貴女の全てを知りたくて
愛とは知ることだと信じている。
相手のことを深く知れば、より相手を深く愛せるのだと信じている。
そして、愛があれば、相手をより深く知っていけるのだと信じている。
私の能力「貴女をもっと知りたくても私の愛を反映したものだ。
けれど、これでは、まだ足りない。
知りたい。知りたい。知りたい。知りたい。
私はもっともっと知りたい。
もっと愛したい。
だから、私はお姉様の全てを知りたくて、世界樹に挑戦することにした。
◆ ◆ ◆
「女教皇の教導」の扉を開き、一人の少女が三つ目の試練の部屋に降り立った。
「うわあ!この部屋は広いですよメリーさん」
「そりゃあそうでしょ。ここから他の候補者と合流するわけよ。広くて当然っていうわけ」
少女と彼女の肩に乗せられた羊のぬいぐるみが会話をする。
少女の名はリネット・ソリダスター。今回の選定における候補者の一人だ。
ストレートの金髪に白いワンピース。アンダーリムの眼鏡をかけた幼げな顔立ちと小柄な背丈は大学生という実年齢以上に彼女を若く見せる。
メリーさんと呼ばれた羊のぬいぐるみは彼女を担当する案内人だ。
「で、あそこの入口へはいればいいんですか?」
「そうよ。例によってギミックは教えられないわけだけどね」
世界樹三つ目の試練、「女帝の庭園」。
怪物たちが放たれ、色とりどりの花が咲き乱れる、複雑怪奇な巨大迷宮と化した美しき庭園を抜けていくある意味で単純明快な部屋だ。
間違った道を選べば、容赦なく怪物が襲ってくる。
生き残るには正しい道を選び続けるか、襲い来る怪物を倒し続けるしかない。
「では、行きましょう」
迷宮の入口へリネットが足を踏み入れようとした。
その時だった。
「おいおい。こんな嬢ちゃんが世界樹の候補者だっていうのかよ。気に食わねえな」
死角から現れたのはスキンヘッドに髭を蓄えたいかにも戦士然とした鎧を纏った筋骨隆々の巨漢。
背丈はリネットの二倍以上といったところか。
右手には身の丈を超える巨大な斧を持っている。
「何ですか?この人」
「他の候補者でしょ」
三つ目の試練からは候補者達は合流するが、同時に攻略するわけではない。
例えば、カチュア=マノーは州警の指名手配犯と同時に世界樹に足を踏み入れたわけではないのだから、当然その進行度も違う。
この男は先に「女教皇の教導」をクリアしここで待っていたというわけだ。
この試練で厄介なのは、庭園に放たれた怪物たちだけではない。
候補者たちもまた候補者たちの敵となりうる存在だ。
「で、何の用なんです?」
「おう。ライバルは少ない方がいいっていうのはお嬢ちゃんもわかるだろ」
「はあ」
「で、この俺、ハイパーエリート冒険者カーマ・セイヌー様が身の程知らずのお嬢ちゃんに自分の立場っていうもんをわからせてやらねえとなと思ってな」
「はあ、暇なんですね」
会話をする暇があるんなら、とっとと不意打ちするなりすればいいのに。
「ふああああああ」
リネットが退屈そうに欠伸をする。
「お前、舐めてるのか?」
「だって、おじさんの話、真面目に聞く必要あります?」
心底つまらなさそうなリネットの返答を聞き、カーマ・セイヌーのこめかみがぴくぴくと動いている。
「お前、余程殺されたいようだな」
「いや、別に殺されたくはないですけど?」
「そうか。だがてめえは今すぐ殺す!!!!全知全能の力に相応しいのは誰かっていうのを心まで刻み付けてからなあ」
カーマ・セイヌーが斧を振り上げ、リネットに向かって振り下ろす。
「死ねえええええええええええええ……ぐぼあばらば」
カーマ・セイヌーの顔面にカウンターでリネットの蹴りが直撃する
そのままカーマ・セイヌーは倒れた。
「なんか弱くない?なんで世界樹こんなの通したわけ?」
「知りませんよ。私に言われても」
心底興味がなさそうな表情でメリーに答えるリネット
「一応第二の部屋までは突破してるわけですからすごい人だったんじゃないですか?こんなおじさんどうでもいいですけど」
私が興味あるのはお姉様だけですと言いながらリネットは迷宮の入り口に向かっていく。
◆ ◆ ◆
「で?これからあんたのお姉様とやらを追いかけるっていうわけ?」
迷宮内を探索しながら、リネットとメリーは会話を続けていた。
「はい、メリーさん!私にはお姉様のことなら、何でも分かりますから。ですから、お姉様もまたこの世界樹に挑戦していることがわかるのです」
彼女がお姉様と呼ぶ存在――ルピナス・ブーゲンビリアの位置情報はこの世界樹を示している。
