投擲物?
 探しても探しても見つからない。だけど攻撃は止まらない。

「クッ……やはり絶対に逃してはならんかったか……仕方がない、クロ!! こうなればしらみつぶしじゃ!! 片っ端から街を廻って破壊活動を続けるぞ!!」
「あ痛ッ……了解!!」

 2人は秋葉原を駆けずり廻った。駅の中で暴れまわり、高校を荒らし周り、コンビニをぶち壊した。
 PCショップを叩き潰してビルを数棟倒壊させてもう一回コンビニをぶち壊した。
 が、ダメだった。

 幾ら街を駆けずり廻ろうが、ぱりなは接近される前に遠くに逃げ、白烏は2人の後を音もなく追跡する。
 幾ら建物を破壊しようが、新たに生まれた瓦礫の陰に潜むのみ。何の意味も無い。

「クッ……ハァ……くそぉ……全然みあたら、痛ッ! 唇斬られた!!」
「むむ、むむむむむむ……よし、一旦夫婦会議じゃ!! 百合子ガード!!」
「よし来た!!」

 百合子ガード。これは百合子がこの状況で勢いで思いついた技である。
 ガシッとクロムウェルの背中に飛び乗り、首に手を回す百合子。
 こうする事でクロムウェルの首回りと背中の大部分を完全に防御する事が可能となる、意外と実用的な技である。
 その上でクロムウェルは刀を滅茶苦茶に振るい続ける事で、前方からの攻撃もある程度弾く事も出来る。

「で、どうする百合子!! 何か案ある? このまま僕が死んじゃったら放送事故もいいとこだよ! だって絵面が地味だもん!!」
「確かにそれは由々しき事態じゃ……むむ、むむう……よし、ここは一歩ずつ、現状我々に降りかかっている問題をどう解決すべきが考えるのじゃ!!」
「オーケー!! 小指斬られた!!」

 しかし本当に一体どうすべきか。頭を捻る。

「つまりわらわ達は今、『何処にいるか分からない敵』から、『正体不明の斬撃』を受けておる!! そういう事じゃな!?」
「イエス!!」
「この状況を一気に解決する方法とは!?」
「敵の居所を特定して一気に叩く!!」
「ならば敵の居所を特定する手段が必要じゃ!! じゃがこの戦場は広すぎる! その上隠れ場所が多すぎる!! ならばどうする!?」
「隠れ場所を無くす!!」
「じゃがいくら建物を潰そうとも、生まれるのは瓦礫の山じゃ! 山があれば影が生まれる! 影が生まれれば潜み続けられるかもしれん!! ならばどうする!?」
「押してダメならもっと押せ!! どこまでもどこまでも徹底的に!! ここまでの僕らは中途半端だった!!」
「ようし!! ならばこういう事じゃなクロ!?」
「そういう事だよ百合子!!」

 ピョンと僕の背中から百合子が飛び降りる。そして僕達は手を取り合い、天を仰いで言い放った。

「「この秋葉原を、更地に変えれば良い!!」」

 完璧な作戦だった。


 それは、不忍池ぱりなにとっての復讐でもあったのだ。
『忍び里働き方改革』。これまでの忍者の在り方を否定し、全てを変えようとする革命。
 古くからの風習、慣例、宿業。形骸化した、唾棄すべき過去の遺物。
 そんなものがあったから、『掟』などという呪いがあったから。

 だからパパは死んだのだ。掟がパパを殺したのだ。

 なればこそ、これは復讐なのである。これまでの忍びを過去の物とし、殺す。
 最悪の追い忍び代行、不忍池忍軍? くだらない。くだらない。反吐が出る。
 だから殺すのだ。不忍池ぱりなは、不忍池忍軍を、忍びを、掟もろとも殺す。
 これはそういう復讐なのだ。

「イワナ、青錆、壱」
「……」

 デコスマホ越しに爺やの声が聞こえる。声に従い、私は手裏剣を放つ。
 だけど、なぜだろう。その声を聴いた私の心に、どこかほの暗く、黒い感情が芽生えていた。
 なぜだろう。こんな事、今まで一度も無かったのに。
 あの日から。パパの死を目の当たりしたあの日から、一度も。

 掟がパパを殺したのだ。そう、掟がパパを殺した。

 掟に従いパパを殺したのは誰だ?

