イグニッション・ユニオン第二回戦一週間前 村崎大亜別邸
「これはまた…どう戦ったものかな」
「すっっっっっごいめんどくさそうな相手だよねえ…」
村崎揚羽と刃山椿は顔を突き合わせて話し合っていた。議題はもちろん来たる第二回戦。対「放火しに来ましたーズ」。戦闘地形は【橋】。
「放火し放題で釣れば戦わずして降伏させられないかと思ったけど、橋一つじゃあ満足しねーだろうな…」
「橋はねえ…山の時は木を透明化して上にいればごまかせたけど橋の鋼材は位置関係がはっきりしてるからおんなじ風にやるとばれかねない」
「だからってあの広域火炎相手に地上にとどまるのは無謀か…ツバキのキューブを浮遊に使わざるを得ないか?」
「そうだねえ…というか一回戦で咄嗟に氷結の守護とか言っちゃったから火が効かないように見せないとだめになっちゃてるんじゃない?」
「いやそれは魔人能力で変質してる火だから防げないとかそんな感じの芝居を打てばどうにかならないか?まあ試合中は何も言わなくても、後から聞かれたらでいいだろう」
「その理屈大丈夫?「アップダウンコネクション・フロム・ロンドン」にじゃあなんでうちの防げたんだーって言われない?」
「それは今生火友が強いっていうことにしとけばいいだろう。なんてったって奴の相方はアレだぞ?ちょっとくらい格を上げてもごまかせる。あとは…ツバキは防火服とか着れば多少は何とかなるかな。親父に調達してもらえるかな?」
「まあ今生火友に対してはそうなるね。問題なのはこいつだよこいつ」
「呪物ゴーレム(仮称)。素性不明、出自不明、手札もほぼ不明のものがいくらでもあると。なにこれ?不測の事態製造機か?」
「相性最悪…切ったら絶対変なもの出てくるだろうし」
「見ろよこれ、わかってるだけでもこれ全部対策するとか無理だろ」
そういって揚羽が椿に見せたのは一回戦の映像や下衆山が隠し撮りした写真などの数少ない呪物ゴーレムの情報から推測された呪物ゴーレムの体を構成する呪物に関するレポートであった。
「蠱毒と思しき壺、ティンダロスの猟犬の召喚媒体、報復呪術の付与された人形、ニーベルンゲンの指輪のデットコピー、古代エジプトに近い装飾のマスク、無差別発火魔術が仕掛けてある呪符、ビクトリア朝時代の装飾が施された宝石箱、保存液の入ったガラス瓶、なんかの動物のミイラ、隕鉄、対怨霊の封印がされてる化石、魔導書の一部とみられる紙片、プラスチック片、石ころ、貝殻、スパモン教異端派の福音書、妖刀村正…うわ~やだ~。これでもほんの一部ってマジ?」
「残念ながらマジだ」
二人の頭を悩ませているのはイグニッション・ユニオン屈指の謎存在、呪物ゴーレムであった。「闇の王と骨の従者」が最も警戒しなくてはならないのは不測の事態だ。ただ勝つだけではなく村崎揚羽を「闇の王」として演出しながら勝たねばならないという制約がある立場としては、「相手の情報がない」すなわちその場での即興で対応しなければならないというのはかなり危険である。よしんば勝ったとしても「闇の王」としての仮面が剥がれたら終わりなのだ。
「とりあえずうかつな攻撃は厳禁…っていうことでOK?」
「そうだな…それである程度は何とかするしかないか。流石に爆発オチ太郎は出てこねーだろ。仏でもなきゃあれは解放できないはずだ」
「ってことは呪物ゴーレムは基本無視して今生火友に集中ってこと?」
「そうなるな…できるだけ何もさせずに勝ちたいところだが」
一筋縄ではいかないだろうな。揚羽はその言葉を飲み込んだ。
二人の間に重苦しい空気が漂うが、意を決して揚羽が立ち上がる。
「ええいぐずぐずしてもどうしようもない!気合い入れてなんとかするぞ!」
「よおし!その意気だ!椿ポイント30点!」
「そうと決まれば特訓と…防火服とあとできるだけ対呪詛用の品物も取り寄せとくか。護符みたいなやつ」
「そういやおやっさんが怪物狩りのバッテンフォールから声がかかったとか言ってたな?結婚式襲撃がどうたらって…うちはもうその辺から手を引くとこだってのに」
「それはともかく渡りに船!呪詛の専門家のやつが使えるかもしれん!よし行くぞォ!」
「よし行こう!そして勝つ!そのまま優勝して原宿でキャラメルなんたら…この前テレビで見たなんか名前の長い甘い飲み物を飲む!」
「いいなそれ!優勝して甘いものを食べに行こうぜ!ケーキバイキングかなんかで大手を振ってよお!」
「放火魔何するものぞー!」
「おー!」
☆ ☆ ☆
同時刻 スラム街 ジョー&反男宅
ジョーはキレかかっていた。
「火友さん?わたくし事業を立ち上げるための投資家の方々との話し合いとか謎に燃えるスラムの皆様を統制したりとか反男さんがいつまでも本尊としての自覚を持ってくれないとかで忙しさと充実感であたまがぱーん☆となりそうなのですけれどそこに明らかに縁起の悪そうなデカブツを連れた放火魔がなんの御用ですの?」
「お茶しよ☆」
