第一回戦第三試合 意志乃鞘
採用する幕間SS
なし
試合内容
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結昨日家主催のトーナメントに参加し、しかし敗退した意志乃鞘。尤も敗退とはいっても自ら棄権したのではあるが。
彼女は以後の試合を客として観戦するつもりであった。目的の1つであるヒーロー候補を探す為だ。
「ふむ‥‥それにしても昭君のヒーローっぷりは凄いな。希望崎に入学してくれないものだろうか――いやしかし、その頃には私は卒業か。現役の学生なら四空君も注目株かな」
‥‥しかし、四空君が早々に退場してしまったのは寂しいものがあるな。彼の実力を見る機会がまたあればよいのだが。
それに気になるのは彼らだけではない。――自分が認めたヒーローの素質を持つもの、
「――みずき君、か」
少女がどこまで勝ち上がるのか、どこまでやれるのか。それを考えると、まるで幼い少年のようにワクワクしてしまう。
‥‥いっそのこと優勝してほしいものだ。
自分が勝ちを譲っただけのことはある人物だと、そう改めて実感させてほしい。
そんな事を考えていた時だ。
「――うん?」
女神オブダークネスの手によって、転移が行われた。
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いつかと同じ浮遊感を得た直後、鞘の足はアスファルトの地面を踏んでいた。
「‥‥ここは、どこだ?」
周囲を見渡せば何かの建物内部のようであった。
広々とした空間の中には車が整列するように置かれており、駐車場ということがよく分かる。
日の光は無く、天井に備え付けられた電灯だけが唯一の明かりということから、恐らく地下駐車場の類なのだろう。
――しかし、場所が分かっただけではな。
事情は未だ飲み込めていない。いや、それどころか正確には場所も把握しきれていないのだが。どこの駐車場なのかは皆目見当がつかない。
そんな困惑している頭の中に、どこからか声が響く。
『こちら裏トーナメントアナウンスを務めさせていただきます、斎藤窒素です』
この感覚には覚えがある。トーナメント1回戦でも聞くことができた斎藤窒素の魔人能力による連絡だ。
謎だらけの現状を解決しうる彼女の言葉に、聞き逃せない単語があった。
‥‥裏トーナメント、だと?
眉を顰める鞘の疑問に答えるように、窒素は裏トーナメントの説明を始める。
『1回戦で無様な戦いをして敗退した皆様に女神様は怒り心頭です。激怒しています。怒りが有頂天です』
「ふむ」
『そこで、だらしない負け犬への罰として裏トーナメントを開催することになりました。これに勝ち進まなければ地上に出ることはできません』
「つまり、負けた場合は」
『負けた場合は勿論このまま一生をダンジョンで暮らすことになります。なので、死ぬ気で頑張るのがよろしいかと思われます』
‥‥なるほど、そういうことか。
事情を把握した鞘は腕を組んでため息を吐く。面倒に巻き込まれた、と思う。だがこれはこれでいいかとも思う。
――部長として、名誉挽回の機会は欲しいものな。
敗退者達のトーナメントで、どこまで名誉が挽回できるかという疑問も無くは無いが。
窒素の説明は続く。
『よりによって棄権した意志乃様の対戦相手は、同じく面倒だという理由で棄権した矢塚様になります。戦場は見て分かると思いますが、地下駐車場です』
‥‥矢塚? 確か、真野風火水土に敗れた矢塚一夜、か?