 いや、違う。そんな事は関係ない。関係ない。

 関係ない? だけど私は知っているだろう。最初から知っていただろう。誰の目にも明白だったじゃない。
 これまでその事を言葉にしてこなかっただけで。私だって知っている。私が知っている事を、奴も知っている。

 そう、知っていた。知っている。だけどそれは仕方ない。手を下したのが誰だったかが重要なのではない。重要なのは――。

 けれどパパを殺した。掟に従って。意味も価値も在りはしない下らぬ掟に従って。機械的に。どうせ、そこにためらいなんてなかったんでしょうね。

 それは――。でも、そんな事。私はだって、爺やが好きなんだ。かけがえのない家族なのだ。
 爺やだって、掟に人生を振り回された1人に過ぎない。
 掟が、パパを殺したんだ。そうでしょ? 

 …………。

「スズラン、短刀、弐……お嬢様?」
「ん……廉頗負荊(めんごめんご)

 私は掟を殺す。
 だから、絶対に勝たねばならないのだ。


「行くぞクロォォォオオオオオ!!」
「ウォオオオオオオオオオオオオ!!」

 途方もない重労働を前に、僕らはとりあえず叫んで気合を入れた。
 目の前にそびえ立つのはそう、秋葉原駅だ。

「斬れ、クロ!!」
「オーケー!!」

 僕は斬りやすくする為に『秋葉原駅』を『斬れるモノ』に定義。
 そして斬って斬って斬りまくった。百合子も本気の拳で駅の壁に拳を叩きつけ、見る見るうちに駅が崩壊していく。

「百合子!」
「うむ!! スゥゥゥゥウウ……」

 百合子は大きく息を吸い込む。

「ブフゥゥゥウウウウウウッッッ!!!!」

 そして一気に吐き出した。百合子の全力の吐息は竜巻か嵐か、あるいはそれ以上の勢いで砕けた瓦礫を巻き込み、秋葉原の外まで吹き飛ばしていく。
 まだまだ半壊程度だったので、更に斬った。斬って斬って斬りまくった。ついでに背中を斬られたが関係ない。
 僕が死ぬ前に全てを更地に変えてやる。

 そしていい感じに秋葉原駅を更地に変えた僕らは、河川の端に立っていた。

「オラァ!!」

 僕は近くにあったビルを大きく横薙ぎに両断すると、滑り落ちる建物を百合子がキャッチ。そして戦場外の川上に放り投げる。
 これを幾度も繰り返し、僕らは気合で川をせきとめた。

「よし、これで川の中に潜まれる事は無いのう! 次!!」
「警察署がある!!」
「壊す!!」

 僕達は警察署を更地に変えた。

「郵便局!!」
「潰す!!」

 郵便局を更地に変えた。

「銀行!」
「消す!!」

 更地に変えた。

「ホテル! 牛丼屋! 学校!! 百貨店!!」
「滅!!」

 全部消した。

「これは…………」
狂悖暴戻(あたおか)……」

 白烏とぱりなは思わず呟いていた。何もかもが滅茶苦茶だった。
 自分達を見つける為にとりあえず建物を片っ端から破壊する、位の事は想像していた。想像していた、が。
 あれは、もっと明確な目的の為動いている。
 全てを更地に変える気だ。

速度上昇(テンアゲ)で行くよ、爺や」
「かしこまりました」

 街の建物が次々と消滅するにつれて、徐々に得られる情報の精度が落ちていく。
 ぱりなと白烏は徹底的に秋葉原の地形を頭に叩き込んだ。建物も、その構造も。
 建物が破壊されても、目印として活用出来れば座標は特定できる。白烏は現にそうしてきた。