呪物ゴーレムが持っていたデカい包みの中からクッキーやらチョコレートやらマシュマロやら知育菓子やらの甘味がどさどさと現れた。さらに火友のリュックの中から今話題のなんか名前の長い甘い飲み物(テイクアウト)が4本出てくる。ジョーは(よくわからんひとですわー)とため息をついた。
そんなこんなで「放火しに来ましたーズ」と「スラム街に舞う白鳥の子としがない坊主」の三人と一台はテーブルを囲んでお茶会(ジョーの能力によるものではない)を始めることとなった。
「それでわざわざ何の御用ですの?」
「もふぁもぎゅもぐ」
「食べるかしゃべるかどっちかにしてくださいな」
「ちゅーーーーーずぞぞぞぞぞ」
「飲み食いを優先させた…!」
そのまましばし火友は勝手に飲み食いを続けた。呪物ゴーレムはぼーっとしていた。ジョーは火友がなんか名前の長い飲み物を飲み干して即座にとなりの呪物ゴーレムの分と思われていたのを飲み始めた時は一発ぶんなぐってやろうかと思ったが反男がねるねるねるねに熱中していたのであほらしくなってやめた。しかし火友が懐からライターを取り出して焼きマシュマロを作り始めた時に意を決して問いかけた。
「それで結局何の御用なんですの?」
「いやケーキとお茶くれたからそのお返しはふはふ」
「えっ?それだけ?」
「うんそれだけ」
ジョーはびっくりした。この放火魔にそんな社会性があったということと、そのためにわざわざ訪ねてきたということで二重に驚いた。
「てっきり焼き討ちかとおもいましたわ」
「そんなことしたら犯罪じゃーん」
「説得力が皆無…!」
そういえば試合前と試合中に『お茶会』したけれど結局情報収集に終始してあまりまともに話し合うことはなかったなあ、とジョーは思った。ジョーの『お茶会』は本音が出る場所であるが、本音を出しあえばよいというものでもないのかもしれない。特にこの放火魔なんかは本音の上に良識やら社会性やらをかぶせておいた方がいいのだろう。少なくともむりやりケーキを食べさせて会話の主導権を奪うのはあまり健全なコミュニケーションではあるまい。
ジョーは名前の長い飲み物を一口飲んだ。アホみたいに甘かったが、不味くはなかった。
「ああそうだ火友さん」
「ふぁふぁふぃ?」
「しゃべらなくていいですわよ」
「見て見てジョー!ほんとに色が変わった!」
「反男さんもしゃべらなくてよいですわよ」
「あっはい」
おとぼけ二人をいなしてジョーは指摘する。
「第二回戦の戦場は橋でしたよね…現地で燃料を調達できまして?」
「………」
「正確にどことは言われてませんけど下は海って言われてますから絶対に木製ではありませんわよ?」
もぐもぐごくん。火友が固まる。
ぽっくぽっくぽっくぽっくぽっくぽっくちーん。
「あああああああああああああああああああやばああああああああああああああああああああああああどうしよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
火友が絶叫しながらゴロゴロと転がる。壁にぶつかりそうになったが呪物ゴーレムに猫の子のように抱え上げられて事なきを得た。
「やっぱり何も考えていませんでしたか…」
ジョーが再びため息をつく。こんなのに負けたのか。
呆れた様子のジョーにねるねるねるねを食べ終わった反男が声をかける。
「ねえジョー」
「なんですの反男さん」
「拙僧たちで用意してあげられないかな、燃料」
―まあ、あなたならそういうでしょうね。 ジョーはわかっていた。
「そりゃまたなんでですの?」
「そりゃあ…こうしてわざわざお菓子買ってきてくれたわけだし…そもそもいま事業を立ち上げる計画が順調なのもあの一戦があったからじゃないか。よくよく考えたら大恩人だよ」
「はああああ~。」
ジョーが大きなため息をついた。それはあなたが解脱してのけたからでしょう。という言葉を飲み込む。むしろ自分たちを負かしてくれた目の前の一人と一台は仇と言ってもいい立場のはずだ。だというのに恩人と呼び、救いを差し伸べる。
「それでこそ反男さんですわ」
ジョーは立ち上がった。
「いいでしょう。ただ働きしてあげますわ」
☆ ☆ ☆
イグニッション・ユニオン第二回戦当日 村崎大亜別邸
戦いの直前、「闇の王と骨の従者」は諸々の準備の最終確認を行っていた。
「防火服、よし。刀、よし。」
消防士のようないでたちの椿が持ち物を確認する。その姿が急に消え失せたかと思うと、じわじわと骸骨の騎士が姿を現す。
「死霊の騎士、よし。」
自らの能力を確かめる揚羽がふわりと宙に浮かぶ。
「『PSYCHO=LAW』よし。深淵の波動よし。」
宙に浮いたまま、揚羽が手鏡で自分の顔を確認し、能力を使用する。
「コンタクト、よし。もしもの保険、よし。ツバキ、技も確認しておこう」
床に降りた揚羽が構える。
「深淵の波動!」
揚羽の動きに合わせてぶおん!と不可視の大質量が動く。
「空間切除!」