『それでは、今度こそ棄権することなく最後まで戦い抜くことを期待しております』
その言葉を最後に、斎藤窒素の説明は終わった。
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裏トーナメント実況席。間違えてドロップを飲み込んでしまった女神様は咳き込みながらなんとか息を取り戻す。
「けほっ!? ふ、ふぅ――びっくりして飲み込んじゃいました。って、そうです! さっきの説明は何なんですか!?」
「何か問題があったかしら」
「ありまくりですよ! 私、負けた方も出してあげるつもりですよ!? そんな外道じゃありません!」
(‥‥プリンが無くなったから裏トーナメントを開催するってのも十分外道だと思うなー)
尤も、そんなことを考えている結昨日映がプリンを食べた張本人なのだが。外道は基本。
「でもね。あんな風に脅さないとトーナメント自体が成立しないわよ?」
「どうしてですか?」
「だって賞品が無いんだもの」
窒素の言葉通り、この裏トーナメントには表トーナメントとは違い優勝してもこれといったメリットは無い。
仮に盛り上がれば結昨日家から何かが贈られるかもしれないが‥‥期待しない方がいいだろう。
「負けても出られると分かってたら、普通はさっさと棄権するわ。特に矢塚さんのような賞金目当ての方は間違いなく」
言われれば、そうだ。
これでは試合が成立するのは、戦いを修行とみている者やバトルフリークぐらいである。
「うー‥‥。でも私を悪者にすることないじゃないですかぁ」
「いや、君が発端なのは変わらないからね?」
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「‥‥実際のところ」
負けても出られるんだろうな、と鞘は推測していた。
自分達を閉じ込めるメリットがまるで無いからだ。それに参加者には魔人公安もいる。1回戦で戦った彼女が裏トーナメントに巻き込まれてるかどうかは分からないが、いくら結昨日家でもメリット無く魔人公安を敵にまわすことはしないだろう。
「ま、それなら気兼ねなく戦うことができるかな」
さて、と鞘は対戦相手である矢塚一夜について思考を巡らす。
彼の1回戦の相手は
小宅麗智奈と真野風火水土。勝利したのは真野だ。勿論、その試合は観戦している。
だが、大きな問題があった。
「‥‥能力がよく分からんな」
理由は一夜の戦闘時間の短さだ。彼は早々と棄権した為に、能力をほとんど見せていない。
小宅を仕留める際に能力を使用したようだが、あまりにも一瞬の出来事で分析するには厳しいところだ。
「当面のところ‥‥気をつけるべきは銃、か」
一夜が銃を所持していることは把握している。対するこちらの遠距離攻撃手段は使用回数に難がある改造ペンぐらいである。
一方的な先制攻撃を許してはまずい。そう判断した彼女は『HERO DESTINY』でヒーロー補正を付与すると、一夜を探して移動を始めるのであった。
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「おーおー。動き始めたようやなー」
地下駐車場内に連続した足音が響くのを聞いて、矢塚一夜は意志乃鞘が移動を始めたことを知覚した。
アスファルトの地面に加えて、音が反響しやすい地下という空間だ。足音を察知するのは非常に容易である。
鞘もそれも理解した上で、しかし足音を消す手段は無いと判断し割り切って移動しているのだろう。
「靴脱げばマシになるかもしれへんけど。戦場で靴脱ぐなんて危ないし、そりゃやらんやろうなー」
尤も、その方が一夜にとっては都合がいい。何せ、彼は足音を出さずに移動する手段を持っているからだ。
「よっと」
右手をかざして5メートル先の車の影に赤色のポータルを作り、左手ですぐ傍に水色のポータルを作る。
そして水色のポータルをくぐると、一瞬で赤色のポータルから姿を現す。
今度は左手でまた5メートル先に新しく水色のポータルを作ると、先ほどくぐったばかりの赤色のポータルをくぐる。こうしてまた一夜は一瞬で5メートルを移動する。
この移動方法ならば、普通に走るのとは違い足音はまったく発生しないといっていい。
「さぁて、まずは先制のアドバンテージを頂くとすっか」
車という障害物が多いこの地下駐車場は彼にとって絶好のフィールドである。物陰に隠れながら、一夜は無音の移動を続けるのであった。
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‥‥ふむ。
駐車場内を走りながら、鞘は現状について考えていた。
今のところ自分以外の足音は聞こえていない。そうなると、相手は移動していないか足音を出さない移動手段を持っているかのどちらかだ。
――相手は遠距離攻撃持ち。近接戦闘能力は分からんが、できればこちらと距離を取りたい筈。
そう考えると、移動せずに待ちの手を取るのは下策に思える。尤も、それを覆すだけの能力があれば別ではあるが。
‥‥いっそのこと、派手に動くべきか?