 だが、流石にそれらが更地となってしまえばそうも言ってはいられなくなってくる。
 既にぱりなの超遠距離射撃の命中率も、情報の精度と共に目に見えて落ちていた。

「どうじゃ、クロ! 進捗は!?」
「秋葉原の半分を更地に変えたよ!! でもまだ姿は見えないね!!」
「よし! 続けるぞ!!」

 壊して壊して壊して壊す。斬って斬って斬って斬った。

「無花果…………髑髏……否、車輪。壱」
「了解。位置変更。蓬、簪、壱」

 撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃った。
 だが、死なない。既に全身に無数の傷を負っており、出血量も中々のものだ。だが、死なない。

「クロ! 進捗!!」
「8割……いや、9割! 百合子!!」
「来い!!」

 クロムウェルはピョンと百合子の掌の上に乗ると、百合子は思い切り腕を振る。
 勢いよく空に打ち上げられたクロムウェルは、その9割の建造物が吹き飛んだ秋葉原を見下ろした。
 随分とスッキリしたものだ。あれだけそびえ立つ建造物の陰に悩まされていたのが嘘の様だ。
 そしてクロムウェルは、見た。更地の片隅に建つ小さな喫茶店、その陰に。
 そこに潜むぱりなとバッチリ目が合った。

「見つけたぁ!! 百合子、ダッシュダッシュダッシュ!!」
「いよいよ年貢の納め時じゃのう!! アッハッハッハッハァ!!」

 着地と同時に駆けるクロムウェル、百合子。
 ぱりなはその様子を見ると小さくため息を吐く。

「爺や。時間切れ。これ以上隠れるのは無理ゲーっぽい。イチジク、苦無、壱。秒で集合よろ」
「かしこまりました」

 そのやり取りの数秒後、白烏は音もなくぱりなの傍に立っていた。
 終わりの時は近い。


 心の中の黒い感情は、未だ完全に消えた訳ではなかった。
 あの日から心の中に芽生えた疑念。いや、確信。
 けれど一度も口に出してはこなかった。

 何かが壊れてしまいそうで。
 何かが終わってしまいそうで。
 爺やが、何処か遠い所に行ってしまいそうで。

 けれどここで。命の奪り合いが行われている戦場で。何故か私はそれを口に出したくなった。

「……爺や」
「何でしょうか、お嬢様」

 スゥーッ、と。小さく息を吸い、吐いた。
 そして爺やの目をしっかりと見据え、言った。

「――(あーし)のパパを殺したのって、爺やだよね?」
「――はい。確かにこの手で、お館様を手にかけました」
「ん、そっか。正直に答えてくれて、ありがとね」
「…………」

 爺やからゆっくりと視線を外し、前を見据えた。
 超絶馬鹿力バケモノラブラブバカップルが、こちらに駆けてきていた。

「……爺や」
「はい」

 そしてもう一度、私は爺やの目を見た。
 出来るだけいつもの笑顔を浮かべて。もしかしたら涙で崩れていたかもしれないけど、それでも笑顔を浮かべて。

「これからも、よろしくね」
「はい。この命尽きるまで、お嬢様にお仕えいたします」
「ありがと。…………よし!! それじゃ爺や、勝つよ!!」
「当然でございまする」

 ザザーっと2人のバケモノが私たちの前に躍り出た。

「ほう。逃げださぬか。なんじゃ、まだ隠れ場所は残っていたのではないか? ほれ、あそこにもビルが残っておるし、なんなら地下という手もある……まあ、地下に逃げるならわらわが崩落させてしまうがのう」
「あー、まぁなんつーか? いい加減逃げ回るのも辛苦遭逢(つらたん)っつーか? ぶっちゃけこの作戦米塩瑣屑(めちゃメンディー)? みたいなみたいな?」
「ほぉ……なんというか、お主……」
(どしたし)?」