眼前の壁の表面に精緻な彫刻のように複雑な模様を描く溝が刻まれた。二度三度とその模様が切り替わる。
「そこまで精度上げる必要ある?」
「必要さ。俺たちはなんだって全力を尽くさねば勝てない」
そういうと揚羽は持ち物の最終確認を始める。
「護符、よし…どのくらい役に立つかわからんが」
揚羽が取り出した小さな木札のようなものはバッテンフォール家の手で作られた対呪詛用の護符である。呪物ゴーレムの全身の呪物に対してどれほど有効かは不明である。
さらに揚羽は続けて一振りのナイフを取り出す。
「最後の武器、よし…まあこいつに頼ったら敗色濃厚だな」
ナイフと護符を懐にしまう。そして一度深呼吸すれば、もうそこにいるのは野心を瞳に湛えた「闇の王」だ。
「では行こうか」
☆ ☆ ☆
東京ゲートブリッジ。全長2618mを誇るこの橋がイグニッション・ユニオン第二回戦【橋】の舞台である。試合時間は夜。冴え冴えとしたLEDの光が戦場を照らしている。
その特異な形状は恐竜が向かいあう様にもたとえられるこの橋であるが、いま相対するのは恐竜ではなく炎のような闘争心をたぎらせた魔人たちだ。
「さてさて…相手はどう出るかね…」
「闇の王」村崎揚羽は上空から戦場を睥睨する。正直かなりの高空を『PSYCHO=LAW』のキューブの上に乗って漂うのはなかなか肝が冷えるものであるが、それを顔に出すことはない。夜中なので顔色が見えにくいのは都合が良かった。
「む?あれは…?」
揚羽の視界に入ったのは遠いので小さく見える「放火しに来ましたーズ」の二人と、
その横に積まれたどう見ても個人で用意する量ではない廃材の山であった。
☆ ☆ ☆
スラム街
『うおおおおおおおジョーさーん!反男さーん!えーっとその他のみなさーん!私たちの友情と支援に感謝のファイヤーうわひょ■■■■■■■■■■■■!!!!!(興奮しすぎていて聞き取れない)』
「同類だと思われるからやめてくださいましー!」
数少ないテレビの前に大量の人々が集まって思い思いの声援を送っている。ジョーは頭を抱えている。
「いけー!やっちまえー!」
「「闇の王」がなんぼのもんじゃーい!」
「燃やせ―!呪い殺せー!」
「仏様の加護があるぞー!」
『『『チュチュチュチュチュ―!』』』
「なんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶ…」
「あああ…あんなののスポンサーと思われたらこれからの事業が…」
火友が今まさに大炎上させている廃材の山はスラム街の変化に伴って解体された建造物の廃材に事前に大量の油をしみこませたものである。当然提供したのはジョーと反男を筆頭にエネルギーを有り余らせたスラム街の一同だ。廃材と油を大量に集め、手分けしたり『チューチュートレイン』を駆使したりして瞬く間に運搬してのけたのである。そのマンパワーは今後のスラム街の可能性を感じさせるものだったが、ジョーにとっては支援の対象が派手に間違ってるのではないかという不安の方が大きかった。
「ええいここまで来たら毒を食らわば皿までですわー!負けたら承知しませんわよー!」
「なんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶ…!」
☆ ☆ ☆
東京ゲートブリッジ㏌鏡の世界
「だああああおりてこーい!焼かせろ―!」
火友が鼻息荒く上空の揚羽に叫ぶ。せっかく一回戦で放火した火をすべて集めた時と同じくらいの大火炎だというのに相手に上空にいられては届かず、橋と呪物ゴーレムを無意味に炙り続けていた。
「ははは、わざわざ敵に都合の良いことをしてやるほど我はお前たちを侮ってはおらん。「闇の王」の称賛だぞ?誇りに思うがいい」
余裕を演出しつつ、揚羽は考えを止めない。
(まずいなあれは…地上には降りられない、つまり『PSYCHO=LAW』も使えない。あれを使うしかないか)
こっそりと地上で透明化している椿と連絡を取る。
(ツバキ、あれをやるぞ。出し惜しみしてられる相手じゃない)
(了解!いつでもいいよ!)
「そんなに戦いたくば我が騎士の力を見せよう…死霊の騎士!」
揚羽が能力を発動すると、不気味な骸骨の騎士が「放火しに来ましたーズ」の前に姿を現す。
「出たぁ!生で見るとめちゃくちゃホラー!こわっ!」
「………!」
火友を守るように呪物ゴーレムが骸骨騎士(に扮した椿)の前に立ちはだかる。その後ろでは炎が轟轟と音を立ててもろともに飲み込まんとうねる。
タンク&ウィザード。タフネスに優れる重戦士が敵の攻撃を防ぎ、広域高火力を有する魔術師が仕留める。古典的にして効果的な連携が「放火しに来ましたーズ」の正面戦闘におけるスタイルだ。
しかし「闇の王」の技はそれをすり抜ける。
「我が更なる力を見せよう…!骸の跳躍!」
今にも呪物ゴーレムに切りかからんとしていた骸骨騎士が霞のように消える。そして火友の前に出現する!