例えば車を踏み台にして跳躍することで、空中から敵を探してみるとか――そんなことを考えていると、動きがあった。
「足音‥‥?」
初めて自分以外の足音が聞こえた。推測するだに走っているものと思われる。
「こちらの位置は把握されたかな」
それ自体は別に驚くことではない。あからさまに足音を立てていたのだから、見つかってもおかしくはない筈だ。
どう判断すべきだろう。罠か、誘いか。少なくとも考えなしに動いているわけではないだろう。
だが近接での格闘戦しか決め手がない鞘はこの誘いに乗るしかない。彼女は足音を追いかけるように移動するのであった。
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「よっしゃ、来てくれた!」
鞘が追いかけてくるのを見て、一夜はほくそ笑む。
鞘の推測通り、一夜は先に彼女の姿を捉えていた。その時点でさっさと撃つことも考えていたが、彼は確実性と安全性を取ったのだ。
確実性に関しては命中率の問題である。射撃の腕にはそこそこ自信があるが、高速で走っている相手に確実に命中させられるかといえば少々疑問が残る。
故に命中率を上げるため、鞘に近づいてもらうというわけだ。
そして、移動にポータルを利用していないのは、安全性という理由もあった――。
「へっへっ、中々うまくいっとるな」
白いセダン車の陰に隠れて足を止める。車の窓ガラスから覗くことで鞘の姿を視認しながら、愛銃のハンマーを上げる。
相手が射程距離に――入った。
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駐車場内に響く発砲音。それを理解するより先に、鞘は己の腹部に痛みを感じた。
「――っ!? 撃たれた‥‥!?」
どこからだ――弾が飛んできた方向に顔を向けるが、そこに一夜の姿は無い。撃ってすぐ隠れたのだろうか。
――いや、違う!
よくよく見れば、視線の先にあるセダン車のドアに小さな穴が空いている。何かをぶつけた傷のようには見えないそれは、銃撃で穿たれたものだろう。
「車を貫通して、尚威力があるというのか‥‥!?」
鞘を驚愕させる程の貫通力。それは一夜の使う銃――正確には弾薬の特殊性によるものであった。
『.357逆鱗弾』。硬質化能力を持つ魔人に対抗する為に開発された弾薬であり、通常のものに比べて貫通力に特化している。
尤も、普通に魔人を殺すだけならばその貫通力は不要なものであるが、一夜はこの弾を好み、逆鱗弾しか所持していない。
そして、それが功を奏した。
遮蔽物だらけのこの戦場では、通常どのようにして攻撃を通すかがキーとなる。
だが遮蔽物を容易く貫く逆鱗弾を持つ一夜にとって、遮蔽物は無いのも同じなのだ――!
窓ガラス越しに一夜の姿をようやく視認する。彼はこちらを小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。
「ほーらほら! 頑張れば俺に届くかもしれへんでー?」
余裕の表情を浮かべながら二発目、三発目と次々に銃撃を放ってきた。
「くっ‥‥!?」
完璧な不意打ちの先程とは違い、一夜がどこにいるかは分かっている。だが、車に隠れて手元が見えず銃口がどこを向いているのか分からないのが回避を難しくさせていた。
直感で回避を行うが、銃弾は肩と腿を貫いていく。致命傷を回避するのがやっとといったところだ。
――だが!