 百合子ちゃんの紅い瞳が私を見る。なんだか、全てを見透かされている様な錯覚を覚える。

「ふ……いや、なんでもないわ」

 百合子ちゃんはそれ以上何も言わず、ポキポキと拳を鳴らす。

「で、わらわの相手は?」
「わたくしが」

 爺やが百合子ちゃんの前に進み出た。

「それじゃ、君の相手は僕かな」

 クロっちが私の前に。

「不思議な事もあるものだね。君が彼に抱いていた絆。信頼は、僕が完全に断ち切ったと思ったのだけれど」

 その一言で全て腑に落ちた。なるほどそういう事か。つくづく便利な能力だ。
 けれど、だとすれば私は、その能力に打ち勝ったという事なのだろうか。

「ハン、爺やと(あーし)の絆は、そんなチャチな能力で壊せるほどヤワじゃないし!」
「そうみたいだね。本当に驚いたよ」

 クロっちは刀を構える。百合子ちゃんは拳を、爺やも構えを取る。
 私もデコ苦無を手に取る。

「これで終わりだ」
「ひれ伏すが良い」
「参る」
大死一番(ぶちのめす)ッ☆」

 全員が一斉に駆けた。

 百合子ちゃんの拳が振り下ろされる。爺やはそれを避け、百合子ちゃんの身体に手を伸ばす。

「フッ!!」

 けれどその直前、百合子ちゃんは勢いよく息を吐き出すと、放たれた突風に爺やの身体が地面に叩きつけられる。
 百合子ちゃんはすぐさま爺やに馬乗りになると、拳を振り上げた。 

 私はデコ苦無と閃光弾をクロっち目掛けて同時に投擲。重ねるように不可視の手裏剣を放つ。
 軽い動作でデコ苦無を両断し、クロっちはそのままスライディングして閃光弾をキャッチする。
 クロっちの頭上を通り過ぎる手裏剣。私は手を止めずクロっち目掛け手裏剣を投げまくる。
 最早クロっちは避けようともしなかった。直撃する手裏剣。けれどクロっちは死なない。
 威力が足りない。
 弾ける様に跳んだクロっち。私が反応するよりも速く、みねうちの刃が振るわれる。

 百合子ちゃんの拳が爺やの脳天を穿ち、クロっちの刃が私の鳩尾を打ち付けた。
 私と爺やは、ほぼ同時に気を失い。
 そして私たちの戦いは終わった。


乾杯(KP)!!」
「「「「けーぴー!!」」」」

 試合が終わり、元の世界に戻った僕達は、とりあえず近場のファミレスに集まっていた。
 もう完全に宴会だった。

「んーまあ今回は負けたけど? 次やったら絶対(あーし)らが勝つし?」
「クックック……吠えるではないか、小娘が。もう一度気絶させてやろうかの? ん?」
「……え、何? 喧嘩? やめてよねえもう! あ、白烏さん。今の内に聞いときたいんですけど昨日飲んだお茶の銘柄を……」
「ああ、アレはうちの里で栽培して、ブレンドした特別な一品でして……」

 やんややんや。下らない話をしながら時が過ぎていく。

「……で。あー……なんだっけ? 結婚式、だっけ?」
「そう、二度目の結婚式!! どうかなぱりなちゃん、キミの事務所にこの結婚式の警備をお願いできないかな! 二億位なら出すよ!!」
「んー……でも(あーし)らって警備会社じゃ……いや仕事の幅を増やすのはあり? むしろあり寄りのあり? 爺や、どう思う?」
「そうですな……」

 白烏さんは顎に手を添え考えるような素振りを見せ、

「ま、よろしいのではないでしょうか」

 軽い調子でそんな事を言った。

了解(おけぴ)! そんじゃその任務、(あーし)ら『ぱりなリサーチ事務所』が引き受けたし!! 前金の振り込みは秒でよろ!」
「え? あー、秒でね!! オーケーオーケー、委細承知(かしこまり)っ☆」

 こうして僕達は最高の友達を得る事が出来た。実に良い1日だった。

 僕たちの最強の結婚式まで、あと少し。
最終更新:2021年05月09日 23:05