「ええってあぶなっ!なにそれえ!」
火友を狙った居合は割り込んだ火に阻まれて首を落とすことはできなかったが、火友は面食らった様子でなんとか転がってかわす。じたばたと起き上がっても骸骨騎士の姿はない。
「消えた!?どうなってるの!?」
「知れたこと。我が魔眼の力を貸し与え、異界に潜る力を与えたのだ。」
「なにそれー!」
当然ハッタリである。透明化させて回り込ませたに過ぎない。それでも相手の防御をすり抜けるには十分だ。完全に透明化させたままの攻撃はぼろが出る可能性が高いので最後の手段である。
そして椿が透明化して背後に忍び寄る―よりも先に火友が動いた。
「全周防御―!」
大量の火すべてが火友のもとに集結する!瞬く間に火友は完全に火達磨…を通り越して特大の火球に包まれた!
「なるほど…考えたな」
相手がどこから来るかわからないならばどこから来ても大丈夫なようにすればよい。単純な論理だ。確かにこれでは剣の間合いに入るよりも先に焼かれる。
「しかし長くは持つまい…」
その推測を裏付けるように火友は口と鼻を手で押さえている。息を止めているのだ。いかに火の熱が問題なくとも火が燃えている以上酸欠はいかんともしがたい。水中にもぐっているようなものだ。
(あの状態は長くは持たない。解けたところで攻撃を―)
 ぞくり。と悪寒。危険。これはまずい。呪わしい。
(下ろしてくれッッッ!)
椿の反応が一瞬でも遅れていれば揚羽は即死していたかもしれない。射線を外れてからくもその攻撃を逃れる。
(あの野郎…わざと炙られて封印を解きやがったな!)
揚羽を狙った攻撃の正体は呪いだ。それができるのはこの場に一人…いや一台しかいない。
呪物ゴーレムの頭部の封印が一部剥がれ、そこに埋まっていた古いガラス瓶が姿を現した。
その中には保存液が満たされており―魔眼が浮いていた。本物の魔眼である。
魔眼。眼球や視線に由来する異能、あるいは異能を有する眼球の総称である。一部の希少生物が生まれつき持っていたり、魔人能力や後天的な霊的手術によるものもある。そして持ち主の死後も能力が残り、視線に入ったものに無差別に発動するとなれば紛れもない呪物である。
(クソッ!出てきてしまったか!こうなったら長期戦は不可能!やるしかない!)
橋の上に降り立った村崎揚羽は困難な選択肢を即決した。呪物ゴーレムの封印が緩んだ以上長期戦は不可能だ。今生火友を迅速に倒すより他にない。
(全力で放火魔をやってくれ!俺には構うな!)
(アゲハはどうするの!)
(なんとかする!)
(…勝って!)
(おう!)
短いやりとりをして揚羽は通信を切った。ここから先は揚羽の戦いだ。
呪物ゴーレムの全身から異様な気配がぞわぞわと這い出す。射程の長い魔眼が解禁されたから上空の揚羽を狙うのにはそれを使ったが、他の呪物も複数解禁されている。
揚羽はこれに相対し、椿が火友を倒すまで『独力で』耐えきらなくてはならない。それが揚羽の選択した作戦である。
長射程攻撃が解禁された以上上空にとどまるのは不可能。地上にいては火友の広範囲火炎が向けられたとき防ぐのは不可能。火友の攻撃が揚羽に向かないよう椿が抑えなければならない。さらに呪物ゴーレムをうかつに攻撃できない以上火友の撃破が勝ち筋。そして揚羽が地上に降ろされ、戦いに巻き込まれる立場となっては透明化の細かい調整を行う余裕はない。骸の跳躍は使用不可だ。椿も『PSYCHO=LAW』を揚羽を守るのに回す余裕はない。
ここまでの考察を総括すると、「椿が火友を仕留めるまで、揚羽は呪物ゴーレムに対して独力で生き延び続ける」ことが勝利条件だ。そしてどんなに恐ろしく、呪わしい敵であっても、揚羽は背を向けることはできない。揚羽は「闇の王」だからだ。
(えっ?なに?なんかやばい?やばいやばいやばいやば―)
そんなことを思っていた火友の前に突如として骸骨騎士!火の中だというのに!
「うわああああああああああああああああああ!?」
どうやって火を突破したかというと椿がただ覚悟を決めて突っ込んだだけである。ここにきて事前に用意していた防火服が効果を発揮した。居合がとっさに回避した火友を掠る!