相手は命中率を優先する為か、その場に留まり射撃を続けている。つまり距離は確実に詰まっているということだ。
「捕らえたぞ――!」
十分な距離まで縮めたと判断した鞘は跳躍する。それはちょうど目の前の車を飛び越え、一夜の背後に立つ位置だ。
しかし、
「ごくろーさん」
そこに一夜の姿はなく。彼の声と同時に赤いポータルから銃撃が放たれた。
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一夜がポータルによる無音移動を利用しなかったのはこれが狙いであった。
水色のポータルを適当なところに配置し、赤色のポータルを射撃位置に配置する。
近距離攻撃しか持たない相手は、こちらに近づくしかなく、距離を詰められたらポータルを通って逃げる。それだけだ。
逃げたらポータルはまた動き回りながら適当な位置で作り直せば、逃げた先を特定されることはない。
「へっ。悪いのは近づいて殴るしか能が無いあんたやで?」
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‥‥まずい、な。
最後の銃撃はなんとか回避することができた。相手も逃げることを優先していた為、あまりこちらをしっかり狙っていなかったのが大きい。
「相手の能力は‥‥転移か」
ここに来て、ようやく鞘は一夜の能力を理解する。
ポータルは銃撃の直後に閉じられてしまった為、追撃はできない。
またこちらは逃げた先を把握していないが、相手はこちらの位置を把握している。圧倒的不利としか言いようが無い。
更に、
「‥‥っつう」
撃たれた箇所が痛む。逆鱗弾はその貫通力故に、通常の弾薬に比べて破壊力といった点では劣っている。
それでもダメージとしては十分だ。今はなんとか動くことができるが、時間を置けば失血で動くこともままならないようになるだろう。
「そうなると、こちらが攻めるしかない‥‥」
――だが、どうする!?
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場所は変わって実況席。裏トーナメントの実況を務める木村沃素は現状を分かりやすく述べた。
「はい、これ詰んでますよね」
「そ、それは実況として言っていいことですか? もっとこう盛り上げる為に色々言ってみるとか!?」
「しかし司さん。本当詰んでますよー、これ。一夜くんは一方的に攻撃できるのに対して、鞘さんは追いかけるだけです。そしてせっかく追い詰めても逃げられるのではどうするんです?」
「‥‥うーん、逃亡先のポータルを逆に利用してみるというのはどうでしょう?」
「それも一夜くんが消せば終わりですね。また、一夜くんの銃の弾が切れてもあとはずっと逃げればいいだけです。放っておけば鞘さんは失血で倒れるでしょうから」
というわけで、沃素の出した結論は、
「詰み、というわけです」
しかし――と司は首を横に振る。
「意志乃鞘様にはヒーロー補正による逆転の目が残されています。追い詰められれば、追い詰められるほど、補正は強力になるでしょう」
「その補正も、活かせなければ意味は無いと思いますけどね」
「そんな身も蓋もない‥‥」
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実際のところ、戦況は一夜に大きく傾いていた。
撃っては逃げる。逃げては撃つ。時々ポータルを通して射撃することで位置をかく乱しつつ背後を撃ってみたりする。
はっきりいってワンサイドゲームといってもいいだろう。
だが、
「まったく、しぶといやっちゃなぁ‥‥」
一夜は面倒だといった風に嘆息する。
どれだけ撃ち込んだかは分からないが、鞘はまだ倒れない。急所への致命的な一撃が無いにしても驚異的な耐久力と言わざるを得ない。
「これが普通の弾やったらもうちょい早く決着ついたんやろーけど」
ここに来て、貫通力特化の逆鱗弾しか持っていないことが裏目に出た。今や遮蔽物に隠れず普通の弾で撃っても十分当たるだろう。だがその選択肢を取ることができない故に、少しずつダメージを与えるしかないのであった。
「ま、このままいけば俺の勝ちや。油断せぇへんで気を引き締めて――」
気を引き締めて――その為に鞘の方へと意識を向けると、相手が動いたのが見えた。
「あァ?」
鞘は目の前の車のボンネットに足をかけると、そのままルーフへと駆け上り強く蹴る。
べこんと凹むルーフ。その原因を作った鞘は宙空でこちらに向かって飛翔しながらニヤリと笑みを浮かべた。
「はっ、やけっぱちに飛んでみたってところか! そんなん撃ち落してやるわ!」
即座に銃を構えて、狙いを定める。
――が、それと同時に鞘から強烈な閃光が放たれた。
「な、なんやっ!?」
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「よし!」
ビームを放つことができる改造ペン・クーゲルシュライバーの閃光が効果を発揮したのを確認し、鞘は心の中でガッツポーズを浮かべる。
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――小癪な、目潰しか!