つまりは彼女もまたリネットと同じ世界樹に選ばれた候補者。
「あっ何でも言いすぎでしたね。私にもわからないことはあります」
「どっちでもいいわけじゃない?そんなこと」
「よくありません。大切なことです。何でもわかったら私が世界樹に挑戦する必要はないですから」
お姉様の全てを知りたい。そのために全知全能の力が欲しい。
それが彼女の世界樹に足を踏み入れた目的だ。
けれど、
「ですが、お姉様がここにいることが分かった以上、私は追いかけなければなりません」
全知全能の力を得られるのは結局のところ一人だけだ。
それでも、リネットはお姉様と協力関係を結ぶべきだと思ったから。
助けられるのは彼女だけだと思ったから。
「でも、追いかけてどうするわけ?そもそもあんた会ったこともないんでしょ、あんたのお姉様とやらに」
「はい、そうですね。お姉様は私のことなんでこれっぽっちも知りません」
これはリネット自身がメリーに告げたことだ。
彼女のお姉様――世間を騒がす怪盗メロディことルピナス・ブーゲンビリアをリネットはテレビや動画サイトの映像でしか見たことがない。
悪党に捕えられていたところを助けられたとか、盗まれた宝石を取り戻してもらっただとかそんな劇的なドラマなんて当然あるわけでもない。
言ってみれば、アイドルを取り巻く一人のファンに過ぎない。
「だったら、そのお姉様とやらがあんたの期待通りの反応をしてくれるとは限らないわけじゃない。最悪敵対する可能性もあるってわかってるわけ?さっきのやつみたいにさ」
「ええ。ですが、それがなんです?確かにお姉様の愛は私に向いていない。ですが、それは私の愛を止める理由にはなりません。」
一方通行の愛。それでいいと思っている。
いや、それは嘘だ。本当はお姉様に自分のことを知ってほしいと思っている。
だから、自分はこれまで会おうともしなかったお姉様に会うという選択をとろうとしているのだろう
「それに、いいですかメリーさん。お姉様はとても素敵な方なのです。それを私は誰よりも知っています」
それこそ本人以上に。彼女に纏わることであればルピナス自身すら知りえないことすら知ることができるのがリネットの異能「貴女をもっと知りたくて」だ。
「メイルフロントの街で起こったヴァーミリオン亭事件はご存知ですか?千人の警官隊が屋敷を囲む中、華麗に標的の『スフィンクスの涙』を盗み出したお姉様の勇姿は?あの事件の真相がだまし取られた宝石を取り返してあげたものだということを」
「ああ、わかったからわかったから。あんたのお姉様は素晴らしいわけよね。それでいいんでしょ」
メリーはあきれるように決壊したダムの様にあふれ出てくるリネットの言葉をせき止めた。
一つ目の試練の時も二つ目の試練の時もそうだったが、リネットはすぐに彼女のお姉さまとやらの話をする。
余りにもストーカーじみた言動と目的に最初はドン引きしていたが、本当にお姉様とやらが大好きなのは伝わってくる。
いつの間にか彼女を応援したいと思うようになってしまった。
といっても、ルールを破るわけにはいかないのだけれども。
「あっ、次の試練の部屋への扉が見えてきましたよ、メリーさん」
メリーがリネットの指さす方を見ると確かに第三の部屋「女帝の庭園」の終わりを告げる扉が見えている。
会話をしているうちにいつの間にか迷宮を抜け出していたらしい。
「でも次もこんなうまくいくとは限らないわけよ?」
深層に近づくほど、世界樹の試練も過酷なものになっていく。
今回命をつなげたからといって、次も生き残れる保証は決してない。
「でしたら、それも乗り越えていきましょう。私のお姉様への愛で」
そういってリネットは扉に手をかけた。
果して彼女の行く先に栄光は待ち受けているのだろうか。
◆ ◆ ◆
世界樹を遡る、二人目の候補者。
女子大生、リネット・ソリダスター。
グレイブリッジ大学文学部所属。
お嬢様として育てられたが、悪い虫から身を守るために護身術を身に着けている。
彼女の愛が深くなればなるほど、彼女の愛する存在の詳細な情報を得ることができる異能『貴女をもっと知りたくて』を持つ。
目的は、候補者の一人である怪盗……ルピナス・ブーゲンビリアに関するあらゆる全ての情報を得ること。
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最終更新:2020年08月02日 20:44