「わあああ痛っ!戦ってられるかこんなのーっ!こわいー!骸骨こわいー!ぴえーん!」
火友が逃げ出した!橋の反対側へと向かって一目散に逃げる!火友はただの15歳の放火魔である!自分を切り殺そうとする骸骨に対して正面から戦えるほどホラー耐性が高くはなかった!椿が追う!呪物ゴーレムも一瞬追いかけようとするも、機動力に難を抱えた身では追いつけないと判断したのか、あるいは呪物が火友を巻き込む可能性を考慮してか、揚羽に向き直る。
絶大なる呪詛の塊が「闇の王」と相対した。
☆ ☆ ☆
恐ろしい。忌まわしい。呪わしい。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
無理だろこんなのと戦うとか。誰が言い出したんだよ。俺だわ。戦うのは恐ろしい。暴力は忌まわしい。殺し合いなど呪わしい。
ああ、クソ!だから戦ってるんだろうが!戦うのが嫌だから戦ってるんだろうが!そんなこと『ツバキだけに背負わせてなんかいられねえ』!そのために似合わねえ「闇の王」なんかやってんだろうが!一回戦の時おれはどうした。ずっと遠くからちまちま能力使ったり指示出したりしてるだけだったじゃねえか。だから今度は俺も戦わなきゃなんねえんだ!奮い立て。踏ん張れ。前を向け。ハッタリでも偽物でもハリボテでも、それで戦わなきゃなんねえ時だ!逃げたほうがいいってんのはわかってる。こいつの足なら逃げ切れる可能性は低くない。でもここで逃げたら試合に勝ててもそれ以外のものを失っちまう。俺は「闇の王」だ。「闇の王」は逃げねえ。どんなにヤベー時でも不敵に笑う。魔眼の力なんかなくったって負けねえ!そういう「闇の王」でいなきゃいけねえ!どんなピンチも跳ね除けて、ツバキのことを余裕で守れるような「闇の王」だ!
…何考えてんだ俺は?一目散に逃げるべきとこだろここは?「闇の王」なんていってる場合じゃねえぞ?そんなハッタリに執着してる場合じゃ―いや。執着してる場合だ。
―ハッタリだけで最強勝ち取ろうとか、デカいこと言うじゃん。
―どうせならもっと思いっきり箔をつけたほうがいいんじゃない?
―「闇の王」?いいじゃん派手で。椿ポイント15点!
―『透けルンです』じゃあカッコつかないよ。なんかこう…
―アゲハすごいじゃん!マジで骨だけになってる!我ながらキモッ!
―いいねそれ!かっこいいじゃん「闇の王」!
どうも俺は自分で思ってるよりも「闇の王」だったらしい。
☆ ☆ ☆
どろりと揚羽の眼窩から血が流れ出た。顔を歪めて言い放つ。
「我が魔眼を傷付けるとはな…大したものだ」
血のように見えるのは事前に透明化しておいた特殊メイクである。椿との連携ができない、すなわち魔眼の偽装ができなくなった時用の『もしもの保険』であった。揚羽は最後の武器のナイフを抜いた。目の前には忌まわしいことこの上ない呪いの塊。
「闇の王」は言い放つ!
「来い!「闇の王」が直々に相手をしてやろう!末代まで誇るがいい!」
☆ ☆ ☆
「こっち来るなああああああああああああああ!ぴえええええええええええええん!」
今生火友はめちゃくちゃ逃げていた。ひたすら逃げまくっていた。ホラー極まる骸骨騎士に加え、なんかヤバい呪詛の塊まで現れたせいでほぼ完全に戦意喪失していた。具体的には迫う椿の進路をふさぐように火で壁を作ったり橋の下から火を回り込ませて奇襲を試みたり道路の側溝に火を潜ませての不意打ちを試みたり橋の裏から路面を熱して椿の足を焼こうとしたりして全力で逃げていた。
(こいつなんかさっきから火の使い方がめちゃめちゃ洗練されてない!?)
椿は殺す気での足止めを仕掛けてくる火を時に躱し、時に飛び越え、時に突っ切って火友を追う。
しかし距離が縮まらない。一流の戦闘魔人である椿が全力で追撃して、だ。あまりにも苛烈な妨害。
(あっちち…やっぱり明らかにさっきより操作の精度が上がってる!こっち見てすらいないのに!)
「ギャー!しぬー!しぬー!」
今生火友は放火魔である。放火が三度の飯より好きだ。具体的には放火してる間は極度の興奮によって知能が低下しているくらい好きである。
つまり恐怖のあまり放火のこととか忘れている状況は今までのイグニッション・ユニオンの戦いの中で最も「冴えている」状態なのだ。火事場のバカ力であった。そんじょそこらの魔人ではなすすべなく黒焦げにされていただろう。椿であっても、今が夜、つまり火の光が見えやすい状況でなければ、死角からの火で焼かれていただろう。防火装備で固めているとはいえ、追撃を成立させている椿の技能が驚異的であった。
「こわいー!こわいー!」
これまで最高のコンディションで、今生火友は逃げる。
☆ ☆ ☆
(見極めろ…何が出てくる!表面にある呪物のはずだ!それならある程度情報がある!)
揚羽は呪物ゴーレムをまっすぐに見てナイフを構える。次の瞬間揚羽の全身が発火した。
(無差別発火魔術…!一定範囲内にいる限り回避は不可能!)
揚羽の懐の護符がびりびりと震える。どれくらい防御できているのかは謎だ。
(熱い!痛え!怖気づくな!笑え!)
「…この程度でこの「闇の王」を倒せると思っているのかッ!我も侮られたものだッ!」
ベキバキ!という音とともに呪物ゴーレムの肩にあった壺がひび割れる。中から現れたのは全長2mはありそうな忌まわしい大百足である!