相手が改造ペンを所持していることは知っている。それを利用しての閃光だろう。
視界が一瞬で白く染まり、思わず目を閉じる。とても鞘を狙い撃つことなどできそうにない。
「ちぃ、こっちが怯むことを念頭に置いての行動か‥‥!」
突然の強烈な閃光は視覚だけではなく、それ以外の感覚も奪い去る。閃光手榴弾程ではないが、確かに一夜の感覚は瞬間奪われた。
効果を確認した鞘が飛んでくる――!
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「はああああああ!!!」
空中の鞘は、眼下の一夜がふらついているのを確認した。
彼のすぐ傍に転移用の赤ポータルが見える。だが、閃光で感覚を奪われた彼がそれを即座に利用できるとは考えにくい。
――これで、決める!
すぐに攻撃に移れるよう鞘は拳を強く握り締める。
奇襲は二度と通用しない。体力的にも、これが限界だろう。
「逃がしは、しない!」
このままいけばちょうど一夜と赤ポータルの間に入るように着地し、逃走路を防ぐことができる。
だから、着地した。
一夜の姿が消えていた。
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「まーったく、冷や冷やさせやがって‥‥!」
水色のポータルから出てきた一夜は両掌を合わせることでポータルを消滅させる。
逃走路を防がれたのにどうやって逃げたのか。
答えは単純明快――新しく逃走路を作り出しただけだ。
作り出したポータルを絶対に利用しなくてはいけないなんていう縛りは存在しない。使えないと判断したら新しいポータルを作り出せばいいだけだ。
それも視界がはっきりしない状態でも確実に利用できるポータル‥‥自分の足元に作り出したのだ。
こうして彼はポータルを落ちるように逃げ出すことができたのだ。
「ま、もう二度と同じ手は食わん。残念やったな‥‥!」
視界がはっきりしてきたのを確認して、一夜は先程まで自分がいた方向へと顔を向ける。
直後。
先程までいた場所にて爆発が起きた。
「‥‥へ?」
何がなんだかまるで理解ができない。あの場所に爆発するようなものはなかった筈だ。
あまりにも唐突すぎて、高速で思考を展開させていた。
‥‥あー、敢えていうなら車かなぁ。ガソリンタンクに火突っ込めばそりゃ爆発するやろうし。
だがそれでも爆発が起きた理由は分からない。
確かに爆破ができるなら一夜としてはしたいだろう。そこに敵である鞘がいるからだ。しかし一夜は何もできないし、していない。
対する鞘は爆破できるかもしれないが、しても意味はない。自分が吹き飛ばされるだけだからだ。
――あーあ、見事に吹き飛んでやがるなー。
高速思考の影響か。吹き飛ぶ破片などの爆発の様子が全てスローモーションで再生される。
その飛来物の中には、爆発に巻き込まれた鞘の姿もあって――
「――なんや?」
おかしなものを見た。
衣服を焦がしながら吹き飛ばされる鞘が‥‥笑っているように見えた気がした。
いや、気のせいではない。
「――笑っとる!?」
通常、魔人でも死にかねない爆発をその身に受けて、しかし笑みを浮かべながら吹き飛んでいる鞘。
このままだと、放物線を描いてこちらに飛んでくるだろう。
そこまで認識したところだ。空中の鞘が身を捩った。
その瞬間、一夜は全てを理解した。
「この爆発はあいつの移動手段か!!」
爆発を受けて何故無事なのか。その疑問に対して一瞬の内に自ら答を導き出す。
――爆発をバックに大ジャンプするなんて、ヒーローのお約束やもんな!?
故に、彼女のヒーロー補正は爆発から彼女の身を守ったのだろう。そうなると、ダメージは受けていると考えられるが、戦闘が続行できる程度のものだろう。
‥‥なら、どうする!?