(蠱毒の産物か!百足に対しては…!)
揚羽はナイフの刃に唾を吐きかけると、百足を迎え撃つ。大百足の毒牙が肩に食いこむ!
「があああああっ!ぬるい!この「闇の王」がその程度で屈すると思っているのかァ!」
ナイフを二度三度頭に突き立てると、百足は動かなくなった。百足は人の唾を嫌う。有名なまじないであるが、ある程度の効果はあったようだ。動かなくなった百足を投げ捨てるとぞわりと悪寒。さきほども感じた感覚。魔眼である!おそらくは見たものに直接的な害を及ぼす類の魔眼!
(…!どうする!回避できるか!?いや違う!)
能力を発動。『ロサ・ネグラの魔眼』もとい、『透けルンです』。瓶の中の魔眼を透明化する!普段の透明化であれば目を透明化しても視力を損なわせることはないがその保護をあえて無くしての発動。瞬時に可能なのはその能力の積み重ねた研鑽ゆえだ。魔眼の圧力が消失する!
(やはり見えなければ使えない!封じてやったぞ!本物の魔眼を!)
「ははっ!呪いなどと言っても大したことはぐぼっ!?」
いきなり揚羽は大量に吐血した。びたびたと赤黒い液体がアスファルトの路面に広がる。ばぢん!ばぢん!と音を立てて周囲を照らすLEDが止まり、鋼材が急速に錆び始め、路面のアスファルトがひび割れる。明らかな異常現象。
(なんだ!?何をされた!?何が起こっている!?)
気付けば懐の護符が完全に砕けていた。呪い。忌まわしく不可解極まるまさに「呪い」と呼ぶほかないものがふりまかれていた。それでも揚羽は不敵に笑ってナイフを構える。
「俺は…我は「闇の王」だ…!」
☆ ☆ ☆
同時刻 村崎組事務所
「揚羽…」
「坊ちゃん…」
村崎大亜と下衆山根津太郎は見ていた。揚羽がただ一人で敵に向かい合い、ナイフ一本で血反吐を吐きながら戦っているさまを。
「つ、椿は!坊ちゃんがこんなになってるのに椿はなにをやってるんデスか!?」
「いや違う、違うぞ下衆山…椿が揚羽を守らないはずがない。揚羽が「この喧嘩は自分がやる」と言っとるんじゃ…!」
「坊ちゃん…!坊ちゃん…!頑張って…!」
「揚羽…勝つんじゃ!勝っておまえの望む未来を見せてくれ!」
☆ ☆ ☆
村崎組事務所 別室
「おいおいおいおい、マジかよ…まさかあの「闇の王」が?」
「ピンチじゃねえかよ」
「頑張ってくれよ?一応村崎組の看板しょってんだからよお」
「でも結構頑張ってるじゃねえか」
「能力はともかく体はなよっとしたもんだと思ってたがなあ」
「いやほんとに頑張ってるじゃねえか」
「大亜さんみたいだぜ」
揚羽に向けられる視線は変わりつつあった。
☆ ☆ ☆
スラム街
「がんばれー!」
「あぶねー!」
「よけろー!」
「くたばれガイコツー!」
「「闇の王」はよ死ねー!」
「焼け―!呪えー!」
「仏様!彼女をお守りください!」
『『『チュッチュチュチュー!』』』
「負けたら許しませんわよー!勝ちなさーい!」
「なんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶ…!」
『無我夢中』が発動した。
☆ ☆ ☆
激しい戦いを続ける「放火しに来ましたーズ」と「闇の王と骨の従者」のもとに唐突に何かが聞こえた。
『皆さん…皆さん…聞こえますか…』
「誰!?」
「なんだ!?」
「え!?」
「!?」
『反男です…いま皆さんに『無応援』でみんなの応援を届けています…』
反男が応援にのめりこんだ末『無我夢中』が発動し、鏡の世界内に応援を届けることとなったのだ!敵味方の応援を分け隔てなく届けるのが反男らしい!
「いいのそれ!?しんぱーん!」
審判 鏡助氏の見解
「応援だけなら問題ないでしょう。直接的な支援効果はありませんし、どちらかに肩入れしてもいません」
「いいんだ!」
☆ ☆ ☆
今生火友は逃げていた。それと同時に応援されていた。
『がんばれー!』『焼いちゃえー!』『焼き尽くせ―!』『もっと燃やせ―!』『火葬したれー!』『放火三昧しろー!』『チュチュチュー!チュッチュチュー!』『ちょっと皆様!この応援電波乗ってますのよお!誰ですか放火三昧とか言ってるのはっ!ええいもう勝ってもらわんとやってられませんわー!』『なんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶなんまんだぶ』
火友は応援されていた。このただ燃やすことしか興味のない放火魔が。
「あーもう!燃料もらえたのはうれしかったけどさあ!こんなに…!こんなに…!こんなにたくさん…!」
今生火友は放火魔だ。放火のことしか興味がないし、そのことを肯定されたことは無かった。
―そんなことしたら犯罪じゃーん。
自分でさえ自分を肯定したことはなかった。普段は明るく装っているが、その本質はタガの外れた狂人であり、社会に受け入れられるものではない、唾棄すべき存在だと火友は思っていた。
「私放火魔なのに!火付けができればそれでいいのに!」
それが、そんな自分が。
がんばれ、と言われている。
「こんなに応援されたらさあ!」火友は逃げるのをやめた。
「勝つしかないじゃないかあああああああ!」
今生火友は放火魔だ。しかし応援されたら応えようというくらいの義理はある放火魔である。
今生火友が燃えていた!
☆ ☆ ☆
村崎揚羽にも応援が届いていた。
『村崎組の意地見せたれー!』『俺らのボスならこんくらいで負けはしねえ!』『我らが「闇の王」!』『負けたら承知せんぞー!』『「闇の王」!勝ってくれー!』『呪いなんぞこわかねえ!』『坊ちゃんの夢はこんなところでつぶれるようなもんじゃねえ!』『揚羽!おまえの夢を見せてくれ!』『私たちの二憶五千万つぶすなよ!』『ガード!電波乗ってるよ!』
全身を焼かれ、毒が全身に巡り、謎の呪いに蝕まれてなお村崎揚羽は不敵に笑った。
「無論だ」
自分は期待されている。親父が。下衆山さんが。村崎組のみんなが。あと図々しくも某殺し屋二人が。そしてツバキが。村崎揚羽に、あるいは「闇の王」に期待を預けているのだ。
村崎揚羽は臆病者の少年に過ぎない。「闇の王」は中身の伴わない空っぽの張りぼてだった。今やそうではない。
「ゲホッ、ゴボ」揚羽はまた血を吐いた。しかし揺るがない。
期待している人がいるのだ。ならばそれに応えねばならない。ハッタリでも偽物でも張りぼてでも関係ない。中身が空っぽならいまから詰めればいい。
「闇の王」は言い放った。
「諸君らの期待、しかと受け取った!完全なる勝利で報いることを「闇の王」の名において誓おう!」
「闇の王」は燃えていた!
☆ ☆ ☆
戦闘は最高潮に達した!ここが勝負の分水嶺、二つの炎が激突し、一つは消えて残るは一つ!
此処は今、DANGEROUS!
椿が突っ込む!火友が迎え撃つ!
「来やがれガイコツやろおおおおおおおお!」
轟!と音を立てて『友なる炎』が燃え盛る!火の壁が椿の前に立ちはだかった!
「…っ!」
椿は足を緩めない。追撃戦の間の激しい妨害により、防火服を着ていてなおすでに椿の全身は火傷が刻まれていたが、それでも戦意が衰えることは無い。むしろ相手が逃走を止めた好機にますます燃え上がる。
(アゲハのやつは、私にこいつを倒せって言った。ならそれに応えるだけだっ!)
一回戦の時と同じだ。炎を突っ切って、敵を倒す。
(「闇の王の名において完全なる勝利」ってアゲハは言った。なら私が勝つのは前提だ!)
火を突っ切る!今生火友は―右手にスプレー缶。左手にライター。火炎放射の構え!
ゴボゴボと呪物ゴーレムの右腕が泡立つ!無機物で構成された呪物ゴーレムの内側から、何かの肉が生える!
「召喚…いや、死霊術だな。ゲホッ、確か化石があったな…恐竜の復元か。趣味が悪い」
呪物ゴーレムの右腕がいびつな肉食竜の頭部へと変貌する。忌まわしき死霊術で腐臭を放ちながらかりそめの復活をはたした屍恐竜がゆがんだ咆哮を轟かす!
「来い!冥府へと送り返してくれる!」
凶悪な捕食者を宿した呪物ゴーレムの右腕が振り上げられる!「闇の王」が能力を発動した!
「おおおおおおっ!空間切除!!」
「燃えろおおおおおおおお!!!!」
噴き出したのは、絶大な―
炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎炎!!!!!!!
『友なる炎』は火友と火の間に友誼を結ぶ力である。火友が期待に応える放火魔であるならばまた火も火友の期待に応えるのだ!
絶大な火力が一帯を灰燼と化す!アスファルトが溶け、鉄骨が歪む!紅蓮が夜の東京ゲートブリッジを眩く染め上げた!
凄絶な熱量が通り過ぎて、唐突に止まる。
「はーっ!はーっ!はー、はー…」
じゅうじゅうと赤熱した橋の上に、骸骨騎士の姿はない。
ふう、と一息ついて空を仰ぐ。その先に―
月を背にした骸骨騎士。
『PSYCHO=LAW』。ここまで完全に伏されてきた、上空への回避の一手。
そして骸骨騎士は飛び降りる。重力加速に加え、空中で幾度もキューブを蹴り飛ばして加速!防御すること能わざる必殺!秘奥義・月落とし居合切り!
「空間切除!!」
屍恐竜が忽然と消えた!ここまで完全に機能不全と思わせていた魔眼の一撃!予想外の事態に呪物ゴーレムの動きが一瞬止まる!
その一瞬!「闇の王」は命を燃やすように跳ぶ!呪物ゴーレムの首にナイフが突き立つ!
「うおおおおおおおおおおおあああああ!」
会心の一撃!ベギャッ!と音を立てて呪物ゴーレムの首が落ちた!