撃ち落とすか。否、爆発を利用した高速移動中の彼女を撃ち落せる自信は自分には無い。
ポータルを利用して逃げるか。否、この状況で作り出せるポータルの射程は5メートル。鞘なら一瞬でつめることのできる距離だ。
「なら――!」
右手を前方上空へ、左手をあらぬ方向へ掲げる。
「飛び込んでこいや!!」
相手は空中故に、せいぜいできるのは姿勢制御ぐらい。根本的な方向変換は無理なはずだ。
ならその軌道の先にポータルを生成し、もう片方の手で生成したポータルを通して適当なところに吹き飛ばせばいい。
鞘は――笑ったままだった。
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――そう、これで決める。
爆発をその身に受けて空中を舞う鞘は、眼下の一夜をしっかりと把握していた。
ポータルで転移する一夜を追い詰めるには、一夜と転移先のポータル両方の位置を把握していなければならない。
その為の布石が――ペンによる閃光だ。
ポータルはあらゆる物を通す。それこそ、光もだ。
一夜に向けて放たれた閃光が、しかしまったく別のところから洩れるように発せられたのをあの時空中で確認していた。地下駐車場という暗いフィールドというのも幸いした。
そして一夜は予想通りポータルを通って逃げ出した。
あとは移動手段の確保。これは、車を爆発させることでそれを利用するつもりだった。
爆発の火種は改造ペン。閃光を放ったばかりで放熱が済んでいないそれを、更に稼動させようとすれば当然の如くオーバーヒートする。
限界を超えて稼動しようとするペンを、鞘は目の前の車のガソリンタンクに向けて無理矢理叩き込んだのだ。
その結果が先程の爆発である。
「――あぁ、終わらせよう」
眼下の一夜が手をこちらに向けているのが見える。ポータルで対処するつもりだろう。
‥‥勝とう。
だが、鞘は諦めない。無理矢理体を動かす。頭を下に、足を上へ向けるように。
視線の先、一夜の表情が驚愕に染まる。それはそうだろう。いくら魔人でも、そのような空中制御は容易いものではない。
――だが、ここで決めなければ嘘だろう?
だから、できる。
空中で、鞘の足が天井を強く踏みしめた。
‥‥勝とう。
自分はヒーロー部の部長だ。皆には色々無茶なことも言ったし、させてきた。それでも部員達はついてきてくれた。
だから自分は彼らに誇れる部長でありたいと願っていた。
‥‥勝とう。
それに、強くなると誓った。強くなって‥‥彼女を迎えると約束した。
こんなところで挫けるわけにはいかない――!
‥‥勝とう。
暗闇の中の爆発を背に受けて、昔の事を思い出す。
あぁ、そうだ。自分が昔ヒーローに助けられた時もこんなシチュエーションがあった。
‥‥私は、そのヒーローに誇れるようなヒーローになれただろうか。
それを確かめる為にも。
だから、
――勝とう!
天井を蹴った。
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天井を蹴ることで加速した鞘は一夜の予想の軌道ではなく、真っ直ぐと向かっていった。
生成されたポータルの横を高速で抜けると、更に体勢を変えて足から地面に着地。その衝撃でアスファルトが抉れて礫が鞘の体を打つが、彼女はまったく意に介さない。
「くっそ!?」
一夜は即座にククリナイフを抜こうと手を腰に回すが、遅い。
「私は‥‥私は――負けない!」
右の拳を強く握る。着地の際に屈んだ体勢から起き上がるバネを利用して、大きく振りぬくように拳を突き出した。
「――ヒーローだからだ!!」
放たれた拳が、一夜の胸部へと叩き込まれた。
「がっ――!?」
戦いに終わりを告げる、最強の一撃。
大きく吹き飛ばされた一夜がトラックの荷台にめりこんだ。
しばらくして勝者を告げるアナウンスが流れてから、ようやく鞘は息を吐いた。
「‥‥あぁ、まったく。死ぬほど痛い、な」
――だが、それもヒーローの勲章と思えば心地いい、か。
最終更新:2011年11月03日 23:15