しかし。
「―――っ!」
ぞぶりと膨れ上がる。ここまで揚羽を蝕んできた「呪い」。その本体がそこにあった。
そして呪物ゴーレムは―
首を落としても止まらなかった。
そして純粋ですらあるほどに濁り果てた、底なしの呪いが「闇の王」を襲った。
☆ ☆ ☆
「がっ!」「ぎゃっ!」
「闇の王」が血を吐くのと、今生火友の喉笛が切り裂かれるのは同時だった。
しかし。
今生火友が倒れる。「闇の王」は倒れない。その場に踏みとどまった。
一瞬の沈黙。
「げひゅっ…がひゅ…」
火友が力なくもがく。ほどなくして死ぬだろう。
「闇の王」は―
立ったまま死んでいた。
☆ ☆ ☆
イグニッション・ユニオン第二回戦【橋】
闇の王と骨の従者 対 放火しに来ましたーズ
勝者 放火しに来ましたーズ
決まり手 呪殺
備考…逃げていれば試合には勝てた可能性高
☆ ☆ ☆
2日後 原宿
「うわーっ「闇の王」!なんで!なんでこんなところに「闇の王」が!?」
「しーっ!お忍びなのだ!静かにしてくれ!」
原宿のこじゃれた今話題の店の前でばったり鉢合わせした火友と揚羽の姿があった。
火友がすさまじい勢いでビビり散らかす。試合に勝ったというのに「闇の王」に対面しただけで試合本番の時よりも緊張している。骸骨騎士に追い回された末に首を掻っ切られたのがよほどこたえたようだ。
「まっ、まさか報復に…ぴえええん!」
「せんわ!すでに終わった戦いを蒸し返すようなことはせん!そもそも報復など犯罪であろうが!」
「で、でも村崎組の人たちが誤審に抗議してC3ステーションにカチコミするって噂が」
「それならもう止めてきた。全くあいつら皆血の気が多くて困る」
世間では先のイグニッション・ユニオン第二回戦【橋】は誤審があったのではないか、という噂がまことしやかにささやかれていた。曰く、村崎組を危険視したC3ステーションが「闇の王」がまだ戦えたにも関わらずわざと死亡判定を下して負けさせたのだと。
それほどまでに「闇の王」の立ち往生のインパクトは強かったのだ。結果として負けたにも関わらず「闇の王」の名声は上がる一方であった。
「誤審の件は近いうちに我が敗北宣言を出す。それで皆納得するだろう」
「そ、そうなのですか…」
「意外か?」
「てっきり徹底抗議するとばかり…」
「わざわざそんなことはせんよ。イベントに参加している身だ。運営の方針にはおとなしく従うさ。」
揚羽は一連の誤審疑惑はただの噂であるだけではなく、自分に向けたメッセージがあると感じていた。C3ステーションがイグニッション・ユニオンの公平性にケチがつくような噂をただ放置しているとは考え難い。持ちうる手段を総動員して火消しに動いていてもおかしくない。それが放置されているのは「闇の王」の真実が暴露されていないのも合わせて考えると『利益を放棄するポーズをして村崎組の無害化・健全化のアピールに使え』というメッセージだ。
(鷹岡集一郎…気を使ってくれたのか?)
それを確かめるすべは今の揚羽にはない。なんにせよ結果的に「闇の王」のメッキが剥がれることは無く、村崎組の健全化への道も閉ざされることはなかった。揚羽としては試合には負けたが、最悪の結果は免れたといえる。
「ええっと…その…」
「なんだ?」
火友がおずおずと問いかけた。「闇の王」は堂々と受ける。どちらが勝者かわからない。
「報復じゃないなら…なんの御用で?」
「「闇の王」が今話題のエクストラキャラメルチョコチップアーモンドナッツハイパースイートクリームスペシャルエレクトロストレンジソーダフラペチーノDXマーク6改二をテイクアウトしては悪いのか?」
「アッハイ」
そのまま二人はエクストラキャラメルチョコチップアーモンドナッツハイパースイートクリームスペシャルエレクトロストレンジソーダフラペチーノDXマーク6改二、通称今話題のなんか名前の長い甘い飲み物をテイクアウトした。
別れ際に「闇の王」は火友に声をかけた。
「おおそうだ今のうちに言っておこう」
「な、なんですか」
「我を負かしたのだ。勝ちたまえよ」
火友は言った。
「言われずともです!」
「闇の王」は少しだけ笑った。そのまま二人は別れようとして―
「あっでも!」
火友が振り返った。
「放火はします!あ、それと…」
「それと?」
「頑張ってください!」
「無論だ。我は「闇の王」ぞ」
揚羽が苦笑した。ひらひらと手を振って別れる。
火友は応援してくれた人と一緒に祝勝会をしに行く。
揚羽は従者とともにひと時の休息をした後に、また戦うのだろう。村崎組の健全化・社会進出への道のりはまだまだ遠い。揚羽と椿に「普通」の暮らしがやって来るのは当分先になりそうだ。それでも揚羽は歩みを止めない。
(ツバキ。学校はもうちょっと待っててくれよ)
ハッタリでも偽物でも張りぼてでも―それが人を力づけることだってあるのだ。
村崎組がどうなったのかは―それはまた、別の話。